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異世界料理道  作者: EDA
第四十七章 太陽神の復活祭、再び(上)
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紫の月の十九日①~再会~

2019.10/7 更新分 2/2

 城下町にて開かれた、親睦の晩餐会の翌日――紫の月の19日である。

 今日も今日とて、俺たちは屋台の商売に励んでいた。


 復活祭の始まりである『暁の日』を3日後に控えて、宿場町はいよいよ賑わってきている。それを迎え撃つ森辺のかまど番たちも意気は上々で、誰もがこの忙しさを楽しんでいるように思われた。


「本当に、昨年よりもいっそう賑やかであるように感じられますね。何かおかしな失敗をしてしまわないように、いっそう心を引き締めようと思います」


 そのように言いたてたのは、俺と一緒に『ギバ・カレー』の屋台を担当していたフェイ=ベイムであった。

 ちょっと父親似の角張ったお顔には、何か戦いに挑む人間みたいな気迫が感じられる。その頑ななまでの謹厳さを好ましく思いつつ、俺は「大丈夫ですよ」と応じてみせた。


「確かに昨年以上の賑やかさですが、こちらもそれだけの経験を積んでいますからね。心配はご無用です」


「だからこそ、です。わたしなども古参に数えられる立場であるのでしょうから、復活祭の賑わいを初めて体験する女衆たちの手本になれるように努めたいと思います」


 あくまでも謹厳なフェイ=ベイムである。

 しかし、その言葉はとても頼もしかった。確かにここ1年ほどで人員を強化した我々であるが、その半数以上は初めての復活祭となるのである。


「そう考えると、フェイ=ベイムも屋台で働き始めてから、これでちょうど1年ぐらいになるのでしたね。なんだかもう、何年も一緒に働いているような心地ですけれど」


「……前回の復活祭では、数々の失態を見せてしまいました。もうあのような姿は決してお見せしないと、お約束いたします」


 と、フェイ=ベイムは怒ったような顔で、わずかに頬を赤らめた。

 フェイ=ベイムにそこまでの失態を見せられた覚えはないが、涙を浮かべたフェイ=ベイムがダゴラの女衆にフォローされていた姿は、ぼんやり覚えている。フェイ=ベイムはもともと客商売向きの性格ではなかったし、ベイムの家が宿場町の民に対して強い警戒心を抱いたりもしていたので、当時は色々と大変であったのだ。


 しかしそのフェイ=ベイムも、いまではこうして立派に仕事を果たしている。同じ時期に働き始めたダゴラ、ガズ、ラッツの人々も同様だ。彼女たちがこれだけ立派な手本になってくれているからこそ、後から参加した人々も順調に力をつけることがかなったのだろう。


(最初はヴィナ=ルウとふたりきりで始めた商売が、ここまで手を広げることができたんだもんな。本当に感慨深いや)


 今日もこの区画には、8つの屋台がずらりと並べられている。ファとルウの管理する屋台が3つずつ、トゥール=ディンの菓子の屋台、レビとラーズのラーメンの屋台で、8つである。どの屋台にも大勢のお客が押しかけて、露店区域でも屈指の賑わいを見せているのだった。


 なおかつその屋台は、6名の狩人に守られている。ファ、フォウ、ラン、スドラ、ディン、リッドから1名ずつ選出された、頼もしき狩人たちだ。ファを除く氏族は日替わりで別なる人間がその仕事を担当しており、そちらもぞんぶんに宿場町の賑わいを体感しているようだった。


「アスタよ、まだこの仕事は終わらぬのか?」


 と、そのうちのひとりが背後から呼びかけてきた。リッドの家長にして6氏族の勇者たる、ラッド=リッドである。リッドの家であれば護衛役の人間などいくらでも捻出できるであろうに、本日は家長自らが出陣してきたのだ。

