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異世界料理道  作者: EDA
第四十五章 祭の前に
758/1705

六氏族の収穫祭②~的当て~

2019.7/9 更新分 1/1

 そうして訪れた、下りの一の刻である。

 俺たちがかまど仕事に励んでいる間に、本日の客人がたは全員顔をそろえていた。


 これまでは、夜の祝宴にのみ参加する、という客人が多かった。しかしこのたびは、合同収穫祭の有り様を余すところなく見届けるというコンセプトであったので、全員がこの時間から集結していたのだった。


 森辺の狩人に関しては、狩人の仕事を丸一日休むことになってしまう。が、最近ではどの氏族も猟犬の恩恵で収獲量が上がっていたし、それに、数日に一度は猟犬を休ませるべきだとされている。ならば、狩人も同じ日に休息を取ったほうが、結果的にはより強い力で、効率よく仕事を果たせるのではないか――という考えが浸透しつつあったのだった。


 ともあれ、フォウの集落の広場には、かつてないほどの人数で、人々がひしめきあっていた。

 儀式の火のために組み上げた薪の山の前に、取り仕切り役であるランの家長が立ちはだかっており、中央と左手側に6氏族の家人たちが、右手側に来賓の人々が、それぞれ立ち並んでいる。ランの家長は厳しく引き締まった面持ちで、それらの人々に開会の挨拶をしていた。


「……というわけで、今回の収穫祭は、ランの家長たる俺が取り仕切り役を果たすことになった。このたびは多数の客人を迎えていることもあって、俺もずいぶん気を張ることになってしまっているが……何か問題でも生じた際には、いつでも声をかけてもらいたい」


 そんな風に述べてから、ランの家長は客人たちの側を振り返った。


「それでは、客人たちの紹介をさせていただく。これだけの人数であれば、いちどきに顔と名前を覚えることも難しかろうが、おたがいに礼を失しないように願いたい」


 まずは、森辺の余所の氏族から紹介されていく。

 ルウ家からは、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、レイナ=ルウ。ザザ家からは、ゲオル=ザザ、ジーンの若い男衆、スフィラ=ザザ。サウティ家からは、ダリ=サウティ、フェイの男衆、ヴェラの女衆、という顔ぶれであった。

 どうやらザザとサウティにおいては、お供に眷族の人間を選ぶことによって、多少なりとも不満の声をやわらげようという心づもりであるようだ。ラウ=レイあたりが聞いたら、また文句でも言いそうなところであった。


 そして続くは、小さき氏族の人々だ。

 家長たちの姿はだいぶん見慣れてきたところであるし、お供の女衆には、普段から俺の仕事を手伝ってくれているメンバーが多かった。フェイ=ベイムしかり、レイ=マトゥアしかり、マルフィラ=ナハムしかりである。

 なおかつ、スン家の人々が家長会議の他で、こういった催しに参加するのは、初めてのことであった。お供である若めの男女などは、かなり緊張した面持ちである。


 そうして森辺の客人たちの紹介が終わったら、お次は城下町の客人たちであった。

 この場には、初めて貴族と相対する人間も少なくはない。警戒心というほどのものではないものの、多少の緊張感が生じるのは否めないところであった。


「ジェノス侯爵家の長兄メルフリードは、近衛兵団の長という立場にあり、また、森辺の民との調停役という仕事も担っている。普段、フォウの家長たるバードゥ=フォウが同行している城下町の会合というものは、このメルフリードと言葉を交わすための場であるのだ」


 ランの家長の紹介も、なかなかに念が入っていた。フォウの血族である彼ならば、普段からメルフリードについては聞き及んでいるのだろう。

 そのメルフリードは、普段通りの冷徹なる無表情で、森辺の人々と相対している。彼の名は、闘技会でゲオル=ザザを敗ったということで、レイリスの名とともに語られているはずだった。


