親睦の会食④~次なる催し~
2018.12/16 更新分 1/1 ・12/22 誤字を修正
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
「おお、ご苦労だったね、ヴァルカスにアスタ。今日の料理も、実に見事な出来栄えであったよ」
貴き人々の会食が終わった後、俺たちがその部屋に入室すると、まずはマルスタインが鷹揚に声をあげてきた。
会食のメンバーは、総勢で9名である。王都の外交官たるフェルメスとオーグ、調停役の補佐官たるポルアース、森辺の民の代表であるダリ=サウティとガズラン=ルティム、そして、ジェノス侯爵家の面々――マルスタイン、メルフリード、エウリフィア、オディフィア、という顔ぶれであった。ジェムドなる若き武官はメンバーに含まれておらず、今日も主人の背後にひっそりと控えている。
それに対して、こちらは5名。俺とアイ=ファ、トゥール=ディンとリミ=ルウ、そしてヴァルカスだ。トゥール=ディンとリミ=ルウは、菓子を担当した責任者として同行してもらうことにした。
「まずは、余興の答え合わせといこうか。フェルメス殿は後に出された料理、オーグ殿は先に出された料理を、アスタの手によるものと判断したよ」
果実酒の注がれた硝子の酒杯を手に、マルスタインが言葉を重ねる。
俺の料理は後に出されると聞いていたので、そのように告げると、オーグが「なんと」と目を見開いた。
「フェルメス殿のほうが、正解でありましたか……これは、いささかならず驚かされましたな」
「そうですか。オーグ殿は、どうして先に出された料理をアスタのものと判じたのでしょうか?」
本日も少女のようにたおやかなフェルメスが、微笑とともに声を投げかける。オーグは俺たちの姿をじろじろと眺めやりながら、答えた。
「それは、先に出された料理のほうが、実に不可思議な味わいをしていたからですな。あれほど不可思議な料理を作る人間は、王都にもそうそうおりますまい」
「なるほど。それも道理なのでしょうね。……しかしあれは、熟練の手による料理人の品だと思えました。どちらが美味かという点は置いておくとしても、まだ年若いアスタには、後に出された料理のほうが似つかわしいように思います」
「ううむ……しかし、最後の菓子に関しては、森辺の幼子が手にかけたという話であったはずですぞ。もしや、そちらの両名がその幼き料理人なのでしょうかな?」
オーグに問われて、リミ=ルウがぴょこんと頭を下げた。
「はい! ルウの家の末妹、リミ=ルウです!」
「わ、わたしはディンの家の家人で、トゥール=ディンと申します」
「このように幼き娘たちが、あのように立派な菓子を……わたしには、それこそが最たる驚きでありますな」
オーグは眉間の皺をいっそう深くして、腕を組んでしまう。そんな補佐官の姿を見やりながら、フェルメスは優雅に微笑んだ。
「伝え聞いたところによると、ドレッグ殿やルイド殿も、オーグ殿と同じ驚きにとらわれていたようですよ。……そして、トゥール=ディンという御方に関しては、オディフィア姫が数日に1度、菓子を買いつけているという話でありましたね。あれほどの腕を持つのなら、それも納得のいく話でありましょう」
名前を出されたオディフィアは、さきほどからトゥール=ディンの姿をじっと見やりながら、そわそわと身をゆすっている。王都の人々の目がなければ、いまにもこちらに駆け寄ってきそうな気配であった。
「何にせよ、どちらも素晴らしい料理でありました。ただ美味というだけではなく、さまざまな驚きに満ちあふれており、何度溜息をこぼしたかもわからないほどです。……ファの家のアスタも《銀星堂》のヴァルカスも、本当にご苦労様でした」
フェルメスのありがたいお言葉に、俺とヴァルカスはそろって頭を下げることになった。
室内には、実にゆったりとした雰囲気が満ちているように感じられる。ガズラン=ルティムもダリ=サウティも普段通りの様子で微笑んでいるし、ポルアースなどは満面の笑みである。メルフリードだけは冷徹なる無表情であったが、この御仁はそれが仕様であるので勘定に入れなくてもいいだろう。マルスタインやエウリフィアも、至極満足そうな表情だ。
