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異世界料理道  作者: EDA
第三十八章 群像演舞~四ノ巻~
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    いつか見果てぬ空へ(中)

2018.10/22 更新分 1/1

 翌朝、ロイが《銀星堂》の厨に足を踏み入れると、そこにはボズルの姿しかなかった。


「お疲れさん。寝過ごさなかったようで、何よりだ」


「ええ。親切な母親が叩き起こしてくれましたよ。おかげさまで、完全に寝不足です」


「あのていどの夜ふかしで、大げさだな。俺がロイぐらいのころは、寝ずに騒いで仕事に向かっていたものだぞ」


 陽気に笑いながら、ボズルは作業台の上を清めている。同じ仕事に取りかかりながら、ロイは周囲を見回した。


「ずいぶん静かですね。もしかしたら、まだヴァルカスたちは降りてきてないんですか?」


「ああ。あちらはあちらで、夜遅くまで地下の食料庫にこもっていたようだ。俺たちが酒場から戻ったとき、まだ厨に明かりが灯っていたからな」


 食料庫にこもっているうちに、何か調理の妙案でも思いついて、試作や研究に取り組んでいたのだろう。いまだ弟子入りして間もないロイであったが、そういう話はもう何度となく聞かされていた。


(だったら、俺たちも同席させてくれって話だよな。まったく、不親切な師匠だぜ)


 とはいえ、昨日の酒場での一幕は、ロイにとってもなかなか得難いものであるはずだった。鼻歌まじりに掃除をしているボズルの姿が、これまで以上に好ましく、頼もしく思えてしまう。仕事仲間と馴れ合うことをよしとしていなかったロイにとって、それはきわめて新鮮な感覚であった。


 そこでようやく、入り口の扉が開かれる。

 が、姿を現したのはシリィ=ロウであった。何やらげっそりとした面持ちをしており、「うー」とうなっている。


「遅くなってしまい、申し訳ありません……あれ、ヴァルカスたちは、まだなのですか?」


「ああ。今日は珍しく、朝寝を楽しんでいるらしい。シリィ=ロウは、ずいぶんつらそうだな」


「まだちょっと昨日の酒が残ってしまっていて……ううう、目の奥がちかちかします」


 両手でこめかみをおさえるシリィ=ロウの姿に、ボズルは愉快そうな笑い声をあげる。


「確かに、シリィ=ロウがあれだけ酩酊する姿は、初めて見たからな。俺と同じぐらいは飲んでいたんじゃないか?」


「まさか。ボズルの半分も飲んだら、胃袋が破裂してしまいます。……ただ、歩いて家に戻った記憶がないのですよね……」


「そりゃあ、歩いていないんだから当然だ。シリィ=ロウは途中で寝入ってしまったから、ロイが担いでここまで運んでくれたんだぞ」


「えええ!」と叫んで、シリィ=ロウは顔を真っ赤にした。

 そして、惑乱した目つきでロイをにらみつけてくる。


「そ、それは本当の話なのですか? まさか、わたしをからかっているのではないでしょうね?」


「残念ながら、本当の話だよ。大事な兄弟子を置いて帰るわけにもいかなかったんでね」


「そ、それでどうして、あなたがしゃしゃり出てくるのです? 力仕事なら、ボズルにその役をお願いするべきでしょう?」


「ボズルも、めいっぱい酔っ払ってたんだよ。途中で転んだりしたら、お前がすり潰されちまうと思ったから、不本意ながらしゃしゃり出ることにしたわけさ」


 シリィ=ロウは「うぐぐ」とうなってから、やがて観念したように肩を落とした。


「それは、大変ご迷惑をかけてしまいました……さきほどの暴言は撤回させていただきます」


「別にいいよ。お前がしおらしいと、かえってやりづらいからな」


「あ、あ、あなたはやっぱり、兄弟子に対する敬意が欠けています!」


 シリィ=ロウがそのようにわめいたところで、再び扉が開かれた。今度こそ、ヴァルカスとタートゥマイの登場である。


「あ、お、おはようございます、ヴァルカス。騒がしくしてしまい、申し訳ありません」


「おはようございます。皆、集まっているようですね」


 ヴァルカスは、ひたひたと厨の中央まで歩を進めた。タートゥマイは、影のようにつき従っている。ロイたちよりも夜ふかしをしていたという話であったが、両者ともに普段通りの無表情っぷりであった。


