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異世界料理道  作者: EDA
第三章 ルティムの祝宴
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④中天~戦闘開始~

2014.9/16 更新分 2/2

 そして、戦闘は開始された。

 いよいよ中天を過ぎたのである。


「それじゃあ、段取り通りに。ティト・ミン=ルウの班は肉の切り分け、レイナ=ルウの班はアリアのみじん切り、ミーア・レイ=ルウの班はポイタンの焼きをお願いします」


 ルウの本家に、11名もの女衆が集結していた。

 このルウの集落に存在する女衆の、およそ半数である。

 その11名を3班に分け、それぞれの仕事に取り組んでもらう。


 ティト・ミン婆さんとヴィナ=ルウを含む5名は、ステーキとハンバーグ用の肉の切り分け。

 レイナ=ルウとリミ=ルウを含む4名は、ハンバーグ用のアリアのみじん切り。

 ミーア・レイ=ルウとララ=ルウは、屋外のかまどでひたすらポイタンを焼きまくる。


 サティ・レイ=ルウは、同じように幼子を抱えた分家におもむいて、そちらで交代で子どもの面倒を見つつ、やはりポイタンを焼いているはずだ。


 何せ、100名分である。

 なおかつ、男衆は女衆の倍ほども食べる者が多い。


 だから単純計算で、150人分の肉とポイタンを焼くことにした。

 シチューでもそこそこの量は消費しているのだが、肉などはどう分配されるかわからないし、ポイタンなどはひとり頭半個分も使用していない。

 そして、このように大きな宴では食べきれないほどの食事が供されるのが通例だと聞かされていたので、この際はもうシチューで使った分は度外視することに決めた。


 普段は清貧をつらぬいているであろう森辺の民にとっても、やはり宴は特別なのだ。

 数年に1度のお祭り騒ぎなのだろう。

 ならばこちらも、焼きまくるだけである。


 と、いうことで。150名分なのだから。

 肉はひとり頭500グラムとして、75キロ分。

 ポイタンはひとり頭2個として、300個。


 それだけの量を、焼きまくることに決定した。


 さらに、本家に次いで規模の大きい2戸の分家においては、ささやかなる新メニュー『野菜炒め』を担当してもらっている。


 こちらもシチューを度外視するならば、ひとり頭3個で、なんと450個ものアリアを消費せねばならないのだ。


 煮たり炒めたりすればずいぶん縮まるアリアではあるが、やはり単体では箸が進まなかろう。


 ということで、炒めものに合いそうな、キャベツに似たティノと、ピーマンに似たプラもそれぞれふんだんに使用して野菜炒めを作成し、ステーキやハンバーグに添えることにしたのだ。


 しかし野菜炒めでもひとりにアリア3個は多いだろうし、汁物がシチューだけでは心もとなかったので、同じ3種の野菜とギバ肉を煮たスープも提供することにした。アリアの1個強ぐらいはそちらで使わせていただくことにする。


 もちろんそのスープでもギバ肉は使われるので、肉料理とシチューとあわせれば120キロ以上の肉を使っているはずである。

 100人で割ったら、ひとり頭1・2キロの見当になる。

 これなら十分――と思いたいところだ。



 何にせよ、これで、メニューはすべてである。


・ギバ肉のステーキ(モモ・ロース・リブ)

・ギバ肉のハンバーグ

・各種の野菜をふんだんに使った、タラパとギバ肉のシチュー

・ギーゴを混ぜた焼きポイタン

・3種の野菜炒め

・3種の野菜とギバ肉のスープ


 ガズラン・ルティムとアマ=ミンに婚儀の宴のかまどを任された俺の、これが最終的な結論なのだった。


 いくら何でも濃厚に過ぎるので、肉と野菜を茹でて冷水にさらしたりしたのも加えようかな、とかも考えたりはしたのだが。何となく狩猟の一族の宴にはそぐわない気がしたし。ルティム家の面々に相談したところ、「冷たいものよりは熱いもののほうが好ましい」というご意見もいただけたので、これでよしとした。


 あと余談だが、あばら肉は骨を外して提供しましょうかねと相談したのだが、ダン=ルティムに「断じてならぬ!」と全否定されてしまった。


「骨からかじりとるのが、美味いのではないか!」と。


 ああ……左様でございますか。

 あの夜のあなたみたいに騒ぐ人がいたら大変だあとか思ったのだが。いらぬ心配であったらしい。


「余ったら、全部俺が食う!」とまで仰っしゃっておられた。

 いや、100人前でございますよ?


