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異世界料理道  作者: EDA
第三十九章 南の実りと東の颶風
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南の実り②~新たな食材~

2018.11/6 更新分 1/1

 屋台の商売は、一の刻の半には終わりを迎えることになった。普段よりも、半刻も早く料理が売り切れることになってしまったのだ。


 なおかつ、もっとも早い段階で料理が尽きたのは、予想に違わずレビたちの屋台であった。調理時間の長さをものともせずに、100食分のラーメンを二刻足らずで売り切ってしまったのである。噂を聞きつけてやってきたのに売り切れを告げられた人々などは、口をそろえて不満や悲嘆の声を発することになった。


「まさか、こんな形で文句を言われることになるとはねえ。明日からは、何食分を準備したもんかなあ」


「だけど、この賑わいもいつまで続くかわからないからな。多めに準備して売れ残ったら目もあてられないし……」


「少なくとも、《颶風党》とかいう盗賊団が退治されたって話が持ち込まれない限り、いきなり人がいなくなることはないだろうよ。ま、ご主人と相談だな」


 ラーズとレビは、喜びと当惑の表情をにじませながら、そのように語り合っていたものであった。

 とりあえず、どの屋台でも料理が売り切れたときは青空食堂を手伝うという暗黙の了解ができあがっていたので、ふたりもそちらに参戦してくれていた。お客として訪れたユーミやベンたちも、この顛末に心から安堵している様子であった。


 そうしてすべての料理を売り切って、片付けまでを終えたならば、いざ《南の大樹亭》に出発である。

 コルネリアのデルスと名乗った人物は、そこで俺たちの仕事の終わりを待つと言い残して、立ち去っていったのだ。


「まさか、バランの家族が食材を売りに来るなどとは思ってもいませんでした。不思議な巡りあわせですね」


 屋台を押して街道を進みながら、レイナ=ルウがそのように言いだしたので、俺も「うん」と同意を示した。


「まだくわしい話はまったく聞いていないけれど、どういう食材を持ち込んできたんだろうね。いかにも自信たっぷりといった様子だったから、ちょっと楽しみだよ」


 ただ俺は、わずかな違和感を抱えてもいた。

 あのデルスという人物は、あまりおやっさんの親族であるとは思えないような雰囲気であったためである。それに、弟さんが珍しい食材を扱っている行商人であったのなら、おやっさんから一言ぐらいは話題に出されていそうなところであった。


(それに、どうして宿場町の取り仕切り役であるサトゥラス伯爵家やタパスじゃなく、俺に商売を持ちかけようと思ったんだろう。まさか、おやっさんの名前を騙って、おかしな商売を持ちかけようというつもりじゃないだろうな)


 とりあえず、俺は相応の警戒心を胸に、《南の大樹亭》に向かうことになった。

 あまり大人数では宿にも迷惑がかかってしまうので、荷車1台分の人数で向かうことにする。顔ぶれは、俺、レイナ=ルウ、ツヴァイ=ルティム、トゥール=ディン、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、というものである。本日はもともとルウ家で勉強会をする日取りであったので、俺たちは後から合流させてもらうことにした。


 まずはマイムが屋台を返却しなくてはならなかったので、それと同時にギルルと荷車を預かってもらった。事前に話は通されていたようで、ナウディスの伴侶は快く倉庫へと案内してくれる。そうしてマイムや他のメンバーと別れを告げてから、俺たちはいざ食堂へと向かうことになった。


「おお、アスタ、お待ちしておりましたぞ。何やら愉快な話が持ち上がっているようですな」


 食堂には、ナウディスが待ちかまえていた。

 そのかたわらの卓に、デルスとその相棒がふんぞりかえっている。他にお客の姿はないようだ。


「よお、ずいぶん早かったな。商売は二の刻までじゃなかったのかい?」


「ええ。今日は宿場町が賑わっていたので、ずいぶん早めに店じまいすることになりました」


「東の民の盗賊団ってやつのせいか。やっぱり東の民ってのは、ロクでもねえな」


 デルスはふてぶてしく笑いながら、大きな鼻をひと撫でした。


「お前さんとの商売がうまくいかなかったら、このまま西の王都を目指すつもりだったんだけどな。どうやら、そういうわけにもいかないらしい。いったんコルネリアまで戻って、別の街道からアルグラッドを目指すとなると、ずいぶんな手間になっちまうぜ」


