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異世界料理道  作者: EDA
第四十章 運命の使者
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外交官フェルメス①~来訪~

2018.12/10 更新分 1/1

・今回の更新は全7話です。

 メルフリードが王都の人々をともなって、ジェノスに帰還した――その報が俺たちにもたらされたのは、灰の月の最終日たる31日のことだった。

 シルエルの率いる《颶風党》が森辺に襲来した日からは9日後、デルスがポルアースらと商売の契約を取りつけた日からは5日後のことである。


 ただし俺たちは、数日前からその話を予告されていた。

 今回はきちんと慣例にのっとって、先触れの使者というものが遣わされてきたのだ。

 ジェノス侯爵マルスタインは、当然のようにその情報を森辺の民と共有してくれた。メルフリードおよび王都の人々は灰の月の31日に到着する予定なので、そのつもりでいてほしいと、カミュア=ヨシュを通じて俺たちに知らせてくれたのである。


「メルフリードは、さきほど無事に到着したよ。今回も、2名の貴き方々が外交官として同行しているそうだ」


 31日の当日にそう述べていたのも、やはりカミュア=ヨシュであった。彼は朝方から城下町にまでおもむいて、メルフリードらが入城する姿を見届けてきたのだそうだ。


 現在は中天を少し過ぎたぐらいの刻限であり、屋台の商売はかきいれどきである。カミュア=ヨシュはお客たちの耳をはばかって屋台の裏側にまで回り込んでおり、俺は仕事の手を進めながら、その言葉を聞いていた。


「とりあえず、今回は宿場町に兵士たちを宿泊させよ、なんていう命令も下されなかったみたいだし、まずは穏便な始まりで何よりだったね」


「そうですね。今度は友好的な方々だとありがたいのですけれど、その辺りはどうなのでしょう?」


 カミュア=ヨシュは「うーん」と悩ましげな声をあげた。


「俺もまだ、その方々とは顔をあわせていないんだよ。ただ、先日にやってきた先触れの使者は、外交官フェルメスの名で届けられたのだよね。たしかその人物は、公爵家の傍流の血筋だったはずだけれど……俺もそこまで、王都の貴族たちに詳しいわけではないからねえ」


「そうですか。カミュアもご存知でないお相手なのですね」


「うん、まあ、名前とちょっとした風聞ぐらいなら、耳にしているけれどね。俺の記憶に間違いがなければ、一風変わったお人柄だという話だよ」


 いったいどのようなお人柄なのかと俺が反問すると、カミュア=ヨシュは軽く声をあげて笑った。


「そこまではわからないけれど、どちらかといえば貴族らしからぬお人柄なのじゃないかな。そのお人柄が平民に対する公正さとして発露されればいいのだけれど、さてさて、どんなもんだろうねえ」


 すると、隣の屋台で働いていたシーラ=ルウが、いくぶん心配げな眼差しを向けてきた。


「それで、明日にはもう族長らやアスタと面談をしようというお話なのですね? さきほどジェノスに着いたばかりで、ずいぶん急なように思えるのですけれど……」


「うん。向こうにしてみれば、まずは森辺の民の一件を片付けたいのだろうね。まあ、いずれは立ち向かわなければならない相手なのだから、早いに越したことはないと思うよ」


 森辺の民としては、西方神の洗礼を受けることで、恭順の意を示したつもりであった。

 南方神から神を乗り換えて、王国の民としては特異に過ぎる生活に身を置いている森辺の民であるが、ジェノスの領民として心正しく生きていきたいと願っている。その心情は、前回の監査官たるドレッグやジェノス側の使者であるメルフリードを通じて、セルヴァの国王に伝えられているはずであるのだ。


 また、森辺の民の君主であるジェノス侯爵マルスタインも、それを全面的に支持してくれている。森辺の民は風変わりな習わしを重んじており、自由開拓民さながらの生活に身を置いているが、決して道理のわからぬ蛮族などではない。トゥラン伯爵家との確執も、現在では綺麗に解消されたのだ――と、そのように弁明してくれているはずだった。


