第七話 南の王国の建築屋(上)
2018.10/18 更新分 1/1
「ほうら、今日はご馳走だよ」
元気な声をあげながら、伴侶や娘や息子の嫁たちが、卓に料理を並べていく。その姿を見守りながら、バランは「うむ」と応じてみせた。
ここはネルウィアの、バランの家である。本日は、ようやくジェノスから戻ることのできたバランをねぎらうための、盛大な晩餐であった。
近隣の住民まで招かれているので、広間は人間でいっぱいになってしまっている。バランが故郷を離れていた3ヶ月ばかりの間、誰もが息災であったようだった。
むろん、3ヶ月の時間をともにしてきた建築屋の面々は、各自の家に帰っている。家庭を持っている人間であれば、きっとどの家でも同じような光景が展開されていることだろう。あちこちの町で仕事を果たすバランの建築屋でも、これほど長きに渡って故郷を離れるのは、年に1度のことであるのだった。
「予定の日を過ぎても戻ってこないもんだから、途中で野盗にでも襲われたのかと、ひやひやしちまったよ。息災そうで何よりだな、バラン!」
幼少の時分からつきあいのある組立屋の親父が、笑顔で肩をどやしつけてくる。そちらにも、バランは「うむ」と応じてみせる。
「何だよ、ひさびさのご対面だってのに、気難しそうな顔をしちまってさ。俺たちに、何か不満でもあるってのか?」
「そんなわけはなかろう。この顔は、生まれつきだ」
バランはただ、こういう場で主役にまつりあげられるのが苦手なだけであった。しかし、家族も隣人も心からバランの帰還を喜んでくれているのだから、それをじゃけんにすることはできない。結果として、仏頂面で黙り込むことが多くなってしまうのだった。
「おい、こっちの仕事に手抜かりはなかっただろうな?」
息子のひとりに向かって声をかけると、「当たり前だろ」という陽気な声が返ってくる。
「俺だって、いつまでも見習いの小僧じゃねえんだからな。親父のいない間もばんばか仕事は入ってたんだから、全部見事にこなしてみせたよ」
「ふん。あとで雨漏りがするなどと文句をつけられないことを祈るばかりだな」
バランは建築屋を家業としていたので、息子にもその技を伝えていた。バランがネルウィアを離れている間は、24歳になるこの長男と、19歳になる次男が、仕事を切り盛りしていたのだ。16歳になる末の娘は、バランの伴侶や長男の嫁と一緒に晩餐の準備をしていた。
両親はすでに魂を返しており、弟や妹は家を出ていったので、これがバランの家族のすべてである。長男夫妻の間に子はまだできておらず、次男は嫁を迎えていない。次男は長男よりも真面目で仕事の腕も確かであったが、バラン似の無愛想であったので、なかなか嫁の来手がないのだろう。バランが伴侶を娶ったのも、20代の半ばに差し掛かってのことであった。
「さ、お待たせしたね。皿が空いたらまた新しい料理を持ってくるから、まずは始めちまっておくれ」
伴侶の陽気な声に、客人たちは歓声で応えていた。そのうちのひとりが、笑顔でバランに向きなおってくる。
「それじゃあ、挨拶を頼むよ、ご主人殿。こいつは、お前さんの無事な帰りを祝う会なんだからな」
「挨拶などいるものか。いったい何を話せというのだ?」
「何でもいいから、適当にやっつけろよ。せっかくの料理が冷めちまうだろ?」
バランを溜息をつきながら、しかたなく立ち上がった。
「気のきいた挨拶など、何も思い浮かばん。好きなだけ、食って飲んで騒ぐといい。……大地神ジャガルに祝福を」
「祝福を!」と復唱して、男たちは酒杯を振り上げる。女たちは、その手もとに次々と料理を取り分けていった。
「さ、たんと召し上がれ。道中では、ロクなもんを食べてなかったんだろう?」
「うむ」と応じつつ、バランも木皿を受け取った。
キミュスの肉の煮付けである。タウ油と砂糖とケルの根が使われており、甘辛い芳香が鼻をくすぐってくる。肉は奮発して、皮つきの肉であった。
