城下町巡り①~いざ入場~
2019.6/17 更新分 1/1
・今回の更新は全8話です。
明けて、紫の月の7日である。
宿場町の宿屋の寄り合い、ルウ家の祝いの晩餐会と来て、多忙なる3日間のしめくくりとなる本日、俺たちは予定通り、早朝から城下町を目指していた。
本日の目的は、3つ。ヴァルカスの料理店《銀星堂》を訪れることと、貴婦人の茶会のかまど番をつとめることと、そして城下町を徒歩で見物することである。
このように予定を詰め込むことになったのは、やはり太陽神の復活祭が近いためであった。紫の月の中旬からは、宿場町もずいぶんと賑わい、こちらの商売も忙しくなる予定であるので、その前に城下町でのイベントをすべて達成しておこうという話に落ち着いたのだ。
まあ、昨年もたしか復活祭のさなかに城下町へと呼びつけられた覚えはあるし、本年もそういう突発的な招集はありえるのやもしれないが、それはそれとして、気分的にここでひと区切りしておきたかったというのが、俺の偽らざる真情であった。
まずは城下町の町並みを見物させていただきつつ、《銀星堂》にお邪魔して、おたがいの料理を堪能したのちに、茶会の会場である白鳥宮を目指す。そうして貴婦人がたに菓子を供した後、あらためて城下町を散策させていただくという、それが本日のプランニングであった。
この一大イベントに参加する人間は、15名にも及ぶ。
ポルアースからは9名までの通行証を発行すると言われていたが、そこにエウリフィアが名乗りをあげて、茶会に参ずるメンバーの分は別口で発行してもらえることになったのである。
エウリフィアの準備した通行証を使用するのは、5名。俺、トゥール=ディン、リミ=ルウ、アイ=ファ、ルド=ルウ。
ポルアースの準備した通行証を使用する9名は、ジザ=ルウ、ガズラン=ルティム、レイナ=ルウ、シーラ=ルウ、マイム、ヴィナ・ルウ=リリン、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、という顔ぶれになった。
これに、手持ちの通行証で参加するシュミラル=リリンを加えて、15名ということである。
「森辺の民がこれだけの人数で歩いていたら、さぞかし人の目をひくのでしょうね」
城下町を目指すさなか、荷台の中でそのように発言したのは、ユン=スドラであった。同じ荷台で揺られていた俺は、「そうだねえ」と応じてみせる。
「まあ、そうやって城下町の人たちに、森辺の民の姿を見慣れさせる、というのも目的のひとつだからね。ポルアースたちからのせっかくの申し出を台無しにしてしまわないように、気をつけよう」
「わ、わ、わたしたちの行いひとつで、森辺の民が城下町の人々に忌避されてしまうかもしれない、ということですよね。み、み、身が引きしまる思いです」
そのように述べたのは、もちろんマルフィラ=ナハムである。そのかたわらでは、レイ=マトゥアが満面に笑みをたたえていた。やはり、昨日のルウ家のお祝いに参加できなかった残念さよりも、本日のイベントに参加できる喜びのほうがまさっている様子だ。
ちなみにポルアースからは、通行証を発行するにあたって、彼が顔と名前を知る人間、という条件が出されていた。レイ=マトゥアとマルフィラ=ナハムもいちおう城下町まで出向いた経験があり、その際にはちょろりと挨拶させていたのであるが、ポルアースが本当に顔と名前を記憶していたのかどうか、あやしいところである。もしかしたらあの発言は、フェルメスやゲルドの貴人たちの耳を気にしての形式的なものであったのかもしれなかった。
ともあれ、彼女たちの入場が認められたのは、喜ばしい限りである。いつも朗らかなユン=スドラとともに、彼女たちもぞんぶんに喜びをあらわにしていた。
もちろんトゥール=ディンも、喜びを隠しきれない様子で、小さな身体をそわそわと揺すっている。トゥール=ディンの場合、オディフィアに会えるという喜びもあるので、期待感もひとしおなのであろう。アイ=ファの運転するギルルの荷車においては、斯様にして浮き立った空気が充満していた。