 だけどこの5日間で、ルウ家の集落に関しては、すでにギバの胴体が捨てるに惜しい肉だという認識は根付き始めている。

 調理の研究や練習に参加した分家の女衆が喜び勇んで余剰分の肉を持ち帰り、それを家で家族にふるまい、男衆の既成概念を打ち砕くことに成功したのだ。


 もちろん革新派の代表であるガズラン=ルティムもみずから捕らえたギバでもって同じ行為に励んでいるであろうから、そちらのほうも心配はない。


 そして、アイ=ファには「ムントの餌」という概念が伝わっていなかったことから、それはルウやルティムのように力を持った氏族特有の意識であったことが察せられる。


 7つの氏族で100余名、ということであったが、ルウやルティムに負けない規模を持った氏族はレイぐらいであり、かなり落ちてミンとマアム、さらに小さなリリンとムファ、という構成になっており。ミン以下の氏族にはさして問題はないであろう、とのことであった。


「レイ家の連中が食わないなら、俺が食う!」とのこと。

 わかった。1本では物足りないのですね?


 そんなわけで、スペアリブは140本ほどご用意する段と相成った。

 依頼主の父君に対しての、せめてもの心尽くしである。


 まあ、そんなわけで――中天を過ぎれば、ルウの集落はもう戦場と成り果てていたのだった。



             ◇



「アスタ! アリアのみじんぎり、終わったよー!」


「おお、早かったな! そしたら今度は、ミンチを頼む!」


「みんちー! りょうかーい!」


 母や姉に負けぬ包丁さばきで、リミ=ルウが肉を挽いていく。


 今回、ハンバーグは200グラムのサイズと定めた。

 ステーキとともに食べるならそれぐらいでも十分な大きさだし、それにこれは、男衆には忌避される恐れがある。今のところサンプルはルウの本家のみだが、その時点で4名中2名に駄目を出されているのだから、半数の男衆に忌避される覚悟が必要だ。


 それで俺は、新しい食べ方を考案した。

 もしも柔らかいギバの焼き肉がお気に召さない方は、スープに浸して挽き肉に還元していただきたい、と提案するつもりでいる。


 これも研究の成果である。

 研究2日目、アイ=ファとの約束を果たすために晩餐にハンバーグを提供する決意を固めた俺であるが、男衆と女衆で献立をわけるのは、やっぱり気が進まなかったのだ。


 研究は研究。晩餐は晩餐。晩餐において、やっぱり家族は同一の食事をとるべきだと思う。


 そこで考案したのが、スープ・ハンバーグだ。

 スープにハンバーグを投じるかは自由。投じるならば、スープの中でハンバーグを崩し、ご賞味くださいと説明した。


 固い肉を好むと言っても、それは肉単体として食すときのみである。

 ギバ鍋においては、強火でガンガンに焚いてクタクタになった肉を食べていた彼らであるのだ。


 もちろん晩餐で出す前に試食してみたが、問題なく美味かった。

 ハンバーグの肉汁がスープに溶けだして、最初から挽き肉を入れて煮込むのとはまた別の味わいがあった。


 まあ、本来のスープ・ハンバーグならば、野菜と一緒にハンバーグも煮込むのが本当なのだろうが。俺としては、肉を米に見立てたお茶漬け感覚の食べ方を提示したつもりである。


 ドンダ=ルウとジザ=ルウのご感想は、「鍋は鍋だ」「違和感はない」とのこと。


 非常に心情は読み取りにくいが、「毒」とは言われなかったので、よしとする。


 そして、この食べ方を実践するために、果実酒ソースはからめるのではなく、後掛けのスタイルをとることになった。

 宴においても、それは同様である。

 こうして俺の献立は、ルウ家の晩餐を通して、じょじょに完成されていったのだった。



 さて、話を戻そう。

 ファの家においてはアリアのみじん切りを多めに混入させていた俺であるが、ルウの集落においては鉄鍋が複数あるので、アリアの使い道には困らない。ので、その分量は200グラムのハンバーグにつき4分の1個に抑えることにした。『つるみ屋』における比率は元々それぐらいであったのだ。