「おそらくは、あとでルウ家に正式な使者が送られることだろう。俺みたいな立場の人間は同席を許されないだろうけど、アスタたちが王都の方々と正しい絆を結べるように祈っているよ」


「はい、ありがとうございます」


「それじゃあ、俺も料理をいただこうかな。レイトのほうも、無事に料理を買えたようだし」


 気づくと、レイトがふたつの木皿を手に、ちょこんと立っていた。カミュア=ヨシュが俺たちと密談している間、レイトはラーメンの屋台に並んでいたのだ。


「まだお話は終わっていなかったのですか? これは冷めると、味が落ちてしまいますよ?」


「ああ、俺もすぐに行くから、席を取っておいておくれ。アスタ、そいつを2名分お願いするよ」


「はい、毎度ありがとうございます」


 俺は本日、日替わり献立の屋台を担当していた。献立は、ギバ肉のミソ漬け焼きだ。

 デルスがジェノスに持ち込んだタウ豆のミソは、つい先日から宿場町でも買えるように段取りを整えられたのである。


 このミソ漬け焼きを売りに出したのは今日が初めてであるが、評判のほうは上々であった。

 以前に作ったミソ焼きとは異なり、具材をミソに1日漬けたのちに焼きあげた料理である。もちろんミソにはミャームーやケルの根、砂糖やホボイ油、それにニャッタの蒸留酒などを添加して、味を調えている。同じように漬けておいたティノやネェノンなども一緒に鉄板で焼きあげれば、もう完成だ。


 他の料理と同じように、これも焼きポイタンを添えて提供しているが、本音を言えばシャスカとともに召し上がっていただきたいひと品であった。しかしシャスカは高額である上に、現在のジェノスでは品薄の状態にある。まもなく大量の新しいシャスカが届くという話であったので、俺はその日を心待ちにしていた。


「はい、お待たせいたしました。2名様分で、お代は赤銅貨3枚です」


 並んでいたお客が途切れるのを待って、俺はかたわらのカミュア=ヨシュに料理を差し出してみせた。

 カミュア=ヨシュは「ありがとう」と、まなじりを下げている。


「ラーズたちのらーめんもいいけれど、俺はこのミソというやつを使った料理が気に入ってしまってね。ああ、なんとも芳しい香りだ」


「あはは。しばらくは色々なミソの料理を日替わりで出しますので、よかったら感想を聞かせてください」


「うん。それじゃあ、また後でね」


 足取りも軽やかに、カミュア=ヨシュは立ち去っていく。そのすっとぼけた立ち居振る舞いに、シーラ=ルウはくすりと笑っていた。


「カミュア=ヨシュというのは、楽しいお人ですね。あれでルウ家の勇者にも負けない力を持っているというのですから、驚いてしまいます」


「ええ、本当に。底の知れない御仁ですよ」


 俺などは、つい先日にもカミュア=ヨシュに救われている。彼が機転をきかせていなければ、ルウ家の狩人たちが《颶風党》のもとに駆けつけることはできなかったのだ。


 あれだけ大きな騒ぎになりながら、魂を返したのはシルエルひとりである。ティアや北の民などは深手を負い、兵士たちも何名かは負傷したという話ではあったものの、それでも死者は出さずに済んだのだ。そうしてシルエルを除く17名の盗賊どもは、いまも城下町の牢獄で厳重に幽閉されているはずであった。


 そんな騒乱から9日が過ぎて、宿場町には完全に平穏な空気が戻っている。

 衛兵の守りは平常のものに戻されたし、行商人の多くは西の方角に出立していった。が、ひっきりなしに行商人が訪れるジェノスであるので、賑やかなことに変わりはない。俺たちの準備した料理は定刻できっちり売り切ることができていたし、ラーズたちなどは相変わらず120食のラーメンを売り切っていた。


 そんなさなかに訪れた、王都の一団である。

 ただし今回は、監査官ではなく外交官という身分で、このジェノスを訪れている。その事実が、俺の心にささやかなる期待と安心感を与えてくれていた。


(ジェノスには、監査官ではなく外交官を置いて、永続的にその動向を見守るべきである……って提案したのは、マルスタインだもんな)