まだあまり賑わっていない朝方の宿場町を通りすぎて、やがて跳ね橋の前にまで到着すると、荷車が停車させられる。ルウルウとジドゥラの荷車からは、ルウの血族の人々がぞろぞろと降り立ってきた。
「森辺の皆様方、お待ちしておりました」
と、そこにひとりの娘さんが近づいてくる。本日の案内人たる、ダレイム伯爵家の侍女シェイラである。もうひとり、ジェノス侯爵家からの使いである壮年の男性を引き連れて、シェイラはぺこりと一礼してきた。
「本日は、どうぞよろしくお願いいたします。……アイ=ファ様、おひさしぶりでございます」
「うむ。こちらこそ、今日はよろしく願いたい」
アイ=ファが厳粛な面持ちで応じると、シェイラはうっとりとした様子で微笑んだ。アイ=ファに対する情愛は、いまだ減じていないらしい。
「それでは、通行証をお渡しいたします。ダレイム伯爵家からのお許しをいただいた9名様は、こちらにお願いいたします」
俺やアイ=ファはジェノス侯爵家の担当であるので、壮年の男性のもとに向かう。この御仁は、いつも宿場町の屋台までやってきて、トゥール=ディンから菓子を受け取っている人物であった。
「こちらの通行証は、お帰りの際に返却をお願いいたします。紛失してしまうと、煩雑な手続きが生じてしまいますので、くれぐれもご用心を」
「承知いたしました。どうもお手数をおかけいたします」
俺は受け取った通行証を、さっそく検分させていただいた。
ちょうどキャッシュカードぐらいの大きさをした、薄っぺらい木札である。その表面にこまかい文字が刻みつけられており、右端に小さく侯爵家の紋章の焼き印がおされていた。
(紋章の焼き印以外は簡単に偽造できそうだけど、そんなのは恐ろしいほどの重罪なんだろうなあ)
そんなことを考えている間に、みんな通行証を受け取ったようだった。
「それでは、参りましょう。城門の内側に検問所がございますので、そこで係の者に通行証をご提示ください」
いつもは貴族たちのはからいで省略されている手続きである。
シェイラたちを先頭に、俺たちは2列となって立派な跳ね端を渡ることになった。
まだ朝も早いためか、城門を出入りしようとする人間の姿は、あまり見られない。俺はそれなりに胸を高鳴らせつつ、巨大なる城門をくぐりぬけた。
その先はちょっとした広場になっており、けっこうな数の守衛が立ち並んでいる。が、事前に話は通されているのだろう。うろんげな目を向けられることはなかった。
広場は高い木の塀でぐるりと囲まれており、ここからではまだ城下町の町並みを確認することはできない。木の塀は1箇所にだけ出入り口が設けられており、両開きの扉は大きく開け放たれていたものの、衛兵たちに堅く守られている。通行証を持たない人間が強硬突破しようと目論んだならば、彼らの出番となるのだろう。
検問所というのは、煉瓦造りの小屋であり、木の塀に沿ってずらりと立ち並んでいた。
平屋で、横に長い造りをしており、等間隔で大きな窓が切られている。その向こう側に、係の人間が待ちかまえているらしい。そして、ひとつの窓口につき1名ずつの衛兵が控えていた。
「わたくしどもは城下町に居住する身でありますので、左の側の検問所にて領民証を提示することになります。皆様は右の側の検問所にて、通行証をご提示ください」
シェイラの指示に従って、俺たちは検問所へと歩を進めた。
窓口は10以上もあったので、端から1名ずつ並んでいく。俺は一番奥側の窓口にまで足を向け、ギルルの手綱を引いたアイ=ファはもちろんその後に並んでいた。
「よろしくお願いします」と、窓口に通行証を提示する。
そこの係員は、柔和な面立ちをした初老の男性であった。
こちらにもやはり、何らかの話は通されていたのだろう。俺やアイ=ファの姿にいぶかることなく、通行証の文字を確認していく。それに、手もとの書面で何やら照会している様子でもあった。
