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異世界料理道  作者: EDA
第四十三章 傀儡使いと老剣士
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お披露目の日

2019.5/11 更新分 1/1

 そうして時は流れすぎ――紫の月の1日である。

 リコたちの作った傀儡の劇は、その日の朝方にルウの集落でお披露目されることと相成った。


 俺の想定よりも、いささか早い日取りである。城下町に招かれた際、リコは半月ほどでお披露目できるはずだと述べていたが、それからしばらくは情報収集に時間を割いていたので、もう少し期間がのびるのではないかと踏んでいたのだ。


 もちろんリコたちは、毎日たゆみなく準備を進めていた。傀儡の新しい装束の準備などは1日半ていどで完了させて、あとはひたすら劇の稽古に打ち込んでいたのである。

 その稽古は荷車の中で行われていたので、内容を知る人間はいない。ただ、いつその荷車のかたわらを通りかかっても、常にリコの声が聞こえていたように思う。そうしてリコたちは、自らの定めた締切日を見事に順守してみせたのだった。


「もちろん、何から何まできちんと完成したわけではありません。でも、どのような筋書きであるかは過不足なくお伝えできるかと思います」


 お披露目の日を決めた際、リコはそのように述べていた。

 もしかしたら、何か内容に問題があるならば早い段階で指摘してもらいたいと願っているのかもしれない。

 何にせよ、2日前の朝方にはもうルウ家に通達を出していたので、当日の俺たちはこぞってそれを見物させていただくことになった。


 ちょうどその日は、休業日であったので――というか、リコが休業日をお披露目の日に選んでくれたので、俺も心置きなくルウの家に向かうことができた。

 刻限は、上りの五の刻。午前10時前後の頃合いだ。ゆとりをもってルウの集落に到着すると、そこにはまた祝宴のように大勢の人々が待ち受けていた。


「よー、アスタにアイ=ファ、早かったな」


 シン=ルウと立ち話をしていたルド=ルウが、陽気に笑いかけてくる。荷台から降りた俺は、「うん」と笑顔を返してみせた。


「今日もまたすごい人出だね。前回よりも大勢の人たちが集まってるんじゃないのかな?」


「そりゃーそうだろ。こんな面白そうな見世物を見逃す手はねーからなー」


 本当に、ルウの血族で手の空いている人間は全員集まったのではないか、という賑やかさだ。

 すると、それらの人々をかきわけて、こちらに近づいてくる大柄な人影があった。


「アスタたちも来たか。本当に、祝宴のような賑わいだな」


「あ、お疲れ様です、ダリ=サウティ。今日は朝から大変でしたね」


「うむ。しかしまあ、族長としては最初にしっかりと見届けるべきであろうからな」


 本日は、ファの家と族長筋の人間のみ、来訪を許されたのだ。他の氏族に関しては、また後日にリコたちがそれぞれの家を巡る手はずとなっている。しかしそれも、内容に不備はないと族長および貴族たちに了承をもらったのちの話であった。


 リコたちの荷車は、本家の前にとめられている。約束の刻限までにはまだ猶予があったので、荷台の中で最後の打ち合わせでもしているのだろうか。リコたちの姿は、どこにも見えなかった。

 その代わりに、荷車のそばでジザ=ルウと語らっているゲオル=ザザの姿を発見した。そして、その両名よりも長身で、ギバの頭骨をかぶっている人物の姿を見いだして、俺は「あれ?」と小首を傾げることになった。


「あれは、ディック=ドムですよね。族長代理のゲオル=ザザばかりでなく、ディック=ドムまで出向いてきたのですか?」


「ああ、家長会議を始めとするさまざまな出来事に、ゲオル=ザザはまったく立ちあっていなかったからな。そのあたりのことを鑑みて、ディック=ドムを同行させたのだろう」


「それなら、グラフ=ザザ本人がいらっしゃるほうが話が早いのでは?」


 俺の問いかけに、ダリ=サウティはゆったりとした微笑みで応じてきた。


「べつだん、グラフ=ザザがルウの集落を訪れることを忌避したわけではあるまい。北の氏族の狩人たちは、今日このままルウやルティムの狩り場で仕事を果たすのだという話であったから、その役には若い狩人たちのほうが相応しいと考えたのであろうよ」


