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異世界料理道  作者: EDA
第四十章 運命の使者
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外交官フェルメス②~邂逅~

2018.12/11 更新分 1/1

 そうして、翌日である。

 俺たちはカミュア=ヨシュが予告していた通り、城下町に招集されることになった。


 刻限は、上りの四の刻。狩人の仕事を慮って、午前中の時間を設定してくれたのだろう。家の遠いザザやサウティでは中天きっかりに戻ることは難しかろうが、そこで文句の声をあげることはできなかった。


 なおかつ、屋台の商売のほうもしっかり営業日であったので、それはまたまたユン=スドラに取り仕切り役をお願いするしかなかった。あと1日だけ後ろにずれ込んでいれば休業日であったのだが、それを嘆いても詮無きことである。


「屋台のほうは、どうぞおまかせください。アスタたちは、くれぐれもお気をつけて」


「ありがとう。他のみなさんも、どうぞよろしくお願いします」


 下ごしらえの仕事のさなかにあるユン=スドラたちに別れを告げて、俺はいったん母屋に戻る。そちらでは、負傷したティアの面倒を、サリス・ラン=フォウが見てくれていた。


「それじゃあ、そろそろ出発します。ティアも、無理はしないようにね」


「うむ。アスタの身に災厄が近づかぬことを祈っている」


 大きな手傷を負ってから10日が経過し、ティアはすっかり元気になっていた。

 とはいえ、あれほどの傷がそれだけの期間で完全にふさがるはずもなく、いまも腹ばいで横たわったままである。ただ、自分の足で歩けるようにはなったし、食欲も完全に戻っている。それでも荷車の振動は傷に響くので、最近ではファの家で俺の帰りを待つようになっていたのだ。


 その面倒を見てくれているのが、サリス・ラン=フォウなのである。サリス・ラン=フォウは毎日アイム=フォウを引き連れてファの家までやってきて、毛皮をなめしたり草籠を編んだりしながら、ティアの面倒を見てくれているのだった。


「アイ=ファは外で、荷車の準備をしているはずです。アスタもどうぞお気をつけてください」


「はい。それでは、行ってきます」


 ブレイブとジルベとドゥルムアにも別れを告げて、俺はアイ=ファの準備してくれた荷車に乗り込んだ。同じ荷車に同乗するのは、見届け役たるバードゥ=フォウおよびベイムの家長、そしてお供の男衆たちである。


 そうしてルウの家で待ち受けていたのは、ドンダ=ルウとガズラン=ルティム、そしてお供のルド=ルウおよびダン=ルティムだ。本日招集されたのは三族長と俺のみで、マイムやジーダやシュミラルたちにはお声がかからなかったのだった。


 が、それとは異なる人々が、俺に大きな驚きと喜びを与えてくれた。何故かその場には、アマ・ミン=ルティムとモルン=ルティム、さらに赤子のゼディアス=ルティムまでもが顔をそろえていたのである。ツヴァイ=ルティムとオウラ=ルティムはかまど小屋で下ごしらえの仕事に励んでいるのであろうから、ラー=ルティムを除いたルティム本家の家人が勢ぞろいといった様相であった。


「出立前の慌ただしい時間に、申し訳ありません。実はこれから、ドムの集落に向かうことになったのです」


 そのように説明してくれたのは、モルン=ルティムであった。

 すでにゼディアス=ルティムの生誕から、ひと月と10日ぐらいが経っている。だいたいひと月を目安にして、ルティムとドムでは家人を貸し合う行いを実施するものと定められていたのであるが、《颶風党》の起こした騒乱のドタバタで遅延を余儀なくされていたのだ。


 よく見れば、モルン=ルティムたちの背後には、ルティムの分家の家人たちも立ち並んでいた。若い男女が2名ずつで、俺も祝宴などで見知った顔である。モルン=ルティムは別枠でドムの集落に逗留するので、この4名が家人の交換の正式メンバーであるのだろう。


