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異世界料理道  作者: EDA
第三章 ルティムの祝宴
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③調理研究

2014.9/13 更新分 1/2

 中天に男衆を森に送りだし、ガズラン=ルティムと別れたのちは、いよいよ調理の研究である。


 家の裏に回ってかまどの間へ向かうと、そこにはふたりの女衆が待ち受けていた。


 長兄ジザ=ルウの嫁サティ・レイ=ルウと、三姉のララ=ルウである。


「お待ちしておりましたわ、アスタ。今日はわたしたち2名があなたのお手伝いをさせていただきます」


 少し短めにした明るい褐色の髪に、黒っぽい瞳。清楚でほっそりとした若奥さん、サティ・レイ=ルウが穏やかに微笑みかけてくる。


「うわ、何だよ、その牙と角は? ……そんなもん、どっから盗んできたのさ?」


 真っ赤な髪をポニーテールみたいに頭のてっぺんで結った若干13歳のララ=ルウは、相変わらずの憎まれ口を叩いてくる。


「これは今回の仕事の前駄賃だよ。えーと、どこにしまっておこうかな」


「よろしければ家のほうでお預かりします。かまどの中などに落とされてしまっては大事ですので」


 と、サティ・レイ=ルウが俺の手から首飾りを受け取って、かまどの間を出ていってしまう。

 実に如才のない立ち居振る舞いであるが、おかげであまり友好的でない娘さんとふたりきりになってしまった。


 案の定、ララ=ルウは憎まれ口をたたみかけてくる。


「はんっ! ルティムは家長より跡取りのほうがまだまともだと思ってたのに、大事な婚儀のかまど番をあんたなんかにまかすなんて、正気の沙汰とは思えないね! これでルティムは森辺中の笑いものだよ! 親筋のルウ家にしてみりゃ、大迷惑さ!」


「そうか。じゃあその笑い声が少しでも小さくなるように、俺としては微力を尽くすしかないな」


 4歳も年少の娘さんの悪罵に腹を立ててもしかたないので、俺としてはそんな軽口で応じるしかなかった。


 それにまあ、ルウ家の4姉妹にはちょっとした負い目もなくはないので、彼女が俺を嫌うのもしかたがない。……この十字架は一生背負っていかなくてはならないのですかね。


「まあ、何はともあれ、よろしく頼むよ。……だけど、他の仕事は大丈夫なのかい? お手伝いを頼んだのは俺のほうだけど、こんな時間からいっぺんにふたりも寄越してくれるとは思わなかったよ」


「ティト・ミン婆とミーア・レイ母さんがそう決めちゃったんだから、しかたないだろ! あたしだって、あんたなんかの顔は見たくもなかったよ!」


 と、険悪な顔でがなりたててから、にわかに眉をひそめて、俺のほうにズカズカと近づいてくる。


「……その、牙と角」


「うん?」


「8本から9本に増えてんじゃん。それもガズラン=ルティムかアマ=ミンあたりに祝福してもらったの?」


「ああ……えーと、言ってもいいのかな……うん、やめておこう」


「何だよそりゃ! 言わないと、あの朝のことをドンダ父さんに言いつけっぞ!」


「そ、それは非常に困るなあ。……これはその、ドンダ父さんから頂いたんだよ」


 たちまちララ=ルウの男の子みたいな顔に癇癪のイカヅチが駆け巡った。


「そんなわけあるはずないじゃん! あんだけあんたのことを嫌ってたドンダ父さんがあんたを祝福するはずないだろ! いい加減なこと言うと、本気であのことをみんなにバラしてやっからな!」


「い、いや、だけど本当のことなんだよ。別に口止めされてたわけでもないし、正直に言う。これはあの夜に、前祝いの宴の後でドンダ=ルウに頂いた祝福なんだ」


 それでもしばらくは猛り狂っていたララ=ルウだが、だんだんその顔には怒りよりも驚愕の色が濃くなっていった。


「……あんた、本気で言ってるんじゃないよね? それ以上あたしを騙そうとするなら、本当にドンダ父さんに確認するよ? で、それが嘘だったら、あの日のことを全部バラす」


「あああ。それはもうドンダ=ルウが真実を話してくれると祈るしかないなあ。彼が自尊心のために虚言を吐くような俗物でないことをひたすら祈る!」


「まさか……ほんとなの?」


「うん」とうなずくと、ララ=ルウは改めて爆発した。


「何なのそれ! 信じられない! あたしはドンダ父さんの気持ちを考えて祝福しなかったのに! 何で父さんが祝福してんだよ! あたし、馬鹿みたいじゃん! くっそー、何なんだよ、もう!」


