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異世界料理道  作者: EDA
第三十五章 青の終わり、再び
612/1675

白の月の二日⑤~別離の刻~

2018.6/11 更新分 2/2

・本日は2話更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

・今回の更新はここまでとなります。更新再開まで少々お待ちください。

 そうして長きに渡って続いた幸福な時間も、ついに終わりを迎えることになった。

 ずらりと立ち並んだ森辺の民に見守られながら、建築屋の人々が荷車に乗り込んでいく。御者台に陣取っているのは、ついさきほどフォウの集落にやってきたラン家の狩人たちだった。


「客人がたは、俺たちが責任をもって宿屋にお届けします。どうか安心してくださいね、アスタ」


 その内のひとりであるジョウ=ランが、御者台の上から俺に笑いかけてくる。2台の荷車に1名ずつの狩人と、あとは彼らを森辺まで戻すための荷車も準備されている。この役目を果たすために、ラン家の狩人たちはこんな遅くまで待機してくれていたのだった。


「今日は、どうもありがとう! それに、途中でちょっとお騒がせしちゃって、本当にごめんなさい! 僕とラービスは明日からもジェノスにいるから、また仲良くしてね!」


 ディアルは深々と頭を下げてから、荷車に乗り込んでいった。

 ラービスも、不明瞭な面持ちで目礼をして、その後を追いかける。


 ジェノスに居残る13名のメンバーは、すでに荷車に乗り込んでいた。

 最後まで別れを惜しんでいたのは、やはり明日ジェノスを発つ、7名のメンバーである。


「それじゃあな、アスタ。他の森辺の方々も、本当に感謝しているよ。また来年に顔をあわせるまで、みんな元気でいてくれよな」


 アルダスが、大きな手の平で俺の肩を叩いてから、荷台に乗り込んだ。

 次はメイトンが、ぶんぶんと手を振りながら、みんなの姿を見回していく。


「あんたがたが健やかに過ごせるように、南方神にも祈っておくよ。どうか、元気でな」


 森辺のみんなも、笑顔でその姿を見送っていた。

 7名のメンバーが次々と姿を消していき、最後に残されたのは、バランのおやっさんだ。

 おやっさんは、荷台のステップに足をかけてから、こちらに向きなおってきた。


「来年、ジェノスを訪れたときは、俺たちの建てた骨組みがどのような姿に成り果てたかを楽しみにしている。……では、息災にな」


 そうしておやっさんが荷台に乗り込んだタイミングで、俺はアイ=ファやレイナ=ルウとともに歩を進めた。アイ=ファが巨大な木箱を抱えていることに気づいたおやっさんが、「うむ?」と眉をひそめる。


「なんだ、まだ何か用事か?」


「はい。こちらは森辺の民から、みなさんに贈り物です。どうぞ道中でお食べください」


「お、もしかしたら、ギバの干し肉か?」


 と、おやっさんの肩ごしにアルダスも顔を覗かせる。そちらに向かって、俺は「はい」と笑いかけてみせた。


「ギバの干し肉はずいぶん高値になってしまったので、もう気軽に買っていただくこともできません。でも、道中でもギバの肉を味わっていただきたかったので、準備いたしました」


「祝宴を開いてもらったあげくに、こんな上等な土産までもらっちまうのは、ちっとばっかり気が引けるなあ」


 そのように述べながら、アルダスはとても嬉しそうな笑顔であった。

 おやっさんは、仏頂面で頭を掻いている。


「確かにな。代価もなしにこのようなものを受け取るのは、おかしな気持ちだ」


「どうかお気になさらないでください。祭祀堂の仕事を受け持ってくださったお礼も兼ねていますので」


「はい。提案したのはアスタですが、了承したのは森辺の族長たちです。どうかお受け取りください」


 レイナ=ルウも、笑顔でそのように述べていた。

 ジザ=ルウは、少し離れたところから、この様子をひっそりと見守っている。この仕事は、屋台の商売の取り仕切り役である俺とレイナ=ルウに一任してくれたのだ。


「あと、この中には腸詰肉も詰め込まれています。そちらは入念に水抜きをしたので、故郷に帰った後でもお召し上がりになれるはずです。よかったら、ご家族にもギバの肉を食べてもらってください」


