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異世界料理道  作者: EDA
第四十四章 徒然ならぬ日々
756/1683

城下町巡り⑨~また来る日まで~

2019.6/24 更新分 2/2

・本日は2話更新ですので、読み飛ばしのないようにお気をつけください。

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

「それにしても、やはりこれだけ賑わっているとなると、組で分かれて動くべきであるようだな」


 木彫りの大皿を購入した後、レイナ=ルウが野鳥の串焼きを食べ終えたところで、ジザ=ルウがそのように発言した。


「さきほどの通りと同じ組み合わせで、分かれることとしよう。……ルドは、どこに行ったのだ?」


「あれ? さっきまでそこにいたはずだけど……ガズラン=ルティムたちもいないね」


 というか、けっこうな数の人間が見えなくなってしまっていた。マイム、トゥール=ディン、レイ=マトゥア、マルフィラ=ナハム、そしてレイリスの姿も見当たらない。

 ジザ=ルウが長身を活かして視線を巡らせていると、存在感の希薄なジェムドが発言を求めるように手をあげた。


「レイリス殿らは、あちらに向かわれました。何やら知人に呼びつけられたご様子です」


「知人? レイリスが知人に出くわすことは不思議でもないが、ガズラン=ルティムらも連れ立っているのか?」


「はい。共通の知人なのではないかと思われます」


 深みのある美声でジェムドが応じると、ジザ=ルウはいぶかしげに眉をひそめた。


「何にせよ、我らも合流せねばならん。向かったのは、あちらの方向であるのだな?」


「はい」


「助言に、感謝する。シュミラル=リリン、アイ=ファ、他の皆がはぐれぬように用心してもらいたい」


 俺たちは、ひとかたまりとなって広場を突き進んだ。

 このあたりは特に人の数が多く、かなり視界もふさがれてしまっている。それでようよう、分厚い人波を突破すると――確かにガズラン=ルティムたちは、そこにいた。


「ああ、ジザ=ルウ、申し訳ありません。声をかけそびれてしまいました」


 こちらの接近にいち早く気づいたガズラン=ルティムが、申し訳なさそうに微笑みかけてくる。そこには料理の屋台が並んでおり、なおかつ、いくつかの座席が設置されていた。頭上には革の屋根が張られており、俺たちが経営している青空食堂とさほど変わらぬ様相だ。


 座席では、大勢の男たちが陽気な声をあげている。どうやら酒も入っているらしく、この城下町では指折りで粗野なる雰囲気であった。それを見て取って、ジザ=ルウは鋭く視線を巡らせた。


「べつだん、詫びることはないが……どういった目的で、こちらに足を向けたのだ?」


「はい。実は――」と、ガズラン=ルティムが言いかけたところで、酒杯を掲げていた男のひとりが「おお!」と大きな声をあげた。


「アイ=ファ殿にアスタ殿、ようやくお会いできたな。すっかり待ちくたびれてしまったぞ」


 その人物がずかずかとこちらに近づいてきたので、アイ=ファも用心深げに瞳を光らせることになった。


「私とアスタの名を知る、あなたは何者だ? 城下町に知人などはいないはずであるのだが」


「それはあまりに、つれないお言葉ではないか。俺のことを見忘れてしまったというのか?」


 男はいくぶん眉尻を下げながら、俺とアイ=ファの正面に立ちはだかった。

 かなりの長身で、ジザ=ルウやガズラン=ルティムにひけを取らないほどの立派な体格である。その身に纏っているのは機能性を重視した簡素な装束であり、そして腰には長剣が下げられていた。


 褐色の髪は短めで、茶色の瞳には強い光が宿されている。肌の色は黄褐色で、ごく尋常な西の民の風体であるものの、目も鼻も口も造作が大きく、下顎はがっしりと張っている。なんというか、ものすごく濃い目の顔立ちであり、面識があればなかなか忘れそうもない姿であった。


