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異世界料理道  作者: EDA
第四十五章 祭の前に
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六氏族の収穫祭⑥~宴の始まり~

2019.7/13 更新分 1/1

 狩人の力比べが終了して、数刻ののち――日没とともに、広場の中央の儀式の火が灯された。

 その正面に立ちはだかったランの家長を三方から囲むようにして、人々は立ち並んでいる。


「それでは祝宴の前に、力比べで勇者と定められた5名の狩人たちに、あらためて祝福を贈りたく思う!」


 ランの家長の背後には、1メートルぐらいの高さを持つ壇が作られており、そこに5名の勇者たちが座していた。


「的当ての勇者、ジョウ=ラン!」


 ランの家長の声に応じて、ジョウ=ランがふわりと立ち上がった。

 いつも通りの、涼やかな笑顔である。その頭に、ランの若い女衆が勇者の草冠を捧げた。


「荷運びの勇者、ラッド=リッド!」


 ラッド=リッドも、いつも通りの豪放な笑顔だ。

 ディンとリッドの家人たちは、いっそうの勢いで手を打ち鳴らしていた。


「木登りの勇者、ライエルファム=スドラ!」


 ライエルファム=スドラはむっつりとした面持ちで、草冠を授かった。

 俺のかたわらでは、ユン=スドラが嬉し涙をおさえている。


「棒引きの勇者、バードゥ=フォウ!」


 フォウの血族の人々が、これまで以上の歓声をほとばしらせた。

 ついに親筋の家長であるバードゥ=フォウが、勇者の座を授かることになったのだ。バードゥ=フォウの力量をよく知る人間ほど、その感慨はひとしおであるはずだった。


「闘技の勇者、アイ=ファ!」


 アイ=ファが立ち上がると、さらに大きな歓声と拍手が爆発した。

 この場にファの家の家人は俺しかいないはずであるのに、誰もがこれほどまでにアイ=ファの勝利を祝福してくれているのだ。

 これが3度目の戴冠でありながら、俺は感涙を禁じえないぐらい情動を揺さぶられてしまっていた。


「以上の5名が、本日の力比べの勇者となる。これまでの3度の収穫祭で、立て続けに勇者の座を勝ち取ることになった3名、ラッド=リッド、ライエルファム=スドラ、アイ=ファは、真の勇者というべき存在であろう」


 歓声と拍手がいくぶん収まったところで、ランの家長がそのように言葉を重ねた。


「しかし、これが2度目の勇者となるジョウ=ランや、このたび初めて勇者の座を手にしたバードゥ=フォウも、決してそれに負けない狩人であると思う。さらに言うならば……俺は、惜しくも勇者の座を逃したゼイ=ディンやチム=スドラとて、そこに並ぶべき狩人であると考えている」


 人々はまた歓声を張り上げて、ランの家長の言葉に同意を示していた。


「このたびの勇者5名にチム=スドラとゼイ=ディンを加えた7名こそが、俺はこの6氏族が誇る勇者だと思っているのだ。その中で、いまだ若年であるアイ=ファ、ジョウ=ラン、チム=スドラの3名には、とりわけ感服の念を抱いている。このように秀でた力を持つ狩人たちを、血族とし、友としていることを誇りに思い、我々もそれに負けない力をつけるべきであろう」


