下準備と再会④~歓迎の晩餐会~
2019.8/1 更新分 1/1 ・9/9 誤字を修正
それからしばらくして、日没である。
かがり火の焚かれた広場には、リリンの家人と客人たちが顔をそろえて、ギラン=リリンの言葉を聞いていた。
「……というわけで、今日はシュミラル=リリンの同胞たる《銀の壺》を歓迎する晩餐の会を開くことになったが、何も堅苦しい場ではないので、思い思いに楽しんでもらいたい。普段はなかなか顔をあわせる機会もない東の民と、絆を深められれば幸いだ」
ギラン=リリンの大らかな気性も相まって、その場にはとてもリラックスした空気が生まれていた。
ただし、それほど大きくもない広場に30名以上の人間が集まっているので、熱気のほうはものすごい。それらの様子を見回してから、ギラン=リリンは果実酒の土瓶を高く掲げた。
「ちなみにこの果実酒は、東の客人がたが持ち込んでくれたものだ。女衆のこしらえてくれた料理とこの果実酒で、喜びを分かち合いたく思う。それでは、母なる森と父なる西方神、西方神の兄弟たる東方神に感謝を捧げつつ、《銀の壺》との再会に祝福を」
「祝福を」の復唱も、普段のように熱を帯びたものではなく、俺の故郷の「乾杯」に近いぐらいのニュアンスであった。
しかしその声には、心からの喜びと感謝が込められている。なんというか、普段とは一風異なる、和やかで心の温まる様相であった。
ともあれ、歓迎の晩餐会は開始されたのだ。
敷物のほうに足を向けながら、ギラン=リリンが俺とアイ=ファに手招きをしてきた。
「アイ=ファとアスタも、こちらに来るがいい。森辺で《銀の壺》ともっとも縁が深かったのは、ファの家なのだろう? こちらで、喜びを分かち合ってくれ」
主催者たるギラン=リリンに招かれては、是非もない。リミ=ルウは姉たちの手伝いをしていたので、俺はアイ=ファとふたりでそちらに向かうことになった。
そちらの敷物で待ちかまえていたのは、シュミラル=リリンとヴィナ・ルウ=リリンの夫妻、ラダジッドと初老の団員、それにジザ=ルウとガズラン=ルティムである。
ラダジッドと初老の団員は、背筋を真っ直ぐにしてあぐらをかいていた。
フードつきマントは毒の武器とともに預けていたので、どちらも胴衣ひとつの軽装である。そして東の民が纏う着衣は、森辺の民と同じく渦巻模様の織物で仕立てられていた。
「すぐに女衆らが料理を持ってきてくれるであろうから、どうかくつろいでもらいたい」
「ありがとうございます、ギラン=リリン。重ねて、お礼、述べさせていただきます」
心情の読みにくい東の民であるが、ラダジッドたちも大いにくつろぎながら、この場の空気にひたっているように感じられた。
それと向かい合うシュミラル=リリンは、もちろん幸福そうな笑顔である。その隣に控えたヴィナ・ルウ=リリンも、色々と複雑な思いはあろうが、まずは普段通りのゆったりとした微笑みをたたえていた。
「それにしても、ジェノス、森辺、変化、驚かされました」
果実酒の土瓶を傾けつつ、ラダジッドがそのように発言した。
「我々、ジェノス、訪れる、10ヶ月ぶりです。10ヶ月、決して、短くないでしょう。しかし、それにしても、変化、さまざまです」
「うむ。この1年半ばかりはずっと騒がしかったので、いつ何が起きたのか、いまひとつ判然としないな。ラダジッドたちが驚くほどの変化があったのだろうか?」
誰にともなくギラン=リリンが尋ねると、ガズラン=ルティムが「そうですね」と穏やかな声で応じた。
「10ヶ月前というと、茶の月になります。ちょうど雨季のさなかとなりますね。それから何があったかと考えると……王都から監査官というものを迎えて、森辺の民が西方神の洗礼を受けたり、トゥラン伯爵家と正式に和解を果たしたり、赤き民のティアをファの家で預かることになったり……また、宿場町で交流の会を行ったり、家長会議でギバ肉を売る商売が認められたり、シルエルの率いる《颶風党》に襲撃を受けたり、ゲルドの貴人を迎えて絆を結んだりと、実にさまざまなことがあったように思います」
「なるほど。そのように並べられると、確かに尋常でない賑やかさであるようだな」
