東の颶風⑥~決着~
2018.11/26 更新分 6/8
「……ギルルが道に倒れていたので、西と東に分かれて森の端に踏み入ったのだ。私が西の側を選んだのは、何よりの幸運であったようだな」
弓に矢をかまえた凛然たる姿のまま、アイ=ファは低い声でそう言った。
東の民さながらの無表情であるが、その青い瞳には凄まじいまでの激情がくるめいている。
そしてその足もとに、赤みがかった毛皮を持つ猟犬が、ひょこりと顔を覗かせた。もちろん俺たちの大事な家人である、ブレイブだ。
「東の側に分け行っていったドゥルムアには、無駄足を踏ませてしまったな。しかし、ブレイブのおかげで、森の中に潜むお前たちの仲間を避けつつ、アスタのもとまで辿り着くことができた」
胸中の激情を少しでも発散したいかのように、アイ=ファは淡々と語り続けた。
「さあ、とっとと私の家人から離れよ。さもなくば、魂を返すことになるぞ」
「ふん……まさか、森辺の狩人がこんな早々に戻ってくるとはな」
シルエルが、憎悪をはらんだ声で言い捨てる。
すると、アイ=ファのかたわらで弓をかまえていたライエルファム=スドラが、静かに答えた。
「俺の家人が、危急を伝えてくれたのだ。お前たちがあの女衆らを傷つけていたら、足ではなく頭を射抜いていた」
「手間を惜しまず、皆殺しにするべきだったか。貴様たちの怒りはマルスタインにぶつけさせたかったので、あえて見逃してやったのだが……しかし、わずか3名で何ができると思っているのだ? ここにいるのは、貴様たちに劣らぬ力を持った戦士たちであるのだぞ?」
アイ=ファはわずかに眉を寄せながら、シルエルの姿をにらみすえた。
「その声……そうか、お前は大罪人シルエルか。それでようやく、お前たちがアスタを襲った理由を理解できた」
「ふん。理解したなら、その弓を捨てろ。大事な家人は、我らの手の内だ」
シルエルの視線を受けて、男のひとりが俺に向きなおろうとした。
とたんに、アイ=ファの矢が射出されて、男のもとに飛来する。
男は俺に向けようとしていた半月刀で、慌ててそれを払いのけることになった。
「私の家人に近づくことは許さん。言っておくが、この付近に潜んでいたふたりの盗賊は、すでに倒したぞ」
「ほお、こちらに気取られないまま、ふたりもの同胞を眠らせたというのか。しかしこの場にはまだ5名が残されているし、これが俺たちのすべてではない」
シルエルの言葉が終わると同時に、金髪紫眼の男が指を口に当てて、甲高い口笛を吹き鳴らした。森辺の民の草笛にも劣らない、高らかなる音色である。
「さあ、これですべての同胞が集まってくるぞ。いかに貴様らが化け物じみた力を持っていても、山の民に囲まれれば、為すすべもあるまい」
「……確かにそやつらは、森辺の狩人にも引けを取らない力を有しているようだな」
ずっと沈黙を守っていたチム=スドラが、そのように応じていた。
「しかし我々は、6氏族の勇者だ。たとえ倍する数が相手でも、遅れを取ったりはしない」
「この場にいる5名だけでも、すでに倍近い数ではないか! 貴様らは、数を数えることもままならないようだな!」
「いま目の前にいるのは、5名だけだ。最初から全員をこの場に集めておくべきだったな」
チム=スドラの声は、わずかに震えていた。
もちろん恐怖ではなく、怒りで声を震わせているのだ。
「アスタを手にかけようとしたお前たちは、絶対に許さん。たとえ何人の敵が立ちふさがろうとも――」
そのとき、森の奥深くから口笛の音色が聞こえてきた。
シルエルは、憤激の形相で仲間を振り返る。
「何だ、いまの口笛は!?」
「……敵襲、合図だ」
金髪紫眼の男が、感情を殺した声で答える。
シルエルは、鬼火のような眼光をアイ=ファたちに向けなおした。
「貴様ら……他にも手勢を潜ませていたのか?」