 取り仕切り役としての重圧など忘れてしまったかのように、ランの家長は熱弁をふるっていた。きっとそれぐらい、彼も情動を揺さぶられているのだ。


「では、収穫の宴を開始する! ファ、フォウ、ラン、スドラ、ディン、リッドの血族に、数多くの客人たちよ、母なる森に感謝の念を捧げつつ、その恵みを己の力に!」


「母なる森に感謝を!」と、すべての人々が復唱した。

 フォウの広場には、人々のかもしだす熱気が渦巻いている。それを胸いっぱいに吸い込んでから、俺はユン=スドラを振り返った。


「それじゃあ、仕事に取りかかろう。おたがい頑張ろうね」


「はい。またのちほど」


 玉虫色のヴェールの向こうで、ユン=スドラはにこりと微笑んだ。合同収穫祭の慣例に則って、本日も未婚の女衆は宴衣装を纏っていた。

 最後に壇上のアイ=ファの勇姿を目に焼きつけてから、俺は担当のかまどへと引き返す。俺の班は3種の料理を受け持っており、俺の担当はギバ骨ラーメンであった。


「ああ、アスタ。お疲れ様です」


 同じ料理の担当であるサリス・ラン=フォウが、にこりと微笑みかけてくる。彼女は既婚であったので、いつも通りの装いだ。


「それでは、かまどに火を入れましょう。麺の茹であげは、サリス・ラン=フォウにお願いできますか?」


「はい、おまかせください」


 6氏族の間でもラーメンやパスタは大好評であったので、麺の茹であげに関してはおおよそのかまど番に任せることができた。

 サリス・ラン=フォウが湯を煮立てている間に、俺のほうは具材とスープの段取りを整えていく。広場では料理を求める人間で蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたが、ラーメンの完成に時間がかかることは周知されていたので、俺たちの周囲は静かなものであった。


「どうもどうも、お疲れ様でありますな、アスタ殿」


 と、そこに人影が近づいてくる。木皿を掲げた、ボズル、シリィ=ロウ、ロイの3名である。


「すでにこちらをいただいておりますぞ。いやあ、このシャスカ料理は見事な仕上がりです」


 ボズルが携えていたのは、俺の班の担当であった『炊き込みシャスカ』であった。

 具材はギバのバラ肉にネェノンとブナシメジモドキを使っており、味付けはタウ油とホボイ油とミャームーで、いくぶんこってり風味に仕上げている。

 なおかつ出汁は「あご」に似たアネイラなる干し魚と海草の合わせ出汁で、試食をしたかまど番からは大好評のひと品であった。


「そちらは、先日に城下町で買いつけた土鍋を使って作りあげた料理となります。シャスカを土鍋で炊き上げると、また仕上がりが変わってくると思うのですよね」


「ほうほう、土鍋を使っているのですか。確かにあれは煮込み料理に適した器材でありましょうから、アスタ殿のシャスカ料理でも本領を発揮しそうですな」


「ああ、癪にさわるぐらい美味いよ。シャスカを粒のまま仕上げるってだけで驚かされたのに、こんな工夫まで凝らしてくるとはな」


 ロイも愛想のない顔で、そのように感想を述べてくれた。

 うんうんとうなずきながら、ボズルが俺のほうに皿を差し出してくる。


「それに、こちらの肉料理もですな。シャスカ料理との相性も抜群であるようです」


 見ると、同じ皿の端には、やはり俺の班の担当であった『ギバ・タン入りの肉団子』ものせられていた。1センチ四方に切り分けたギバ・タンを内側に練り込んだ料理であり、味付けは王道のデミグラスソース――つまりは、アイ=ファの好物たるハンバーグを大いに意識したチョイスとなる。他の人々にも喜んでいただけたら幸いであった。


「このギバの舌のしっかりとした噛み応えは素晴らしいですな。細かく刻んだ肉との対比が、絶妙に調和しているように感じられますぞ」


「ありがとうございます。もう少ししたら、こちらの料理も仕上がりますので」


 そのように応じてから、俺はシリィ=ロウを振り返った。


「シリィ=ロウも、元気になられたようでよかったです。お気分はもう大丈夫ですか?」


「……はい。醜態をさらしてしまったことを、心から恥ずかしく思っています」


 いつも気丈なシリィ=ロウが、ちょっとしゅんとしてしまっていた。彼女は闘技の力比べの観戦中、その荒々しさに心労をつのらせて、貧血を起こしてしまっていたのだった。


「ま、これだけ食欲が戻ったんなら、心配いらねえだろ。これで何も食えずに帰ることになったら、何をしに来たかもわからなくなっちまうしな」


 ロイが軽口を叩くと、シリィ=ロウは恨めしげにそちらをねめつけた。が、彼女の看病をしていたのはロイのはずであるので、あまり文句を言うこともできないのだろう。結果、彼女は憤然とした様子で『炊き込みシャスカ』をかき込んでいた。


