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異世界料理道  作者: EDA
第四十五章 祭の前に
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親睦の晩餐会③~汁物料理とシャスカ料理~

2019.8/4 更新分 1/1

「お次は、汁物料理となります」


 ジェノスの貴族の作法に従って、6種のフルコースのふた品目、汁物料理が俺たちのもとに配膳された。

 やはりクロッシュがかぶせられているので、どのような料理であるのかはわからない。すべての人々に皿が届けられたのち、小姓らの手によってクロッシュが開けられていくと、一部の人々が驚嘆の声をあげた。


「これは、なんとも……美しい色合いだな」


 そのように述べたのは、ゲオル=ザザであった。

 ジェノス侯爵家の人々はもちろん、フェルメスも長きに渡ってダイアの料理を食べてきた身であるので、いまさら驚かされることはないのだろう。今回、その役割を果たすのは、俺たち森辺の民に他ならなかった。


 ともあれ、美しい料理である。

 何がそんなに美しいかというと、銀色の深皿に注がれたそのスープは、頭上のシャンデリアの光を浴びて、きらきらと七色に輝いていたのである。


「この料理は、晩餐でしか口にすることができないのよ。それがどうしてだか、わかるかしら?」


 悪戯っぽい微笑をたたえながら、エウリフィアがそのように言いだした。

 目をまん丸にして皿の中身を覗き込んでいたゲオル=ザザは、「うむ?」と逞しい首を傾げる。


「晩餐でしか、口にできない? ……ザザの家では、銅貨のかさむ食材は晩餐でしか使わぬように言いつけられているが、まあ貴族たちが銅貨を惜しむ理由はなかろうな」


「ええ。わたくしたちはいつだって口にしたいのだけれど、ダイアがそれを許してくれないの」


 俺も頭をひねってみたが、もっともらしい回答を思いつくことはできなかった。

 するとトゥール=ディンが、「もしかして……」と声をあげる。


「これは、立派な燭台の明かりの下でないと、これほど美しい色合いにならないから……ということなのでしょうか?」


「まあ」と、エウリフィアは目を丸くした。


「すごい、正解だわ。初めてダイアの料理を口にするトゥール=ディンに、どうして答えがわかったのかしら?」


「い、いえ、ダイアは外見の調和をも重んじると聞いていましたので……この色合いは、燭台の強い光に反応しているのだろうな、と考えただけなのです」


「お見事ですね。きっとトゥール=ディンは、そちらのダイアにも負けないほどの柔軟な思考を有しているのでしょう」


 フェルメスまでもがそんな風に言いたてたので、顔を赤くしたトゥール=ディンはすっかり縮こまってしまった。

 いっぽうオディフィアはご機嫌な様子で、頭の上に音符のマークでも浮かべているかのようである。トゥール=ディンが褒められるのは、オディフィアにとって至上の喜びであるのだろう。


(それにしても、燭台の光か……)


 言われてみると、それは強い光と、銀の食器と、スープの色合いが重なることによって生み出される輝きであるようだった。

 といっても、スープの色合いはほぼ透明である。輝いているのは、おもに表面の油分であるのだろう。

 ただ、なんの具材も見当たらないスープの中に、何か細かい金箔のようなものが躍っているのが確認できる。それらがゆらゆらと浮遊することによって、いっそうの輝きが演出されているようだった。


「……それにしても、これが食い物だとは思えぬほどだな。まるで宝石を溶かしたような色合いではないか」


 ゲオル=ザザを筆頭に、誰もがその見栄えに圧倒されてしまって、なかなか匙を取ることができなかった。

 それを見かねたように、エウリフィアが匙を取る。


「わたくしも、初めてこの料理を前にしたときは、同じように思ったものよ。そしてこれは、外見の美しさに負けない味を持つ料理であるの」


「うむ……ただ眺めていても、話が進まんな」


 俺たちも、それぞれの匙でその美しいスープをすくいあげることにした。

 匙も金属製であるので、スープはなおも光り輝いているように感じられる。そのきらめきにいささか幻惑されつつ、俺は思い切って匙を口に運んだ。


 とたんに、想像を超える芳醇さが、口の中に跳ね上がる。

 その外見とは裏腹に、それは何とも濃厚な味わいをしたスープであったのだ。

 強く感じるのは、魚介の出汁である。あの、ホタテガイに似た貝を筆頭に、さまざまな魚介で出汁が取られているようだ。


 味付けは、何なのだろう。このように透明な姿をしているのだから、タウ油やミソではないはずだ。それでも強い塩気と、コクと、香ばしさが感じられる。香草を煮詰めたり、果汁を絞ったり、というぐらいまでは想像できたが、それ以上はまったく判別することもできなかった。