「え? 北の集落の狩人たちが、ルウやルティムの狩り場で仕事を果たすのですか?」


「うむ。そうして明日の朝早くに戻れば、今日も明日も中天からしっかり仕事を果たすことができる、と言ってな。まあ、ルウとザザの絆が深まるのは、めでたきことであろう」


 それはもちろん、俺も心から賛同することができた。本日、ルウの狩場のギバたちは、普段以上に大変な苦労を背負い込むことになるだろう。

 俺がそんな風に考えていると、ディック=ドムがこちらを振り返ってきた。

 そうしてゲオル=ザザに耳打ちしたかと思うと、周囲に集まっていた家人を引き連れて、こちらに近づいてくる。その姿を見て、アイ=ファは「あれは……」と低くつぶやいた。


「ファの家長アイ=ファ、および家人のアスタ。ドムの家人に、挨拶をさせてもらいたい」


 ディック=ドムほどではないにせよ、いずれも雄々しい姿をしたドムの狩人たちが、ずらりと立ち並ぶ。人数は3名で、そのうちの1名は女衆であった。


「やあ、レム=ドム。レム=ドムが狩人の衣を纏っているのを見るのは、初めてかもしれないね」


「ふん。北の集落では一人前と認められるまでは、狩人の衣は仕事のときにしか纏うことを許されないのよ。今日は狩りの時間も迫っているから、たまたま許されたというだけの話ね」


 レム=ドムは、不敵に微笑んでいた。他の氏族の狩人たちと同じように、毛皮のマントだけを纏っており、頭骨はかぶっていない。おそらくは頭骨のかぶりものも、一人前になるまで着用を許されないのだろう。


「さあ、何をしているのよ? 家長はあなたたちに挨拶をさせるために、ここまで足を運んだのよ?」


 と、レム=ドムが兄の背後へと呼びかける。ディック=ドムの巨体の陰に、まだ他の狩人たちが隠されていたのだ。

 そうして、その狩人たちがおずおずと進み出てくると――俺は、息を呑むことになった。


「ディガ……それに、ドッドも」


 アイ=ファがさっき声をあげたのは、きっと彼らの存在に気づいたためであったのだ。

 かつてスン本家の長兄であったディガと、次兄であったドッドが、いくぶんうつむき気味に立ち並ぶ。ふたりはまるで、俺とアイ=ファの視線を恐れているかのようだった。


「傀儡の劇というものの内容を鑑みて、この者たちも連れてくることにした。そこではこの者たちの悪行も語られるのであろうからな」


 ディック=ドムが重々しい声で述べたてても、両者は顔をあげようとしない。その間に、俺は彼らの変わり果てた姿をまじまじと検分することができた。


 俺が彼らと再会するのは、1年以上ぶりのことである。城下町にて、サイクレウスおよびシルエルの大罪を暴いたあの日から、俺たちは1度として顔をあわせる機会がなかったのだ。


 ディガは、いくぶん痩せたようだった。

 とはいえ、やつれた感じではない。むしろ、最後に顔をあわせた時分のほうが、よほど荒んだ印象であったように思う。あの頃は、げっそりと頬がこけて、無精髭ものばし放題で、森辺の狩人とは思えないほど悄然とした姿であったのだ。


 それに比べれば――というか、それ以前の無法者であった時分よりも、よほど健やかであるように思える。痩せたというよりは、無駄肉が落ちて引き締まったというべきなのかもしれない。リフレイアの忠実な従者ムスルほどの変貌ではないにせよ、頬や首回りがきゅっと引き締まり、腕や足にもくっきりと筋肉の線が浮かんでいる。そんなオドオドとした表情をしていなければ、森辺の狩人らしい精悍な姿と言えるぐらいかもしれなかった。


 そして、弟のドッドである。

 こちらはむしろ、以前よりも体格がよくなったように感じられる。もともと背丈は俺よりも低いぐらいでありながら、ずいぶんがっしりとした体格をしていたのだが、それよりもさらに腕回りや胴回りがたくましくなったように感じられた。