「森辺の民の料理人、アスタ殿ですね。本日は、どういったご用向きで?」
「はい。ジェノス侯爵家のエウリフィアからのご依頼で、白鳥宮に向かいます。空いた時間は、知人の料理店を尋ねたり、城下町を見物させていただいたりする予定です」
「承知いたしました。今日の内であれば、何度でも出入りは可能ですが、壁内で夜を明かすことは許されません。日没までには、こちらで通行証を返却し、お帰りください」
「はい、了解です」
これといって予想外な展開もなく、俺は通過を許された。
「あまり離れるなよ」と言い置いて、次はアイ=ファが通行証を提示する。そちらでも、同じようなやり取りが交わされたようだった。
シェイラのもとに向かうと、さして待つこともなく全員が集まった。
お次は、自分たちが乗ってきた荷車の処置である。
荷車はこの場で預けるか、町の中まで持ち込むかを選ぶことができ、なおかつ、どちらも有料であるのだった。
「荷車での入場を無条件で許してしまうと、街路がとても込み合ってしまうのですね。そのために、預けるよりも高額の入場料が定められているのです」
そんな話を、俺たちは事前に聞かされていた。
本日は、ギルルの荷車だけを入場させていただく。その荷台には、ヴァルカスたちにお届けする料理が積み込まれているのだ。
そうしてルウ家の荷車を預けたら、いよいよ城下町に入場である。
守衛たちに守られている扉をくぐって、俺たちはいざその場に足を踏み入れた。
そこで待ち受けていたのは、石造りの町の威容であった。
もちろんこれまでも、トトス車の窓から何度となく眺めた景色である。
しかし、俺たちが自分の足でこの場に踏み込むのは、これが初めてであるのだった。
「うわー、やっぱりすごいね! 地面もお家も、みんな石造りなんだもん!」
いつのまにかアイ=ファの隣にぴったりと寄り添ったリミ=ルウが、はしゃいだ声をあげている。鋭い視線で周囲を見回しながら、アイ=ファは「うむ」と応じていた。
確かにリミ=ルウの言う通り、すべてが石造りというのは、圧巻であった。
俺などはもっと文明の進んだ地の生まれであるのだが、コンクリートやアスファルトで形成された町並みとは、やはり様相が異なるのだ。
文明が未発達であるのだから、これだけの天然石や煉瓦を準備するだけでも、大変な苦労のはずである。なおかつこれらがすべて人力で造られたのだと考えると、何だか気が遠くなってしまいそうであった。
扉の正面には、太くて立派な街路がのびている。ちょうど、宿場町を貫通する主街道と同じぐらいの規模だろう。10メートルぐらいの道幅で、石畳が真っ直ぐに続いているのだ。
その左右には、煉瓦造りの建物がびっしりと立ち並んでいる。いずれも立派な、4階建ての建造物である。それが延々と見渡す限り続いているのだから、これは威容と呼ぶ他なかった。
「正面に、建物の影が見えますでしょうか。あちらが、貴き方々のお住まいになるジェノス城となります」
シェイラに言われて目を凝らしたが、街路の果てにぽつんと黒い影がうかがえるばかりで、形状まではさっぱりわからなかった。
「城下町は、ジェノス城を包み込む形で造られています。もっとも外側に位置するのは領民の居住区で、その内側が商店や宿屋など、さらにその内側が聖堂や会議堂などの施設となり、そして貴き方々の居住区となります」
「なるほど。俺たちが普段お招きされている貴賓館というのは、貴き方々の居住区に位置するのですか?」
「いえ。あちらはもともとトゥラン伯爵家のお屋敷でありましたが、商店の区域とほど近い場所に位置しています。おそらくは、食材を扱う商人たちを呼びやすいように、その場所をお選びになったのでしょう」
そういえば、あれはサイクレウスが所有する、いくつかの屋敷のひとつであったのだ。もともとは別邸であったのが、商談を密にするために、いつしか本邸のような扱いになった、ということなのだろうか。
「それでは、わたくしはこちらで失礼いたします」
