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異世界料理道  作者: EDA
第三十五章 青の終わり、再び
608/1681

白の月の二日①~その日の朝~

2018.6/8 更新分 1/1

 翌日の、白の月の2日である。

 いよいよ到来した、建築屋の方々を招いての祝宴の当日だ。

 その日、まずは宿場町の商売をやりとげるべく、俺たちがファの家のかまど小屋で下ごしらえの仕事に励んでいると、今日もトトスの荷車が接近してくる音色が聞こえてきた。


「あれ? 建築屋の方々は、もうスンの集落に向かいましたよね?」


 ユン=スドラの言葉に、俺は「うん」とうなずいてみせる。もう案内役は無用ということで、昨日よりも早い時間に、建築屋の荷車が通りを駆けていく姿を見届けていたのだ。そうしてもうファの家の仕事を手伝うメンバーは勢ぞろいしているのだから、これ以上は客人がやってくる予定はなかったのだった。


 荷車の音色が聞こえなくなると、今度は薪割りをしていたアイ=ファがその訪問客とやりとりをしている気配が伝わってくる。その声がじょじょに近づいてきて、やがてかまど小屋の戸が引き開けられた。


「まあ、グラフ=ザザがそのように定めたのなら、何も異存はないが……アスタ、客人だ」


「うん。あれ? ゲオル=ザザでしたか。今日はいったい、どうしたのです?」


「ふん。俺たちは、血族であるトゥール=ディンらの仕事っぷりを見届けに来たのだ」


 昨日も挨拶をしたゲオル=ザザが、姉のスフィラ=ザザとともに立ちはだかっていた。そのかたわらで、アイ=ファは肩をすくめている。


「何でもかまわぬが、かまど番らは仕事のさなかだ。くれぐれも邪魔立てするのではないぞ?」


「わきまえている。少しぐらい年長だからといって、偉そうな口を叩くな」


 ゲオル=ザザの物言いは荒っぽかったが、その声は明るく弾んでいるように感じられた。

 とりあえず、仕事に励んでいたトゥール=ディンとリッドの女衆が、手をふきながらゲオル=ザザたちのもとに参じる。


「ど、どうも、お疲れ様です、ゲオル=ザザにスフィラ=ザザ。わたしたちの仕事を見届けると仰いましたか?」


「おお、ひさしいな、トゥール=ディン。元気そうで何よりだ」


 ギバの毛皮のかぶりものの下で、ゲオル=ザザはにっと笑った。いつものふてぶてしい笑みではなく、年齢相応の屈託のない笑顔だ。


「俺たちは、休息の期間にあるからな。どうせ夜にはフォウの家で祝宴であるのだから、それまでお前たちの仕事っぷりを見届けることになったのだ」


「はあ、そうですか……祭祀堂の作業を見届ける仕事は、もうよろしいのですか?」


「ああ、その仕事は昨日で済んだ。あとは穴を掘ったり柱を埋め込んだりするばかりであるので、見届けは不要だとのことだ」


 そのように述べてから、ゲオル=ザザはわずかに顔をしかめた。


「なんだ。まさか、お前まで俺たちのことを邪魔者扱いはするまいな?」


「も、もちろんです。朝方から夜の祝宴までご一緒できるのなら、とても嬉しく思います」


 トゥール=ディンがおずおずと微笑むと、ゲオル=ザザは「そうか」と愁眉を開いた。感情が、素直に表に出るタイプであるのだ。

 いっぽう、弟とは正反対といっていい気性をしたスフィラ=ザザは、とても静かな面持ちでトゥール=ディンとリッドの女衆の姿を見比べていた。


「よろしければ、わたしは屋台の商売を手伝いましょう。大した役には立てないでしょうが、あなたがたの為している仕事がどのようなものか、自分でもこの身に感じたいと願っています」


「あ、ありがとうございます。下ごしらえの仕事は間もなく終わるはずですので、少々お待ちください」


 そうして俺たちは、仕事を再開することになった。

 ザザの姉弟は入り口のあたりにたたずんだまま、じっと俺たちの姿を見守っている。しばらくすると、ゲオル=ザザのほうが「うむ?」と声をあげた。


「ああ、お前もいたのだな。そのように小さくなっているから、まったく気づかなかったぞ」


「うむ。アスタたちの邪魔にならぬように心がけているのだ」


 ずっと壁際の隅っこに陣取っていたティアが、そのように答えていた。とりたてて縮こまっていたわけではないのだが、ティアはもともと身体が小さいので、他の人々の陰に隠れてしまっていたのだろう。


