表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第三章 ルティムの祝宴
67/1705

③朝~ギバ肉とタラパのシチュー~(下)

2014.9/16 更新分 1/2

 それからは何事もなく2時間ほどが経過して、4つの鍋も無事に煮えた。

 水分もばっちり半分ぐらいに飛んでいる。


 ここで、タラパソースを投入だ。

 果実酒でほんのり赤くなっていただけの鍋が、それで一気に真っ赤に染まる。

 アリアに緩和されたとはいえまだまだ酸味の強いタラパの芳香が、かまどの間にぶわっと広がった。


「よし。ポイタンも入れよう。絶対に数を間違えないようにね?」


 ポイタンは、ひとつの鍋に対して10個。

 とろりとした質感を高める効能がある代わりに味を薄めてしまうポイタンを投入するには、それぐらいの量が限界だった。


 ジャガイモのような形をしたポイタンに切れ目を入れて、1個ずつ投入していく。

 こんな弱火でも、ポイタンはすぐに煮崩れて溶けていってしまう。

 不思議な食材だ。

 こいつはたぶん炭水化物なのだから、感覚としてはリゾットなのだが、完全な液状になってしまうので、シチューにしかならない。


 こいつだけは、俺の世界に似たものを見つけられない食材である。

 小麦粉に似てはいるけれども。シシ肉に対するギバ肉、タマネギに対するアリア、トマトに対するタラパほどの相似ではない。


 つまり――この世界に来なければ味わえなかった食材だ。

 似たものがないからこそ、その調理方法では苦しめられ、苦しめられたからこそ、何だか愛着がわいてしまう。


 そんなことを考えているうちに、10個のポイタンは跡形もなく溶けさってしまっていた。


 トマト色であった色彩が、ピンクとオレンジの中間ぐらいの色彩に変化している。

 それを入念に攪拌しつつ、最後にまた岩塩とピコの葉で味を調整し――


 これでようやく、完成だ。


 キャベツのようなティノ、ジャガイモのようなチャッチ、タマネギのようなアリア。そして、ブロック状に切った、ギバのモモと肩バラ肉。


 味つけは、トマトのようなタラパ。岩塩と、ピコの葉。

 風味づけは、みじん切りのアリアと、果実酒。

 それに、ポイタンでねっとりとしたとろみをつけて、『ギバ肉とタラパのシチュー』の完成である。


 2時間もかけて煮込んだので、チャッチは中までほくほくである。

 ティノやアリアも柔らかく、噛む必要すらないぐらいで、とろんと口の中で分解されていく。


 そして、ギバ肉だ。

 一口大のブロックでも、固さなんかはまったくない。

 バラ肉は口の中でほろほろと崩れていき、モモ肉は心地のいい噛み応えだけを残している。


 そんなさまざまな味わいが、ちょっと酸味の強いタラパに統合され、からみあい――えもいわれぬ旨味を広げてくれる。


 さすがに手間暇をかけただけあって、現時点では俺の中でもギバ料理の最高峰と言える逸品かもしれない。


 だけどこれは、家庭料理ではない。

 宴のための、贅沢な料理だ。


 宴があれば、こんな贅沢な料理を食べることもできる。

 婚儀の宴が、いっそう喜びにあふれたものになる。

 そして、贅を尽くすために、ギバの牙と角が必要であるならば、いっそうの熱意をもって狩人の仕事に取り組めるのではないだろうか――というのが、俺の脳内コンセプトだ。


 ガズラン=ルティムやその眷属に伝わればよいな、と思う。


「よし。もうちょっとだけ煮詰めたら、火を落とそう。各自、焦げつかないように攪拌をお願いします」


 4つのかまどに、俺、アイ=ファ、レイナ=ルウ、ララ=ルウが立った。

 で、あぶれたリミ=ルウがじっと俺を見上げやっている。

 無言だが、おっきなお目々がキラキラと輝いている。


「……味見」「するっ!」