「ああ、申し訳ありません。取り仕切り役のジザ=ルウ殿に声をかけるべきだと言ったのですが、どうにも強引な方々ばかりでして……」


 と、レイリスも慌ててこちらに駆け寄ってきた。

 が、その男性はかまわずに、ひたすら俺とアイ=ファの姿を見比べている。


「アイ=ファ殿は、本当に俺の姿を見忘れてしまったのか?」


「いや、あなたと顔をあわせたことはないように思うのだが……」


「何ということだ。俺はこれだけ再会の日を心待ちにしていたというのに、あんまりではないか」


 すると、レイリスが苦笑を浮かべながら男の巨体を振りあおいだ。


「それならば、まずは名乗りをあげるべきではないでしょうか? そうすれば、万事は解決するように思われます」


「そうなのであろうか? 俺は、デヴィアスだ」


 俺は、アイ=ファと一緒に目を丸くすることになった。


「デヴィアスというと、護民兵団の大隊長という役割にある、あのデヴィアスか? そういえば……その声には、聞き覚えがあるような気がしなくもない」


「何だ、やっぱり見忘れてしまっていたのか。なんと物悲しい話だ」


「……見忘れるも何も、あなたは珍妙な装束で顔を隠していたではないか」


 そう、彼は去りし日の仮面舞踏会で銀獅子の着ぐるみを着込んでいた、あのデヴィアスであったのだ。

 デヴィアスは、大きな手の平に大きな拳をぽんと打ちつけた。


「おお、そうか。言われてみれば、その通りだ。俺の目にはアイ=ファ殿の麗しき姿が焼きつけられていたのだが、自分のことなどはすっかり失念してしまっていたようだ」


「デヴィアス殿、女人の容姿をむやみに褒めそやすのは、森辺の習わしにそぐわぬ行いです」


 レイリスが小声でたしなめると、デヴィアスは「うむ?」と太い首を傾げた。


「むやみにとは、どういった線引きなのであろうな? 俺は、心からそのように思っているのだが」


「デヴィアス殿の心情とは関係なく、つつしんだほうがよろしいように思います」


「そうなのか。ともあれ、再会できたことを嬉しく思っているぞ、アイ=ファ殿。それに、アスタ殿もな」


 そう言って、デヴィアスは頑丈そうな白い歯を見せた。

 まだ事情のわかっていないジザ=ルウには、ガズラン=ルティムが説明をほどこしている。


「……というわけで、あちらの御方も仮面舞踏会にて縁を紡ぐことになったのです。護民兵団の大隊長という立場にある御方ですので、ご心配はいりません」


「なるほど……では、あちらの者たちもであろうか?」


 ジザ=ルウの視線を辿ると、座席のほうではトゥール=ディンたちが厳つい男たちの相手をしていた。ガズラン=ルティムは「はい」と微笑む。


「同じ場に居合わせた、デヴィアスの部下たちです。トゥール=ディンも仮面舞踏会に参席していたので、呼びつけられることになったのですね。マイムらは、トゥール=ディンを心配してついてきてくれたのです」


「そうか。仮面舞踏会に参席していたということは、それなりの身分にある者たちであるのだろうな」


 しかし座席のほうからは、陽気で野卑なる笑い声が響いてきている。俺たちの青空食堂にも負けない賑やかさだ。どことはなしに上品な雰囲気が蔓延している城下町で、そこだけ宿場町のごとき様相になっていた。


 が、べつだん広場を行き交う人々に、白い目を向けられている様子はない。たまたま通りかかった妙齢の娘さんたちなどは、くすくすと笑いながら目引き袖引きしていたが、そこにはむしろ彼らに対する好意や憧憬などが感じられるほどであった。


「……さきほども言いましたが、騎士階級の人間などは、それほど格式張っているわけではないのですよ」


 俺の表情を見て取ってか、レイリスがそのように述べていた。

 するとそこに、ルド=ルウの「よー」という元気な声が響いてくる。見ると、ルド=ルウはちゃっかり座席のひとつに収まって、何かの骨つき肉をかじっていた。


「ジザ兄たちも、やっと来たんだなー。こっちに、面白いやつがいるぜー?」


 とりあえず、俺たちも座席のほうに接近することにした。トゥール=ディンはほっとした様子で、俺に弱々しく微笑みかけてくる。


「おお、そうだ。森辺のお歴々に紹介しようと思って、こやつを呼んでおいたのだ。……おい、ガーデル、こちらに出て挨拶をせよ」


 食堂の隅っこにいた何者かが、のそりと立ちあがった。デヴィアスに負けないぐらい大柄であるようだが、ずいぶん若そうな面立ちをしており、そして、左腕を三角巾で吊っていた。


