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異世界料理道  作者: EDA
第三章 ルティムの祝宴
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半人前の下準備①商談

2014.9/12 更新分 1/2

 翌朝、今度はアマ=ミンがひとりでファの家にやってきた。

 洗い物をして、刀の手入れをして、さあお次は食糧庫の確認だ、という頃合いである。

 過ぎし日の、リミ=ルウの訪問を思わせるタイミングだ。


「いくつかの事項を確認することができたなら、昨日のお話を受けさせていただこうかと思います」


 昨日と同じポジションで主人とともに客人と相対しつつ、まず俺はそう述べてみた。


「確認」と、アマ=ミンが穏やかに反問する。


「いったい何を確認されたいのでしょうか?」


「はい。今のままでは漠然とした部分が多すぎるので、まずはこまかい点について確認をさせてほしいんです。料理の質と、それに量にまつわるお話でもありますね。何せ100名分の食事を作るという大きな仕事なのですから」


 アイ=ファと並んで相対しながら、俺は昨晩考えた内容を順序だてて説明していく。


「まず、あなたがたは今の俺の料理をそのままふるまってくれれば良いと言ってくれましたが。俺にはそれでどれだけの人数にご満足をいただけるのか、不安が拭いきれません。宴までは今日を含めて5日間しかありませんが、それでも向上できそうな部分は向上してみたいんです」


「はい」


「ですから、俺の腕を買ってくださるというのならば、宴の一夜だけではなく、宴までの5日間もまるごと買っていただきたい――と考えています」


「はい。……具体的に言うと、私たちは何を為せばよろしいのでしょうか?」


「具体的にはですね、この5日間、料理の研究をする場と、材料を、提供していただきたいのです。できるだけたくさんのかまどがある環境と、食材と、薪。そして最終的に味見をしてくれる複数の人たち、ですね。……もちろん、宴の当日は俺がひとりで調理するわけではないですよね?」


「はい。通例であっても10名以上の女衆が、晩餐の仕度には参加します」


「安心しました。それならば、味見の役目はそのかまど番の女衆にお頼みしたいですね。なおかつ、他の仕事のさまたげにならない範囲でかまわないので、この5日間の研究も手伝っていただき、なおかつ、調理の技術を学んでいただきたいと思います」


「はい。それは可能でありますし、必要な仕事だということも理解できます」


「ありがとうございます。あとは、ギバ肉ですね。この5日間で使用する分と、宴で使用する分。それらのギバを俺ひとりでさばくのは困難なので、それはルティムの男衆にご協力をいただきたいです。――ルティムの家が今後も美味い肉を食べたいと願っているなら、どの道それは習得しないといけない技術ですしね」


「はい。それもこちらからお願いしたいぐらいのお話でした」


 とても嬉しそうに、アマ=ミンが口もとをほころばせた。

 それは何より、と俺は首をうなずかせる。


「それでは、この内容でよろしいでしょうか? この5日間で使用する食材と、宴の当日で使われる分の食材。それらの材料費を差し引いて、俺にも相応の代価を支払っていただきたい、と考えているのですが」


「はい。もちろん。私たちが欲しているのは、あなたの技術と知識なのです。そのために必要な食糧などは、最初からこちらで準備する心づもりでおりました」


 最初に「はい」と同意を示してくれるのは、この女性の誠実さのあらわれなのだろう。


 そうしてアマ=ミンは、いっそう背筋を伸ばして、俺の姿を真っ直ぐに見つめやってくる。


「あなたの力を、如何ほどの代価で売っていただけますか、ファの家のアスタ」


「はい。俺は――ギバ20頭分の角と牙でお売りしたい、と考えています」


 その瞬間、今までは晴れやかであったアマ=ミンの顔が、初めて曇った。


「ギバ20頭分、ですか。……あなたの力に値をつけることなど、私たちにもとうていかなわないことではありますが……それでは少し不足しているように感じられます。昨日も申しました通り、私たちは宴で眷族のすべてから祝福を授かりますので、それを集めれば――」


「ギバ200頭分なんて、とてもじゃありませんが受け取れませんよ。俺はれっきとした半人前の料理人なんです」


 と、俺は頭をかいてみせる。


「正直に言うと、俺も無茶苦茶に悩んだんです。このような仕事に相応しい代価がいくらか、なんて誰に聞いてもわからないことでしょうし」


「そうですね。他家の人間に婚儀のかまど番をまかせるような人間は、これまで森辺には存在しなかったと思います」


 と、にっこり微笑むアマ=ミンである。

 やっぱりこの人は、清楚で涼やかなだけでなく、とてもしなやかな強靭さをも持った女性なのだな、という印象を再確認する。


「正直に言いますとね、今ちょっと宿場町で買いたいものがあるんです。それがギバ20頭分で買えるという話だったから、それならその値段でいいかと安易に決めてしまいました。……だけど、俺にとっては十分な報酬です。決して手を抜くような真似はしません」