ジャガルでは、カロンに適した牧草が育ちにくいので、その肉はいっそう高値である。頻繁に食べられるのはキミュスや野鳥、それに魚介の類いであった。ネルウィアは内陸の町であるので、川でとれる魚と小さな貝、それにマロリアと呼ばれる赤い甲殻虫の肉が好まれていた。
周囲の騒ぎを聞き流しながら、バランはキミュスの皮つき肉にかじりつく。
ケルの根がきいており、なかなかに辛みが強い。しかし、タウ油の濃い味にはよくあっている。砂糖の分量も、バランの好みをよくわきまえてくれていた。
キミュスは皮つきだとその油分も楽しむことができるので、いっそう旨みが増している。このぐにゃぐにゃとした食感を嫌う人間もいなくはなかったが、バランはべつだん苦手としていなかった。
バランのよく知る、バランの家の味である。
バランの伴侶が自分の母親から引き継ぎ、この家に嫁入りしてからはバランの母親からの教えも受けて、この味を作りあげた。これが、いまのバランの家の味であるのだ。
バランはニャッタの発泡酒をあおってから、次の木皿に手をのばす。
こちらは、汁物料理である。アリアやシィマやチャンが、川魚と一緒に煮込まれている。まずは煮汁をすすってみると、マロリアの出汁がきいていた。
マロリアは殻ごと煮立てたのち、その身はほぐして別の料理で使うのが、ジャガルでの定番である。そのまま汁物料理の具材としても悪くはないが、マロリアの煮汁にマロリアの肉ではつまらない、という風潮が強いのだ。本日、マロリアのほぐした肉はレテンの油と塩で和えられて、フワノの生地に塗りたくられていた。
どの料理を食べても、バランの家の味がする。
いずれも、ほっとするような味である。
ただ、バランの脳裏には、普段にない想念が浮かびあがってしまっていた。
(……アスタや森辺の娘たちであれば、このマロリアをどのように仕上げるのだろうな)
ジェノスの近在ではマロリアがとれないので、アスタたちが扱ったことはない。海に住むマロリアこと、マロールの干物は扱うことができるという噂であったが、それは遥かなる西の王都から運び込まれてきた高価な食材であるらしく、宿場町で使おうとする人間はあまりいなかった。
(いや、しかし、海草だの海魚だのの干物は、アスタたちも頻繁に使っているという話だったな。マロールを使わないのは、肉が余計だからか)
森辺の民は、ギバの肉を売ることを目的としている。海魚の干物などは木片のように硬く干し固められているので、それを削って出汁にしているという話であったのだ。ギバの肉というたいそうな食材がある以上、マロールの肉などは使い道がないのだろう。
(タウ油や砂糖やケルの根を、あれだけ見事に使いこなしているんだ。マロリアでもマロールでも、その気になればいくらでも使いこなせるのだろうな)
そんな考えにとらわれながら、バランは黙々と食事を続けた。
そこに、長男の嫁が大皿を手に厨から出てくる。
「お待たせしました。主人の持ち帰ってきたギバ肉ですよお」
客人や家族たちが、いっそう賑やかな声をあげる。
本日、この料理が出されることは、事前に伝えられていたのだ。
大皿では、ギバの干し肉が使われた煮汁が湯気をたてていた。
ギバの干し肉は硬いので、バランの家では煮込まれることになったのだ。
味付けは当然のようにタウ油と砂糖であり、ころんとしたマ・ギーゴや、赤いマ・プラなども一緒に煮込まれている。そして、煮汁の表面にはくっきりと透明な油が膜を張っていた。
これは、森辺の民から贈られた品である。
昨年はアスタからの贈り物であったが、今年は森辺の民からの贈り物だ。あの祝宴に関わった氏族の人々が準備してくれた品であった。
肉の部位は、足である。しかし、カロンと違ってギバの足肉には脂がたっぷりとくっついているので、干し肉でもこれだけの油分が出るのだ。そこからかもし出される独特の香りに、一同ははしゃいだ声をあげていた。
「こいつが噂のギバ肉か! 言っちゃ悪いが、すげえ臭いだな!」
「だけど、ジェノスから戻ってきた連中は、口をそろえてギバ肉は美味いって言ってたからなあ。前々から、どれほどのもんなんだと気になってたんだよ!」
