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異世界料理道  作者: EDA
第三十四章 三つの縁
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森辺の家長会議①~スンの集落~

2018.4/2 更新分 1/1 ・2018.4/16 文章を修正

・今回の更新は、全8話です。

 宿場町の交流会から、3日後。

 ついにその日――青の月の10日が、やってきた。


 青の月の10日は、年に1度の家長会議と定められている日である。

 森辺に住まうすべての氏族の家長たちが、この日にスンの集落に集まって、森辺の行く末に関わる事項を話し合う。それが、森辺における家長会議というものであった。


 すでにスン家は族長筋としての資格を剥奪されているので、会場は別の場所に移すべきではないかという声もあがっていたようであるが、本年のところはそのまま敢行されることになった。数十名もの人間を宿泊させることのできる祭祀堂というものは、森辺においてスンの集落にしか存在しなかったためである。


 トトスと荷車さえあれば、会議の後にそれぞれの家に帰ることは可能である。が、会議の後は親睦を深めるために果実酒を酌み交わすのが、通例であるのだ。たらふく果実酒を飲んだ後に荷車を運転するのは危険であるし、かといって親交を深めるための祝宴を取りやめるわけにもいかない。そういった事情から、本年の家長会議もスン家の祭祀堂で開催されることが決定されたようだった。


「よし、それでは出発するぞ」


 ギルルの手綱を握ったアイ=ファが、御者台から声をあげてくる。荷台に収まった俺は、一同を代表して「了解」と告げてみせた。

 この荷車に乗っているのは、俺とアイ=ファ、赤き民の少女ティア、トゥール=ディン、ユン=スドラ、それにリッド家の若い女衆という面々であった。


 家長会議に参加するのは俺とアイ=ファのみであり、ティアは家長たちに顔見せをするために、他の女衆はかまど番を担うためにスン家へと向かう。スンの集落に住まう女衆だけでは、家長会議に参加する全員分の食事を作るのは困難であったし、どうせならば最新版の美味なる料理をお披露目するべきであろうということで、ファの近在の氏族とルウの血族、それにザザの血族から数名ずつのかまど番が集められることになったのだ。


「ファやルウと縁の深い氏族でなければ、最近の料理を口にする機会もありませんでしたものね。かれーやぎばかつやシャスカを口にしたら、きっとみんな大いに驚くことでしょう」


 ユン=スドラは、にこにこと笑いながらそう言った。

 それからトゥール=ディンの様子に気づいて、「どうしたのです?」と声をかける。トゥール=ディンは、なんだかさきほどからずっと落ち着かなさげな様子であったのだった。


「い、いえ、何でもありません。……ただ、もしもわたしが失敗してしまったら、ファの家にもザザの家にも恥をかかせることになってしまうので……ちょっと心配になってしまっただけです」


「大丈夫ですよ。トゥール=ディンは、普段から北の集落でも祝宴の取り仕切りを任されているのでしょう? 何も心配する必要はありません」


 本日は俺が調理に参加できないため、かまど番の取り仕切りはトゥール=ディンとレイナ=ルウの両名に託されてしまったのである。

 なおかつ、両名はそれぞれ別のチームを率いて、別の料理をこしらえることになる。晩餐で出される料理の半数は、トゥール=ディンの責任のもとに供されることになるのだった。


「わたしたちも力を尽くして、トゥール=ディンを支えます。どうぞ安心して任せてください」


「そうですよ。トゥール=ディンなら、大丈夫です」


 リッドの女衆も、トゥール=ディンの手を握って励ましている。そんな光景を眺めながら、ティアもにこにこと微笑んでいた。


「何だかティアは、さっきからご機嫌だね。何か楽しいことでもあったのかい?」


「うむ? ティアはアスタのそばにいられることを嬉しく思っているだけだ。今日はきっとまた余所の家に預けられるのだろうと考えていたからな」


 ティアを同行させるようにと命じてきたのは、もちろん三族長たちであった。ティアの怪我が完治するにはまだまだ時間が必要であったので、いちおうすべての家長たちにその姿を見せておくべきである、という結論に至ったのだ。