「もうすぐ掃除も終わりますので、少々お待ちください。今日は仕込みの仕事を終えた後、サトゥラス伯爵家に出張る予定でありましたな」


 ボズルが笑顔でそのように発言すると、ヴァルカスは「いえ」と首を振った。


「その予定を、いささか変更したいと思います。サトゥラス伯爵家には、あなたがた3名で出向いてください」


「え? しかし今回は、ヴァルカス殿がじきじきに仕事をお引き受けしたのでしょう? 前回はシリィ=ロウにまかせてしまったので、今回は断りきれなかったと言っていたではないですか」


「わたしは体調を崩してしまったため、出向くことができなくなってしまったとお伝えください。こちらに書状も準備しましたので、これもお渡しするようにお願いします」


 ヴァルカスの言葉に、シリィ=ロウが飛び上がった。


「ヴァルカスは、体調を崩されてしまったのですか? いったい、どこがお悪いのです?」


「どこも悪くはありません。体調を崩したというのは、虚言です」


 ヴァルカスは、いつも通りのぼんやりとした口調でそう言った。

 そして、緑色をしたその瞳を、ロイのほうに向けてくる。


「サトゥラス伯爵家における仕事は、あなたがたにおまかせいたします。名代にはロイを指名しますので、すべて彼の指示に従ってください」


「はあ?」と、ロイは思わず叫んでしまった。


「ちょっと待ってくださいよ。なんで一番の新入りである俺が、ヴァルカスの代理をつとめなきゃならないんです? というか、仮病で仕事を断るっていうのが、そもそもおかしいでしょう?」


「ええ。ですがわたしは、いま一度あなたの力量を測っておきたく思ったのです」


 あくまでも淡々と、ヴァルカスはそのように言葉を重ねた。


「わたしの代理人として無事に仕事を果たすことができたら、今後も弟子として扱わせていただきます。しかし、もしも貴き方々の不興を買うようでしたら……そのときは、別の師匠をお探しください」


 ロイは、言葉を失うことになった。

 すると、シリィ=ロウが厳しい面持ちで進み出る。


「お待ちください、ヴァルカス。どうしていまさら、そのようなことを仰るのですか? その言い様は、あまりに道理を欠いているかと思われます」


「そうでしょうね。わたしはあまり、道理というものを重んずる人間ではないのです」


 シリィ=ロウの言葉に感じ入った様子もなく、ヴァルカスは息をつく。


「わたしは、ロイの力量を認めました。彼には料理人としての確かな才覚が備わっているのだろうと思います。こと調理に関しては、彼がわたしの足を引っ張ることもないでしょう」


「それなら、何故――!」


「彼と言い合いをするのは、疲れるのです。わたしはこの厨の中で、料理のことだけを考えていたいのです。彼は、それをさまたげる存在と見なしました」


 シリィ=ロウも、言葉を失うことになった。

 ヴァルカスは、それにもかまわずに言葉を重ねていく。


「だからわたしは、今日をもって彼に暇を取らせようと考えていたのですが……タートゥマイに、諌められました。だから、もう一度だけ、彼に機会を与えようと考えたのです」


「……それで、この仕打ちってわけですか」


 ようやく我を取り戻したロイが言い返すと、ヴァルカスは「はい」とうなずいた。


「条件は、さきほど述べた通りです。サトゥラス伯爵家の方々からご満足いただけたというお返事をもらえれば、あなたの勝ちとさせていただきます」


「それで、俺はあなたに文句をつけるたびに、こうやって腕試しをさせられるわけですかね?」


「いえ。タートゥマイは、あなたときちんと向き合って、正しき道を示すべきだと言っているのです。それが、わたしのためにもなる、と……果たして、そうなのでしょうかねえ」


