前準備と再会①~復活祭の前準備~
2019.7/29 更新分 1/1
・今回の更新は全8話の予定です。*8/1 全10話で最終日に2話更新という形式に変更します。
合同収穫祭の、翌々日――紫の月の15日である。
収穫祭の当日と翌日は連休にさせていただいたので、俺たちは2日ぶりに屋台の商売に励んでいた。
なおかつ、ここから復活祭が終わるまでは、無休で屋台を出す所存である。
もちろん何かアクシデントが生じたり、想定以上に疲弊したりするようであれば、臨機応変に対応しようと考えているが、体力自慢で知られる森辺の女衆であれば、きっと無理なく過ごすことができるだろう。森辺で鍛えられた俺としても、体力の面ではまったく不安を抱いていなかった。
そして、復活祭を迎えるにあたって、新たなシフトも完備されている。
つい最近、幾名もの新人を研修して新体制に落ち着いたところであったのだが、また俺たちはそこに微調整を加えることになったのだった。
まずファの家でいうと、新人の研修が完了したために、レイ=マトゥアとマルフィラ=ナハムの両名が、毎日出勤することに相成った。
そしてそれと時期を同じくして、これまで毎日出勤していたヤミル=レイが数日置きの出勤となる。ラウ=レイがもっとヤミル=レイとともに過ごしたいと言いだしたために為された措置である。
それに加えて、復活祭が終わるまでは、こちらからも青空食堂の要員を2名、出すことになった。この時期の青空食堂は大きな混雑が予想されるので、そのための対応策である。
屋台の数は、これまで通りの3台で、人員は2名ずつ。青空食堂と合わせて、毎日8名が出勤する計算だ。
俺、ユン=スドラ、レイ=マトゥア、マルフィラ=ナハムの4名が毎日出勤となり、ヤミル=レイ、フェイ=ベイム、ダゴラ、ガズ、ラッツ、ミーム、アウロ、ラヴィッツ、ヴィン、ナハムの女衆の10名から、毎日4名が選出される格好となる。
ちなみにその中でラヴィッツの家は、リリ=ラヴィッツと若い女衆を順番に出勤させる、という話に落ち着いていた。家長の伴侶たるリリ=ラヴィッツは家の仕事の取り仕切りという役目を負っているので、なるべく出勤日数を減らす方向で動いているのだ。それでもリリ=ラヴィッツが完全に手を引こうとしないのは、どうやら本人の意向であるようだった。
あとは屋台のメニューであるが、それはおおむねこれまで通りの内容で継続されることになった。
ひとつ目の屋台では、日替わりで毎日異なる料理をお届けする。
ふたつ目の屋台では、カレーとパスタを数日置きにお届けする。
みっつ目の屋台では、『ギバまん』と『ケル焼き』を、1日の中で前後に分けてお届けする。
『ギバまん』に関してはもう1年以上も続けている献立であるが、いまだに根強い人気を博しているので、変更の必要は感じなかった。
それに、新たな食材との出会いによって、この『ギバまん』もマイナーチェンジを繰り返しているのだ。もしもひさびさに『ギバまん』を口にするお客がいたならば、いっそう美味しくなったと喜んでもらえる自信があった。
また、カレーとパスタに関しても、最近は日ごとで異なる味付けにしている。
カレーであれば、サグ・カレーを意識した『ナナール・カレー』や、タラパと挽き肉をふんだんに使った『タラパ・カレー』、パスタであればミートソースやアラビアータ風やクリーム仕立てなど、あれこれ趣向を凝らしているのだ。
そうであるからこそ、『ギバまん』は定番メニューとして長く残そうという気持ちがいっそう強く固まったのかもしれなかった。
ファの家に関しては、以上である。
いっぽうルウ家のほうでも、また新たなシフトが施行されていた。
これは言うまでもなく、マイムがルウ家の家人として認められたためである。
これからは、マイムもルウの血族のひとりとして、屋台の商売に取り組むのだ。
その稼ぎはいったんルウ家の収益となり、そののちに、働きに応じて分配されることになる。
そして、マイムはこれまでひとりきりで商売を続けていたが、ルウ家の取り仕切る屋台でも2名ずつの人員が配置されていたので、毎日パートナーがつけられることになった。
ということで、必要な人員も、ファの家の屋台と同一になる。
3台の屋台に2名ずつ、あとは青空食堂にも2名を配置して、合計は8名だ。
