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異世界料理道  作者: EDA
第三十六章 合縁奇縁
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再びの《銀星堂》③~野菜料理・肉料理~

2018.7/25 更新分 1/1 ・2018.7/26 誤字を修正

・明日は2話更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

 ヴァルカスと入れ替わりに、タートゥマイとシリィ=ロウが台車を押して入室してきた。


「次は、野菜料理となります。主人のヴァルカスに代わりまして、わたしがご案内をさせていただきます」


 東の血をひくタートゥマイが、感情の欠落した声でそのように述べたてる。その間に、シリィ=ロウと老女が料理を配膳してくれた。

 6種の料理から成るフルコースの4種目、野菜料理である。

 銀色のクロッシュが開けられると、またあちこちから感嘆の声があがった。


「これはまた、味の想像がつかない料理だねえ。いや、実に楽しみだ」


 うきうきとした声で言いながら、ポルアースがナイフとフォークを取り上げる。森辺の狩人たちなどは、いったいこれをどのように食せばいいのかと、皿の中身をまじまじと覗き込んでいた。


 白い陶磁の皿にのせられていたのは、実に奇妙な代物である。

 半透明のゼリーのような物体に、暗緑色のソースが網目状に掛けられている。野菜料理であるはずなのに、それらしい具材はいっさい見受けられなかった。


「そちらに準備されたのは、トトスの卵にてございます。然して、料理の本体はその上に掛けられた煮汁のほうにてございますので、トトスの卵は添え物と思し召しください」


「ほう、この緑色の煮汁が野菜料理ということなのか。これはなかなか、愉快な趣向だね」


 ポルアースはころころとした指先を優雅に動かして、その奇妙な料理を切り分けていった。

 俺もそれを真似てみたが、どうやらこの卵は半熟に仕上げられているらしく、たいした抵抗もないままに、ぷるぷると震えながら寸断されていった。

 そうと見て、アイ=ファやリミ=ルウは匙を取り上げる。それでも問題なく取り分けられるぐらい、トトスの卵はやわらかかった。


 以前は汁物料理でお披露目されていたが、トトスの卵白というのは熱を通されても半透明の状態を保つ性質がある。それにこれは、専用の型の中で茹でられたものなのだろう。綺麗な楕円形をしており、どこにも焼き目などはついていない。見た目だけなら、ゼリーか寒天を思わせる質感だ。


 その半熟の卵白に暗緑色のソースをたっぷりとからめて、口に運ぶ。

 その瞬間、口の中に芳香が炸裂した。

 これはあの、かつての晩餐会でヴァルカスがお披露目した、香りの爆弾ともいうべき料理を液状にした料理であったのだった。


 塩や砂糖や酢といった、調味料の存在は感じられない。

 ただ、野菜と果実と香草だけで、甘みと辛みと苦みと酸味が構成されている、奇跡のようなひと品であった。

 それが、味らしい味もないトトスの卵白とからみあって、口の中を跳ね回っている。トトスの卵白は、ただゼリーのようなやわらかい食感を担っているばかりであるものの、別種の食材がともにあることで、味に濃淡の差が生まれて、俺の味覚をいっそう惑乱させるかのようだった。


「す、すごい料理ですね、これは……いったいどうしたらこのような味わいを生み出せるのか、わたしには想像することさえできません」


 ひさびさに、ユン=スドラの声が聞こえてくる。ユン=スドラもひとつの料理を食べるごとにレイナ=ルウらと小声で語りあっていたのだが、今回は声を抑えることもできなかったのだろう。初めてこの料理を口にしたのなら、ごく当然の反応である。


 ルド=ルウやゲオル=ザザもぎょっとした様子で目を剥いており、アイ=ファやシン=ルウはうろんげに目を細めている。かまど番でさえ面食らうような料理であるのだから、これもまた当然の反応であったことだろう。


 いっぽう、城下町サイドの人々は、その大半が満足そうに吐息をついている。ポルアースやエウリフィアやディアルは晩餐会であの野菜料理を口にしていたし、リフレイアももちろん口にする機会はあったに違いない。

