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異世界料理道  作者: EDA
第三章 ルティムの祝宴
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⑥試食会

2014.9/14 更新分 2/3

 そして――夜である。


 これで都合3度目の、ルウ家における晩餐だった。

 すでに家人は席につき、食事の皿も並べられている。


 メニューは、2日前とほぼ同一である。

 ギバのステーキ、ロースとモモ肉。リブは宴のために確保。

 アリアとティノの、ギバ・スープ。宴ではないので野菜は2種のみ。

 焼きポイタン。


 で、唯一異なるのが、『ポイタン・スープ』の試作品1号である。


 最後にジバ婆さんが席についたところで、俺は「あの」と声をあげることにした。


「こっちの下座側にある鍋は、宴のための試作品です。これはルウ家の晩餐とは考えず、気の向いた方だけご賞味ください。正直に言ってまだ研究中の品なので、味も完成されておりません」


「…………」


「だけどまあ、味見をしてもらわないことにはなかなか研究も進まないので、できるだけ大勢の人たちに味を見てもらいたいとも思っています。それで、何かご感想でもいただければ、非常に助かるかなと」


「……何をぐずぐず言ってやがるんだ、貴様は?」


 と、家長殿が面倒くさそうに仰っしゃられた。


「こっちはルティムに力を貸してくれと言われてるんだよ。……ララ、そいつを全員に配れ」


「えーっ!? 何であたしが?」


「貴様も今日のかまど番だろうが? 貴様が一番近いんだから、貴様が注げ」


 顔中に不満をあらわしながら、それでもララ=ルウがてきぱきと『ポイタン・スープ(試作品1号)』を木皿に注いでいく。


「……ファの家のかまど番」


「はい。何ですか?」


「貴様はルティム家の長兄と約定を結んだ。ルウの家はルティムの家の願いを聞き入れた。それはそれだけの話であり、ルウの家と貴様の間に何か関わりが生まれたわけじゃねえ」


「はい。その通りですね」


「……わかってるなら、貴様は貴様の仕事をしろ」


 それはきっと余計なことに気を回すなという意なのだろうが、相変わらずの威圧感なのでちょっと苛立たしい。

 というか、もしかしたらまだ俺の中にルウ家に対する遠慮ややりづらさみたいなもんが残っていて、それをドンダ=ルウに見透かされてしまったのだろうか。

 そう考えると、なお腹立たしい。……自分の、未熟さが。


「……森の恵みに感謝して……」と、ドンダ=ルウがおなじみの言葉をつぶやく。


「……火の番をつとめた、ミーア・レイ、サティ・レイ、ララ、アスタに礼をほどこし、今宵の生命を得る……」


 そうして、晩餐兼試食会は始まった。


 俺はあの後、ルウ家の本隊およびルティムの男衆が持ち帰った2頭分のギバの解体にも立ち合うことになったので、本日の食事もほぼ家族の手によって作りあげられたものである。


 ジバ婆さんのためのハンバーグも含めて、肉料理に関してはつきっきりで指導したが、実際の作業は女衆の手で行ってもらった。


 だから、俺が最初から最後まで手がけたのはこの試作品1号だけだ。


 最初に声をあげたのは、リミ=ルウである。


「あれ? これって一杯だけなの?」と、すでに火の消された下座側の鉄鍋を覗きこみながら、びっくりしたような声をあげる。


「ああ。あくまで試作品だからね。ひとり頭ポイタン3分の2個ぐらいかな」


「ふーん。そっか」と、さして残念そうでもなく、空になった木皿を置く。


「お味のほうは、どうだった?」


「え? うーん……よくわかんない」


 そうか。よくわからないなら、しかたがない。


 ポイタン汁は冷めるとなお不味い、という定説が根付いているのか、ご家族はみんな早い段階で試作品をたいらげてくれたようだった。


 その表情をこっそり観察してみても――ティト・ミン婆は不審顔、ヴィナ姉さんは無表情、次姉のレイナ=ルウは困惑顔、ルド=ルウは明らかなしかめ面、と――これはなかなかに先行きが不安になってくる。