「それに、魚料理を食べる風習のないジェノスで、あれほどまでに立派な魚料理を口にできるとは考えていませんでした。……やはりアスタは、自分の故郷でその技を身につけたのでしょうか?」
「はい。自分の故郷は島国でしたので、魚料理も盛んでした」
「素晴らしい手並みです。ジェノスのみに留まらず、このセルヴァにおいてもあなたほどの力量を持つ料理人は、そうそういないことでしょう」
そのように述べてから、フェルメスはくすりと笑った。
「これもまた、あなたが大陸の外から来たという証左になるやもしれませんね。あなたほどの料理人であれば、どの地においても高名を得るでしょうから、身分を偽って間諜などをつとめるのは、なかなか難しいように思います」
「フェルメス殿、そのように尚早な物言いは――」
「僕の個人的な感想ですよ。何も尚早に決めつける気はありません」
チェロの旋律を思わせる優美な声で、フェルメスはオーグの非難を退けた。
これほど物腰がやわらかいのに、この御仁はけっこう相手の言葉をさえぎることが多いのだ。それが高圧的に思えないのは、やはり妙なる声音の恩恵なのかもしれないが――それはそれで、ちょっと怖い気がしなくもなかった。
(こっちに対して友好的だから、これまではあまり気にならなかったけど……このお人と意見が食い違ったら、すごく面倒なことになりそうだ)
しかし、現時点ではそんな困った事態にも陥っていない。願わくは、このまま友好的な関係を維持していきたいところであった。
「さて、それではアスタたちには下がってもらおうかと思うが……その前に、例の件を伝えておくべきであろうかな?」
と、マルスタインがダリ=サウティに向かって、そんな言葉を投げかけた。
ダリ=サウティは「うむ」とうなずいてから、俺のほうに向きなおってくる。
「実はさきほど、また舞踏会というものに招待されてしまったのだ」
「舞踏会? あの、ダレイム伯爵家にお招きされたときのような催しですか?」
「ああ、そうだ。返事をする前に、ドンダ=ルウやグラフ=ザザとも話し合わなければならないが……親睦を深めるために招待したいと願われれば、断ることもできまいな」
俺はこっそり、かたわらのアイ=ファの表情をうかがってみた。
予想通り、アイ=ファは苦虫を噛みつぶしている。アイ=ファにとって、それはあまりありがたくない申し出であるのだ。
「参席する人間に関してはこちらで選ぼうと思うが、アスタとガズラン=ルティムには参席してもらいたいと願われている。ドンダ=ルウらとは明日にも語らうつもりであるので、いちおう心に留めておいてもらいたい」
「はい、承知いたしました」
もちろん、それを願ったのはフェルメスであるのだろう。この晩餐会にガズラン=ルティムが招かれたのも、フェルメスの意思であるのだ。
(俺だけじゃなく、ガズラン=ルティムにもご執心なんだな。まあ、わからなくもないような気はするけれど)
そのガズラン=ルティムは、沈着きわまりない面持ちでフェルメスを見つめている。ガズラン=ルティムが城下町の宴衣装を纏ったら、どれほど立派な姿になるのか。それはちょっと、見てみたいような気がしなくもなかった。
「なおかつ、フェルメス殿は仮面舞踏会をご希望されているのだよね。森辺の方々には馴染みがないだろうけれども、なかなか楽しい催しであるのだよ」
ポルアースの言葉に、俺は思わず「仮面舞踏会?」と反問してしまう。
「それはもしかして、身分や素性などを隠して行われる舞踏会なのでしょうか?」
「おや。もしかして、アスタは故郷で仮面舞踏会に参席したことがあるのでしょうか?」
フェルメスが楽しげに目を細めて尋ねてきたので、俺は慌てて否定してみせる。
「いえ、知識として知っているだけです。俺の故郷でも、そういったものは上流階級の方々の催しであったはずですし……それに、俺が生まれた頃には、そういう習わしも廃れていたと思います」