 ヴァルカスは、残念そうに溜息をつく。そのかたわらで、タートゥマイは東の民のごとき無表情である。


「タートゥマイがそのように言い張るのは珍しいことなので、わたしもその言葉を聞き入れることにしました。ただしその前に、もうひとたびだけ腕試しをさせていただくことにしたのです。……もちろん、この腕試しを引き受けるかどうかは、あなた自身が決めることですが」


「引き受けなかったら、俺はこの厨から追い出されるんですよね? だったら、やるしかないじゃないですか」


「そうですか。では、おまかせいたします」


「お待ちください!」と、シリィ=ロウが再びわめいた。


「ヴァルカス、このやり口は、あまりに常識から外れています。ロイが粗末な料理を作ってしまったら、ヴァルカスの名が貶められることになるのですよ?」


「はて、それはどういう意味でしょう?」


「ヴァルカスからじきじきに名指しされた弟子が不始末を起こせば、それは師匠の責任となります。ヴァルカスは未熟な新入りの弟子に大事な仕事を任せたのだと、伯爵家の人々の怒りを買うことにもなりかねません。そうしたら……ヴァルカスの名も、地に落ちます」


「わたしの名前が地に落ちたら、それはわたしの力で取り戻します。何も心配する必要はありません」


 ヴァルカスはあっさりとそう言って、またロイに目を向けてきた。


「ということで、心置きなく仕事に励んでください。シリィ=ロウとボズルを調理助手として同行させることを許します」


「ええ、承知しましたよ、師匠殿。死力を尽くして、あなたの弟子の座に居座り続けてやりますからね」


 ロイとしては、そのように答えるしかなかった。


                    ◇


「まったく、ヴァルカスは何を考えているのでしょう!」


 サトゥラス伯爵邸に向かう道中でも、シリィ=ロウはまだ怒っていた。

 伯爵家からよこされた、迎えのトトス車の中である。車中には3人の姿しかなかったので、シリィ=ロウは誰にはばかることもなく怒声をあげている。


「だいたい、あなたも悪いのですよ、ロイ! いつもいつもヴァルカスに逆らっているから、このような目にあってしまうのです!」


「そうかもしれねえけど、変人の度合いはあっちが上だろ。俺だって、まさかこんな仕打ちを受けるとは夢にも思ってなかったよ」


 座席に深くもたれながら、ロイは溜息をついてみせた。

 ボズルはさきほどから、気の毒そうに笑っている。


「まあ、こうなったからには力を振り絞るしかあるまい。先日の晩餐会のようにな」


「あのときは菓子だけでしたが、今回は6種の料理すべてを用意しなければならないのですよ? しかも、内容が内容です」


「ああ。ヴァルカス殿も、よりによってこのような仕事を腕試しに選ぶとはな」


 ヴァルカスがこうして貴族の屋敷に招かれることは、珍しくない。ヴァルカスはなるべく設備の整っている《銀星堂》まで足をのばしてもらいたいと願っているが、貴族からの依頼を無下にすることはなかなかできないのだ。


 ただし今回は、普通の依頼ではなかった。

 サトゥラス伯爵家の当主ルイドロスは、ヴァルカスにギバ料理をふるまってほしいと願い出ていたのである。


「噂に名高いヴァルカスが、ついにギバ料理に着手したと聞き及んでね。ちょうどこちらでもギバ肉が手に入ったところであったので、是非その出来栄えを、わたしにも楽しませていただきたい」