「さてな。スドラの残りふたりは森の端の東側に分けいったはずだが……フォウやランの狩人たちも駆けつけてくれたのだろうか」
アイ=ファの声に、新たな口笛の音色がかぶさる。
その音色は、まるで助力を乞うかのように、弱々しく響いた。
「……何にせよ、私たちの為すべきことに変わりはない。私の家人を、返してもらおう」
遠からぬ場所で、剣戟が響いたように感じられた。
森の中で、森辺の狩人と山の民の戦いが行われているのだ。
シルエルは折れた右手首を抱えたまま、わなわなと震えていた。
「や、山の民の力を見くびるなよ! こやつらは、森辺の狩人にも劣らぬ戦士の集まりであるのだ!」
「ええ。しかし、同じ数で相対すれば、森辺の狩人に分があったようですね」
森の奥から、とぼけた声音が近づいてきた。
その声を耳にした瞬間、シルエルの双眸に憎悪の炎が噴きあがる。
「カミュア=ヨシュ……貴様か!」
「ええ、俺です。こんな形で再会することになって残念ですよ、シルエル」
カミュア=ヨシュのひょろ長い姿が、がさがさと茂みをかき分けながら現れた。
そしてその背後からは、思わぬ人々が追従してくる。
屈強なる山の民にも負けない、大柄なその姿――それは、ドンダ=ルウとガズラン=ルティムの両名であった。
「ふん。かろうじて間に合ったようだな」
刀をつかんだドンダ=ルウは、闘神のごとき形相で笑っていた。
そのかたわらから、ガズラン=ルティムは穏やかに俺のほうを見やってくる。その手にも、やはり刀が下げられていた。
誰よりも長い長剣を掲げたカミュア=ヨシュは、それを肩の上に乗せながら、普段通りの呑気な面持ちでシルエルを見つめた。
「20年後には、あなたとも酒杯を交わせたりすることもあるのだろうかと、俺はそのように考えていたのですよ、シルエル。このたびの行いは、心から残念に思っています」
「貴様……貴様までもが、どうしてここに……!」
「あなたの斬り伏せた北の民が、死の淵から舞い戻ったのです。そしてその北の民が、あなたの正体に気づいていたのですよ。あれはときおり北の民の宿舎にやってきていた、領主の弟に違いない――とね」
とぼけた笑みをたたえたまま、カミュア=ヨシュはそのように述べたてた。
「それで俺は、すべてを悟ることができました。《颶風党》なる山の民は、シムから訪れたのではなく、西の鉱山で苦役の刑に処されていた大罪人たちであったのだな、とね。あの場所では、数多くの山の民も刑に処されていましたからねえ」
そのように述べながら、カミュア=ヨシュは金髪紫眼の男を見やる。
「あなたのことは、覚えていますよ。名前までは聞いておりませんでしたけれど……あなたは盗賊団、《ターレスの月》の首領であった人物ですね。何年も前、俺がこの手で衛兵に引き渡した御仁と、まさかこんな形で再会するなんて……まったく天の神々は、皮肉なことをしてくれるものです」
「…………」
「ともあれ俺は、森辺の集落が危ないと思い至りましてね。《颶風党》なる盗賊団にシルエルが関わっているのなら、森辺の民に復讐の念を向けるだろうと思い、族長たるドンダ=ルウのもとに馳せ参じたのです。あなたであれば、森辺の狩人が中天から日没まで森に入っていることを承知していますから、襲撃をかけるなら夜ではなく、中天と日没のちょうど真ん中ぐらいであろうと思いましたしね」
「ふん。俺たちが森の奥深くにまで足を踏み入れていなかったのは、幸いであったな」
その場の敵たちをにらみ回しながら、ドンダ=ルウが言い捨てる。
リャダ=ルウの進言があったからこそ、ドンダ=ルウたちはこれほどまでに迅速に駆けつけることができたのだ。
「次にルティムの集落にお声をかけて、ガズラン=ルティムにも戻っていただいたのですがね。ファの家の様子を見にいこうと最初に提案したのは、ガズラン=ルティムです」