「ふむ。ようやく添え木を外せたようだな。力は順当に取り戻せているのか?」


「うむ。ギバの肉というのも、ペイフェイの肉に劣らず、滋養があるらしい。骨を折ったのは初めてなので確かなことは言えないが、100日以上の日がかかることはないように思う」


 ティアとザザ姉弟は、かつて6氏族の収穫祭でも顔をあわせていたのだ。特にゲオル=ザザは、酩酊しながらもけっこうティアと言葉を交わしていたはずだった。


「先日の家長会議では、俺の血族であるレム=ドムが、お前の力に感心していたぞ。その傷が癒えたら、赤き野人の力というものを拝見させてもらいたいものだな」


「それはかまわぬが、平らな地面では森辺の狩人のほうが強いと思うぞ。特に、お前のような狩人に勝てる気はしない」


「ふん。平らな地面でなければ、お前のほうが勝るという意味か?」


「うむ。たくさん木の生えた場所であるならば、ティアのほうが強い」


 ゲオル=ザザは、にやりと笑った。本来の持ち味である、不敵な笑みだ。


「ますます興味がわいてきた。野人などと力比べを行なういわれはないが、その言葉の真偽だけは確かめさせてもらわねばな」


「うむ。森辺の族長が許すのなら、ティアは従おう」


 ティアのほうは、相変わらずの真面目くさった面持ちであった。ティアは森辺の民に恩義を感じているので、なるべくその意向に沿えるようにと心がけているのだ。


 そんな中、下ごしらえの仕事は無事に終了した。

 完成した料理を荷台に積み込んでいると、ゲオル=ザザが俺のほうに近づいてくる。


「ファの家のアスタよ。俺とスフィラをそちらの荷車に乗せることは可能か?」


「え? おふたりを、こちらに荷車に? えーと……少々お待ちくださいね」


 ファの家は2台の荷車を出しており、研修中のマルフィラ=ナハムを含めれば、合計人数は10名だ。1台に6名までと考えれば、2名分の空きがある。

 ただし、ルウ家の荷車はもともと6名きっかりを乗せているために、だいたいはマイムをこちらに同乗させることになる。そして本日は、帰り道だけディアルとラービスを同乗させる予定であったため、その時点で1名分オーバーしてしまっているのだった。


(まあ、もともとこの荷車は、6、7名まで乗れるっていう話だったからな。普段は山ほどの料理を積んでいるから6名までにしていたけれど、帰り道だったら7名ずつでも問題はないだろう)


 俺はそのように考えて、1名分オーバーしても荷車は増やさずにおいたのである。そこで2名の乗員が増えても、3台の荷車がすべて7名ずつを乗せれば、きっちり収まる人数であった。


(それに、トゥール=ディンやマイムやディアルなんかは小柄だし、ルウ家の今日の当番はリミ=ルウだったはずだ。これなら、それほどの負担にはならないかな)


 俺がそのように思案していると、ゲオル=ザザが「どうなのだ?」と性急に問うてきた。


「ああ、はい。ルウ家の方々にも協力をお願いすれば、何とかなると思います。ただ、ファの家は中天からジルベだけになってしまうので、ザザ家のトトスはルウ家で預かってもらったほうがいいでしょうね。ルウ家までは、そちらの荷車を使っていただけますか?」


「では、そのように取り計らおう」


 ゲオル=ザザは、満足そうな面持ちで自分の荷車のほうに歩み去っていった。

 これはやっぱり、トゥール=ディンやリッドの女衆と同じ荷車に乗れるように、こちらで配慮しておくべきなのだろうか。

 俺はそのように考えて、ギルルの荷車に2名分のスペースを空けておくことにした。同乗するのはトゥール=ディンとリッドの女衆、そしてマルフィラ=ナハムである。もちろんティアも同じ荷車であるが、こちらはルウ家で下車するので問題はない。


