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異世界料理道  作者: EDA
第三十七章 新たな息吹
635/1675

祝いの日①~吉報~

2018.9/3 更新分 1/1

・今回は全8話です。

 さまざまな氏族のかまど番を招いて行われた試食会の翌日、白の月の22日である。

 その日は朝から、ギバ骨ラーメンの話題でもちきりであった。


 屋台の当番はベイムとラッツの血族であり、研修中であるハヴィラとダナの女衆に加えて、サウティとヴェラの女衆も見学におもむいてきている。さらに、下ごしらえのみの手伝いであるフォウとランの女衆もまじえて、誰もが瞳を輝かせながらギバ骨ラーメンについて語らっていたのだった。


「晩餐でも、家人たちは大喜びでした。それこそ、祝宴のような一夜でしたね」


「ええ、本当に。うちの家長などは、食べたそばから次はいつ食べられるのかと、せっついてくるほどでしたよ」


「ああ、あたしの伴侶も、毎日らーめんでもいいぐらいだなんて言っていたねえ。……でも、それは避けるべきだって、アスタは言ってたよねえ?」


 ランの年配の女衆に、俺は「はい」とうなずいてみせる。


「あの料理は、塩分も油分もかなり高めですからね。俺の故郷では、毎日食べるのは望ましくないとされていました。こちらでは使っている食材が異なるので、必ずしも当てはまっているとは限らないんですが……やっぱり用心はするべきだと思います」


「どっちみち、毎日ギバの骨を煮込むことはできないからねえ。それに、毎日食べたりしたら、ありがたみがなくなっちまうってもんだよ」


 すると、フワノの皮でギバのミンチを包んでいたリッドの女衆が、笑顔でこちらを振り返ってきた。


「わたしの幼い弟には、油とたれを減らしたらーめんを与えました。そうしたら、目の色を変えて食べていましたので、やはりもともとのらーめんは味や油が強いのでしょうね」


「そうですね。そうして油と味を薄めれば、幼子やお年寄りでも問題なく食べられると思います」


 誰もが笑顔で、幸福そうに語らっている。すると今度は、各種の野菜を刻んでいたダゴラの女衆が羨ましげな目を向けてきた。


「みなさんは、晩餐でもあの料理を食べたのですものね。わたしは自分の家がファの近在でなかったことを、また心から残念に思うことになってしまいました」


 この場において、ベイムとラッツの血族だけは、試食でしかギバ骨ラーメンを食していなかったのだ。それに気づいたランの女衆が、「それは悪いことをしたね」と申し訳なさそうに言った。


「あたしもついつい、年甲斐もなくはしゃいじまったよ。でも、アスタはまた休みの日にギバの骨を煮込むつもりなんだろう?」


「はい。まだギバ骨の扱い方を知らないみなさんに、手ほどきする約束をしましたからね。そのときも、晩餐で食べられるぐらいの量を作ってしまえばいいんじゃないですか?」


 俺がそのように答えると、ダゴラの女衆は喜色をあらわにしてフェイ=ベイムを振り返った。


「アスタは、あのように言ってくれています。ベイムの家長は、それだけの食材を買うことを許してくださるでしょうか?」


「それは聞いてみないとわかりませんし、また、ベイムの家長の判断だけでは決められないことでしょう」


 フェイ=ベイムがいつもの調子でぶっきらぼうに答えると、ラッツの女衆が「きっと大丈夫です」と反応した。


「少なくとも、うちの家長は大喜びで銅貨を出してくれるはずですよ。昨日の料理がどれだけ美味であったかを伝えたら、心の底から羨ましそうにしていましたもの」


「となると、残るはガズとラヴィッツの家長ですが……ラヴィッツの家長は、果たして賛同するのでしょうか?」


 本日は、リリ=ラヴィッツもマルフィラ=ナハムも不在である。ファとラヴィッツの複雑な関係性を知る人々は、一様に「うーん」と難しげな顔をこしらえることになった。


「俺としては、デイ=ラヴィッツにも賛同していただきたいところですが、でも、みなさんが悩む必要はありませんよ。その場合は、賛同する氏族の分だけ作ればいいのですから」


