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異世界料理道  作者: EDA
第三十四章 三つの縁
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大神の見えざる手⑧~告白~

2018.4/30 更新分 1/2

「なるほどなー。あの貴族の娘っ子が、そんな風に言ってたのかー」


 その夜、豪勢なギバ料理を堪能しながらそのように発言したのは、ルド=ルウである。

 本日は、ルウ家でおやっさんたちを歓待する日取りであったのだ。このような場に似つかわしい話題でもなかったが、男衆はギバ狩りと再建作業で忙しくしていたので、この晩餐の時間を待つしかなかったのだった。


「まあ、あの娘っ子が森辺の民を恨んでないってんなら、何よりだったな。去年のあの日、アスタがわざわざギバ料理を準備してやった甲斐があったってことか」


「うん。だけど俺だって、最初はその行いが正しいことかどうか、判断はつかなかったからね。最終的に道を示してくれた、族長たちのおかげだよ」


 俺がそのように応じると、上座で食事を進めていたドンダ=ルウににらみつけられてしまった。


「ひと通りの話が済んだんなら、もう十分だろう。客人らにわかる話をしやがれ」


「いや、興味深く聞かせてもらったよ。ジェノスの貴族ともめたって話は聞いてたけど、そんなにややこしい話だったんだなあ」


 アルダスは、しみじみとした口調でそう言った。


「まあ、森辺の民はもともとがややこしい出自だったもんな。ジェノスの貴族らと和解できたってんなら、何よりだ。これからもジェノスで商売を続けて、俺たちを楽しませてくれよ」


 森辺においても屈指の強面たるドンダ=ルウを眼前に迎えつつ、建築屋の面々に恐縮している様子はなかった。おやっさんもメイトンも、満足そうに食事を進めている。


 ルウ本家の広間にも、許容量いっぱいの人々が詰め込まれていた。もともと12人家族であったところに、3名の客人と、俺とアイ=ファとティアが居並んでいるのである。


 そのために準備された晩餐も、実に豪華なラインナップであった。主菜はタウ油を使った煮付けの料理と、角切りにしたタンを練り込んだハンバーグ、副菜はさまざまな野菜を使った炒め物と、ルド=ルウの好物であるチャッチ・サラダ、汁物料理はキミュスの骨ガラを使った新作のスープであった。


 煮付けの料理は『肉チャッチ』を軸に発展させた料理で、こちらにもさまざまな野菜が使われている。アリアとチャッチとネェノンは残したまま、ダイコンのごときシィマや、タケノコのごときチャムチャムや、ズッキーニのごときチャンまで使っているのだ。普段の『肉チャッチ』よりも豪勢なこのアレンジに、おやっさんたちは心から喜んでいる様子だった。


 また、ギバのタンはいまだに宿場町では売りに出していないので、それを使ったハンバーグも建築屋の面々には初のお披露目となる。なおかつ、この料理はドンダ=ルウにとってもお気に入りであるので、ルウの家では晩餐で出される頻度も高いのだという話であった。


 そして特筆するべきは、新作のスープであろう。

 ミケルにキミュスの骨ガラの扱いを学んだレイナ=ルウたちは、ギバ骨スープやクリームシチューの他でもそれを活用するべく、日々研鑽を積んでいるのである。


 もちろんルウ家で行われる勉強会においては、俺もそのアイディア出しに協力している。これは、俺が提案したオニオンスープから発展した料理であった。

 たっぷりのアリアと、乳脂や乾酪まで使った、洋風のスープである。そこに、ギバ・ベーコンやネェノンやマ・プラといった具材を追加して、さらに食べ応えのある料理に仕上げることがかなったのだった。


 調味料などは塩とピコの葉ぐらいしか使っていないのに、しっかりと出汁が取れているために、物足りないことはまったくない。また、飴色になるまで火を通したアリアのみじん切りをどっさり使っているのが、功を奏しているのだろう。


 さらに、最後のひと手間として、俺たちはクルトンも準備していた。

 ひと晩放置してカチカチに固まった焼きフワノを小さく切り分けて、それをレテンの油でさっと炒めたものである。そのままでは硬くて食べにくいフワノのクルトンも、スープでふやかせば絶妙な食感となる。この食べ方は、汁物料理に焼きフワノを入れることの多い城下町でも喜ばれるのではないかと思われた。