「ああ、あの、落ち着いて……父さんには父さんの気持ちや考えがあるのだよ、きっと」


「あんたが父さんとか言うな! 気色悪い!」


「ゴメンナサイ。……だけどこんなのは、個人の気持ちだろ? ドンダ=ルウが祝福してくれたからって、君がそれに従う必要はないよ」


「何だよそれ! あたしの祝福は受けられないってのかよ!」


 俺が発言すればするほど、少女はいきりたっていく。

 やっぱり相性というのはあるのかなあと溜息をついていると、いきなり鼻先に手の平を突きつけられた。


 その上にちょこんと乗せられた、ギバの牙だか角だかが、ひとつ。


「……この前の食事は無茶苦茶に美味かった。その前にはジバ婆も助けてくれた。ララ=ルウは、ファの家のアスタを祝福する」


 こんなに不機嫌の極にあるような面持ちで祝福とか、ありうるのだろうか。

 だけど俺は、感謝の念をもってその白い祝福をつまみあげることができた。


「ありがとう。すごく嬉しいよ」


「ふん!」とララ=ルウは盛大に鼻息を噴いて、そっぽを向いてしまう。


 きっと俺なんかのことは心底から気に食わないのだろうに。そんな相手から自分の存在を認めてもらえるということは、自分を慕ってくれる相手からの祝福と同じぐらいに嬉しいものなのだなと実感できた。


 これで、ルウの家から授かった祝福は、10本。


 乳幼児のコタを除けば、あとはジザ=ルウとダルム=ルウのみである。

 こればっかりはさすがに一生かなわないかなとか思っていると、ようやくサティ・レイ=ルウが家から戻ってきた。


「お待たせいたしました。……あら、まだ始まっていなかったのですね」


「はい。これから始めるところです。まずは食糧庫の野菜を拝見させていただけますか?」


「ええ、どうぞ。……そういえば、アイ=ファはどこに行かれたのです? こちらにお見えになったときはご一緒でしたよね?」


「はい。俺はルウの家の場所をまだ覚えきれていなかったんで、アイ=ファに案内してもらったんです。今頃は森でギバを追っているはずですよ」


 5日もの間、ギバ狩りの仕事を怠るわけにはいかない。そう言い残して、アイ=ファは帰っていった。


 肉はまだ大量に残っているし、牙と角にもゆとりはある。

 それでも狩人は、ギバを狩らねばならないのだ。

 森辺の民が狩人としての仕事を怠れば、森からあふれたギバが西の王国の田畑を襲う。それを食い止めることこそが、森辺の民のつとめであるのだ――と、民のほとんどがそう考えているのだろう。


 族長筋の人間たちは、そんな志をすっかり忘れ去ってしまっているのに。


(カミュア=ヨシュ……やっぱりあのすっとぼけたおっさんとはもういっぺん会う機会をつくって、きちんと話を聞いてみなきゃな)


 俺は宴までの5日間をずっとこのルウの集落で過ごして料理の研究に没頭する予定であるのだが。アイ=ファは狩りだけでなく、食糧庫の管理やピコの葉の採取というファの家の仕事もこなさなくてはならないのだ。


 晩餐はともにルウ本家でとり、夜から朝までは空き家で一緒に過ごせるが。それ以降の朝から夕暮れまでは完全に別行動となるのである。


 川底に突き落とされたディガ=スンですら、その後アイ=ファに報復しようとはしなかったのだから、スン家といえどもそうそう悪逆な真似はできないのだろう、とは思う。


 しかし、ドッド=スンのあの野犬みたいな目つきを思い出してしまうと――やっぱり不安感はぬぐえない。


 もちろん俺なんかがファの家に居座ったって、けっきょく狩りの仕事で森に入る際は別行動になるのだから、状況的に大きな差はないのだろう。


 それでもやっぱり、いつまでもこのままではいけないのだろうな、と思う。


「――どうかされましたか、アスタ?」とサティ・レイ=ルウに呼びかけられて、俺は慌てて現世に意識を引き戻す。


「何でもありません。食糧庫に行きましょう」


 何はともあれ、今は仕事だ。

 この仕事で得られる報酬は、もちろんファの家の共有財産である。

 アイ=ファのためにも、必ず成功させてやろう、と思う。


 俺はふたりの女衆とともに、食糧庫へと足を踏み込んだ。


 記憶にある通りの野菜たちが、ずらりと戸のない木棚に並べられている。

 昨日も宿場町でさんざん見物してきたので、だんだんとこいつらの姿も馴染みになってきた。


 さて――俺と仲良くしてくれそうなのは、どいつだろう?