ネルウィアはジェノスからトトスで半月の距離であるので、バランたちの他にも出向く人間は少なくない。しかし、ギバの干し肉はそれなりの値であるし、森辺の民と交渉しなければ買うこともできないので、持ち帰る人間はほとんどいないのだ。
それにやっぱり、干し肉は干し肉である。アスタたちは毎回「べーこん」というものも持たせてくれるが、それは半生の状態であるので、ネルウィアまで持ち帰ることは難しい。去年も今年も、「べーこん」は最初の数日でたいらげてしまい、あとは硬い干し肉をかじりながら帰路を辿っていたのである。
だが、今回は大量の干し肉を土産として手渡されていたので、ようやく家族たちにもギバ肉を口にする機会を与えることができた。
それらのすべてを使って、この汁物料理を仕上げたのだろう。各人の木皿にたっぷりよそっても、まだ大皿にはいくらかの煮汁が残されていた。
「ふうん。こいつが親父のほめちぎってた、ギバ肉か」
長兄がにやにやと笑いながら、ギバ肉の煮汁を盛大にかき込んだ。
その末に、ずんぐりとした肩をひとつすくめる。
「確かに、キミュスや魚の肉とは違うみたいだな。ぐにゃぐにゃしてるし、臭いが鼻につくし……そんなに上等な肉だとは思えねえなあ」
「……水で戻した干し肉というのは、そういうものだ」
仏頂面で答えながら、バランも木匙を口に運んだ。
確かに、ぐにゃぐにゃとした食感である。キミュスだろうとカロンだろうと、水で戻した干し肉は、たいていこういう食感になってしまうのだ。お世辞にも、上等と言える味わいではなかった。
臭いというのはギバ肉の風味で、いまのバランには苦になるものではない。しかし、食感が悪いとその風味も余計なものに感じられて、これではキミュスの干し肉のほうがマシなのではないかと思えるほどであった。
(というか、煮込んだりはせずにそのままかじったほうが、よほど美味であるようだな。それだったら、キミュスやカロンの干し肉よりは上等に思える味であるのだ)
他の者たちも、いささかならず期待外れの面持ちで煮汁をすすっている。
すると、長男の嫁が取りなすように笑みを広げた。
「こいつには、2種類の肉が使われてるんですよ。もう片方の肉は量が少ないけど、あたしはそっちのほうが美味しく感じましたねえ」
その言葉通りに、木皿の底に別なる肉が沈められていた。
ギバの、腸詰肉である。
期待をせずにそれを口に放り込んだバランは、「ふむ」と鼻を鳴らすことになった。
これは普通の干し肉よりも、はるかに上等であるように感じられる。
というか、バランの知るギバ料理に近い味わいであった。
水で戻された腸詰肉は、屋台で売られている「ぎばばーがー」と似たような食感になっている。こまかく刻まれた肉の、独特の食感だ。そしてその中には、ギバの脂もふんだんに隠されていた。
肉を包む皮はやたらと弾力が強くて食べにくいものの、それが肉や脂の旨みを封じ込めていたのだろう。普通の干し肉よりは、格段にギバ肉らしい味わいである。それを口にしたバランは、郷愁感にも似た思いを抱くことになった。
また、周りの者たちも、今度は賛否に分かれて意見をぶつけあっている。「これは美味い!」と評する者と、「余計に奇妙だ」と評するもので、意見は真っ二つに分かれてしまっているようだった。
(……俺も去年は、ぎばばーがーに文句をつけていた側だったからな)
しかしあのときも、文句をつけるほうが少数派であった。ジャガルの民はマロリアぐらいしか肉をこまかくほぐす習慣がなかったし、この風味はあまりにも食べなれない。そうであるにも拘わらず、美味いと評する人間のほうが多かったのだ。
この場でも、美味いと評する人間のほうが、やや優勢であるように思えた。
それに、料理を出してくれたバランの家に遠慮をする気持ちもあったのだろう。否定的な見解を持つ人間でも、そこまで強情に言い張ることはなかった。
そんな中で、もっとも遠慮のない意見を述べていたのは、バランの息子である。
「やっぱりこいつも、奇妙な味だよな。俺にはそこまで持ち上げられる理由がわからねえや」
いささかならず癇に障ったバランは、そちらをじろりとにらみつけてみせた。