 伯爵は、そのように述べていたらしい。

 ロイは、初めて手にするギバ肉で、貴族に満足してもらえるような料理を作りあげなければならないのである。


「だけどロイは、俺たちの中で一番数多くのギバ料理を食べてきた身であるのだろうからな。この際は、その経験を活かす他あるまい」


「ええ、もちろんそのつもりですよ。……ただ、調理されていないギバ肉なんて、指一本触れたこともない身ですけどね」


 ギバ肉は、《銀星堂》でも買いつけている。が、ロイも当時は正式な弟子ではなかったので、触れることを許されなかったのだ。


「とにかく、当たって砕けろです。自分で撒いた種でもあるんですから、自分で始末をつけますよ」


 そのように述べてから、ロイはふたりの姿を見比べた。


「……でも、それにはおふたりの力が必要です。こんな面倒事に巻き込んじまって、本当に申し訳ない限りですけど……どうか、力を貸してください」


「もちろんさ。こんなやり口は、俺も感心しないからな」


「……《銀星堂》の名を守るためなら、わたしだって死力を尽くす他ありません」


 そう言って、シリィ=ロウは真っ直ぐにロイを見つめてきた。


「だけど、わたしたちにできるのは、あなたの背中を支えることだけです。あなたはあなたの力で、自分の進むべき道を切り開くしかないのですよ?」


「ああ、わかってる。……頼りにしてるぜ、シリィ=ロウ?」


 わずかに頬を染めながら、シリィ=ロウは「ふん」と顔を背けてしまった。

 そうするうちに、車はサトゥラス伯爵邸に到着する。以前はシリィ=ロウとふたりきりで乗り込んだ屋敷である。あのときは、伯爵家の人々と森辺の民の和解の晩餐会で、シリィ=ロウが厨番を引き受けることになったのだ。


 あの日と同じように小姓が現れて、ロイたちを浴堂に導いていく。ヴァルカスの書状は最初に渡しておいたので、いまごろルイドロスがそれを検分している頃合いであろう。

 身を清めたロイたちが厨にまで案内されて、そこでルイドロスの返事を待っていると、やがて小姓の口からそれが伝えられた。


「体調を崩したのであれば、致し方がない。ヴァルカスのお弟子がどれほどのギバ料理を作りあげられるものか、心より楽しみにしている。……以上が、伯爵様のお言葉です」


 とりあえず、この場で屋敷から追い出されることはないようだった。

 サトゥラス伯爵家の当主というのは、わりあいに柔和な気性であるのだ。それでも、ジェノスで指折りの大貴族であることに間違いはないので、そんな相手をだまくらかそうというヴァルカスは、よほどの生命知らずであろう。


「それでは、調理に取りかからせていただきます。……あ、その前に、本日列席される客人の方々に変更などはありませんでしょうか?」


 ロイの質問に、小姓は「はい」とうなずいた。

 どうしてそのようなことを問うのかと、胸の内ではいぶかしく思っているのかもしれないが、もちろんそのような内心をさらしたりはしない。


「それでは、晩餐は下りの六の刻となりますので、よろしくお願いいたします」


 小姓が厨を出ていき、その場にはロイたち3名だけが残された。

 運び込まれた食材を使いやすいように分類しながら、ロイは思わず「まいったな」とつぶやいてしまう。


「どうしたのです? 何か本日の顔ぶれに問題でもあるのですか?」


「大ありだな。来る前に確認させてもらったけど、そこには侯爵家の第一子息婦人とその息女の名前も並べられてたんだよ」


「エウリフィアと、オディフィア姫ですか。それにいったい、何の問題が……ああ、そういうことですか」


「そうだよ。半月前にも《銀星堂》を訪れたお客に、同じ品をお出しすることはできねえだろ? あーあ、菓子だけは献立で迷わないと思ってたのにな」


 言いながら、ロイは自分を鼓舞するために胸をそらせた。


「ま、泣き言を言ってても始まらねえや。ギバ肉は、どの部位が準備されてるんだっけ?」


「胸肉と足肉がひと箱ずつですね。どちらもまだ箱に半分ずつ残されているようです」


「ふん。準備するのは10人前だから、量に不足はねえな」


 しかし、現地で準備された食材を、試作で無駄にすることは許されない。もちろん味見と称して多少ばかりの食材を消費することは許されようが、ヴァルカスのように失敗作をくず入れに捨てることなどはできようはずもなかった。


(ぶっつけ本番で、貴族に文句を言われない料理を作れってんだからな。まったく、容赦も慈悲もない師匠だぜ)