 言葉の後半部分を強奪されてしまった。

 自分の味見用に使った木匙でちょっぴりだけシチューをすくい、見下ろすと、愛くるしい少女が口を開けて待っている。


 ああ、初めて出会った夜を思い出すなあとかしみじみしながら、その口に木匙を差しいれてやった。


「お……いしいなぁ……」


 お顔がふにゃふにゃである。

 で、じいっと再び見つめやってくる。

 そういえば、あの夜も二口ほどおねだりされたのだった。


 きっとリミ=ルウは三口目を要求するほど欲深くはなかろう。そんなことを思いながら、今度はチャッチのかけらを乗せたやつをふうふうしていると、「おいっ!」と後ろから頭を叩かれた。


「ちびリミを甘やかすなよ! 宴の分が足りなくなっちゃうだろ!」


「そんなに食べないもん! ララの男女……」「まあまあ」と、でっかく開いたお口に木匙をイン。


 リミ=ルウは木匙をくわえたままとろけるような表情になり、ララ=ルウは眉を吊り上げる。


「なんだよ! ずるいよ! あたしだってさっきからずっとガマンしてるのにっ!」


「え? ガマンしてたの? 味見ぐらいならいくらでもしてくれよ。かまど番の特権なんだから」


「そーゆーことは早く言えっ! ちびリミ、それよこせ! 匙!」


「えー? どうしよっかなー」


 これぐらいの諍いなら可愛いものだと微笑ましい気持ちで見守っていると、Tシャツのすそをくいくい引っ張られた。


 隣りの鍋の中身を丁寧に攪拌していたレイナ=ルウが、もじもじとした様子で俺を見ている。


「……いや、だから、どうぞ?」


 レイナ=ルウの顔が、ぱあっと輝いた。


 何だかなあ。

 きわめてアットホームである。


 しかし、こんなにのんびりしていられるのも、今だけだ。

 中天を過ぎれば、この地も戦場と化す。

 今ぐらいは、女衆とほんわか過ごしてもバチは当たらないだろう。


「……朝の仕事は、これで終わりか?」


 と、ひさかたぶりにアイ=ファが口を開いた。

「そうだ」と答えると、ひとつうなずいてリミ=ルウを手招きする。


「では、私はいったん家に戻る。リミ=ルウ、交代してくれるか?」


「うん! でも、何をしにお家に帰るの?」


「食糧庫の肉を混ぜねばならない。1日でも放置するとピコの葉が傷むからな」


 そうか。そちらの攪拌作業もあったのだった。


「待てよ。この後なら俺の手も空くから、一緒に行こうぜ」


「何故?」とアイ=ファは小首を傾げやる。

「肉を混ぜるだけだからひとりで十分だ。お前は身体を休めておけ」


 そう言い残して、アイ=ファはさっさとかまどの間を出ていってしまった。


「うーん……アイ=ファはあたしらのこと、嫌いなのかなあ?」


 そんなことを言いだしたのは、ララ=ルウである。

「そんなことはないよ」と、俺はそれを否定してみせる。


「別に嫌っているようには見えないからさ。あいつはただ、人と打ち解けるのに時間がかかるだけなんだと思うよ」


「でもあたし、アイ=ファがリミやジバ婆以外とまともに口をきいてるとこ、見たことないよ? 嫌いじゃないんなら、興味がないんだね」


 少しふてくされているような表情だ。

 もしかしたら、この娘はアイ=ファと仲良くなりたいのかな、と思う。


「まあ、でも……2年前の経緯は知ってるんだろ? それでルウ家と微妙な関係になっちゃったから、どうしてもルウ家の人たちとは距離を取る癖が抜けないんじゃないかな」


「だけど、あんたはあたしらにも普通じゃん」


「いや、俺は馬鹿だから」


「うん、それはわかってる」


 わかられてしまった。


「でも、今さらドンダ父さんだって嫁入りとか言わないでしょ。そんでリミやジバ婆と仲良くしてんなら、あたしらを避ける理由はなくない? だからやっぱり、あたしたちに興味がないんだ」