 マルスタインの言葉によると、マヒュドラやゼラド大公国といった敵対国と隣接した領地には、王都から派遣された外交官というものが置かれているのだという。それは敵対国との交渉をするばかりではなく、その領地の人間が敵対国に与さないように監視する役割であるのだそうだ。


 で、ジェノスというのは、ゼラド大公国と建立の経緯が似通っているらしい。王都を放逐された貴族が、辺境区域において想定以上の繁栄を手中にすることになった、という部分が共通しているようだった。

 それゆえに、ジェノスは王都の人々に警戒されている。ジェノスもいつか、ゼラドのように叛旗をひるがえすのではないか――と、そのような懸念を抱かれているようであるのだ。


 しかし、自分たちに後ろ暗いところはない。ジェノスの行く末を危険視するのであれば、監査官を使って粗探しをするのではなく、外交官を使って永続的に動向を見守るべきではないか。それが、マルスタインの主張であるのだった。


(マルスタインの言い分は真っ当だと思うし、森辺の民の意見とも合致してるはずだ。だからあとは……王都の人らと健やかな関係が築けるかどうか、だよな)


 その第一歩目として、森辺の三族長と俺は明日、城下町に招集される。

 俺としては、森辺の民の一員として、平穏なる生活を維持するために、力を尽くさせていただく所存であった。


「やあ、アスタ。今日も繁盛してるね!」


 と、そこに訪れてきたのは、ユーミであった。

 一緒にやってきたルイアも、にこりと微笑んでくれている。宿場町の交流会を経て、彼女もすっかり物怖じしなくなっていた。


「いらっしゃい。今日もミソを使った新しい料理だよ」


「そんなの、匂いでわかるってば! あー、いかにも美味しそうだねー」


 そんな風に述べてから、ユーミはちょっとすねたような顔をした。


「でも、今日も皿を使う料理かあ。ね、こいつをポイタンで巻いた料理とかは、考えてないの?」


「え? そうだねえ。皿を使う料理のほうが、色々と便利な面があるからさ」


 もちろん皿を使えばそれを洗う手間が生じてしまうものの、そちらの仕事の配分もしっかり確立されているので、問題はない。そして、それを上回るメリットが多々存在するのである。


「たとえば『ケル焼き』の場合、一人前の料理につき1枚、ポイタンを丸く焼きあげなきゃいけないだろう? でも、木皿の料理に添えるポイタンは、もっと大きく焼きあげたポイタンを切り分けて出してるから、下ごしらえがかなり楽なんだよね。……あと、木皿のほうが汁気たっぷりで提供できるっていうのも、大きな強みかな」


「うーん、そっかあ。親父にミソの料理を食べさせてやりたいんだけど、皿の料理じゃ持ち帰れないからなー」


「ふーん? どうしてサムスにミソの料理を食べさせたいのかな?」


「そりゃあ、ミソの美味しさを思い知らせるために決まってるじゃん」


 と、ユーミは主張の強い胸の下で腕を組んだ。


「親父のやつ、なかなかミソを買おうとしないんだよ! タウ油と同じ値段なんだから、渋る必要なんてないのにさ。『売れ残ったら大損じゃねえか』とか言って、ほんと尻の穴がちっちゃいよねー」


 俺の隣では、マトゥアの女衆が目をぱちくりとさせていた。森辺の女衆は下品な物言いをたしなまないので、ユーミの何気ない言葉に驚いているのだろう。俺は「あはは」と笑っておくことにした。


「サムスは、慎重なお人柄だもんね。だったら、ユーミが木皿を持参すればいいじゃないか?」


「え? そうしたら、その皿に料理をのせてくれるの?」


「もちろんだよ。復活祭のときに、あの《ギャムレイの一座》ってお人らにそういう売り方をしてたのを見てなかったかな? あとは、城下町から買いに来てくれる人たちなんかも、容器を持参してるしね」