 が、それを除く人々は、森辺の狩人と同じような反応であった。

 ムスルとサンジュラは目を丸くしており、こちらに背を向けたラービスはぴくりと肩を震わせている。そして、オディフィアは本物のフランス人形みたいに固まってしまっていた。


「ど、どうしたのですか、オディフィア? 気分でも悪くなってしまったのでしょうか?」


 と、ちょうど場が静まっていたところであったので、遠い席にいるトゥール=ディンの声も聞こえてきた。

 オディフィアは、機械仕掛けの人形のように、首をゆるゆると振っている。


「ううん、だいじょうぶ。……からくてにがかっただけ」


「ああ、幼い内は、舌が敏感だといいますからね。きっとオデフィアには、味や香りが強すぎたのでしょう」


 トゥール=ディンは優しげに微笑みながら、オディフィアのお茶の杯をそっと押しやった。


「茶を飲むと、口の中が洗われますよ。どうぞお飲みください」


「うん」と小さくうなずいてから、オディフィアは両手で杯をつかみとり、こくこくと咽喉を潤した。


「城下町では、料理を残しても罪とはならないのでしょう? 無理はなさらないでくださいね、オディフィア」


「……トゥール=ディンはこのりょうり、おいしい?」


「え? そうですね……美味かどうかも判断がつかないぐらい、不思議な料理だと思うのですが……このように不思議な料理を食べられることは、幸福だと思います」


「だったら、オディフィアもたべる」


 オディフィアは杯を卓に置くと、再びその料理を口にした。

 が、その顔は完全なる無表情のまま、ふるふると小さな肩を震わせてしまう。やっぱり6歳の幼子に、この料理は刺激が強すぎるようだった。


「む、無理をしないほうがいいですよ、オディフィア。きっともう何年かすれば、オディフィアも無理なくこの料理を口にできるようになるのだと思います」


「……でも、トゥール=ディンとおなじきもちになりたいの」


 心配そうな顔をしていたトゥール=ディンは、ふっと口もとをほころばせて、オディフィアの小さな手を取った。


「そんな風に考えてもらえるだけで、わたしは嬉しいです。きっと今日も最後には素晴らしい菓子が出て、わたしたちを同じ気持ちにしてくれるはずです」


 オディフィアは、灰色の瞳でじっとトゥール=ディンを見つめている。

 この距離では、さすがにオディフィアの心情を読み取るのは難しい。しかし、間近にいるトゥール=ディンであれば、それもきちんと伝わっているはずだった。


 そんなふたりの姿を、右からはエウリフィアが、左からはゲオル=ザザが、それぞれの表情で見やっている。エウリフィアは穏やかな微笑みをたたえており、ゲオル=ザザは不明瞭な仏頂面だ。俺としては、それらの見届け人もふくめて、とても微笑ましい光景であるように感じられた。


「……こちらの料理は、主人のヴァルカスとわたしが長きの歳月をかけて完成させたものとなります。ヴァルカスはさまざまな食材をふんだんに使うことを作法としておりますが、これほど多種多様の野菜と香草を使っている料理は、他に存在いたしません」


 と、彫像のように立ち尽くしていたタートゥマイが、ふいにそのように発言した。


「また、野菜と香草の持つ滋養をこの中に凝縮しておりますため、肉体を活性化させる効能にも優れております。味も香りもきわめて強い料理となりますが、口にされた方々の健康を損なうことは決してありませんので、ご安心ください」


「うん、これは素晴らしい料理だと思うよ。トトスの卵というのもあまり口にする機会がないのだけれども、ヴァルカス殿はわりあい頻繁に使うようだね」


「はい。トトスの卵をキミュスの卵と同じように扱うと、大味で見劣りしてしまうものでありますが、こうして正しく使えば、トトスの卵ならではの料理を作りあげることが可能となります」