「ドムの集落に出立する前に、アスタにはご挨拶をさせていただこうと思ったのです」


「わたしとゼディアスは、それを見送るという名目でやってきました。本当のところは、アスタとアイ=ファにゼディアスの姿を見ていただきたかったのです」


 アマ・ミン=ルティムがやわらかく微笑みながら、その手の赤子を掲げてくる。まるまると大きな姿をしたゼディアス=ルティムは、周囲の賑やかさも気にせぬ様子ですぴすぴと寝息をたてていた。


「うむ。きわめて健やかに育っているようだな」


 アイ=ファが目を細めてつぶやくと、アマ・ミン=ルティムは「はい」とうなずいた。


「わたしはずっと一緒に過ごしているのでわかりにくいのですが、それでも日増しに重くなっていくのを感じます。髪もますます豊かに生えそろったでしょう?」


「これほど立派な体躯をした赤子は、そうそうおるまい! こやつはやはり、俺やガズランよりも立派な狩人になるに違いないぞ!」


 ダン=ルティムの高笑いにも、目を覚ます様子はない。

 ほっぺたなどはぷくぷくに膨れあがっており、本当に肉づきの豊かなゼディアス=ルティムであった。


「ああ、たまらなく可愛い寝顔ですね。……それにしても、どんどんダン=ルティムに似ていくように思えるのは、俺の気のせいでしょうか?」


「きっと気のせいではありません。ただ、ダンが赤子に似た風貌であるという面もあるのかもしれませんけれど」


 悪戯っぽく微笑みながら、アマ・ミン=ルティムはそのように述べていた。

 確かにダン=ルティムは、大きな赤ちゃんと言いたくなるような風情を有した存在なのである。軽口のネタにされたダン=ルティムは、心底から愉快そうにガハハと笑い声をあげていた。


「ゼディアスや他の幼子たちが、森辺の民としてが健やかに生きていけるように、王都の人々と確かな絆を結ばなくてはなりませんね」


 アマ・ミン=ルティムに寄り添ったガズラン=ルティムは、静かな声でそのように述べた。

 ちょっと離れた場所からこれらのやりとりを見守っていたドンダ=ルウが、「ふん」と鼻を鳴らす。


「それでは、そろそろ出発だな。ドムの集落に向かうルティムの者たちも、確かな絆を結べるように励むがいい」


「はい。ありがとうございます、ドンダ=ルウ」


 モルン=ルティムが一同を代表して頭を下げてから、荷車に乗り込んでいく。アマ・ミン=ルティムとゼディアス=ルティムは、このままルウの集落でガズラン=ルティムたちの帰りを待つようだった。


 ルティム家の荷車は北に、俺たちの荷車は南に向かう。

 森の端の小道を通過して、宿場町に到着すると、アイ=ファとルド=ルウは御者台を降りて、街道を闊歩する。すると、たちまち周囲の人々が声をかけてきた。


「話は聞いたよ。また王都の連中に呼びつけられたんだってね」


「気をつけろよ。おかしな罠にはめられないようにな」


 政治の透明性を重んずるマルスタインによって、この日の会談についても宿場町でお触れが回されたのだろう。アイ=ファは厳しい面持ちで、ルド=ルウはのんびりとした面持ちで、それぞれ人々の声に応えていた。


 無人の青空食堂を横目に宿場町の区域を出たら、再び御者台に乗って、ギルルとルウルウを軽快に走らせる。そうして城門の前に到着すると、ダリ=サウティやグラフ=ザザたちはすでに到着しており、出迎えの武官たちとともに待ち受けていた。


