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異世界料理道  作者: EDA
第三十四章 三つの縁
577/1705

宿場町の交流会⑥~月の女神の調べ~

2018.3/17 更新分 1/1

 ユーミはお盆を卓に置くと、空いていた席に腰を落ち着けた。ここは6名用の卓であったので、貴重な空席が残されていたのだ。

 お盆に載せられていたのは、俺たちがこれまでに口にしてきた料理の数々である。ちょうど一人前ずつであったので、これはユーミの取り分なのだろう。


「ようやくひと通りの料理を出せたよ。ね、うちの料理はどうだった? けっこう前とは変わってきたでしょ?」


「うん、どれも美味しかったよ。この煮付けなんて、絶品だったね」


「えへへ。母さんと一緒に、色々と頭を悩ませたからさ! 今じゃあ他のギバ料理に負けないぐらい、よく売れてるよ!」


 その絶品である煮付けの料理を、ユーミは口いっぱいに頬張った。今まで働いていたユーミは、これから晩餐のスタートであるのだ。


「みんなも足りなかったら、どんどん追加してね? こっからは、そのたんびに銅貨をもらうけどさ」


「俺はもう、最初に払った銅貨だけでからっけつだよ。まだまだいくらでも食えそうだけどな」


 そのように述べながら、レビはユーミのチヂミ風お好み焼きをひと切れ、かっさらった。スープ仕立ての『ギバ・カレー』をすすっていたユーミは、「あー!」とわめきながらレビの首をしめる。


「この盗っ人! 衛兵を呼びつけてやろうか!?」


「ひと切れぐらいで固いこと言うなよ。衛兵なんて呼んだら、他の客が逃げちまうんじゃねえの?」


「うっさいよ! 銅貨がないなら、賭場で稼いでくりゃいいでしょ! あんただって、カーゴの次ぐらいには腕が立つんだから!」


「元手がなくっちゃ勝負もできねえんだよ。明日からは、またしばらく人足だな」


 ユーミはわめきたてるのをやめると、上目づかいでレビをねめつけた。


「まあ、こんなにしょっちゅう遊んでたら、あんたも銅貨が尽きちまうか。……親父さんは、まだよくならないの?」


「ありゃもう使いものにならねえよ。悪さをしてきた罰が下ったんだろ」


 レビが肩をすくめつつ果実酒をあおると、テリア=マスが「あの……」と声をあげた。


「ぶしつけで申し訳ありません。レビの父親は、どこかお加減が悪いのですか?」


「うん? ああ、親父は人足の仕事で足を痛めちまってな。もうふた月ばかりも寝転がったままなんだよ。崩れてきた丸太に片足を潰されちまったんだ」


「そうだったのですか……それはお気の毒に……」


「はん。若い頃に悪さばっかりしてたから、セルヴァの罰が下ったんだよ。お袋も、俺が餓鬼の頃に愛想を尽かして出ていっちまったからな」


 すると、ユーミも溜息まじりに口をはさんだ。


「だからこいつは、人足の仕事と賭場通いで、親父さんの分まで稼いでるんだよ。カーゴぐらいの腕があれば、もっと楽に稼げるんだろうけどね」


「はん。カーゴだって、毎日勝てるわけじゃないんだぜ? でも、日が沈んじまったら、他に仕事なんてねえからなあ」


 レビの言葉に、テリア=マスが思い詰めた面持ちで身を乗り出した。


「そ、それでしたら、うちの宿などどうでしょう? そんなにたくさんの銅貨は払えませんが、賭け事よりは確かな稼ぎになると思うのですけれど……」


「テリア=マスの宿で? 俺みたいに胡散臭いやつは、親父さんが嫌がるだろうよ」


「レ、レビは胡散臭くなどありません! 父だって、きっと喜んでくれるはずです!」


 自分の酒杯に果実酒を注ぎながら、ユーミは「ふうん?」と小首を傾げる。


「でも、人手は足りてるんじゃないの? 《キミュスの尻尾亭》では、近所の人間が毎日手伝いに来てるって話だったよね」


「はい。その内のひとりが身重になってしまったので、ちょうど新しい人手を探していたところなのです。うちには父しか男手がないので、きっとレビのことは喜ばれるはずです」