 まあ城下町における評価はさておき、おやっさんたちはとても満足そうな様子でそれらの料理を食べてくれている。ドンダ=ルウと同様に、あまりギバ・バーグを好んでいなかったおやっさんも、ギバ・タンの噛み応えには驚きつつ喜んでくれているようだった。


 ちなみに、俺が担当を受け持ったのは、そのギバ・タンのハンバーグである。余所の家ということで厳粛な表情をこしらえているアイ=ファであったが、その頭上には音符の記号を幻視できるような気がした。


「それで、貴方がたは青の月の31日にも、森辺の集落に招かれるのだという話だったな」


 豪勢な晩餐が半分ほども胃袋に消えた辺りで、ジザ=ルウがそのように発言した。

 アルダスとメイトンは咀嚼をしている最中であったので、おやっさんが「ああ」と応じる。


「それは森辺の誰かにとって、面白くない話であるのか? だったら、そのように告げてほしいところだが」


「その話は、すべての家長たちが賛同しているので、何も問題はない。むしろ、貴方がたの心情を問うておきたかったのだ」


「俺たちの心情?」


「ああ。南の民というのは、ジェノスの民とはまた異なる理由で、森辺の民を忌避していたのだろう? あなたがたはそういった確執を乗り越えてアスタたちと友誼を結んだのだと聞いているが、20名全員が同じ心情であるのだろうか?」


「もちろんさ!」と声をあげたのは、口の中身を呑み下したアルダスであった。


「そんな確執は、去年の内に終わってるよ。だいたい、森辺の民がジャガルを捨てたのはもう80年も前の話なんだから、いつまでもこだわる必要はないだろうさ」


「うむ。しかし去年は、そういった思いもあって、アスタと諍いを起こすことになったのだろう? 俺は妹から、そのように聞いている」


「ああ、妹ってのは、そちらの色っぽい娘さんのことだね? アスタも最初は、その娘さんとふたりきりで商売をしてたんだもんなあ」


 アルダスは懐かしそうに目を細めながら、笑っていた。


「確かに最初は、ちょいと険悪な雰囲気にもなってたよ。俺らの仲間内でも、ギバの料理が美味いか不味いかで意見が割れちまってさ。あと、東の民までからんできたもんだから、余計にややこしい話になっちまったのさ」


 その東の民のひとりであったシュミラルが森辺の家人となったことを、アルダスたちはまだ知らない。また、そのシュミラルが色っぽい娘さんたるヴィナ=ルウと婚儀をあげるかもしれない、などと聞かされたら、さぞかし仰天することだろう。


「ともあれ、アスタに難癖をつけていた筆頭は、このバランのおやっさんだったんだ。あのぎばばーがーって料理が口にあわなくて、こんなもんは食えたもんじゃないって騒いじまったんだよな」


「何だ。それじゃあ、うちの親父と一緒だな」


 ルド=ルウが口をはさむと、ドンダ=ルウが「うるせえぞ」と言い捨てた。


「まあ、なんだかんだあったけど、今では全員がギバ料理に心を奪われちまって、毎日屋台に通わせてもらってるよ。森辺の民に悪い感情を持ってるやつなんてひとりもいないから、そこのところは安心してくれ」


「では、ジャガルを捨てた森辺の民を許した、ということなのだろうか?」


「それだって、俺たちがどうこう言う話じゃないだろ? 何せ、俺たちが生まれる前の話なんだからさ。なあ?」


 アルダスがそのように呼びかけると、おやっさんとメイトンも無言でうなずいた。

 が、そこで俺は「おや?」と思ってしまう。おやっさんが仏頂面であるのはいつものことであるが、陽気なメイトンまで何やら神妙な面持ちになっていたのだ。


「それはありがたい話だねえ……あたしも心から、お礼の言葉を言わせていただくよ……」


 と、ヴィナ=ルウに手助けされながら食事をしていたジバ婆さんが、声をあげた。


「あたしたちは、自分たちがジャガルの子だっていう気持ちをしっかり持つことができていなかった……自分たちが暮らしているのはジャガルという国の領土で、四大神の存在もわきまえてはいたんだけど……森を母とする気持ちばかりが強くて、ジャガルを父と思う気持ちは持てずにいたんだよ……それで、ジャガルを捨てることにも罪悪感を覚えることはなかったから……そういう態度が、南の民の怒りを買ったんだと思うんだよねえ……」