「これで全員ですな。では、こちらの車にどうぞ」


 武官の案内で、箱型のトトス車に導かれる。ギルルたち4頭の森辺のトトスは、いつも通り城門の裏のトトス小屋に預けられることになった。


「あ、今日はルウ家の荷車をルウルウが引っ張ってきたから、最初に森辺にやってきた4頭が勢ぞろいしたことになるんだな」


 トトス車の座席で俺がそのように述べたてると、アイ=ファがうろんげに見返してきた。


「確かにその通りなのだろうが、それがいったい何だというのだ?」


「いや、その4頭はもともとカミュアに集められたトトスだろう? 言ってみれば旧友なんだから、色々と話も弾みそうだなと思ってさ」


「……トトスに口をきくことはできまい」


「それは俺たちが、トトスの言葉を理解できないだけかもしれないじゃないか。あのクエーックエーッって鳴き声で、会話ができるのかもしれないぞ」


 アイ=ファはほころんだ口もとを手で隠しながら、俺のことを優しげに見つめた。


「おかしな声をあげるな、馬鹿者め。……どうやら、お前も心を乱してはいないようだな」


「ああ。気は引き締めているけど、必要以上に気負ってはいないつもりだよ」


 すると、同じ車に乗り込んでいたダン=ルティムが、にゅっと首をのばしてきた。


「確かにアスタは、以前よりも精悍な面がまえになったような気がするな。ガズランの言っておった通りだ」


「え? ガズラン=ルティムが、何ですか?」


「アスタはあの大罪人どもに襲われたことで、ひとかたならぬ成長を遂げたようだ、と言っておったのだ」


 俺は驚いて、ガズラン=ルティムのほうを振り返った。

 しかしガズラン=ルティムは、小声でドンダ=ルウと語らっており、こちらの会話には気づいていない様子であった。


(自分が成長したなんていう自覚はないけれど……そういえば、山の民の連中は、俺を連れていくのは危険だ、とか言ってたっけ)


 しかし、俺がいきなり未知なる力を覚醒させて、悪党どもをバッタバッタと倒していく姿など、想像しただけで笑ってしまう。何が危険かといえば、俺をさらうことで森辺の民を激怒させることになる、というぐらいであろう。


(それで俺が魂を返す羽目にでもなっていたら、あいつらは森辺の民の恨みを一身に担うことになるわけだもんな。あいつが星読みの技でもたしなんでいたんなら、そういう恐ろしい運命を感じ取ったんじゃなかろうか)


 何にせよ、そのような運命が到来しなかったことに、俺は心から安堵していた。

 俺が魂を返してしまったら、アイ=ファはどれだけの苦しみを背負うことになるか。そんなのは、ちょっと想像しただけで、心が鉛のように重くなってしまう。それはすなわち、俺のほうがアイ=ファを失うことを想像するのと同じようなものなのである。


(俺だったら、そんな運命にはとうてい耐えられそうにない。何度だって、森と西方神に感謝しなくっちゃな。……もちろん、俺の窮地を救ってくれたたくさんの人たちにも)


 そんな風に考えながら、俺はぼんやりとアイ=ファの顔を見つめ続けた。

 すると、いくぶん頬を赤くしたアイ=ファがずいっと顔を近づけてくる。


「……そのような目で、私を見るな」


「そのような目って、どんな目だろう?」


 アイ=ファは無言のまま、俺の脇腹に肘の先をめりこませた。

 トトス車が動きを止めたのは、その脇腹の痛みがひいた頃合いである。


 つい先日もデルスとともに訪れることになった、会議堂だ。

 武官の先導で、森辺の一団は建物の内部に案内される。そうして導かれた扉の前には、王都の武官と思しき人間が2名、立ちはだかっていた。


「こちらで、刀をお預かりいたします。……そして、ファの家長アイ=ファなる御仁が同席を求められている、というお話でしたな?」


 武官の言葉に、アイ=ファが「うむ」とうなずき返す。このたびは、ジーダやマイムたちと同様に、アイ=ファも招集のメンバーには含まれていなかったのである。

 王都の武官は感情の読めない眼差しでアイ=ファを見返しつつ、言った。


「このたびの会談は、三族長およびファの家のアスタと言葉を交わすために取り決められたものとなります。それ以外の人間の同席は遠慮してもらいたいというのが、外交官フェルメス様のお言葉であります」