毎日出勤するのはマイムのみであり、レイナ=ルウとシーラ=ルウ、リミ=ルウとララ=ルウのペア、およびツヴァイ=ルティムが1日置きの出勤。ヴィナ・ルウ=リリンとリリンの女衆が、5日置きの出勤。残りのマスを、ルティム、レイ、ムファの1名ずつと、ミンとマァムの2名ずつで埋めることになる。
マイムの管理する屋台では、以前の祝宴でお披露目された、ミソの煮込み料理が出されることになった。ビーフシチューのような外見で、果実のまろやかな甘みと香草の清涼感が独特な、あの素晴らしい料理だ。
残りの2台の屋台では、おおむねこれまで通りのメニューが供される。
片方は、『ギバ・バーガー』と『ミャームー焼き』を1日の中で前後に分けて。もう片方は、日替わりで汁物料理である。
『ギバ・バーガー』と『ミャームー焼き』などは、それこそ屋台でもっとも古いメニューとなるが、こちらも人気に衰えは見られない。『ギバまん』と同様に、新たな食材との出会いと、それにかまど番の技術の向上によって、時を経るごとに仕上がりが改善されていたのだった。
そして汁物料理に関しては、ずいぶん献立の幅が広がっている。
『ギバのモツ鍋』はタウ油仕立てとミソ仕立ての2種であるし、その他にも『クリームシチュー』や『照り焼き肉のシチュー』、それについ最近開発された『ギバとマロールのスープ』も、タラパ仕立てとカロン乳仕立ての両方が、すでに好評を博していたのだった。
ルウ家はルウ家でたゆみなく努力を重ねてきたし、現在ではそこにミケルとマイムというまたとない同胞が得られたのだから、いっそうの飛躍を見せてくれることだろう。
同じ目的のために邁進する同志として、これほど頼もしい存在はなかった。
あとは、トゥール=ディンの取り仕切る菓子の屋台である。
こちらでは予定通り、屋台の仕事を習い覚えた3名の女衆が、毎日1名ずつ日替わりで宿場町に下りることになった。復活祭が始まって、さらなる人出が必要であると見なされた場合は、いつでも増員させることができる。盤石の態勢である。
それに献立に関しても、着々と種類が増えていた。
最初に開発した『チョコまん』に、最近開発した3種の『クレープ』、ブレの実を使った『あんまん』、カスタードクリームを使った『ロールケーキ』など、お客の反応を見ながら、日替わりで提供しているさなかである。最終的には、5日間の営業日で毎日異なる菓子を出せるように、5種の菓子を選出するつもりであるようだった。
以上が、復活祭を前にして構築した、俺たちの新体制である。
一点、補足するならば、青空食堂の卓と椅子は、のきなみ新しいものに買い替えていた。これはもともと屋外用の簡素な造りであり、1年ごとに買い替えるべしと言われていたのだ。
ただし、食堂には屋根も張りっぱなしであったので、思っていたほどの傷みは見受けられなかった。ただ、ところどころに腐食が見られて、見栄えが悪くなったぐらいのものである。
これをバラして焚きつけに使ってしまうのは惜しいということで、古い卓と椅子はルウ家に引き取られることになった。森辺において、椅子に座る習慣はないのであるが、広場に置いておけばちょっとした小休止などで活用できるのではないか、という目論見である。もともと料理を置くための卓であるのだから、祝宴でだって活用できそうなところであった。
そんな感じで、復活祭を迎え撃つ準備は、整った。
ラーズとレビによるラーメンの屋台も相変わらずの人気であり、もうしばらくしたら、ここにユーミの屋台も加わる予定である。
あとは《南の大樹亭》を筆頭に、他の宿屋でもギバ料理の屋台を出す準備が進められていると聞く。
復活祭の到来が、心から待ち遠しいところであった。
◇
ということで、紫の月の15日である。
その日も屋台は、大いに賑わっていた。
復活祭の本当の始まりは、『暁の日』たる紫の月の22日からであるが、これぐらいの時期から客足はのびるものなのである。
余所の町からも多くの人々がやってきて、これまで以上の賑わいとなる。
また、無法者の姿も多く見られるようになり、宿場町を守る衛兵たちもいっそう忙しくなるのだ。
よって俺たちも、森辺の狩人に護衛役をお願いしていた。
昨年も、ちょうどこれぐらいの時期から護衛役をお願いしていたのだ。
そして、昨年はルウの血族にそれをお願いしていたが、今年は近在の6氏族がその役を担うこととなる。2年連続で、懇意にしている氏族がちょうど休息の期間にあるというのは、母なる森のお導きとしか思えないところであった。
「本当に、大した賑わいであるのだな」