 お客にお釣りを返してから、俺は「はい」と応じてみせた。


「いまは大体、中天を半刻ぐらい過ぎたあたりでしょうかね。だとしたら、終業の予定時間までちょうど半分ぐらいの頃合いになります」


「なんと! まだ半分の時間しか過ぎていないというのか! ううむ、これは思ったよりも難儀な仕事だな」


 ひとまず客足が落ち着いたので、俺は声の方向を振り返ってみた。

 ラッド=リッドは、いくぶん力ない表情で肩を落としている。ダン=ルティムに髪を生やして、おなかを少し引っ込めた、といった感じの風貌をした、実に魁偉なる姿であるのだが、そんなラッド=リッドがこんな悄然とした姿を見せるのは珍しかった。


「どうもお手数をおかけいたします。護衛役というのはずっと気を張っていなくてはならないのでしょうから、やっぱり大変なお仕事ですよね」


「うむ? べつだん、大変なことなどはないぞ。狩人の仕事に比べれば、どうということはない」


「え? でもさっき、難儀な仕事だと仰っていましたよね?」


「そういう意味ではない! さっきから、腹が鳴って腹が鳴ってどうしようもないのだ!」


 そう言って、ラッド=リッドはダン=ルティムよりもワンサイズだけ小ぶりな樽のごとき腹部に手をやった。


「これだけ美味そうな料理の香りが漂っているのに、空腹をこらえなければならないのは難儀であろう! というか、こんな美味そうな香りを嗅がされているために、胃袋が騒いでしまうのだろうがな!」


 護衛役の狩人には、いつも屋台のオープンと同時に軽食を渡している。こちらとしてはせめてもの心尽くしであったのだが、どうやらその量が不足していたようである。


「それは申し訳ありませんでした。よかったら、カレーを一杯お分けいたしましょうか?」


「いや! それは商売用の料理なのだろうが? 俺がそれを口にしたら、町の人間がギバ料理を口にする機会が失われてしまうし、アスタの稼ぎも減ってしまうではないか」


 と、とても切なげなお顔をするラッド=リッドである。

 俺のすぐそばで護衛の仕事を果たしていたアイ=ファが、見かねた様子で声をあげた。


「干し肉でよければ、私はいつも備え持っている。これを腹の足しにするか?」


「干し肉か……べーこんや腸詰肉ではないのだろうな?」


「うむ。普通の干し肉だ」


「ううむ、普通の干し肉は朝方にも食ってきているし、かれーの香りを嗅ぎながら干し肉をかじるというのは、ずいぶん物悲しい気持ちになってしまいそうだ……いや、アイ=ファの気持ちはありがたいが、ここは遠慮しておこう」


「そうか」と、アイ=ファは口もとに手をやった。

 たぶん、笑いをこらえているのだろう。俺から見ても、魁偉なる大男のラッド=リッドが空腹をこらえて悲しげにしている姿は、ぞんぶんにユーモラスであった。


「やっぱり、カレーを一杯お分けしますよ。ご遠慮なさらず、食べてください」


「いや、しかし……」


「実はこのカレーに関しては、いつも多めに作ってきているのです。最後の一杯の量が足りなくならないようにするための用心ですね。それに、焼きポイタンに関しても、うっかり地面に落としてしまったときの用心で、多めに準備しています」