「……そしてこのたびは、メルフリードの伴侶であるエウリフィアと、長姉のオディフィアも客人として招くことになった」


 初めて森辺の集落に足を踏み入れたエウリフィアもまた、普段通りのゆったりとした笑顔で礼をしていた。こんなになよやかな貴婦人であるのに、やはり大した心臓である。

 そして、そのかたわらに控えたオディフィアには、それなりの注目が集まっていた。

 彼女からの要請で、トゥール=ディンが3日に1度、城下町に菓子を届けているという話は、もちろん森辺において語り草であったのだ。


 エウリフィアもオディフィアも、さすがに普段よりは簡素な装束で、薄手の外套のようなものを羽織っていた。だけど、もともと持っている気品や優美さは隠しようもない。特に、フランス人形のように端麗な面立ちで、なおかつ父親譲りの無表情であるオディフィアの姿は、森辺の人々の関心を大いにかきたてたようだった。


 それに続いて、調停役の補佐官であるポルアースが紹介される。

 ポルアースもまた、俺が城下町にかどわかされた際、最初に助力をしてくれた貴族として、名が知れている。ポルアースも森辺の集落にやってくる回数を重ねていたので、だいぶん落ち着いた表情を見せていた。


 そして、リフレイアと、サンジュラと、ムスルである。

 こちらもまた、人々の関心を大いにかきたてていた。彼らこそが、俺を城下町にかどわかした当事者であったのだ。


 リフレイアは毅然とした面持ちで、サンジュラは柔和な笑顔で、ムスルは緊迫しきった顔つきで、それぞれ一礼していた。この場で謝罪に類する言葉を口にする必要はないと、あらかじめ言われていたので、誰もがそれに従っていた。


「……そして、王都の外交官フェルメスと、その従者であるジェムド。こちらの両名は、森辺の民とジェノスの民がどのような形で絆を深めているかを見届ける役割であるとのことで、今日の収穫祭に招くことになった」


 フェルメスがマントのフードを後ろにはねのけると、人々の間にどよめきが走った。フェルメスも何回かは森辺の集落を訪れていたが、そう簡単に彼の姿に見慣れることはできないのだろう。

 フェルメスは、その容貌だけで、人々を驚嘆させることが可能なのである。

 彼が女性であったならば、ここまで驚かれることもないのかもしれないが、やはり成人の男性としては、あまりに美麗に過ぎる容貌であるのだった。


 いっぽうジェムドは、いつでもフェルメスの影のようにひっそりとしている。

 しかし、何名かの男衆は、そちらにも関心を向けている様子であった。

 仮面舞踏会の剣技の試し合いにおいて、彼がシン=ルウを手こずらせたというのは周知の事実であったし、それに、剣士としてはつかみどころのない不思議な気配を有しているのだと、俺はアイ=ファたちから聞かされている。そういう部分が、森辺の狩人の関心をかきたてるのだろう。


「次は、城下町の料理人である、ボズル、シリィ=ロウ、ロイの3名。城下町におけるかまど仕事を通じて、アスタを始めとする森辺のかまど番が縁を結んだ相手となる」


 3名はそれぞれの性格にもとづいた面持ちで、一礼していた。

 インパクトの強い貴族たちの後であったので、森辺の人々の多くはひと息ついている様子である。が、シリィ=ロウなどはもう気の毒になるぐらい緊張しきった様子で、ロボットのようにギクシャクと頭を下げていた。


「最後に、宿場町からユーミとテリア=マスの両名。どちらも宿屋の家人であり、古くから森辺のかまど番たちと縁を紡いできた相手となる。ディンとリッドの中には初の顔合わせとなる者も多いであろうが、これを機に縁を紡いでもらいたい」


 フォウの血族に関しては、婚儀の祝宴に招待したことがあったので、全員が見知った仲であるのだ。ユーミは朗らかな笑顔で、テリア=マスもシリィ=ロウほどは緊張していない様子で、それぞれ一礼した。


「本日の客人は、以上となる。それと、事前に伝えていた通り、集落の入り口および周囲には、城下町の兵士たちが控えている。これは、町の無法者が貴族に悪さを仕掛ける危険を考慮しての行いであるので、そのように心置き願いたい」