「そうなのですか。ここからアルグラッドまでは、トトスでひと月もかかる距離だそうですね」


「ああ。コルネリアからでもひと月ぐらいだけど、ジェノスまで行き来した時間がまるまる無駄になっちまうからな。できれば、お前さんと契約させてもらいたいもんだ」


 そのように述べながら、デルスの表情には妥協など許さぬ決意のようなものが感じられた。俺にとっても馴染みがないわけではない、商売人としての気迫である。バランのおやっさんとは似ても似つかないものの、俺はこのデルスという人物にそれほど悪い印象は抱いていなかった。


「あらためて、俺はコルネリアのデルスってもんだ。隣のこいつは相棒のワッズだが、まあ商売の話に口出しする立場ではないんで、気にしなくてもいい」


「はい。俺は森辺の民、ファの家のアスタです。それと、こちらの女性もご紹介させてください」


 俺の視線に応じて、レイナ=ルウが進み出た。


「わたしはルウ本家の次姉、レイナ=ルウと申します。ルウ家で出している屋台の取り仕切り役を担っている者です」


「ほう、お前さんが族長筋の人間なのか。こいつは話が早くて、助かるな」


 レイナ=ルウはお行儀よく一礼してから、明るく輝く青い瞳でデルスを見返した。


「ルウ家が族長筋ということは、やはりバランからお聞きしていたのでしょうか?」


「ああ。ジェノスに出向く前に、兄貴から色々な話を聞かせてもらったよ。兄貴たちは、ずいぶんお前さんたちと深い縁を結んだみたいだな」


 そのように述べながら、デルスは正面の席を指し示してきた。

 6名がけの席であったので、俺とレイナ=ルウとツヴァイ=ルティムが着席させてもらう。残りの3名は、すぐ隣の卓から話を聞いてもらうことにした。


「森辺の民ってのは、正直を美徳にしてるんだろう? それは俺たち南の民も、おんなじことだ。だから、最初に言わせてもらうが……俺は大昔に家を追い出された身でね。兄貴と顔をあわせるのも、15年ぶりのことだったんだ。だからべつだん、俺が建築屋バランの弟だってことは、考えに入れなくていい。俺は何も、兄貴の縁を辿って森辺の民に行き着いたわけじゃねえからな」


「家を追い出されたというのは……どういう事情からなのでしょう?」


「親父と、そりが合わなくてね。働きもせずに家の銅貨を無駄にしていたから、縁を切られちまったんだよ。だからまあ、本来はバランの弟を名乗るのもおこがましい身の上ってわけさ」


 デルスは悪びれた様子もなく、にやりと笑った。


「だけどいまは、誰にも負けない商売人であるつもりだ。前口上はこれぐらいにして、商売の話をさせてもらおうか」


「はい。何か食材を売りたいというお話でしたね。でも、どうして商売相手に俺たちを選んだのですか?」


 俺の言葉に、デルスは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「俺は貴族の横槍に屈しない商売相手を探していた。貴族ってのは、どうにも信用がならねえからな。……だけどお前さんがたは、ジェノスの貴族とずいぶんうまくやってるんだろう?」


「そうですね。森辺の民はちょっと特殊な立場だったので、貴族と交流を結ぶ機会が多くなりました」


「その辺りの事情は、兄貴から聞いてるよ。だけどまず、俺が知りたいのはお前さんがたのことだ。森辺の民が、俺の持ち込んだ食材をきっちり使いこなせる人間なのかどうか、それを確かめさせてもらいたい」