 狛犬のような顔立ちも、相変わらずだ。ただ、以前はざんばらにしていた黒褐色の髪を、さらに長くのばして後ろでひっつめているので、陰気な印象は払拭されている。もっと明るい表情をすれば、なかなか愛嬌のある顔立ちなのではないかと思えるほどだった。


「……いつまでそうして黙っているのよ? あなたたちが挨拶をしない限り、どうにもならないのよ?」


 レム=ドムが不遜な面持ちで言いたてると、ディガのほうが意を決したように視線をあげた。

 濃い青色をした瞳が、俺とアイ=ファを等分に見比べる。


「ひ、ひさしぶりだな、アイ=ファにアスタ。……ド、ドムの家人の、ディガとドッドだ」


「うむ。お前たちも、息災であるようだな」


 アイ=ファは毅然とした面持ちで、両者と相対している。

 ディガは一瞬だけ気後れしたように視線をそらしかけたが、何とか踏みとどまって、アイ=ファを真っ直ぐに見つめ返した。


「お、俺たちは、普通であれば決して許されないような大罪を犯したが、同胞たちの慈悲の心で救われて、森辺の民として正しく生きようと、日々を過ごすことができている。そ、それで、あの……」


「うむ。何であろうか?」


 ディガは唇を噛むと、いきなりその場に膝をついた。


「あ、あのときは、本当にすまなかった。……どれだけ詫びても許されるはずはないが、あの頃の俺は正気を失っていた。も、もしもお前たちが、さらなる罰を望んでいるならば……どのような罰でも、甘んじて受けようと思う」


 すると、ドッドも同じように膝を折った。


「俺も、ディガと同じ気持ちだ。……何も言い訳するつもりはない。俺たちは、許されないほどに弱かった。その弱さから逃げるために、周りの人間を脅かすことになったのだろうと思う」


「……お前たちには、すでに罰が下されている。これ以上の罰を与える理由はない」


 アイ=ファが厳粛なる声で応じると、ディガが勢いよく面をあげた。

 その顔に、滂沱たる涙があふれかえっている。


「そんなことは、わかってる。……だけど俺たちは、お前たちに贖いたいんだ」


「森辺の民として正しく生きることが、お前たちの贖いだ。お前たちはドムの家で、それを果たしているのだろうが?」


 アイ=ファの声や表情は厳しく引き締められていたが、その眼差しに硬い光はなかった。それに気づいたのか、ディガは顔をくしゃくしゃに歪ませる。


「何でだよう……俺たちはあれだけひでえことをしたのに……お前たちは、怒ってねえってのかあ……?」


「ふん。1年以上も腹を立てたままでいられるか。それに、私は……お前たちがサイクレウスらと対峙した姿を見届けている」


 そんな風に言いながら、アイ=ファは自らも膝を折って、真正面からディガの顔を覗き込んだ。


「あのときから、お前たちは森辺の民として正しく生きようと振る舞っていた。そして、狩人としてたゆみなく修練を積んでいることは、その姿を見ればわかる。これ以上、かつての己を恥じる必要はあるまい」


「アイ=ファ……」とうめきながら、ディガはさらに涙をこぼした。

 ドッドも顔を伏せ、ぽたぽたと涙をこぼしている。


「わかったら、立て。下から見上げられていると、落ち着かんのだ」


 アイ=ファにうながされて、ディガとドッドは力なく立ち上がった。

 その姿を横目で見やっていたレム=ドムが、「はん」と肩をすくめている。


「少しは狩人らしくなってきたかと思ってたけど、まだまだね。でかい図体をして、幼子のように泣いてるんじゃないわよ」


「う、うるせえなあ。ほっといてくれよう」


 と、ディガはたくましい前腕で顔をぬぐった。

 そういえば、ディガは本来こういう間延びした喋り方であったのだ。それを懐かしく思いながら、俺はドッドを振り返った。


「そういえば、ドッドは狩りの最中に深手を負ったという話でしたよね。もうすっかり元気になったようで、何よりです」


 するとドッドは、いくぶんきょとんとした顔で俺を見やってきた。


「な、何だよ。何で、そんな喋り方なんだ?」


「え? 何かおかしいですか?」


「だ、だってお前は……俺たちに、そんな丁寧な喋り方はしてなかったろう?」


「ああ」と、俺は笑ってみせた。


「そういえば、そうだったかもしれませんね。あの頃は、あなたたちに敬意を払う気持ちになれなかったのでしょう。でも、基本的に年長の男衆に対しては、丁寧な言葉づかいを心がけているのですよ」


