白の月の一日①~新たな始まり~
2018.6/6 更新分 1/1
翌日――白の月の1日である。
朝方の仕事を終えた俺たちが、いざ下ごしらえの仕事に取りかかろうとしたところで、バランのおやっさんが率いる建築屋の一団がファの家を訪れてくれた。
建築屋の一団は、いつも自前の荷車で移動している。2頭引きで、荷台がふたつ連結された、きわめて立派な荷車が2台だ。20名の作業員と、数々の工具を運搬するには、これだけのサイズが必要であるらしい。そのうちの1台は、ネルウィアから出向いてきたおやっさんたちの持ち物であり、もう1台は、西の王国のあちこちで仕事を受け持っている現地組の持ち物であるという話であった。
「どうもみなさん、お疲れ様です。もともとのお仕事のほうは、大丈夫でしたか?」
「ああ、昨日の日が落ちる前には、きっちり片付けてみせたよ。これで心置きなく、森辺の仕事に取り組めるってもんだ」
御者台の脇から顔を出したアルダスが、にっと陽気に笑う。その反対側から、おやっさんもひょこりと顔を覗かせた。
「準備が済んだので早々に来てしまったが、案内役の人間はまだ来ておらんのか?」
「はい。そろそろ到着すると思うのですが――」
俺がそのように言いかけたところで、新たな荷車の近づいてくる気配がした。
おやっさんたちとは反対の北の方角から、幌のない荷車が姿を現す。そちらに目をやったアルダスは、「おお」と目を丸くした。
「何だか、ずいぶんと強面の連中がやってきたな。あれが案内役なのか?」
「はい。俺たちと同じ森辺の同胞ですので、ご心配は無用です」
そんな言葉を交わしている間に、その荷車が目の前にまでやってきた。荷台に乗っていたのはいずれも北の集落の狩人たちで、手綱を握っていたのは、ゲオル=ザザである。
「待たせたな。そいつらが、ジャガルの建築屋という者どもか」
ギバの毛皮を頭からかぶったゲオル=ザザが、手綱を荷台の同胞に手渡してから、地面に降りる。すると、建築屋のほうはおやっさんだけが荷台から降り立った。
「俺は森辺の族長筋、ザザ本家の末弟ゲオル=ザザだ。客人をスンの集落まで案内するためにやってきた」
「俺はこの建築屋の棟梁で、ネルウィアのバランというものだ。2日間、世話になる」
なかなかの身長差である両者が、上と下からおたがいをにらみつけた。
森辺の狩人としてもかなり迫力が表に出てしまうゲオル=ザザであるが、おやっさんのほうに怯んだ様子はない。その仏頂面をしばらくにらみ続けてから、ゲオル=ザザは「ふふん」と鼻を鳴らした。
「世話になるのは、こちらのほうだ。このように面倒な仕事を、代価もなしに引き受けてもらい、族長グラフ=ザザも非常にありがたく思っている」
「ふん。これは祝宴の礼だからな。森辺の民の厚意に報いたいと思ってのことだ」
「ああ。その祝宴とやらにも、俺は族長の代理として参加させてもらうつもりなので、よろしく頼む」
そのように述べてから、ゲオル=ザザは俺のほうに視線を差し向けてきた。
「ひさかたぶりだな、ファの家のアスタよ。トゥール=ディンは、まだ来ていないのか?」
「はい。菓子の屋台を始めてからは、約束の刻限ぎりぎりに姿を見せるようになりました。あと四半刻ほどでしょうかね」
ゲオル=ザザは、音が聞こえないていどに舌打ちしたようだった。
「それまで客人を待たせるわけにはいかんな。どうせ明日には顔をあわせるが、今日も仕事に励むがいいと伝えておけ」
「わかりました。今日はどうぞよろしくお願いします」
「ああ」と言い捨てて、ゲオル=ザザはきびすを返した。
「では、そちらも荷車に乗るがいい。スンの集落まで案内をする」
「うむ。よろしくお願いする。……それではな、アスタ」
「はい。よろしくお願いします」
再びゲオル=ザザが手綱を取って、森辺の道へと荷車を差し向けた。
建築屋の荷車もそれに続いて姿を消すと、ユン=スドラが「ふう」と息をついた。
「てっきり、スン家の誰かがやってくるのかと思っていました。案内役は、ザザ家であったのですね」
「うん。ちょうどザザ家は2日ぐらい前から休息の期間に入ったんで、この仕事を受け持つことになったんだよ。今日は1日、ゲオル=ザザたちが建築屋の人たちの仕事を見届けるらしいね」