 それにやっぱり、油分である。

 油の膜が張るぐらい、このスープは油分も豊富であったのだ。

 ただ、まったくくどさは感じないし、後味なんかはすっきりしているぐらいなのである。ホボイ油の風味をかすかに感じるような気がしなくもないが、いずれ数種の油を組み合わせているのだろうと思われた。


(それにフェルメスは、ギバ骨のスープは獣の香りが強くて口にできないって嘆いてたもんな。きっとこれも、カロンやキミュスの脂や出汁を使ったりはしていないんだろう)


 それでもこのスープは、ギバ骨スープに負けないぐらいこってりとしており、力強い味わいであった。

 俺から一番遠い席に座ったレイナ=ルウが、「ああ」と嘆息をこぼすのが聞こえてくる。


「素晴らしい味わいです……それに、ただ美味なだけではなく、とても豊かな滋養を感じます。この料理は、森辺の民にとっても素晴らしいと思えるのではないでしょうか?」


「そうですね」と、隣のガズラン=ルティムが穏やかに応じた。


「この美しい外見にも驚かされましたが、真に驚くべきはこの味なのでしょう。エウリフィアの言っていた通りだと思います」


「うふふ。ご満足いただけたようで、何よりだったわ。……これは『酒神マドゥアルの泉』から着想を得た料理であるのよね?」


 エウリフィアの言葉に、ダイアが「はい」とうなずいた。


「あの物語の最後に、酒神マドゥアルからもたらされる『宝石のしずく』という汁物料理がもしも本当に存在したのなら、いったいどのような味であるのかと……そのように考えて、作りあげた料理となります」


「なんだ、それは? 傀儡の劇か何かの話か?」


 ゲオル=ザザの言葉に応じたのは、フェルメスであった。


「ええ。『酒神マドゥアルの泉』は古くから伝わる御伽噺のひとつとなります。歌でも書物でも舞踏劇でも扱われていますので、傀儡の劇でも多く扱われていることでしょう。……あの、リコなる傀儡使いの演目には含まれていなかったのでしょうか?」


「あ、そういえば、俺もその題名には聞き覚えがあります。きっと森辺で披露された劇のひとつであるのでしょうね」


 俺が、そのように答えてみせた。リコたちが森辺を巡って劇を見せているさなか、たしかフェイ=ベイムやレイ=マトゥアあたりがその題名を口にしていたように思ったのだ。


「そうですか。たしか先日の仮面舞踏会では、ポルアースたちがその物語を模した扮装をしていたはずですね」


「ポルアースというと……何か異国的な扮装で、ことさらお腹をふくらませているようでしたね。あれが、酒神マドゥアルなのですか?」


「はい。酒神マドゥアルは豊穣神であり、どのような文献でもふくよかな姿をしていると記されています。ジャガルの南部などでは女神として扱われているようですが、ふくよかであるという一点に変わりはないようですね」


 ここぞとばかりに博識のほどをあらわにするフェルメスである。

 しかし、彼との対話でこの地の神話を学べるというのは、なかなか悪くない心地であった。


「そういえば、ポルアースの伴侶であるメリムは赤い果実酒のような色合いをした精霊の扮装でした。あれは、酒神マドゥアルに仕える精霊だったのでしょうか?」


「ええ、その通りです。ママリアの果実の精霊となりますね。セルヴァにおいてはママリアの果実酒がもっとも一般的であるので、酒神マドゥアルに仕える精霊はのきなみママリアの精となるようです」


