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異世界料理道  作者: EDA
第三十九章 南の実りと東の颶風
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南の実り③~ルウ家の晩餐~

2018.11/7 更新分 1/1

 その夜である。

 俺とアイ=ファは人間ならぬ家人たちとティアを引き連れて、ルウ家の晩餐にお邪魔することになった。


 デルスは返事は急いでいたし、まずはこの食材の味を知ってもらわなくてはドンダ=ルウもなかなか判断がつかないだろうと思われたので、俺がひさびさにルウ家のかまどを預かることになったのだ。


 広間よりも土間のほうがキャパオーバーを起こしてしまったので、ブレイブたちはルウ家の猟犬とともにシン=ルウの家で預かってもらい、こちらにはギルルとルウルウだけが居残っている。ひさかたぶりに長き時間を過ごすことになった彼らはどのような思いであるのやら、大きな身体を丸めて早々にうたた寝をしていた。


「へー、こいつは美味いじゃん。好きなだけ買いつけたらいいんじゃねーの?」


 晩餐が始まってひと通りの料理に口をつけると、まずはルド=ルウがそのように発言した。そのかたわらでは、リミ=ルウも「おいしーねー」と無邪気に笑っている。

 俺が準備したのは、昼間と同じく3種の料理であった。ただし、昼間よりもじっくり時間をかけることができたので、さらに納得のいく味に仕上げられている。特に煮物や汁物などは、じっくり時間をかけることが肝要な献立でもあった。


「本当に美味しいねえ……なんていうか、身体にしみわたっていくような味に感じられるよ……」


 ジバ婆さんも温かい笑顔を見せており、ミーア・レイ母さんやティト・ミン婆さんもそれは同様であった。総じて、女衆にとっては満足のいく味であったようである。


「ふん。しかしそいつは、何やら色々と面倒な条件をつけてきたそうだな?」


 ギバ汁をすすり込んでから、ドンダ=ルウがそのように問うてきたので、俺は「はい」とうなずいてみせた。


「大きく分けると、彼の提示してきた条件はふたつです。ひとつ目は定期的な購入で、ふたつ目は……貴族の介入に関してです」


「貴族の介入というのは、おかしな言葉だな。そもそも町ぐるみで食材を購入するならば、それを取り仕切るのは貴族の役割なのではないのか?」


 父親とはまた異なる静かな迫力を持つジザ=ルウが、そのように言葉を重ねてくる。俺はそちらにも「はい」とうなずいてみせた。


「彼が提示してきた定期購入に関しても、とうてい俺たちの商売だけで使いきれるような分量ではありませんでした。彼はこの食材にタウ油と同じぐらいの価値をつけたいと考えているので、町中の人々がこの食材を買いつけることを願っているのでしょう」


「それなのに、貴族には介入してほしくない、という考えであるのか?」


「貴族も同じ条件で買いつけてくれるのなら文句はない、と言っていました。ただ、サイクレウスが城下町で食材を買い占めるという例がありましたし、それ以外でも、彼は何か貴族に痛い目を見させられたことがあるようです。だからそこは、慎重に話を進めたいのでしょうね」


「とは言っても、やはり我々はそのようなことを取り仕切る立場ではない。貴族に話を通さぬまま、勝手な約定を結ぶことは許されぬはずだ」


「ええ。そのことは、すでにデルスにも伝えられています。……伝えたのは俺じゃなくて、話を聞いていたツヴァイ=ルティムですけれどね」


 その言葉に、ジザ=ルウはたくましい首をわずかに傾げた。


「ツヴァイ=ルティムは、どのような話を相手に伝えたのだ?」


「ジザ=ルウが言っていたのと同じような内容ですね。そもそも森辺の民はそのようなことを取り仕切る立場ではないし、貴族に内密で話を進めることも望ましくはない。デルスがジェノスで商売をしたいなら、貴族の立ち会いのもとで話を進めるべきである。……といった感じであったようです」