中天を迎えて、2度目のピークを終えたあたりでそのようにつぶやいたのは、6名で編成される護衛役のひとり、チム=スドラであった。
協議の結果、護衛役は各氏族から毎日1名ずつ出されることになったのだ。狩人が1名しかいないファの家は、毎日アイ=ファがその役を担うことになるわけであるが、もちろん最愛なる家長が不満そうな顔をすることはなかった。そのように取り決められる以前から、アイ=ファは毎日宿場町に下りる心づもりであったのだろう。
俺のかたわらにたたずんだチム=スドラは、そのよく光る目で賑やかな往来を見回しながら、さらに言葉を重ねてきた。
「それにやっぱり、刀を下げた人間が多いように思う。これは護衛役が必要になるわけだ」
「うん。それでも俺たちがおかしな騒ぎに巻き込まれたことはないけどね」
俺がそのように返事をすると、チム=スドラは「何を言っている」と眉をひそめた。
「昨年とて、旅芸人を追ってきた無法者どもに襲われることになったのだろうが? 俺はユンから、そのように聞いているぞ」
「ああ、そっか。そんなこともあったねえ。ただ、あれはたまたまその場に居合わせただけだったからさ。無法者たちは、あくまでギャムレイたちを襲おうとしていたわけだしね」
「それでも、物騒であることに変わりはない。まあ、気を張るのは俺たちの役割であるから、アスタたちは普段通りに過ごしていればいい」
6名中の3名は、裏手の雑木林を見張っており、アイ=ファとチム=スドラが屋台の周辺、最後のひとりが青空食堂のほうを見張ってくれている。6名もの狩人たちが目を光らせてくれていれば、俺たちが危険に見舞われることもないはずだった。
「そういえば、その旅芸人という者たちは、いつやってくるのだ? この年も、復活祭の時期にやってくると約定を交わしていたのだろう?」
「うん。そんなきちんとした約束ではなかったけどね。でも、育ったギバを見せてくれるって言ってたし、復活祭の間には来てくれると思うよ」
昨年、《ギャムレイの一座》はルウの狩人たちとともに森に入り、1頭の幼きギバを捕獲することに成功したのである。獣使いの老人シャントゥによって、ギバはどのように育てあげられたのか、俺としても気になるところであった。
「しかし、ギバが人間に懐くことなど、ありえるのだろうかな。俺にはいまひとつ信じられないところだ」
「どうだろうね。でも、ヴァムダの黒猿でさえ、人間に懐いていたんだからね。絶対に不可能ってことはないんじゃないのかな」
「ヴァムダの黒猿……俺たちの祖が、ジャガルの黒き森で狩っていたという獣か。そのようなものを連れ歩いているとは、信じ難い話だ」
チム=スドラが、ちょっと落ち着かなさそうに身体を揺する。その顔に浮かんだ表情を見て取って、俺はついくすりと笑ってしまった。
「あれは一見の価値があると思うよ。《ギャムレイの一座》がやってくるのが楽しみだね」
「俺はあくまで、護衛役だ。べつだん、そのようなものを楽しみにしているわけでは……いや、これでは虚言となるか」
内心を言い当てられたチム=スドラは、すねたように口をとがらせた。6氏族の誇る指折りの狩人であろうとも、チム=スドラはまだ16歳の少年であるのだ。
「《ギャムレイの一座》の天幕にお邪魔するには、護衛役が必要だからね。それに、護衛役じゃない日でも、宿場町に下りるんだろう? 絶対に銅貨の無駄にはならないと思うから、あれはみんなに見てほしいなあ」
「うむ、まあ、家長ライエルファムの判断次第だな」
柔軟なる思考を持つライエルファム=スドラであれば、きっと異を唱えることはないだろう。昨年はルウの血族の人々が堪能した復活祭を、6氏族の人々にもぞんぶんに楽しんでもらいたいところであった。
そこに、賑やかな一団が近づいてくる。噂をすれば何とやらで、護衛役の役割とは関わりなく宿場町に下りていた面々がやってきてくれたのだ。
その先頭に立っていたユーミが、「やあ」と笑顔で手を振ってくる。
「あちこち案内してたら、遅くなっちゃった。まだ料理は売り切れてないよね?」
「うん。この前の祝宴はお疲れ様、ユーミ」
ユーミは本日も、元気いっぱいの様子であった。そしてその隣には、当然のようにジョウ=ランが控えている。ジョウ=ランは俺に目礼をしてから、すぐにチム=スドラへと視線を差し向けた。
「お疲れ様です、チム=スドラ。護衛役の仕事は如何ですか?」