「最初に俺の構想をお話しておきますね」と、それらの野菜たちを1種類ずつ検分しながら、俺は背後にいるはずの女衆たちに語りかけた。


「俺が攻略したいのは、ポイタンなんです」


「ポイタン……ですか?」


「はい。あいつを何とか今まで通りの煮る形で美味しくいただく手段はないものか。まずはそこから研究していきたいと思っています」


「何故ですか? 焼いたポイタンは、とても美味しいです。私は肉や野菜がなくてもあのポイタンだけでいくらでも食べられる気さえしてしまいます」


 おお、サティ・レイ=ルウは無類の炭水化物好きでいらしたか。

 その感覚はわからないでもないが、この研究は俺にとって最重要課題なのである。


「ですが、宴にはお年を召された方たちもたくさんいらっしゃるのでしょう? そういう方々は、やっぱり固形よりも液状のポイタンを好むのかもしれないなと思ったんです。かといって、普通のポイタン汁をそのまま出したんじゃあ、若い層との格差が浮き彫りになってしまう。お年寄りから若い人間まで、あまり隔たりなく楽しめるような調理法はないか、それを探っていきたいんです」


「まあ……」としか、サティ・レイ=ルウは言わなかった。

 そんなに呆れたような声ではなかったので、まあよしとする。


「最終的には色々と組み合わせていくしかないと思いますが。何かおすすめの食材などありますかね? 逆に、自分はあんまり好みじゃなかったなあ、という食材とか」


「プラ」と、ぶっきらぼうな声が聞こえた。

 もちろん、三女のララ=ルウである。

プラとは、ピーマンのように苦味のある野菜だ。


「えーと……そういえばミーア・レイ=ルウが、ララ=ルウやルド=ルウはプラを好きじゃないとか言ってた気がするなあ。もしかしたら、苦いのが嫌いなの?」


「うっさいなあ! なんで質問に答えたのに文句を言われなきゃいけないんだよ!」


「ごめんごめん。忌憚なきご意見をお願いいたします」


「……リーロ。タラパ。ゾゾ。嫌い」


「うんうん。リーロってのは燻製肉で使う香草だよね。タラパとゾゾっていうのはどの食材かな?」


「タラパはその赤くて大きな果実です。ゾゾはその下のほうにある茶色い塊ですね」


 サティ・レイ=ルウに示されたほうを見ると、タラパはカボチャみたいにでかくてボコボコとしたトマトのような果実で、ゾゾは蛇がとぐろを巻いているような茶色の塊だった。


 見た目のインパクトが強いので非常に見覚えのある野菜たちだ。


「ふむふむ。サティ・レイ=ルウはこの2品について、どう思われます?」


「そうですね……タラパは、とても酸っぱいです。ゾゾはとても匂いが強いです。私はどちらも苦手ではありませんが――ポイタンを入れない鍋のほうが、タラパは美味しく感じたと思います」


「ほうほう」


「タラパは本当に酸っぱいので、ポイタンが入っていない鍋のほうがするすると咽喉に通って食べやすかったのでしょう。ゾゾは――ポイタンのあるなしに関わらず、肉の臭みがない場合だと他の匂いすら消してしまって味が悪くなると思います」


「すごい! 具体的ですね!」


「アスタに『美味しい食事』というものを教わったからです。それまでは、タラパとゾゾの味の違いなど気にしたこともありませんでしたから」


 と、サティ・レイ=ルウはにっこりと笑う。

 その隣りで、ララ=ルウはまた地団太でも踏みそうな顔つきになっていらっしゃる。


「何だよ! こんなんなら、あたしなんていらねーじゃん! サティ・レイとふたりで仲良くやってりゃいいだろ!」


「ララ。上手く言葉が出てこないからって、すぐに短気を起こすものではないわ」


 サティ・レイ=ルウが、その義妹の細い肩にそっと手を置く。


「あなたは色んなものを感じとる力が強いのに、言葉があまり上手くない。でもわたしは、言葉を使うのがわりと得意な代わりに、そんなに気持ちが大きく動かない人間なの。そんなわたしたちが協力しあえば、きっとひとりずつで協力をするよりも遥かにアスタの役に立てると思うわ」