「顔見せが終わったら別の場所に預けられることになると思うけど、そちらでも絶対に騒ぎを起こさないようにね?」


「もちろんだ。ティアはこの身が滅んでも、決して森辺の民の言いつけは破らないと誓う」


 ガーネットのように深い赤色をした瞳をきらきらと輝かせながら、ティアはそのように述べていた。

 きっと三族長たちは、どうして自分たちがティアの言葉を信ずることにしたのか、それをより正確に知らしめるために、家長会議への同行を命じてきたのだろう。ティアがどれほど純真な存在であるか、それを各氏族の家長たちに自らの目で確認させようという考えであるのだ。


(ティアの件に関しては、きっともめることもないだろう。それよりも正念場なのは、俺たちのほうのはずだ)


 本日の議題のメインは、なんといってもファの家の行いの正否についてである。

 宿場町で商売をすることは正しいのか。ギバの肉や料理を売って、これまで以上の富を手にすることは正しいのか。それが、話し合われるのだ。


 前回の家長会議では、邪なたくらみを持つズーロ=スンが議長であったため、何の結論も出さないままに終わらされてしまった。ファの家の行いについては様子見として、次の家長会議で正否を問うべしと定められてしまったのだ。

 その後、スン家が族長筋の資格を失っても、その裁決がくつがえされることにはならなかった。当時はまだ商売を始めて半月足らずしか経ってはいなかったし、それ以外の問題も山積みであったので、やはり様子見という結論に落ち着いてしまったのだ。


 もちろん俺やアイ=ファにとって、それはもっけの幸いであった。俺たちの行いが正しいかどうかなんて、その姿を見届けてもらった上で、結論を出してもらうしかない。たかだか商売を始めて半月ぐらいの時期に、それは間違った行いであると断じられても、納得がいくわけもないのだ。


 あれから一年、俺たちは力を惜しまずに突き進んできた。

 その姿を、たくさんの人々に見届けてもらっている。

 ファの家の行いは、森辺の民にとって毒となるのか薬となるのか。今日こそは、その答えを厳粛に受け止めさせていただく所存であった。


「あ、後ろから、別の荷車が追いすがってきましたよ」


 と、ユン=スドラがはしゃいだ声をあげた。

 幌の後部は、出入り口である帳を開けたままであったのだ。そこから見えたのは、御者台でファファの手綱を握るチム=スドラの姿であった。


 俺とユン=スドラが手を振ると、チム=スドラもひかえめに手を振り返してくる。この距離では表情までは見て取れないが、きっとはにかむように微笑んでいることだろう。そちらの荷車では、血族であるフォウとランとスドラの家長とお供の男衆が同乗しているはずだった。


 本日は、ファとルウの家で購入したトトスと荷車を、それぞれの氏族に貸し出している。この1年で、トトスと荷車の数もずいぶん増えていたので、それですべての氏族を網羅することがかなったのだった。


(1年前は、この道をルウの血族たちと一緒に、てくてく歩いてたんだよな)


 俺の記憶に間違いがなければ、ラウ=レイと初めて言葉を交わしたのも、そのときである。あの頃の俺は、まだごく限られた人々としか親交を結んではいなかったのだ。


(それが今では、ほとんどすべての氏族の人たちと顔をあわせてる。まったく交流がないのは……いくつかの、親筋でない氏族の人たちぐらいかな)