「ああ、それで森辺の民は、あらためて洗礼の儀式を行って、自分たちが四大神の子であるってことをしっかり思い知ろうとしたんだってな。その話は、アスタから聞いてるよ」


 そのように述べてから、アルダスは太い首を傾げた。


「そういえば、あんたはなかなかのご老齢みたいだな。ひょっとしたら、ジャガルの領土に住まっていたことがあるのかい?」


「ああ、そうだよ……あの頃は、5歳ていどの幼子だったけどねえ……」


「へえ、そいつは驚きだ! そんな人間は、もうひとりも残っていないんだと思ってたよ」


 アルダスは木皿を置いて、ぐっと身を乗り出した。


「俺たちはネルウィアの生まれだから、黒き森なんてのはよくわからないんだけどさ。そいつはシムとの国境のすぐそばにあったっていうんだろう? そんな場所からジェノスまで、よくも移り住めたもんだね?」


「そうだねえ……いったいどれだけの時間を歩いたのか、見当もつかないぐらいだよ……その間に、とてもたくさんの同胞が魂を返してしまったしねえ……」


「それだけの苦労をして、ジェノスで暮らすことになったんだ。森辺の民が幸福に生きていけることを、俺たちも心から願っているよ」


 そんな風に述べてから、アルダスがかたわらを振り返った。


「ところで、おやっさんはともかく、メイトンまで静かだな。何かおかしな顔をしてるみたいだけど、お前だって同じ気持ちだろう?」


「ああ……ああ、もちろんだよ」


 しかしメイトンは、やっぱり不明瞭な面持ちをしていた。

 そうして、果実酒の土瓶をひっつかむと、それを勢いよく咽喉に流し込む。それからメイトンは、ジバ婆さんのほうに向きなおった。


「なあ、ひとつ聞いてもらえるかい? あんたたちは……たぶん、南の民に騙されていたんだよ」


「おいおい、いきなり何を言い出すんだよ。俺たちに後ろ暗いところなんて、何もないだろう?」


「俺たちの話じゃない。80年前の、黒き森の近くにいた連中のことだよ。実は……俺の家は、そっちから流れてきた血筋なんだ」


 メイトンの言葉に、おやっさんもうろんげな目を向けた。


「そういえば、お前さんは父親の代からネルウィアに移り住んだのだったな。それで、父親は……もともと王国の軍の兵士であったはずだな」


「ああ。国境の砦で、シムの連中とやりあってたんだよ。それで兵士としては働けない身体になっちまったから、家族ともども平和なネルウィアに移り住んだんだけど……その砦っていうのが、もともと黒き森のあった場所に造られた砦だったんだ」


 昂揚しきった口調で言ってから、メイトンはまた果実酒をあおった。


「なあ、最長老さん。あんたたちは、どうして黒き森から追い出されることになったんだ?」


「……それは、シムとの戦で黒き森が焼かれたからだと聞いているねえ……実際あたしは、森が炎に包まれていくさまもこの目で見届けているよ……」


「ああ、黒き森は、確かに焼き払われた。でも、それはシムとの戦じゃなくって……ジャガルの軍が、焼いたんだよ。その場所に、新しい砦を造るためにな」


 他の人々も、驚きに満ちた顔でメイトンの言葉を聞いていた。

 ただティアだけは、我関せずでぱくぱくと料理を食べ続けている。


「当時の森辺の民は、ジャガルにとって厄介者だった。シムの民みたいに浅黒い肌をしているし、森の外に出てこようとはしないし、ヴァムダの黒猿にも負けない力を持っていたし……ヴァムダの黒猿と同じぐらい、森辺の民は恐れられていたんだよ。それは、わかってもらえるよな?」


「ああ、もちろんさ……あたしたちは南方神の存在も重んじてはいなかったから、さぞかし忌々しい存在であったことだろうねえ……」


「ああ。だから当時の連中は、黒き森を焼き払うことにした。黒猿どもとまとめて、森辺の民も処分しようと考えたんだ。……だけど、森辺の民は滅びなかった。1000人か2000人にも及ぶ森辺の民が、燃える森の中から逃げ延びたんだそうだ」


 すると、ジザ=ルウが「待たれよ」と声をあげた。


「ただ森辺の民が忌々しいというだけで、皆殺しにしようと企てたのか? 南の王国の民というのは、そこまで非道な真似ができるのか?」


「そんな風に決めたのは、たぶん王国の軍の将軍様か何かだよ。そのお人は、森辺の民がシムの軍に取り込まれることを恐れたんだ。森辺の民ってのはシムの民と風貌が似ていたし、黒き森はシムとの国境近くに存在したから……いずれシムに神を乗り換えるんじゃないかって恐れたんだと思う」