「……その場に、アスタはいなかったのだな?」


「はい。一緒にいたのは、スドラの家のユン=スドラだけです。俺はデルスと別れた後に、ふたりからその話を聞きました」


 ジザ=ルウは仏像のように表情の読めない面持ちで、ひとつうなずいた。その内心を代弁するかのごとく、ルド=ルウが「へー」と声をあげる。


「あいつもけっこう、もっともらしいことが言えるんだな。俺だったら、族長に聞いてみるからちょっと待っとけってぐらいしか思いつかねーな」


「うん。ツヴァイ=ルティムも生鮮肉の商売であれこれ学んでいるからね。貴族をないがしろにすることは許されないっていう意識が働いたんじゃないのかな」


「それで、デルスとかいうやつは、どう応じていたんだ?」


 ドンダ=ルウが、重々しい声音で問うてくる。

 無言で食事を進めるアイ=ファとティアにはさまれながら、俺は「そうですね」と記憶をまさぐった。


「色々と反論はしていたようです。たとえば、宿場町や森辺だけで商品を売り買いするのにも、貴族の許しが必要であるのか、だとか……自分はあくまで森辺の民に商売を持ちかけているのに、そこまで貴族の顔色をうかがわなくてはならないのか、だとか……そんな感じのことを言っていたそうですよ」


「それに対しては、どのような返答を?」


「森辺の民は、貴族とも町の人たちとも長らく不安定な関係だったので、現在は確かな信頼関係を築いているさなかである。そのような時期に貴族と対立するような真似はできないので、きちんと筋を通したい。それに、森辺の民こそ商売というものに疎いので、このように大きな商売の話を独自で受け持つのは難しい。たとえこの食材が森辺や宿場町でしか扱われない結果に落ち着いたとしても、責任者の座は町の人間に担ってもらいたい。……という感じです」


 ルド=ルウが、さきほどよりも驚いた様子で「へー」と声をあげた。


「なんか、ガズラン=ルティムみてーな言い草だな。本当にツヴァイ=ルティムの言葉なのかよ?」


「うん。きっとルティムの家では、こういう話も頻繁に交わされてるんじゃないのかな」


 それを想像すると、何か温かい気持ちになってしまう。

 ドンダ=ルウは「ふん」と鼻を鳴らしてから、マ・ギーゴの煮込み料理を口の中にかき込んだ。


「そこまで話が済んでいるなら、三族長がいちいち集まる必要もねえように思えるな。それとも、デルスとかいうやつは何か文句でも抜かしているのか?」


「デルスはあくまでも、森辺の民の主導で話を進めてほしいそうです。たとえ最終的な契約者が貴族や町の人間に落ち着くとしても、森辺の民に最後まで見届けてほしいと願っているようですね」


「……そいつはどうして、そこまで森辺の民にこだわってやがるんだ?」


「彼はもともと、貴族の横槍に屈しない商売相手というものを探していたそうです。それで森辺の民のことを調べていくうちに、森辺の民が貴族と懇意にしているということを知って……森辺の民がかたわらにあれば、貴族に裏切られることもない、という心情に落ち着いたようです」


「そいつはずいぶん買いかぶられたもんだな。まさか、俺たちとサイクレウスたちとの騒ぎを知らないわけじゃねえだろうな?」


「はい。話の大もとは、バランのおやっさんであるそうです。それで森辺の民への信頼が深まったのかもしれませんね」


 おやっさんのぶすっとした顔を思い出しながら、俺はそのように答えてみせた。

 そして、もうひとつ重要な話があったことを思い出す。


「あ、それと、商売の話には関係ないのですが……もともとデルスが暮らしていたコルネリアという土地では、森辺の民が悪辣なる貴族を討ち倒して、自分たちの居場所を勝ち取った、というような噂が蔓延していたようです。王都の人間が森辺の民を危険視するのは、そういう風評のせいではないか、と言っていたようですよ」


 しばらく無言でいたジザ=ルウが、糸のように細い目を俺に向けてくる。


「それは興味深い話だ。コルネリアというのは、ジャガルの町であるのだろう?」


「はい。ジェノスからトトスで半月ていどの場所だそうです。そこはタウ豆の産地なので、ジェノスを行き来する行商人がたくさんいるようですね」


 ユン=スドラから聞いた話を思い出しながら、俺はそのように答えてみせる。


「貴族というのは威信を重んじるので、そういう風評が流れるのはとても危険だ、と言っていました。だからコルネリアでは、森辺の民が正しい貴族と手をたずさえて、悪辣なる貴族の罪を暴いたという、正確な話を広めてくれたそうです」