 台本でも読んでいるかのように、タートゥマイの声は淡々としている。そういう部分は、主人のヴァルカスとよく似たご老人であった。

 そこで、厨へとつながる扉が開かれる。


「お待たせいたしました。こちらが肉料理となります」


 登場したのは、ヴァルカスとボズルであった。

 いっさい表情を崩そうとしない《銀星堂》の料理人の中で、ボズルだけはにこにこと笑っている。そうして料理を配膳する際などには、「おひさしぶりですな、アスタ殿」と小声で挨拶までしてくれた。


「おお、あなたがたもいらっしゃっていたのですな。ええと……ルウ家の若衆がた」


「俺はルド=ルウで、こっちはシン=ルウだよ。あんたも元気そうだな」


「はい。その節はお世話になりました」


 大らかに笑いながら、ボズルがルド=ルウの前にも皿を置く。厳つい容貌をした大男のボズルであるが、料理を扱うその所作は優雅にして繊細であった。


 そうしてクロッシュが開けられると、また芳しい香りがふわりと広がる。

 そこに待ちかまえていたのは、獣肉の炒め物であるようだった。


 細長く切り分けられた赤身の肉が、各種の野菜やキノコなどと一緒に焼きあげられている。見た目としては、俺の作る青椒肉絲のような感じだ。が、そこから漂うのは実に複雑な香気であり、とりわけシナモンのような甘い香りが際立っていた。


「……こちらは、ギバの足肉を使った料理となります」


「え?」という声が、あちこちからあがった。かくいう俺も、それを唱和したひとりである。


「お、お待ちください、ヴァルカス。いま、ギバの足肉と仰いましたか?」


 いくぶん均衡を失った声でレイナ=ルウがそのように問い質すと、ヴァルカスは「はい」とうなずいた。


「ひと月ほど前に、ようやくわたしもギバの肉を買いつけることがかなったのです。その後に、もう一度……10日ほど前でしょうか、再び買いつけることがかないましたので、ようやくこの料理を完成させることができました」


「ひと月前……あなたは半月ほど前にアスタやリミたちと顔をあわせていたはずですね、シリィ=ロウ?」


 レイナ=ルウがすかさず水を向けると、シリィ=ロウはすました顔で一礼した。

 レイナ=ルウが不服そうに言葉を重ねようとすると、ボズルが陽気な笑い声でそれをさえぎる。


「その頃は、まだこの料理もまったく形になってはおりませんでしたからな。シリィ=ロウも、料理が完成するまでは口外したくなかったのでしょう」


「そうですか。まあ、あなたがたが進んでそれを森辺の民に打ち明ける理由はなかったのでしょうけれど……」


 こちらに横顔を向けたレイナ=ルウは、すねたように唇をとがらせているようだった。

 シリィ=ロウは、やっぱりすました面持ちでそれを見返している。


「何か気分を害されてしまったのなら、お詫びいたします。ただ、いまはその料理が冷める前にお召し上がりいただきたく思います」


「はい。熱が逃げる前に、どうぞお召し上がりください」


 ヴァルカスにもうながされて、俺たちは食器を取り上げることになった。

 当然のこと、俺の胸にはこれまで以上の期待感が渦巻いてしまっている。


(ついにヴァルカスが、ギバの料理を……いつかはこの日が来ると思ってたけど、いざ目の前にすると動悸がおさまらないな)


 カロンやキミュスや川魚でも、あれほど見事な料理を作ることのできるヴァルカスであるのだ。そんなヴァルカスの手によって、ギバの肉はどのように調理されたのか。俺は指が震えないように気をつけながら、フォークでその料理をすくいあげた。


 野菜も何種類か使われていたが、すべて肉と同じように細長く切り分けられている。そこにまぶされているのは赤みがかったソースであり、ところどころには香草の葉や茎根も見受けられた。