 すると、七色に輝くスープをすすっていたゲオル=ザザがうろんげに顔をあげた。


「どうもよくわからんな。そのマドゥアルとかいうのも、神なのであろう? それがどうして男や女に変じたり、土地によって仕える精霊とやらが変わったりしてしまうのだ?」


「この大陸は、とても広大です。最初は同じ内容であった神話も、その土地ごとで独自に脚色されていくことになったのでしょう」


「ふむ。そのように粗雑に扱われて、神が怒ったりはせぬものであるのかな。というか、母なる森を父なる森などと呼ぶ人間がいたら、俺だって許したりはできんぞ」


「それは、森辺の民の信仰と王国の民の信仰の差異からもたらされるのでしょう。そもそもあなたがたは、母なる森を神と定義しているわけではないはずですね?」


「うむ。母なる森を、神と呼ぶことはない。しかし俺たちは、いずれ森に魂を返す身であるのだ。王国の民というのは、そういう存在を神と呼ぶのではないのか?」


「違います。あなたがたのそれは、自由開拓民と同じ概念であるのですよ」


 フェルメスはいよいよ楽しげな面持ちで、そのように語らった。


「本来、王国の民というものは、四大神およびその子たる七小神しか崇めることは許されません。その規範に自分の信仰心を収めることのできなかった者たちが、自由開拓民として生きることになったのです」


「自由開拓民というのも、よくわからんな。その末裔やらいう人間とは何度か顔をあわせたが、氏を持つという以外に特別なものは感じなかった」


「それは、アスタが懇意にしているマス家の人々や、料理人ヴァルカスの弟子シリィ=ロウ、それに傀儡使いリコに同行するヴァン=デイロなどのことですね。ええ、彼らは自由開拓民の末裔ですが、すでに自然を信仰する行いを取りやめた人々です。ゲオル=ザザの仰る通り、現在では一般的な王国の民と変わらぬ存在であるのでしょう」


 フェルメスのヘーゼル・アイが、きらきらと輝いている。あの、見る者の魂を吸い込んでしまいそうな眼差しではなく、子供のように無邪気な眼差しだ。


「自由開拓民というのは、森辺の民と同じように、王国の民でありながら、自分の属する土地を母に見立てる一族であるのです。ヴァン=デイロであれば、銀獅子の住まうドラッゴの山、マス家やロウ家であれば――これはまだ確証を得ていないのですが、おそらくはタントの川を母としていたのでしょう。彼らの祖は、決してモルガの森に足を踏み入れようとはしなかったようですからね」


「ふむ。ヴァン=デイロというのは、若かりし頃に故郷の山を捨てたという話だったな。では、自由開拓民というのは、みんな狩人の一族であるのか?」


「いえ、そうとは限りません。僕もいくつか自由開拓民の集落を訪れたことがありますが、狩人として生きる一族はごくわずかでした。たいていは、山や森や川のもたらす恵みを基盤として、農耕に勤しんでいる様子でしたね。それでも彼らにとっては、山や森や川などが、自分を育む母たる存在に思えたのでしょう」


「だったら、べつだん普通の町の人間と変わりはあるまい」


「いえ。そうして自分の生まれた土地を母となすのは、そもそも前時代の文化であったのです。四大神が鋼と石の文明をもたらすより前の時代――つまりは、大神アムスホルンの時代、ということですね」


 フェルメスの弁舌は止まらない。匙を置いたエウリフィアは、ちょっと苦笑まじりにその姿を見やっていた。


「アムスホルンは大神であり、また、この大陸そのものであるのです。よってその時代、すべての人間はアムスホルンを父とし、己の生まれた土地を母としました。しかし、大神アムスホルンが眠りについたとき、その信仰は禁じられて、すべての人間が四大神の子として生きることになったのです」


「……それに加わらなかったのが、聖域の民と自由開拓民である、ということか?」


「聖域の民は、まさしくその通りです。彼らは大神アムスホルンの目覚めを待つために、新たな文明を拒絶して、聖域の中に引きこもりました。ですが、自由開拓民は異なります。彼らは新たな文明と四大神の存在を受け入れつつ、魂の半分は生まれた土地に残したい、と考えたのです。それが、四大神を父とし、己の土地を母とする、異形の信仰であったわけですね」


「俺たちは、異形であるのか」


「異形です。それゆえに、自由開拓民は王国の民よりも一段低い存在と見なされているのです。その異形の文化を携えながら、王国の民を名乗ることが許されたのは……おそらくこの世で、森辺の民のみであるのでしょう」


 そこでフェルメスは、にこりと微笑んだ。


「ですが、それを許したのはかつてのジェノス侯爵であり、また、現国王たるカイロス陛下も、その所業をお許しくださいました。森辺の民はジェノスの民であり、王国の民であるのですから、自由開拓民のような扱いを受けることはありません」