 ちなみに、先立って試食したかまど番3名の感想は、「何か物足りない」だった。


 で、残りの男衆の内心を読み取るスキルは、俺にはない。


 そんな中、みなと同じように無言で食を進めていたアイ=ファが、木皿を置いた。


 見れば、試作品を完食したご様子である。


「あ、アイ=ファ、そいつの味はどう――」


「不味い」


 あれ。

 何だか無茶苦茶に不機嫌そうである。

 俺はずっとかまどの間にこもっていたので、これが昼以来の初めての会話であったのだが。俺のいない間に何かあったのだろうか。



「……で、このポイタン汁は何だったんだい?」


 と、半刻ほどの時間が過ぎて、そろそろ過半数の人間が食事を終えてきたかな、という頃合いで問うてきたのはティト・ミン婆さんだった。


「はい。以前よりも飲みやすいポイタンのスープを研究しているんですけど。今回は、ギーゴとティノと塩しか入れていません」


「ギーゴが入ってたのかい。そいつは全然気づかなかったねえ」


 ギーゴの正体は、今のところまだわからない。

 ただ、俺の感触的に一番近いのは「ヤマイモ」だった。

 煮ると溶け崩れて、粘性の高いギーゴ汁ができあがる。そのまま食すと、ちょっとだけ土くさい。そして、若干の繊維が残る。


 で、味らしい味はないのだが、ポイタンと一緒に煮ると、その粘性が粉っぽさを相殺してくれるのか、ずいぶん飲み口が柔らかくなったのだ。


 あとは何種類かの野菜と合わせてみて、一番無難だったティノを選択し、岩塩で味を整えた、という段階だ。


 まだまだあくまで下地の段階なのですが、みなさま如何だったでしょう。


「まあ……飲めなくはないねえ」と、ティト・ミン婆。

「嫌いではないけど」と、ミーア・レイ母さん。

「食べ物っぽくないですよね」と、サティ・レイ=ルウ。

「よくわからない」と、ヴィナ=ルウ。

「飲みやすいです」と、レイナ=ルウ。

「作りかけって感じ」と、ララ=ルウ。

「……よくわかんない」と、リミ=ルウ。


 いや、まあ、下地だから作りかけは作りかけなのですけれども。

 やっぱり、美味くもなく不味くもない料理というのは感想をひねりだすのが難しいようだ。

 宿場町で食べた肉饅頭もそんな感じだったものなあ。


「何でこんなもん食べなきゃいけないのか、わかんねー。つまんないもん作るなよな。期待しちまったじゃねえか」


 と、ルド=ルウは一番不満そうな面持ちでそう言い捨てた。

 しかし、それからすぐに、今度はにやりとふてぶてしく笑う。


「でもその代わり、こっちの焼いたポイタンは無茶苦茶に美味かったじゃん? 思わず3枚も食べちまったよ」


「あ、うん! すっごい美味しかったよね! ふわふわでもちもちでリミもいっぱい食べちゃったあ!」


「ああ、そっちにもギーゴを混ぜてみたんだよ。研究中の失敗作を焼いて食べてみたら、ずいぶん食感がよくなってたからね」


 そう言えば、お好み焼きにヤマイモを混ぜるとふわふわになる、とかいう話があったかな? 何にせよ、これは嬉しい誤算であった――が、俺の主題はあくまで煮汁としてのポイタンなのである。


 それからは焼きポイタンに対する賞賛の言葉が行き交って、どうやらもう試作品についての意見は打ち止めになった様子だった。


 ちなみに現在、アイ=ファはジバ=ルウの食事のお手伝いをしている。それまでジバ=ルウのもとにいたミーア・レイ=ルウとジバ=ルウが食べ終われば、晩餐も終了だ。


「試作品とはいえ、美味しくもない食べ物を食べさせてしまい、申し訳ありませんでした。これにこりずに明日からもご協力いただければ幸いです」


 締めくくりのつもりで俺がそう述べると、それまで沈黙を守っていたジザ=ルウが「アスタ」と俺の名を呼んできた。


「協力に関してはルティムと家長ドンダの間で交わされたものなのだから、貴方が必要以上に気を使う必要はない。ただ……さきほどのポイタンの煮汁について、俺も意見を述べさせてもらってもいいだろうか」


「はい、もちろんです」


「俺は味の善し悪しなど、よくわからない。しかし、このようなものを食べるなら、これまでの鍋を食べたほうがましだと思った。……焼いたポイタンに関しては、そうは思わなかったのだが」


「そうですか……」


 どうにも手応えが悪い。

 俺は、進むべき道を間違えているのだろうか?