 デルスはわずかに身を乗り出しながら、また大きな鼻をさすり始めた。


「俺の準備した食材は、これまで誰も扱ったことのない食材だ。そいつを生半可な人間に預けるわけにはいかないからな」


「これまで誰も扱ったことのない食材? それはちょっと……どんな食材であるのか、想像もつきませんね」


「そりゃあそうだろう。こいつは、俺がコルネリアの仲間たちと作りあげた食材なんだからな」


 せわしなく鼻をさすりながら、デルスが相棒のほうを横目で見やった。

 ワッズと紹介された大男は、手もとに置かれていた木箱をデルスのほうに押しやった。大きさは20センチ四方で、高さが10センチぐらいの、何の変哲もない木箱だ。デルスは鼻から手を離し、その木箱を慈しむように撫でさすった。


「原料は、ジャガルじゃ珍しくもないタウの豆だ。そいつを俺たちがいじくり回して、この食材を作りあげた。こいつがお披露目されたら、とんでもねえ騒ぎが巻き起こるだろうぜ」


「ますます興味深いですね。いったいどのような食材なのでしょう?」


 デルスはじっと俺の顔を見つめてから、木箱の蓋に手をかけた。

 蓋の下にはさらに油紙まで敷かれて、厳重に封印されている。デルスがその油紙をも取り去ると――とたんに、甘くて香ばしい芳香が広がった。


「これは……もしかしたら、味噌ですか?」


 俺が驚きの声をあげると、デルスは大きな目をうろんげに細めた。


「お前さんは渡来の民で、どんな食材でもすぐに使いこなしちまうって話だったな。まさか、お前さんの故郷には、これと似た食材まで存在したってのか?」


「香りと見た目は、とてもよく似ています。それに、俺の知っている味噌という食材も、タウの豆に似たものを原料にしていたのですよね」


 デルスのぎょろりとした目は、いよいよ極限まで細められることになった。


「それで……お前さんは、そいつの作り方までわきまえているのか?」


「え? いえ、塩や麹というものを使うというぐらいしか知りませんし、この地に麹に似たものが存在するかどうかも知りません。自分で作りあげることなんて、まずできないでしょうね」


 デルスは探るように俺を見つめ続けていた。

 それを安心させるために、俺は笑いかけてみせる。


「本当ですよ。味噌はもちろん、タウ油の作り方だってわかりません。あれもきっと発酵を利用して作られたものなのでしょうが、予想できるのはそこまでです」


「ふん。まあとりあえず、信じておくか」


 デルスはようやくまぶたを上げて、興味深げに木箱を見つめているナウディスを振り返った。


「主人、匙や皿を貸してもらえるか?」


「はいはい。わたしも味見させていただけるのですな?」


「ああ。あんたには色々と世話になっちまうからな」


 ナウディスは弾んだ足取りで厨に向かうと、実にたくさんの食器を抱えて舞い戻ってきた。デルスはそれを見て、もしゃもしゃの眉をひそめている。


「何だよ。こいつは味が強いから、ひとなめすれば十分なんだぜ? 匙や皿なんてひと組で事足りるよ」


「いえいえ。森辺の民というのは、家族でない人間が同じ皿から食事を口にすることを禁じられているそうなのです」


 つまりナウディスは、この場にいるかまど番の全員に行き渡るように、食器を準備してくれたのだった。デルスは不本意げに息をつきながら、木匙をつかみ取る。


「だからって、ここまで大がかりにする必要はねえよ。こいつはタウ油と同じぐらい、味が強い食材と思ってくれ」


 そうしてデルスは、木匙で小指の爪ほどの分量を木皿に取り分けることになった。確かにこれならば、木匙を7本準備するだけで用事は足りたかもしれない。

 ともあれ、味見である。

 全員に木皿が行き渡るのを確認してから、俺はその懐かしい香りのする食材を口に含んでみた。


 たちまち、香りから連想される通りの味が口の中に広がっていく。

 甘くてしょっぱくて香ばしい、味噌の味である。

 わりと強めに酒精を思わせる風味も含まれており、さらに微量な酸味も感じられる。しかし、この食材の持つ甘さや風味を阻害するほどではなかった。


「ああ……これはやっぱり、俺の知る食材とよく似ているようです」


 醤油に似たタウ油が存在するのだから、この世のどこかには味噌に似た食材も存在するのではないか――それは、俺が長らく秘めていた思いであった。それがとうとう、目の前に現出したのだ。俺は何となく、記憶の隅に追いやっていた旧友と再会できたような心持ちであった。


