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異世界料理道  作者: EDA
第三十六章 合縁奇縁
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婚儀の祝宴②~宴の始まり~

2018.6/29 更新分 1/1

 じょじょに世界が薄暮に包まれていく中、婚儀の祝宴の準備が粛々と進められている。そのさまを、俺はアイ=ファやユーミたちとともに見守っていた。

 ほんのついさきほどまで、俺とアイ=ファは幼子の預けられた家でサリス・ラン=フォウやリィ=スドラらと交流を深めており、ユーミとテリア=マスはすべてのかまどの間を巡っていた。そうして祝宴の開始も間近となったところで、合流したのである。


 この時間になると、余所の氏族からの客人たちも大半が到着していた。

 この日の祝宴に招かれたのは、ファ、ディン、リッド、ガズ、マトゥア、ラッツ、ミーム、ベイム、ダゴラ、ラヴィッツ、ナハム、ダイ、レェン、ルウ――そして、ザザの人々だ。つまりは、屋台と市場の仕事で関わりのある氏族と、ディンとリッドの親筋であるザザ、という顔ぶれであった。


 ルティム、レイ、ミン、ムファの4氏族も屋台の商売に関わっていたものの、それまで招いてしまうと人数が大幅に増えてしまうので、このたびは親筋としてルウの人々のみが招かれていた。

 ただし、先日の家の建て替えでまた多くの木が伐採されたためか、フォウの集落の広場も一回り広くなったように感じられる。これならば、もはやルウの集落の広場とほとんど差はないように思われた。


 その広場の中心には儀式の火のために大量の薪が積まれており、それを遠巻きに囲うようにしていくつものかまどが組みあげられている。そして広場の外周には、かがり火を焚くための台座も設置されていた。


 その間を慌ただしく行き交っているのは、フォウの血族たる男女だ。男衆もすでに森から戻っており、鉄鍋や薪などを運ぶ仕事を手伝っている。俺たち客人の立場である人間は、その邪魔にならぬように端のほうでぼんやりと立ち尽くしていた。


「よー、アスタにアイ=ファ。それに、ユーミとテリア=マスも一緒かー」


 と、聞き覚えのある声が背後から近づいてくる。振り返ると、ルウルウの手綱を引いたルド=ルウが近づいてくるところであった。同伴しているのは、宴衣装のレイナ=ルウである。


「やあ、やっぱりレイナ=ルウが来ることになったんだね」


「はい。婚儀の祝宴には、未婚の若い人間を出すのが、ルウ家の習わしですので。……わたしはまだ婚儀をあげるつもりはないのですけれども」


 後半は、ごにょごにょと小声でつぶやくレイナ=ルウであった。

 だけどやっぱり、宴衣装を纏うとレイナ=ルウの可愛らしさは倍増していた。ルウ家は豊かな氏族であるので、飾り物もひときわ豪奢であるのだ。


 そして、ルド=ルウたちに追従してきた4名の男女が、俺たちに頭を下げてきた。あまり馴染みのない顔ぶれであったが、それはダイとレェンの人々であるはずだった。女衆の片方、若いが既婚の装束を纏っているレェンの女衆だけは、肉の市場に参加していた人物であったので、俺にも判別することができた。


「どうも、おひさしぶりです。ルウ家の方々と一緒に来られたのですね」


「は、はい。わたしたちのほうが南側に住まっておりますので、こちらで荷車を出すようにご提案したのですが……」


「俺はトトスを動かすのが好きなんだから、いいんだよ。それに果実酒も飲まないから、帰りも送ってやれるしなー。あんたたちは、好きなだけ果実酒を楽しむといいよ」


 ルド=ルウは屈託なく笑い、ダイやレェンの人々は恐縮したように頭を下げている。これが本来の、族長筋と小さき氏族の距離感であるのだ。


(だけどまあ、こうやって祝宴で顔をあわせる機会が増えれば、俺たちみたいに打ち解けられる日も来るだろう)


 大半の氏族は、前回の建築屋を迎えた祝宴と丸かぶりしていたが、その中で初参加となるのは、このダイやレェンの人々であるのだ。4名の若い男女は、不安と期待の入り混じった面持ちで広場を見回していた。