 香りはシナモンのように甘く、そこに酸味と辛そうな香りもわずかに隠されている。

 使っているのは足肉と言っていたが、森辺の民が販売しているのはモモ肉だ。赤身が主体であり、片方の端にぷるんとした脂身がひっついている。


(最後に仕入れたのが10日前なら、あまり新鮮な肉じゃないけれど……ヴァルカスに手にかかれば、関係ないんだろうな)


 そんな思いを胸に、俺はその料理を口に投じ入れた。

 ごく当然のように、複雑な味わいが口の中に広がっていく。

 甘みと辛みと苦みと酸味、すべてがそこには混在していた。


 しかし、さきほどの野菜料理とは、まったく似ていない。

 この甘みは、果汁によるものだろう。砂糖や蜜も使われているのかもしれないが、果汁ならではのまろやかさが感じられる。

 辛いのは、やはり香草だ。マスタードのような辛みとトウガラシ系の辛みが、同時に舌を駆け巡っていく。

 このふくよかなる香ばしい苦みは、明らかにギギの葉によるものだ。それほど目立ってはいないものの、隠し味というほどは隠れていない。シナモンのごとき甘い香りと調和して、この料理の中核を担っているようにすら感じられる。

 酸味は、おもにタラパの酸味である。この赤いソースは、タラパをベースにしているのだろう。ただ、タラパだけでは成し得ない、発酵食品の酸味も感じられる。もしかしたら、カロンかギャマの乳の酪あたりが使われているのかもしれなかった。


 それらの複雑な味わいが、しっかりとギバ肉にからみついている。

 ただ焼いただけではなく、事前に煮込んだりもしていたのだろうか。モモ肉とは思えないほどにやわらかく、それはごくすみやかに噛みちぎることができた。


 しかし、むやみにやわらかすぎるということはない。噛めばしっかりと肉の繊維が感じられて、とても心地好い食感である。そして、噛めば噛むほどに複雑な味わいもいっそう強まっていくかのようだった。


(さっきのシャスカ料理と一緒で、このギバ肉そのものにも強い味がしみこませてあるみたいだ。それでいて、ギバ肉の味もしっかり感じられるし……やっぱりこれは、すごい料理だぞ)


 カロンにはカロンの、キミュスにはキミュスの、ギバにはギバの美味しさがある。この料理は、これほど複雑な味わいでありながら、やはりギバ料理ならではの味となっているのだ。