「ああ、そうか。ベイムとガズとラッツを親筋とする7つの氏族だけで、もうけっこうな量になってしまいますものね。ここにラヴィッツを親筋とする3氏族まで加わったら、家人の分まで作るのも難しくなってしまうのでしょうか?」


「そうですね。ラヴィッツ抜きの7氏族でも、実は難しいぐらいかもしれません。昨日は6氏族分の晩餐を作りましたが、それはファとスドラの家人が少ないので何とかなったのだと思います」


 とたんに女衆らが不安げな面持ちになったので、俺は笑いかけてみせる。


「だから次回は、作業の場所を二手に分ければいいんじゃないでしょうか。そうしたら、ラヴィッツの血族を含めた10氏族でも、何とかなると思います」


「作業の場所を二手に? でも、アスタの他に手ほどきできるかまど番がおられるのでしょうか?」


「はい。トゥール=ディンとユン=スドラ、それにフォウやランの方々でも、手ほどきはできると思います」


 何せ以前の祝宴の際は、フォウの血族が取り仕切り役としてギバ骨のスープパスタをこしらえたのだ。俺抜きでもギバ骨の出汁をこしらえることはできるという、何よりの証である。


「だけど、新しいギバ骨すーぷやちゅうかめんの作り方は、あたしらもまだ習ったばかりだからねえ。手ほどきの仕事までこなせるのは、やっぱりユン=スドラとトゥール=ディンぐらいだと思うよ」


 ランの女衆がそのように言いたてると、ユン=スドラは紅潮した面持ちで「はい」とうなずいた。


「キミュスの骨の火加減は覚えましたし、ちゅうかめんで使う食材の分量は帳面に書き留めましたので、わたしでも手ほどきは難しくないと思います。もちろん、トゥール=ディンも同じ場所にいてくれたら、とても心強いのですが……」


「それなら、ふたりに責任者をおまかせしようかな。ただ、ギバ骨の出汁を昼下がりまでに仕上げるには、朝一番から取りかからないといけないんだけど……トゥール=ディンは休業日の前日、北の集落まで出向かないといけないんだよね?」


 一昨日から昨日にかけても、トゥール=ディンは北の集落に出向くことができなかったのだ。今月はまだ1度しか北の集落に出向けていないという話であったので、そろそろグラフ=ザザたちのご機嫌が心配なところではあった。

 が、トゥール=ディンははにかむように微笑んでいる。


「それでしたら……いっそ、北の集落のかまど番も何名か招くことを、許していただけないでしょうか? そうしたら、スフィラ=ザザらも快く応じてくれそうな気がします」


「ああ、なるほど。ハヴィラとダナの人たちも手ほどきを受けるんなら、北の集落の人たちにも手ほどきしたいところだよね」


「はい。親筋たるザザを一番の後回しにするというのは、不義理な話でしょうし……何より、わたしはすべての血族にあの料理の美味しさを知ってほしいと願っています」


「そうですね。わたしもしっかりと学んで、家人とあの喜びを分かち合いたいと思います」


 ダナの女衆も、そのように述べていた。

 もちろん、勉強会の際にダナやザザの晩餐の分までギバ骨スープを作りあげることはできないので、それは彼女たちが自分の家に戻った後、自分たちの手で作りあげなくてはならないのだ。

 それはなかなか難易度の高い作業だと思われたが、ダナやハヴィラの人々は意欲に燃えていた。彼女たちはディンとリッドの家に逗留していたので、ギバ骨ラーメンの完全版を昨晩に食しているのである。


「ただ、道具をそろえるだけでも、ひと苦労なのでしょうね。ダナでは鉄鍋の数も心もとないですし、鉄のざるや砂時計というものも買わなければなりませんし……あと、キミュスの皮というものも、何とか手に入れなければなりません」