「それじゃあ男衆は、刀を預けてこようぜー。トトスと荷車も預けなきゃいけねーからな」


「あ、はい、承知いたしました。我々は本家の場所を知りませんので、ご案内をお願いいたします」


 ルド=ルウと2名の男衆が、本家のほうに向かっていく。

 残された女衆は、いくぶん困惑気味にユーミのほうをちらちらと見ていた。


「んー、このお人らは、どこの家から来たのかな?」


「こちらは、ダイとレェンの人たちだよ。先月まで、肉の市場の仕事を受け持っていた氏族だね」


「あー、そっちのあんたは、何回か顔をあわせてるよね! そっかそっか、今日はどうぞよろしくね!」


 ジョウ=ランが警護役として市場まで出向いた際、ユーミは何回かその場所を訪れていたのだ。レェンの女衆は、ぎこちなく微笑みながら、「はい」とうなずいていた。


「レェンには年頃で未婚の女衆がいなかったので、わたしが出向くことになってしまいました。お目汚しですが、どうぞよろしくお願いいたします」


「全然お目汚しではないけどさ、やっぱり婚儀をあげた人間は宴衣装を纏わない習わしなの?」


「はい。伴侶を娶った人間は着飾る意味がない、というのが森辺の習わしとなります」


「なるほどねー。町ではけっこう、年をくった人間でも着飾ってるけどね」


 そう言って、ユーミはにっと白い歯を見せた。

 物怖じを知らない、魅力的な笑顔である。レェンの女衆もつられたように、ぎこちなさの取れた笑みを返していた。


(だけどやっぱり、婚儀の祝宴には15歳以上で、なおかつ未婚の男女を出すのが習わしなんだな)


 そうでなければ、ルウ家からはリミ=ルウが選ばれていたことだろう。今回は、ほとんどの氏族が未婚の若い男女を差し向けてきているように感じられた。


(これはきっと、家長会議で新しい婚儀の習わしが認められたためなんだろう。前回は、ディンやリッドだって既婚の人間を出していたはずだもんな)


 なおかつ今回は、招待する氏族が多いために、ひとつの氏族につき2名までとされてしまっていた。そのために、トゥール=ディンやラッド=リッドといったお馴染みの顔ぶれも不在なのである。マトゥアではまだ婚儀の許されない13歳の彼女を出していたが、ディンとリッドは別なる考えでこの祝宴に臨んでいるようだった。


(森辺の女衆は、もともと婚儀の祝宴でしか宴衣装を纏わない習わしだったもんな。やっぱり婚儀の祝宴っていうのは、未婚の人間にとって貴重な出会いの場なんだ)