 それは俺も、世間話の延長で耳にしていた。あの、王都の兵士たちに生焼けの肉を出してしまった娘さんが、お子を授かったそうなのだ。


「それなら、ちょうどよかったね。うちだと親父が若い男を嫌うから、レビを雇うこともできなかったんだよ。賭場通いなんてスッパリやめて、夜も真っ当に働けばいいさ」


「おいおい、簡単に言うなよ。俺みたいな若造は、お前の親父さんじゃなくったって嫌がるに決まってるだろ」


「あんただったら、大丈夫じゃない? ベンほど悪そうな顔をしてるわけでもないからさ」


 ユーミはけらけらと笑い、テリア=マスはおずおずとレビを見つめる。


「い、いかがでしょうか? レビが働いてくださったら、こちらは本当に助かるのですが……」


「……だったら言わせてもらうけどさ。俺の親父は若い頃、賭場でイカサマをして指を切られてるんだよ。それに手癖も悪いから、日雇いの人足ぐらいしか仕事もなかったんだ。そんな無法者に育てられた人間を、本当に信用できるのか?」


「はい。わたしは、レビを信用します」


 テリア=マスは、何やら必死な面持ちでレビを見つめていた。

 レビは頭をかきながら、「そうか」と息をつく。


「だったら、親父さんに話をしてもらえるかな? 俺もできれば、賭場通いから足を洗いたいんだよ。このままだと、いつか親父と同じ真似をしちまいそうだからさ」


「は、はい! ありがとうございます!」


「礼を言うのは、こっちだろ。……ありがとうな、テリア=マス」


 レビが照れくさそうに微笑むと、テリア=マスは赤くなってうつむいてしまった。

 その光景を眺めていたユーミが、「ふーん」と口の端を上げる。


「レビ、前にも言ったけど、テリア=マスにちょっかい出したら、ただじゃおかないからね? ……ま、最後まで責任をもてるなら、あたしも口出しはしないけどさ」


「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺なんか、相手にされるわけねえだろ」


 レビはがりがりと頭をかき、テリア=マスはいっそう赤くなってしまう。

 それからレビは、気を取り直した様子で俺たちに向きなおってきた。


「つまんねえ話を、長々と悪かったな。気にせず、アスタたちは騒いでくれよ」


「いえ。その若さで家を支えているというのは、立派なことだと思います」


 果実酒を飲んでも顔色ひとつ変えないフェイ=ベイムが、生真面目な面持ちでそう述べていた。


「また、わたしたちベイムの家も、貧しさにあえいでいた時代がありました。宿場町でも、思うように銅貨を手にすることができるわけではないのですね」


「そりゃあそうさ。まあ、俺なんかはこうして遊ぶぐらいの余裕があるんだから、まだマシなほうだろうよ」


 だけどきっとレビはそのために、毎日身体を張っているのだろう。彼がどれほどの苦労をして銅貨を稼ぎ、それで屋台の料理を買ってくれていたのか。それを考えると、俺は何だか胸が熱くなってきてしまった。