 アイ=ファは、すっと目を半眼にした。

 しかし、その口が開かれるより早く、バードゥ=フォウが発言する。


「では、見届け役たる俺たちの同席も許されないのだろうか?」


「はい。入室を許されているのは、三族長とファの家のアスタのみとなります」


 俺は何となく、いきなり左ジャブで牽制されたような心地であった。

 見届け役の3名には、ガズラン=ルティムも含まれているのである。ガズラン=ルティムの同席を許さないというのは、俺たちにとってけっこうな痛手であるはずだった。


「……それが貴族からの命令であるならば、俺たちも従う他なかろうな」


 と、ダリ=サウティがそのように声をあげた。


「アイ=ファや見届け役たる3名の同席を許してもらえないかどうか、俺たちが自ら王都の貴族たちに問うてみることにしよう。とりあえず、アイ=ファたちはこの場で待っているがいい」


 アイ=ファは心の底から不満げな様子で、「了承した」と答えていた。

 そして、素早く俺の耳もとに口を寄せてくる。


「気をつけるのだぞ、アスタよ」


「うん。アイ=ファたちもな」


 三族長が刀を渡して、開かれた扉の内に足を踏み入れる。俺は最後にアイ=ファともう一度視線を交わし合ってから、それに続いた。

 室の真ん中に大きな卓の置かれた、こざっぱりとした部屋だ。

 こちらの面には、きっかり4名分の椅子が並べられている。が、俺たちがそれに腰を下ろすより早く、横合いの壁際に控えていた小姓が声をあげた。


「貴き方々が入室されます。そのままお待ちください」


 言うと同時に、小姓がかたわらの扉を引き開けた。

 まずはぴょこんとポルアースの姿が現れて、俺たちに微笑みかけてきた。

 その後に続くのは、ひさかたぶりのメルフリードで、そしてマルスタインも登場する。貴族の側も、本日は少数精鋭であった。


 そうしていよいよ、王都の貴族たちである。

 最初に現れたのは、いかにも頑固そうな面立ちをした、壮年の男性であった。

 背は低めで、なかなかがっしりとした体格をしており、印象としてはポルアースの父君に似た風貌かもしれない。いかにも上等そうな絹の長衣を纏っていたが、飾り気のない質実な装いであった。


 その次に現れた人物の姿を見て――俺は、小さく息を呑むことになった。

 その人物は、実に美麗なる容姿をしていたのである。


(いや、だけど……たぶんこれは、男だよな?)


 そんなことすら判然としないぐらい、その人物はたおやかな姿をしていた。

 やはり身長は低めであり、なおかつほっそりとした体格をしている。髪の色は綺麗な亜麻色で、それを腰までのばしているのも、女性めいて見える大きな要因であった。


 南の民のように色が白く、その指先などは白魚のようだ。いくぶん切れあがった目には不可思議な色合いをした瞳が瞬いており、精緻な彫刻のように顔立ちは整っている。城下町の貴婦人でも、ここまで秀麗な容姿をした人間はなかなかいないように思われてならなかった。


 その身に纏っているのは淡い灰色の長衣で、帯や飾りの刺繍などは、すべてモノトーンで統一されている。飾り物のひとつもつけていないのに、その姿は人の目をひきつけてやまなかった。


 そうして最後に武官の装束を纏った若い男性と、見覚えのある書記官と思しき人物が現れて、扉は閉められる。

 貴族たちは入室した順番で横並びに座していき、武官の青年だけは美麗なる貴族のかたわらで直立した。書記官は、彼のために準備された小さな卓に陣取って、さっそく帳面を広げている。


「ひさかたぶりだね、森辺の三族長にファの家のアスタ。では、其方たちも掛けてくれたまえ」


 マルスタインの言葉に従って、俺たちも着席した。

 俺のほぼ正面に近い位置には、美麗なる貴族が座している。その人物は、不可思議な色合いをした瞳で、静かに俺たちの姿を見回していた。


(光の具合で、色合いが変わって見えるのか。茶色っぽいような緑色っぽいような……これがいわゆる、ヘーゼルアイってやつなのかな)