「ふん。周りの人間にどう思われようと、俺たちには関わりのないことだが……なんだ、エウリフィア? 何か言いたいことがあるなら、遠慮する必要はあるまい」


「ありがとう、ゲオル=ザザ。わたくしはただ、料理が冷めてしまうことを心配していただけなのよ」


 フェルメスは、少女のような顔で恥じらいの表情を見せた。


「申し訳ありません。ついつい我を忘れて語らってしまいました。晩餐のさなかであるというのに、失礼をいたしました」


「いいえ。あなたはこうして思うさま語らうために、晩餐の会を開いたのでしょうからね。ただ、続きは料理を食しながらで如何かしら?」


「はい。他のみなさんにも、お詫びいたします。このように浮き立った姿をお見せしてしまい、お恥ずかしい限りです」


 フェルメスは何やら、本当に恥ずかしそうな様子であった。そうすると、どんどん可憐さが増していくようだ。


(だけどまあ、これも人間らしい一面って言えなくもないよな)


 俺はそのように考えたが、アイ=ファはぶすっとしたお顔になってしまっている。いっぱしの男性がこのように可憐であることが意に沿わないのだろうか。


 ともあれ、ゲオル=ザザとエウリフィアの連携によって、中断されていた食事が再開されることになった。

 汁物料理の皿はとっくに空になっていたので、新たな料理が小姓たちによって配膳される。


「お次は、フワノ料理でございます。……正確には、シャスカ料理でございますね」


 何事もなかったかのように、ダイアがそのように紹介してくれた。

 クロッシュの下から現れたのは、まぎれもなくシャスカ料理である。基本の調理法に従った、麺としてのシャスカ料理だ。


 しかし俺たちは、またその見栄えに驚嘆させられることになった。

 さきほどの汁物料理ほど、際立った外見をしていたわけではない。しかしそれでも、やっぱり息を呑むほどの見栄えであったのだ。


 まず、メインのシャスカは3色に分けられていた。

 白と、ピンクと、ライトブルーである。俺が知る、ピンクやグリーンの麺を織り交ぜたソーメンなどを彷彿とさせる細工だ。

 ただ、俺の知るソーメンであれば、あくまで基本は白であり、そこにカラフルな麺が数本ほど混入している程度である。然してこのシャスカ料理では、3色が等分に使われている様子であった。


 白とピンクとライトブルーの麺が、皿の上で複雑にからみあい、再現不可能な幾何学模様を描いている。その上に、これまた色鮮やかな具材と透明の餡が掛けられて、いっそうの美しさを生み出していた。


 具材には、とりあえずネェノンとマ・プラとレミロムが使われているようだ。ニンジンのごときネェノンはオレンジ、パプリカのごときマ・プラは黄色、ブロッコリーのごときレミロムはグリーンである。

 ただ、それ以外の具材は判別ができない。そこにはもう2色、実に鮮やかな赤と紫の具材が散りばめられていたのだ。


(どっちも、葉菜みたいだな。ってことは、ティノやティンファあたりを、赤と紫に着色してるんだろうか)


 現時点で、このジェノスに俺の知らない食材は存在しないはずであるのだ。

 それに、前菜の料理で示された通り、ダイアは着色の技術を有しているはずだった。


「ふむ。らーめんやぱすたと同じような料理か。覚悟はしていたが、肉の使われていない料理というのは、いささか物足りないものだな」


 ひと通り料理の見栄えに感嘆したのちに、ゲオル=ザザがそのようにのたまわった。本日はフェルメスが同席しているために、獣肉を使用できないのである。


(だけどそれなら、魚介を使うはずだよな。この料理では、あえて野菜しか使わなかったんだろうか)


 俺がそのように考えていると、ダイアがゆったりとした面持ちで発言した。


「そちらのシャスカ料理では、王都から届けられた魚と貝を使っております。そして、この後にお出しする肉料理ではギバ肉を使わせていただきました」


「なに? フェルメスは、ギバ肉を食えんのだろう?」


「はい。ですが、それ以外の方々にはギバ肉の料理をお出しするようにとお言葉をいただいておりました。もちろん、魚介の料理も一緒に準備しております」


 すると、フェルメスも声をあげた。


「森辺の方々を招待するのに、魚介の料理だけではご満足いただけないでしょう。森辺においては数々の魚介料理を味わわせていただいたのですから、その親切に報いたいと思います」