「ユーミ、ちょっといいですか?」


 と、そこにジョウ=ランが近づいてきた。

 振り返ったユーミは、「やあ」と屈託のない笑みを浮かべる。


「そっちの卓も盛り上がってたみたいだね。今日の料理はどうだった?」


「はい。どれも美味でした。町の人間でもこれほどギバの料理を巧みに作れるのかと、女衆はみんな感心していましたよ」


 そのように述べてから、ジョウ=ランは腰に差していた横笛を引き抜いた。


「実はですね。周りのみんなから、横笛を吹けとせがまれてしまったのです。この場で横笛を吹くことは、迷惑になったりしないのでしょうか?」


「ああ、まだ周りの家も寝静まる時間じゃないから、全然かまわないよ。ただし、下手くそだったら、他のお客に文句をつけられるかもね」


 そのように言いながら、ユーミはにっと白い歯をこぼした。


「でもまあ、ジョウ=ランなら大丈夫かな。あんたがどれぐらい腕を上げたのか、あたしも気になってたんだよね」


「それなら、ぜひ吹かせてください。文句をつけられたら、俺が謝ります」


 ジョウ=ランも、嬉しそうに微笑んでいる。無邪気な、子供みたいな笑い方だった。


「レビ、俺はどの曲を吹くべきでしょう? やはり、『ヴァイラスの宴』でしょうか?」


「ああ、いいんじゃないかな。俺もじっくり聞かせてもらうよ」


 ジョウ=ランはうなずき、その場で横笛を口にあてがった。

 喧騒に包まれていた食堂に、澄みわたった笛の音色が響きわたる。いきさつを知らない人々は、びっくりまなこでジョウ=ランを振り返っていた。


 つい先日の祝宴でも耳にした、『ヴァイラスの宴』である。それは賑やかで、勇壮で、火神の宴というタイトルに相応しい陽気な曲だった。

 ただ、横笛というのは、もともと胸にしみわたるような哀切な音色を有している。その哀切さが賑やかな曲調と相まって、深みを与えているように感じられた。


 けっこう指使いの激しい曲であるのに、ジョウ=ランの指先はとてもなめらかに動いている。それにやっぱり、肺活量が尋常ではないのだろう。こんなに小さな楽器であるのに、びりびりと肌が震えるような感覚があった。


 しかし、その感覚さえもが心地好い。燭台の掲げられた薄明るい食堂の中で、俺はごうごうと燃える儀式の火を思い浮かべることになった。

 みんなで儀式の火を取り囲み、宴を楽しんでいるような心地になってくる。それはこの勇壮な曲のもたらす効果なのか、いつも祝宴で耳にしているゆえの連想であったのか――俺には、その両方であるように感じられた。


 人々の多くは、まぶたを閉ざしてその旋律に身をゆだねている。その身体は、リズムに合わせて小さく揺れていた。アイ=ファでさえもが目を伏せて、じっと聞き入っているかのようだった。