 で、200グラムのハンバーグを100名分、焼きあげの失敗に備えてこちらも20個ほど多く作る予定であるから、アリアのみじん切りは30個分だ。


「こいつはさっさと炒めちまおう。アイ=ファ。かまどにひとつ火を入れておいてくれ」


 アイ=ファはうなずき、手近なかまどにラナの葉で火をいれ始めた。


 影の薄いアイ=ファであるが、実のところは、縁の下をしっかりと支えてくれている。


 俺に手ほどきを受けたルウの女衆ほど巧みには調理刀を扱えないアイ=ファであるので、その役割は、こうした雑用や物資の運搬であったのだ。


 100名分の食材であるから、肉も野菜も相当にかさばる。

 75キロもの肉塊を一度に持ちこんだら刀を奮うスペースがなくなってしまうので、小分けにして食糧庫から運び、切り終わったら食糧庫に戻し、また切る分を運びだし――と、そういった地味でしんどい役割を、アイ=ファが担ってくれたのだ。


「ありがとうな。おかげですっげー助かってるよ」


 俺がこっそり耳打ちすると、アイ=ファはちょっと首を傾げてから、同じように口を耳に寄せてきた。


「ルティムの宴でふるまわれる料理ならば、それはやはり眷族の手で作られるべきだと思う。私にはこういう役割こそが相応しいだろう」


 俺もちょっと首をひねって、もう一度耳打ちすることにする。

「それはそうかもしれないけど、俺だって眷族ではないぞ?」


 アイ=ファももう一度首を傾げて、さらに口を寄せてくる。

「お前は代価を受け取って仕事を為しているだけだろうが? 私の立場と混同するな」


 そんなことを繰り返していたら、熱心に肉を叩いていたリミ=ルウに「何をこしょこしょお話してるの?」と突っ込まれてしまった。


「いや、秘密の作戦会議」


「えー! ずるいっ! リミもかいぎするっ!」


「嘘だよ世間話だよ。みんなの邪魔にならないように小声で話していただけさ」


 と、笑い返そうとしたら――その隣りで、じいっと俺を見つめていたレイナ=ルウと目が合ってしまった。


 あれ……

 本格的に、レイナ=ルウがおかしいようだ。


 アイ=ファとちょっと内緒話をしていたぐらいで、こんなに切なそうな目で見つめられる理由は、ない。


 温まった鉄鍋に脂をまわし、アリアのみじん切りを投入しながら、俺はちょっとだけ暗鬱な気持ちになってしまう。


 レイナ=ルウは、とても出来た娘さんだ。

 裏表がないし、無邪気だし、善良だし、物覚えもいい。

 なおかつ、容姿にもすぐれている。


 こんなに魅力的で、よく出来た娘さんに好意以上の感情を持たれてしまうのは――はっきり言って、ヴィナ=ルウによる色仕掛けよりもつらいところである。


 俺にはこの世界で恋人探しをする気はないし。

 もしも、そんな風に考えているにも関わらず、誰かに心を奪われてしまう結果になったとしても――その相手は、レイナ=ルウでもヴィナ=ルウでもないのだ。絶対に。


「……果実酒は入れないのか?」というアイ=ファの声で我に返った。


「うわ、そうだった! アイ=ファ、悪いけど――」と、その鼻先に果実酒の瓶を突きつけられる。


「お前が料理で失敗しそうになる姿を、初めて見た」


 すでにキツネ色になりかけているアリアに慌てて果実酒を振りそそぐ俺の耳に、アイ=ファのそんな声が忍びこんでくる。


 その声は、いつになく楽しそうな響きをおびているように感じられてしまった。


 こいつどんな顔をしてそんな声を出してやがるんだ!と俺はその表情を確認しようとしたのだが、「アイ=ファ、追加のポイタンをお願ーい!」と叫ぶララ=ルウに呼ばれて、アイ=ファは俺の視界からいなくなってしまった。


(くっそー! かっこ悪い!)と、俺は炒め終わったアリアを手製の平さじで木皿に移していく。


 そうして、ふっと面をあげると――

 レイナ=ルウは、丁寧に肉を叩きながら、まだ俺の顔を切なそうに見つめやっていたのだった。

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