 俺は何だか、すっかり感慨深くなってしまっていた。

 俺にとって、この青の月の10日というのは、初めて森辺を訪れた黄の月の24日に匹敵するぐらい、大事な区切りの日なのである。


「まもなく、スンの集落だぞ」


 御者台のアイ=ファが、そのように告げてきた。

 そうしてしばらくすると、荷車が停車する。荷台に収まっていた5名は、申し合わせたように全員が地面に降り立った。

 それからさして待つほどもなく、ファファの荷車が追いついてくる。チム=スドラが御者台を降りると、バードゥ=フォウやライエルファム=スドラたちも姿を現した。


「どうもお疲れさまです。そちらもずいぶん早いおつきでしたね」


「うむ。ルウやダイの家長たちと、事前に言葉を交わしておきたかったのでな」


 俺とアイ=ファは、かまど番たるトゥール=ディンたちを送り届けるために、早めに家を出たのである。家長会議の開始には、まだしばらくの猶予があるはずであった。


「では、行くか」


 ギルルの手綱を引いたアイ=ファを先頭に、スンの集落の広場へと足を踏み入れる。

 俺にとっては、料理の手ほどきで訪れて以来――ちょうど半年ぶりぐらいの来訪であった。


 初めてこの地に足を踏み入れたらしいリッドの女衆が、「うわあ」と声をあげている。広場の真ん中に建てられた祭祀堂の大きさに驚いているのだろう。

 直径20メートルぐらいのドーム型をした、巨大な建造物である。幅に比べて高さは低めであるものの、それでも2階建ての建物ぐらいの高さはある。干し草で外壁を覆われた、巨大な恐竜の屍のごとき様相は相変わらずであった。


「束ね役の家は、あっちだよ」


 俺が方向を指示すると、アイ=ファは「うむ」と歩を進めた。スン家で血抜きの手ほどきをしたのはスドラの家であったので、アイ=ファは1年ぶりの来訪であったのだ。

 そうして祭祀堂を迂回して歩を進めていくと、目当ての場所にはすでに数台の荷車の姿があり、人だかりができていた。


「ああ、スンの家にようこそ。お待ちしておりましたよ、ファの家のアスタ。……それに、他のみなさまがたも」


 見覚えのある老女が、顔をくしゃくしゃにして頭を垂れてきた。この新たな束ね役の家の、長老にあたる人物である。今ではこの家が新たなスンの本家と定められて、他の分家をまとめあげているのだった。

 実際は老女というほどの年齢ではないのだろうが、髪はほとんど真っ白で、顔は皺深い。その目が、それなりの驚きをたたえてティアを見つめた。


「おや……そちらが、赤き野人でございますね……」


「赤き野人はトトスや猟犬と同様の獣と思い、それ以上の心をかける必要はない。何か問題が生じたときは、族長筋の人間に声をかけるがいい」


 バードゥ=フォウがそのように取りなすと、老女は「かしこまりました……」と目を伏せた。


「ルウ家のかまど番の方々は、すでに仕事を始めておられます……こちらの方々は、みなさまのお着きをお待ちしておりました」


 そこで待ち受けていたのは、ダイおよびレェンの人々と、それと同乗してきたフォウとランの女衆であった。ダイの人々も早めに会場に向かうつもりだと聞いていたので、あらかじめ同乗をお願いしておいたのだ。


「どうもお疲れさまです。同乗を了承していただいて感謝しています」


「いえ、これはファの家から借り受けた荷車なのですから、文句のつけようなどあるはずもありません」


 年配だが物腰の低いダイの家長が、笑顔でそのように述べてくる。

 そしてその人物は、バードゥ=フォウにも目礼をしていた。フォウとダイはともに生鮮肉の販売を受け持っている氏族であったので、それなりに親交が深まっていたのだ。

 そして、ダイの家長のお供として控えているのは、俺の肉の市場に向かう際に顔をあわせたことのある、ディール=ダイである。穏やかな面立ちをしたディール=ダイは、俺の視線に気づくと「おひさしぶりです」と頭を下げてきた。


「どうも、おひさしぶりです。ディール=ダイも来ていたのですね」


「俺などの名前を覚えてくださっていたのですか。……はい、俺は本家の次兄であったので、家長の供として参上しました」


 そういえば、彼はかつてヴィナ=ルウとヤミル=レイの両方に懸想していたという、なかなかとてつもない過去を有していたのだ。ヤミル=レイとは、こうして家長会議でスン家を訪れたときに縁を結ぶことになったのだろう。