「おお、アスタ! ようやく挨拶をすることができるな!」


 と、そこに新たな人影が近づいてくる。

 誰かと思えば、ラッツの若き家長である。男女のお供も同行しており、屋台の商売のメンバーである女衆は、家長の陰から笑顔を送ってくれていた。客人の彼女も、しっかり宴衣装である。


「どうもおひさしぶりです。こちらからご挨拶に出向くことができず、申し訳ありませんでした」


「なに、これだけ大勢の客人を迎えていれば、しかたあるまい。ひとりひとりに挨拶をしていたら、それだけで日が暮れていただろうさ」


 きわめて熱情的な気性を有するラッツの家長は、そのように述べながら、ボズルたちを横目で見やった。警戒心と好奇心が等分にまぜられた眼差しである。それを見返しながら、ボズルは愛想よく微笑んだ。


「あなたがたは、お客人の立場である森辺の方々ですな。お邪魔でしたら、我々は失礼いたしましょう」


「そのように気をつかう必要はあるまい。お前たちとて、森辺の民と絆を深めるために、わざわざ足を運んできたのではないのか?」


「ええ、その通りでありますな」


 ボズルの対応は如才なかったが、人見知りさんのシリィ=ロウはそろそろとロイの背中に隠れていた。気性の荒そうな殿方というのは、彼女にとってもっとも苦手な部類なのである。


「俺は言葉を飾ることのできぬ人間であるし、アスタたちのように町の人間と慣れ親しんでもいない。それでよければ、ぞんぶんに絆を深めてもらいたいものだな」


「ええ。わたしなどは南の生まれですので、直截さを美徳としております。森辺の方々の大らかな気性は、とても好もしく思えるぐらいですな」


 ラッツの家長はしばらくボズルの笑顔を検分してから、「そうか」とうなずいた。

 その際に、木皿の中身が視界に入ったらしい。ラッツの家長は「お」と弾んだ声をあげた。


「それは、シャスカの料理ではないか。それはどこで配られていたのだ?」


「すぐ隣の、あちら側のかまどですな」


「おお、そうか。おい、その料理をもらってきてくれ」


 お供の女衆が「はい」とうなずき、言われた方向に歩み去っていく。


「俺の家でも、シャスカを買いつけているのだがな。そういう肉や野菜をまぜこんだ料理は、普通に白く仕上げるよりも修練が必要であるのだろう? さっきの女衆なども、なかなかアスタのように上手くいかないと嘆いておったのだ」


「そうですか。こればかりは、慣れが必要でしょうからね」


「うむ。これからも、どんどんシャスカを買いつけてやろうと思っているぞ。アスタのおかげで、銅貨は有り余っているからな!」


 すると、ロイがけげんそうに「アスタのおかげ?」と口をはさんだ。

 ラッツの家長もけげんそうに、そちらを「うむ?」と振り返る。


「俺たちは、アスタのおかげで豊かな暮らしを送れているのだ。それぐらいのことは、町の人間もわきまえているのであろう?」


「ああ、アスタの商売を手伝って、賃金をもらってるってことですかね。そういえば、さっきの娘さんは屋台で見たことがあるような気がしますよ」


 ロイも用心してか、丁寧な言葉づかいになっていた。ラッツの家長も決して荒くれ者などではないし、どちらかという端正な面立ちをしているぐらいであるのだが、血気がおもいきり外側に発散されているタイプなのである。


「もちろん屋台の手伝いもしているが、それよりもギバ肉だな。ファの家の商売で使う肉や、町で売りに出す肉を準備することで、俺たちは多くの銅貨を手にすることができた。……いまさらこのような説明が必要か?」


「ああ、貴族の方々はそういった経緯も熟知していますけれども、ロイたちにはそこまで説明する機会がなかったのです」


 俺の言葉に、ラッツの家長はぎゅっと眉をひそめた。


「……しかし、アスタとこの者たちは、友なのであろう?」


「あ、はい。もちろん友人と呼ばせていただきたい方々ですけれども……それほど顔をあわせる機会が多いわけではありませんし、どちらかというと、それぞれ美味なる料理の探求に打ち込む、同志のようなものかもしれません」