 ひときわ激しく跳ね回る旋律を吹ききってから、ジョウ=ランが横笛を下ろす。

 とたんに、人々は歓声をあげた。


「やるなあ、森辺の兄ちゃん!」


「おい、そいつに果実酒を一杯出してやってくれ!」


 とりわけ大騒ぎしているのは、ユーミの友人ならぬ宿の客たちだった。東の民は口をつぐんだまま、ただひかえめに手を打ち鳴らしている。


「いやー、ばっちりだね! たった2日しか練習してないとは思えないほどだったよ! ……あ、森辺でもけっこう練習してたのかな?」


「はい。時間のあるときには、みんなに聞いてもらっていました」


 ジョウ=ランとユーミは、心から楽しそうに笑みを交わしていた。

 そこにシルが、土瓶と酒杯を手に近づいてくる。


「はい、あっちのお客さんからだよ。アロウの汁で割ったやつでよかったかね?」


「ああ、ありがとうございます、シル」


 2度目の来訪であるジョウ=ランは、すでにシルの名を覚えていた。酒杯に果実酒を注ぎながら、シルも笑っている。


「よかったら、別の曲も吹いておくれよ。みんなも、それを待ってるはずだからさ」


「わかりました。俺が習ったのは『月の女神の調べ』と『旅立ちの朝』なのですが、どちらがいいでしょう?」


「ああ、どっちもいい曲だね。順番に両方を聞かせておくれよ」


 そのように述べてから、シルはユーミを振り返った。


「それで、あんたが歌えばいっそう楽しいね。どっちの曲も、あんたは得意だろう?」


「なに言ってんのさ。あたしの仕事はもうおしまいでしょ?」


「このジョウ=ランだって、仕事で吹いてるわけじゃないだろうさ。せっかくの歌声を聞かせてやりなよ」


 するとジョウ=ランが、きょとんとした面持ちでユーミを見下ろした。


「森辺では、歌といえば子守唄ぐらいしか存在しません。ユーミが町の歌というものを得意にしているのなら、ぜひ聞かせてほしいです」


「別に得意ってわけじゃないよ。たまに酔っ払った客にせがまれて歌わされてるだけさ」


「何を言ってるんだい。あんたの歌が目当てで宿に通ってる人間も少なくはないんだよ?」


 ユーミが歌を得意にしているというのは、初耳であった。復活祭でも森辺の祝宴でも、ユーミはひたすら楽しげに踊っていたばかりなのである。


「めんどくさいなー。歌につられて、笛をしくじらないでよ?」


「はい、ありがとうございます」


 にこにこと笑うジョウ=ランのかたわらに、ユーミがしぶしぶ立ち並んだ。


「では、『月の女神の調べ』からでいいですか?」


「はいはい、お好きにどうぞ」


 歓声の中、ジョウ=ランが新たな曲を吹き始めた。

 この曲も、俺は何回か耳にしたことがある。ゆったりとした、三拍子の曲だ。

 陽気は陽気だが、『ヴァイラスの宴』よりはしっとりとした曲調である。ワルツにアラビア風の雰囲気を織り交ぜたような旋律であった。


 やがてその旋律に、ユーミの歌声が重なった。

 ちょっとハスキーめであるユーミの声が、普段にはない透明感をおびている。とても綺麗なのに、すっと素通りはしていかない、耳に残る歌声であった。


 月の女神――昼間に教えてもらった、エイラという神の歌なのであろう。それは、婚儀を前にした女性が月神エイラに永遠の愛を誓う歌であるようだった。

 どうやらエイラは、愛と純潔の女神でもあるらしい。愛しい相手と婚儀をあげることへの幸福と不安が、切々と語られている。食堂に居合わせた人々は、しんみりとその歌にひたっているように見えた。


(ユーミもジョウ=ランも大したものだなあ。呼吸もぴったりじゃないか)


 俺には音楽の素養などないが、歌と笛だけで旋律を重ねるというのは、なかなか高度な技術が必要であるように思えてならなかった。打楽器でリズムを刻んでもらえれば、もう少しは苦労もなく合わせられるのではないか、と思えるのだ。

 しかしそんな俺の思惑もよそに、ふたりは見事にその曲を完成させていた。横笛というのはけっこうな音量であるのに、ユーミの歌声はそれにも負けておらず、おたがいがおたがいをさらなる高みに引き上げているかのようだった。