 ともあれ、荷車3台分の人間が集結し、すでになかなかの人数である。フォウとランの女衆は、笑顔でトゥール=ディンらと合流していた。


「ええと、これで後は、ザザの血族からも助っ人が来るんだよね?」


「はい。そろそろ到着すると思うのですが……」


 トゥール=ディンがそのように答えたとき、ガラゴロと荷車を引く音色が聞こえてきた。

 祭祀堂の陰から、手綱を握った女衆の姿が現れる。それは、ザザ本家の末妹であるスフィラ=ザザであった。


「トゥール=ディン、お待たせしました。少し遅れてしまったでしょうか?」


「い、いえ、そんなことはありません。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそ」


 スフィラ=ザザが答えている間に、荷車から他の女衆がぞろぞろと降りてきた。

 ドム、ジーン、ハヴィラ、ダナ――そして客分であるモルン=ルティムを加えた、ザザの血族の精鋭部隊である。俺たちの姿に気づいたモルン=ルティムは、遠くのほうからにこりと微笑みかけてきた。


 フォウ、ラン、スドラ、リッドの4名も加えて、これがトゥール=ディンの指揮するかまど番の総勢であった。言ってみれば、ザザ家とフォウ家の血族の混成部隊である。


「あとは、スン家の女衆を半分借りることができるのですよね? わたしたちは、まず何を為すべきでしょう?」


 スフィラ=ザザが毅然とした面持ちで尋ねると、スン家の老女がうやうやしげに頭を垂れながら、手を差しのべた。


「それでは、みなさまにお貸しするかまどへご案内いたします。女衆は、そちらに控えておりますので……」


 トゥール=ディンは、きゅっと表情を引き締めながら、俺に一礼してきた。


「それじゃあ、わたしたちは仕事に取りかかります。アスタとアイ=ファも、どうぞ頑張ってください」


「うん。時間があったら、あとで様子を見にいくよ」


 トゥール=ディンはアイ=ファからギルルの手綱を受け取って、他の女衆とともに立ち去っていった。その荷車に、シャスカを始めとする数々の食材が積み込まれているのだ。


 トゥール=ディンの話によると、ハヴィラやダナの女衆というのは、まだまだ見習いの状態であるらしい。が、北の集落のかまど番たちはだいぶん力をつけてきているし、ユン=スドラたちは言わずもがなであるので、これならばきちんと仕事を果たせるはずだとの話であった。