 そのまま広間には沈黙が落ち。

 ようやく食事を終えたジバ=ルウのもとから、アイ=ファが立ち上がろうとしたとき。


 その声が、響いた。


「……どうして肉が入っていないんだ?」


 ドンダ=ルウだった。

 俺は驚きのあまり、ちょっと口ごもってしまってから、答える。


「こ、これはあくまで試作品なので、肉との相性も視野に入れつつ、まずは土台を固めようかと」


「そんな中途半端なものを食わせて、俺たちが気のきいた言葉でも吐けると思っているのか、貴様は?」


 べつだん俺を責めるような語調ではないが、まあいつも通りの不機嫌そうな声だ。


「俺たちは、鍋の中ですべてを煮る。それが一番簡単だからな。肉を焼いて食うときでも、野菜と一緒に肉を煮る。肉を肉だけで食うことはあるが、野菜だけの煮汁を食うなんてのはありえねえ。……そんなもんを、二度と食わせるな」


 そして、ドンダ=ルウはのそりと立ち上がった。


「晩餐は終わりだな。……俺は寝る」


 解散の、合図だ。

 かまど番は食器を片付け、他の家族は個室に引っ込む。何とも煮え切らない気持ちで俺も食器を重ねていると、アイ=ファが相変わらず不機嫌そうな面持ちで戻ってきた。


「ジバ婆が呼んでいる」と言い捨てて、床に置かれていた毛皮のマントをかっさらい、さっさとアイ=ファは出ていってしまう。


 まあアイ=ファは今宵のかまど番ではないのだが。一宿一飯の恩とかないのだろうか? それとも客人扱いならむしろ手を出すことが非礼にあたるのか? とにかく例の空き家に戻ったら不機嫌の理由を問い質さねばなあと考えつつ、俺はジバ婆さんのもとに向かった。


「アスタ。今日も美味しい食事をありがとう。本当にアスタの作る食事は美味しいねえ……」


「いえ。今日のハンバーグはミーア・レイ=ルウが作ったんですよ。しかもその肉をさばいたのは、ルド=ルウです。俺もずっと指示は出していましたけど、正真正銘、指一本触れていません」


「そうなのかい? ミーア・レイはそんなこと、一言も言ってなかったけど……」


「きっと、恥ずかしかったんじゃないですか?」


 それとも、みずから功を誇るようなタイプではないのかもしれない。

 どちらにせよ、あのおっかさんらしい。


「だからもう、明日からはずっと大丈夫ですよ。美味しいものをいっぱい食べて、ずっと長生きしてください、ジバ=ルウ」


「嬉しいねえ。……本当に嬉しいよ、アスタ」


 と、枯れ木のように細く、そして温かいジバ婆さんの手が俺の手を取った。

 そのかたわらでは、ジバ婆さんを寝所にお連れする役であるらしいレイナ=ルウがちょっと瞳を潤ませている。


「あんたはルウの家に光を与えてくれた。あたしだけじゃなく、みんなの生きる喜びをこんなに大きくしてくれた。……祝福の首飾りが10本に増えているけれど、そのうちの1本は、きっとドンダだね?」


