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異世界料理道  作者: EDA
第四十三章 傀儡使いと老剣士
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新たな出会い⑤~晩餐の前に~

2019.4/19 更新分 1/1

「それで、貴様は……ファの家のアスタを使って、傀儡の劇とかいうものをこしらえようというわけだな?」


 ドンダ=ルウの声が、ルウ本家の広間に重々しく響いていた。

 晩餐の前に、リコからの申し出をどうするべきか、話し合われることになったのである。その場には、ルウ本家の家人たちと、リコたち3名の客人たちと、俺とアイ=ファと――そして、同席を願ったガズラン=ルティムが顔をそろえていた。


「はい! ピノから話をうかがったわたしは、アスタの華々しい生に大きな感銘を受けることになったのです! 決して粗末なものは作らないとお約束しますので、どうかよろしくお願いいたします!」


 きっちりと膝をそろえたリコは、ドンダ=ルウの恐ろしげな風貌にたじろぐ様子も見せず、そのように応じていた。

 ドンダ=ルウは針金のように硬そうな顎髭をまさぐりながら、「ふん……」と鼻で息をつく。


「華々しい生、か……ファの家のアスタがどれだけ目まぐるしい生を送っているか、それを一番わきまえているのは俺たちだ。しかし……貴様がいったいどのようなものを作りあげようとしているのか、これっぽっちも想像がつかねえな」


 リコがすかざず声をあげようとすると、ドンダ=ルウは大きな手をかざしてそれを押し留めた。


「しかしまあ、ひとつだけ想像がつくこともある。アスタの生を語るならば、そこではスン家やトゥラン伯爵家を巡る騒動も語られるのだろうな」


「はい、もちろんです! というか、どれほど華々しい生であっても、それらをすべて傀儡の劇に盛り込むことはかないませんので、スン家やトゥラン伯爵家を巡る騒動を物語の中心に据えたいと考えています!」


「そうなると、ジェノスの貴族らも黙ってはいられないだろう。サイクレウスとシルエルの犯した大罪は、やつらにとって何よりの恥であり、何よりの無念であるのだろうからな」


 その言葉に、リコはきょとんと小首を傾げた。


「ですが、ジェノスの領主様はそれらの話を隠そうとはせずに、大々的に布告を回したのですよね? わたしもどこかの領地で、その布告を耳にした覚えがあります。わたしはもともと広められていた話をさらに広めようとしているだけなのですから、何もお怒りを買うことにはならないのではないでしょうか?」


「しかし」と声をあげたのは、ジザ=ルウであった。


「それがもともと広められている話であるならば、誰にとっても物珍しい話ではなくなるだろう。それでは、芸にならないのではないだろうか?」


「いえ! ジェノスから広められたのは、騒動にまつわるおおまかな内容のみであるのです。そこにはアスタの名前などはでてきませんし、こまかな部分などは省かれてしまっています。それに、布告が回されるのは、セルヴァにおいてもそれなりの規模を持つ領地だけですので……そのせいもあって、あちこちでおかしな風聞が流れることになったのでしょう」


「おかしな風聞?」


「はい。ジェノスの領主様が回した布告とは別に、ジェノスを訪れた商人や旅人から口伝てで広まった風聞というものが存在します。そういった風聞に尾ひれがついて、いっそう虚実の入り混じった話が広まることになったわけですね」


「そういった話は、確かに俺たちも聞いている。アスタが森辺の民を利用して、邪魔な貴族を討ち倒し、ギバ肉の商売を成功させた――などという風聞もあったそうだな」


 それが、デルスの語っていたコルネリアにおける風聞であった。

 リコはくすりと笑ってから、「はい」とうなずいた。


「わたしが耳にした風聞は、もっととんでもない内容でした。トゥランの伯爵様をその手で打ち倒したのはアスタ自身である、なんていう風聞もあったぐらいなのですよ」


「アスタ自身が……サイクレウスを?」


「はい。アスタは料理人としてだけではなく、森辺の民が認めるほどの剣士であった、という風聞であったわけですね」


 ぷっと誰かがふきだした。

 見てみると、ララ=ルウが声を殺して笑っている。俺の隣では、アイ=ファが仏頂面で頭をかき回していた。


「それはたしか、自治領区の小さな宿場町であったと思います。他にも、ジャガルの奥まった領地などでは、色々な風聞が流れていましたね。トゥラン伯爵家はお取り潰しとなり、その領地は森辺の民に与えられた、などという風聞も耳にした覚えがあります」