「き、昨日も思いましたが、やはりザザ家の狩人というのは、見るからに勇猛そうであるのですね」


 道中で、マルフィラ=ナハムはそのように述べていた。

 リッドの女衆が、「はい」と応じている。


「でも、決して暴虐なわけではありません。わたしも北の集落の祝宴などでかまどを預かる機会があったので、それをこの身で知ることができました」


 その声に、途中で笑いの響きがまじる。


「それに、ザザ家のあのおふたりは、とてもトゥール=ディンに心を寄せておられるようですね。どの祝宴でも、トゥール=ディンのそばにいる姿ばかりが心に残っています」


「あ、いえ、あのおふたりとは、何かと顔をあわせる機会も多かったので……」


 トゥール=ディンは、ちょっと気恥かしそうな様子である。

 ともあれ、血族との絆が着々と深まっていれば、幸いなことであった。


 ルウ家に到着したのちは、取り仕切り役のシーラ=ルウに事情を説明する。シーラ=ルウも7名乗りは問題なしと考えて、俺の提案を快く承諾してくれた。

 ヤミル=レイとマイムにはファファの荷車に乗ってもらい、ザザの姉弟をこちらの荷車に迎え入れる。俺の配慮は無駄ではなかったらしく、ゲオル=ザザは終始上機嫌であるように思えた。


(まあ、トゥール=ディンと朝から晩まで行動をともにする機会なんて、そうそうないだろうからな。思うぞんぶん、親睦を深めるといいさ)


 そんなこんなで、屋台の商売である。

 俺の屋台とトゥール=ディンの屋台はちょっと距離があるので、ザザ家の両名がどのように振る舞っていたかは、あまり目にする機会もなかった。

 ただ、顔馴染みのお客さんに、「あのおっかなそうな狩人は何だよ?」と何回か耳打ちされたばかりである。


「あの御方は、森辺の族長筋であるザザ家の狩人です。菓子の屋台を出しているのはザザの血族なので、様子を見に来たというお話でしたね」


「そうか。また何か揉め事があって、護衛役を引き連れてきたわけじゃないんだな?」


「ええ。そういうわけではありません」


 俺がそのように答えると、大半のお客は「そうか」と胸を撫でおろしていた。

 どうやらゲオル=ザザそのものを危険視しているわけではなく、あのように強面の狩人を引っ張り出さなくてはならないぐらいの厄介事が生じたのではないかと、そんな風に心配してくれていた様子である。


「なあ、あれってもしかしたら、以前にアスタたちと一緒に、城下町に向かったお人かい?」


 そのように問うてきたのは、ターラを連れたドーラの親父さんであった。

 俺はちょっと考えてから、「いいえ」と答えてみせる。


「それって、去年の貴族との会合のときのお話ですよね? そのときにご一緒していたのは、彼の父親です」


「ああ、そうなのか。かぶりもので顔が隠れていたから、よくわからなかったんだ。親父さんと息子さんを取り違えるなんて、こいつは失礼なことを言っちまったな」


 親父さんは、照れくさそうに笑っていた。

 それはもう1年近くも前の出来事であるのに、やっぱりザザ家の狩人の印象というのは強烈なものであるのだろう。


「それで、今日は南のお人らと祝宴だっけ? 俺はあんまり南のお人らとはつきあいがないけど、何だか賑やかそうだね」


「はい。南の方々はかなりお酒も召されるみたいだし、きっと賑やかな祝宴になると思います」


「そいつは、けっこうなことだ。俺もまた森辺にお招きされる日が待ち遠しいよ。それに、また俺たちの家にも来てくれよな」


「はい。ルウ家が休息の期間に入ったら、是非お願いします」


 6氏族の休息の期間は間に家長会議をはさんでいたために、ちょっとダレイムまで出向く段取りを立てることができなかったのだ。それに、ドーラ家への訪問に関しては、リミ=ルウやジバ婆さんの都合も考えて、ルウ家の日程に合わせるほうが正しいように思われた。


(たぶん、ジバ婆さんを町に下ろすなら、ルウ家の人たちは自分たちで護衛役を果たさないと気が済まないだろうしな)


 できることなら、またジバ婆さんとミシル婆さんで時間をともにしてほしかった。

 そんなことを考えている俺の耳には、ルウ家の屋台の前ではしゃいでいるターラの声が聞こえてくる。もちろん、リミ=ルウとおしゃべりを楽しんでいるのだろう。


 本日は南の民との祝宴であるが、俺はダレイムの人々とも、宿場町の人々とも、城下町の人々とも――なんなら、東の民の人々や、トゥランの人々とも、もっともっと交流を重ねたいと願っていた。


(《銀の壺》がジェノスにやってくるのは、まだ数ヶ月も先の話だよな。そのときは、今日みたいに送別会を開けないものか、相談してみよう)