「しかし、こうして祝宴に呼ぶぐらいの絆を結んだ間柄であるはずだ。そんな者たちが、アスタがこれまでに行ってきた数々の所業をロクに知らんというのは、解せんな」


 そんな風に述べてから、ラッツの家長はいっそう難しい顔をした。


「そういえば、この者たちは城下町の人間であったな。そして、城下町の人間とは縁が薄いので、今後も時間をかけて絆を育んでいく必要がある、という話を聞かされたばかりだ」


 それは先日、城下町の見物をさせていただいた後、ルウ家が各氏族に届けた言葉であった。


「……お前たちも、やはりこれまでは森辺の民に関心を抱いていなかったのか?」


 ラッツの家長の言葉に、ボズルは「そうですな」と臆せずにうなずいた。


「わたしもジェノスの城下町に移り住んで、それなりに長きの時間を過ごしておりますが、正直に言って、森辺の方々に関心を抱く機会はありませんでした。アスタ殿たちが城下町に招かれることによって、ようやく縁を紡ぐことになったのです」


「そうして縁を紡いだのに、アスタが為してきた所業は耳に入らなかったのか?」


「ええ。森辺の集落に美味なる料理をもたらしたのがアスタ殿であるということは、聞き及んでおりますが……そういえば、我々はあまりおたがいの素性を気にかけてこなかったように思いますな」