「……貴方たちは、ジャガルにまで足をのばしているのか?」


「はい。ジャガルの方々は大道芸を好みますので、わたしたちも1年の半分はジャガルで過ごしているぐらいです。シムの領地は、言葉が伝わらないことも多いので……わたしたちの芸では、ちょっと難しくなってしまうのですよね」


 ジザ=ルウはいくぶん眉をひそめながら、押し黙ることになった。目もとが笑っているような作りをしているのであまり深刻そうには見えないが、きっと深く憂慮しているのだろう。


「それで……貴様たちはあくまでも、真実のみを広めようという心づもりであるのだな?」


 ドンダ=ルウが発言すると、リコは朗らかに「はい」と応じた。


「もちろん、傀儡の劇として成立させるには、あれこれ脚色しなければなりません。そういう意味では、ありのままの真実というわけにもいかないのですが……でも、真実を知っている方々にも納得のいくような、そういう内容を目指したいと思っています」


「わからねえな。要するに、虚言も織り交ぜるということか?」


「虚言と言われてしまうと、心苦しいのですが……たとえば、『姫騎士ゼリアと七首の竜』は、書物や吟遊詩人の歌などでも語られているのですが、そちらではお供の騎士も5人であったり7人であったりして、それが竜王のもたらす災厄によって1名ずつ減じていく、という筋書きであるのですね。でも、傀儡使いの劇ではそんなにたくさんの傀儡を準備することはできませんし、また、騎士たちが無残に死んでいくさまを幼子などに見せるのはよろしくないということで、たいていは2名の数とされて、生命を落とすこともありません。それが、脚色というものです」


 リコはよどみのない調子で、すらすらと述べたて始めた。


「そしてアスタの物語についてですが、これはアスタが過ごしてきた長きの時間を四半刻ていどにまとめなければなりませんので、やはりどこかを省略したりしなければなりません。また逆に、劇として人を楽しませるために、実際よりも大仰にしたり誇張したりする必要も出てくるでしょう。それはべつだん真実をねじ曲げるというのではなく、言葉回しや動作によって、物語を飾りたてるのです」


「…………」


「それに、幼子でもきちんと理解できるように、話はなるべく簡潔にまとめなければなりません。当事者にとっては重要な出来事でも、あえて語らずに済ませたり……場合によっては、起きた出来事の時間を前後にずらしたりすることもありえるかと思います。本当に大事な根幹の部分は決して歪めないように心がけつつ、人々の心に残るような劇として成立させるために、わたしは力を尽くしたいと考えています。あとは――」


 ドンダ=ルウは「もういい」と手を振った。


「聞けば聞くほど、頭が痛くなりそうだ。俺たちは、一族の誇りが汚されなければ、後のことはどうでもいいと考えている。もとより、余所の人間が何を語ろうとも、それに罰を与える掟などは存在しないわけだからな」


「それでは――」とリコが目を輝かせると、ドンダ=ルウはそれを圧する勢いで眼光を強めた。


「ただし、ジェノスの貴族たちがどう考えるかは、わからん。俺たちの主君は、ジェノス侯爵マルスタインであるのだからな。マルスタインの許さぬ行いに、俺たちが手を貸すことは許されん」


「ジェノスの領主様ですか? でも、下々のこしらえる傀儡の劇なんて、領主様には興味の外でしょう?」


「それを決めるのは、マルスタイン本人だ。まずは、それを確かめるしかなかろう」


 すると、ひかえめながらも反感のこもった「はん!」という声が響いた。


「それじゃあ、ジェノスの領主に了承を取りつけろっていうのかよ? 俺たちに、そんな真似ができるわけねーじゃねーか。要するに、最初っから傀儡の劇を作らせる気なんてなかったってこったな」


 もちろんそのように述べたてたのは、ベルトンであった。

 ドンダ=ルウやジザ=ルウを前にしてもそのような台詞を吐けるのは、大した心臓であろう。が、ドンダ=ルウはべつだん気分を害した様子もなく、ベルトンのほうに無愛想な視線を向けていた。