「そのデルスなる者が、わざわざそのようなことを?」


「ええ。俺の個人的な印象ですが、悪い人間ではないのだと思います。……何せ、おやっさんの弟さんですからね」


 そんな風に答えてから、俺はジバ婆さんのほうを振り返った。


「デルスがおやっさんのもとを訪ねたとき、一緒にメイトンやアルダスたちもいたそうですよ。みんな、森辺の民が元気でやっているかどうかを気にかけてくれていたそうです」


「そうかい……ジャガルの人らこそ、元気にやっているのかねえ……」


 おやっさんたちがルウ家の晩餐に招かれたのは、もうふた月も前の話である。そこでメイトンは、黒き森にまつわる秘密の話を俺たちに打ち明けてくれたのだ。

 感慨深そうに息をつく最長老を横目に、ドンダ=ルウはぐっと身を乗り出してきた。


「それで、貴様は俺に何を求めているのだ、アスタよ?」


「はい。とりあえず俺は、宿屋の取り仕切り役であるタパスという人物に、デルスを引き合わせるべきではないかと考えています。タパスであればサトゥラス伯爵家ともダレイム伯爵家とも繋がりがありますので、貴族にも話を通すことができますし……宿場町の食材の流通に関しても、タパスは一役買っていたので、こういう話には適任だと思うのですよね」


「ふん。しかしそれには、森辺の民の立ち会いが必要ということか」


「はい。なおかつデルスは、族長筋の人間だけではなくて、俺にも立ち会ってもらいたいと願っているそうなのです」


 ツヴァイ=ルティムいわく、俺が立ち会わないのならばこの話はなかったことにしたい、という話であったようなのだ。光栄というか何というか、デルスは森辺の民の中でもまずは『ファ家のアスタ』の評判を聞きつけて、このたびの話を考案したらしかった。


「それぐらいの話であれば、わざわざダリ=サウティらを呼び出す必要もねえ。明日にでも事情を伝えれば十分だろう」


 ドンダ=ルウは身を引いて、土瓶の果実酒を豪快にあおった。


「……ただし、貴族のどうこうまで絡んでくるならば、放っておくわけにもいかんな。明日の夜、そいつをこの場に連れてくるがいい」


「え? デルスをルウの集落に、ですか?」


「ああ。客人として、晩餐に招いてやろう。帰りはルウ家の荷車で、宿場町まで送り届けてやる」


 そういう話が持ち上がることを想像していないわけではなかったが、それにしてもなかなかのスピード採決であった。

 これまで無言であったアイ=ファが、ふっとドンダ=ルウのほうを見る。


「……それはつまり、我らもまたルウの家に足を運ばなければならない、ということだろうか?」


「ふん。そいつが望んでいるのは、アスタの立ち会いだろうが? 文句があるなら、貴様はファの家で大人しくしているがいい」


 きっと公衆の面前でなければ、アイ=ファも唇をとがらせていたことだろう。アイ=ファはそれをこらえながら、ドンダ=ルウの顔をにらみ返していた。


「家人だけにそのような苦労を担わせるわけにもいくまい。相手は南の民であるのだから、ティアも同席させてかまわぬのだな?」


「ああ。それも貴族に、一報を入れておくべきだろうな。まったく、手間のかかることだ」


 そのように述べながら、ドンダ=ルウはそれほど不機嫌そうな様子ではなかった。デルスという人物に興味を抱いたのか、はたまたこの味噌に似た食材がお気に召したのか――真相は本人のみぞ知る、である。

 そして俺がそのようなことを考えている内に、ドンダ=ルウが眼光を鋭くした。


「それじゃあ、次の話だな。……東の民の盗賊団というものについて、聞かせてもらおうか」


「あ、はい。あまりつけ加えることはないのですが、そういうものが西の地域を騒がせているようです」


 俺はザッシュマやカミュア=ヨシュから聞いた話を、そのまま繰り返すことになった。

 アイ=ファは表情を引き締めていたが、ジザ=ルウは内面が読めないし、ルド=ルウはかまわずに舌鼓を打っている。ただし、俺が話し終えた後に真っ先に声をあげたのは、ルド=ルウであった。