 しかしここで、反骨の精神を携えた人々がやってくることになった。

 ラヴィッツとナハムの人々である。

 ラヴィッツからは年配の既婚者であるデイ=ラヴィッツとリリ=ラヴィッツが参上し、未婚のマルフィラ=ナハムはまた宴衣装ならぬ通常の装束で姿を現したのだった。


「ふむ。この私でさえ宴衣装を纏っているというのに、そちらの女衆は婚儀の祝宴でも宴衣装を許さぬのか」


 アイ=ファがそのように問い質すと、デイ=ラヴィッツは「ふん」と鼻を鳴らした。


「このナハムの三姉は、しばらく婚儀をあげぬ心づもりでいる。ならば、宴衣装を纏う理由もあるまい。何か文句があるか、ファの家長アイ=ファよ」


「べつだん、文句を言いたてているつもりはない。……しかしそれは、本人の望んだことであるのか?」


「本人と、ナハムの家長が決めたことだ。俺は親筋の家長として、その言葉を許すことになった」


 当のマルフィラ=ナハムは、もちろんきょときょとと目を泳がせるばかりである。

 そして、そのかたわらに控えているのは、当然のようにナハム本家の長兄であった。その色の淡い碧眼は、本日も無機的な輝きをたたえて俺たちを見やっている。


「……それで、そちらの娘たちが、宿場町から招かれたという客人か」


 デイ=ラヴィッツの底光りする目が、ユーミとテリア=マスの姿をとらえた。

 ユーミは恐れげもなくそれを見返し、テリア=マスはいくぶん怯えた様子で縮こまってしまう。


「ふん。森辺に嫁入りを願っているのは、お前のほうだな?」


「うん、よくわかったね。正確に言うなら、嫁入りを願うかもしれない、だけどさ」


「お前の話は、伴侶のリリからさんざん聞いている。確かに、森辺の狩人を恐れる様子はないようだな」


「そりゃまあ、1年以上も顔を突き合わせていればね」


 そう言って、ユーミは不敵に微笑んだ。


「で、あなたはそっちのお人の伴侶なんだね。あたしは《西風亭》のユーミってもんだよ。今日はどうぞよろしくね」


 デイ=ラヴィッツは答えずに、なおもユーミのことをじろじろと検分していた。

 その末に、また「ふん」と鼻息を噴く。


「本当に自分が森辺の民たりえるかどうか、その身をもって確かめるがいい。お前が考えているほど、森辺の生活は甘いものではないぞ」


「うん。そういう厳しい意見を言ってくれるのは、とてもありがたいよ。どうもありがとうね」


 デイ=ラヴィッツはそっぽを向くと、その勢いのままにきびすを返した。

 リリ=ラヴィッツはお地蔵様のような表情で一礼し、マルフィラ=ナハムはあたふたと頭を下げてから、その後を追っていく。しんがりのナハムの長兄は、やはり最後まで無言であった。


「ラヴィッツの家長は、相変わらずのようですね」


 レイナ=ルウが小声で囁きかけてきたので、俺は「うん」とうなずいてみせる。


「でも、最近は言葉を交わす機会が増えて嬉しいよ。今日も突撃してやろうな、アイ=ファ?」


「むろんだ。どこまで逃げても追いかけてやろう」


 そのように述べてから、アイ=ファはレイナ=ルウを振り返った。


「とはいえ、私は決してあの御仁を嫌っているわけではないのだ。ああいう正直な気性は、むしろ好ましいように思う」


「はい。アスタの存在を否定されない限りは、ですね?」


 レイナ=ルウの言葉に、アイ=ファは口をへの字にした。


「それは、家長会議のときのことを言っているのか? あの場にレイナ=ルウはいなかったはずだが」


「その後で、ダルム兄がこっそり教えてくれたんです。どうもアイ=ファは家人の話になると聞き分けが悪くなるのでいかん、と言っていましたよ」


「…………」


「でも、わたしもその場にいたら、アイ=ファと同じ怒りを抱えていたことでしょう。そういう相手とこそ、理解を深めなければならないのでしょうね」


 そう言って、レイナ=ルウはにこりと微笑んだ。

 アイ=ファは仏頂面で、髪飾りを避けつつ頭をかいている。

 そのとき、その声が響きわたった。


「まもなく日没となる! 客人もすべてそろったようなので、こちらに集まっていただきたい!」


 それは、バードゥ=フォウの声であった。

 テリア=マスと小声で喋っていたユーミが、とたんに表情を輝かせる。


「いよいよ始まるんだね! うわあ、楽しみだなあ。ね、もっと前に行こうよ!」


「慌てなくても大丈夫だよ。こういうときは、まず客人の紹介から始まるものだからね」


 こういう場では、初対面となる人間も少なくはない。よって、客人はひとりずつ衆目の前で紹介されることになるのだ。

 まだ火を灯していない薪の山の前に、バードゥ=フォウとライエルファム=スドラとランの家長が立ちはだかっている。その真ん中に立ったバードゥ=フォウが、また声をあげた。


「今日はさまざまな氏族と、そして宿場町からも客人を招いている。まずは宿場町の客人から、こちらに」


 ユーミはテリア=マスの手をひっつかんで、バードゥ=フォウの前に進み出た。

 バードゥ=フォウは重々しくうなずいてから、広場に集結した人々を指し示す。


「どうか名乗りをあげてもらいたい」


「うん。あたしは、宿場町にある《西風亭》の娘で、ユーミといいます」


「わ、わたしは《キミュスの尻尾亭》の娘で、テリア=マスと申します」


 この習わしについては、ふたりもすでにルウ家の祝宴において体験済みである。それでもやっぱり、テリア=マスなどはたいそう緊張してしまっていた。

 しかしユーミのほうは、普段通りのユーミである。ぐいっと顔をもたげて、正面から人々の視線を受け止めている。この場には、客人を含めて70名以上の人々が詰めかけていたはずであるが、それでも怯む様子はまったくなかった。


「……では、祝宴の開始までお待ちいただきたい」


 至極あっさりと挨拶を終えて、ユーミたちはまた俺たちの近くに戻ってきた。

 次々と客人たちが紹介される中、ユーミは「ふう」と息をついていた。


「あー、緊張した! いつも以上に注目されてるかと思うと、やっぱ緊張しちゃうよねー」


「そうなのかい? 実に堂々としたもんだったけど」


「そんなことないよー。まだちょっと膝が震えちゃってるもん!」


 そのように述べながら、やっぱりユーミは無邪気に笑っている。

 先日の、双方の家を交えての会談を経て、ユーミはまたいっそうのたくましさを身につけたように感じられた。

 そこに、婚儀の祝宴そのものに対する期待感も重なって、普段以上にユーミの表情は活き活きとしている。森辺の民とは趣の異なる、それはいかにも町の人間らしい軽快さとしたたかさを兼ね備えた、魅力的な笑顔であった。