「とりたてて、おかしな騒ぎは起きていない。しかし、この人出だから、油断はできないだろう」
「そうですよね。俺も普段以上に気を張ることになりました」
すると、ユーミが「ふーん?」とジョウ=ランをねめつけた。
「あんた、気を張ってたの? そんな風には、全然見えなかったけど」
「これだけ刀を下げた人間が歩いていたら、自然と気は張ってしまいます。ユーミや女衆を危険にさらすわけにはいきませんからね」
「あたしが無法者なんざにどうこうされるもんか。何年この宿場町で暮らしてると思ってるのさ」
「それでも相手がユーミであれば、心配しないわけにはいきません」
ユーミは顔を赤くしながら、ジョウ=ランの足を蹴っ飛ばしたようだった。
それを苦笑まじりに見やってから、バードゥ=フォウも前に進み出てくる。
「皆、何事もなく仕事に励んでいるようだな。このように大勢で押しかけては迷惑かと思ったが、いちおう様子を見ておきたかったのだ」
「いえ、ちょうど仕事も一段落したところです。宿場町は、如何でしたか?」
「以前に出向いたときよりも、格段に賑わっているようだな。これよりも人が増えるというのなら、確かにいっそうの用心が必要であろう」
この時期は、森辺の民も面倒を避けるために、なるべく宿場町に下りないようにつとめていた、という話であるのだ。町のイベントに無関心であった森辺の民であれば、それが当然の話であったのだろう。
しかし昨年はこの復活祭を大きな契機として、ルウの血族の人々が宿場町の人々と絆を深められたように思う。6氏族の人々が同じように絆を深められれば、それにまさる喜びはなかった。
「アイ=ファ、お仕事お疲れ様です」
と、別なる人物がアイ=ファの前に進み出る。
それはアイム=フォウを抱いたサリス・ラン=フォウであったので、アイ=ファの目もとが優しくやわらげられることになった。
「そちらも、ご苦労であったな。……初めての宿場町はどうであった、アイム=フォウよ?」
はにかみ屋さんのアイム=フォウは、ただ「うん」とうなずくばかりであった。
しかしその瞳には、とても明るい光がたたえられている。
「ユーミの案内で、聖堂という場所も見物させてもらったの。アイムを預けるには、まだいささか早いように思ったわ」
サリス・ラン=フォウが、笑顔でそのように説明した。
「せめて4歳か5歳ぐらいにならないと、あまりに心細いでしょうし……でも、ああいう場所で幼い頃から顔をあわせていれば、いっそう宿場地の民と絆を深められるのじゃないかしら」
「うむ。文字や計算というものを学ぶこともかなうのであろうしな」
「ええ。わたしたちも、先人には考えられないような生活に身を置いているのでしょうけれど……アイムなんかは、それとも比べ物にならないような生活を送ることになるのでしょうね」
そんな風に言いながら、サリス・ラン=フォウは愛しき我が子の頭をそっと撫でていた。
ふたりの会話に聞き入っていたユーミはアイム=フォウに笑いかけてから、バードゥ=フォウのほうに向きなおる。
「さて、それじゃああたしは、食事にさせてもらおうかな! その間、みんなはどうするの?」
「俺たちは、邪魔にならぬ場所で身を休めていようと思う。苦労をかけるが、この後もよろしく願いたい」
「なーに言ってんのさ! こっちだって楽しんでるんだから、お礼なんていらないよ!」
ユーミが白い歯をこぼすと、バードゥ=フォウもつられたように微笑んだ。
そうして森辺の一団は、向かいの空いたスペースへと移動していく。そちらは持参した軽食で小腹を満たすのだろう。人数は、10名を少し超えるていどであったようだ。
「あれはみんな、フォウの血族の人たちだよね。ディンやリッドの人たちはどうしてるのかな?」
「あのお人らは、ベンたちの案内で広場だよ。横笛や盤上遊戯でも楽しんでるんじゃない?」
屋台の営業日にあわせて、6氏族の人々も本日から宿場町を見物して回っているのだった。
休息の期間は半月にも及び、それは復活祭の時期とばっちり重なっている。その間、毎日交代で誰かしらが宿場町に下りてくるのだ。そう考えれば、昨年よりもいっそう濃密な交流が期待できそうなところであった。
「ルウ家のお人らも、たまには下りてくるんでしょ? ルド=ルウなんか、どうしてこっちは休息の期間じゃないんだーって騒いでたもんね」
「うん。それにザザやサウティや他の氏族の人たちなんかも、できる限りは様子を見に来るつもりだって言ってたよ。最近は森辺でも、数日に1度は狩人の仕事を休むのが当たり前になってきたからね」