「あー、そっかそっか! すっかり忘れてた! それじゃあ、家から皿を持ってこようかなあ」


「えー、これから取りに戻るの? あたし、おなかが空いちゃったなあ」


 甘えた声で言いながら、ルイアはユーミの腕を引っ張った。ユーミは「なんだよー」と笑いながら、ルイアの首に腕をひっかける。


「女相手に、そんな媚びた声だすんじゃないよ。あんた、けっこうあざといとこあるよねー」


「そんなことないもん」


「そういうのが、あざといってのさ! まあいいや。皿を持ってくるのは、明日に回して――あれ?」


 と、ユーミの視線が横手に移された。その先を追いかけると、旅用のフードつきマントを羽織った二人組の姿が見える。


「あー、やっぱディアルじゃん! けっこうひさしぶりだね!」


「誰か騒いでると思ったら、ユーミかあ。うん、ひさしぶり」


 ディアルはフードをはねのけると、屈託なく笑顔を見せた。すっかり意気投合した彼女たちであるが、顔をあわせる機会はけっこう限られているのだ。

 で、護衛役のラービスは無愛想な面持ちでふたりの再会を見守っている。そのたたずまいや腰から下げた長剣に恐れをなしたのか、ルイアはユーミの背中に隠れてしまっていた。


「ユーミは、これから買うところ? それとも、もう食べちゃったのかな?」


「いまはアスタと立ち話してて、料理を買うのはこれからだよ」


「それじゃあ、一緒に食べようよ。最近は、僕たちもあそこの席で食べてるんだ」


「へー、そうなんだ! うん、食べよう食べよう! ……あ、こっちの娘は友達のルイアね。ルイア、この人らは城下町で商売をしてる南の民で、ディアルと――えーと、あんたは誰だったっけ?」


「ラービスだよ。愛想はないけど、仲良くしてやってね」


 ラービスとルイアの邂逅というのは、なかなか目新しいものであった。

 が、ラービスは無言で目礼するばかりであるし、ルイアなどはすっかり縮こまってしまっている。それぞれの陽気な相方と異なり、内向的なおふたりであるのだ。


「あー、だけどその前に、僕もアスタと話があったんだよね。それが終わるまで、ちょっと待っててもらってもいいかな?」


「うん、もちろん。でも、なんかあらたまった話なの?」


「いや、まあ、ちょっとね」


 そのように述べながら、ディアルがそこそこ真剣そうな目つきで俺を見やってきた。


「宿場町にも、もうお触れは回ってるんでしょ? 王都の連中が、またやってきたね」


「ああ、うん。俺たちも明日、城下町に呼ばれることになりそうだよ」


「えー、そうなの!?」とユーミが大きな声をあげたので、俺は口の前に指を立ててみせた。


「まだ正式な話じゃないから、内密にしておいてね。でも、遅かれ早かれ、呼ばれることになるはずだよ」


「だけど、王都の連中とは和解したんじゃなかったっけ? おかしな真似をたくらんだ貴族も、罪人として捕らえられたんでしょ?」


 それは、恣意的にマルスタインや森辺の民を怒らせようとした、タルオンの小細工についてである。罪人とまではいかないが、それは王国に仇なす行為だと見なされて、王都の武官たるルイドに身柄を拘束されることになったのだ。