「キミュスの皮に関しては、城下町経由で何とかなりそうですよ。鉄のざるや砂時計も、注文をすればすぐに手に入れることができると思います」


「ならば、あとは家長を説得するのみですね」


 そう言って、ダナの女衆はにこりと微笑んだ。


「わたしたちも、必ず家長を説得してみせます。アスタ、トゥール=ディン、ユン=スドラ、どうか手ほどきをお願いいたします」


「はい。キミュスの皮を城下町から買いつける目処が立ったら、日取りを決めましょう。たぶん、次の次ぐらいの休業日には間に合うと思います」


 こんな会話が繰り広げられているさなかも、下ごしらえの仕事は着々と進められている。ギバ骨ラーメンの美味しさを知ったことにより、一同はいっそうの熱情をもって仕事に取り組めているように感じられた。


(それに、ダナとハヴィラ、サウティとヴェラの人たちが参加してるもんだから、いっそう輪が広がったな。あとは……スンとダイまで網羅できたら、森辺のすべての氏族に骨ガラの扱いを広められそうだ)


 ダイおよびレェンに関しては、ルウの眷族に調理の手ほどきをお願いしているはずであるから、いずれはそちらにも伝授されることだろう。そうすると、残るはスンのみである。


(そうか。これを機会に、スンの家にも呼びかければいいんだ。ラヴィッツやミームとか北寄りの氏族もいることだし、スンを招いておかしなことはないよな)


 そのように考えると、俺までわくわくしてきてしまった。

 ギバ骨ラーメンが繋ぐ、交流の輪である。それもこれも、たくさんの人々がギバ骨ラーメンの美味しさを得難いものだと感じたゆえの成果であろう。俺たちは、普段以上の活気と充足感の中で、下ごしらえの仕事を終えることになった。


「それでは、出発しましょう。みなさん、お疲れ様でした」


 下ごしらえのみの参加であった人々に別れを告げて、俺たちはルウ家へと向かった。

 この日からは、サウティの女衆も1名、同行している。屋台の商売を見学したいと申し出てきたので、それを了承したのだ。今日のところは様子見として、それで問題がなければ、明日からは青空食堂の手伝いを頼む予定になっていた。


 そうして意気揚々とルウ家に到着すると――そこには、時ならぬ騒乱が待ち受けていた。

 騒乱というのは、過剰表現であっただろうか。しかし明らかに、慌ただしい雰囲気であったのだ。大きな広場では人々が駆け回っており、せわしなく人を呼ぶ声が飛び交っていた。


「あー、アスタ! もう屋台に行く時間になっちゃったんだね!」


 と、広場を駆け回っていたひとり、リミ=ルウがハムスターのような足取りでこちらに駆け寄ってくる。


「えっとね、今日は先に行っててくれる? ヤミル=レイとマイムもお願いしていい?」


「それはもちろんかまわないけど、いったいどうしたんだい?」


「あのね、アマ・ミン=ルティムの赤ちゃんが生まれそうなんだって! ちょうどいま、ルティムの家から連絡があったところなんだよ!」


 それは、待ちに待ちかまえていた吉報である。

 リミ=ルウも興奮をあらわにしつつ、その場で足踏みをしていた。


「それで、オウラ=ルティムとツヴァイ=ルティムを家に残すことになったから、その代わりを選んでるところなの。あと、ルウからも何人かルティムに人を貸すから、余計に大忙しなんだー!」