「ジェノスは安全って言われても、そいつは石塀の中の話だろ? 屋台が襲われた後に衛兵が駆けつけても、なんにもならねーもんな」


「うん。いまのところ、そこまで用心をする必要はないって話だったけど……でもカミュアは、かなりその連中のことを気にかけていたみたいだったよ。目的がわからないから行動が読みにくいって感じなのかな」


「ふーん。ま、アスタたちは宿場町のはしっこでしこたま銅貨を稼いでるんだから、やっぱ用心はしとくべきなんじゃねーの?」


 それは俺ではなく、ドンダ=ルウに向けられた言葉だった。

 ドンダ=ルウは、迫力のある面持ちで顎髭をまさぐっている。


「……とりあえず、明日はリャダ=ルウとバルシャに同行してもらう。少しでも危険な気配がしたら、すぐに森辺に戻ってこい」


「はい、承知しました。デルスにも、そのように話を通しておきます」


 万が一にもそのような事態に至ったら、デルスをタパスに引き合わせる話も延期しなければならなくなるのだ。これはなかなかに厄介な話であった。


(聞く限りでは、ジェノスに危険が迫ることはなさそうなんだけどな……)


 しかし俺は、カミュア=ヨシュの様子が気にかかっていた。

 カミュア=ヨシュが危機感を抱いているならば、それは軽んじるべきではないと思うのだ。

 アイ=ファは険しく眉を寄せながら、俺のほうに口を寄せてきた。


「決して気を抜くのではないぞ、アスタよ。商売や交流も大事だが、まずは自分たちの安全を一番に考えるのだ」


「うん。肝に銘じておくよ」


 そうして、その夜の話は終わった。

 俺はほとんど手つかずであった料理を、ようやく口にすることがかなったわけである。


                      ◇


 そして、翌日。

 宿場町には、予想よりも物々しい気配があふれかえっていた。夜間のみならず、日中の見回りでも衛兵が増員されていたのである。


 街道を歩いているだけでもそれは明白であったし、露店区域に向かってみると、それはより顕著であった。宿場町の最北端であるその場所には、衛兵たちがずらりと立ち並んでいたのだ。


「何だい。これじゃあ、あたしらの出番もないみたいだね」


 ひさびさに護衛役を担ったバルシャも、うろんげに声をあげていた。


「これだけの衛兵が出張ってきてたら、盗賊団なんざ近づいてくるわけがないよ。……だけど、それだけジェノスも危険ってことなのかねえ」


 その疑問に答えをもたらしてくれたのは、他ならぬカミュア=ヨシュであった。

 昨日と同じぐらいの刻限に現れたカミュア=ヨシュが、苦笑を浮かべながら説明してくれたのである。


「ジェノス侯は、俺の進言をずいぶん重んじてくれたようだね。しかし、ここまで物々しくしてしまうと、余計に領民の不安を煽ってしまいそうだなあ」


「これは、カミュア=ヨシュの発案であったのですか?」


「うん。用心するに越したことはない、と進言しただけなんだけどね。なにせ、山の民の無法者ってのは厄介だからさ」


 ならばきっと、マルスタインも俺と同じ心情だったのではないだろうか。

 そこまで危機が迫っている様子はないが、カミュア=ヨシュが何かを危ぶんでいるならば、その直感を信ずるべきである――という心情だ。

 俺がそれを伝えると、カミュア=ヨシュはますます申し訳なさそうに微笑んでいた。


「本当に、何の根拠もありはしないんだけどね。だけどやっぱり、山の民がセルヴァの最南部に出現するっていうのは、普通の話じゃないんだよ。彼らの故郷であるシムの山岳部は、ここからひと月以上もかかる場所なんだからさ」


「それじゃあ、王都アルグラッドよりも遠いのですか」


「うん。王都は西にひと月、シムの山は北東にひと月半ってところかな。そう考えたらシムの草原よりは近いぐらいなんだけど、山の民はセルヴァよりもマヒュドラと強い絆を持つ一族だからね」


 マヒュドラは、言わずと知れたセルヴァの敵対国である。それと強い絆を持つ山の民は、セルヴァの北寄りの土地で暴虐の限りを尽くしているらしい。つくづく俺の知る草原の民とは異なる一族であるようだ。