「あんな楽しい催しが廃れてしまうとは、もったいない限りだね! 僕は普通の舞踏会よりも、仮面舞踏会のほうが好みなぐらいだよ」
そのように述べてから、ポルアースはにこりと微笑んだ。
「それに、身分や素性を隠して行う、というわけでもないんだよね。思い思いの扮装で身を飾りはするけれど、必ずしも仮面が必要なわけではないし、どのみち入室の際に名乗りをあげるから、身分を隠すことはできないんだ。……それでよろしいのですよね、フェルメス殿?」
「ええ。王都の貴族の間では、まさしく身分や素性を隠すことを目的とした仮面舞踏会も行われていますが……それはごく一部の、好事家の催しです。僕の目的はジェノスの方々と親睦を深めることですので、身分を隠してしまっては意味がありません」
ならば、普段とはちょっと趣の異なる衣装を楽しむ、仮装パーティのようなものなのだろうか。
まあ何にせよ、俺は家長と族長の言葉に従うばかりである。それでフェルメスたちとの親睦が深まるのであれば、幸いであった。
「もちろん森辺の方々の衣装は、ダレイム伯爵家が受け持つからね! こんな話を聞いてしまったら、僕の母君が黙っているわけがないからさ!」
「リッティアは、とても腕のいい仕立て屋と懇意にしているものね。どのような衣装が準備されるのか、とても楽しみだわ」
ポルアースもエウリフィアも、心から楽しげな様子である。
そして、エウリフィアの目がふっとこちらに向けられた。
「それで、森辺の方々が参席されるかどうかは、これから決められるのでしょうけれど……もしも参席することが決まったら、トゥール=ディンも招待させていただけないかしら?」
「えっ! わ、わたしがですか?」
「ええ、そうよ。以前にも、あなたを祝宴に招待したいという話をしたでしょう? オディフィアなんて、いまからもう期待にはちきれんばかりなのよ」
オディフィアがそわそわしていたのには、そんな理由があったのだ。
父親にそっくりの灰色の瞳が、いまもじいっとトゥール=ディンを見つめている。トゥール=ディンは気の毒なぐらいあわあわしながら、侯爵家の母娘の姿を見比べていた。
「……しかし、前回の舞踏会に参席したのは、族長筋とファの家の人間だ。森辺の民であれば誰でもいい、という話ではなかろう」
メルフリードが声をあげると、エウリフィアは「あら」と口もとをほころばせた。
「でも、トゥール=ディンだって族長筋の眷族であるのでしょう? ガズラン=ルティムだって同じ立場なのだから、何も変わりはないのじゃないかしら?」
「……ルティムの家はルウの眷族でもっとも家人の多い氏族であり、ガズラン=ルティムはその本家の家長たる身だ。同じ立場とはいえまい」
「固いことを言うのねえ。オディフィアが泣いてしまったら、あなたがあやしてくれるのかしら?」
いつのまにやら、オディフィアの視線はトゥール=ディンからメルフリードに移されていた。
フランス人形のように無表情のまま、オディフィアはじっと父親を見つめている。その灰色の瞳にいかなる感情を読み取ったのか、メルフリードは小さく息をつきながら、愛娘の頭にぽんと手を置いた。
「オディフィアの望みはすでに告げられたのだから、あとのことを決めるのは森辺の族長たちだ。それは、わかっているな?」
「うん」
「ならばいい」と、軽くオディフィアの頭を撫でてから、メルフリードは手をおろす。
娘以上に内心の読み取れないメルフリードであるが、その所作はいかにも優しげで慈愛に満ちているように感じられた。
「……それで森辺の方々の参席が決定されても、衣装を準備するのにいくばくかの日が必要なことでしょう。その間に、僕も森辺に招待させていただきたく思います」
フェルメスがそのように言いだしたので、俺は思わず「え?」と声をあげてしまった。
しかし、ダリ=サウティらはすでにその話を聞いていたのだろう。落ち着きはらった面持ちで、フェルメスのことを見守っている。