「うん、そっか。それで、アマ・ミン=ルティムの容態はどうなんだろう?」


「わかんない! でも、きっと大丈夫だよ!」


 リィ=スドラのお産を思い出して、俺は胸がざわつくのを感じていた。

 そんな俺の内心を読み取ったのか、リミ=ルウはにこーっと満面に笑みをたたえる。


「母なる森が見てくれてるから、大丈夫だよ! リミもすぐに宿場町に向かうから、アスタも頑張ってね?」


「うん、わかった。赤ちゃんが無事に生まれてくるように、俺も心から祈っているよ」


 すると、ジドゥラの荷車に乗ったレイナ=ルウがこちらに近づいてきた。

 俺のほうに礼をしてから、レイナ=ルウは地上のリミ=ルウを振り返る。


「リミ、タリ=ルウたちをルティムまで送り届けたら、レイとミンの女衆を迎えに行って、そのふたりと一緒に宿場町まで来てくれる?」


「うん、わかったー! けっきょくヴィナ姉たちは、町に下りないんだね?」


「うん。ルティムで急に人手が必要になるかもしれないから、家に残すって。わたしは4人の女衆を連れていくからね」


 その4人の内訳は、日替わり要員であるミンとムファの女衆、それに見習いであるマァムとリリンの女衆であるようだった。見習いはもうひとりミンの女衆も存在したが、日替わり要員でミンの女衆が当番である日は、休む取り決めになっていたのだ。その見習いの女衆と、本日はお休みであったレイの女衆に、臨時要員を頼むということなのだろう。


 リミ=ルウは「りょうかーい!」と応じると、脱兎のごとく駆け去っていった。

 それを見送ってから、レイナ=ルウはあらためて俺に微笑みかけてくる。


「慌ただしくて、どうもすみません。それでは、宿場町に向かいましょう」


「うん。人手が足りないようだったら、こちらからも回すからね」


「ありがとうございます。リミが来るまでは食堂のほうが手薄になってしまうので、そちらの助力をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「もちろんさ。これまでは、そちらに負担をかけてばっかりだったからね」


 マイムとヤミル=レイも合流して、いざ宿場町へと出発する。

 ルティム家の様子も気がかりであったが、ルウ家の屋台に関しても、それは同様であった。


(ツヴァイ=ルティムとオウラ=ルティムがいっぺんに抜けると、かなりの戦力ダウンだもんな。見習いの2人はまだ勤務6日目なんだから……これは大変だ)


 だけどやっぱり、ツヴァイ=ルティムとオウラ=ルティムはルティム本家の家人であるのだから、このような際に家を離れさせるわけにもいかないのだろう。なおかつ、ヴィナ=ルウらを有事に備えて家に残すというのも、もっともな判断なのであろうと思われた。


(こんなときこそ、助け合わないとな。とにかくリミ=ルウたちがやってくるまでの辛抱だ)


 宿場町に到着すると、レイナ=ルウはすべての女衆を《キミュスの尻尾亭》の前で降ろして、ひとり他の宿屋に向かった。間の悪いことに、今日から5日間はルウ家が料理と生鮮肉を売り渡す当番であったのだ。

 せめてその運搬係を引き受けようかと俺は提案してみたが、それはやんわりと断られることになった。


「このていどでしたら、アスタのお手をわずらわせるまでもありません。いざというときは助力をお願いしますので、どうかお見守りください」


 レイナ=ルウはレイナ=ルウで、これはルウ家の果たすべき仕事であるという矜持があるのだろう。俺としても、心配のあまり彼女の誇りを傷つけてしまわないように配慮する必要があるようだった。


 そうして所定のスペースについたのちは、自分の仕事を進めながら、横目でルウ家の屋台を見守らせていただく。

 ミンとムファの女衆は、張り詰めた面持ちで屋台のセッティングをしていた。

 彼女たちは日替わり要員であるが、もう長いこと宿場町で働いている。キャリアとしては、こちらのラッツやダゴラなどの女衆と同等で、なおかつ出勤率はこちらよりも高いはずだった。


 見習いの2名は、青空食堂の準備を整えている。こちらからも、手の空いている人間はのきなみそちらを手伝ってもらうことにした。


「誰もが、自分のなすべきことをわきまえているのですね。わたしでも、何かお力になれるでしょうか?」


 見学の立場であったサウティの女衆が、穏やかな面持ちでそのように問うてきた。

 屋台の鉄板を火にかけながら、俺は「そうですね」と応じてみせる。


「今日ぐらいは見学に徹しようかというお話でしたが、よかったらお力を貸してもらえませんか? もちろん、代価はお支払いいたします」


「はい。みなが懸命に働いているのに自分だけ黙って見ているというのは、やっぱり性に合わないようです」


 ということで、サウティの女衆にも青空食堂を手伝ってもらうことにした。

 そちらの取り仕切りは、フェイ=ベイムにお願いする。それに、トゥール=ディンもダナの女衆だけを手もとに置いて、リッドの女衆を食堂に向かわせていたので、これならば普段と遜色ない戦力になっているはずであった。