 メイトンは、苦渋に満ちみちた声でそう言った。


「だけど、森辺の民は大勢が生きながらえることになった。森に火をつけた連中は、さぞかし慌てふためいたことだろうが……これはシムの軍がやったことだと言い逃れて、森辺の民を取り込もうとしたんだ。ジャガルの兵士となってシムと戦うか、さもなくば兵糧を蓄えるために田畑を耕せってね」


「ああ……それは、あたしの聞いた通りだねえ……でも、森辺の族長はその言葉をはねのけて、ジャガルを捨てることになったんだよ……」


「ああ。その命令に従えないなら、ジャガルを出ていけと命じたんだろうな。もちろんシムに寝返ることも許せなかったから、それでセルヴァの領土である北西に追いやったんだろう」


 そう言って、メイトンはふいに顔をくしゃくしゃにした。


「だから、あんたたちがジャガルを捨てたことを申し訳なく思う必要なんてない。森辺の民は平和に暮らしていたのに、それをジャガルから追い出したのは、南の民なんだ。あんたたちを西の王国に押し付けたのは、南の王国なんだよ」


「そうなのかい……でも、あんたが涙を流す必要はないんじゃないのかねえ……?」


「いや、黒き森に火をつけた兵士の中には、俺の祖父もまじってたんだ。俺の親父は、祖父から直接その話を聞いたんだよ。もしもその火で、森辺の民がひとりでも魂を返していたんなら……それを殺したのは、俺の祖父なんだ」


 そのように述べるなり、メイトンは深くうつむいてしまった。


「アスタと縁を結んだ昨年から、俺はずっとそのことが気にかかっていた。でも、アスタたちに嫌われたくないから、どうしても口にすることができなかったんだ。どうか、許してもらいたい……」


「許すも許さないもないんじゃないのかねえ……森辺の民が恐れられていたのは、自分たちの責任だったんだろうからさ……」


 ジバ婆さんは、とてもやわらかい声でそう言った。


「あたしたちはジャガルの領土に住みながら、自分たちが南方神の子だっていう気持ちを持てずにいた……それがそもそもの間違いだったんだと思うよ……だからあたしたちは、なおさら西方神の子として正しく生きていくべきなんだろうねえ……」


「ああ。一歩間違えれば、俺たちも王都の連中にモルガの森を燃やされていたかもしれんな」


 ドンダ=ルウが、重々しい声音でそう述べたてた。


「メイトンといったな。貴様の祖父は、まだ生きながらえているのか?」


「いや、とっくの昔に魂を返したよ。シムとの戦で、俺が生まれる前にくたばっちまったんだ」


「そうか。それでは、言葉を交わすこともできんな。……何にせよ、80年も前の確執を取り沙汰しても、意味はあるまい。また、最長老の言った通り、南の民だけが罪を負うべきという話でもないはずだ」


 ドンダ=ルウの双眸は強く輝いていたが、そこに怒りの色はなかった。

 周りの家人たちも、とても穏やかな面持ちで家長の言葉を聞いている。


「黒き森を失った俺たちは、モルガの森に移り住んだ。そして今は、より正しき道を探そうと、懸命にもがいている。それらもすべては、母なる森と四大神の導きであったのかもしれん」


 そうしてドンダ=ルウは、ギバ・タンのハンバーグを盛大に噛みちぎって、呑み下した。


「また、俺たちは南の民とも正しき縁を紡いでいくべきなのだろう。フォウの集落で行われる祝宴を、その一助にしてもらいたい」


「ああ。是非ともそうさせていただこう」


 そのように応じてから、おやっさんはいきなりメイトンの頭を引っぱたいた。


「そのような話をひとりで抱え込むな、馬鹿者め。何のために、俺たちがいるのだ?」


「すまねえ……」と弱々しく言いながら、メイトンは洟をすすっていた。

 昼間はリフレイアが涙をこぼし、いまはメイトンが涙を流している。なんてさまざまなことが起きる日だろう、と俺は天井を見上げることになった。


 だけどきっとそれらの涙は、さまざまな確執を洗い流してくれたはずだ。

 そして、二度とこのような涙がこぼされぬように、森辺の民も、それを取り巻く人々も、より正しい道を進んでいく必要があるはずだった。

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