「……はい」と俺がうなずくと、レイナ=ルウが心底びっくりしたように目を見開く。


「あの意固地なドンダでさえ、あんたの力を認めざるを得なかったんだ。あんたは本当に立派な人間だよ、アスタ……」


「そんなことはないです。俺は今でも、半人前の未熟者ですよ」


 すると、ジバ婆さんは突然その細い背中を震わせ始めた。


「どうしたの? 苦しいの?」とレイナ=ルウは慌ててその背に取りすがったが――俺には、婆さんが笑っているようにしか見えなかった。


「……それを決めるのはアスタじゃなく、きっとまわりの人間なんだろうねえ。うん、あんたはあんたの思うように生きていい。あんたはそのままでいいんだよ、アスタ……」


「ありがとうございます」と頭を下げた。

 過大評価は心苦しいが、ジバ婆さんのような人にそんなことを言われてしまうと……やっぱり、胸が熱くなってしまう。


「……ドンダの言っていたこと……」


「え?」


「すべての食材を一緒に煮たてるギバの鍋は、あたしらにとって、生命の象徴だったんだ……レイナみたいに若い娘にはわからないかもしれないけど、ギバの肉と、ギバの牙と角で得た恵みをすべて溶かしこんだ鍋をすする、それがあたしたちにとっては生命を得る、という行為そのものだったのさ。……だから、ギバの肉の入っていない煮汁っていうのは、どうしたって物足りない感じになってしまうんじゃないかねえ……?」


「……はい」


「だから、もしもアスタが、あたしたちみたいに古い人間のために、美味しい煮汁を作ってくれようとしているなら……そのへんのことをよっく考えるといいのかもしれないよ……」


「はい。ありがとう――ございます」


 何か、頭の片隅で蠢くものがあった。

 肉。やっぱり肉か。

 やわらかい飲み口などというものは、もしかして森辺の民には求められていないのかもしれない。


 それよりも、とにかく肉。肉があってこその、ギバ鍋。

 肉と野菜の調和である、ギバ鍋。

 それを後回しにしていたら――残り4日では、とうてい間に合わないのかもしれない。


「……それではね、アスタ」


「はい。おやすみなさい。ジバ=ルウ」


 俺はジバ=ルウとレイナ=ルウに別れを告げて、後片付けを再開した。


(肉――肉、肉、肉、か……)


 せっかくひさびさに野菜へと目を向けたのに、またギバ肉へと逆戻りだ。

 しかし、ギバ肉は取り組み甲斐がある食材である。

 食材としての地力がものすごいから、汎用性も高いのだろう。


(……にしても、まさかドンダ=ルウの言葉からヒントを得るなんてなあ)


 悔しいような愉快なような、何とも複雑な気分である。

 しかし、けっきょく最後まで押し黙っていたのは次兄のダルム=ルウだけであったし、実りのある試食会であったと、思う。この調子で、残りのわずかな日数も全力で走りきろう。


 そんな風に、ちょっとばかり高揚した気分を得つつ後片付けを終えて、ルウの家を出て、敷地の外れの空き家に向かう。


 そういえば、今日のアイ=ファはジバ婆さんの寝所にすら行こうとしなかったな。一体どうしたんだろうか、とか思いつつ戸板を引き開けると――室の中は、真っ暗だった。


「あれ? アイ=ファ? いないのか?」


 ここまでの道のりを照らすために借りてきた燭台を、室の中にかざす。

 アイ=ファは、いた。

 普段通り、窓のある壁ぎわに横たわり、こちらに背を向けている。


 ひょっとしたら、体調が悪いのか?

 あの、生命力の塊みたいなアイ=ファが?


 俺は猛烈に心配になってきて、かんぬきをしめるのももどかしく、アイ=ファのもとへと駆け寄っていった。


「アイ=ファ……寝てるのか?」


 返事は、ない。

 しかし、優美なラインを描いた背中が、あまり動いていない。

 俺の経験則によると、眠っている人間はもっと呼吸が大きくなると思うのだが、どうなのだろう?