「はい。それに、シュミラル=リリンがもたらした猟犬というものも、すでに2度に渡ってジャガルから買いつけていますし、トゥランの北の民たちはジャガルに引き取られることになりましたし……あと、森辺に切り開かれた道の通行が許されたのも、ここ数ヶ月の話でしたね」
ガズラン=ルティムの目が、ラダジッドたちのほうに向けられる。
「やはりあなたがたも、森辺に切り開かれた道を使って、ジェノスにまでやってきたのでしょう?」
「はい。道程、ひと月半、なりました。砂漠地帯、通らずに済む、ありがたいです」
ちょうどラダジッドたちがジェノスに滞在していた頃、森辺の開通工事は開始されたのである。
同じ時期、シュミラル=リリンは狩りの仕事で負傷をし、俺は《アムスホルンの息吹》を発症することになった。その容態が回復するのを見届けてから、彼らはジェノスを出立したのだった。
「我々にとっても、それらは大きな変化でした。……だけどやっぱりあなたがたにとっては、シュミラル=リリンにリリンの氏が与えられ、ヴィナ・ルウ=リリンを嫁として迎えたことこそが、一番大きな変化であったのでしょうね」
ガズラン=ルティムの言葉に、ヴィナ・ルウ=リリンはひそやかに微笑みながら、長くのばしたサイドの髪を弄った。ここしばらくで大人っぽい沈着さを身につけたヴィナ・ルウ=リリンの、恥じらいのポージングである。
「それに、こうして、晩餐、招かれる、驚きです。送別の会、さらに、驚きです」
ラダジッドの言葉に、ギラン=リリンは「ふむ?」と首を傾げた。
「それは、驚くほどのことであるのか?」
「はい。森辺の民、友誼、重んじますが、我々、いまだ、友ならぬ身です。我々、名前、知った、今日、初めて、ほとんどでしょう。そのていどの相手、晩餐、招く、驚きです」
すると、ガズラン=ルティムがやんわりと補足してくれた。
「森辺の民は復活祭の前後から、町の人間を集落に招くようになりました。ですがそれは、ユーミやドーラ家の人間などといった、友としての絆を結んだ相手に限られます。例外は、《ギャムレイの一座》ぐらいのものでしょう。多くの人間が名を知らなかったり、初めて顔をあわせたりするような人間……たとえば、ジャガルの建築屋の一団や、ユーミの友人たちや、貴族の人々などを森辺に招くようになったのは、この数ヶ月以内のことであったのです」
「そうか。確かに俺も、建築屋というものを祝宴に招いたのだから、《銀の壺》を招いても悪いことはあるまいと考えたのだ。俺たちにとっては、東も南も関係はないからな」
そんな風に言ってから、ギラン=リリンは笑顔でジザ=ルウを振り返った。
「それにつけても、血族の全員を招いての祝宴まで許されるとは考えていなかった。ドンダ=ルウの温情には、心から感謝している」
「シュミラル=リリンはルウの血族であるのだから、族長ドンダもそのように取り計らったのだろう。それに俺たちは、シュミラル=リリンの同胞たる《銀の壺》の面々のことを、深く知る必要があるのだろうと思う」
重々しい口調で答えてから、ジザ=ルウはわずかに眉を寄せた。
「しかし、やはり『血族の同胞』というのは、おかしな心地だ。血族のひとりだけが、余所に同胞を持っているということなのだからな」
「ふふん。言ってみれば、他の血族に縁の及ばぬ婚儀のようなものかな。ガズラン=ルティムの妹がドムに嫁入りしたならば、ルティムの家だけがドムという同胞を得ることになるのであろう?」
目もとに笑い皺を刻みながら、ギラン=リリンがそう言った。
「そう考えると、やはりリリンの家はひときわ《銀の壺》と絆を深めるべきなのであろうよ。俺たちは、シュミラル=リリンを同胞とする喜びを、《銀の壺》と正しく分かち合うべきであろう」
「はい。あなたがた、シュミラル=リリン、家族です。同胞の家族、本来、同胞であるのですから、絆、深めさせていただきたい、思います」
ラダジッドがそのように答えたとき、「待たせたな!」という豪快な声が響きわたった。