なおかつ、見届け人を要求してきたのは、建築屋の側であった。きちんと関係者の意見を聞きながら、見積もりを進めていきたいという話であったのだ。すべての作業が完了した後に不満が出ては大変なので、そのように取り計らったのだろう。
「ちなみにザザ家は今回、ディンとリッドを除く5つの血族で、収穫祭を行ったらしいよ」
かまど小屋に向かいながら、俺がそのように話してみせると、ユン=スドラは「へえ」と目を丸くした。
「北の一族だけではなく、他の眷族とも休息の時期を合わせたのですか。ええと……ハヴィラとダナ、でしたっけ?」
「うん。北の一族のほうが先に狩り場の実りが尽きたから、その後はハヴィラとダナの狩り場に出向いてたんだってさ。ルウ家や俺たちと同じ方法で、休息の時期を合わせたわけだね」
「そうですか。北の一族も、他の氏族との絆をより深めようとしているのですね。それは素晴らしいことだと思います」
俺も、ユン=スドラに同感であった。
森辺の集落において、もっとも閉鎖的だと称されていたのは、ザザを筆頭とする北の一族であったのだ。それが、家長会議の結果を踏まえて、自ら能動的に行動を起こしたのは、実に立派であると思えた。
「では、北の一族がルウの血族と家人を貸し合うのは、休息の期間が過ぎてからになるのでしょうか?」
「たしか、そのはずだよ。あとは、ディンとリッドも、ハヴィラやダナと家人を貸し合うんだよね」
「ああ、そうでしたね。いまのところ、フォウの血族が余所の氏族と家人を貸し合うという話はあがっていませんが、何だか楽しそうだと思えてしまいます」
ユン=スドラは、無邪気に笑っている。
そして、その瞳にやや悪戯っぽい光がくるめいた。
「でも、余所の血族と絆を深めると、どこかから婚儀の話があがってしまうかもしれませんね。そういう意味では、わたしにとっては家人を貸し合う話も善し悪しかもしれません」
そういえば、ユン=スドラの婚儀に関しては、家長会議の結果を待つ、という話であったのだ。新たな婚儀の形が認められれば、余所の氏族とも婚儀をあげることが容易くなるかもしれないのだから、無理に血族の中で婚儀の相手を探す必要はない――といった趣旨である。
「わたしはもう少し、料理のことだけを考えていたいので、どうぞよろしくお願いしますね、アスタ」
「う、うん。こちらこそ、どうぞよろしくね」
俺が曖昧に笑い返すと、ユン=スドラはいっそう悪戯小僧めいた笑みを浮かべた。
「わたしが婚儀をあげる気持ちになれないのは、何もアスタの責任ではありません。どうかお気になさらないでくださいね?」
「うん、まあ、善処します」
「もう、ちょっとからかっただけなのに、そんな困った顔をなさらないでください」
そうしてユン=スドラはくすくすと笑いながら、俺の耳もとに口を寄せてきた。
「時が満ちれば、わたしも誰かと婚儀をあげます。そのときは、どうか祝福してやってください。わたしもアスタが婚儀をあげるときには、心から祝福いたしますので」
俺はずいぶんと心を乱されてしまったが、文句の声をあげるわけにもいかなかった。ユン=スドラは俺などに心をひかれながら、アイ=ファとの関係性を思いやって、自ら身を引いた立場であったのだ。これで、文句など言えるはずもなかった。
「お、お、おふたりは、ず、ずいぶん親密な関係であられるのですね」
と、ふいにそんな言葉を投げかけられて、俺はギクリとした。
背後を振り返ると、マルフィラ=ナハムが目を泳がせながら、俺たちの姿を見下ろしている。ユン=スドラは俺から身を遠ざけると、そちらに向かってにこりと笑いかけた。
「はい。わたしにとって、アスタはかけがえのない友です。これは、誰にも恥じるところのない気持ちです」
「あ、も、申し訳ありません。な、何も非難したつもりではないのです。お、お気に障ったのでしたら、謝罪いたします」
「何も謝罪の必要などはありません。でも、わたしとアスタはあくまで友なのですから、誤解はなさらないでくださいね?」
「は、は、はい。も、もちろんです」
そこで食料庫に到着してしまったので、各自が食材の運搬に取りかかる。その仕事に従事しながら、ユン=スドラがまたマルフィラ=ナハムに語りかけた。
「マルフィラ=ナハムは、わたしと同じ16歳なのですよね。ナハムの家では、婚儀をせっつかれたりはしないのですか?」