「ええ。あなたであれば、とりわけアスタに恨みの念を向けるのではないか、と考えたのです」
ガズラン=ルティムの目が、俺からシルエルへと転じられた。
それと同時に、鋭い光が双眸に瞬く。ガズラン=ルティムがめったに見せることのない、鷹のごとき眼光である。
「それで荷車を走らせたら、道の真ん中で眠りこけているトトスと、それを介抱している女衆たちに行き合いましてね。それで事情を聞いた後、俺たちも手分けをして森の中を捜索することになったのですよ。……あなたの悪巧みもここまでですね、シルエル」
「ふざけるな……俺は、神を捨ててまで生き抜いたのだ! 再び貴様たちに屈するものか!」
シルエルの言葉に呼応するかのように、男たちが刀をかまえなおした。
俺とシルエルのそばに2名、少し離れたところに3名。最後のひとりは手足を射抜かれて這いつくばっているので、この場の敵の数はそれですべてである。
「あなたはすでに剣を握れない身体であるようですね。そうしたら、こちらが6名で、そちらが5名です。万が一にも、勝ち目はありませんよ」
「そのときは、ファの家のアスタを道連れにしてくれるわ!」
シルエルが、狂ったように哄笑をあげる。
アイ=ファは怒りに両目を燃やしたが、それをなだめるようにライエルファム=スドラが声をあげた。
「俺とチムは、この場で弓を離さぬまま、アスタを守ろう。アイ=ファたちは、心置き無く戦うがいい」
「……ライエルファム=スドラの言葉に、感謝する」
アイ=ファは弓を打ち捨てて、腰の刀を抜き放った。
それと同時に、ドンダ=ルウが岩場へと歩を進める。
「こちらの3名は、俺たちが片付けよう。勢いあまって、家人まで傷つけるなよ」
「いらぬ忠告だ」と言い捨てて、アイ=ファが地を蹴った。
ふたりの男はシルエルを守るように立ちふさがり、半月刀を振り上げる。その斬撃をかいくぐって、アイ=ファも刀を繰り出した。
鋭い剣戟が響きわたり、男のひとりが身体をぐらつかせる。
しかしアイ=ファはそちらにはかまわず、もうひとりの敵――金髪紫眼の男に斬りかかった。
アイ=ファよりもふた回りは大きな男が、刀を撃ち合わせながら、後ずさる。
体勢を立て直したもうひとりの男が背後から襲いかかると、アイ=ファはすかさず身を屈めて、しなやかな足を地面と平行に走らせた。
足もとをすくわれた男は倒れ伏し、アイ=ファは身を屈めたまま金髪紫眼の男に刀を突き出す。2対1でも、敵を圧倒しているのはアイ=ファであった。
「おっと」と、アイ=ファがふいに首を傾げる。
その金褐色の髪をかすめるようにして、黒い何かが飛来していった。
「なるほど。それが、シムの毒か」
地面に倒れた男が、吹き矢に新しい毒針を仕込もうとしている。
アイ=ファはすかさず身をひるがえして、そちらに刀を振りおろした。
男は吹き矢を取りこぼし、転がるようにして地面を逃げる。
その顔面を、アイ=ファが横から蹴りぬいた。
地面を何回かバウンドしてから、男は動かなくなる。
「アイ=ファ! 後ろだ!」
俺は、思わず叫んでいた。
金髪紫眼の男が、横なぎに半月刀をふるっていたのだ。
アイ=ファは身をひねり、その勢いのままに、刀を撃ち合わせた。
男の手から、半月刀が吹っ飛んでいく。
がら空きになった男の腹を、アイ=ファは正面から蹴り抜いた。
長身を折ってうめく男の首筋に、アイ=ファが剣の柄を叩き込む。
男は顔面から地面に落ちて、びくびくと激しく痙攣した。
「馬鹿な……こやつらは、山の民なのだぞ……?」
シルエルが、無念の声を振りしぼっていた。
その間に、アイ=ファが俺とシルエルの間に割り込んでくる。
「アスタはもう大丈夫だ。いまのうちに、この者たちの手足をくくってもらいたい」