と、侯爵家の使いの男性が、うやうやしく一礼してきた。その背後には、大きな2頭引きのトトス車が鎮座ましましている。彼はそのトトス車で、ジェノス城に帰還するのだろう。
「上りの五の刻になりましたら、《銀星堂》にお迎えの車が参りますので。シェイラ殿、ご案内のほうは、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「承りました。お気をつけてお帰りください」
トトス車は、颯爽と街路を駆けていく。
それを眺めながら、ジザ=ルウは「ふむ」とうなずいていた。
「そういえば、城下町ではトトスを駆けさせることも許されているのだな。普段、俺たちも車に乗せられているのだから、いまさらの話ではあるのだが……人間も同じ道を歩くのであれば、いささか用心が必要であろうな」
「はい。ですが、細い街路はトトスを駆けさせることも禁じられていますので、衝突の事故などは滅多にありません。街路をお進みになる際は、道の端にお寄りください」
そのように答えてから、シェイラは街路に手を差しのべた。
「それではまず、《銀星堂》までご案内いたしましょう。はぐれてしまわれぬよう、くれぐれもお気をつけください」
シェイラを先頭に、いよいよ街路を進み始める。
アイ=ファが荷車を引いている関係で、俺たちは最後尾だ。その位置からは、女衆らのはしゃぐ姿がぞんぶんに堪能できた。
とりわけユン=スドラとレイ=マトゥアは、いかにも楽しげな様子できょろきょろと周囲を見回している。トゥール=ディンとマルフィラ=ナハムはいくぶんおっかなびっくりの様子であるものの、それでもやっぱり昂揚しているようだ。
やや年長のレイナ=ルウとシーラ=ルウは、それなりに落ち着いた様子で言葉を交わしている。シュミラル=リリンとヴィナ・ルウ=リリンの夫妻も、また然りである。ガズラン=ルティムは先頭で、シェイラに何かを尋ねている様子であった。ジザ=ルウとルド=ルウは、長くのびた隊列のすべてをカバーできるように、女衆らの間にひとりずつ陣取っている。
で、俺たちのそばを歩いているのは、リミ=ルウとマイムである。
リミ=ルウが誰よりもはしゃいでいるのは前述した通りであるが、マイムのほうは何やら思案顔であった。
「どうしたんだい、マイム? 何か気がかりなことでもあるのかな?」
「あ、いえ、そういうわけではないのですが……やっぱり懐かしい感じがしたりはしないなあと思っていただけなのです」
そう言って、マイムはにこりと微笑んだ。
彼女も森辺の民となったので、町用のヴェールとショールを纏っている。明るい日の下で見ても、やっぱり渦巻模様のワンピースが新鮮で、なおかつ愛くるしかった。
「5歳より前の記憶なんて、なかなか覚えてないものだよね。俺もその頃のことは、ほとんど記憶に残ってないよ」
「そうなのか?」と、けげんそうに述べたてたのはアイ=ファであった。
「時が経てば経つほどに、記憶は薄らぐものであろうが……それでも、完全に忘れたりはしなかろう」
「いやあ、それは個人差が大きいんじゃないのかな。1歳とか2歳の頃の記憶がある人もいるみたいだけど、俺は5歳より前の記憶なんて、のきなみおぼろげだね」
「それは何とも……頼りない話だな」
「アイ=ファの記憶力は、抜群だもんなあ。たぶん、俺やマイムのほうが多数派だと思うぞ」
そう言って、俺はマイムに笑いかけてみせた。
「まあ、大事なのは過去よりも現在だからね。みんなと一緒に、この道行きを楽しめばいいんじゃないのかな」
「そうですね!」と笑みをこぼすや、マイムはてけてけと前方に駆けていった。そうして、トゥール=ディンの無防備な背中に、がばっと抱きつく。それに気づいたユン=スドラたちが、華やいだ声をあげていた。
「そういえば、マイムとミケルは城下町の民、トゥランの民、森辺の民、と3回も身分が変わってるんだもんな。俺に負けないぐらい、それは数奇な人生なんじゃなかろうか」
「うむ……そうかもしれんな」