 そうして準備が進められる中、レイナ=ルウの荷車が到着する。

 荷台から運ばれたふたつの鉄鍋がセッティングされ、火にかけられる。これで、いつものペースである。時間的にも遅延は見られないし、いまのところは不備もなかった。


「では、くりーむしちゅーの屋台はミンとムファのおふたりにお任せします。わたしはぎばばーがーの屋台を受け持ちますので――」


 と、レイナ=ルウがリリンの女衆を振り返る。


「あなたはもう、銅貨の受け取りは間違いなくこなせると思います。わたしの仕事を手伝っていただけますか?」


「はい。お引き受けいたします」


 リリンの女衆は、静かな面持ちで一礼した。

 レイナ=ルウはうなずいてから、俺のほうに向きなおってくる。


「アスタ、こちらは食堂に見習いの女衆をひとりしか出せないのですが、助力をお願いできますか?」


「うん。トゥール=ディンがリッドの女衆を貸してくれるそうだよ。あとはこっちからフェイ=ベイムを出して、サウティのお人も手伝ってくれるそうだから、何とかなるんじゃないのかな」


 普段は3名でこなしている青空食堂の仕事を、見習いの2名を含んだ4名でこなすことになるのだ。とにかく朝一番のピークさえ乗り越えてしまえば、何も問題はないだろう。

 そこに、ぞろぞろと新たな一団が近づいてくる。


「あれー、ちびリミはどこに行ったんだよ? 今日は、あいつが宿場町に下りる当番だったよな?」


 それは、ルド=ルウを筆頭とする若き狩人たちと、宿場町の若衆であった。本日も、彼らは横笛の修練に励んでいたらしい。

 ミンとムファの女衆に指示を送っていたレイナ=ルウは、きりっとした面持ちでそちらを振り返った。


「アマ・ミン=ルティムが産気づいたから、ちょっと人手を入れ替えることになったんだよ。リミは、後から来るけどね」


「へー、ようやくか。予定では、白の月の半ばだったもんな」


 ルド=ルウはいつもの調子で、頭の後ろで手を組んでいた。


「そういえば、ルティムのふたりもいねーもんな。それじゃあ俺たちも、さっさと集落に戻るとするか」


「うむ。何か危急の仕事があるかもしれんからな」


 シン=ルウは、ルド=ルウよりも真剣な眼差しになっていた。

 そして、俺のほうにその眼差しを向けてくる。


「アスタはガズラン=ルティムともアマ・ミン=ルティムとも縁が深いので、さぞかし心配なことだろう。でもきっと、ルティムには強い子が生まれるはずだ」


「うん。俺もそう信じてるよ」


 俺は何とか、笑顔をこしらえてみせた。

 いっぽう、ジョウ=ランのかたわらにたたずんでいたユーミは、心から楽しげな表情になっている。


「ついにアマ・ミン=ルティムの子が産まれるんだね! 楽しみだなあ。お祝いの準備をしておかないと!」


「え? ユーミは血族でもないルティムの人間に、祝いの品でも渡すつもりなのですか?」


 ジョウ=ランが不思議そうに問いかけると、ユーミは「あったりまえじゃん!」と胸をそらした。


「アマ・ミン=ルティムが屋台で働いてたころは、あたしもけっこう仲良くさせてもらってたんだからね! それに、ガズラン=ルティムともご縁があったしさ!」


「ルティム本家の家長と縁があったのですか? 俺は、ほとんど口をきいた覚えもないぐらいなのですが」