「……今日は、あなたがお作りになったギバ料理も口にすることができるのですね」


 と、レイナ=ルウがまた真剣な面持ちになって、ダイアを振り返る。


「心から、嬉しく思います。……でも、まずはこちらの料理ですね」


「はい。お気に召したら、幸いです」


 ダイアの笑顔にうながされて、俺たちは食器を取り上げた。突き匙なる、いわゆるフォークである。

 透明の餡をからめる意味もあって、軽くシャスカをかき混ぜてみたが、やっぱり魚や貝の姿は見当たらない。さきほどのスープと同じように、出汁として使われているのだろうか。


 まあ、食してみればわかることである。ソーメンのように細く、もっちりとしたシャスカの麺をフォークに巻き付けて、俺はそれを口に運んだ。


 これもまた、目の覚めるような味わいである。

 汁物料理ほど、濃厚な味わいではない。しかし、とても緻密に味が組み立てられていた。


 ほどよい甘みに、ぴりっとした辛み、それにけっこう酸味もきいている。ちょっとタイ料理を思わせる、エスニックな味わいだ。

 そして、それを受け止めるシャスカ本体であるが――俺はそこに、貝と魚の存在を見出すことができた。それらの身は細かく刻まれて、シャスカの中に練り込まれていたのだ。


(もしかしたら、ピンクとブルーのどちらかが貝で、どちらかが魚なのかな)


 それは判然としなかったが、魚介の味わいがはっきりと感じられる。麺の3分の1ずつに貝と魚がそれぞれ練り込まれていると考えるのが妥当であるようだ。


 その味が、エスニックな餡と見事に調和している。

 それも何だか、自然な調和であるのだ。ヴァルカスのように、暴れ馬を律しているような感じではなく、とても優雅に何本もの手綱を操っているような――そんな繊細さが感じられた。


(俺がよく知る料理よりは、よっぽど複雑な味わいだ。でも、その複雑さが気にならないというか……要するに、すごく食べやすいんだな)


 ヴァルカスの料理ほど、強烈なインパクトがあるわけではない。

 しかし、けっこう複雑な味付けを、こんな風に自然で優雅な形に収めてしまうというのは、やはり並々ならぬ手腕であるように思われた。


 それにやっぱり、見栄えが美しい。

 鮮やかな色合いの野菜を多用し、シャスカや葉菜にも着色を施している。そして、それらの色合いと調和するように、皿まで厳選しているのだろう。


 ちなみに葉菜は、やはりティノとティンファであるようだった。

 赤いティノにはわずかな辛みが、紫色のティンファには果実のような甘さが感じられる。しかし、チットの実やイラの葉だけでこの赤みを作るとしたらとんでもない辛さになってしまうだろうし、紫色の甘い果実などは見たことがない。味と色に相互関係は存在しないのだ。


 それでいて、その色合いは味と調和していた。

 チットの実などを連想させる赤いティノが辛いのは自然なことであったし、紫色のティンファに関しては――これはもともと甘い味のするティンファなのだと説明されても、あっさり納得できてしまいそうなぐらい、何故か違和感が生じなかった。


(なんだか、自分の心や意識の手綱まで、ダイアに握られてるような感覚だな)


 この不思議な料理を心から堪能しつつ、俺はちらりとダイアを見やる。

 ダイアはのんびりとした笑顔のまま、俺たちが食事をするさまを見守ってくれていた。

 なんというか――可愛い我が子を見守る慈母のごとき眼差しである。

 芸術家や研究家のごとき雰囲気を有しているヴァルカスとは、まったく違う。これだけ見事な宮廷料理をいただきながら、俺はなんだかとっておきの家庭料理を味わっているような心地であった。


「あの……ダイアはどうして、料理人を志すことになったのでしょうか?」


 俺がそのように尋ねると、ダイアはいくぶんきょとんとした感じで小首を傾げた。


「料理人を志した理由ですか……それはやっぱり、幼き頃に立派な料理を目の当たりにして、大きな感動を得たためでしょうかねえ」


「ダイアの家は、料理に携わるお仕事をされていたのですか?」


「料理というか、わたくしの親は城下町の野菜売りでした。ダレイムから買いつけた野菜を城下町で売りさばく、問屋ということでございますね」


 そう言って、ダイアはにこりと微笑んだ。


「それなりに大きな問屋でありましたので、親が貴き方々と会食をする機会もございました。その際に、わたくしも貴き方々が口にされる立派な料理を食する機会を賜って……それで、心からの感動を得ることがかなったのです」