「こやつはガーデルといって、俺の部隊の兵士のひとりだ。見ての通りの有り様であるので、現在は休養中の身であるがな」


 ガーデルと紹介されたその人物は、曖昧な表情で一礼した。こんなに立派な体格をしているのに、どことなく自信なさげな空気を纏っている。色の淡い鳶色の瞳は、俺たちの顔ではなく胸もとあたりを行き来していた。


「その傷は、もしかして……」


 と、アイ=ファが鋭く声をあげると、デヴィアスは「うむ」とうなずいた。


「さすがアイ=ファ殿は、察しが早いな。類い稀なる美貌に明敏なる洞察力まで備えているとは、大したものだ」


「ではやはり、その者がシルエルを?」


 デヴィアスの軽口を黙殺し、アイ=ファがその名を口にすると、ジザ=ルウも表情を引き締めた。

 デヴィアスは真面目くさった面持ちでうなずきつつ、ガーデルの分厚い右肩に手を置く。


「そう、大罪人シルエルを仕留めたのが、このガーデルだ。こやつもシルエルめに深手を負わされてしまったが、ようやくこうして外を出歩けるほどに回復した」


 俺は万感の思いを込めながら、その若者の姿を見やることになった。

 ぐりぐりと渦を巻く褐色の巻き毛と、鍛え抜かれた大柄の肉体の他にはこれといって特徴のない、ごく善良そうな若者である。あまりに覇気のない表情であるので、兵士などには見えないぐらいであるが、それはまだ手傷が癒えていないためであるのかもしれなかった。


「そうか。あの場でシルエルを逃していたら、我々はいまでも心安らかに過ごすことはできていなかったろう。森辺の族長ドンダ=ルウに代わって、感謝の言葉を述べさせてもらいたい」


「い、いえ、俺などは、たまたま大罪人シルエルと出くわしただけですので……」


 ガーデルは、やはりジザ=ルウと目を合わせようとしなかった。

 デヴィアスは、そんな部下の頭を軽めに小突く。


「お前は大きな功績をあげたのだから、もっと堂々とするがいい。いつまでたっても、貫禄のつかぬやつだな」


「は、はい……申し訳ありません……」


「まあいい。これで目的のひとつは達せられた。あとは森辺のお歴々と、大いに語らせていただきたい」


「目的?」と、ジザ=ルウはうろんげに眉をひそめる。

 するとレイリスが、苦笑まじりの声をあげた。


「どうやらデヴィアス殿たちは、この場で森辺のみなさんを待ち受けていたようなのです。わたしがこの広場を案内するつもりであるということを、どこかで盗み聞きしていたようですね」


「盗み聞きとは、人聞きが悪いではないか。我々は、森辺のお歴々と絆を深めたいと願ったばかりだ」


「そのために、わざわざ休日の申請をされたのでしょう? そうまでするならば、あらかじめわたしに一声かけてくださればいいではないですか」


「それでは、面白みがないのでな」


 どうやら銀獅子の着ぐるみを脱ぎ去っても、デヴィアスのとぼけた印象に変化は生じないようだった。

 デヴィアスは大らかに笑いながら、果実酒の注がれた酒杯を持ち上げる。


「日が暮れる寸前までは、城下町で過ごすのであろう? ならば、まだまだ時間はたっぷり残されている。アイ=ファ殿らと旧交を温めると同時に、初めて顔をあわせるお歴々とも絆を深めさせていただきたい」