「明日の朝、城下町と他の族長たちに使いの人間を走らせる。まずは、そちらの返事を待つがいい」


「えっ! 森辺の方々は、領主様とお言葉を交わすことがかなうお立場であるのですか?」


 リコはびっくりまなこで問うていたが、ドンダ=ルウはぶっきらぼうに「うむ」と応じただけで、俺とアイ=ファのほうに視線を差し向けてきた。


「しかし、その前に確かめておくべきことがある。そもそも貴様らは、こやつらからの申し出をどのように考えているのだ? 貴様らがその申し出を断ろうとしているならば、使いの人間を走らせるまでもあるまい」


「私は……頭から断ろうとは考えていない。真実と異なる風聞が流れているならば、それは正すに越したことはなかろうからな」


 そのように答えてから、アイ=ファも鋭く瞳を光らせた。


「しかし、そのリコなる者は、アスタから詳しい話を聞きたいと願っている。そうであれば、その者たちが正しき人間であるという確信を得たい」


「正しき人間、か。少なくとも、無法者の類いではないようだがな」


「それは、私にもわかっている。しかし、さまざまな謎に満ちていることも確かであろう?」


「謎、ですか?」と、リコは目を丸くした。

「うむ」と、アイ=ファは真剣な面持ちでうなずく。


「私たちは、お前たちのことを何も知らない。どこの地で生まれ育ったのか、血の縁を持つ相手はいないのか、どうしてその幼さであれほどまでに優れた芸を身につけることができたのか……そういったことを、知りたいと願っている」


「そうですか……それで信頼を得られるのでしたら、もちろん何でもお話しいたします。わたしたちには、後ろ暗いことなど何ひとつありませんので」


 そう言って、リコはにこりと微笑んだ。


「まず、生まれの話ですが……わたしとベルトンは、故郷を持ちません。わたしたちは、根無し草の血筋であるのです」


「根無し草……とは、どういう意味であるのだ? 故郷を持たない人間などは、存在するまい」


「でも、それが真実であるのです。わたしもベルトンも《ほねがらすの一座》という小さな一座に属する旅芸人の子供であり、荷車の中で産湯につかりました。それぞれの親には、きっと故郷もあったのでしょうが……わたしたちは、それを知る前に親を失ってしまったのです」


 リコの微笑に、わずかに悲哀の色がにじんだ。


「ご覧の通り、わたしはジャガルの血もひいているようですが、それについても詳細は聞かされていません。母は生粋の西の民であったようなので、きっと旅の最中に出会った南の民と情を交わして、わたしを孕むことになったのでしょう。わたしには、もともと父親と呼ぶべき相手も存在しなかったのです」


「…………」


「ベルトンはその逆で、幼いうちに母親を失ってしまったのですね。産後の肥立ちが悪くて、ベルトンが育つ前に魂を返してしまったのです。ベルトンの父親は刀子投げの芸人で、わたしの母親は傀儡使い……わたしたちは、幼い頃からそれぞれの親に芸を学ぶことになったのです。それで、ベルトンの母親ももともとはわたしの母親の手伝いをしていたようなので、自然にベルトンも傀儡使いの芸を学ぶようになっていったのですね」


「…………」


「そうしてわたしたちは、生まれた頃から旅芸人の一座として、あちこちを巡り歩いていました。それが、1年ほど前……野盗に襲われて、みんな魂を返してしまったのです。わたしとベルトンも、本来であればそこで魂を返していたはずであったのですが……それを救ってくれたのが、このヴァン=デイロでした」


 人々の視線が、老剣士に集まる。

 しかしヴァン=デイロは、むっつりとした面持ちで虚空を見据えていた。


「たまたまその場に通りかかったヴァン=デイロが、おひとりで野盗を一掃してくれたのですね。そうして、寄る辺ない身となったわたしたちを、今日まで守ってくれたのです。ヴァン=デイロには、どれほどの感謝を捧げても足りません」