 そうしたら、アリシュナを森辺に招くことだってできるかもしれない。

 そんな風に考えたら、俺はいっそう浮き立った気持ちになってきてしまった。

 とはいえ、浮かれてばかりもいられない。本日の俺は見届け役に徹しているので、身体を動かさない分、気持ちを引き締めておかなければならなかった。


 本日は、5日間の営業日の最終日。つまりは、マルフィラ=ナハムの研修期間の最終日であるのだ。

『ギバまん』と『ケル焼き』の屋台で、マルフィラ=ナハムは懸命に働いている。おどおどとした態度はそのままで、マルフィラ=ナハムはもう他の女衆に負けないぐらいの手際を身につけていた。


(これなら、大丈夫だな。予定通り、研修期間は今日でおしまいだ)


 俺は大いなる満足感とともに、そのように決断することができた。

 そうして時間は過ぎていき、終業時間が近づいてくる。マルフィラ=ナハムが最後の具材を鉄板に広げたところで、トゥール=ディンが3名の血族とともにやってきた。


「あの、こちらは後片付けまで終了しました。よければ今日も、食堂のほうをお手伝いいたしましょうか?」


「うん。いつもありがとうね、トゥール=ディン」


「と、とんでもありません。アスタにもルウ家の方々にも、これまでさんざんお世話になってきたのですから……」


 トゥール=ディンは、はにかむように笑っている。

 その背後では、ゲオル=ザザも陽気に笑っていた。


「トゥール=ディンらの屋台は、いつも真っ先に売り尽くしているのか? ファやルウの家に先んじるとは、大したものではないか」


「あ、いえ、それは、売れ残りが出ないように、数をひかえめにしているためですので……まだ屋台を開いてから10日ほどしか経っていないので、準備する数を探っているさなかであるのです」


「しかし、たいそうな賑わいだったではないか。不出来なものを売っていれば、あれほどの人間が詰めかけることもあるまい」


 トゥール=ディンは困った様子で眉を下げていたが、俺から見れば微笑ましい光景であった。トゥール=ディンが他者から高い評価を受けるのは、俺にとっても大きな喜びなのである。


「では、あちらに移りましょう。最後まで仕事が残されるのは、あの食堂という場所であるはずなのですからね」


 と、こちらはクールなスフィラ=ザザが、弟をせきたてて青空食堂のほうに向かわせた。

 スフィラ=ザザは復活祭の頃、見届け役として何度も宿場町に同行しているのだ。あくまで見届け役であったので、商売に手を貸すことはなかったはずであるが、もろもろの段取りは記憶に残されているのだろう。


 そうしていよいよ終業時間が迫ってきた頃合いで、ようやくディアルが姿を現した。


「遅くなっちゃった! まだ料理は余ってる?」


「うん。売り切れたのは、菓子の屋台だけだよ」


「よかったー! そのケルの根を使った料理も、ひとつちょうだい!」


 ディアルは本日も、元気いっぱいの様子であった。

 そのななめ後ろで、ラービスはひっそりと立ち尽くしている。


「別にそんなに慌てなくても、夜には嫌ってほどギバ料理を食べられるよ」


「でも、何も食べずにここまで来ちゃったんだもん! 夜まで何も食べないわけにはいかないでしょ? ギバ料理がぜーんぶ売り切れてたらどうしようって、心配だったんだあ」


 そう言って、ディアルはにこーっと微笑んだ。

 屈託のない、おひさまのような笑顔である。同じぐらいの頻度でわめいたり怒ったりするディアルであるものの、感情を隠さない南の民ならではの無邪気さであるのだ。


「何だか今日は、普段以上にご機嫌みたいだね。そんなに祝宴を楽しみにしてくれていたのかな?」


「あったり前じゃん! あのネルウィアのお人らに断られたらどうしようって、返事を聞くまでは気が気じゃなかったよー!」


 ディアルとおやっさんたちが顔をあわせたことは、おそらく数えるていどしかない。それに、おたがい名前を名乗ってもいない間柄であったのだ。

 しかし、おやっさんたちがディアルの参席を断ることはなかった。やはり同じ王国の民であるというよしみもあったし、それに、俺にとってディアルがどういう存在であるかを説明すると、快く同席を承諾してくれたのである。