「……お前もちっとも、俺たちを恨んでないみたいだな」


「はい。俺もアイ=ファと、同じ気持ちです」


 レム=ドムが、「ははん」と鼻で笑った。


「だから、言ったでしょう? アイ=ファとアスタは目まぐるしい生を送っているのだから、あなたたちにかまけているヒマなんてないってことよ。あなたたちだって、1年以上も前に蹴っ飛ばしたギーズのことを、いちいち覚えちゃいないでしょう? それと同じことね」


「お、お前のその口の悪さは、何とかならねえのかよう?」


「何ともならないわね。わたしに敬意を払ってほしかったら、さっさと一人前の狩人になってごらんなさい」


 ディガがいささか気の毒であったので、俺は口をはさませていただいた。


「俺とアイ=ファも、ディガたちのことを気にかけていなかったわけではありませんよ。ただ、たびたび北の集落を訪れているトゥール=ディンからあなたたちの話は聞いていたので、何も心配はしていなかったんです」


「ああ……トゥール=ディンには、詫びの言葉を届けてほしいって言っておいたんだよなあ。だけどやっぱり、自分の口で詫びないと、気が済まなくってよう」


 そう言って、ディガは弱々しく微笑んだ。


「必要ないって言われちまったけど、もういっぺんだけ詫びさせてくれ。あのときは、本当に悪かった。あの頃のことを思い出すと、俺はいまでも胃袋をぎゅうっとつかまれるような気持ちになっちまうんだ」


「きっとそれが、あなたへの罰なんですよ。あなたは正しく生きようとしているから、それを苦しいと感じているんです」


 その場にたちこめていた緊迫の空気も、ようやくほどけてきたようだった。

 それを見計らったように、ルド=ルウが声をあげてくる。


「でもまあ本当に、狩人らしい雰囲気になってきたよなー。正直言って、お前らがドムの狩り場なんかに放り込まれたら、ひと月も待たずに魂を返すんじゃないかって思ってたんだけどよ。そこはさすがに、スン家の強い血に救われたってわけか」


 ディガとドッドは、なんと応じればいいかもわからぬ様子で、ルド=ルウを振り返る。ルド=ルウは、あくまで陽気に言葉を重ねた。


「その調子なら、すぐにギバの頭骨を授かれるだろ。ていうか、お前らはまだ自分の手でギバを仕留めてねーのか?」


「あ、ああ。俺たちは、まだ1年ちょっとしか働いてねえからな。そんな簡単に、一人前の狩人になんてなれねえよう」


「ふーん。そいつはシュミラル=リリンがなかなかギバを仕留められなかったのと、同じ理由なのかもしれねーな」


 そう言って、ルド=ルウはレム=ドムを振り返った。


「お前もけっこう力をつけてきたみたいだけどよ。うかうかしてると、たぶんこいつらに先を越されるぜー?」


「わかってるわよ! わたしだって、こいつらと一緒に森に入ってるんだからね!」


 レム=ドムは、子供のように口をとがらせていた。

 すると今度は、シン=ルウがディガへと呼びかける。


「そういえば、まだミダたちとは言葉を交わしていないのか? ツヴァイ=ルティムとオウラ=ルティム、それにヤミル=レイも、この場には集まっているはずだ」


「あ、ああ。俺たちも、ついさっき着いたばかりだからな。……それに、どういう顔をしてあいつらに会えばいいのか、心が定まらねえしよう」


 泣き笑いのような顔でディガが言いたてると、ドッドがシン=ルウのほうに身を乗り出した。


「お前はいま、ミダ=ルウのことを名だけで呼んでいたな。ということは、同じ家で暮らす家人であるのか?」


「うむ。ミダは俺の家の家人となった。俺は分家の家長で、シン=ルウという」


「お、お前がシン=ルウか。町の闘技会ってやつで最後まで勝ち抜いた、すげえ力を持つ狩人なんだってな。……ミダ=ルウのやつも、元気にやってるのか?」


 ドッドの不安げな顔を見返しながら、シン=ルウはふっと口もとをほころばせた。


「それはのちほど、自分の目で確かめるがいい。傀儡の劇というものを見届けた後でも、いくばくかの時間はあろう」


「そーそー。それにお前たちは、ルティムの家で夜を明かすんだろ? だったら晩餐のときにでも、ミダ=ルウとヤミル=レイも呼んでもらえばいいじゃん。それで、スン本家の人間だった連中は勢ぞろいだろ?」