 いっぽう、他の人々の反応はさまざまである。

 レイナ=ルウやトゥール=ディンはきわめて真剣そうな面持ちで吟味しており、ツヴァイ=ルティムはいつもの仏頂面で木匙をなめている。ユン=スドラは判断に困っているような面持ちで、マルフィラ=ナハムは――びっくりまなこで視線をさまよわせていた。


「なるほど。確かにタウ油と同じぐらい、強い味を有しているようです。それほどタウ油に似ているとは思わないのですが……でも、どこかに似た風味があるようにも感じられますね」


 やがてレイナ=ルウが、一同を代表する形でそのように発言した。


「これを料理で使ったらどのような味わいになるのか、とても心を引かれます。これをわたしたちに売っていただけるのですか?」


「おたがいの条件が折り合えばな。そしてその前に、お前さんがたの腕を見せてもらいたい。こいつで粗末な料理を作られたら、誰も食材としての価値を認めなくなっちまうだろうからな」


 本当にこれまで味噌というものが存在しなかったのなら、デルスの言い分ももっともである。しかし俺としては、まったく不安を覚えることはなかった。


「だけどこれは、汁物に入れたりするだけで、タウ油に負けないぐらい美味なのではないですか? また、調理するのが難しい食材であれば、その時点で商品としての価値は下がってしまうと思います」


「そいつも確かに、道理だな。だけどまあ、こんなに立派な食材を使って粗末な料理しか作れないような人間とは、とうてい商売する気にはなれないね」


 デルスは不敵に笑いながら、蓋を閉めなおした木箱を俺のほうに差し出してきた。


「主人とはもう話をつけてある。こいつを使って、何か料理を作ってくれねえか? それで納得のできる味だったら、あらためて商売の話を進めさせてもらいたい」


「ナウディスが了承してくれるのなら、俺にも異存はありません。俺としても、この食材は見逃せないですからね」


 しかし、6名ものかまど番が厨に向かうのは、いかにも大がかりである。俺たちは協議をして、ツヴァイ=ルティムとユン=スドラの2名がその場に残ることになった。


「アタシがかまどに立つ必要はないからネ。コイツがいったいどういう条件でこの食材を売りつけようとしているのか、ソイツをじっくり問い質しておくヨ」


「わたしはツヴァイ=ルティムがどのような話をするのかを学びたいと思います。その食材の扱いに関しては、おいおい勉強会で学ぶ機会があるのでしょうし」


 ということで、俺、レイナ=ルウ、トゥール=ディン、マルフィラ=ナハムの4名が、ナウディスの案内で厨に向かうことになった。


「いやはや、何とも風変わりなお客様でありますな。しかしこれは、なかなかに興味深い食材であるように思いますぞ」


「ええ。タウの豆を原料にしているだけあって、南の方々の口に合うのではないでしょうかね」


 そんな言葉を交わしつつ、俺は調理に取り組むことになった。

 使用した食材の代価はデルスが支払う手はずになっており、ギバ肉も好きなだけ使ってかまわないとのことである。ナウディスに聞く限り、デルスに吝嗇の気配は見られないようだった。