「ふむ……」と、ドンダ=ルウが巨体をゆすった。


「それでは、貴様たちは……親とすべての仲間を失いながら、ふたりきりで旅芸人としての仕事を続けている、ということか?」


「はい。本来であれば、《ギャムレイの一座》のような旅芸人の一座に、仲間入りを願うべきなのでしょうが……できうれば、わたしたちは自分たちで仲間を集めて、《ほねがらすの一座》を再興したいと願っています」


 その緑色の瞳に強い光をきらめかせながら、リコはそのように述べたてた。


「そのために、わたしはアスタの物語を自分の芸の目玉にしたいと考えています。誰も語ったことのないアスタの物語をお披露目すれば、きっと大きな評判を呼び込むことができると思いますので……わたしなんて、まだまだ未熟な傀儡使いですが、それでも身命を注いで素晴らしい物語を紡ぎあげたいと願っています」


 俺は何だか胸を打たれながら、リコとベルトンの姿を見直すことになった。

 わずか1年ほどの前に、親とすべての仲間を失った――そんな悲惨な体験を経た上で、ふたりはこの場に座しているのだ。


 何ものにも屈しまいと背筋をのばしているリコも、挑むような顔つきで目を光らせているベルトンも、なんて強い心を持っているのだろう。

 ふたりの姿を見守るルウ家の人々も、いくぶん表情をあらためているように感じられた。


「……まあ、わたしがそのような大口を叩けるのも、すべてはヴァン=デイロのおかげであるのです。ヴァン=デイロがいなかったら、わたしたちはすぐにでも他の一座に仲間入りを願うしかなかったでしょう。ヴァン=デイロは、わたしとベルトンにとってかけがえのない恩人であるのです」


 リコが少しはにかみながらそのように付け加えると、人々の視線がまたヴァン=デイロに差し向けられた。


「では……お前はどのような心持ちで、この者たちと行動をともにしているのだ?」


 アイ=ファが感情を抑えた声で問いかけると、ヴァン=デイロはしかたなさそうに口を開いた。


「儂は3年ほど前に《守護人》の仕事から身を引いて、あてどもなく大陸中をさまよっていた。あとはこの身が朽ちるまで、為すべきことも残されていない。ならば、先行きの長い幼子たちのために、残された力を使ってやろうと考えたまでだ」


「……そうか」と、アイ=ファは口をつぐんだ。

 ヴァン=デイロは、不機嫌そうな目つきでそちらを振り返る。


「あとは、生まれや縁者についてか? 生まれはセルヴァの南西に位置するドラッゴの集落であり、すべての縁者は魂を返している。二十の齢に故郷を捨てて、それからは《守護人》として生きてきた。故郷を捨てた身であるが、ドラッゴの山を母とする心情に変わりはないので、氏は捨てていない」


「あんたは、自由開拓民ってやつなんだよな? 故郷では、狩人の仕事でも果たしてたのか?」


 そのように問うたのは、ルド=ルウであった。

 ヴァン=デイロはむっつりとした面持ちのまま、「うむ」とうなずく。


「ドラッゴの山には、アルグラの銀獅子が潜んでいた。セルヴァにおいて聖なる獣とされている銀獅子をむやみに狩りたてることはしないが、己の身を守るためには刀を取らざるを得ない。……ドラッゴの民は、聖獣殺しの狩人として、王国の民には忌避される存在であったようだ」


「へえ、銀獅子だったら見たことがあるよ! あいつは愉快な獣だったけど、山に潜んでるのは別物なんだろうなあ」


「うむ。おぬしが言うのは、《ギャムレイの一座》が引き連れていた銀獅子であるな? あれは幼少の頃より人間のそばにあったため、人間に近しい心を育むことになったのであろう」