 ルド=ルウの言葉に、ディガは「えええっ?」と素っ頓狂な声をあげた。


「そ、そんなことは許されねえだろう? 俺たちは、あいつらみたいに氏をもらえたわけでもねえし……まだまだ罪を贖ってる最中なんだからよう」


「そんなことねーだろ。ミダ=ルウたちだって、氏をもらう前から、祝宴とかで楽しそうにしてたしさ。な、それぐらいはかまわねーだろ、ディック=ドム?」


 ディック=ドムは、頭骨の陰に光る黒い瞳で、ディガとドッドを見下ろした。


「そのような望みを他者の口から語らせるのは、低劣である。お前たちがそれを望むのであれば、自らの口で語るがいい」


「そ、そりゃあもちろん、そうしてもらいたいに決まってるけど……でも俺たちは、森辺の民として正しく生きることを一番に考えなくちゃならねえんだ。血の縁を絶たれた相手と絆を深めようとするのは……森辺の民として、正しくない行いだろう?」


 苦しげに眉をひそめながら、ディガはそのように答えていた。

 ディック=ドムはしばらく無言でその姿を見返してから、ゆっくりと首を横に振る。


「森辺の民は、血族ならぬ相手とももっと絆を深めるべきである、とされている。お前たちは血の縁を絶たれたが、森辺の同胞として絆を深めることが間違っているとは言えまい」


「だ、だけどよう……」


「……それにお前たちは1年余りの間、北の集落だけで過ごしてきた。ここでかつての家族たちと言葉を交わし、おたがいの心情を確かめ合うことは、今後の励みとなろう。今後も正しく生きていくために、それは必要な行いではないのか?」


 ディック=ドムは、底ごもる声でそのように述べたてた。


「その上で、問う。お前たちは、かつての家族たちと言葉を交わすことを願っているのか? それとも、忌避しているのか? 正直な心情を述べてみせるがいい」


「……願っている、心の底から」


 ディガがそのように答えると、ドッドも「俺もだ」とそれに続いた。

 ディック=ドムは「了承した」とうなずく。


「ドムの家長として、それぞれの家長たちに伝えておこう。この、傀儡の劇というものを見届けてからな」


「……ありがとう。心から感謝している、家長」


 ディガが涙をこらえているような顔で答えたとき、広場がどよめきに包まれた。

 振り返ると、広場の入り口に立派なトトス車が横付けされている。城下町の人々が、到着したのだ。


「あれ? 貴族たちは、城下町で劇を見るんじゃなかったっけ?」


「その前に、何名かだけ先行することになったんだよ。俺が知ってるのに、どうしてルド=ルウが知らないのかな?」


 その報は、2日前の段階で俺に伝えられていた。また城下町からの帰り道に、使者のリャダ=ルウが伝えてくれたのである。

 森辺の民に見守られながら、何名かの貴族とその従者たちが、トトス車から降りてくる。ドンダ=ルウとダリ=サウティ、それにゲオル=ザザの3名が、それを出迎えることになった。


「……城下町では、けっこうな数の貴族が立ちあうみたいだからさ。それで、リコの劇がトゥラン伯爵家の名をいちじるしく汚すような内容だとまずいから、事前に確認をさせてもらいたいって申し出てきたらしいよ」


 俺がルド=ルウに説明している間に、城下町の人々が広場に足を踏み入れてきた。

 その顔ぶれは、森辺の民との調停役であるメルフリード、およびポルアース。当事者であるリフレイアと、従者のムスル。そして、王都の外交官フェルメスと、従者のジェムドというものであった。