 アマ=ミンの真っ直ぐな瞳を真っ直ぐに見返しながら、俺は言った。


「それだけの代価を頂けるなら、俺は持てる力のすべてをその宴に注ぐことを誓います。それを信じていただけるなら――この値段で、俺の腕を買っていただきたいと思います」


「あなたがそのような御方だから、私たちは、あなたの力を得たいと思えたのです」


 アマ=ミンはゆったりと微笑んだ。

 本当にこの人は俺やアイ=ファやレイナ=ルウと同世代なのかと疑わしくなってしまうような、それは慈愛に満ちた微笑み方だった。


「それでは、ギバ20頭分の角と牙で、あなたの力を――」


「あ! 待ってください! もうひとつだけ確認しておきたいことがありました!」


 言いながら、俺はかたわらに控えたアイ=ファの横顔を盗み見る。

 うむ。威厳たっぷりのご尊顔である。


「俺は、ファの家のかまど番です。なので、そちらの仕事も決して放棄したくないのです。なので……これからの5日間は、試食を兼ねた晩餐をとる家に、アイ=ファともどもお邪魔をしたいのですね。家に泊めろとは申しませんが、ルティムの食卓に俺と家長ふたり分の席を作っていただくことは可能でありましょうか……?」


「なるほど。それも、当然の話ですね……」


 と、言いながら、アマ=ミンはちょっと首を傾けると、頬に指先をあてて「うーん」と考えこんでしまった。


 ああ……こういうタイプのギャップ萌えというのも存在するのかと、俺はおかしな感想を抱いてしまう。もちろん顔だけはきりりとしたままで。


「問題は……ないと思います。ルティムとルウの間柄ですし……」


「は? ルウの家がどうかされましたか?」


「婚儀の宴は、あのルウの集落の大広場でおこなわれるのです」


 げ。


「そして、宴の当日も、かまどを取り仕切るのはルウの女衆の役割なのです」


 げげげ。


「むしろルティムやミンの家は他の準備に追われてかまどの手伝いはできませんので。今日から始められるという、料理の研究ですか? それもルウ本家のかまどの間を借り、手伝いもルウの女衆にお頼みする心づもりでありました」


 げげげのげ。


「で、でもルウ家は親筋にあたるのですよね? そ、そのような雑事をルウ家に頼んでも大丈夫なのでしょうか……?」


「親の血筋だからこそ、です。子の面倒を見るのは、親の役割ではありませんか?」


 それはその通りなんでしょうけども。

 俺としては、できるだけしがらみの少ない場所で、この仕事に取り組みたかった……


「ですから、晩餐をともにというのはルウ家の家長ドンダ=ルウの承諾が必要となりますが、もともと縁のあるファの家なら、きっと大丈夫です」


 いや、縁は縁でも悪縁かもしれないんですが……

 というか、家庭料理は家族の手で、とタンカを切った直後に、この展開はひどい。


「そうでしょうか? むしろその素晴らしい料理を作るための準備期間と考えれば、またとない好機ではありませんか。私はルウ家の女衆が羨ましいです。今後は数多くの眷族が、ルウ家に料理の手ほどきを受けるために足を運ぶことになるでしょう」


 そうか。そう考えれば、ジバ=ルウやリミ=ルウのためには良いのかもしれない。レイナ=ルウなんかはたいそう飲み込みが早かったし、ティト・ミン婆さんやミーア・レイ母さんなんかも、優秀さでは引けを取らない。彼女たちだったら、この5日間ですぐに素晴らしい調理の技術を習得することができるはずだ。


 しかし――ドンダ=ルウと、ジザ=ルウと、ダルム=ルウの御三方は如何なものか。


 あの厳めしい方々と、5日連続の晩餐会?


 ああ――考えただけで鬱々としてくる。

 昨晩のしゃぶしゃぶの何と楽しかったことか!


 いやしかし、これもギバ20頭分の報酬の内なのだ。


 効率を考えれば、宴のかまど番を取り仕切るというルウ家の女衆には直接手ほどきをするべきだし、夕刻に研究を切り上げてファの家に戻ってしまうのも、あまりに馬鹿馬鹿しい。


 ここは仕事と割り切って、堂々とルウ家に突撃するべきであろう。

 どうせ改善したいのは主に野菜の取り扱いなのだし。晩餐のための肉を焼くのは女衆の仕事になる。って、そんな発想をするのは、まだまだ逃げ腰の証拠だな。


(うん、そうだ――俺はできるだけ大勢の人に料理を楽しんでもらいたくて献立を煮詰めなおすんだから、それを試食してもらうなら、ドンダ=ルウみたいに融通のきかない親父さんは最適だ。堅物のジザ=ルウだって、俺に悪印象を抱いているであろうダルム=ルウだって――あいつらを納得させるぐらいの料理を作る、ってぐらいの意気込みは必要だろう)


「あの……どうかされましたか、アスタ?」


 と、アマ=ミンが心配そうに身を乗りだしてくる。


「大丈夫です。では、最終的にはルウの家の承諾を得なくてはいけませんが、以上の条件で――俺の腕を、買ってくださいますか? 代価は、ギバ20頭分の牙と角です」


「はい。私たちにその力をお売りください。ファの家のアスタ」


 アマ=ミンはにっこりと微笑んで――

 そして商談は、成立した。

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