 同じ調理方法でカロンやキミュスの料理をこしらえたら、きっとこの味の均衡は失われてしまうのだろう。俺には、そのように思えてならなかった。


「……本日のお客様がたは、そのほとんどがギバ料理を食べなれているかと思われます。お気に召しましたでしょうか?」


「うん! これは美味だと思うよ! ヴァルカス殿ならではの味わいでありつつ、ギバ肉本来の美味しさがしっかりと活かされているようだ!」


 まずはポルアースが、そのように答えていた。

 その隣に座したエウリフィアも、「そうね」と微笑んでいる。


「わたしなどは、数えるていどしかギバの料理を口にしていないけれど……アスタたちの作るギバ料理とは、また異なる美味しさであるように思えるわ」


「わたしも同感ね。ヴァルカスの作法で仕上げられたギバ料理というのが、とても不思議に感じられるわ」


 リフレイアの言葉に、トルストも大きくうなずいている。


「これはまぎれもなく、城下町の料理ですな。ギバ料理といえばアスタ殿の作法で作られる料理がすべてであったので、なかなか不思議に感じられます」


 それは俺にしてみても、同じ心地であった。

 もちろん俺は、宿場町の人々が独自に作りあげたギバ料理というものも何度か口にはしていたが、やはりこれほどの驚きに打たれることはなかったのだ。


「わたしはギバ料理というものを初めて口にするので、そういった比較はできないのですが……何にせよ、きわめて美味であるように思います」


 ムスルがそのように述べたてると、サンジュラがふわりと微笑んだ。


「私、数日に一度、宿場町、訪れています。ムスル、いずれ、アスタたちの料理、口にする機会、あるでしょう」


「そうですな。そのときを楽しみに待ちたいと思います」


 そのように答えてから、ムスルはいくぶん心配そうに向かいの席の少年たちを見やった。


「それで……おふたりは、どうしてそのように難しい顔をされているのでしょうか? 森辺の民というのは、ギバ料理を何よりも好んでおられるのでしょう?」


「いや、なんていうか、感想に困る味だなーと思ってさ」


 そんな風に述べながら、ルド=ルウは黄褐色の髪をがりがりとかき回した。


「美味いとは思うんだよ。きちんとギバ肉の味もするしな。だけど……なんか、落ち着かない味でさー」


「それはまあ、城下町の料理というものに慣れていないからではないでしょうか? これは城下町の料理としても、かなり独特の味付けなのでしょうし……」


「うん。変わった料理だとは思うよ。でも、アスタの作る料理だって、十分に変わってるんだよ。はんばーぐだってぎばかつだってぎばかれーだって、最初に食べたときはすっげー驚かされたしさ」


 そうしてルド=ルウは腕を組んでふんぞり返ると、「うーん」と考え込んでしまった。

 その隣で、シン=ルウは考え深げに目を細めている。


「俺もルド=ルウと同じ気持ちだ。これは確かに美味なる料理だが……何か根本のところで、アスタやシーラたちの作る料理と異なっているように感じられる。きっと森辺のかまど番がどれほど腕を上げようとも、このような料理は作らないだろうなと思えてしまうのだ」


「それはたぶん、ヴァルカスの作法とアスタの作法が、あまりに異なっているからではないでしょうか?」


 そのように発言したのは、マイムであった。


「アスタの作法は、わたしの父の作法と似ています。そして、父の作法とヴァルカスの作法は正反対のものである……という話を、以前にシリィ=ロウたちを祝宴に招いた際にしていたのですよね」


「ふーん? 確かにまあ、マイムの作ったギバ料理を食べても、こんな気持ちにはならなかったな。そいつは、ミケルとアスタの作法ってやつが似てるせいなのか?」


「はい、おそらくは。……父やアスタは、食材の味をいかに活かすかということに重きを置き、ヴァルカスは、もとの食材の味からどれだけ遠ざかれるかに重きを置いている、という話であったのですよね」


 聡明そうに瞳を輝かせながら、マイムはそのように言葉を重ねた。


「確かにこの料理もギバ肉の味を活かした、ギバ肉ならではの料理なのだと思います。だけどきっと、ギバ肉の力を使いながら、まだこの世のどこにもなかった未知なる味を作りあげようとしている……ということなのではないでしょうか?」


「あー、悪いけど、言ってる意味がさっぱりわかんねーや。この料理だって、俺は十分に美味いと思ってるんだけどさ」


「ふん。しかしそれは、ギバ肉を使っていない料理と同じような美味さだということなのだろうさ」


 と、隣の卓からゲオル=ザザも大きな声をあげてきた。

 その光の強い目が、無表情にたたずむヴァルカスをねめつける。


「これは決して、お前を誹謗しようと思っての言葉ではない。お前は城下町の人間であるのだから、城下町の人間がもっとも喜ぶような料理を作るべきであろう。俺は、そのように考えている」


「はい。わたしのことはお気になさらず、率直なご感想をお聞かせ願えれば幸いです」


「うむ。要するに、こいつはギバ肉を美味く食べるための料理ではなく、美味い料理を作るためにギバ肉を使った料理であるということなのだろう。だからおそらく、森辺の民には物足りなく感じられてしまうのだ」


「なるほど」と、シン=ルウが相槌を打った。


「さきほどのマイムの言葉もあわせて考えると、これはギバ肉の味を活かす料理ではなく、ギバ肉の味を使って何かを成そうとしている料理である、ということか」


「えー、お前にはわかるのかよ、シン=ルウ? 俺にはさっぱりわかんねーんだけど」


「うむ。言葉で表すのは難しいが、心の中では納得いったように思う」


「でも」と声をあげたのは、レイナ=ルウであった。


「この料理が素晴らしい出来栄えであるということに変わりはありません。わたしもミケルの語った言葉は後から聞かせていただきましたが……たとえ正反対の作法に見えたとしても、根っこの部分は変わらないという話であったはずですよね、マイム?」