 なおかつリフレイアのかたわらに、濃淡まだらの髪をした少女の姿もうかがえる。ディアルもラービスをともなって、ちゃっかりまぎれこんでいたのである。


「これで、全員がそろったようだな。……ファの家長アイ=ファと家人アスタも、こちらに来てもらおう」


 ドンダ=ルウの招きに応じて、俺とアイ=ファも本家の前まで歩を進めた。

 そこにとめられた荷車の前には、すでに傀儡の劇の舞台である卓が設置されている。そしてその正面には、大きな敷物が広げられていた。


「貴様たちも、この場所で傀儡の劇を見届けるがいい。適当に腰を下ろせ」


 俺とアイ=ファは、敷物の片隅に陣取らせていただいた。

 お隣はディアルとラービスで、その向こう側にはリフレイアとムスルが座している。俺はリフレイアたちに会釈をしてから、ディアルに囁きかけた。


「よくこの顔ぶれの中に入りこめたね。どうやって貴族たちを説得したんだい?」


「何も難しい話じゃないさ。僕だって、あの騒ぎの当事者といえば当事者なんだからね。ポルアースは、快く同席を許してくれたよ」


 なるほど、俺がトゥラン伯爵邸にさらわれた際は、ディアルもその場に居合わせていたのである。まさかディアルが傀儡の劇に登場することはあるまいが、見届け人としての資格はそれなりに持ち合わせているのかもしれなかった。


「では、始めてもらおうか」


 ドンダ=ルウの視線を受けて、ミーア・レイ母さんが荷車の内側に声を投げ入れた。

 それに応じて、大きな木箱を抱えたリコとベルトンが登場する。ともに荷台を降りたヴァン=デイロは、その場所に留まって後方からリコたちを見守る格好であった。


「本日はお忙しい中お集りいただいて、まことにありがとうございます。わたしの作った傀儡の劇に不備がありますかどうか、どうぞお見届けください」


 以前よりもいくぶん緊張した面持ちで、リコが一礼した。

 ベルトンは帽子を取って、申し訳ていどに頭を下げている。


「さしあたっては、最後まで黙って見届けさせてもらおう。およそ半刻ほどの劇であるという話であったな?」


 メルフリードの言葉に、リコは「はい」とうなずいた。


「二幕の構成となっておりますので、一幕目を終えた後に、新たな傀儡の準備をする時間をいただくことになります。それを含めても、半刻を大きく過ぎることはないかと思われます」


「承知した。それでは、初めていただこう」


 リコとベルトンは卓の裏手に回り込み、以前と同じように背景の板を設置した。

 いよいよ、俺を主人公にした傀儡の劇がお披露目されるのだ。

 むやみに心臓を高鳴らせながら、俺は開幕の時を待ち受けることになった。


 ざわめきに包まれていた広場も、じょじょに静まりかえっていく。

 そんな中、リコの声が朗々と響きわたった。


「森辺のかまど番アスタ。第一幕、スン家の章。……始めさせていただきます」


 舞台に、ひょこりと傀儡が現れる。

 その瞬間、静まりかえっていた広場にまたざわめきが広がった。

「あはは」だとか「うわあ」だとか、笑い声や感嘆の声もまじっている。


 明らかに、それは俺を模した傀儡であった。

 黒い髪に黒い瞳。うっすらと黄色みを帯びた肌。身に纏っているのは、白いTシャツと調理着のズボンだ。


 ただし、それをいぶかしく思った人間もいるかもしれない。俺の調理着姿を知っているのは、アイ=ファと、近在の氏族の人々と、そして遠目にこっそりファの家の様子をうかがっていたリミ=ルウのみであるのだ。リミ=ルウと初めて言葉を交わした日――アイ=ファに初めて焼きポイタンとハンバーグを出した日から、俺はずっと森辺の装束に身を包んでいたのだった。


 ともあれ、俺の傀儡が登場したのである。

 傀儡は舞台の真ん中で、くったりと横たわっていた。

 やがてざわめきが引いていくと、それを待ちかまえていたかのように、リコのナレーションが響きわたる。


「とある年の、黄の月のことです。暗い暗い森の中で、その若者は目を覚ましました」


 そうして、傀儡の劇『森辺のかまど番アスタ』は開演された。

 人々は、また水を打ったように静まりかえって、その劇に見入ることになった。

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[気になる点] 誤字報告です 「承知した。それでは、初めていただこう」 は、始めてではないでしょうか?
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