 そうして、残された俺たちはどうするべきであろうかと考えあぐねていると、ダイの家長の陰から小さな人影が出現した。


「みなさまは、どうされますか? 会議の始まりまでおくつろぎになられるのなら、その準備をいたします」


 それは、リミ=ルウと同じぐらいの年頃をした男の子であった。

 男衆はギバ狩りで、女衆はかまど仕事であるから、スン家でも手が空いているのは老人と幼子しか残されていないのだ。


「俺はかまど仕事をしているルウ家の人たちに挨拶させてもらおうかな。みなさんはどうしますか?」


「俺はダイの家長と、肉の市についての話をまとめておこうと思う。俺たちの語る言葉におかしな食い違いがあってはならないからな」


 ということで、フォウとダイの血族たる10名の男衆は、幼子の案内でスンの分家の家屋に姿を隠した。

 そののちに、幼子は俺たちを裏手のかまど小屋へと導いてくれる。赤き野人たるティアに対して、ちらちらと視線を向けていたものの、何も言及しようとはしない。


 かまど小屋の窓からは、早くも白い煙があがっていた。

「失礼します」と幼子が戸板を開けると、「あーっ!」という元気いっぱいの声が飛び出してくる。


「アイ=ファにアスタ! それに、ティアも! もう来たんだね!」


 言葉の内容から察せられる通り、それはリミ=ルウであった。

 他のかまど番の間をすいすいと通りすぎて、かまど小屋の外にまで出てくると、まずはアイ=ファに「わーい」と抱きつく。


「アイ=ファたちは、家長会議が始まるまで来ないのかと思ってた! えへへ、嬉しいなあ」


「うむ。今日はリミ=ルウたちの料理を楽しみにしているぞ」


 アイ=ファは優しげに目を細めつつ、リミ=ルウの赤茶けた髪を撫でていた。

 アイ=ファの温もりをぞんぶんに満喫してから、リミ=ルウはぐりんとティアに向きなおる。


「香草を使った料理もあるから、ティアも楽しみにしててね! ぜーったい美味しいから!」


「わかった。楽しみにしておこう」


 ティアも、にこにこと微笑んでいた。ティアの側は向けられた感情をそのまま受け止めるので、無邪気なリミ=ルウとはすっかり仲良しな関係なのである。

 ちなみにリミ=ルウはこの無邪気な振る舞いについて、ジザ=ルウから「不適切なのではないか?」とたしなめられたそうであるが、けっきょく態度を改めることはなかった。


「だって、ティアのことはトトスとか猟犬とかとおんなじ風に扱っていいんでしょ? だからリミは、そうしてるんだよ!」


 リミ=ルウは、天真爛漫な笑顔でそのように応じていたらしい。

 それでジザ=ルウも、言葉を重ねることができなくなってしまったのだろう。実際にリミ=ルウは、相手がトトスであろうと猟犬であろうと、等しく人間のように扱っていたのである。


「アスタにアイ=ファ、お疲れさまです。わざわざ挨拶に出向いてくれたのですか?」


 と、レイナ=ルウも顔を覗かせてくれた。

 こちらのかまど小屋では、8名ばかりの女衆が働いているようだ。顔ぶれは、ルウの血族が5名で、スンの女衆が3名だそうで、俺の姿に気づくと全員が笑顔で挨拶をしてくれた。


「残りの半分は隣の家のかまど小屋を使っており、そちらはシーラ=ルウが取り仕切っています」


「なるほど。作業は滞りなく進められてるみたいだね」


 混成部隊を率いているトゥール=ディンよりも、ルウの血族で固められたこちらのほうが、苦労は少なかったことだろう。それに、レイナ=ルウとシーラ=ルウのツートップが存在するというのは、かなりの強みであるに違いない。


「そういえば、男衆はまだ来ていないのかな? 表には、けっこうな数の荷車が見えたんだけど」


「はい。ルウとルティムとレイ、それにリリンは、すでに来ていますよ。ドンダ父さんとガズラン=ルティムは、スンの家長と語らっていると思います」


 そのように述べてから、レイナ=ルウはくすりと笑った。


「ダルム兄とラウ=レイとシュミラルは、きっとあちらのかまど小屋でしょうね。あちらには、シーラ=ルウとヤミル=レイとヴィナ姉がそろっていますので」


「なるほど。それは納得の顔ぶれだね」


 ラウ=レイは自身が家長であり、ダルム=ルウは家長のお供。そしてシュミラルは、余所の地から森辺の家人となった身として、挨拶をさせられるのである。


「おお! 誰かと思えば、アスタにアイ=ファではないか! お前さんたちも来ておったのだな!」


 いきなりの大声にびっくりして振り返ると、そこにはダン=ルティムとギラン=リリンが立ちはだかっていた。


「あ、あれ? ダン=ルティムも来ていたのですか」


「何を言っておる! 俺は確かに家長の座から退いた身だが、家長会議で挨拶をせずに済ませるわけにもいかんではないか!」


 ガハハと笑うダン=ルティムのかたわらで、ギラン=リリンが補足してくれた。


「生命がある内に家長を引き継がせた場合、最初の年は前の家長が供となるのが、森辺の習わしなのだ。ダン=ルティムがこのように元気な姿を見せたら、どうして家長の座を譲ったのかと不思議がられてしまいそうなところだがな」


「ガズランがどれだけ賢い人間であるかが知れれば、誰も不思議には思うまい! あいつならば、俺よりもいっそう正しくルティムの家を導いてくれるはずだからな!」


 何にせよ、ダン=ルティムとガズラン=ルティムの両方が顔をそろえているというのは、心強い話であった。

 それに、俺と似たような境遇であるシュミラルも、家長会議に同席してくれるのだ。あらためて、俺は昨年との差異を思い知らされることになった。


(それに、ルウの血族の他にも、ファの家を後押ししてくれる氏族はたくさんいる。俺たちは、きっと大丈夫だ)


 そんな風に考えながら、俺はアイ=ファのほうを振り返った。

 アイ=ファはとても静かな眼差しで、ダン=ルティムとギラン=リリンの笑顔を見比べていた。

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