「何も、歓迎の祝宴を開けと言っているわけではありません。ただ、森辺の民がどのような場所で、どのような生活を送っているのか、この目で見届けたく思っているだけです。……もちろん、監査と称して何十名もの武官を差し向けることはありませんので、ご心配なく」
それは以前に、ダグたちがルウ家に差し向けられた一件のことを言っているのだろう。それもタルオンの策謀に他ならなかったので、オーグはいくぶん苦々しげな面持ちになっていた。
「これもあなたがたと確かな絆を結ぶための行いでありますので、どうぞご了承ください。……それに、モルガの赤き民についても、放置してはおけませんからね」
「なに? 西の民は、赤き民と交わることを禁じられているのではないのか?」
アイ=ファが鋭く声をあげると、フェルメスのヘーゼルアイがそちらに向けられた。
「あなたがたとて、西の民でしょう? 西の民に禁じられているのは、大神の聖域に足を踏み入れることであり、聖域を出た民に関しては禁則など作られておりません。聖域を出た民と口をきくことさえ許されないのなら、あなたがたがその娘の身柄を預かることも許されなかったでしょう」
「それは、そうなのだろうが……」
「ジェノス侯が赤き民と町の領民の接触を禁じたのは、賢明なるご判断です。聖域の近在で暮らす人間には、それぐらいの用心が必要なことでしょう」
アイ=ファの言葉をやわらかくさえぎって、フェルメスはそう言った。
「しかし、僕はかつて聖域の民について文献を渉猟したこともありますので、心配はご無用です。聖域の民と友誼を結ぶこともなく、いらぬ諍いを招くこともなく、ただ観察させていただきたいだけです。……アスタのためにも、これは必要な措置なのですよ」
「……アスタのため?」
「ええ。よりにもよって、アスタの暮らす家に聖域の民が住まっているなどという話を報告すれば、また痛くもない腹を探られることになってしまいます。アスタは、聖域の民の回し者なのではないか……などという馬鹿げた話を持ち出される前に、僕が正しい事実を見極めたく思います」
アイ=ファは、がりがりと頭をかきむしった。
「つまり……あなたは、ファの家をも訪れようというのだな」
「はい。聖域の民の一件がなくとも、それは予定に組み込まれていました。族長筋の家はもちろん、ファの家とて視察しないわけにはいきません。日取りは追ってお伝えしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「むろん、その際にはメルフリードも見届け人として同行させていただくよ」
穏やかな口調で、マルスタインも言葉を加えてくる。ガズラン=ルティムとダリ=サウティの様子に変化はないので、これもすでに話し合われた後なのだろう。
仮面舞踏会の招待に、森辺の集落への来訪と、フェルメスはそこまで積極的に、森辺の民と関わろうとしているのだ。そこに下心などが存在しないのであれば、俺たちも諸手をあげて受け入れるしかないのだろうと思われた。
(森辺の民のことを、もっとよく知ってほしい……そう願ったのは、俺たちのほうなんだからな)
俺がそんな風に考えていると、マルスタインが「さて」と声をあげた。
「ついでというわけではないが、もうひとつ。……ヴァルカスよ、さきほど話にあがった仮面舞踏会においては、其方に宴料理の準備を願おうと考えているのだが、了承してもらえるかな?」
「は……宴料理のご依頼ですか」
「うむ。其方が宴料理の仕事を疎んでいるという話は聞き及んでいる。其方にしてみれば、自分の認めていない料理人たちと同じ卓に自分の料理を並べられることが不本意なのであろうな」
ヴァルカスがぼんやりとした面持ちで言葉を探しているうちに、マルスタインはさらに言う。
「しかしこのたびの祝宴は、少なくとも100名以上の人間を招待しようと考えている。其方とその弟子たちだけで、それだけの宴料理を準備することはかなうまい。かといって、このジェノスにおいて生きた魚を調理できるのは其方とアスタだけであるし、アスタは祝宴の招待客だ。王都とジェノスの間に確かな絆を結ぶためにも、どうか了承してもらいたい」