 そのようなことを考えながら、ロイは「よし」とシリィ=ロウを振り返った。


「それじゃあ、足肉の箱をこっちによこしてくれ。まずは、ギバ肉の下ごしらえだ」


                   ◇


 それから数刻を経て、ロイたち3名は貴族たちの待つ会食の場に招かれることになった。

 客人の数は10名で、上座には当主のルイドロスが座している。その他にも、見知った顔がいくつか並んでいた。


「お待たせいたしました。本日はこちらの非礼なふるまいにご容赦をいただき、心より御礼とお詫びの言葉を申し述べさせていただきたく思います」


「いやいや、病魔に冒されたとあっては是非もない。ヴァルカスのお弟子たちもそれぞれ店を持てるほどの力量だと聞いているので、きっと我々を満足させてくれることであろう」


 気取った口髭をひねりながら、ルイドロスはシリィ=ロウのほうに目をやった。


「以前の晩餐会では、そちらのシリィ=ロウが見事なギャマ料理を出してくれたしね。あのときは森辺の客人らにもご満足いただけたようで、わたしも胸を撫でおろしたものだ」


「……過分なお言葉、ありがたき限りでございます」


「それでたしか、その際には其方がシリィ=ロウの助手をつとめていたのだよね、ええと……ロイとやら」


 ロイは背筋をのばしつつ、「はい」とうなずいてみせた。

 ルイドロスは優雅に微笑みつつ、ロイの姿を真っ直ぐに見つめている。


「そんな其方がヴァルカスの名代であると聞き、わたしはひどく驚かされたよ。あの頃の其方は、まだヴァルカスに正式な弟子入りを認められていなかったそうだね」


「……はい。左用でございます」


「でも、彼はヴァルカスと見まごう菓子を作りあげて、見事に弟子の座を勝ち取ったのですよ。あれは、楽しい余興であったわ」


 侯爵家の第一子息婦人、エウリフィアがころころと笑い声をあげる。人形のように無表情なその愛娘は、本日も愛想のない顔でちょこんと席に座していた。


「あれからわずか半月で、ヴァルカスの名代をつとめあげることができるなんて……それだけあなたが優秀な調理人であるということなのかしら?」


 ロイは、言葉に詰まることになった。

 それを認めると、自分がシリィ=ロウたちよりも優秀だと言い張ることになってしまう。が、それを否定すると、どうしてそんな未熟者がヴァルカスの代理を果たすのだとなじられてしまいそうなところであった。

 そんなロイの煩悶を見て取ってか、シリィ=ロウが「恐れながら」と声をあげる。


「確かにこのロイは優秀な料理人ですが、わずか半月でわたしたちの上に立つことなど、できようはずもありません。失礼ながら、わたしたちにも長年ヴァルカスのもとで学んできたという自負がございます」


「あら、それならどうして、彼が名代をつとめることになったのかしら?」


「それはロイが、誰よりもギバ料理に対して深い造詣を有しているためです」


 エウリフィアは、「ああ」と微笑んだ。


「彼はトゥラン伯爵邸で、アスタとともに過ごしていたという話であったのよね。それで、誰よりも深くギバ料理と関わることになったということかしら?」


「ええ、その通りです。彼は長らく宿場町の屋台にまで通っていましたし、近年ではわたしたちとともに森辺の集落を訪れています。ヴァルカス自身よりも、はるかに多くのギバ料理を口にしてきているのです」


 さすがは旧家の令嬢だけあって、シリィ=ロウは堂々としたものであった。かつてはこのエウリフィアに招かれて、茶会の客人となったこともあるほどであるのだ。

 それらのやりとりを聞いていたルイドロスも、それでようやく「なるほど」と納得してくれた。


「どうしてシリィ=ロウやもうひとかたの兄弟子を置いて、新入りの弟子が名代をつとめるのかと、それだけが心にひっかかっていたのだよ。これでやっと、心置きなく料理を楽しめそうだ」


「……それでは、料理をお出しします」


 冷や汗をぬぐいたい心境で、ロイはシリィ=ロウのほうを見た。なんとか感謝の念を伝えたかったのだが、シリィ=ロウは素知らぬ顔で前菜の皿を運んでいる。その代わりに、ボズルがロイを励ますように片目をつぶっていた。


(ここまでお膳立てしてもらったんだ。石にかじりついてでも、この腕試しを切り抜けてやるぞ)


 そのように念じながら、ロイはその場に居並んだ10名の貴族たちを見回していった。

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