 説明しながら、俺はフェイ=ベイムに新たなカレーをよそってもらった。


「よって、ここで一杯分のカレーをラッド=リッドにお分けしても、当初の目的の数は売ることがかないます。ですから、ご遠慮は無用ですよ」


「……本当に、アスタの迷惑にはならぬのか?」


「これっぽっちもなりません」


 それだけのやりとりを経て、ようやくラッド=リッドはカレーの皿を受け取ることになった。

 あとはもう、至福の表情で食するのみである。こんなに満足そうな姿を見せていただけるなら、俺としても本望であった。


「いや、本当に申し訳なかったな! 次からは自分で何かしらを準備しておくので、どうか勘弁してもらいたい」


「それでしたら、こちらで軽食を多めに準備いたしますよ」


「いや、俺ばかりがそのような手間をかけさせるわけにはいかん。まあ、俺とアイ=ファたちで食う量が違うのは、当然の話なのだろうがな!」


 すっかり元気を取り戻したラッド=リッドは、ガハハと豪快な笑い声をあげた。こういうところも、ダン=ルティムを連想させる所以である。


「それにしても、大層な賑わいだ! 俺は昨日や数日前にも宿場町まで出向いてきたが、日を追うごとに騒々しくなっているようだな」


「そうですね。俺もそう思います。……そういえば、宿場町の人たちとの交流はいかがでした?」


「愉快であったぞ! あのカーゴとかいう若衆は、本当に盤上遊戯の手練れであるのだな! けっきょくひとつも勝てないまま終わってしまったわ!」


 リッドやディンの人々も、着々と交流が進んでいるようで何よりである。本日も、ユーミやベンたちの案内で、何名かの人々が宿場町を案内されているはずであった。


「ユーミらも、そろそろ家の仕事が忙しくなる頃合いであるようだからな。そうしたら、今度は俺たちだけで宿場町を巡るつもりだ」


「そうですか。じきに旅芸人の一行やリコたちも姿を現すでしょうから、そうしたらいっそう楽しくなると思いますよ」


 俺がそのように答えたとき、とても親しみのある人々が屋台の前に現れた。ドーラの親父さんとターラの親子である。


「やあ、今日は遅くなっちまったよ。かれーを2杯、いただけるかい?」


「ありがとうございます。そちらのお仕事はいかがですか?」


「そりゃあもう、目の回るような忙しささ。まあ、お楽しみが控えているから、どうってことはないけどね」


 そう言って、親父さんはにこやかに笑った。

 隣のターラなどは、最初から満面の笑みである。


「もうすぐ『暁の日』だもんね! 楽しみだなあ。早く『暁の日』にならないかなあ」


「ふふん。お前さんは『暁の日』よりも、その前の夜のほうが楽しみなんじゃないか?」


 本年も、『暁の日』の前夜にはドーラ家にお邪魔することになっているのである。

 しかしターラは「ううん!」と元気に首を横に振った。


「『暁の日』もその前の日も、同じぐらい楽しみだよ! だって、どっちもリミ=ルウと一緒にいられるから!」


「そりゃまあ、そうか。今年も色々とよろしくお願いするよ、アスタ」


「ええ、こちらこそ。俺も楽しみにしています」


『暁の日』の前夜はドーラ家で一夜を明かし、翌日は朝から『ギバの丸焼き』の配布にいそしみ、そして夜には屋台の商売である。これ以上ないぐらいにハードなスケジュールであるが、もちろん俺も楽しみでならなかった。