ジェノスの領主にここまではっきりと頼まれては、さすがのヴァルカスも固辞することはかなわないのだろう。ヴァルカスはこっそりと息をついてから、うやうやしく一礼した。
「承りました。日取りが決定しましたら、ご連絡をお願いいたします」
「うむ。ルウ家にも同じ仕事を頼むつもりでいるからね。今度は魚料理とギバ料理で我々を楽しませてくれれば、ありがたい」
マルスタインは優雅に微笑みながら、俺たちの姿を見回してきた。
「それでは、料理人の皆には下がっていただこう。褒賞の銀貨は後で届けさせるので、自分たちの食事を済ませるがいい」
「失礼いたします」と一礼して、俺たちは食堂から退室した。
小姓の案内で回廊を進みつつ、俺は小声でヴァルカスに呼びかける。
「ヴァルカスは、宴料理の仕事を疎んでいたのですね。でも、また同じ日に厨を預かることのできるレイナ=ルウたちを、羨ましく思います」
「そうですね。わたしもアスタ殿にまた自分の料理を口にしていただけることを励みにしたいと思います」
そのように述べてから、ヴァルカスはぼんやりと俺を見返してきた。
「ともあれ、このたびの王都の方々は、非常に友好的であられるようですね。これならば、アスタ殿らが城下町への出入りを禁じられることもなさそうで、安心いたしました」
「はい。この調子で、王都の方々と確かな絆を結ばせていただきたく思っています」
「是非とも、お願いいたします。いざとなれば、わたし自身が宿場町や森辺の集落におもむくしかないのだろうと考えていたのですが……それでは鼻や咽喉が痛んだ状態で料理を食さねばなりませんので、やはり今後も、アスタ殿たちに城下町までおもむいていただきたく思っているのです」
俺は、思わずきょとんとしてしまった。
「ヴァルカスは、そのようなことまで考えておられたのですか?」
「当然です。アスタ殿の料理を口にする機会を失うわけにはいきませんので」
今度は微笑をたたえることもなく、ヴァルカスは無表情に語っていた。
しかし、その言葉のありがたさに変わるところはない。俺は精一杯の気持ちを込めて、ヴァルカスに笑いかけることにした。
「ありがとうございます。どうぞ今後とも、末永くよろしくお願いいたします」
「そのやりとりは、さきほども交わしたような気がするのですが……こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そんな風に述べてから、ヴァルカスがふいに歩調を速めた。
「では、さきほどの部屋に急ぎましょう。今度はギバ料理を味わわせていただけるのですよね?」
「はい。急がなくとも、みんなが先に食事を始めたりはしないはずですよ?」
「他の方々は関係ありません。わたし自身が、一刻も早くギバ料理を口にしたいのです」
ヴァルカスは、案内の小姓を追い抜かんばかりの勢いであった。
その背中を眺めながら、アイ=ファは嘆息をこぼしている。
「さきほどはいくぶん人間がましく見えたのに、また元に戻ってしまったな。あやつの頭には、料理のことしかないのか?」
「あはは。それは俺も、同じようなものだけどな」
俺がそのように答えると、アイ=ファがちょっと普段にはない目つきで俺を見つめてきた。
「……ほう、お前は料理のことしか頭にないのか?」
それは何だか、子供が親に甘えるような眼差しであった。
不意打ちをくらった俺は、鼓動が速くなるのを感じながら、「いや」と答えてみせる。
「料理のことは、半分ぐらいかな。もう半分は、ご想像におまかせするよ」
「そうか」と言って、アイ=ファは微笑んだ。
やっぱりアイ=ファは、いささか情緒不安定なのかもしれない。
しかし、そんなアイ=ファの言動は、いっそうの愛おしさをかきたててやまなかった。
(大丈夫だ。フェルメスがどんな本性を隠し持っていたとしても、これまで通りに乗り越えてみせよう)
そんな思いを込めながら、俺はアイ=ファに笑いかけてみせた。