「は、はい。む、むしろ、わたしが嫁に行くのはまだ早い、と言われています。わ、わたしは何につけても、未熟者ですので……」
「決してそんなことはないように思いますけれど……血族で、心をひかれる男衆などはいなかったのですか?」
「そ、そ、そうですね。お、男衆に心をひかれる、という感覚が、よ、よくわからないのです」
それもまた、婚儀の早い森辺においては、珍しい話なのかもしれなかった。
しかし確かに、マルフィラ=ナハムはあまり性別を感じさせない雰囲気がある。ロロのように男装しているわけでもないのに、どこか中性的な雰囲気であるのだ。
(ただ背が高いからってわけじゃないよな。ホルモンバランスか何かなんだろうか)
ともあれ、仕事の開始である。
定時になるとトゥール=ディンとリッドの女衆もやってきて、すみやかに下ごしらえを終えることができた。
お次は仕上がった食材や調理器具を荷車に詰め込んでいく。その途中で、俺はトゥール=ディンに声をかけてみた。
「またひとつ木箱が増えたみたいだね。『ギギまん』の数を増やしたのかな?」
「あ、はい。昨日もけっこう早く売り切れてしまったので……荷物を増やしてしまって、申し訳ありません」
「何も申し訳ないことはないよ。菓子の売れ行きが順調なら、こんなに喜ばしい話はないさ」
俺の言葉に、トゥール=ディンも「はい」と口もとをほころばせた。
先日には、ついに《タントの恵み亭》に宿屋の関係者を招いて、ギギの葉の扱い方を手ほどきすることになったのだ。これからは、宿場町でもギギの葉を使ったチョコ風味の菓子が蔓延していくはずであった。
ちなみに、そのときの講師役をつとめたのはトゥール=ディンであり、これまた気の毒になるぐらい緊張しきっていたものの、無事に大役を果たすことができていた。その立派な姿に、俺が嬉し涙をこらえていたのは、内緒のお話である。
「トゥール=ディンは、そろそろギギの研究も一段落した様子だしね。今後は、どういう方向性に進むのかな?」
アイ=ファやブレイブたちに別れを告げて、ルウ家へと荷車を走らせながら、俺が問いかけると、「ほ、方向性?」というトゥール=ディンの頼りなげな声が返ってきた。
「そ、そのように大それた話ではないのですが……最近はギギを使ったけーきばかりであったので、毛色の違う菓子に取り組んでみたい、とは考えていました」
「なるほど。そうしたら、オディフィアもまた喜ぶだろうね」
「はい」というトゥール=ディンの声に、幸福そうな響きが感じられる。
今日はちょうど3日にいっぺんの、オディフィアに菓子を届ける日である。メルフリードが戻ってくるには、少なくともまだひと月ぐらいはかかるのだろうから、それよりも先にもう1回ぐらいは城下町に招かれそうなところであった。
「あ、そうだ。ゲオル=ザザからの伝言を忘れてた。今日も仕事に励むがいい、だってよ」
「あ、ありがとうございます。ゲオル=ザザは、明日の祝宴に参席するのですよね?」
「うん。族長筋から2名ずつって話だったから、またスフィラ=ザザと一緒に来るんじゃないのかな」
そうしたら、またトゥール=ディンの争奪戦が始まりそうな予感がする。月の下でひっそりと咲く小さな花のような風情でありながら、どこでも人気者のトゥール=ディンであった。
「去年の今ごろは、まだトゥール=ディンも屋台の手伝いはしてなかったよね。あの頃は、サイクレウスともめていた真っ最中だったもんなあ」
「そうですね。ファの家で、アスタに手ほどきを受けるばかりでした」
トゥール=ディンが、しみじみとそう言った。
「……わたしの記憶に間違いがなければ、昨年の白の月の1日は、ヤミル=レイと再会した日だったと思います」
「ヤミル=レイと再会? ああ、おたがいがスンの家を離れて以来ってこと?」
「はい。ファの家で手ほどきをされていたときに、レイの家長がヤミル=レイを引き連れてやってきたのです。区切りのいい日であったので、記憶に残っていました」
俺は日取りまで覚えてはいなかったが、そのときの光景は記憶に残されていた。たしか、ラウ=レイがヤミル=レイにも手ほどきをしてほしいと、自前のトトスでファの家を訪れて――そうして、トゥール=ディンは恐怖に打ち震えながら、ヤミル=レイと再会することになったのだ。