 そうして30名を数える客人の紹介が終わったら、儀式の火が盛大に灯されて、いよいよ婚儀の開始である。

 チム=スドラとイーア・フォウ=スドラの婚儀のときと同じように、まずは婚儀をあげる両名が、儀式の火の前に導かれる。


 新郎であるスドラの男衆と、新婦であるランの女衆だ。

 俺にとっては、どちらもそれほど個人的なつきあいのある相手ではない。しかし、スドラの男衆はたびたび護衛役を担ってくれていたし、ランの女衆も下ごしらえの仕事では手を貸してくれていた。


 婚儀の装束を纏った両名が、男女の幼子を従えて、しずしずと進み出てくる。その姿を目におさめるなり、ユーミは「うわあ」と感嘆の声をあげた。


「すごく綺麗……それに、ふたりとも幸せそうだね!」


 新郎は、肩の辺りにギバの頭が乗った狩人の衣を纏っており、新婦は、全身に玉虫色のヴェールを纏っている。俺はもう婚儀の祝宴に参加するのは4度目であったが、やはりその勇壮さと美しさには目を奪われずにいられなかった。


 儀式の火の前に到着すると、幼子たちの掲げた草籠に、それぞれの家長たちからギバの角や牙が1本ずつ捧げられる。

 さらにバードゥ=フォウも同じように祝福を捧げると、4名は人垣に沿ってゆっくりと歩き始めた。


 彼らの血族も客人たちも、みなが祝福を捧げていく。

 その中で、森辺の民ならぬユーミとテリア=マスは、宿場町で買い求めた飾り物を捧げていた。


「これは、あたしたちふたりからだよ。どうぞお幸せにね!」


 ユーミが陽気に笑いかけると、花嫁はとてもやわらかい微笑みを返していた。花婿のほうは、最初から幸福そうに笑みくずれてしまっている。緊張の極みにあったかつてのチム=スドラとは、実に対照的な様相であった。


(待ちに待ち望んだ婚儀なんだもんな。そりゃあ嬉しくてたまらないんだろう)


 そんな風に考えながら、俺も1本の牙を草籠に捧げさせていただいた。

 花嫁たちが通りすぎていくと、ユーミが感極まったように息をつく。


「やっぱり婚儀ってのは、いいもんだよね! あたしなんて、まだ数えるぐらいしか婚儀は目にしたことはないけど……だけどやっぱり、憧れちゃうなあ」


「本当ですね。なんだか、胸が詰まってしまいます」


 テリア=マスも、自分の身体を押し抱くようなポージングで、うっとりと目を細めていた。

 彼女たちにとっては、ほぼ完全に面識のない相手の婚儀であるのだ。それでもやっぱり、この場に満ちあふれた幸福感と熱気の奔流に、気持ちをかき乱されている様子であった。


 やがてすべての人々から祝福を授かった両名は、儀式の火の前に設置された台座の前に導かれる。

 そこで誓約の言葉が申し述べられて、草冠の交換が為された。

 これで正式に、スドラとランの間に新たな絆が結ばれたのだ。

 少し前にフォウの眷族となったスドラが、今度は同じ眷族であるランと初めて血の縁を結ぶことになった。こうやって、森辺の血族は絆を深めていくのである。


「母なる森の前で、婚儀の誓約は交わされた! 両者の行く末を祝い、大いに宴を楽しんでもらいたい!」


 やがて花嫁たちが主賓の台座に腰を落ち着けると、バードゥ=フォウが祝宴の開始を宣言した。

 人々は、いっそうの歓声でそれに応える。

 が、ユーミとテリア=マスは、それどころではないようだった。


「あー、何だか胸がいっぱいで、食事どころじゃなくなっちゃったなあ。さっきまで、お腹はぺこぺこだったのに!」


「ええ、わたしもです。しばらくは、何も口にできそうにありません」


 それらの発言に、アイ=ファはきょとんと目を丸くしていた。


「ずいぶん大仰な言い様だな。見ず知らずの人間の婚儀で、何をそのように感極まっているのだ?」


「だって、こんなに立派な婚儀は初めてだったんだもん! 町での婚儀なんて、もっとささやかなもんだよねー?」


「はい。というか、わたしたちの身内にこれほど盛大な婚儀の祝宴を開く人間はいなかった、ということなのでしょうね。もっと富のある家でしたら、たいそう豪勢な祝宴を開くのでしょうけれど……」