「気に入らん」と、ラッツの家長は低くつぶやいた。

 不穏なものを感じ取ってか、シリィ=ロウはますます小さくなって、ロイの陰に隠れてしまう。


「おたがいの素性もわきまえずに、友を名乗ることはできまい。そして、友ならぬ相手をこのような祝宴に呼びつけるというのも、俺にはいささか釈然とせんぞ」


「はい。でも、そうだからこそ、俺はこうして彼らを祝宴に招いて、絆を深めたかったのです」


 俺の言葉に、ラッツの家長は「ふん」と鼻を鳴らした。


「しかし、これだけ多くの客人を招いていれば、この者たちと言葉を交わす時間も限られよう。料理の出来不出来を語らうだけで、祝宴が終わってしまうのではないか?」


「ええ、それはそうかもしれませんが……」


「お前たちは、アスタがどういう存在であるかを、正しく知るべきであろう」


 そこでラッツの家長は、ぽんと手を打ち鳴らした。


「そうか。ならばお前たちは、あの傀儡の劇というものを見ればよいのだな」


「は、傀儡の劇と申しますと?」


「なんだ、そんなことも知らぬのか。つい先日、傀儡使いというものが森辺を訪れて、アスタの物語というものをこしらえていったのだ」


 ロイもボズルも、きょとんと目を丸くしていた。

 そうして丸くなった目を見交わしたのち、ロイのほうが発言する。


「ちょ、ちょっとお待ちを。傀儡の劇というのは、あの糸で動かす傀儡を使った劇のことですよね? それで、アスタの物語が作られた、と……?」


「うむ。『森辺のかまど番アスタ』とかいう名であったか。あれは実に、見事な仕上がりであったぞ」


 ロイは呆れ返った様子で、俺を振り返ってきた。


「おい、アスタ、それは本当のことなのかよ?」


「あ、はい。恥ずかしながら、本当です」


「とんでもねえ話だな。料理人のお前が、傀儡の劇の主人公かよ」


 ラッツの家長は愁眉を開いて、陽気な笑顔になっていた。


「あの劇を目にすれば、アスタが森辺に何をもたらしたか、おおよそは知ることがかなうであろう。あの者たちは、間もなくジェノスに戻ってくるはずであったな?」


「あ、はい。太陽神の復活祭には戻ってくる予定です」


「であれば、そのときに傀儡の劇を披露してもらえばよい。半刻ほどの時間は取られるが、お前たちには必要な行いであるはずだ」


 ボズルは「なるほど」と笑みくずれた。


「それは実に、興味深いお話でありますな。アスタ殿を主人公にした傀儡の劇などというものが存在するならば、わたしもぜひ見物させていただきたく思います」


「うむ。アスタの友を名乗るつもりがあるならば、ぜひともそうしてもらおう」


 そのとき、ラッツの女衆がようやく戻ってきた。


「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。あちらは、ものすごい人出であったもので」


「おお、待ちかねたぞ! まあ、退屈する時間はなかったがな!」


 すると今度は、サリス・ラン=フォウが笑顔で俺に呼びかけてきた。


「アスタ。こちらも間もなく茹であがるかと思います」


「あ、そうですか。それでは、準備をします」


 俺は慌てて、鉄鍋から煮立った出汁を取り分けて、そこにタウ油ベースのタレを仕込んだ。

 サリス・ラン=フォウが手際よく、お湯を切った麺をそちらに投じる。あとはギバ・チャーシューを始めとする具材をのせれば、完成だ。


「お待たせしました。こちらも、仕上がりましたよ」


「おお、ギバ骨らーめんというやつだな! そちらも楽しみだ!」


 ラッツの人々は『炊き込みシャスカ』と『ギバ・タン入りの肉団子』を食しているさなかであったので、まずはボズルたちに木皿を差し出す。すると、それに気づいた広場の人々が、怒涛の勢いで殺到してきた。


 その後は、戦場のような騒ぎである。次から次へと麺を茹であげて、押し寄せた人々に配っていく。ボズルたちやラッツの人々も、その人波に押されるようにして、いつしか姿を消していた。


 そこに、かまどの後ろ側から人影が近づいてくる。

 それは、大きな木皿を掲げたユン=スドラであった。


「アスタ、こちらの盛りつけが完成いたしました」


 見ると、それは城下町で買いつけた、あの木彫りの立派な皿であった。

 ちょっとした鍋ぐらいのサイズである木皿に、各種のギバ料理がたんまり盛りつけられている。その中心に照り輝くのは、我が班の『ギバ・タン入りの肉団子』であった。


「やあ、お疲れ様。綺麗に盛りつけられたじゃないか」


「えへへ。せっかくの料理の見栄えが悪くなってしまわないように、頑張りました」


 ユン=スドラは、ちょっと恥ずかしそうに首をすくめながら、それでも誇らしそうに微笑んだ。宴衣装とも相まって、なんとも魅力的な笑顔である。


「ああ、炙り焼きのほうも、もう完成したんだね」


「はい。けっこうひさしぶりでしたけれど、わたしやアスタが手を出さずとも、きちんと切り分けられたようです」


 本日は復活祭の予行練習という意味合いもあって、ギバの半身の炙り焼きにもチャレンジしていたのだ。担当は、ランの家長の伴侶の班であり、その成果ももちろん大皿にどっさりとのせられていた。


「この皿は、わたしとアスタで届けるように、ランの家長の伴侶から申しつけられました。よければ、一緒に参りましょう」


「そうなのかい? でも、バードゥ=フォウやジョウ=ランだって勇者になってるのに、なんだか申し訳ないね」


「城下町でこれを買ったのはアスタであるから、アスタが運ぶべきという話になったのでしょう。わたしとて、フォウやランとは血族であるのですから、ご遠慮する必要はありません」


 笑顔で語るユン=スドラの背後から、ランの女衆もひょっこり現れた。


「その間、わたしがアスタの仕事を代わります。どうかアイ=ファに祝福の言葉を届けてあげてください」


「わかりました。それでは、しばらくお願いいたします」


 ユン=スドラから木皿を受け取ると、それはどっしりと重かった。汁物以外のギバ料理が、みっしりと詰め込まれているのだ。

 身軽になったユン=スドラは、お盆代わりの木の板に、取り分け用の木皿や匙をのせていく。勇者たちは家族ならぬ間柄であるので、きちんと取り分けてから食さねばならないのだ。