「うん、まあね。今度、じっくり話してあげるよ」


 そう言って、ユーミは悪戯小僧のように微笑んだ。


「それじゃああんたは、ルウ家のお人らを送ってあげないと! ルド=ルウ、ルティムの人らによろしくね!」


「あー、ベンたちも、手ほどきありがとうなー」


「おお、またいつでも声をかけてくれよ」


 そうしてルド=ルウたちが立ち去ったところで、こちらの準備も完了したようだった。


「お待たせしました。販売を開始いたします」


 街道に立ち並んでいた人々が、堰を切ったように押し寄せてくる。後から参上したユーミたちは、もちろん割り込みにならないように身を引いていた。


「お? 今日はまた、見慣れぬ料理を売ってるな」


 俺の屋台にやってきたジャガルのお客が、目を丸くして鉄板の上を覗き込んでくる。そこでじゅうじゅうと音をたてているのは、本日が初のお披露目となる『ソース焼きそば』であった。


「はい、今日の日替わり料理です。パスタとはまた違う美味しさがあると思いますよ」


「匂いからして美味そうだな! 値段は、いつもと同じぐらいか?」


「はい。これぐらいの量で、赤銅貨3枚です。半分の量なら、半分の値段ですね」


「よし、赤銅貨3枚分だ!」


 タウ油をベースにしたウスターソースの香りがたちのぼっていたので、ジャガルのお客の大半は俺の屋台の前に押し寄せているようだった。

 ファの家の晩餐で出したものと同じように、この献立にはギバ肉も野菜もたっぷり使われている。アリアにティノにネェノンにオンダ、それに今回はプラも加えた大盤振る舞いである。その反面、城下町から流れてきた値の張る食材はまったく使われていなかったが、屋台に居並ぶお客たちの顔に不満げな表情はいっさい見られなかった。


 そんなこんなで、ほどよく焼きあがった焼きそばを木皿に盛りつけて、台の上に置く。すでに銅貨を支払っていた先頭のお客がそれをひっつかもうとしたので、俺は「ちょっとお待ちを」と声をかけてみせた。


「ご希望で、マヨネーズをかけるかどうかを選んでいただこうかと思うのですが、いかがですか?」


「まよねーず? 何だよ、そいつは?」


「卵と油と酢を混ぜた調味料です。宿屋でも、けっこう取り扱っているところは増えてきているはずなのですが」


「ああ、あのちょっと酸っぱくてぬるぬるしたやつか! もちろん、かけてくれ!」


「承知しました。少々お待ちを」


 俺は漏斗と布でこしらえた器具で、木皿の上にマヨネーズをかけた。

 漏斗の穴はかなり小さめに細工しておいたので、1・5ミリていどの細い筋となる。この食材費も込みで原価率を調整していたので、惜しむ理由はどこにもない。目を輝かせているお客の前で、俺は黄白色に輝くマヨネーズを縦横無尽に走らせてみせた。


「お待たせしました。お次のかた、どうぞ」


「俺も、そいつをたっぷりかけてくれ! 赤銅貨3枚分な!」


 だいたい新メニューをお披露目すると、大きな人気を博するものであるが、この『ソース焼きそば』もご多分にもれることはないようだった。

 あらかじめ作っておいた分は、あっという間に売り切れてしまう。銅貨の受け取りとマヨネーズをかける作業はダゴラの女衆にお任せして、俺はひたすら焼きそばを焼き続けることになった。