「いやー、だけど、こんなに大勢の人間が集まって、こんなにガンガン火を焚くことはないだろうからね! これはやっぱり、森辺ならではの婚儀なんだよ!」


 そんな風に語らっている俺たちの周囲では、人々が思うぞんぶん酒盃を酌み交わしている。

 さてさて、どうしたものだろうと、俺が考え込んでいると、人混みをぬって本日の裏の主役が登場した。


「こちらにいたのですね、ユーミ。迎えに来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません」


 それはもちろん、ジョウ=ランであった。

 ほのかに頬を赤らめつつ、ユーミは「やあ」と口もとをほころばせる。


「すごく素敵な婚儀だったね! あたし、なんだか感動しちゃったよ!」


「はい。俺にとっても大事な血族の婚儀であったので、とても幸福な心地です。……それで、俺の家族があらためて挨拶をしたいと言っているので、こちらに来てもらえますか?」


 ユーミは一瞬だけ押し黙ってから、「うん!」と大きくうなずいた。


「それじゃあ、挨拶させていただくよ。テリア=マスも一緒でいいよね?」


「もちろんです。それじゃあ、こちらにどうぞ」


 ユーミは俺たちに手を振ってから、ジョウ=ランやテリア=マスとともに、人混みの向こうへと消えていった。

 ぽつねんと取り残された俺とアイ=ファは、思わず視線を見交わしてしまう。


「新郎新婦の台座は人でいっぱいだな。あっちがちょっと落ち着くまで、先に腹ごしらえをしようか?」


「うむ。ユーミたちはどうだか知らぬが、私は空腹だ」


 どのような祝宴でも、アイ=ファは平常運転である。そんなアイ=ファと肩を並べて歩きながら、俺は「そういえば」と言葉を重ねた。


「宴衣装のアイ=ファがすぐそばにいたのに、ジョウ=ランは目もくれなかったな。というか、俺たちの姿なんて目に入ってなかったんじゃなかろうか?」


「ふむ。さしものあやつも、気が急いていたのであろう。何も不思議なことはあるまい」


「うん、そうか。……まあ、アイ=ファのことを完全にふっきれたんなら、それは喜ばしいことだよな」


 アイ=ファは溜息をこらえているような面持ちで、俺のことをにらみつけてきた。


「まったく、いまさらの話だな。ジョウ=ランは、ずいぶん前から私への態度をあらためていたではないか」


「え、そうなのか? まあ確かに、前みたいにしょんぼりした顔は見せなくなったように思うけど……」


「それだけではなく、明らかに以前とは私を見る目が変わっている。もはや私のことは、女衆ではなくひとりの狩人としてしか見ていないのであろう。……お前はそのようなことにも気づいていなかったのか、アスタよ?」


「うん。気づいてなかったな。それは、いつぐらいからのことなんだ?」


「私が気づいたのは、家長会議の辺りだ。つまりは、宿場町での交流の会を終えてから、ということだな」


 それならば、ちょうどジョウ=ランとユーミの関係性に革新がもたらされたタイミングであるので、平仄は合っている。


「お前は存外、余人の気持ちの変化に疎いのだな、アスタよ」


「いやあ、アイ=ファが鋭すぎるだけなんじゃないのかな。でも、それなら本当によかったよ」


 そうして言葉を交わしている間に、最初のかまどが目前に迫ってきた。

 その場に突入する前に、俺はさきほどから心に浮かんでいた気持ちを、おもいきってアイ=ファに告げてみる。


「そういえば、思いがけず、ふたりきりになっちゃったな」


 顔を赤くしたアイ=ファに足を蹴られるかと思いきや、俺に向けられてきたのは、とても幸福そうな微笑みであった。


「うむ。どうせすぐに別の誰かと出くわしてしまうのであろうが……それまでは、この時間を楽しむとしよう」


 俺は何だか、カウンターで右ストレートをくらったような心地であった。

 それぐらい、アイ=ファの笑顔は屈託がなくて、嬉しそうであったのだ。

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