 ランの家長の言葉通り、集落の周囲には兵士たちの姿があった。ルウ家の祝宴のときよりも厳重な警備であるように感じられるのは、エウリフィアやオディフィアが参じているためであるのだろうか。侯爵家の跡継ぎであるメルフリードはもちろん、その伴侶と息女というのも、ジェノスにおいては指折りの貴人であるのだった。


「では、狩人の力比べを開始したく思うが……町からの客人には、要所で説明や案内が必要となろう。何名かの人間にその役を担ってもらいたいのだが、俺の一存で決めてもかまわぬだろうか?」


 異存の声は、あがらなかった。

 ランの家長はひとつうなずき、6氏族の家人たちを見回していく。


「では、ファの家のアスタ、トゥール=ディン、ユン=スドラの3名に、その役を担ってもらいたい。どうか、よろしくお願いする」


 宿場町や城下町に出向く頻度を考えれば、まあ順当な人選であろう。トゥール=ディンもユン=スドラも、むしろ嬉しげに瞳を輝かせていた。


「それでは、狩人の力比べを開始する。まずは、的当てからだ」


 ランの家長を先頭に、集落の奥側へと移動する。

 俺たち3名は、さっそく案内役をつとめることになった。


「的当てというのは、弓の腕を競う競技です。こちらにどうぞ」


「ふむふむ。弓の的当てか。森辺の狩人であれば、さぞかし卓越した腕を有しているのだろうねえ」


 ポルアースが、笑顔で言葉を返してくる。オディフィアはもちろんトゥール=ディンの隣に並んでおり、エウリフィアも楽しそうに微笑んでいた。


「わたくしなどは、この場に身を置いているだけで、胸が高鳴ってしまっているわ。城下町を出て、車を半刻ほど走らせただけであるのに、まるで異国を訪れたような気分ですもの」


「はい。いきなりギバが現れたりすることはありませんので、どうぞおくつろぎくださいね」


 歩きながらそのように説明していると、少し離れた場所からユーミが目配せをしてきた。俺はエウリフィアたちに「失礼」と言い置いて、そちらに近づいていく。


「やあ、どうかしたかい、ユーミ?」


「うん。あたしらもアスタたちに話を聞きたいんだけど、やっぱり貴族の人らには近づき難くってさ」


「ああ、まあ、それはそうなんだろうねえ。いざ言葉を交わしてみれば、みんないい人たちなんだけどね」


 ユーミたちがわずかなりとも見知っているのは、リフレイアとサンジュラのみであるのだ。眉を下げて微笑んでいるテリア=マスの向こう側では、ロイが肩をすくめていた。


「ま、祝宴でも始まっちまえば、ちっとは気安い雰囲気になるかもしれねえけどな。いまのところは、距離を置いたほうが無難だろ」


「そうですね。しばらくは、俺もこちらにお邪魔させていただきます」


 オディフィアのもとにはトゥール=ディンがいたし、ユン=スドラはリフレイア一行の案内役を果たしていた。サンジュラなどはごくたまにであるが、宿場町の屋台を訪れることがあったので、いちおうユン=スドラも顔見知りなのである。だいたいが、今日の来賓である貴族の中で、それほど扱いの難しい人間はいないはずだった。


(あれ? そういえば、フェルメスはどこに行ったんだろう?)


 こっそり視線を巡らせてみると、フェルメスは森辺の客人たちの中にまぎれこんでいた。それも、ダリ=サウティを始めとする族長筋の面々と言葉を交わしている様子である。


(なるほど。フェルメスの立場を考えれば、妥当な行動か)


 それでもきっと祝宴が始まれば、俺のほうにもぞんぶんに接近してくることだろう。今日こそは、フェルメスとの精神的な距離感を縮めてみたいものであった。


「的当ての準備は整っている。今回も、まずは家人の少ないファとスドラを除く4つの氏族から、1名ずつが挑んでもらいたい」


 集落の端にまで到着すると、ランの家長がそのように宣言した。

 彼の周囲には、むくつけき狩人が集結している。この数ヶ月で、またひとりの若衆が13歳を迎えて、力比べに参加する狩人の数は36名となっていた。


 フォウ、ラン、ディン、リッドの、比較的若い狩人たちが、前に進み出て弓と矢を受け取る。的当ては4名ずつで腕を競い、その中でもっとも優れた1名が次の試合に進む、という段取りであった。