「いや、だから……仲良くなるのに時間がかかる性格なんだよ」


「あんたたちは、時間かかったの? ……ていうか、仲いいの?」


「うーん、そいつは難しい質問だね!」


 仲の善し悪しはともかく、そういえば俺は最初からアイ=ファにはあまり警戒心を喚起されなかったし、アイ=ファのほうもそれは同様だったように感じられるのだが、どうなのだろう。


 今でこそ当たり前のように一緒に暮らしているが。最初の内は、俺が厄介事を起こすと、俺を森から助けだしたアイ=ファの責任にされかねないから、しばらくは身柄を預かるとかそういう話であったはずなのだ。


 で、出会って7日目あたりには、すでに俺はドンダ=ルウの鼻を明かしてやりたいとか発言してしまっている。


 そんなのは、アイ=ファにしてみれば大迷惑な行為であるはずなのに――アイ=ファは俺と同じかそれ以上にドンダ=ルウへと敵愾心を燃やし、俺の料理がけなされたことを悔しがってくれていた。


 アイ=ファはああ見えて感情の振り幅が大きいので、俺はべつだんそれを不自然にも思わなかったのだが。そういえば、不特定多数の前では、アイ=ファはほとんど感情らしい感情をのぞかせない。


 そして、アイ=ファは――俺に「いなくならないでほしい」と言ってくれた。


 うーん。

 駄目だな。

 俺とアイ=ファの関係性なんて、他者には説明のしようがないように感じられてしまう。


 そして、アイ=ファのいないところでそんなことを語るのは、アイ=ファへの裏切り行為だとしか思えないように感じられてしまう。


 そういったわけで、俺はララ=ルウに「ごめん。やっぱりよくわからないや」と頭を下げることになった。


 ララ=ルウは「ちぇっ」と舌打ちして、ななめ後方のかまどに立っている姉のほうへと視線を転じる。


「レイナ姉は、どう思う? レイナ姉だって、あたしと一緒でアイ=ファとはほとんど口をきいたこともないっしょ?」


 そんな質問をされても困るだろうと思ったが、レイナ=ルウの返事は意外なほど早かった。


 しかもその答えは。

「わたしは今でも、アイ=ファがルウの家に嫁入りすればいいのになあって思ってるよ」

 だった。


「何で?」と意外そうに反問するララ=ルウに微笑みかけ、ちらりと俺のほうを見る。


「だって、リミやジバ婆がこれだけ慕ってるんだから、アイ=ファもきっと素敵な人間なんだろうなって思えるし……それに、そうすれば、ファの人間もルウの眷族になれるでしょ?」


 あ、うーん……

 打ち解けてきたのは、いいことなのだけれども。

 年の離れたリミ=ルウやララ=ルウと違って、同世代のレイナ=ルウはやっぱりちょっと扱いが難しいところがある。


 俺に好意を向けてくれるのは嬉しいのだが……

 その度が過ぎると、ちょっと困ってしまう。


「リミは別に、どっちでもいいなあ」と、アイ=ファから託された攪拌棒で一生懸命鍋の中身を攪拌しながら、明るい声でリミ=ルウが言った。


「眷族でも眷族じゃなくても、アイ=ファとアスタのこと大好きだもん! もうちょっとだけお家が近ければもっと良かったんだけどね!」


 これだから俺は、リミ=ルウが好きなのだ。

 いつまでも、このままアイ=ファの周りで笑顔を振りまいてほしいと思う。


「仲良くなれる相手だったら、いつか自然に仲良くなってるよ」


 と、ララ=ルウに対するそんな当たり障りのない呼びかけで、俺はこの話題を打ち切らせていただくことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