 とにかく俺は不安で不安でたまらなかったので、多少の迷いは覚えながらも、アイ=ファにいったん起きてもらうことにした。


「おい、アイ=ファ――」と、そのむきだしの肩に手を触れる。

 その瞬間、ものすごい反応速度で飛んできた手の平で、したたかに手の甲を叩かれた。


「いってーっ! 起きてんのかよ? だったら返事ぐらいしろ!」


「……眠っている」


「いや、起きてんじゃん! おい、いったいどうしたんだよ? 身体の具合でも悪いのか?」


 何にせよ、俺はアイ=ファの声が聞けたので、半分方は安堵することができた。


 気づけば、Tシャツの生地がひっつくぐらい、背中に大汗をかいている。自分で思っていたよりも、相当に焦っていたらしい。それはまあ、ここまでアイ=ファが普段と異なる行動を取ることは今までなかったので、当然のことであろう。


 これで何か下らないことでふてくされているだけだったら、さすがに物申してやるぞ、という心境で俺はアイ=ファの枕もとに腰を下ろした。


「おい。具合が悪いんじゃないなら、起きてこっちを見ろよ。今日は様子がおかしいじゃないか。いったい何があったんだよ?」


「……眠っていると言っている」


「いや、だから起きてるだろって! あのなあ、いい加減にしないと、俺も怒るぞ?」


「……怒る?」


 あれ。

 その、革鞭みたいに引き締まりながらも優美で女性らしいラインを描いた背中に、怒りのオーラみたいなものが見えるのは気のせいだろうか。


 いや、もちろん気のせいだろう。「ゴゴゴゴゴ……」なんていう擬音が聞こえてきそうなぐらい、怒りの波動を感じるのだが。そんな、マンガじゃあるまいしね。


「……お前が、私に、怒ると言ったのか、今?」


 うわあ。

 ゆらりと半身を起こすそのなめらかさが、まるで野生の豹みたいである。

 すでに髪をほどいているので、肩や背中に流れ落ちる長い髪が色っぽい。

 なんてことを言ってられないぐらい、おっかない。


「……怒っているのは、私だ」


 青く光る目が、丸い肩ごしにちらりと俺を見る。

 良かった。ぎりぎり狩人の眼光ではない。

 だけど、すっげー怒ってる。


「ど、どうしてそんなに怒ってるんだよ? 今日は昼から別行動だったじゃないか? 昼までは別に怒ってなかったろ?」


 それとももしかして、夕暮れ時にアイ=ファがやってきたとき、家に入る前にかまどの間でも覗いたのだろうか、と思いを巡らせてみる。


 しかし、だとしても、アイ=ファの怒りを買うような失敗は何ひとつ犯していない。


 そばには3人の女衆がいたが、これといったハプニングもなかった。後から参加したミーア・レイおっかさんとはいつもの感じであったし、サティ・レイ=ルウやララ=ルウとも、ほどよくそこそこに打ち解けられたかなという印象だ。


「うん、俺に後ろ暗いところは何ひとつない! 怒ってるなら、その理由を言ってみろよ!」


「…………」


「ん? 何?」


「……はんばーぐ」


「ハンバーグ? ハンバーグがどうしたって?」


「……今日の晩餐は、はんばーぐにすると、言った」


 は?


 気づくと、アイ=ファの唇が子どものようにとがっていた。

 ものすごく怒った目つきで、アイ=ファは子どものように唇をとがらせていたのだった。


「ちょ、ちょっと待て! そんな約束、したっけか? だって今日は、朝からアマ=ミンがやってきて……」


「……昨日の帰り道に、した」


 あ。

 思い出してしまった。

 宿場町からの帰り道。水場を過ぎてそろそろ懐かしの我が家という頃合いで、「明日はハンバーグにしよう」と言った。俺が言った。


 だって、こんな風に子どもっぽくすねたお顔でおねだりされてしまったものだから。


「そ、そうだったな! ごめん! 研究に没頭してて、すっかり忘れてた! 今日は男衆に解体の手順とかも説明してて、色々あわただしかったんだよ!」


「……約定を違えるような痴れ者と語る口はない」


 そうしてアイ=ファは、またごろんと横になってしまった。


「約定って! 大げさだろ! おい、そんなことでそこまですねんなよ! ……痛いっ!」


 肩に手を置いたら、また叩かれた。


「おーい! ごめんってば! 明日! 明日こそ必ず! 今度は絶対忘れないから! アイ=ファ! アイ=ファさーん!」


 そんな感じで。

 婚儀の宴に向けた仕事の第一日目は、至極平穏に終わりを告げたのだった。

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まだプロになりきれていないアマチュア感があるアスタがよく表現されてて好き
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