「お前の嫁たちは、味も知らないギバ肉を使って、この料理を作りあげたのだ。それでこの出来栄えなら、上等だろうが?」
「ふうん? こいつの味がいまひとつなのは、ギバ肉のせいじゃなく作った人間のせいだってのか?」
「誰もそんなことは言っておらん! 気に入らんのなら、食わなければいいだろうが!」
思わずバランが大声を出してしまうと、伴侶が「まあまあ」とたしなめてきた。
「こんな大勢のお客がいる前で、大きな声を出すんじゃないよ。この子は美味いものに目がないから、毎年ジェノスに出向いてるあんたが羨ましいだけなのさ」
「ふん。こんなていどのお味じゃあ、羨ましいとも思えないね。こんなもんがカロンの料理より高く売られてるなんて、ジェノスの連中は舌がおかしいんじゃねえのか?」
バランはいっそう憤慨し、椅子から立ち上がりそうになった。
それを横から、組立屋の親父がおさえつけてくる。
「喧嘩だったら、俺たちが帰ってからにしてくれよ。こんなめでたい日に、お前さんたちが諍いを起こす姿は見たくねえからな」
「そうですよ。バランはお疲れなのですから、あなたも少しは気遣ってあげてください」
長男の嫁も言いたてると、それが面白くなかった様子で、長男は「ふん」と鼻息を噴いた。
「聞くところによると、森辺の娘たちってのは別嬪ぞろいだっていうからな。案外、ギバ料理じゃなくてそっちが目当てで通ってたんじゃないのか?」
「いいかげんにしなよ、馬鹿な子だね。この人がどんな堅物か、知らないわけじゃないだろ」
バランの伴侶が、息子の頭を引っぱたいた。
「まあ、ジェノスで売りに出されてるギバ料理ってのは、貴族に料理を出すような人間が作ってるって話なんだろう? そんなもんとあたしらの粗末な料理を比べるほうが間違ってるのさ」
「……俺は粗末だなどとは一言も言っておらんぞ」
「でも、物足りなさそうな顔をしてたじゃないか? いいんだよ、あんたは気なんてつかわなくってさ」
「そうそう。あたしらは料理人でも何でもないんだからね。もっと美味しい料理を食べたいなら、外で相応の銅貨を払って食べてきなよ」
生意気ざかりの末娘が、兄に向かって舌を出す。
そうしてバランのほうに向きなおった末娘は、ちょっと恨めしげな目つきをしていた。
「でも、父さんが羨ましいってのは、本当だよ。貴族が食べるような料理を毎日食べられるなんて、そんな贅沢な話はないよね!」
「べつに、貴族と同じ料理を食べているわけでは――」
そのように言いかけて、バランは口をつぐむことになった。にょろにょろとした『ぱすた』という料理を注文したとき、アスタは「これは貴族の方々にも出したことのある料理なのですよ」と笑っていたのだった。
それにバランは、森辺での晩餐や祝宴にまで招かれている。その場では、いまだ貴族も口にしたことがないという数々のギバ料理を出されたのだ。そんな贅沢な話があるかと言われてしまえば、まさにその通りだと思えてならなかった。
「今回なんて、2ヶ月もジェノスにいたんだもんね。あーあ、あたしも本場のギバ料理ってのを食べてみたいなあ」
「無茶なことを言うもんじゃないよ。ジェノスなんて、トトスで半月もかかるんだからね」
「でも、ネルウィアから南の王都に旅行する家とかもあるじゃん。王都なんて、ジェノスよりもっと遠いんじゃない?」
「そんなのは、何ヶ月も遊んで暮らせるだけの蓄えを持った家だけだよ。そんな裕福な暮らしをしたいなら、そういう家の男を伴侶に迎えるこったね」
母親にやりこめられて、末娘は「ふんだ」と口をへの字にする。
「兄さんたちだって、いつかはきっとジェノスに行けるようになるんだもんね。あーあ、女に生まれて損しちゃったなあ」
「だったら、俺と代わってやろうか? 俺はギバ料理なんざ、どうでもいいからな」
すかさず長兄が口をはさむと、末娘は気のない視線をそちらに向けた。
「嘘ばっかり! 噂のギバ料理がいまひとつだったから、がっかりしてるんでしょ? ギバ料理を一番楽しみにしてたのは、兄さんだったもんね」