「猟犬さまさまってやつだねー。いろんな氏族の人たちとお近づきになれたら、あたしも嬉しいよ」
そんな風に言ってから、ユーミが屋台の中に顔を突っ込んできた。
「ところで話は変わるけど、城下町の件はどうなったの? あのいけ好かない外交官ってやつが、アスタたちを晩餐に招きたいとか言ってきたんでしょ?」
「ああ、うん。昨日のうちに族長筋にも話が通されて、決定したよ。日取りは3日後の、紫の月の18日だね」
「ふーん。何かの罠じゃあないんだろうね?」
「族長筋とジェノス侯爵家の人たちも招待するっていう話だから、大丈夫さ。というか、フェルメス自身も客分の身だから、ジェノスの貴族を招待ってのはおかしな話なんだけどね」
ともあれ、そういう方向で話が進んでいるのは、事実である。ユーミは「そっかー」と言いながら、アイ=ファのほうに視線を転じた。
「アスタがあんなやつにつきまとわれて、アイ=ファも苦労が絶えないねー。ま、相手が男の分、ちっとはマシか」
「……べつだん、フェルメスが男であろうと女であろうと、煩わしさに変わりはない」
「にっひっひ。ちょっぴりお顔を赤くしてるじゃん。そういうとこは、可愛いよなあ」
アイ=ファはいっそう顔を赤くしながら、「おい」とユーミに詰め寄った。
心優しきチム=スドラはそっぽを向いて聞かないふりをしているが、俺の相方であるラッツの女衆はくすくすと笑っている。
「ま、いいや。アイ=ファや族長筋のお人らが一緒なら、何も心配はいらないだろうしね。それでも、おかしなことにならないように気をつけてよ、アスタ?」
「うん。ご心配ありがとう。その日は城下町の晩餐を楽しんでくるよ」
そうしてユーミはいくつかのギバ料理を手中にして、青空食堂へと引っ込んでいった。
すると今度は、笑いを収めたラッツの女衆が俺のほうに顔を寄せてくる。
「ユーミは、あの王都の貴族を嫌っているのですね。わたしはべつだん、悪い人間とは思わなかったのですが……やはり、用心するべきなのでしょうか?」
「それは俺にも、いまひとつわかりません。なにせ、内心のわかりにくいお人なもので」
「そうですか。森辺でも、用心している人間は少なくないようですね。レイナ=ルウだとか、ユン=スドラだとか……」
「え? ユン=スドラもですか?」
「はい。そうだからこそ、正しき絆を結べるように励んでいるのだと聞いています」
すると、街道に視線を巡らせていたチム=スドラも、こちらに向きなおってきた。
「俺も、そのように聞いている。アスタを見る目が気に食わない、などと言っていたな」
ならばそれは、レイナ=ルウとほぼ同じ心境であるのかもしれなかった。
それでもレイナ=ルウのように内心をあらわにしないのは、きっと性格の違いであるのだろう。レイナ=ルウは案外、直情的な気性であるのだ。
「俺もユン=スドラと同じように、正しき絆を結ぶことで、このわだかまりを解消したいと思ってるよ。根本の部分では、フェルメスも悪い人間ではないと信じたいからさ」
「うむ。俺もあの貴族とは、それほど言葉を交わす機会もなかったが……少なくとも、真情を偽ったり隠したりしているようには思わなかった」
そのように言ってから、チム=スドラは難しげな面持ちで頭をかいた。
「しかし、そうであるにも拘わらず、あの貴族は内心を読むのが難しい。何も隠していないようであるのに、内心が読めないというのは……何か、落ち着かない心地になる」
「ああ、それはもしかしたら、フェルメスがもともと理解しにくい性格や考え方をしている、ということなのかもね。向こうは何も隠さずに、すべてをさらけ出しているつもりなのかもしれないけど、俺たちの側がそれを上手く理解できていないってことなのかな」
俺が知る限り、それを正しく理解できているのは、ガズラン=ルティムただひとりであるように思えてならなかった。
ただそのガズラン=ルティムも、フェルメスがどのような人間であるのかを、他者に説明することは難しいように見える。それぐらい、フェルメスというのは入り組んだ人間であるのだろう。
(まあ、今度の晩餐会で少しでも理解が深まれば、幸いだな)
そのように結論づけて、俺は仕事に集中することにした。
終業時間まで、あと一刻と少しである。街道にはたくさんの人々があふれかえっており、多めに準備した料理が売れ残る心配はまったくないように思われた。