何事かと思って振り返ると、ダン=ルティムとラウ=レイの両名が、巨大な盆代わりの板を抱えて立ちはだかっている。そこにのせられているのは、数々の宴料理であるようだった。
「なんだ、狩人たるお前たちが、そのような仕事を果たしているのか?」
ギラン=リリンが笑いを含んだ声で尋ねると、ダン=ルティムは「うむ!」と元気いっぱいに応じた。
「なにせ、女衆の手が足りておらんのだ! 俺たちがかまどの面倒を見ることなどできはしないのだから、あとはこれぐらいの仕事しか残されてなかろう?」
「しかし、レイの家長とルティムの先代家長がそのような姿をさらすのは、あまりにも……」
ジザ=ルウが渋面を作ると、「こまかいことを気にするな!」とラウ=レイが勢いよく敷物に料理をおろした。
「うむ? 煮汁がこぼれてしまったか。……とにかくな、リリンの男衆はそやつらと絆を深めるべきであろう? ならば、もっとも手が空いているのは、俺たちだ! 家長もへったくれもあるまいよ」
「うむ! 俺たちは、美味い料理が食えれば満足であるしな! お前たちとは、ひと月後の祝宴でじっくり絆を深めさせていただこう!」
暴虐的なまでの無邪気さを持つ、ラウ=レイとダン=ルティムのコンビネーションである。さしものジザ=ルウも、このタッグが相手では分が悪いようだった。
「では、次はあちらの敷物に持っていってやるか!」
「うむ。ルド=ルウもどこかで遊んでいるようなら、手伝わせてやろう。……、あ、こいつは1本、いただいておくぞ」
自分で並べた料理からあばら肉をつかみ取って、ダン=ルティムが口の中に放り込む。
そうして暴風雨のごとき両名が立ち去ると、ギラン=リリンは含み笑いをしながら敷物に手を差しのべた。
「それではラウ=レイたちにも感謝しながら、いただくとしよう。大皿の料理は小皿に取り分けてから、口に運んでもらいたい」
ラダジッドと初老の団員は、また指先を組み合わせて、礼をしていた。
その間に、ヴィナ・ルウ=リリンがレードルを取り上げる。
「このぎばかれーは、リリンの女衆がこしらえたの……お気に召したら、嬉しいわぁ……」
「はい。芳香、素晴らしいです」
そのように答えてから、ラダジッドが俺を振り返った。
「報告、遅れました。アスタ、いただいた、送別の品、家族、大きな喜び、得ること、できました。家族から、感謝の言葉、預かっています」
「あ、はい。喜んでいただけたのなら、何よりです」
俺は《銀の壺》が故郷に戻るとき、カレー用に調合したスパイスや干し肉などを、送別の品として贈っていたのである。
「ギバ料理、すべて、楽しみでしたが、『ギバ・カレー』、ひときわ、楽しみでした。この夜、口にできる、ありがい、思います」
「うふふ……最初に口にするぎばかれーでガッカリさせてしまったら、申し訳ないわねぇ……」
そんな風に言いながら、ヴィナ・ルウ=リリンは『ギバ・カレー』を取り分けた小皿をラダジッドたちに手渡した。赤みが強いので、これは『タラパ・カレー』であろう。
焼きポイタンをつかみ取ったラダジッドが、それをカレーにひたしてから口に運ぶと――その目が、大きく見開かれた。
「美味です。長きの時間、待ちわびていたので、余計、そう思うのでしょうか。期待、超えています」
「いえ。時間、関係ないのでしょう」と、初老の団員がそのように応じた。
その目はラダジッドと対照的に、極限まで細められている。
「以前より、遥かに美味、思います。10ヶ月、修練、積まれたのでしょう」
「ありがとう……でも、一番苦労をしたのは、あれこれと工夫を凝らしたアスタよねぇ……」
「そんなことはありませんよ。ヴィナ・ルウ=リリンだって、あんなに一生懸命頑張ったじゃないですか」
「やめてよぉ……」と、ヴィナ・ルウ=リリンはサイドの髪を弄った。
シュミラル=リリンはそんな伴侶を愛おしげに見やりながら、自分も『ギバ・カレー』を食している。
「さあ、アイ=ファもアスタも食べるがいい。レイナ=ルウたちも手伝ってくれたのだから、不出来な料理はないはずだ」
ギラン=リリンにうながされて、俺とアイ=ファも木皿を取り上げた。