 13歳未満の少年たちが、樹木の枝に下げられた的を揺らして、素早く横に退いていく。ランの家長の号令とともに、幼子たちが数を数え始めて、狩人たちが次々と矢を放つと、町からの客人たちは感嘆の声をあげることになった。


「ああやって、子供たちが10を数える間に、3本の矢を放つんだよ。それで、枝に吊るされた木札には真ん中に印があるから、その印に何本の矢を当てられるかを競うわけだね」


 俺が説明してみせると、ユーミは「へーえ!」と感心しきったような声をあげた。


「あんな揺れてる木札に当てるだけでも大変そうなのに、さらにその真ん中を狙わないといけないの? なんか、想像を絶するね!」


「で、でも、ほとんどの矢が木札に当たっているみたいです。やっぱり森辺の民というのは、すごいのですね!」


 テリア=マスも、興奮しきった面持ちで頬を火照らせていた。彼女あたりは弓矢の力比べを怖がるのではないかと危惧していたのだが、どうやら杞憂であったようだ。


 そうしてすべての矢が放たれると、また少年たちが駆けつけて、当たりの数を判定していく。結果は、フォウの男衆の勝利であった。

 次の4名が進み出て、同じように競技を進める。「いーち、にーい」という幼子の声にまじって、客人たちの歓声が響き、さらには6氏族の女衆たちの歓声も重なった。ようやく客人たちに対する緊張もほどけてきたのだろう。これは彼女たちにとって、大事な家人たちの晴れの舞台であるのだった。


「あ、アイ=ファだ! アイ=ファも見るからに、弓とか得意そうだよね!」


 ユーミが、弾んだ声をあげている。

 俺も胸を躍らせながら、アイ=ファの勇姿を見守ることになった。


 アイ=ファは弓を引き絞り、迷いなく矢を放っていく。

 それらの矢は、ことごとく木札を貫いていた。女衆ばかりでなく、男衆たちも「おお」と声をあげている。


「うわー、やっぱりアイ=ファって格好いいなあ。あたしが男だったら、絶対アイ=ファに惚れてたよ!」


 ユーミが肘で、俺の腕をぐりぐりといたぶってくる。

 そんな中、アイ=ファの木札を確認におもむいた少年が、どこか誇らしげにも聞こえる声で宣告した。


「アイ=ファの矢は、3本とも的中です!」


 再び、どよめきが走り抜ける。3本すべてを真ん中の印に的中させるというのは、やはり森辺の狩人としてもかなりの腕前なのである。


「3本的中とは、恐ろしいほどの腕ですな! 人間技とも思えぬほどです!」


 いきなり背後から大きな声があがったので、俺とユーミは首をすくめることになった。

 振り返ると、ボズルがすまなそうに笑っている。


「いや、申し訳ない。弓の試技などを目にするのは初めてであったので、ついつい興奮してしまいました。アイ=ファ殿は、見事な腕前でありますな」


「はい。身内びいきで恐縮ですが、アイ=ファは前回も決勝戦まで駒を進めることができました」


 俺は心から誇らしく思いつつ、そのように答えてみせた。

 ボズルの影では、シリィ=ロウがいくぶん力ない面持ちで肩を落としている。


「申し訳ないのですが、矢が風を切る音色を耳にするたびに、胸の中が騒いでしまいます。これは獣を狩るための技術なのですから、何も恐れを抱く必要はないのでしょうけれども……」


「ああ、俺も荒事は苦手ですので、お気持ちはわかりますよ。あまりにおつらいようでしたら、少し休んでいてくださいね」


「……いえ。こういった行いを見届けることまで含めて、本日の祝宴に招待されたのだということはわきまえています」


 シリィ=ロウは自分を元気づけるように、両方の手でぴしゃぴしゃと頬を叩いた。それに気づいたユーミが、笑顔でシリィ=ロウの肩に腕を回す。


「あんた、文句が多いわりには、生真面目だよねー。ていうか、生真面目だから、文句が多いのかな? 何にせよ、これは楽しいお祭りなんだから、もっと肩の力を抜きなってば」