「まあ何にせよ、《颶風党》とやらは人心を騒がせすぎた。ジェノスでさえこの有り様なんだから、もっと西寄りの区域ではたいそうな騒ぎになっていることだろう。商人の行き来が妨げられれば誰にとっても死活問題なんだから、遠からぬ内に討伐部隊が結成されることだろうね」


 そのように述べながら、カミュア=ヨシュは屋台の裏に立つバルシャへと目をやった。


「《颶風党》とやらは商人を襲うばかりじゃなく、細々と暮らしていた村落をいくつも焼き討ちにしたらしいよ。まったく、《赤髭党》とは大違いだね」


「そんな古い話を蒸し返すんじゃないよ。どんな御託を並べたって、盗賊団は盗賊団さ」


 バルシャは感じ入った様子もなく、分厚い肩をすくめている。

 ともあれ、俺たちは通常通りに業務をこなすことができた。

 昨日の賑わいを考慮して、やや多めに料理を準備してきていたので、商売をまっとうできたのは幸いな話である。レビたちも120食分の料理を準備して、それを見事に売り切っていた。


「下手したら、150食分でも売り尽くせそうな勢いだな。……だけどそうすると、今度は下ごしらえの仕事が間に合わなくなりそうだよなあ」


「あんまり欲をかくもんじゃねえよ。まだ商売を始めて2日目なんだからな。まずは目の前のお客を満足させることに、力を振り絞るこった」


 あれこれ気を回すレビと、ゆったりとかまえたラーズで、なかなかバランスは取れている様子である。

 そんな親子の姿にまたいくばくかの感傷を覚えつつ、俺は再びデルスと相対することになった。彼は朝一番にやってきてくれたので、今度は《タントの恵み亭》で落ち合う約束をしたのだ。


 二の刻よりも少し早い時間に訪れると、すでにデルスは待ち受けていた。相棒のワッズももちろん健在であり、タパスのかたわらにはヤンも控えている。ヤンの同席に関しては、あらかじめデルスにも承諾をもらっていた。


「タウの豆を加工した、目新しい食材だそうですね。とても興味をひかれます」


 ヤンがそのように述べたてると、デルスは値踏みするような目でそれを見返した。


「……あんたは、貴族様のお抱え料理人なんだってな」


「はい。ダレイム伯爵家で料理長をつとめさせていただいております。そして現在は、目新しい食材の普及を目的として、こちらの食堂の献立も考案させていただいているわけです」


 そうであるからこそ、俺もヤンに同席をお願いしたのである。

 デルスはしばらくヤンの痩身をなめ回すように検分してから、俺のほうに視線を向けてきた。


「とりあえず、食材の味見をしてもらうべきだろうな。アスタ、昨日渡した食材は、まさか使い果たしてねえだろうな?」


「ええ、もちろん。ルウ家は大家族ですが、あれを使い尽くすほどの人数ではありません」


「それじゃあ、料理を作ってくれ。話は、それからだ」


 ということで、俺は三たび同じ料理を作ることになった。

 もちろん他にも献立のバリエーションは思いついていたが、最初の味見に関しては献立を統一するべきだろう、と判断したのだ。シーラ=ルウやヴィナ=ルウの手を借りながら、俺は3種の料理を作りあげてみせた。


 今日の試食はタパスとヤン、そして宿場町の民のモニターとして招待したレビおよびラーズである。その4名は、総じて「おお」と感嘆の声をあげてくれていた。


「これは確かに、美味ですな。そして、これまでになかった味だと思われます」


「ええ。タウ油とは異なる風味ですね。これならば、城下町の方々でも欲するに違いありません」


 タパスとヤンが、熱っぽく言葉を交わしている。その隙間をぬうようにして、ラーズが俺に呼びかけてきた。


「ねえ、アスタ。こいつはその……らーめんにも合いそうな食材なんじゃないでしょうかねえ?」


「あ、そうですね。俺の故郷でも、これに似た食材を使ったラーメンは大人気でしたよ」


 すると、レビが「ええ?」と大きな声をあげた。


「ちょっと待ってくれよ。アスタの故郷でも、らーめんはタウ油に似た食材を使うもんだって言ってたじゃねえか」


「うん。言ってみれば、それと双璧を為すような献立だったんだよね。……いや、厳密に言うと、4種なのかな。こっちの食材に置き換えると、タウ油、味噌、ギバ骨、塩、の4種だね。あとは、魚で出汁を取るラーメンなんかも流行ってたかな」