「そんなことねえよ。旅の自慢話なんて、話半分に聞いておくもんさ」
やいやいと言い合う兄妹の姿を、客人たちは愉快げに見守っている。このていどの騒ぎであれば、晩餐の余興と言えるのだろう。土台、食事の場で騒がないジャガルの民のほうが、珍しいぐらいなのである。
「でも実際、この腸詰肉ってのは悪くないでしょ? 干した肉でこれだけ美味しいなら、普通の肉はどれだけ美味しいんだろうって楽しみにならない?」
「ならねえな。噂によると、ギバってのは人間を襲うおっそろしい獣なんだぜ? そんな獣の肉が美味いもんか」
「へーえ? だったらあたしも噂で返すけど、野生のカロンってのは気が荒くて、人間を襲うんじゃなかったっけ? 兄さんは、カロンの肉が一番の好物だったよね?」
「俺が食うのは、牧場育ちのカロンだけだからな。野生のカロンの肉なんて、硬くて臭くて食えたもんじゃねえに決まってるさ」
「鳥は、野鳥でも美味しいじゃん。あたしはキミュスより、野鳥のほうが好きなぐらいだなあ」
「だったら、ジェノスに行って新鮮なギバ肉でも食ってこいよ。つけ髭でもつけりゃあ、親父に変装できるんじゃねえの?」
父親似の顔立ちを気にしている末娘は、その顔を真っ赤にして、マロリアの殻を兄に投げつけた。それをかわした長兄は、子供のように「へへん」と笑っている。
「まったく、しょうもない子らだねえ。騒ぐのはいいけど、部屋を汚すんじゃないよ」
「悪いのは、この馬鹿兄貴でしょ!」
「誰が馬鹿だよ。建築屋になりてえなら、俺が手ほどきしてやるぜ?」
「ふーんだ! あんたなんかに手ほどきされたら、雨漏りだらけの家しか造れなくなっちゃうよ」
「何だと、この野郎?」
と、長兄がすごんだところで、母親が再び仲裁に入った。長兄の頭をひっぱたき、その鼻先に酒瓶をつきつける。
「いいかげんにおしったら。長旅で疲れてる父親に申し訳ないとは思わないのかね? そら、父さんの酒杯が空になってるよ」
「ちぇっ」と舌を鳴らしつつ、長兄は母親から受け取った酒瓶からバランに酒を注いでくれた。その目が、ちらちらとバランを探るように見やっている。
「……何だよ、ギバ肉に文句をつけたから、怒ってんのか?」
「ふん。お前の浅はかさは身にしみて思い知らされているのだから、いまさら怒るまでもない」
「うるせえや。期待外れのもんを食わせた親父が悪いんだからな」
それならやっぱり期待していたのではないかと、バランは呆れることになった。まあこの長兄の性格を考えれば、これだけ評判になっているギバ肉に期待しないわけがないのだ。
(そういえば、アスタたちが貴族に料理をふるまっているなどという話は、俺だって向こうに着いてから初めて耳にしたことなのだからな。その間に、このネルウィアでも風聞が広がっていたということか)
バランがそのようなことを考えていると、伴侶が苦笑いを浮かべて長兄の背中を小突いた。
「しつっこい子だね、まったく。あんたももうちっと腕が上がれば、父さんの代わりにジェノスまで出向けるようになるんだろうからさ。美味いギバ料理を食べる楽しみは、そのときまで取っておきな」
「へん。親父がその役を俺なんかに譲るもんか」
すっかりふてくされた様子の長兄に見切りをつけて、伴侶はバランに別の料理の木皿を差し出してきた。
「さ、こっちの料理もおあがりよ。腕が足りない分は、気持ちを込めて作ってるからさ」
「だから、腕が足りていないなどとは言っていないだろうが?」
「はいはい。いいから、お食べったら」
その木皿を受け取りながら、バランは深々と溜息をついた。
すると、無言でギバ料理の煮汁をすすっていた次男が、仏頂面を近づけてくる。
「……俺は美味いと思うぞ、ギバ肉」
なんと、この無愛想な次兄も、バランを思いやってくれている様子である。
しかし、それはそれで幼子のように扱われているような気がしてしまい、バランは頭をかきむしることになった。
それに、釈然としない気持ちが、胸中に渦巻いている。その気持ちが何に起因するものなのか、その夜のバランには判別をつけることができなかったのだった。