 ルウ家の屋台も青空食堂も、こちらからうかがう限りは平常の様子である。リッドとサウティの女衆のおかげで、こちらもそれ以上の人手を送る必要はなさそうであった。

 そうして朝一番のラッシュを乗り越えると、満を持してユーミたちが近づいてくる。


「へー、おこのみやきでも売りに出したのかと思ったら、別の料理だったんだね! ぱすたを鉄板で焼いてるの?」


「これは、『ソース焼きそば』っていう料理だよ。パスタと似てるけど、キミュスの卵の殻でちょっと細工がされてるんだ」


「卵の殻!? 想像がつかないなあ」


 ということで、ユーミやベンたちも真っ先に『ソース焼きそば』を購入することになった。

 ベンたちは青空食堂に引っ込んでいったが、ユーミは屋台の横で麺をすすり始める。その目が、驚きに見開かれた。


「やっぱ、おこのみやきと味は似てるね! ていうか、それはうすたーそーすの味なんだろうけど……うん、すごく美味しいよ! このまよねーずが、またたまんないよねー!」


「うん。ウスターソースとマヨネーズの相性は言わずもがなだね」


「あたしもまた屋台でおこのみやきを売るときは、まよねーずを使わないと駄目かなー。いまじゃあもう、たいていの人間がまよねーずの美味しさを知っちゃったもんね!」


 したり顔でうなずいてから、ユーミは屋台の中に顔を突っ込んできた。


「ところでさ、アスタはルティムのお人らに、何かお祝いをあげたりしないの? ガズラン=ルティムとは、あたしなんかよりよっぽど深い仲なんでしょ?」


「うん。だけど、森辺ではそういう習わしがないんだよね」


「そっか。ま、アスタはもう立派な森辺の家人なんだもんね。習わしを守るのも、大事なことか」


 そう言って、ユーミはにっと口もとをほころばせた。


「あたしはまだ、宿場町の民だからさ。宿場町の流儀で、お祝いしてあげようと思うよ。迷惑がられたら、やめりゃあいいだけのことだもんね」


「うん。ユーミはそれでいいと思うよ。ユーミのそういう部分が、森辺の民にいい影響を与えているんだと思うしね」


「やだなー、そんな大した話じゃないっての! お祝いったって、花とかおしめをあげるぐらいなんだからさ」


 ユーミはくすぐったそうな面持ちで、頭をかいている。


「でも、慌ただしいところに押しかけるのも迷惑だよね。明日にでも、アスタに届けてもらっていい?」


「それはかまわないけど、いずれアマ・ミン=ルティムたちは赤子を連れて宿場町まで下りてくるはずだよ。聖堂で、西方神の洗礼を受けさせないといけないからね」


「あー、そっかそっか! それじゃあ、そのときに直接わたそっかな。あたしも、赤ちゃんの顔が見たいし!」


 とても朗らかに笑いながら、ユーミは首をひっこめた。


「それじゃあ、町に下りてくる日がわかったら、教えてよ。あたしも聖堂で待ってるから」


「うん、わかった。ルティムの人たちにそう伝えておくよ」


 しかしまずは、無事にお産が済んでからのことである。

 俺が心中でその安全を祈願したとき、荷車の近づいてくる音色が響いた。


「レイナ姉、お待たせー! 他のみんなも連れてきたよー!」


 ルウルウの手綱を引いたリミ=ルウと、レイおよびミンの女衆である。

 レイナ=ルウはほっと脱力しかけたが、すぐに表情を引き締めて、「うん」とうなずいた。


「それじゃあ、そのまま食堂のほうを手伝ってくれる? リッドの女衆は、トゥール=ディンの屋台に戻ってもらってね。それで、食堂のほうが落ち着いたら、いったんわたしに声をかけて。誰にどこで働いてもらうかを、あらためて考えるから」


「わかったー! みんな、お待たせー!」


 リミ=ルウが青空食堂に近づいていくと、顔なじみのお客が陽気に挨拶の声をあげていた。

 これでもう、戦力的には普段と変わらないぐらいだろう。もともとツヴァイ=ルティムは市場の日にだけ屋台の仕事を休んでいたので、そういう際には日替わり要員を全員出勤にしてまかなっていたのだ。本日はそれに加えてオウラ=ルティムまで不在であったが、そこは研修生たちの人数でカバーできるはずだった。


 あとは、アマ・ミン=ルティムが無事に出産を果たすことを願うばかりである。

 俺はむやみに胸が高鳴るのを何とかこらえながら、その日の仕事を果たすことになった。

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