『ギバ・カレー』ばかりでなく、そこにはさまざまな料理が届けられている。照り焼きにされたスペアリブや、カロン乳仕立てのギバ・スープ、ミソを使った肉野菜炒めに、定番の『ギバ・カツ』などである。
「あ、この料理にはジャガルから買いつけたミソという食材が使われているのですが、ラダジッドたちは食べたことがないはずですよ」
「はい。この香り、知りません」
ラダジッドはカレーの皿をいったん下ろし、肉野菜炒めの皿を取り上げた。
それを口にすると、感じ入った様子でひとつうなずく。
「確かに、知らない味です。風味、素晴らしい、思います」
「そうですか。ゲルドの方々もずいぶんお気に召したようで、今後は定期的に買いつける約束をしていました」
「ゲルドの方々」と、初老の団員が反応した。
「ジェノス、さまざまな変化、ありましたが、その一件、とりわけ、大きな驚きです」
「ええ。ゲルドの方々は、これまであまり西の領土と交易されていなかったようですね」
「はい。それに、経緯、複雑です」
複雑な経緯とは、もちろん《颶風党》に関してである。かつての同胞が犯した罪を贖うために、ゲルドの貴人たるアルヴァッハとナナクエムはジェノスを訪れて、その末に交易の約定を結ぶことになったのだった。
「ですが、ゲルドの民、森辺の民、通ずるもの、あるように思います。絆、結ばれたなら、幸い、思います」
「なるほど、あなたもゲルドの民と懇意にされていたのでしょうか?」
ガズラン=ルティムが口をはさむと、初老の団員は「はい」とうなずいた。
「私、草原、北寄り、生まれです。ゲルドの民、ときおり、交易、訪れていました。ゲルドの民、清廉さ、恐ろしさ、ともに、知っています」
「ゲルドの民は、恐ろしさを持っているのですね」
初老の団員はいったん口をつぐんで、ガズラン=ルティムを真っ直ぐに見返した。
「その恐ろしさ、おそらく、森辺の民、同一です。森辺の民、裏切り、許さない、違いますか?」
「はい。もしも信頼を裏切られた際には、相応の報いを為すかと思われます」
「ゲルドの民、それ、同一です。清廉、ゆえに、誇り高く、裏切り、決して許さない。その、迷いのなさ、強靭な意志、恐ろしいです。また、強靭な意志、遂行するための力、持っている、それも、森辺の民、同一です」
そのように言ってから、初老の団員はふっと目を細めた。
「ですから、信頼、裏切らなければ、恐れる必要、ありません。それも、ゲルドの民、森辺の民、同一です。きっと、よき友、なるでしょう」
「はい。我々もそうなるように願っています」
すると、ミソの肉野菜炒めを満足そうに食していたラダジッドが、同胞を振り返った。
「ですが、ゲルドの民、恐ろしさ、別に、存在します。我々、襲われること、少ないですが、無法者、きわめて危険です。また、森辺の民、実際、襲われています」
「はい。ゲルドの民、無法者、多い、事実です。しかし、貴人であれば、心配、不要でしょう」
すると今度は、ギラン=リリンが興味深げに身を乗り出した。
「そういえば、もっと北のほうではゲルドの無法者が騒ぎを起こしているそうだな。あなたがたも、そういった危険な区域に足を踏み入れているのだろうか?」
「はい。我々、アブーフ、越えて、マヒュドラまで、おもむきます。その道行き、危険です。ゲルド、山賊、縄張りです」
「アブーフというのは、西の王国でもっとも北方に位置するという領土であったな。……うむ? あなたがたは、マヒュドラにまでおもむいているのか? シュミラルはもはや西の民であるので、マヒュドラには足を踏み入れられないはずだぞ」
「はい。シュミラル=リリン、アブーフ、残し、我々のみ、マヒュドラ、向かいます。北の民、商売相手、そのように、約定、交わしました」
同胞に視線を向けられて、シュミラル=リリンは「はい」とうなずく。
「ただし、アブーフ、居残る、意味、薄いです。皆、マヒュドラ、向かっている間、私、西、進み、これまで、素通りしていた、町、巡るべき、考えています」
「なるほど。では、二手、分かれる、有効です。マヒュドラ、運ぶ荷物、荷車、2台、十分です」
「はい。のちほど、地図、確認して――」
と、そこでシュミラル=リリンははにかむように微笑んだ。