「そうか、あれからちょうど1年なんだね。いまではヤミル=レイともすっかり仲良しだし……本当に、色々なことがあったねえ」
「ええ、本当に……それもこれも、アスタが正しい道を切り開いてくれたおかげです」
トゥール=ディンの声が、ますます感傷的な響きを帯びる。
ギルルの手綱を操りながら、俺は「そんなことないよ」と笑ってみせた。
「いや、もちろん俺も、せいいっぱい努力はしてきたつもりだけどさ。でも、これはトゥール=ディンを含めたみんなで切り開いた道さ」
「そのように言っていただけることを、心から光栄に思います」
トゥール=ディンは、ちょっと涙ぐんでいるのかもしれなかった。
それをなだめるように、ユン=スドラの声も聞こえてくる。
「その頃は、わたしもまだアスタやトゥール=ディンと巡りあってはいなかったのでしょうね。リィや男衆が家を空けていた分、わたしは家を離れるのが難しかったはずですので」
「ああ、そうかもしれないね。その頃は、ファの家の勉強会に参加してたのも、フォウとランとディンの人ぐらいだったかな」
「はい。ガズやラッツの血族がファの家を訪れるようになったのは、もっと荷車が増えてからでしょうね。貴族との諍いが収まって、何ヶ月かは過ぎてからだと思います」
ガズの女衆が、そのように声をあげてきた。
みんな、懐かしい思い出を振り返っている様子である。
「家長会議の後、アイ=ファがガズやラッツの家を訪れて、血抜きの手ほどきをしてくれたのですよね。あのときは、ガズとラッツの男衆がアイ=ファに嫁入りを願い出て、大変な騒ぎになってしまいました」
「ああ、ガズとラッツの関係が危うくなりかけてしまったのですよね」
「はい。ラッツの家長がたしなめてくれたので事なきを得ましたが、わたしたちは肝を冷やしたものです」
「あと、ファの家に干し肉を渡して、たくさんの銅貨をいただいたのですよね。干し肉を渡すだけでこれほどの富を得られるのかと、みんなで驚いていましたよ」
それはきっと、《銀の壺》からの依頼で干し肉を集めたときのエピソードだ。家長会議を終えてから、サイクレウスらとの諍いが終息するまでにも、実にさまざまなことが起きていたのである。
やがてルウ家に到着して、ヤミル=レイが同乗してきても、思い出話は継続されていた。ヤミル=レイはいくぶん居心地悪そうな様子であったが、それでもトゥール=ディンとぽつぽつ言葉を交わしている。
(このメンバーとはしょっちゅう顔をあわせてるのに、まるで同窓会みたいだな)
俺はそのように考えたが、もちろん嫌な気持ちはしなかった。やはり、去年のこの時期が森辺の民にとっては大きなターニングポイントであったので、誰もが感慨深くなってしまうものなのだろう。
そうして宿場町に到着したのちは、《キミュスの尻尾亭》へと向かう。そちらで待ちかまえていたのは、レイトとレビであった。
「やあ、レイト。昨晩は、ここで夜を明かしたのかい?」
「はい。カミュアはまだ部屋で眠っていますよ」
静かに答えるレイトのかたわらで、レビはにこやかに笑っている。
「いやあ、こいつのことはテリア=マスからさんざん聞かされてたからさ。森辺の祝宴ではほとんど口をきく機会がなかったから、ようやくきちんと挨拶ができたぜ」
この両名は、どちらも親睦の祝宴に招かれていたのだ。が、その頃のレビはテリア=マスとも初対面であったので、レイトが《キミュスの尻尾亭》で育ったなどという話は聞く機会もなかったのだろう。俺としても、別々の道筋から知り合ったふたりであるので、こうして並んで立っている姿を目にするのが、いささかならず新鮮に感じられた。
「あの王都の連中が押しかけたときには、こいつが宿を支えてたんだってな。まだこんな小さいのに、大したもんだよ」
「……僕は仕事を手伝っただけですよ。宿を支えていたのは、むしろアスタたち森辺の方々です」
「だから、それを最初に頼み込んだのも、お前さんだってんだろ? 俺もその頃に話を聞いてたら、仕事を手伝ってやりたかったところだよ」
レビのほうは屈託のない様子だが、レイトはいくぶんやりづらそうな雰囲気でお行儀よく微笑んでいた。なんとなく、レビの扱いに困っている様子に見えなくもない。