「ああ。ガージェの豹だって、マサラの山では人間に襲いかかってくるって話だからな。……でもまあ、あんたがそんなすげー力を持ってる理由が、やっとわかった気がするよ」


 そう言って、ルド=ルウはにっと白い歯をこぼした。


「二十の年まで狩人として生きてたんなら、俺たちと気が合うんじゃねーのかな。俺は最初っから、あんたのことを好ましく思ってたよ、ヴァン=デイロ」


「そうか。おぬしたちは、自由開拓民よりもなお奔放な存在であるように思えるがな」


 愛想のないことを言いながら、ヴァン=デイロはアイ=ファに向きなおった。


「儂の生など、そのていどのものだ。他に何か、問うておきたいことでもあろうか?」


「いや……もう十分だ。お前は確かに、心正しき人間なのであろうと思う。いらぬ詮索をしたことを許してもらいたい」


 そうしてアイ=ファが目礼をすると、ヴァン=デイロはうろんげに眉をひそめた。


「いらぬ詮索とは思わんな。むしろ、これだけの話で相手を信用するのは、あまりに不用心というものであろう」


「私は、そうは思わない。少なくとも、お前が私たちを裏切るような真似はするまいと信ずることはできる」


 森辺の民は、虚言に対して敏感なのである。相手が真実を述べているのか虚言を述べているのか、普通の人間よりは的確に察することもできるのだろう。この場において、ヴァン=デイロらの言葉を疑っている人間はひとりとして存在しないようだった。


「では……アスタは如何なのですか?」


 と、ガズラン=ルティムがふいに問うてきた。


「彼女が作ろうとしているのは、アスタの物語です。アスタがそれを望まないのでしたら、アイ=ファもドンダ=ルウも了承することはないでしょう。ここで正直な気持ちを述べておくべきではないでしょうか?」


「はい、そうですね。……正直に言って、気が進まない部分もあります。自分が傀儡の劇の主人公に祭り上げられるなんて、あまりに大それたお話ですからね」


 とたんに、リコが不安げな眼差しを向けてきた。

 俺はそちらに、そっと微笑みかけてみせる。


「でも、どっちみち俺の名前はあちこちに広まってしまっているようですし……それだったら、正しい話を広めてもらったほうがいいんじゃないかという思いもあります。俺が森辺の民にも認められる剣士だなんて、そんなとんでもない誤解はできるだけ解いておきたいところですからね」


「では、彼女の申し出を受け入れるのですか?」


「はい。ただしそれは、彼女の作りあげた作品を目にしてから決めさせてほしいと思っています」


 言いながら、俺はリコの顔に視線を定めた。


「君の作る物語で、スン家やトゥラン伯爵家は打倒するべき敵として描かれるんだろう? でも、俺にとってはそちらにも大事な人たちがたくさんいるんだ。だから、そういった人たちを貶めるような内容だったら、俺にはとても容認はできない」


「それは……アスタがどうしてそういった人たちを大事に思っておられるのか、それをお聞かせいただければ、きっと正しい物語を作りあげられるはずです」


 リコは真っ直ぐに俺の目を見返しながら、明るく微笑んだ。


「そういったアスタの心の機微こそを、わたしは知りたいと願っているのです。アスタの話を聞かないまま、わたしが物語を紡ごうとしたら、スン家もトゥラン伯爵家も悪辣な敵役としてしか描きようがないことでしょう。そんな虚実の入り乱れた物語では、意味がないのです」


「うん、君がそんな風に思ってくれるんなら……俺も、覚悟を決めようと思うよ。君がどれほどの思いで俺なんかの物語を作りあげようとしているのかは、理解できたと思うからね」


「ありがとうございます!」と、リコは正座をしたまま飛び上がらんばかりの勢いであった。

 それをたしなめるように、ドンダ=ルウが重々しい声をあげる。


「しかしまずは、ジェノスの貴族と他の族長たちの了承を得てからだ。……王都の貴族も、黙ってはおらんだろうからな」


「王都の貴族? まさか、王都にまで使者を出すわけではないですよね?」


「城下町には、王都の外交官というものが居座っている。そいつが何か厄介なことを言いだしたりしないか、貴様たちはまずそれを心配するべきであろうな」


 俺もすっかり、フェルメスのことを失念してしまっていた。俺に執着するフェルメスであれば、確かに何かおかしなことを言いたててくるかもしれない。俺はいくぶん慌て気味に、リコを振り返ることになった。


「俺も族長と同じ意見だよ。王都の貴族に反感を抱かれたら大変だろうから、それだけは気をつけるようにね?」


「はい! 相手が誰であろうとも、決して文句を言われないような物語を作りあげてみせます!」


 それでようやく、話はまとまったようだった。

 すると、まるでそれを待ちかまえていたかのようなタイミングで、どすどすという足音が響きわたってくる。広間の奥の通路から姿を現したのは、コタ=ルウを肩車したダン=ルティムであった。そのかたわらには、ティアもちょこちょこと追従している。