「承知した」と、ライエルファム=スドラとチム=スドラが地を這う風のように近づいてきた。
アイ=ファは俺に背中を向けたまま、「大事ないな?」と低く問うてくる。
「うん、俺は大丈夫だ。だけど、ティアが……」
「ティアは、強き狩人だ。きっと生き延びる。……悪いが、ティアの手当ても頼む」
フィバッハの蔓草で倒れた男の手足を拘束したチム=スドラが、すみやかに近づいてきた。
「この血の量は……危ういな。アスタよ、ティアをそこに寝かせてくれ」
「うん。ありがとう、チム=スドラ」
チム=スドラは、ちらりと俺のほうを見やってきた。
厳しく引き締まったその顔に一瞬だけ安堵の表情を閃かせてから、ティアの背中をまさぐっていく。ティアの背中は右肩から左の腰の上あたりまで、無残に断ち割られてしまっていた。
「まだかすかに息はある。血さえ止めれば、助かるかもしれん。あとは、俺にまかせておけ」
チム=スドラは懐から小さな革の包を取り出し、その中身をティアの傷口に塗り始めた。
俺はそのかたわらにひざまずいたまま、アイ=ファのほうを見上げやる。
アイ=ファの脇から、呆然と立ちつくすシルエルの姿が見えていた。
そしてその背後からは、自分たちの仕事を終えたドンダ=ルウたちも接近してきていた。
「……1年ばかりの罰では、貴様の心を清めることはできなかったようだな」
ドンダ=ルウが、重々しい声でそのように述べたてた。
もはやその顔に笑みはなく、族長としての厳しい表情が浮かべられている。
ガズラン=ルティムも鋭く瞳を瞬かせており、カミュア=ヨシュは透徹した眼差しでシルエルを見つめていた。
そして、包囲網の最後の隙間を埋めるかのごとく、ライエルファム=スドラもそこに並ぶ。
「貴様の兄サイクレウスは、同じ日の地震いが原因で、魂を返すことになった。……そして最後には、正しき人間として娘と言葉を交わしたのだと聞いている」
「ふん……あの小男めは、くたばったのか。さぞかし自分の罪深さに恐れおののいていたのだろうな」
シルエルは唇を吊り上げながら、煮えたぎるような声をこぼした。
ガズラン=ルティムは、刃のような眼光でその醜い笑顔を射抜く。
「血を分けた兄の死を知らされて、あなたはそのような言葉しか口に出せないのですか。私には……あなたという人間が、理解できません」
「理解したければ、自分の家族をその手でくびり殺してみればいい。それ以外に、俺という人間を知るすべはない」
シルエルは顔を伏せ、下からすくいあげるようにして人々をねめつけていった。
カミュア=ヨシュ、ドンダ=ルウ、ガズラン=ルティム、ライエルファム=スドラ、アイ=ファ――そして最後に、俺の顔を見据えてくる。その双眸には、また己の罪を誇っているかのような激情が燃えていた。
「忌々しい……本当に忌々しい連中だ。貴様たちは、さぞかし気分がいいのだろうな。生まれながらに正しい心を持ち、ただ生きているだけで、同胞の賞賛や共感を得ることができる。そんな安楽な生はあるまい」
「ふざけるな。生まれながらに正しき心を持っている人間などいない。人間とは、己の足で己の生を生きながら、正しき心を育んでいくのだ」
鋼の鞭のごとき声音で、アイ=ファがシルエルの言葉を退けた。
しかし、シルエルは醜く笑ったままである。
「違うな。俺は、生まれながらに人の心を持っていなかった。人間の善悪は、生まれる前から定められている。神とかいう性悪の創造主どもの気まぐれで、人間の運命は分かたれるのだ」
「違う。お前が正しく生きられなかったのは、お前がどこかで道を踏み外したからだ。正しく生きるよりも堕落したほうが安楽だと、自分の怠惰を許したのだ。お前は自分が悪逆である責任を、神になすりつけようとしているに過ぎん」
シルエルがふいに、哄笑を爆発させた。