「うん。だけど、まだこちらの言い分が正式に認められたかどうかはわからないからね。けっきょく、すべてを決めるのはセルヴァの国王陛下なんだろうからさ」


「国王陛下ねー。ピンとこないなあ。あたしが知ってる貴族なんて、せいぜいリフレイアってお姫さんぐらいだし」


 ユーミの言葉に、ディアルが「え?」と目を丸くした。


「ユーミは、リフレイアを知ってるの? ……ああ、そうか。森辺で祝宴をともにしたんだっけ」


「うん。なんか、同じ人間とは思えないほど、綺麗なお姫さんだったね。さっすが貴族様って感じだよ」


「確かにね。でも、悪い人間ではなかったでしょ?」


「ちょろっと挨拶したぐらいだからよくわかんないけど、まあそこまで嫌いな感じじゃなかったよ。アスタをさらった貴族なんだから、もっと小生意気なやつを想像してたしね」


 そんな風に言ってから、ユーミはにっと白い歯を見せた。


「そういえば、あんたがアスタと気まずくなったのも、その一件のせいだったっけ。あのときはウジウジ悩んでて、あんたらしくなかったなあ」


「やめてよー」と、ディアルはわずかに頬を赤らめた。

 そういえば、俺とディアルが関係性を修復させるのには、このユーミがひと役買ってくれたのだ。

 ディアルは桜色の頬を撫でながら、俺に向きなおってくる。


「そんなことより、王都の連中のことだよ。……森辺の民は、またあいつらと揉めたりしないよね?」


「うん。そうならないことを願ってるよ」


「願うだけじゃ駄目だってば! もうすぐ、父さんたちがジェノスに来ちゃうんだから!」


 意味をつかみかねたユーミが「父さん?」と首を傾げる。

 ディアルはせわしなく、またそちらを振り返ることになった。


「僕の父さんは半年にいっぺんぐらい、ジェノスに商品を届けに来るんだけどさ。そのときに、アスタを城下町に招いて料理を作ってもらおうと考えてるんだよ」


「ふーん? それが王都の連中と、どう関わってくるっての?」


「これまでは、王都の連中のせいでアスタを城下町に招くことができなかったんだよ」


 それでは言葉が足りなかろうと思い、俺が補足することにした。


「通行証を持たない人間を城下町に招くってのは、異例のことだろう? だから、森辺の民だけが変に優遇されてると思われないように、そういう行いは自粛するように言われてたんだよ。それでもまあ、お茶会の菓子作りでは何回もお呼ばれしてるんだけどね」


「なるほどねー。つまりは、王都の連中と森辺の民が仲良くならない限り、アスタを城下町に呼びつけるのも難しいってことか」


 そのように述べてから、ユーミはちょっと意地悪そうな目つきになった。


「だったら、あんたの親父さんをこっちに呼びつければ? わざわざ城下町にアスタを呼ぶより、よっぽど簡単じゃん」


「父さんが、宿場町や森辺の集落に来るはずがないよ。僕だって、ひとりで宿場町をうろつくことを禁じられてるぐらいなんだし」


 そう言って、ディアルは不満そうに口をとがらせた。


「お高くとまってるって思ってる? でも、僕たちは町から町に移動する行商人だからね。見知らぬ場所で危ない目にあうことなんてしょっちゅうだし、ましてやセルヴァは僕たちにとって異国なんだから――」


「冗談だよ。ちょっとからかっただけじゃん」


 ユーミはさきほどルイアにしたのと同じように、ディアルの肩に腕を回した。ラービスはぴくりと反応しかけたが、剣の柄にのばしかけた指先をひっこめる。


「あんたなんか、本当に危なっかしいあたしの宿にまでやってきたぐらいだし、森辺の祝宴にだって参加してたもんね。親父さんがお高くとまってたって、あんたに悪い気持ちを抱いたりはしないさ」


「ちょ、ちょっと。あんまりべたべたさわらないでよ」


 迷惑そうに身を引きつつ、ディアルもまんざらでもなさそうに見えるのは、俺の気のせいなのであろうか。

 ともあれ、見ている分には心温まるやりとりであった。


「とにかく俺たちも、王都の人たちとわかりあえるように力を尽くすよ。ディアルの親父さんとも絆を深めたいことだしね」


「……本当にそう思ってる?」


「もちろんさ。大事な友人であるディアルの親父さんなんだからね」


 俺はそのグランナルという人物と、ただひとたびしか顔をあわせたことがない。しかもそれはリフレイアに捕らわれていたときのことであるので、気安く口をきけるような状況でもなかったのだ。

 アイ=ファとポルアースがリフレイアの罪を糾弾している間、グランナルはずっと不機嫌そうにそのやりとりを見守っていた。異国の貴族たちの身内争いを見せつけられて、これはいったい何の騒ぎなのかと呆れていたのだろう。


(まずは、明日だ。外交官のフェルメスっていうのは、いったいどんなお人なんだろうな)


 ユーミとディアルはまだぎゃあぎゃあと騒いでおり、ルイアとラービスはそれぞれの思惑をひそめた眼差しでその姿を見やっている。そんな微笑ましい光景をさらに外側から眺めやりつつ、俺は心を引き締めなおすことにした。

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