 とはいえ、試食であるのだから、それほどの量は必要ないだろう。俺は、3種の料理を少量ずつこしらえることにした。

 レイナ=ルウたちに指示を飛ばしながら、自分でも作業を進めていく。そうしてタウ豆の味噌に熱が加えられると、いっそう魅惑的な香りがたちこめることになった。


「ああ、素晴らしい香りですな。タウ油とはまったく異なるのに、それと同じぐらい芳しく感じられてしまいます」


 見守りの役であるナウディスは、うっとりと目を細めながら、そのように語っていた。鉄鍋の中身を攪拌しながら、レイナ=ルウも神妙な面持ちになっている。


「確かにこれは嗅ぎなれぬ匂いであるのに、とても好ましく思います。アスタの故郷でも、これに似た食材は重宝されていたのですか?」


「うん。タウ油に似た食材ぐらい、頻繁に使われていたと思うよ。ほとんど毎日口にする家があってもおかしくないぐらいだろうね」


 調理を進めていく中で、俺の中に生まれた郷愁感はぐんぐんと高まっていった。

 タウ油やシャスカと初めて巡りあったとき――そして、カレーの試作品を完成させたときにも劣らないぐらい、強い思いである。俺にしてみれば、それは1年と数ヶ月ぶりに嗅ぐ味噌の香りであるのだった。


 それでも俺の知る味噌そのものではないし、本物の味噌だって味わいはさまざまである。俺は入念に味見を繰り返しながら分量を調整し、ぶっつけ本番でかなう限りの完成度を目指すことにした。


「……アスタ。この食材は菓子にも使えるのでしょうか?」


 と、完成間際でトゥール=ディンがそのように問うてきた。

 ちょっと考えてから、俺は「うん」とうなずいてみせる。


「しょっぱくなりすぎないように気をつければ、色々と応用できると思うよ。これはタウ油と同じように、砂糖とも相性のいい食材だろうからね」


「そうですか。わたしも何となく、これは菓子に合うのではないかと考えていたのです」


 トゥール=ディンはひかえめに、それでも嬉しさを隠しきれぬ様子で微笑んだ。

 そのやわらかい笑顔に心を癒されつつ、料理は完成である。


「お待たせしました。とりあえず、3種ほど準備してみました」


「ほお、いきなり3種か。こいつは思いきったものだな」


 ツヴァイ=ルティムとユン=スドラは元の席に戻り、俺たちは皿を並べていく。ナウディスは、食べる前からぞんぶんにそわそわしていた。


「あの、俺たちも味見をさせていただきますので、食材の代価は半分お支払いしますよ」


「そんな気遣いは無用だ。これは、俺が持ち込んだ話なのだからな。お前さんがたも、これが買いつける価値のある食材であるかどうか、その舌で確かめるがいい」


 俺は礼を言いながら、料理を各自に配膳した。ナウディスはデルスの隣に陣取ったので、そちらにも皿を回していく。


「ご覧の通り、汁物と炒め物と煮物です。そんなに凝った料理ではありませんが、食材のよさは活かせていると思います」


「ふん。見た目や香りは、申し分ないようだな」


 デルスはぎょろりとした目で、配られた料理を見回していく。

 汁物は、当然のように豚汁を模した料理である。ギバのバラ肉、ダイコンのごときシィマ、ニンジンのごときネェノン、ジャガイモのごときチャッチを使い、ひかえめにチットの実も散らしている。


 炒め物は、シンプルな味噌炒めだ。ギバのモモ肉、キャベツのごときティノ、タマネギのごときアリア、モヤシのごときオンダ、あとはブナシメジに似たキノコを使い、味噌ダレは砂糖やケルの根やミャームを使い、甘辛く仕上げている。


 そして煮物は、味噌に乳脂を加えていた。俺としては、味噌バター煮のイメージでこしらえた料理である。

 こちらはあらかじめ、タウ油や砂糖や燻製魚の出汁で別途に甘辛いタレを作り、それを味噌および乳脂とあわせて、じっくり煮込んでいる。食材はおもいきって、サトイモのごときマ・ギーゴのみに、挽き肉をわずかに散らしたばかりであった。