「なるほど。それで料理人を志すことになったわけですか」


「はい。初めて目にしたそれらの料理は、わたくしにとって何よりも美しく感じられました。だからこうして、見栄えにも執着する難儀な料理人に成り果ててしまったのでしょうねえ」


「何も難儀なことはないわ。実際に、あなたの作る料理はこんなに素晴らしいのですもの」


 エウリフィアの言葉に「ありがとうございます」と返してから、ダイアは俺のほうに向きなおった。


「あなた様は、如何なのでしょう?」


「え? 俺ですか?」


「はい。あなた様はそのお若さで、最初から数々の見事な料理を作りあげていたのだと聞き及んでおります。いったいどれほどの修練を積んでこられたのかと、ずっと気にかかっておりました」


 ダイアにそのように言ってもらえるのは、実に光栄な話であった。

 が、それに価するようなエピソードは持ち合わせていない俺なのである。


「俺なんかは、父親が料理人であったので、その背中を見て育っただけのことです。何かきっかけがあって料理人を志したわけではなく、自然と流れのままにそうなってしまっただけの話ですね」


「左様でございますか。キミュスの子はキミュスということでございますね」


 ダイアはとても楽しそうに口もとをほころばせた。


「ですが、それがあなた様の天分であられたのでしょう。わたくしにはふたりの兄がおりましたが、親の商いを継いだのは2番目の兄となります。上の兄には商いの天分が備わっておらず、木工の職人に弟子入りをしてしまいました」


「そうですね。料理人の子が料理人に育つとは限らないでしょうから、俺はもともと料理を楽しいと思う人間として生まれついたのだと思います」


 ダイアは満足そうにうなずいてから、ふいにフェルメスのほうを向いて一礼した。


「分をわきまえず、長々と語らってしまい、申し訳ありませんでした。ご容赦いただけたら幸いでございます」


「とんでもない。アスタたちにとっては、あなたと絆を深めるのも大きな喜びであるのでしょうからね」


 フェルメスは屈託のない微笑とともに、そのように答えていた。


「どうぞ僕のことなど気になさらず、お好きなだけ語らってください。その姿を拝見するのが、僕の喜びでもあるのです」


 そうしてフェルメスは、メルフリードのほうに向きなおった。


「あなたもですよ、メルフリード。さきほどから、まったく口をきいてくださらないではないですか。せっかくの語らいの場であるのですから、どうぞ存分にお語らいください」


「……わたしはあまり、大人数の場で語らうのを得意にはしていない。これが自然な姿であるので、気づかいは無用だ」


「そうですか。……今日はあなたもずいぶん静かなようですね、ガズラン=ルティム?」


 すでにシャスカ料理を食べ終えていたガズラン=ルティムは、「そうでしょうか?」と微笑んだ。


「興味深い話が続いていたので、つい聞き入ってしまったかもしれません。今後は、気をつけることにいたします」


「ふふ。フェルメスが熱心に語らっていたから、他の人間はなかなか口をはさむ隙がなかったということなのではないかしら?」


 エウリフィアが笑顔で援護すると、フェルメスは「申し訳ない」とまた恥じらいの表情を見せた。

 そこでダイアが、にこやかに宣言する。


「では、次の料理は野菜料理となります。こちらもお気に召しましたら幸いでございます」


 親睦の晩餐会も、ついに折り返し地点である。

 アイ=ファやガズラン=ルティムは口が重かったが、トゥール=ディンとオディフィアはずっと小声で語らっているし、ゲオル=ザザやエウリフィアのおかげで会話が途切れることもない。フェルメスの人間くささも垣間見えていることであるし、俺としてはそれなりに有意義な時間であると思えた。


 ただやっぱり、ガズラン=ルティムの様子だけが気になるところだ。

 ガズラン=ルティムの口が重いのは、フェルメスの様子を鋭く検分しているゆえなのではないかと、俺にはそんな風に感じられてならなかった。

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[一言] 772話まで読了。 食材を七色や青に染めるダイアの前世は、 きっとアメリカ人(確信
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