「……この話、明日にしましょう。西の言葉、使う意味、ありません」
「了承です。余計な話、失礼いたしました」
ラダジッドが、俺たちに向かって一礼する。
そちらに気安く手を振ってから、ギラン=リリンはシュミラル=リリンに向きなおった。
「それはともかくとして、お前は伴侶の心情を推し量るべきであろうよ、シュミラル」
「はい?」と小首を傾げてから、シュミラル=リリンは伴侶のほうを見た。
ヴィナ・ルウ=リリンは、食い入るようにシュミラル=リリンを見つめている。
シュミラル=リリンはひどく驚いた様子で身をのけぞらせかけたが、すぐに「ああ」と口もとをほころばせた。
「理解、しました。北方、危険な区域、聞かされたので、懸念、抱いてしまったのですね」
ヴィナ・ルウ=リリンは、形のいい下顎を引くようにして小さくうなずいた。
シュミラル=リリンは微笑みながら、その手にそっと自分の手を重ねる。
「心配、無用です。確かに、北方、危険な区域、多いです。用心、必要です。ですが、用心すれば、危険、ありません」
「……本当に?」
「本当です。私、虚言、吐きません。父の代から、《銀の壺》、すべての危険、切り抜けてきました。我々、大きな力、持っているのです」
ヴィナ・ルウ=リリンの瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、シュミラル=リリンはそう言った。
「ゲルドの山賊、恐ろしいですが、ギバ、もっと恐ろしいです。森辺の狩人、商人より、苛烈な生、送っています。私、信じて、待っていてください、ヴィナ・ルウ」
「……ええ、わかったわぁ……」
と、ヴィナ・ルウ=リリンも静かに微笑んだ。
「あなたの力と、言葉を信じる……半年っていうのは、ちょっぴり長いけれどねぇ……」
「はい。恐縮です」
ふたりは、くすくすと笑いあった。
きっとこれまでにも、何度となく同じような言葉が交わされていたのだろう。ふたりがひっそりと紡いできた絆の一端を、垣間見たような心地であった。
そうしてシュミラル=リリンは正面に向きなおり、ヴィナ・ルウ=リリンはうつむき加減で髪の毛を弄る。ラダジッドは、とても申し訳なさそうに頭を下げていた。
「無用の心配、抱かせてしまい、申し訳ありません。ゲルドの山賊、東の民、襲うこと、少ないので、安心、お願いします」
「ああ、ゲルドの山賊というのは、毒の武器を扱う東の民を避け、なるべく西の民を襲うようにしているのだと聞いた。なんとも恥ずべき行いであるが、俺の妹にとっては心を安らがせる一助となろう」
ジザ=ルウが発言すると、ヴィナ・ルウ=リリンが上目づかいでそちらを見た。
「ごめんなさい……ジザ兄にまで気をつかわせちゃったわねぇ……」
「べつだん、気をつかったわけではない。ただ、このような場では氏をつけて呼ぶべきではないか?」
「ううん。家長ギランが、今日は堅苦しい会じゃないって言ってたもの……ありがとう、ジザ兄……」
ジザ=ルウは小さく肩をすくめてから、好物の『ギバ・カツ』を口に運んだ。
すると、またもや賑やかな一団が接近してくる。そして今度は、ルド=ルウも加わって3名になっていた。
「別の料理を待ってきたぞ! おそらくこれで、ひと通りの料理はそろったであろうな!」
「かれーと汁物料理も、さっきの分では足りなかろう。追加で持ってきてやったから、これも食うがいい!」
「ったくよー、なーんで俺まで手伝わなきゃいけねーんだよ」
こんな賑やかな給仕というのも、なかなかないだろう。ラダジッドたちは楽しそうに目を細めており、ジザ=ルウとアイ=ファを除く人々は微笑を誘われていた。
「なんだか、申し訳ないですね。俺が代わるので、みなさんも腰を落ち着けたら如何ですか?」
そう言って俺が腰を浮かせかけると、ダン=ルティムのグローブのような手で頭をおさえつけられてしまった。
「無用の気づかいだ! アスタはこの者たちともっともつきあいが古いのであろうが? 俺たちにかまわず、思うぞんぶん語らうがいい!」
「あ、ありがとうございます。でもきっと、商団のみなさんは明日から毎日のように屋台を訪れてくれると思うのですよね」