「そういえば、今年はまだあの旅芸人の連中が来てないみたいだね。去年や一昨年は、もうこれぐらいの時期には来てた気がするんだがなあ」


「そうですね。一昨年のことはわかりませんけれど、去年は紫の月の半ばには到着していたと思います」


「あと、傀儡の劇ね! ターラはそっちも楽しみにしてるの!」


「ああ、そうだねえ。俺としては、あの劇をみんなに見られるのはちょっと気恥ずかしいんだけど」


 しかし、ジェノスの人々にも、あの傀儡の劇は見てもらうべきであるのだろう。

 また、リコたちとの再会も、大きな楽しみのひとつであった。


「それじゃあ、お邪魔したね。アスタたちも大変だろうけど、頑張っておくれよ」


 そんな温かい言葉を残して、仲良し親子は立ち去っていった。

 そして息つくひまもなく、新たな人々が現れる。それは、4日前から《玄翁亭》に逗留している《銀の壺》の一行であった。


「アスタ、4名分、お願いいたします」


「いらっしゃいませ。毎度ありがとうございます」


 朝一番にも5名の団員が姿を現していたので、時間差で残りのメンバーがやってきてくれたのだ。それを率いているのは、団長のラダジッドであった。


「北の方角からいらっしゃいましたね。城下町まで出向いていたのですか?」


「はい。新たな取引先、開拓しています」


 そのように答えてから、ラダジッドはアイ=ファやフェイ=ベイムにも一礼した。

 そうして最後に、ラッド=リッドの巨体を見やる。


「初めまして。私、《銀の壺》、団長、ラダジッド=ギ=ナファシアールです」


「ぎんのつぼ? おお、それではお前さんがたが、シュミラル=リリンのお仲間か!」


「はい。シュミラル=リリン、ご存知ですか?」


「森辺でその名を知らぬ人間はおらんし、俺はリッドの家長だから、家長会議でも顔をあわせているぞ! ああ、俺はリッド本家の家長で、ラッド=リッドという者だ!」


 ラッド=リッドは陽気に笑いながら、ラダジッドの長身をじろじろと眺め回していた。

 ラッド=リッドとラダジッドの邂逅というのも、なかなか興味深いシチュエーションである。


「うむ、やはり東の民というのは、あまり見分けがつかんな。しかし、シュミラル=リリンというのはルウの血族に迎えられるぐらいの人間であるし、そのお仲間であれば悪い人間ではないのだろう。よければ、トゥール=ディンの菓子も食っていくがいい!」


「はい。菓子、毎回、買っています。……あなた、菓子、何か特別ですか?」


「あ、菓子の屋台を担当しているのは、ディンとリッドの血族であるのです。どちらも、ラッド=リッドのご身内ということですね」


 俺が補足すると、ラダジッドは無表情に「なるほど」とうなずいた。


「屋台の菓子、とても美味です。幼子、責任者、聞いて、驚きました。素晴らしい手並みです」


「うむ! トゥール=ディンは、血族で一番のかまど番だからな!」


 気をよくした様子で、ラッド=リッドは豪快に笑う。俺としても、トゥール=ディンがこうして褒めたたえられるのは、深い深い喜びであった。


(去年とは比べ物にならないぐらい、町の人たちとの交流がスムーズだな。それだけおたがいに認識が変わったっていうことなんだろう)


 俺がしみじみとそんな風に考えたとき、団員のひとりが「ラダジッド」と声をあげた。


「南の民、大勢、来ます。我々、料理、受け取り、食堂、移動します」


「はい。お願いします」


 フェイ=ベイムの準備した『ギバ・カレー』も、別の団員によって運ばれていった。あとはルウ家の『ギバ・バーガー』と、トゥール=ディンの『カスタードクリームのロールケーキ』を購入したようだ。