「……レビは裏表のない人間だからね。何も心配する必要はないよ」
屋台を借りるために裏の倉庫に向かいながら、俺がこっそりそのように耳打ちしてみると、レイトは長い前髪の下からちらりと視線を返してきた。
「……あのレビと父親に与えられたのは、かつて僕が過ごしていた部屋なのですよね」
「あ、そうだったのかい? あそこは物置きとして使われてたって話だったけど……」
「僕はもう3年も前に家を出ているのですから、どのように使われても不思議はありません。ただ、正しく使われることを願うばかりです」
やっぱり何か、含んでいるような口調である。
前を歩いているレビの様子を気にしながら、俺はさらに囁きかけてみた。
「もしかしたら、レビの父親の素行を気にしてるのかな? ここまでお世話になった《キミュスの尻尾亭》に不義理な真似をすることはないと思うんだけど」
「どうでしょうね。人の親切を踏みにじる人間など、そう珍しくはないように思いますが」
「そんな真似をしたら、俺たちだって黙ってないよ。森辺の民がどれだけ《キミュスの尻尾亭》と深い縁を持っているかを知っていたら、そうそう悪さなんてできないんじゃないかな」
森辺の狩人の力を示威にもちいるのは不本意であったが、それは俺の本音でもあった。レビの父親が本当に小悪党であるならば、森辺の民の存在は十分に抑止力になりえるのではないかと考えていたのだ。
「……アスタはあのレビとも、長いつきあいであるのですよね?」
と、レイトがふいにそんなことを聞いてきた。
「うん。最初に口をきいたのは、屋台を開いてすぐのことだったよ。ユーミと一緒に、ギバの料理を買ってくれたんだ」
あの日、屋台を訪れた不良少年の一団の中で、料理を買ってくれたのはユーミとレビとベンのみだった。なおかつ、ベンなどは売り言葉に買い言葉で無理やり購入していたようなものであるが、レビは自分の意思でギバ料理を口にしてくれたのである。
「ちょうどそのとき、まだスン家の人間だったミダ=ルウも居合わせてさ。レビは、ああいう連中を何とかしないと、森辺の民が宿場町でうまくやっていくことはできないぞって忠告してくれたんだ。ちょっと不良がかってはいるけれど、真っ直ぐな気性をしていることに疑いはないはずだよ」
「……そうですか」と、レイトは溜息をついた。
「だったら、僕の出る幕はありませんね。ミラノ=マスとテリア=マスの、人を見る目を信じたいと思います」
「うん。そもそもレビに仕事を頼んだのは、テリア=マスだからね。ぞんぶんに信用してあげるといいよ」
「……人は欲に駆られると、目が曇ったりもしてしまいますけどね」
「あはは。欲に駆られるってのは凄い表現だね。でも、けっこうお似合いのふたりじゃないか?」
俺は冗談まじりのつもりであったのだが、レイトに冷ややかな目を向けられてしまった。
「あれ……もしかして、レイトの立場だと、テリア=マスに想い人ができるのも複雑な心境だったりするのかな?」
「僕は家を出た身ですが、テリア=マスは姉のような存在です。素性の知れない人間が近づいたら、それは心配になりますよ」
その発言に、俺はますます驚かされてしまった。
「うん、そうか。だったらなおさら、レビはしっかりした人間だって保証しておくね。……いやあ、レイトがそんな風に心情を明かしてくれるのは、嬉しいよ」
「……レビのことを一番よく知っていそうなのはアスタなのですから、しかたがないじゃないですか」
レイトは溜息をつきながら、そっぽを向いてしまった。
しかたがないとは失礼な言い草であるものの、それでもレイトが心情を打ち明けてくれたことに変わりはない。いつもお行儀のいい微笑みの下に内心を隠してしまうレイトであるので、俺としてはけっこうな珍事であるように思えてならなかった。
(まあ、レイトなんてそれこそ、レビより古いつきあいなんだもんな。1年の半分以上はジェノスを離れていたような気がするけど、ともに苦境を乗り越えた仲なんだし、もっともっと打ち解けたいぐらいだ)
レイトとカミュア=ヨシュは、しばらくジェノスに留まる予定なのだろうか。
さすがに明日の祝宴に招待することはできないが、これを機会にまたレイトたちとも絆を深められるといいな、と俺はそんな思いを噛みしめることになった。