 タウ油ラーメンの味をようやく完成させたレビたちであったが、このタウ豆の味噌を使ったら、また新しい道が開けることだろう。斯様にして、味噌というのは得難い食材であるのだ。


「とにかくこれは、素晴らしい商品になりうる食材でありましょう。あなたはこれを、如何ほどの値で売りに出すおつもりなのですか?」


 タパスに笑顔を差し向けられて、デルスは「ふん」と鼻を鳴らした。


「俺の出す条件に見合う量を定期的に買いつけてもらえるなら、タウ油と同じ値にしようと考えている。タウ油と同じ重さで同じ値ということだ」


「そうですか。それなら何の問題もなく、宿場町でも――」


「ちょっと待ってくれ。契約を結ぶには、まだ早い。お前さんだって、貴族のいないところで勝手な真似はできねえんだろう?」


 デルスは遠慮なく、タパスの言葉をさえぎった。


「貴族がしゃしゃり出てきたとたん、もっと値を下げろなどと買い叩かれるのは、御免だからな。ジェノスにはもうそんな悪辣な貴族はいないって話だが、俺もそんな人づてで聞いた話を丸呑みにはできねえんだよ」


「あなたにしてみれば、当然の話です。それではやはり、あなた自身がジェノスの貴き方々と言葉を交わすべきではないでしょうか?」


 ヤンがやんわりと言葉を差しはさんだ。


「わたしの主人であるダレイム伯爵家のポルアース殿は、外交官の補佐として食材の流通に携わっておられます。あなたが望むのでしたら、わたしが面談の日を整えましょう」


「……願ってもない話だね。こちらのアスタに立ち会ってもらえるなら、俺としても異存はねえよ」


 用心深くデルスが応じると、ヤンは「そうですか」と口もとをほころばせた。


「それでしたら、わたしが承りましょう。その場には何名か、城下町の料理人を招待して、こちらの食材の吟味をしていただいては如何でしょうか?」


「……そいつはやっぱり、城下町でも売りに出すってのが大前提の話なのかね?」


「そうですね。現在のジェノスでは、城下町でも宿場町でも同じ食材が同じ値で売られています。この食材だけ、その規範から外す理由はないのではないでしょうか?」


 穏やかな中にもしっかりとした力強さを込めて、ヤンはそう言った。きっとデルスの言動から、貴族に対する不信感を読み取ったのだろう。


「もちろん、城下町の料理人たちがこの食材に価値を認めなければ、宿場町でのみ売りに出されることになるのでしょうが……まともな舌を持つ料理人であれば、この食材を見逃すことはないように思われます」


「ふうん。貴族様のお抱え料理人であるあんたが、そう言ってくれるのかい」


「ええ。アスタ殿の腕前を差し引いたとしても、これは素晴らしい食材だと思います」


 それで話はまとまった様子であった。

 けっきょく俺などは、横で話を聞いていただけのことである。《タントの恵み亭》を辞した後、これでも俺の立ち会いは今後も必要なのかと問うてみたところ、デルスは「もちろんさ」とふてぶてしく笑っていた。


「俺は貴族を信用していないって言ったろう? お前さんが手を引くなら、俺だって手を引かせてもらうぜ」


「そんな真似はしませんよ。俺だって、この食材は是非とも買いつけさせていただきたいと願っているのですからね」


「だったら、最後までつきあってもらおうか。俺にとっては、一世一代の大勝負なんだからな」


 衛兵の姿が目立つ雑踏の中で、デルスはすくいあげるように俺を見つめながら、また不敵に微笑んだ。


「さあ、それじゃあお次は、族長さんとの面談だな。よろしく頼むぜ、ファの家のアスタ?」


「ええ。ルウ家にはかつてバランのおやっさんたちも招待していたので、誰もがあなたとの対面を待ち望んでいると思いますよ」


「ふふん。本当にこれがあのバランの弟なのかと、呆れられることになりそうだな」


 笑いをふくんだ声で、言い捨てる。その姿はやっぱりバランのおやっさんとは似ても似つかなかったが、俺としては一抹の魅力を感じなくもなかった。

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[一言] 663話まで読了。  デルスさん、いい加減名付けないとホントに『ミソ』になっちゃうよ。
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