 俺がそのようなことを考えている間に、マルスタインが自ら王都の貴族たちを紹介してくれた。


「そちらの端に座っておられるのが、外交官のフェルメス殿。その隣が、補佐官のオーグ殿。フェルメス殿のかたわらにあるのは、武官のジェムド殿。……ジェムド殿に公式の役職はないという話であったな?」


「ええ。ジェムドは僕の従者にすぎませんので、どうぞお気になさらずに」


 俺は再び息を呑むことになった。

 美麗なる貴族、外交官のフェルメスは、その声までもが美しく、とても耳に心地よかったのだ。ハスキーで、いくぶん咽喉に絡んだような――ゆったりとしたチェロの響きのごとき声音であった。


(それに、オーグってお人のほうが補佐官なのか。フェルメスのほうが、ずいぶん若く見えるのにな)


 とはいえ、フェルメスがいったい何歳であるのか、俺には見当がつけられなかった。さすがに20歳は過ぎているのであろうが、ともすれば10代の少女にも見えかねない風貌であるのだ。


「……そのジェムドなる者は、ずいぶんな手練であるようだな」


 と、こちらの側からはグラフ=ザザが発言した。

 ギバの毛皮を頭からかぶったその姿を怖がるでもなく、フェルメスはふわりと口もとをほころばせる。


「勇猛で知られる森辺の狩人に、そのような言葉をいただけるとは、光栄の限りなのでしょうね。ジェムドの主人として、僕も誇らしく思います」


 微笑むと、フェルメスはいっそう魅力的な顔になった。

 だけどやっぱり、これは男性であるらしい。ディアルを可愛らしい男の子と見間違えた俺であるので、それを確信するのにここまで時間がかかってしまった。


(たぶん、身につけているのも、普通に男性用の装束なんだろうしな。胸だって、ぺったんこだし……だけど、これで女装でもされてたら、絶対に見分けなんてつかなそうだ)


 気がつくと、俺はフェルメスばかり注視してしまっている。

 その視線を引き剥がして、俺はグラフ=ザザに手練と称されたジェムドなる人物を再確認することにした。


 こちらもなかなか、凛々しい面立ちをした青年である。年の頃は20代の半ばで、黒い髪は長くも短くもない。茶色の瞳には静かだが力のある光が灯っており、ダルム=ルウのようにすらりとした体躯を武官の装束に包んでいる。

 西の民としては非常に彫りの深い顔立ちをしており、どのような身分にあるのかはよくわからないものの、貴公子という言葉がぴったりくる風貌であった。


「こちらは森辺の三族長で、右からドンダ=ルウ、グラフ=ザザ、ダリ=サウティ。そして末席が、ファの家のアスタだ」


「ええ。ようやくお会いできて嬉しく思っています、森辺の方々」


 フェルメスが、また少女のような顔でにこりと微笑む。

 ダリ=サウティは居心地悪そうに頭をかきながら、例の件を口にした。


「そのように言ってもらえて、ありがたく思う。……ところで、会談を始める前に確認しておきたいのだが、見届け役の3名とファの家長アイ=ファを同席させることは、どうしても許されないのだろうか?」


「なるべく少ない人数のほうが、より密に言葉を交わせるかと思い、そのように取り計らいました。何か問題でもあるのでしょうか?」


 亜麻色の長い髪を揺らしながら、フェルメスが小首を傾げる。そういった仕草も、何やら少女めいていた。


「僕は王都の外交官として、森辺の民と確かな絆を深めなければならないと考えています。そのために、まずは族長たるあなたがたと、特異な存在たるファの家のアスタと多くの言葉を交わしたい、と願ったのですが……」


「いや、そのように言ってもらえるのは、ありがたい限りなのだが――」


「それに、見届け役やファの家の家長を同席させる必要がいずこにあるのでしょう?」


 妙なるチェロの旋律のごとき声音で、フェルメスがダリ=サウティの言葉をやわらかくさえぎった。


「森辺の民は、強い絆で結ばれた一族であると聞いています。そうであれば、三族長やアスタの行いをいちいち見届ける必要などあるのでしょうか? 自分の目で見届けなければ、同胞の行いを信ずることも難しい、ということなのでしょうか?」