「えーと、それじゃあどうしようかな。お腹はぺこぺこだけど、あんまり食べすぎると夜まで響いちゃいそうだし……このケルの根のやつと、汁物料理だけにしておこうかな」


 そのように述べてから、ディアルはラービスを振り返った。


「ラービスは? ラービスもまだ食べてないんでしょ?」


「いえ。ディアル様が商談をされている間に、済ませておきました」


「えー? 控えの間で、食事なんてできたの?」


「はい。屋敷の従者が準備してくれました」


 ラービスは、礼儀正しい無表情を保ったまま、そのように答えていた。

 ディアルと顔をあわせる際は、必ずと言っていいほどこのラービスも同行しているはずであるのだが、俺はいまだにこの人物と親しく口をきいたことがない。それに、ギバの料理だって、まだ一度として口にしたことはないはずだった。


(そもそも俺は、このお人がどういう身分にあるのかも知らないんだよな。肩書きは護衛役なんだろうけど、それが正規の職業なんだろうか?)


 たとえばカミュア=ヨシュやザッシュマなども護衛役を生業としている《守護人》であるが、それは短期の契約で為されている仕事だ。いっぽうラービスは、もう1年もこのディアルと行動をともにしており、「様」などという敬称で主人を呼んでいる。ディアルの家の、お抱えの護衛役である、という認識で合っているのだろうか。


(まあ、祝宴をともにすれば、親しく口をきく機会もあるだろう。これをきっかけに、この人とも絆を深めたいものだな)


 そんな風に考えながら、俺はマルフィラ=ナハムがディアルに『ケル焼き』を渡す姿を見守った。銅貨を支払うのは、ラービスの役割である。


「じゃ、また後でねー!」


 ディアルは俺に手を振ってから、『タウ油仕立てのモツ鍋』の屋台に駆けていった。ラービスも、影のようにつき従っている。


「あ、あ、あの御方も、本日の祝宴に招かれているのですよね? こ、このままご一緒に、森辺まで向かうのですか?」


「うん、その予定だよ。帰りは、建築屋の人たちが同乗させてくれるんだってさ。それで、城下町はいちおう夜間の出入りが禁じられているから、そのまま建築屋の人たちと同じ宿に泊まるらしいよ」


 城下町の外で一夜を明かすことに、鉄具屋の関係者やラービスなどはたいそう渋い顔をしていたそうであるが、そこはディアルが強引に押し切ったのだと聞いている。まあ、《南の大樹亭》は立派な宿屋であるし、主街道沿いの宿屋に押し込み強盗などが入ることはそうそうありえないという話であったので、きっと大丈夫だろう。


「わ、わ、わたしたちはこれから、宴料理を作るのですよね? そ、その間、あの客人たちはどうされるのでしょう?」


「さあ? とりあえずは、集落の見学だろうね。宿場町の人たちを招いたときも、あちこち見学していたからさ。その話を聞いて、ディアルもそうしたいって言い出したんだよ」


「ま、ま、町の人間が、森辺の集落を見学ですか……ほ、本当に、そのような話がありえるのですね」


 ラヴィッツの血族が、これまで町の人々を招いた祝宴に関わったことはない。それに、血族ならぬ氏族と絆を深めたりもしていなかったので、祝宴のこまかい様子まで耳にする機会はなかったのだろう。


「今日は町から22名もの客人を招いているし、これまでなかったぐらいさまざまな氏族の人たちが集まるし……マルフィラ=ナハムはこれが初めての参加なのに、いきなりものすごい祝宴になっちゃったね」


「は、は、はい。じ、実は、昨晩は不安でたまらなくなってしまい、な、なかなか寝付くこともできませんでした」


 きょときょとと目を泳がせながら、マルフィラ=ナハムはそう言った。


「で、で、ですが……そ、それよりも、アスタたちの作る宴料理を口にできる喜びで、む、胸がいっぱいになってしまって……じ、自分が不安であるのか喜んでいるのか、よくわからなくなってしまったのです」


「うん。俺も初めてルウ家の祝宴に参加させてもらったときは、期待と不安でいっぱいだったよ。でも、きっと楽しいから、大丈夫さ」


「は、は、はい。あ、ありがとうございます、アスタ」


 そうして新たなお客が訪れて、最後の『ケル焼き』を購入していった。

 他の屋台でも次々と料理が売り切れていき、あとは青空食堂のお客たちが食べ終えるのを待つばかりである。

 楽しい祝宴の始まりは、順調に近づいていたのだった。

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[一言] 「え? おふたりを、こちらに荷車に? えーと……少々お待ちくださいね」 → 「え? おふたりを、こちらの荷車に? えーと……少々お待ちくださいね」 だと思います。
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