「肉は、いずれもギバ肉です。個人的に、この食材はギバ肉と相性がいいように考えています」


「ああ。ギバ肉というのは、かなり力強い肉質であったからな。あれならば、俺の持ち込んだ食材に負けることはあるまい」


 そのように述べながら、デルスは汁物料理をすすり込んだ。

 そのひときわ大きな目が、ぎらりと強い光を放つ。

 そんなデルスのかたわらで、煮物を口にしたナウディスは「おお」と恍惚たる笑みを浮かべていた。


「ほとんどマ・ギーゴだけの料理であるのに、これは美味ですな。すぐにでもわたしの宿で売りに出したいぐらいでありますぞ」


「あはは。ナウディスは煮込みの料理がお好みのようですね」


「はいはい。タウ油も乳脂に合うとは思っていましたが、このみそという食材も同様であるようですな」


「……それはアスタの故郷の食材の名で、俺の持ち込んだこいつとは別物だぞ」


 そのように述べながら、デルスは無言の相棒に視線をくれた。


「ワッズ、お前さんはどう思う?」


 ワッズなる大男は、炒め物を口にかきこんだところであった。1人前はごく少量なので、彼にとってはひと口である。

 それを念入りに咀嚼してから、ワッズはデルスの姿を見返した。


「……そんなことは、聞くまでもねえだろお。おめえは、何か文句でもあるってえのか?」


 それはゴロゴロと濁った音の混じった、ちょっと聞き取りづらい声だった。

 それに、イントネーションがやや異なっているようにも感じられる。ジャガルの中でも、訛りのある地域の出自であるのだろうか。

 ともあれ、相棒のそっけない返答に、デルスは「ふん」と鼻を鳴らしていた。


「お前さんは、意外に食うものにうるさいからな。参考までに、感想を聞いておきたかったんだ」


「うめえよお。さっき食ったギバ料理と同じぐらいうめえ。こいつら、大したかまど番だあ」


 表情は無愛想だが、言葉の内容はずいぶんと友好的である。それに、ちょっととぼけた言い回しには、なかなか愛嬌があるように感じられた。


 いっぽう森辺のかまど番たちは沈黙を守っていたが、これはデルスたちが評価を下す場であるので、発言を自粛しているのだろう。ただ、レイナ=ルウやトゥール=ディンは感じ入ったように息をついているし、ユン=スドラなどは満面の笑みである。そして、ひとり仏頂面をさらしていたツヴァイ=ルティムは、デルスにも負けないぎょろりとした目でマルフィラ=ナハムをねめつけていた。


「グシグシうるさいネ。アンタはいったい、何を泣いてるのサ?」


「も、も、申し訳ありません……あ、あまりに美味であったもので……」


 マルフィラ=ナハムは、またもや感涙にむせていたのだった。

 デルスは残っていた料理をすべてたいらげてから、「なるほどな」と腕を組む。


「調理の腕は、申し分ない。正直に言って、初っ端からこれほどのものを作りあげるとは考えてもいなかった。お前さんは大した料理人だよ、アスタ」


「いえ。これも故郷に似た食材が存在したからですよ」


「それこそが、お前さんの持つかけがえのない力なんだろうさ。……これでようやく、本格的に商売の話を始められそうだな」


 デルスの目が、ツヴァイ=ルティムのほうに向けられた。


「ただ、お前さんたちはあんまりのんびりもしていられないんだろう? ひと通りの話はそっちの娘っ子にしてあるので、そいつを持ち帰ってじっくり検討するといい。返事は、明日にでも聞かせてもらおう」


「あんな話を、たったひと晩で決着つけろっていうつもり? 三族長に話をつけるのだって、こっちは1日がかりなんだけどネ」


 とたんに、ツヴァイ=ルティムが険悪な声をあげる。

 それは、三族長の合議が必要なほどの話であるのだろうか。デルスは意に介した様子もなく、にやりと笑っている。


「もちろん、ひと晩で決着がつくとは思っちゃいねえよ。だけどこっちは、1日のびるごとに宿賃がかさむんだからな。まずは俺の提案を受け入れてもらえるかどうか、族長さんたちに確認してくんな」

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