「ええ、その通りです」


「わたしにも、その意味がようやくわかったように思います。確かにこれは、わたしたちの求めるギバ料理ではないのかもしれませんが……ギバ肉の味や特性を知り尽くさないと、このような料理は作れないはずです。わずかひと月でこのような料理を作ることのできるヴァルカスに、わたしは心から感服してしまいました」


「ええ、わたしも同じ気持ちです」


 と、シーラ=ルウも静かに声をあげた。


「ヴァルカスがどれほど素晴らしい料理人であるか、わたしはあらためて思い知らされた心地です。わたしの師はアスタであり、ミケルのことも同じように尊敬していますが……あなたの存在も、それに変わるところはありません」


「ありがとうございます」と、ヴァルカスは一礼した。


「何にせよ、すべてのお客様にご満足いただけなかったのは、わたしの力量が足りていなかったためです。今後もたゆまず、努力を続けていきたいと思います」


「いや、だから、お前のことを誹謗しているわけではないのだぞ?」


 ゲオル=ザザが言葉をはさむと、ヴァルカスは「はい」とうなずいた。


「それでもわたしは、誰もが美味と思える料理を作りあげたいと願っています。わたしはわたしの作法で、あなたがたをもうならせるギバ料理を作りあげられるように邁進したいと思います」


「……なるほど。頭の固い森辺の狩人におもねることなく、料理の味で黙らせようということか」


 そう言って、ゲオル=ザザはにやりと笑った。


「そういうことなら、好きにするがいい。己の仕事に生命を懸けているならば、そのように考えるのが当然なのだろうしな」


「はい。それでは最後に菓子の準備をいたしますので、よろしければ食事をお続けください」


 ついつい論議に夢中になってしまっていたが、まだ大半の人間はギバ料理の食べ途中であったのだ。俺はフォークを取りあげながら、ずっと無言でいるアイ=ファの耳に口を寄せた。


「みんなそれぞれ思うところがあったみたいだな。アイ=ファとしては、どういう感想だったんだ?」


「……私は何も、小難しい言葉を並べたてるつもりはない。この料理も、十分に立派なギバ料理だと思える」


 俺の耳もとに口を寄せながら、アイ=ファはそう言った。


「ただひとつ、はっきりしているのは……私にとっては、アスタの作るギバ料理のほうが美味であると思える、ということだ」


「そっか。それは光栄だよ。ありがとうな」


 俺が笑顔を向けてみせると、アイ=ファも目もとだけで優しげに微笑んでいた。

 そこに、遠くのほうからオディフィアの声が聞こえてくる。


「……トゥール=ディンは、おかしだけじゃなくてりょうりもつくれるの?」


「はい、もちろん。自分の家では、毎日かまどを預かっています」


「オディフィアは、トゥール=ディンのぎばりょうりもたべてみたい」


 無表情のオディフィアに、トゥール=ディンはにこりと笑いかけたようだった。


「わたしなんて、まだまだ未熟者ですが……でも、オディフィアにわたしのギバ料理を食べてもらえたら、とても嬉しいです」


「うん。やくそくね?」


 オディフィアは身を乗り出して、トゥール=ディンの手の先をぎゅっとつかんでいるようだった。

 たとえ表情は変わらなくとも、その仕草だけでどれほどオディフィアが強い気持ちを持っているかは見て取ることができる。周囲でどのような論争が巻き起ころうとも、その空間にだけは変わらず優しい空気がたちこめているようだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴァルカスの料理って読み取った限りだと、まるで繊細な芸術品みたい。 そういう作法で作られた料理だと、森辺の民に手放しで絶賛される料理は絶対無理だと思った。
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