その無精髭にまみれた顔に、正視に耐えがたい悪鬼のような笑みが浮かべられる。
「貴様は大事な家人を奪われそうになって、殺したいぐらい俺を憎んでいるのに、まだ俺を正しき道に引き戻そうとしているのだな。まったくもって、お笑い種だ。いったいどのように生まれつけば、そこまで善良に振る舞えるのだ?」
「それも違う。私は確かに、お前が人間らしい心を取り戻せばいいと願っているが……それは、慈悲から生じた考えではない。お前は自分の罪深さを思い知り、相応の苦しみを負うべきであるのだ」
「慈悲だよ! それを、慈悲というのだ! 苦しめば、それが贖罪になるのだと、貴様はそのように信じている! 貴様は俺を、このように悪逆な俺の魂を、穢れた汚泥から救ってやりたいなどと目論んでいるのだ!」
シルエルは、げらげらと笑い続けた。
「無駄なことだ! 貴様たちは、家族との絆を何よりも重んじているのだろう? 家族からの情愛を当たり前のように受け取って、自身もまた人間らしい情愛をせっせと育んできた、そんな連中に俺を理解することはできん!」
「……すべての森辺の民が、家族の情愛に恵まれているとでも思っているのか、お前は?」
ライエルファム=スドラが、ひどく静かな声をあげた。
「自分が家族の情愛に恵まれなかったからこそ、それを自分の子に与えてやりたいと願う人間もいる。それとは逆に、どれだけの情愛に恵まれても、それをありがたいと思えなければ、意味はない。人間の情愛とは、他者と自分がそれぞれ手を差しのべ合わない限り、育まれることもないのだ」
「だから、無意味だと言っている! 俺には最初から、そんな人間らしい心は備わっていなかったのだからな!」
シルエルは、まるで化け物のようだった。
人間の言葉が通じない、化け物だ。
その姿は、見る人間に怒りよりも悲哀を抱かせてやまなかった。
そこに、がさがさと草を踏む音色が近づいてくる。
「なんだ、そっちも終わってたのか。親父、森の中に潜んでた連中は、たぶん全員片付いたよ」
それは、分家の若衆を引き連れたルド=ルウであった。
ドンダ=ルウは狂笑をあげるシルエルを見据えたまま、それに答える。
「たぶんじゃ足りねえ。こいつらは、ひとりたりとも逃がすことはできねえんだ」
「うーん。とりあえず、俺たちがひっくくったのは、7人だよ」
その言葉に、俺はハッとさせられた。
この場で倒れているのが6名、アイ=ファたちが森の中で倒したのが2名、ルド=ルウたちのひっくくったのが7名――それにシルエルを加えると、全員で16名という計算になる。
「シルエルたちは、全員で18名と言っていました! それだと、ふたり足りないことになります!」
すると、カミュア=ヨシュがにんまりと微笑んだ。
「ジェノスの近辺を捜索していたザッシュマと護民兵団が、すでにふたりの山の民を捕らえているよ。その者たちは街道を外れて荒野に潜み、ここにいる仲間たちのトトスの面倒を見ていたようだ」
「ならば、貴様が最後のひとりということだな」
ドンダ=ルウが、シルエルに刀を突きつける。
シルエルは、毒々しい目つきで俺たちの姿を見回した。
「俺たちの運命は、これで潰えた! しかし俺は、貴様たちに屈しはしない! 俺の魂を泥沼に捨てることができるのは、俺だけだ!」
シルエルがいきなり、身をひるがえした。
そちらに待ち受けるのは、切り立った断崖である。
その場にいる全員が刀を繰り出し――ドンダ=ルウの刀だけが、シルエルの背中をわずかにえぐった。
赤い血しぶきを散らしながら、シルエルの身体が断崖の下に消えていく。
そのおぞましい笑い声をかき消すように、ドンダ=ルウが怒号をあげた。
「奴を探せ! このまま逃がしたら、俺たちは見張りを立てずに眠ることを永遠に許されなくなる! 集落の狩人たちも呼びつけて、全員で奴を探すのだ!」