「……うむ。そのように言ってもらえることを、ありがたく思っている」


 どうやらジザ=ルウも、このデヴィアスという御仁にそれなりの興味を抱いた様子であった。

 デヴィアスは満足そうにうなずきながら、ぼけっと立っていたガーデルの背中をどやしつける。


「そら、お前も少しは楽しむがいい。食って飲んで、英気を養うのだ」


「か、肩の傷がふさがりきっていないので、まだ酒は飲めません。あと、そのように背中を叩かれると、傷口に響きます」


「あまり気の抜けたことばかりをぬかすな。俺などはどのような手傷を負おうとも、酒を控えた試しなどないぞ?」


「た、隊長殿と一緒にされては、身がもちません」


 ガーデルは、気弱そうに微笑んだ。

 どうもこれは手傷の有無など関係なく、最初から繊細な気性をした御仁であるようだ。しかしもちろん、それで印象が悪くなることはなかった。


(あれだけ森辺の狩人を手こずらせたシルエルが、こんなに柔和そうなお人の手にかかって、最期を迎えたのか。なんていうか……数奇な巡りあわせだな)


 すると、甘いチェロのような響きを持つ声が、俺の耳のすぐそばから響きわたった。


「しばらくは、この場で騎士や兵士の方々と親交を結ばれるのでしょうか?」


「あ、はい。どうやら、そのようですね」


 俺が振り返ると、フェルメスは楽しそうに目を細めていた。


「得難いことですね。3つの伯爵領に住まう領民でも、こうまで城下町の民と縁を紡ぐ機会は、なかなか得られないことでしょう」


「……森辺の民には不相応である、とお考えなのでしょうか?」


「とんでもありません。アスタや森辺の族長たちなどは1年以上も前から城下町に出入りしていたのですから、むしろ遅きに過ぎたぐらいのものでしょう」


 フェルメスのヘーゼル・アイには、とてもさまざまな感情が躍っているように感じられた。


「森辺の民がジェノスにおいて、これからどのような立場を確立していくことになるのか……僕は心からの喜びとともに、その姿を見届けさせていただきたく思っています」


「ありがとうございます」と応じたのは、俺ではなくガズラン=ルティムであった。いつのまにかガズラン=ルティムが、アイ=ファの反対側に立ち尽くしていたのだ。


「そして我々は、あなたとも正しき縁を紡がせていただきたいと願っています、フェルメス」


「ええ、もちろん」と、フェルメスは微笑んだ。

 そこに、デヴィアスがまた大きな声をかけてくる。


「何をしているのだ、アイ=ファ殿? さあ、こちらに腰を落ち着けるがよろしい。いま、酒と料理を運ばせるからな」


「……生憎と、昼から酒を口にすることは控えている」


「そうなのか? まあ、とにかくこちらに参られよ」


 フェルメスはくすりと笑い声をたててから、身を引いた。


「今日は城下町の民と絆を深める日であるのでしょうから、僕は身をつつしむとしましょう。どうぞ存分にお語らいください」


 アイ=ファは無言で目礼をし、俺を肘でつついてから、足を踏み出した。

 ともにデヴィアスのほうに向かいながら、ガズラン=ルティムが微笑まじりにつぶやく。


「確かに我々の今日の目的は、城下町の見物です。フェルメスと縁を紡ぐには、別の機会を待つべきなのでしょう」


「ふん。あやつはアスタの動向さえ観察できれば、それだけで満足なのやもしれんがな」


 相手がガズラン=ルティムであるためか、アイ=ファも言葉を飾ろうとしなかった。そんなアイ=ファを見やりながら、ガズラン=ルティムは静かに微笑んでいる。


「何も焦る必要はありません。いまは、目の前の喜びを噛みしめるべきではないでしょうか」


「目の前の喜び、か。あのデヴィアスなる者も、私はいささか苦手であるように感じてしまうのだが……」


 そんな風に述べてから、アイ=ファは少し眼差しをやわらげた。


「しかし、こうまで城下町の者たちと絆を深められるのは、得難いことであるのだろうな」


「はい。ですが、1日ではとうてい時間が足りないようですね。今日という日が無事に終われば、また城下町を訪れることも許されるのでしょう?」


 それは俺に向けられた問いかけであったので、「はい」とうなずいてみせた。