「あ、あまり気安くさわらないでいただきたいと、何度言えばわかるのですか?」


 シリィ=ロウは迷惑そうに身を引こうとするが、ユーミは笑顔で離れようとしない。彼女たちのこういった姿を目にするのも、実にひさびさのことであった。


 そんな中、的当ての競技は粛々と進行されていく。

 弓を得意とするスドラ家の面々は順当に勝ち上がっていき、ついに迎えた1回戦の最終試合で、ジョウ=ランがふわりと進み出た。


「あー、ようやく出てきたね。……あいつ、弓は得意なの?」


「うん。前々回の力比べでは、決勝戦まで勝ち上がってたからね。6氏族では指折りの名手であるはずだよ」


 ただし前回は、準決勝戦でアイ=ファに敗れている。また、同じ組み合わせであったライエルファム=スドラよりも早く敗退し、そののちに苦言を呈されていたのが印象に残っていた。


(でも、アイ=ファはもちろんライエルファム=スドラだってかなりの腕なんだろうからな。ジョウ=ランが指折りの名手であることに違いはないはずだ)


 そんな俺の思いに応えるかのように、ジョウ=ランは危なげなく1回戦を勝ち抜いていた。それも、アイ=ファと同じくすべてを的中させての勝ち抜けである。

 ようやくシリィ=ロウを解放したユーミは、「ふーん」と自分の頬を撫でた。


「なかなかやるじゃん。ま、アイ=ファほどではないんだろうけどさ」


 ユーミが頬を撫でるのは、たいてい赤面をごまかすためである。アイ=ファの勇姿にうっとりとしてしまう俺に、それをからかうことはできなかった。


 ともあれ、2回戦――というか、準決勝戦の開始である。

 2連続で優勝を果たしたチム=スドラはもちろん、これまでに好成績を残してきた狩人たちも、のきなみ顔をそろえている。アイ=ファ、マサ・フォウ=ラン、ゼイ=ディンといった顔ぶれと、あとはライエルファム=スドラを始めとするスドラの男衆たちだ。それに、ジョウ=ランとフォウの男衆を加えて、9名の狩人が勝ち進んでいた。


「残りは9名だから、次は3名ずつで試合をして、それに勝ち残った人たちで決勝戦になるわけだね」


 俺が説明をしている間に、3名の狩人が進み出た。

 アイ=ファ、マサ・フォウ=ラン、スドラの若き狩人という顔ぶれである。

 準決勝に進むと、とたんにレベルが高くなる。最初の試技では全員が木札に矢を当てて、しかもアイ=ファとマサ・フォウ=ランはすべての印に的中させるという素晴らしい結果であった。