そのように応じるアイ=ファの声は、妙に物思わしげであった。
俺を見つめるその瞳も、何だかずいぶんと憂いげである。
「どうしたんだよ? 何か心配事か?」
「いや……」と口ごもってから、アイ=ファは俺を招き寄せた。近づくと、耳もとに唇が寄せられてくる。
「お前は、7歳で母親を失ったのであろう? それで、5歳までの記憶がおぼろげであるとすると……母親と過ごした記憶が、ずいぶんと限られてしまうのではないか?」
あまりに意想外な言葉を聞かされて、俺は一瞬きょとんとしてしまった。
そののちに、温かい感情がじわじわと胸に広がっていく。
「大丈夫だよ。こまかいことは覚えてなくっても、母さんと過ごした日々がどれぐらい幸福だったかは、忘れようがないからさ」
俺がそのように囁き返すと、アイ=ファは「そうか」と優しげに微笑んだ。
「すまなかったな。私とて、親の話を持ち出されるのは好んでいないのだが……どうにも問わずにはいられなかったのだ」
「謝る必要なんてないさ。アイ=ファの気づかいを、心からありがたく思ってるよ」
あんなちょっとした世間話から、どうしてそんな気づかいに至ることができるのか。アイ=ファの底抜けの優しさにこそ、俺は胸が震えてしまいそうだった。
その間も、隊列は前進を続けている。数十メートルごとに細めの脇道が現れたが、そこにも人影らしい人影はなかった。
「こんなにお家がいっぱいあるのに、人は少ないんだね。……でも、いつもはもっと、うじゃうじゃ人が歩いてるよね?」
と、リミ=ルウが誰にともなく発言した。
アイ=ファは「うむ」としか応じないので、俺が私見を述べてみせる。
「俺たちが城下町に招かれるのは、だいたい中天の前後とか昼下がりとかだったからね。この時間は、もうみんな目当ての場所に出向いてるか、家の中で何かの仕事をしてるってことなんじゃないのかな」
「うーん、そっかあ。早く城下町の人たちに会いたいなあ」
リミ=ルウの願いは、ものの数分でかなえられることになった。
シェイラがいくつ目かの脇道に足を向けて、そこをさらに突き進んでいくと、大きな広場に行き当たったのである。
規模としては、宿場町のヴァイラスの広場よりも立派であっただろう。広場の外周にはたくさんの屋台が並べられており、若い女性や、幼子や、老人などが、ひっきりなしに行き来している。それに、トトスに荷車を引かせた南の民や、フードを深くかぶった東の民の姿なども、ちらほらと見受けられた。
広場の中央部分には巨大な台座と獅子の石像が設置されており、そんな人々の姿を睥睨している。昼時の宿場町に負けない、雑然とした賑わいであった。
「ここは居住区と商店区の狭間に位置する広場になります。何も危険なことはありませんので、どうぞご見物なさってください」
シェイラの言葉を聞きながら、俺たちはひとかたまりとなって、その広場を見回した。
そして広場の人々も、そんな俺たちのことをけげんそうに見やっている。森辺の民は東の民ともまた異なる肌の色合いをしているし、纏っている装束も一種独特である。そして、毛皮のマントを纏って刀を下げた狩人の存在は、ずいぶん物珍しいはずであった。
「……城下町の民の多くは、森辺の民がどのような姿をしているのかもわかってはいない、という話であったな?」
ジザ=ルウの問いかけに、シェイラはいくぶん恐縮した様子で「はい」とうなずいた。
「恥ずかしながら、わたくしもダレイムのお屋敷で初めてアイ=ファ様とお会いするまでは、森辺の皆様のお姿をわきまえてはおりませんでした。たびたびダレイムまで出向いていたわたくしですらそうであったのですから、領民の多くは森辺の皆様のお姿を見知る機会はなかったことでしょう」
「ダレイムの屋敷? それは、伯爵家の屋敷という意味であろうか?」
「はい。アスタ様が城下町にかどわかされた際、アイ=ファ様をそちらのお屋敷でお迎えすることになったのです」