「ポルアースは、いつでも通行証を発行すると言ってくれていました。ザザやサウティや、もっと他の氏族の人たちにだって、城下町を見物してもらいたいところですしね」


「ええ。そうして絆を深めていけば、我々も西方神の子であるという思いが、いっそう強く刻まれるのではないでしょうか」


 ガズラン=ルティムの言葉に、俺は心から賛同することができた。

 80年もの間、町の人々と縁を紡ごうとしてこなかった森辺の民にとって、やはりこれは得難い行いであるはずだ。

 そして、この大陸の外から訪れた俺にとっても、それは同様であるはずだった。


 何もかもを失ってしまった俺に、最初の居場所を与えてくれたのは、アイ=ファだ。

 俺は心から、アイ=ファを大事だと思うことができた。そして、アイ=ファの属する森辺の民というものにも、同じ気持ちを――帰属の心というものを抱くことがかなったのだった。


 そうして今度は、森辺の民が属するジェノスという場所に――果てには、ジェノスの属する王国セルヴァにもその思いを広げるべきだと考え、いまのこの道を歩んでいる。その道を、かけがえのない森辺のみんなと一緒に歩めていることが、俺にとっては最大の喜びであるのだった。


(確かに俺は、占星師が言うところの《星無き民》ってやつなんだろう。だけど俺は、この世界の一員になりたいと願っている。何か特別な存在ではなく、みんなと同じようにひとりの人間として、この世界で生きていきたいだけなんだ)


 フェルメスには、こういう真情をもっと切々と打ち明けるべきなのだろうか。

 俺はフェルメスとだって、ひとりの人間として絆を深めたいと願っている。あのフェルメスは、そんな俺の手を、快く握り返してくれるのだろうか。

 そんな風に考えていると、アイ=ファに「おい」と腕を引かれた。


「いまは目の前の喜びを噛みしめるべきである、とガズラン=ルティムが述べていたであろうが? いらぬ想念に頭を悩ませるな」


「ああ、うん。アイ=ファは何でもお見通しだな」


「それは、お前が心中の不安を表に垂れ流しているからだ」


 アイ=ファの瞳は、怖いぐらいに真剣に、俺の瞳を覗き込んでいる。

 その瞳の奥には、またいくぶんの不安の陰りが生じてしまっていた。

 俺は精一杯の気持ちを込めて、「ごめんな」と言ってみせた。


「でも、別に不安を覚えていたわけじゃないんだよ。何せ俺には、アイ=ファがいるんだからさ」


 アイ=ファは一瞬で顔を赤くすると、俺の耳もとに口を寄せようとした。

 そこに、「どうしたのだ?」とデヴィアスの声が響く。


「仲睦まじいのはけっこうなことであるが、いまは俺たちと語らってくれんものかな、アイ=ファ殿?」


「や、やかましい。いま、大事な話のさなかであったのだ」


「ほう。そのように頬を赤らめていると、いっそう魅力が増すようだ。まったくもって、アスタ殿は果報者であるな」


 真面目くさった顔で言ってから、デヴィアスは酒杯を持ち上げた。


「それではあらためて、今日という日を祝福したい。そら、ガーデル、乾杯の音頭を取るがいい」


「ど、どうして俺が? そろそろ宿舎で休ませていただけませんか?」


 食堂に集った兵士たちは、愉快そうに笑い声をあげていた。

 気づけばリミ=ルウやレイナ=ルウたちも、兵士の一団と楽しげに語らっている。広場を行き交う人々は、いっそう好奇心をかきたてられた様子で、こちらの姿を見やっていた。


(城下町の民は、森辺の民に関心が薄いのかもしれないって、ガズラン=ルティムは朝方に言っていたけれど……別に心配はいらないんじゃないのかな)


 何せ森辺の民というのは、こんなにも魅力的で、こんなにも圧倒的な存在感を持つ一族であるのだ。こうして実際に顔をあわせれば、無関心でいられるわけがない――俺は、そのように思うことができた。


(同じジェノスの民として、今後ともどうぞよろしくお願いします。……ってところだな)


 アイ=ファは何やら眉を逆立てて、デヴィアスと言い合いを始めている。気弱なガーデルはどうしたものかと、おろおろしている様子だ。

 俺もいざ、それらの人々と絆を深めさせていただくことにした。

 少し離れた場所に立ち尽くしたフェルメスは、そんな俺たちの姿をずっと静かに見守っていた。

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