「料理、そろったようです。私も、移動します」


「ああ、お前さんがたは、南の民といがみあっているそうだな。しかし、西の領土で諍いを起こすのは禁じられているのであろう?」


「はい。ですが、揉め事、避けるため、おたがい、距離、取っています。南の民、気性、荒い人間、多いので」


 そうしてラダジッドも一礼すると、すみやかに青空食堂へと立ち去っていった。

 そののちに、南の民の一団がこちらに近づいてきたわけであるが――そこで俺は、「あっ!」と大きな声をあげることになった。


「よお、アスタ。元気にやっているようだな」


 その先頭に立っていた大柄な人物が、気さくに笑いかけてくる。

 心の準備はしていたつもりであったのだが、やはりどうしても言葉に詰まってしまう。それは建築屋の副棟梁、アルダスであったのだ。


「俺たちのことは、伝わってたんだよな? 宿屋の親父さんに言伝てを頼んでいたからさ」


「は、はい。ご到着をお待ちしていました」


 俺は、せわしなく視線を巡らせる。

 すると、アルダスの巨体の陰から、小柄な人物がひょいっと顔を覗かせた。


「ひさしぶりだな、アスタ。……ほら、おやっさんが挨拶しないと始まらねえだろ?」


 それは建築屋の一員であるメイトンであり、そしてその手に引っ張り出されたのは――この一団の総元締めたる、バランのおやっさんであった。

 その懐かしき姿に、俺は思わず「ああ」と声をもらしてしまった。


「バランのおやっさん、お待ちしていました。……お元気そうで何よりです」


 おやっさんはもしゃもしゃの髭をまさぐりながら、「うむ」とうなずいた。

 これ以上ないぐらいの、仏頂面である。しかしその不愛想な表情も、俺の情動を揺さぶってやまなかった。


「いやあ、本当にひさしぶりだなあ。まだ半年も経ってないってのが信じられないぐらいだよ」


 おやっさんの腕を抱えたまま、メイトンがそう言った。おやっさんやアルダスよりはいくぶん若い、それでも四十路は越えていそうな、陽気な南の民である。しかしその瞳には、うっすらと涙がたたえられていた。


「いきなりの話で、驚いたろ? 今年は俺たちも、こっちで復活祭を迎えさせてもらうからな!」


「はい。そのようにうかがっています。ご家族をお連れになるというお話でしたよね?」


「ああ。こいつらが、俺たちの家族さ」


 メイトンは後方に手を差しのべたが、ずいぶんな人数であったので、なかなか全容は把握しきれなかった。老若男女取り交ぜて、30名は軽く突破していそうな人数であったのだ。


「まあ、屋台の前でうだうだやってたら迷惑になっちまうからな。こいつらについては、あとでゆっくり紹介させてもらうよ。……って、どうして俺が仕切らなきゃいけねえんだ?」


 と、メイトンは笑いながら目もとをぬぐい、おやっさんの背中をどやしつける。

 おやっさんはむすっとした顔のまま、ついにその口を開いてくれた。


「……元気でやっていたのか、お前は?」


 懐かしい、おやっさんの声である。

 俺は目もとが熱くなるのを感じながら、「はい」と笑ってみせた。


「こちらは、元気です。おやっさんたちも元気そうで……本当に何よりです」


「なんだ、何を泣きそうな顔をしているのだ、お前は」


 おやっさんは、呆れたように息をついた。

 そして――豊かな髭にほとんど覆われてしまっている口もとを、ほんの少しだけほころばせる。


「また来年に、などと言いながら、こうしてのこのこと姿をさらすことになった。復活祭が終わるまでは居座る予定だから、それまでは世話になるぞ」


「はい。みなさんとお会いすることができて、心から嬉しく思っています。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 すると、俺の背後からラッド=リッドも身を乗り出してきた。