「いや、そういうわけではないのだが――」


「それに、こういった会談で8名もの人間が顔をそろえるというのは、いかにも大がかりです。本来であれば、森辺の族長の代表のひとりとファの家のアスタだけでも、用事は足りることでしょう。この後に狩人としての大事な仕事を控えているというのなら、なおさら人数は最小に留めるべきなのではないでしょうか?」


 ダリ=サウティは頭をかくのをやめて、真っ直ぐにフェルメスを見返した。


「我々の間でも、そういった話があがったことはある。しかし、その上で現在のやり方が選ばれたのだということを、まず知っておいてもらいたい」


「はい。あなたがたは、普段の会合でも三族長と3名の見届け人が参席されているそうですね。そこに明確な理由があるのでしたら、是非ともお聞かせ願いたく思います」


「あなたがさきほど言った通り、我々はギバ狩りの仕事というものを抱えているし、女衆とて暇な身ではない。よって、なるべく時間を無駄にはしたくないと考えている。毎回6名もの人間が参席しているのは、けっきょくそのほうが時間を無駄にせずに済む、と考えたからであるのだ」


 フェルメスは「なるほど」と微笑んだ。


「族長のひとりだけが参席すると、その家を起点として他の氏族に話を伝えるのに、ずいぶんな時間がかかってしまう、ということですね。特に、ザザの家は北の端、サウティの家は南の端に家をかまえているために、その影響もひとしおということですか」


「その通りだ」と答えつつ、ダリ=サウティはいくぶん鼻白んだ様子であった。昨日ジェノスに到着したばかりのフェルメスがザザやサウティの家の位置まで把握していることに、驚かされたのだろう。それは、俺も同じ気持ちであった。


「ですが、見届け役のひとり、ガズラン=ルティムというのは、ルウの眷族であるのでしょう? 眷族であればきっと家は近いのでしょうから、ことさら同行させる甲斐もないのではないでしょうか?」


「ガズラン=ルティムは非常に思慮深い人間であるので、見届け役に選ばれることになった。日によっては、俺たち三族長よりも貴族と言葉を交わすことが多いほどであるのだ」


「なるほど。その人物は、森辺において宰相のごとき立場であるわけですね」


 ヘーゼルアイをきらめかせながら、フェルメスはにこりと微笑む。


「その人物には、興味を引かれます。……では、ファの家長アイ=ファに関しては、如何なのでしょう? その人物を参席させる理由は、奈辺にあるのでしょうか?」


「ファの家長アイ=ファは……アスタを森辺の家人として招いた責任を強く感じると同時に、アスタの身を強く案じている。以前に訪れた監査官たちとはなかなか不穏な関係を解消することができなかったので、余計に不安をかきたてられてしまうのだろう」


「ああ。ドレッグ殿やタルオン殿は、ずいぶんな不始末を起こしたようですからね」


 フェルメスは、頬にかかった長い前髪を、優美な指先でかきあげた。


「了解しました。本日は、その4名にも同席していただきましょう。ただいま椅子を運ばせますので、少々お待ちください」


 そのように述べてから、フェルメスはふいに俺のほうに目を向けてきた。


「あなたは家長に愛されているのですね、ファの家のアスタ。とても羨ましく思います」


「あ、いえ、ええと……はい、ありがとうございます」


 完全に不意打ちであったので、俺はしどろもどろになってしまった。

 そんな俺の姿を見やりながら、フェルメスはゆったりと微笑んでいる。

 そのときになって、俺はようやくカミュア=ヨシュの述べていたフェルメスの人物評を思い出すことになった。


(一風変わったお人柄……なんて生易しい感じじゃなさそうだぞ、これは)


 ともあれ、そうして俺たちの邂逅は果たされたのだった。

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