「おい、ガズランよ! 話はまだ終わらんのか? 俺もコタ=ルウも赤き野人も、腹ぺこで倒れてしまいそうだぞ!」


「はい。ちょうど話が終わったところです。アマ・ミンたちは、どうしましたか?」


「ゼディアスが乳をせがみ始めたので、こうして部屋を出てきたのだ! 話が終わったのなら、ゼディアスが腹を満たすのを待って、とっとと家に戻るぞ!」


 ルティム家は1台の荷車で出向いてきていたので、みんなガズラン=ルティムの仕事が済むのを別室で待ち受けていたのである。

 とうてい倒れそうにない元気な声でわめいていたダン=ルティムは、ぐりんと俺に向きなおってきた。


「それでは、アスタとアイ=ファも息災にな! 今度はルティムの家にも遊びに来るのだぞ!」


「はい。今日も遊びに来たわけではないのですけれどね」


「しかし、晩餐をともにするのであろう? そうと知っていれば、俺たちの分も準備させておいたのになあ」


「馬鹿を抜かすな。これで貴様まで加わったら、狭苦しくてかなわねえぞ」


 ドンダ=ルウが仏頂面で答えると、ダン=ルティムはガハハと愉快そうに笑った。


「確かに6名もの客人を迎えるだけで、かまど番はひと苦労であったろうな! 今日のところは、町からの客人たちに譲っておくか!」


「え? わ、わたしたちにも夜の食事を準備してくださるのですか?」


 リコがびっくりしたように尋ねると、ミーア・レイ母さんが「そりゃそうさ」と微笑んだ。


「もしかしたら、町に戻るつもりだったのかい? 話がどんな風に転ぶにせよ、あんたがたとは絆を深めるべきだろうから、晩餐の準備をしておいたんだよ」


「あ、ありがとうございます。だけど、その……ギバ肉というのは、カロンと同じぐらい値が張るのですよね? わたしたちは、あまり手持ちがないのですが……」


「手持ちって、銅貨のことかい? これは商売じゃないんだから、銅貨をいただくいわれはないよ。あんたたちが見せてくれた、愉快な芸のお礼だとでも思ってくれればいいさ」


 そんな風に述べながら、ミーア・レイ母さんは静かに微笑んでいる最長老のほうを振り返った。


「それにあんたたちは、大陸中をあちこちうろつき回ってるんだろう? うちのジバ婆は、そういう話を聞くのをたいそう好んでいるんでね。あんたたちと晩餐を囲むことを、ずっと楽しみにしていたんだよ」


「ああ……セルヴァやジャガルの色んな話を聞かせてくれたら、嬉しいねえ……」


 ジバ婆さんの言葉に、リコは屈託のない笑顔を返した。


「そのようなお話でよければ、いくらでもお聞かせいたします。わたしは、ものを語るのを生業にしていますので!」


「ありがとうねえ……あんたたちみたいな客人を迎え入れることができて、あたしはとても嬉しく思っているよ……」


 ミーア・レイ母さんは満足そうに笑いつつ、立ち上がった。


「それじゃあ、料理を温めなおさないとね。みんな、支度に取りかかるよ」


「はーい!」と元気に声をあげるリミ=ルウを筆頭に、レイナ=ルウとララ=ルウも立ち上がる。


 リコは、心から嬉しそうに笑っていた。

 ベルトンは仏頂面であり、ヴァン=デイロは無表情だ。

 時間を重ねるごとに、彼らに対する警戒心は薄らいでいく。やはり同じ旅芸人ということで通ずるものがあるのか、俺は《ギャムレイの一座》に対するのと同じような親しみを彼女たちに抱きかけているようだった。


(あとは、フェルメスやマルスタインがどう出るかだな……特に、フェルメスなんかは大丈夫なんだろうか)


 咽喉に刺さった小骨のように、そのことが気にかかってしまう。

 しかし、すべては明日からのことだ。今日のところは、不可思議な魅力を有するこの3名の客人たちと、思うぞんぶん絆を深めさせていただきたいところであった。

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