「そいつは、みんな大喜びだろうな! ギバの料理の評判はネルウィアにまで届いてるんで、誰も彼もが食べたがっているんだよ」


 メイトンも、そのように言ってくれていた。

 おやっさんは小さく溜息をついてから、アイ=ファに向かってうなずいてみせる。


「せっかくの心尽くしを断るのも無粋なのだろうな。ありがたく、いただくことにしよう」


「うむ。ぎばべーこんは、火を通してから口にするのだぞ」


 アイ=ファが重そうな木箱を、おやっさんの足もとに置いた。

 それと同時に、御者台のジョウ=ランが声をあげてくる。


「では、出発してもいいでしょうか? じっとしていると、トトスが眠ってしまいそうです」


「ああ、出してくれ」と答えてから、おやっさんが最後に俺を見やってきた。


「では、また来年にな」


「はい。また来年に」


 荷車が、ゆっくり動き始めた。

 開いたままの扉から、アルダスやメイトンが手を振っている。その口からも、「また来年!」という言葉が発せられた。


「みなさん、道中はお気をつけて! また来年に!」


 俺は声を振り絞りながら、おやっさんたちの姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けた。

 やがて荷車は森辺の道に出て、樹木の影に消え去っていく。

 しばしの静寂の後、「さて!」とバードゥ=フォウの伴侶が声をあげた。


「それじゃあ、お次はみなさんの番ですね。お酒を召されて手綱を操るのがおぼつかないようだったら、遠慮なく声をかけてくださいな」


 そのために、ランとスドラの狩人たちがその場に待機してくれていた。だが、それを願い出たのはラッツの家長ぐらいであるようだった。


「俺たちはガズの血族と同じ荷車で戻るのだが、みんな酒が過ぎてしまったようだ。申し訳ないが、よろしく頼む」


「ええ、かまいませんよ。チム=スドラ、お願いできるかい?」


「うむ。任せてもらおう」


 今日の祝宴には別の男衆が参加していたので、チム=スドラは素面であった。その男衆とユン=スドラは、俺がギルルの荷車で送る手はずになっている。


 また、遠方より来訪したザザおよびサウティの顔ぶれは、ディンおよびルウの家で一夜を明かすとの話である。これでザザ姉弟は、明朝もトゥール=ディンと顔をあわせることができるわけだ。


 ダリ=サウティはジザ=ルウと語らいながら、荷車のほうに向かっている。リミ=ルウはアイ=ファに「またねー!」と呼びかけてから、その後を追っていった。


 デイ=ラヴィッツはこちらに目もくれず、ナハムやミームの人々と荷車に向かっている。マルフィラ=ナハムは、最後までこちらに向かってぺこぺこと頭を下げていた。


 どんな祝宴でも必ず訪れる、別れの光景である。

 俺は、胸いっぱいの幸福感と、それと同じぐらいの大きさをした寂寥感を、同時に抱え込むことになった。


 だけどきっと、この寂寥感が、また新たな幸福感を生み出してくれるのだ。

 おやっさんたちと、もっと語らいたい。もっともっと絆を深めたい――そんな気持ちがこれだけ強く残されているからこそ、来年にはさらなる喜びを噛みしめることができるのだろう。

 そんな風に考えながら、俺はアイ=ファを振り返った。


「それじゃあ、ティアやブレイブたちと合流してから、まずはスドラの家だな」


「うむ。ずいぶんと遅くなってしまったものだ。ティアのやつめは、ぐっすり眠りこけているであろうな」


 ティアたちを預けているフォウの分家の家屋に向かって、俺とアイ=ファは足を踏み出した。

 宴衣装を纏ったアイ=ファは、普段通りのたたずまいだ。多少は果実酒を口にしていたはずであるが、家長会議のときほど酔っている様子もない。ただ、その横顔の表情は穏やかで、とても満ち足りているように感じられた。


(俺のそばには、アイ=ファがいてくれている。だから、寂しさに押しつぶされたりはしないさ)


 そんな風に考えながら、俺はふっと頭上を見上げた。

 儀式の火は燃え尽きて、かがり火の明かりも落とされ始めているので、満天の星がくっきりと視認できる。青みがかった月も炯々と輝いており、下界の住人たちを優しく見守っているかのようだった。


 俺の運命を司る星はこの地にないのだと、占星師の人々は言う。

 それでも俺は、生きた人間だ。この地で生まれた人々と出会い、縁を紡いで、日々を生きている。その事実に、変わりはないはずだった。


(どうか来年も、おやっさんたちと再会できますように……それまでおやっさんたちが、健やかに過ごせますように……母なる森に、父なる西方神、そしておやっさんたちの神である南方神も……どうかよろしくお願いします)


 そうして俺が視線を戻すと、視界にアイ=ファが割り込んできた。歩きながら、アイ=ファが俺の顔を覗き込んできたのだ。


「どうかしたのか、アイ=ファ?」


「いや……また泣くのをこらえているのではないかと思ってな」


「なんと今日は、1回も涙をこぼしていないんだよ。俺も成長しただろう?」


「うつけ者め。たやすく涙を流していた、これまでのほうがおかしかったのだ」


 そのように述べながら、アイ=ファの表情はとても優しげであった。

 そんな優しげな顔をしたアイ=ファとともに、俺は夜の中を歩き続けた。

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