と、シェイラはほんのりと頬を染め、アイ=ファはがりがりと頭をかく。その屋敷にて、アイ=ファは城下町の装束に着替えることになり、それを手伝ったのがシェイラである、ということであるのだ。
「城下町の領民の多くは、城下町の中でのみ暮らしております。わたくしのように、いずれかの伯爵家にお仕えする身であれば、そちらの領地にまで出向く用事というものも生じるのですが……そうでなければ、城門を出る理由はないのだろうと思います」
「なるほど。それはべつだん、おかしな話でもないのだろう。森辺の民とて、宿場町に出るのは買い物の仕事を果たす女衆ぐらいであったし……ダレイムの人間でも、宿場町で商売をしている人間の他は、余所の地に出向く用事はないのだと述べていた」
「そうですね」と同意の声をあげたのは、ガズラン=ルティムであった。
「買い物や商いの用事でもなければ、ことさら余所の地に出向く必要などないのでしょう。それゆえに、人間は2種類に分かたれるのではないでしょうか」
「2種類?」
「はい。生まれた土地から一歩も出ぬままに魂を返す人間と、町から町へと渡り歩く人間――後者は、カミュア=ヨシュや旅芸人や、商団の人間などですね。そして、例外となるのは、貴き身分ゆえに、他の領地と交わりを持たねばならない者たち――これは、ゲルドの貴人たちや外交官フェルメス、それにジェノス侯やメルフリードなどです。ジェノス侯も、かつては王都にまで出向いたことがある、という話でしたからね」
「ふむ。それでは俺たちは、どのような区分になるのかな。俺たちはこうして城下町にまで出向いてきているし、かつては宿場町やダレイムにまで出向いた身だ」
ジザ=ルウとガズラン=ルティムがこのように語らい合う姿というのは、俺にとってけっこう希少なシチュエーションであった。むろん、俺の見ていないところでは大いに語り合っているのであろうし、宴の際などでは遠目に拝見したこともままあるのであるが、このふたりの間ではどのような会話がなされるのだろう――というのは、俺にとって昔からのささやかな関心ごとであったのだ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、ガズラン=ルティムは穏やかな面持ちで言葉を重ねていく。
「大きく分ければ、生まれた土地から一歩も出ぬままに魂を返す人間ということになるのでしょう。森辺も宿場町もダレイムも城下町も、すべてはジェノスの領土であるのですからね。我々はおそらく、ジェノスの地から離れることもなく、魂を返すのだろうと思います」
「うむ。それは確かに、その通りであろうな」
「ただし、こうして森辺の外には足を踏み出しています。城門の外に出たことのない城下町の民というのは、森辺の集落を出たことのない人間のようなものなのではないでしょうか。むろん、城下町にはこうして外界の人間が多く訪れますので、森辺の集落と比べることはできないのでしょうが……故郷たる地を一歩も離れぬまま、充足した生を送るというのは、それほど奇異なることではないのだろうと思われます。私の祖父ラーなども、森辺の外に足を踏み出したことはない、という話でしたからね」
「森辺の男衆であれば、そういう人間のほうが多かろうな。ルウの血族においては、ラー=ルティムのような人間のほうが珍しくなってしまったのかもしれんが」
すると、ルド=ルウが「なーなー!」と大きな声をあげた。
「ジザ兄たちは、いつまでくっちゃべってんだよ? 俺たちは、城下町の見物に来たんだろー?」
「そうだよー! 屋台で何が売ってるのか、見にいこうよー!」
リミ=ルウも便乗して、ジザ=ルウのたくましい腕を抱きすくめる。
いつでも微笑んでいるように見えるジザ=ルウは、糸のように細い目で苦笑したようだった。
「まったく、こらえ性のない弟妹たちだ。……それでは、この場を見物させていただくか」
「やったー!」と、リミ=ルウがぴょんぴょん飛び跳ねる。
そうして俺たちは、いよいよ城下町の民がひしめく広場へと、本格的に足を踏み入れる段に至ったのだった。