「商売の最中は、大して語れまい? いいから、大人しく座っておれ!」
ダン=ルティムの手が、俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回してくる。その怪力に、俺は「あうう」と力ない言葉をもらしてしまい、アイ=ファをたいそう心配させてしまった。
「ところでさー、もうちっとしたら横笛でも吹かせてもらおうかと思うんだけど、どうだろうな、ギラン=リリン?」
「ああ、もちろんかまわんぞ。ただ、今日は横笛を吹ける人間もあまりいなそうだな」
「俺とラウ=レイとシュミラル=リリンがいりゃ、十分さ! あ、あんたたちも、横笛を吹けるんじゃねーのか?」
「はい、何名かは。……こちらの者、横笛、巧みです」
ラダジッドが、初老の団員のほうを見る。
ルド=ルウは「へー!」と瞳を輝かせた。
「年を食った人間の横笛ってのは、初めてだな! それじゃあ後で、一緒に吹こうぜー!」
「はい。拙き技ですが」
「それじゃあ、また後でなー!」
仕事を果たした3名は、意気揚々と立ち去っていった。
ジザ=ルウはひとり、溜め息をついている。
「まったく、子供の集まりだな。あれでも全員が、ルウの血族の誇る狩人だというのに……」
「はい。ですが、好ましい、思います。森辺、さまざまな人間、いるのですね」
ラダジッドが、感慨深げにそう言った。
「シュミラル=リリン、森辺、幸福、過ごしている、嬉しい、思います。西方神、モルガの森、あらためて、感謝、捧げたい、気持ちです」
「うむ。そちらにしてみれば、大事な同胞が神と故郷を捨てて、異郷の民となってしまったのだからな。さぞかし不安であったことだろう」
ギラン=リリンが笑いながら、新たな果実酒の土瓶を差し出した。
ラダジッドは「はい」とそれを受け取る。
「今度は、我々、シュミラル=リリン、預かる番です。無事、お返しする、約束します」
「俺は何も案じておらんよ。こやつは毒の武器だけではなく、剣や弓の技をも会得したのだからな」
ギラン=リリンに肩を叩かれて、シュミラル=リリンははにかむように微笑む。
その姿を見届けてから、ガズラン=ルティムが「そういえば」と声をあげた。
「紫の月の最後の日、たしか『滅落の日』でしたか。その夜、あなたがたはどこで過ごされる予定なのでしょうか?」
「はい。特に、予定、ありません。故郷の外、新年、迎えるとき、いつも、思い思い、過ごしています」
「では、その日も我々と同じ場所で、喜びを分かち合っては如何でしょう?」
「森辺、招待、いただけるのですか?」
ガズラン=ルティムは「いえ」と首を横に振った。
「森辺の民に、新年を祝うという習わしは存在しなかったのです。よって、昨年に初めてジェノスの人々と、その喜びを分かち合うことになりました。今年もまた、宿場町やダレイムに下りることになるかと思います」
ガズラン=ルティムに視線を向けられて、ジザ=ルウは「うむ」とうなずいた。
「さしあたって、ルウの最長老ジバはダレイムに向かうことを望んでいる。おそらく俺も、その身を守る仕事を受け持つことになるはずだ」
「それでは、俺たちも加わらせてもらいたいものだな。町に下りるのが夜であるなら、次の日を休息にあてれば問題なかろう」
果実酒の土瓶を掲げながら、ギラン=リリンがそのように言いたてた。
目もとの笑い皺は、これ以上ないぐらい深くなっている。
「それで、《銀の壺》の面々も同じ場所に参じれば、喜びを分かち合えるということだ。夜が明けるまでたっぷり騒げば、さぞかし絆も深まることだろう」
「ありがとうございます」と、ラダジッドは自分の右頬に手をあてた。
そして、俺のほうに向きなおってくる。
「笑み、こらえる、難しいです。アスタばかりでなく、森辺の民、皆、危険ですね」
「はい。とても危険な人間の集まりだと思いますよ」
意味のわからないギラン=リリンたちは、いくぶんきょとんとした面持ちで俺とラダジッドの姿を見比べている。
そうして《銀の壺》の面々を迎えた最初の夜は、とても和やかな空気の中で過ぎ去っていったのだった。