 そうして俺たちは、広場の中央を目指すことになった。

 勇者たちは、まだ壇上に座している。が、家人や客人たちからの祝福は一段落した様子で、それぞれ何かしらの料理を食していた。


「お待たせいたしました。勇者の方々に捧げる料理をお持ちしました」


「おお!」と真っ先に声をあげたのは、ギバ骨ラーメンをすすっていたラッド=リッドであった。


「ようやく来たか! 肉の料理は後でまとめて届けると聞いていたので、待ちかねていたのだぞ!」


「申し訳ありません。初めてのことであったので、いささか手間取ってしまいました」


 ユン=スドラがお詫びの言葉を申しあげつつ、新しい木皿と木匙を配っていく。

 そうして俺が壇上に大皿を届けると、バードゥ=フォウやライエルファム=スドラたちも「ほう」と声をあげた。


「これが、城下町で買いつけた皿か。確かに、見事な細工だな」


「うむ。この花などは、まるで生きているかのような鮮やかさだ」


「皿よりも、まずは料理であろう! さあ、とっとと取り分けてくれ!」


 俺はユン=スドラと手分けをして、料理を小皿に取り分けていった。

『ギバ・タン入りの肉団子』と『ギバの半身の炙り焼き』に、あとは『ギバ・カツ』や『ギバ肉のミソ煮込み』、それに『クリスピー・ローストギバ』といったラインナップである。各種の料理の味が移ってしまわないように、仕切りには焼きポイタンがはさみ込まれていた。


「アイ=ファ、あらためて、おめでとう」


 俺が料理を取り分けた小皿を手渡すと、アイ=ファは「うむ」と目もとで微笑んだ。

 勇者の草冠が、その頭に燦然と輝いている。俺の胸は、また喜びと誇らしさで満たされることになった。


「うむ、美味い! らーめんやシャスカの料理も上出来すぎるぐらい上出来だったが、やはりギバ肉をしっかり食わなければな!」


 ラッド=リッドなどは、ものすごい勢いでギバ料理をかきこんでいた。

 バードゥ=フォウやライエルファム=スドラも、沈着ながらも満ち足りた面持ちである。そんな中、ジョウ=ランだけはいつも通りにのほほんと笑っていた。


「やあ、ジョウ=ランもお疲れ様。今日はどの力比べでも大活躍だったね」


「ありがとうございます。すべての力比べで勇者になれるように励んだつもりなのですが、やっぱりそう簡単にはいきませんでした」


 こういうことをさらっと言ってしまうのが、ジョウ=ランのジョウ=ランたる所以であった。

 それでは仕事に戻ろうかな、と壇から降りようとすると、バードゥ=フォウが「アスタよ」と呼びかけてきた。


「お前はこれまで、ずっとかまどの仕事を果たしていたのであろうな?」


「はい。サリス・ラン=フォウとともに、ギバ骨ラーメンの準備をしていました。それが何か?」


「いや。もしも手が空いているのなら、客人たちの様子を見てきてもらいたいのだが、どうだろうか?」


 バードゥ=フォウは、いくぶん悩ましげな面持ちになっていた。


「貴族や族長たちは、あちらの敷物で語らっているはずであるのだが、こちらでその相手をできるのは、ランとディンの家長のみであるのだ。何せ、それ以外の家長はここに顔をそろえてしまっているのだからな」


「ああ、なるほど。それはちょっと、大変な感じがいたしますね」


「うむ。それに、こちらの男衆は貴族の扱い方もわきまえていないし、女衆はかまど仕事にかかりきりであるはずだ。族長たちも同席していれば、何も礼を失することはないだろうと思うが……その族長たちとて、今日は客人の立場であるからな。貴族たちも族長たちも、祝宴に招いた6氏族の人間がきちんともてなすべきであろう」


 そういうことならば、異存はなかった。

 一緒に話を聞いていたユン=スドラが、俺に笑いかけてくる。


「それでは、アスタの受け持つかまどは、わたしが様子を見ておきましょう。こちらのかまどはもう料理を配るだけですので、わたしの手も空いているのです」


「うん。それじゃあ、お願いするね」


 すると、今度はアイ=ファが「アスタよ」と呼びかけてきた。

 振り返ると、アイ=ファの瞳に真剣きわまりない光が灯されている。その場にはフェルメスもいるだろうから用心せよ、と伝えたいのだろう。

 俺は笑顔をこしらえて、「わかってる」と応じてみせた。


「しっかり気持ちを引き締めながら、絆を深められるように力を尽くすよ。それじゃあ、また後でな」


 勇者の席から降りた俺は、ユン=スドラとも別れて儀式の火の左側に回り込んだ。客人たちには、そこに敷物が準備されていたのだ。

 敷物には、予想に違わぬ面々が座していた。貴族の一行に、族長筋の人々と、それをもてなす6氏族の面々である。こちらを振り返ったランの家長は、ほっとした様子で息をついていた。