「うむ! お前さんたちの顔は、いくつか見覚えておるぞ! 本当に、緑の月を待たずしてジェノスにやってきたのだな!」


 一瞬けげんそうな顔をしたアルダスが、「ああ」と笑みくずれる。


「あんたとは、森辺の祝宴で酒杯を交わしたな。ええと、なんとかっていう氏族の家長さんの……」


「リッドの家長、ラッド=リッドだ! お前さんはひとりだけ図体がでかいから、特に覚えておるぞ!」


 建築屋の送別の祝宴には、ラッド=リッドも参席していたのだ。同じぐらい大きな身体をした両名は、屋台をはさんで陽気に笑い合うことになった。


「さて、これじゃあ本当に商売の邪魔になっちまうよな。家族連中は引っ込めたほうがいいんじゃないか?」


 メイトンの言葉に、おやっさんは「うむ」とうなずいた。


「料理は俺たちが買っていくから、お前たちは席で待っていろ。くれぐれも、東の連中と揉め事を起こすんじゃないぞ?」


 30名強から成る一団の過半数が、それでぞろぞろと青空食堂に向かうことになった。

 残ったのは、俺がよく見知った7名のメンバーだ。それらの全員が挨拶を済ませるのを待ってから、メイトンが「さて」と声をあげた。


「それでな、アスタにちょいと相談があるんだけど、こいつに料理を入れてもらうことはできるかい?」


 メイトンの視線を受けて、若衆のひとりが背負っていた荷袋を下ろした。そこから取り出されたのは、直径30センチはあろうかという鍋みたいな深皿である。


「ええ、もちろんです。注文を受けた分だけ、汁物料理なんかをお入れすればいいのですね? 時々は、そういうお客さんを受け付けておりますよ」


「ああ、そいつは助かるよ。何せこの人数だから、こうでもしないと収拾がつかないと思ってさ」


 そんな風に言ってから、メイトンは仲間たちに胸を張った。


「ほら、持ってきて損はなかっただろう? 誰だよ、荷物になるだけなんて言ってたやつは?」


「わかったから、とっとと料理を買っちまおうぜ。わからず屋の馬鹿どもをぎゃふんと言わせてやらないとな」


 よくわからないことを言いながら、メイトンたちは笑い合った。

 すると、アルダスが苦笑を浮かべつつ説明してくれる。


「どうも家族連中の中に、ギバ料理なんざ大したことないって騒ぐやつがいたみたいでさ。そいつらの鼻をあかしてやりたいって盛り上がってるみたいだな」


「ああ、そうだったのですね。やはり干し肉や腸詰肉ではご満足いただけませんでしたか」


「いやあ、俺なんかは大満足だったよ。でも、すべての人間がアスタたちみたいに上等な料理を作れるわけではないからな」


 というか、腸詰肉はまだしも、干し肉を上等な料理に仕上げるというのは、至難の業であろう。俺としても、そのまま食するか火で炙るかぐらいの方法しか思いつかなかった。


「ま、アスタたちの料理を食べさせれば、ぐうの音も出ないだろうさ。それじゃあ、料理を選ばせてもらおうか」


 アルダスたちも、それぞれ屋台を物色し始めた。

 ただひとり、おやっさんだけが『ギバ・カレー』の屋台の前に居残っている。おやっさんはその場で8つの屋台を見回してから、ぽつりと言った。


「……屋台の数が、増えたようだな」


「あ、はい。あちらの屋台のラーメンという料理もすごく好評ですので、是非お試しください」


「……あれは森辺の民ではなく、西の民のようだな。それに、あちらの娘は西の民であるのに、森辺の装束を纏っている」


「ええ。ラーメンを売っているのは、俺たちがお世話になっている宿屋の方々です。あと、マイムのことはご存知ですよね。彼女はずっとルウ家に逗留していたのですけれど、つい先日、父親と一緒にルウ家の家人になったのです」


「そうか」と、おやっさんは目を細めた。


「俺たちがジェノスを出てから、まだ半年ていどしか経っていないのに、また色々とあったようだな」


「ええ、色々ありました。あとでじっくりとお話をさせていただきたいところです」


 おやっさんは俺を振り返り、また少しだけ口もとをほころばせた。


「では、そのときを楽しみにしている」


 アルダスたちがそばを離れたので、おやっさんも素直な心情を明かしてくれたのだろうか。

 しかしそれは、俺にとって大きな痛撃となった。いつも仏頂面であるおやっさんの笑顔というのは、それだけで俺の心を激しく揺さぶってしまうのだ。

 というわけで、俺はまんまと涙をこぼしてしまい、アイ=ファに「おい」と頭を小突かれてしまったのだった。


「何をいきなり涙などをこぼしているのだ、お前は」


「ごめんごめん。でも、しかたないじゃないか」


「何がしかたないのか、私にはさっぱり理解できん」


 アイ=ファは怖い顔をして、俺に詰め寄ってくる。

 その姿を見やっていたおやっさんは、「しかたのないやつだ」とばかりに、いっそうやわらかい表情になっていた。

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