 サティ・レイ=ルウとは、ルウ家の中で一番縁の薄いぐらいのお相手であったのだが――その言葉だけで、俺はもうこの女性が、ただ穏やかで清楚なだけの女性ではないのだな、ということが察せられてしまった。


 さすがはジザ=ルウの伴侶である――などと考えたら、少し怖くもなってしまう。


 あのジザ=ルウと、このサティ・レイ=ルウの間に生まれたコタ=ルウは、いったいどんな人物に育つのか。できればちょっと見届けたいものだな、などと考える。


「あれ? そういえば、コタ=ルウって男の子なんですか? 女の子なんですか?」


 俺が言うと、ふたりはきょとんとしてしまった。


「そんなん、名前でわかるだろ。男の子に決まってんじゃん」


 いや、わかりません。


「はい。ちょっと身体は小さいですが、男の子です。わたしたちはあまり子宝に恵まれないので、最初に授かったコタが男の子であったことを、わたしは嬉しく思っています」


 そう答えるサティ・レイ=ルウの顔は、本当に嬉しげで、誇らしげだった。


 それではあのコタ=ルウが、いずれドンダ=ルウからジザ=ルウへと引き継がれるであろう家長の座を、最終的に頂くことになるのか。


 何だか――今さらながらに、感慨深くなってしまう。


「……ああ、このゾゾってのはすごい匂いですね。食材というよりは薬みたいだ。これを鍋にいれたら、確かに他の風味なんて吹っ飛んじゃいそうですね」


 と、俺は頭を現実に切り替えることにする。


「そうですね。もしもこれから臭みのないギバの肉を常に食べられるようになるなら、もう使い道がなくなってしまうかもしれません。リーロとゾゾは、あくまで臭みを消すために入れていたようなものですから」


「なるほど。ではその2品はいったん候補から外させていただいて、と。このタラパはどうなんでしょうね? 俺の国にもトマトっていう同じような色の野菜がありましたが、使い道はすごく多かったです」


「そうですか。確かに匂いは良いし、酸っぱい味も私は嫌いではありませんでしたが、ポイタンを入れる鍋よりは入れない鍋のほうが美味しく感じたと思います」


「ああ、それはそうかもしれませんね……」


 あの小麦粉を水に溶いたようなポイタン汁にトマトをぶちこんだ味を想像して、俺もげんなりしてしまった。

 汎用性は高いかもしれないが、今回の出番はないかもしれない。


「では、タラパもいったん除外して、と。それじゃあ逆におすすめの野菜ってのはありませんか?」


 この質問に、ふたりは「うーん」と考えこんでしまう。


「ポイタンを入れない鍋なら、いくつか思いあたるのですが、ポイタンと一緒に煮込むとなると……」


「そーだよ。それで美味いと思えるなら、毎日だってそいつをぶちこんでたろうさ。けっきょくどの野菜を入れたって――」


 と、そこでララ=ルウが言いよどんだ。

「どうしたの?」と、サティ・レイ=ルウが優しく問いかける。


「いや……別に味が変わるわけじゃないけど……なんか、一番好きかもなあってのは、あった」


「まあ。どの野菜?」


「いや、でもやっぱり、何でもない! 何で好きだったのかもわかんねーもん! 味なんてほんと全然変わってなかったし!」


「それは何だかすごく気になるなあ。良かったらどの食材のことか、教えてくれないかい?」


 俺の物言いが性急すぎたのか、ララ=ルウはこのお転婆な娘さんらしくもなく、ちょっと不安そうな顔つきになってしまう。


 しかし、そのほっそりとした指先が、ちょっとおずおずとした感じで食糧庫の一番奥あたりを指し示してくれる。


 へえ、これが?と、俺は目を丸くしてしまった。


 薄暗い食糧庫の片隅でひっそりと注目の時を待ち受けていた、その食材は――ゾゾやタラパに劣らず見た目のインパクトで俺の中に強い存在感を残していた、2メートルはあろうかという巨大ゴボウ、その名も「ギーゴ」なのだった。

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ララ=ルウが一番変わったのかもしれん。
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