「引き分けの場合は、決着がつくまでやりなおすんだ」


 説明しながら、俺の心臓はどんどん高鳴ってきてしまう。

 再戦では、アイ=ファが3本を的中させ、マサ・フォウ=ランが2本の的中であった。

 人々の間からは、感嘆の声が響きわたる。


「うわー、すごい! アイ=ファって、まだ1本も印を外してないんじゃない?」


「う、うん、そうだね。前回よりも、さらに腕が上がってるみたいだ」


「……これじゃあさすがに、ジョウ=ランもかなわないかな」


「それは、やってみないとわからないけど……力比べっていうのは、負けても恥にはならないからね」


「そんなことは、わかってるけどさ」


 と、ユーミはじとっとした目つきで、俺を見やってくる。

 その間に、次なる3名が進み出る。顔ぶれは、ゼイ=ディン、フォウの男衆、スドラの年配の男衆というものであった。


「あ、ほらほら。あのゼイ=ディンは、トゥール=ディンのお父さんだよ」


「へー! 全然似てないね! ……あ、でも、物静かっぽいところは似てるかな」


 ここで勝利を収めたのは、ゼイ=ディンであった。

 目をやると、トゥール=ディンがオディフィアと手を取り合っている。オディフィアの目に、ゼイ=ディンの姿はどのように映っているのだろう。


「あれ? そうなると……うわー、後に残ってるのは、チム=スドラとスドラの家長さんじゃん! チム=スドラは、2回連続で優勝してるんでしょ?」


 小さな声で嘆きながら、ユーミが頭を抱えていた。

 確かにこれは、ジョウ=ランにとって正念場のようである。

 しかしジョウ=ランは、そういった不安や緊張を表に出すタイプではない。スドラのふたりとともに進み出たジョウ=ランは、いつも通りのほほんと笑っていた。


「それでは、始め!」


 木札を揺らした少年たちが退くのを待って、ランの家長が声をあげる。

 9本の矢が、当然のように木札を貫いた。


「ライエルファム=スドラは、3本とも的中です!」


「チム=スドラも、すべて的中です!」


「ジョウ=ランも……はい、すべて的中です!」


 これまで以上の歓声が、男女の区別なくわきおこった。

 3名ともがすべて印に的中させるというのは、本日初めての快挙であったのだ。


「それでは、3名ともに、次の矢を。……まったく、大した腕前だな」


 1回戦で敗退していたランの家長も、感じ入った様子で息をついていた。

 人々が昂揚を押し殺して見守る中、再戦の矢が放たれる。

 そこでもやはり、木札から矢を外す者はいなかった。


「ライエルファム=スドラは、2本的中です!」


「チム=スドラは、3本的中です!」


「ジョウ=ランも、すべて的中です!」


 人々は、さらなる歓声をあげることになった。

 そして、その先にはさらなる驚きが待ち受けていた。3回、4回と回数を重ねても、チム=スドラとジョウ=ランは1本として的中を外さなかったのである。


「これでは、最後の勝負を迎える前に力が尽きてしまうであろう。両名ともに優れた力を持つことは示されたので、ともに最後の勝負に進んでもらいたく思う」


 5度目の勝負でも決着がつかなくなったとき、ランの家長がそのように宣言した。

 ということで、アイ=ファ、ゼイ=ディン、チム=スドラ、ジョウ=ランの4名による決勝戦である。

 ユーミは惑乱しきった面持ちで、俺の肩を揺さぶってきた。


「ど、ど、どうしよう? なんか、胃のあたりがきゅーってなってきたんだけど!」


「それはもう、自分にとって大事な相手をせいいっぱい応援するしかないよ」


 と、冷静ぶってみたものの、俺も内心はユーミと大差なかった。なまじ優勝の目が見えてしまうと、応援する側の緊張と興奮も跳ね上がってしまうものであるのだ。


 しかし、この勝負に偶然はありえない。

 そして、ここまで勝ち進んだだけでも、十分に誇らしいことであるのだ。

 俺はただひたすらに、アイ=ファの健闘を祈るばかりであった。


 そうして始められた、決勝戦――

 最初の試技において、4名の矢は当然のようにすべてを的中させていた。


 2度目の試技でも、また然りである。

 3度目、4度目と試技は繰り返され――ついに5度目で、ゼイ=ディンが印を外した。

 しかし、木札は外していない。人々は、惜しみない拍手と歓声でゼイ=ディンの健闘をたたえていた。


 そして、6度目の試技である。

 ここでも、3名は印を外さなかった。

 というか、この3名は1回戦目から、1度として印を外していなかったのだった。


 結果が報じられるたびに歓声がわき、試技の開始のたびに、それが静められる。

 7度目も、結果は変わらなかった。

 たしか前回の決勝戦は、8度目で決着がついたのだ。

 しかし――このたびは、8度目でも決着はつかなかった。


 アイ=ファもチム=スドラもジョウ=ランも、全員が額の汗をぬぐっている。

 そして、その双眸には狩人としての炎が宿っていた。

 ジョウ=ランはひとり涼やかな表情であったが、その眼光の鋭さはアイ=ファたちと同様である。気づくとユーミは、右腕で俺の腕を、左腕でテリア=マスの腕を抱きかかえ、くいいるようにジョウ=ランの横顔を見つめていた。