「アスタではないか。かまど仕事は済んだのか?」


「はい。他のかまど番が仕事を受け持ってくれたので、客人がたに挨拶をさせていただこうと思って、やってきました」


 俺は一礼してから、ランの家長のかたわらに膝を折らせていただいた。


「本日は、どうもお疲れ様でした。かまど番の心尽くしにご満足いただけたでしょうか?」


「ええ、もちろん。どの料理も素晴らしい出来栄えであったわ」


 そんな風に答えてから、エウリフィアはころころと笑い声をあげた。


「あら、ごめんなさい。わたくしなどが率先して声をあげるのは、出過ぎた行いよね」


「べつだん、問題はあるまいよ。少なくとも、森辺の習わしにそぐわぬ行いではないはずだ」


 そのように応じたのは、ゲオル=ザザであった。けっこう果実酒が進んでいるようで、すでに顔を赤くしている。

 族長筋で顔をそろえているのは、彼とジザ=ルウとダリ=サウティのみだ。お供の男女は、かまどを巡っているのだろう。


 貴族の客人は全員が顔をそろえており、もちろんユーミたちの姿はない。そして、それを迎え撃つ6氏族の人間は、ランの家長とディンの家長と、ラッド=リッドの伴侶と、それにゼイ=ディンというちょっと風変わりな取り合わせであった。


「アスタ殿まで参じてくれるとは、ありがたい! さきほどのらーめんという料理は、実に美味だったよ!」


 と、ポルアースが笑顔で呼びかけてくる。やはり、こういう場を和ませてくれるのは、エウリフィアとポルアースであるようだ。


「ありがとうございます。少し時間を置いたら、今度はミソ味のラーメンをお届けする予定ですので」


「ほう! 一夜で2種の味を楽しませてくれるのか! それは楽しみだ!」


 どうやらバードゥ=フォウが心配していたほど、場が盛り下がっていたわけではないようだ。ラッド=リッドの伴侶などは持ち前の陽気さで、リフレイアの一行と楽しげに談笑している。

 ただ、ランやディンの家長たちの表情から鑑みるに、やはりそれなりの重圧を抱えていたらしい。貴族たちは言うに及ばず、族長筋の人々もまた、小さき氏族の人間にとっては気安からぬ相手であるのだ。


 それにやっぱり、メルフリードにフェルメスにジザ=ルウという取り合わせは、誰にとっても扱いやすい相手ではないのだろう。ゲオル=ザザだって、本来はそこに含まれるメンバーであるのだ。俺だって、親睦を深める前にこの4名と相対していたら、とてつもない緊張感を抱え込むはずだった。


(だったら俺も、6氏族の人間としてしっかり仕事を果たさないとな)


 俺がそんな風に考えたとき、フェルメスが「アスタ」と呼びかけてきた。


「僕もさまざまな料理を楽しませていただきました。ただ……それらにアスタは関与していないと聞いたのですが、それは真実であるのですか?」


 俺は「はい」と笑顔を返してみせた。


「魚介の料理を受け持ったのは、ユン=スドラの班ですね。森辺のかまど番の手際をお伝えするために、俺はあえてそこから外れることになりました」


 そしてそれは、ユン=スドラ本人の提案で始まった話であった。

 フェルメスが俺のみに執着する必要はない、と知らしめるために、自分たちが魚介の料理を準備したいと、そのように言いたててきたのである。


「実に驚くべき話ですね。アスタやルウ家の人々ばかりでなく、こちらでもこれだけの魚介料理を作ることがかなうのですか」


 フェルメスは屈託なく微笑みながら、そのように言ってくれていた。

 ポルアースも「いや、本当に!」と身を乗り出してくる。


「魚介のかれーも、ぴざやぐらたんといった料理も、実に見事なものであったよ! あれならば、城下町で出しても何の遜色もないだろうね!」


「ありがとうございます。ユン=スドラたちも、きっと光栄に思うことでしょう」


 まずは、穏便な滑り出しであった。

 今日はまだ、リフレイアたちぐらいとしかきちんと言葉を交わしていなかったので、俺自身も彼らと絆を深めるべきだろう。俺にとって、これは歓迎するべき状況であるはずだった。

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