 そうして行われた、9度目の試技で――アイ=ファの矢の1本が、木札を外れた。

 試技の最中は声をあげぬようにこらえていた人々が、たまらず驚嘆の声をあげている。俺は、無念のうめき声を呑み込むことになった。


「チム=スドラは、すべて的中です!」


「ジョウ=ランも、すべて的中です!」


 ついに、10度目の試技である。

 チム=スドラとジョウ=ランの矢は、すべてが木札を貫いていた。

 結果の確認に駆け寄った少年たちは、それぞれハッとした様子で立ちすくむ。


「チ、チム=スドラは、1本的中です!」


「ジョウ=ランは……2本、的中です!」


 一瞬の沈黙の後、歓声が爆発した。

 チム=スドラは天を仰いで、深々と息をつく。


「ふたりで同時に印を外してしまったということは……やはり、アイ=ファが的を外したことで、わずかなりとも緊張がゆるんでしまったのだろうかな」


「気持ちは引き締めていたつもりですが、そうなのかもしれませんね」


 ジョウ=ランは、長い前髪をかきあげながら、にこりと微笑んだ。

 どちらの面にも、透明の汗が光っている。


「何にせよ、ここまで自分の力を示せたのは、初めてのことだ。負けてしまったが、悔いはない」


「はい。俺もチム=スドラたちのおかげで、かつてないほどの力を引き出すことがかなったと思います」


 ジョウ=ランの言葉に、チム=スドラもはにかむように微笑んだ。

 するとそこに、ライエルファム=スドラが足を進めた。


「どちらも、見事な腕だった。特にジョウ=ランは、驚くほどに腕を上げたようだな」


「はい。死に物狂いで、修練を積みましたので」


 気負う様子もなく、ジョウ=ランはふにゃりと微笑んだ。

 ライエルファム=スドラは「ふふん」と鼻を鳴らしつつ、その胸もとを拳で小突く。


「前回の力比べでは厳しいことを言ってしまったが、お前は確かに誇りある狩人だ。俺ばかりでなくチムをも下してみせたのだから、あのときの言葉は喜んで取り消させてもらおう」


「ああ、若い人間に成長が見られないのは不甲斐ない、というお話ですね。それは正しいお言葉なのですから、何も取り消す必要はないかと思います」


「いや、それに俺は、お前が負けたことを口惜しく思っていないように見える、とも言ったはずだ。お前のように若い人間には、口惜しさも糧になるはずだ、とな。それでお前は、自分はそういう思いが表に出ないだけであるのだ、などと言い張っていたものだが……それが真実であるということを、これ以上ない形で証し立てたということだな」


「ええ、まあ、そうですね。でも俺は、立派な狩人になりたいという思いが、以前よりも格段に強くなってきたところでしたので……そういう思いが、実を結んでくれたのかもしれません」


 そんな風に述べてから、ジョウ=ランが俺たちのほうを振り返ってきた。

 その端正なる面に屈託のない笑みをたたえながら、ジョウ=ランはぶんぶんと腕を振る。もちろん俺ではなく、俺の隣の娘さんに向けた挨拶であろう。


「もう! 恥ずかしいこと、するなっての!」


 そんな風にぼやいてから、ユーミはやけくそのように腕を振り返した。

 ただ――その顔には、ジョウ=ランに負けないぐらい、感極まったような笑みがたたえられていた。


「的当ての勇者は、ランの家のジョウ=ランとする! ……しかし、チム=スドラもアイ=ファもゼイ=ディンも、素晴らしい腕であった。その全員が、勇者に相応しい力の持ち主であろう」


 ランの家長の宣言によって、力比べの最初の競技は締めくくられることになった。

 しかし、森辺の同胞はもちろん、初めて狩人の力比べを目にした客人たちも、興奮さめやらぬ様子で手を打ち鳴らし続けていた。

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