 そうして歌の中の娘が朝を迎えて、太陽神アリルの光に包まれたところで、物語は終結した。

 さきほど以上の歓声と拍手が、うねりをあげて巻き起こる。今度は女性陣のほうが、大いに心を揺さぶられたようだった。


 ユーミは腰に手をやって、「ふう」と息をつく。

 その指先を、ジョウ=ランが横合いからわしづかみにした。


「ユーミ、素晴らしかったです! 今のが、町の歌というものであったのですね!」


「な、何さ? そんな大したもんじゃないっての」


「いえ! 笛を吹きながら、まるでユーミの語る物語が目に浮かぶようでした! 歌の中の娘は、無事に婚儀をあげることができるのでしょうか?」


「知らないよ。そんなの、この歌を作った人間に聞くしかないんじゃない?」


 ユーミは笑いながら手を振りほどき、その手の甲でジョウ=ランの胸もとを小突いた。


「でも、あんたも大した腕前だったね。すごく歌いやすかったよ」


「ありがとうございます。ユーミにそんな風に言ってもらえたら、俺は光栄です」


 人々は、まだ歓声をあげながら、手を打ち鳴らしている。

 そこに、ふたつの人影が近づいてきた。

 フォウとランの女衆である。


「ユーミ、素晴らしい歌でした……あなたには、そのように素晴らしい才覚が備わっていたのですね」


「やだなー、大げさだってば! 本物の吟遊詩人の歌なんて、こんなもんじゃないんだからね」


「いえ、本当に素晴らしかったです」


 ふたりの女衆は、どちらも瞳を潤ませてしまっていた。

 その潤んだ瞳で、ユーミとジョウ=ランの姿を見比べている。


「ユーミ、この集まりも、終わりが近づいているのでしょう。その前に、ひとつだけ聞かせていただけますか……?」


「んー、なあに? 今さら遠慮なんてしないでよ」


「それでは、聞かせていただきますが……ユーミは、ジョウ=ランの伴侶となることを願っているのでしょうか?」


 そのいきなりの問いかけに、俺は思わずひっくり返りそうになってしまった。

 アイ=ファは鋭く目を細め、フェイ=ベイムはいぶかしげに眉をひそめている。

 しかしそれ以外の人々は、ユーミとジョウ=ランをふくめて、みんなきょとんと目を丸くしていた。


「あたしが、ジョウ=ランと? いやいやいや、いったいどこから、そんな話がふってわいたのさ?」


「だって……おふたりは、とても打ち解けた様子でありましたし……わたしたちから見ても、とても似合いであるように思えます」


 そう言って、フォウの女衆は切なげにジョウ=ランを見つめた。


「それに、ずっと打ち沈んでいたジョウ=ランが、ユーミと言葉を交わしてからは、これほど元気を取り戻すことができました」


「はい。ジョウ=ランのほうでも、ユーミが伴侶となることを望んでいるのではないですか?」


 幸いなことに、その会話は一番近くの卓に座した俺たちにしか聞こえていないようだった。シルはカウンターの向こうに引っ込んでいるし、他のお客たちはしばらく演奏もされないようだと見て、自分たちの会話を再開させている。

 そんなざわめきの中、ユーミとジョウ=ランは目をぱちくりとさせていた。


「まいったなー。あたしら、そんな風に見えてたの? 確かにジョウ=ランは喋りやすいから、男衆の中では一番打ち解けてたと思うけどさ」


「では、ユーミはジョウ=ランに想いを寄せていたわけではないのですか?」


 ユーミは至極あっさりと、「うん」とうなずいていた。

 フォウとランの女衆は、信じ難いものでも見るかのようにユーミを見返している。


「それは本当なのですか? わたしたちに気をつかう必要はないのですよ?」


「ジョウ=ランのことは、立派な男衆だと思うでしょう?」


「う、うん。立派だし、男前だとも思ってたよ。素直で、礼儀もわきまえてるしね」


「それなのに、心を引かれたりはしなかったのですか?」


 フォウの女衆が詰め寄ると、ユーミはまた「うん」とうなずいた。


「どうしてでしょう? 森辺に嫁入りを願っていたユーミならば、ジョウ=ランはまたとなく相応しい相手であるように思えるのですが」


「あ、シーッ! 親に聞かれたらややこしいことになるから、そういう話は大きな声で言わないでよ」


「でも、納得がいかないのです! ジョウ=ランに、何か足りないものでもあるのでしょうか?」


 ユーミは頭をかきながら、深々と溜息をついた。


「本人を目の前にして話すような内容じゃないと思うんだけどなあ。ジョウ=ランだって、気分悪いでしょ?」


「い、いえ、俺のことは気にしないでください。俺も決して、そのような気持ちでユーミと絆を深めていたわけではないので……」


「あっそう。だったら、言っちゃうけど……ジョウ=ランって、年下なんだよね」


「はい?」と、ふたりの女衆はそれぞれ首を傾げていた。

 ユーミはちょっと気恥かしそうに口もとをほころばせている。


「ジョウ=ランは16歳でしょ? あたしは17歳だから、ひとつ年上なんだよ。だから、ジョウ=ランのことはそういう目で見てなかったんだよね」


「だ、だけど、たった1歳しか変わらないのでしょう? 町では年少の男衆と婚儀をあげてはならないという習わしでも存在するのでしょうか?」


「いやー、そういうわけじゃないんだけどさ。あたし、自分がこういう浮ついた人間だから、しっかりしたお人と添い遂げたいんだよ。ジョウ=ランは立派な人間だと思うけど、なんていうか……そう、弟みたいな感じなんだよね」


「ジョウ=ランが、弟のようですか……」


 ふたりの女衆は、とても困惑した様子で視線をさまよわせていた。


「べつに、悪い意味で言ってるんじゃないんだよ? あたしだって、ジョウ=ランのことは大好きだからさ。うん、ジョウ=ランがあたしよりも年上だったら、それこそ一発で心を奪われてたかもね」


「そうなのですか……わたしもジョウ=ランより1歳年長なのですが、そのように考えたことはありませんでした」


「そっかそっか。ま、あたしはジョウ=ランが弱ってた頃に出会っちゃったからさ。お強い狩人にこんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、こいつ可愛いやつだなーとか考えてたんだよね」


 そう言って、ユーミは再びジョウ=ランの胸もとを小突いた。


「ま、おたがい何とも思ってなかったんだから、あんたたちも気にしないでよ。これからもあたしらは友達として仲良くしてくつもりだからさ。ね、ジョウ=ラン?」


「はい。俺もそのように考えていました。俺はまだ、ア……かつて想いを寄せていた女衆を忘れられずにいたので、親身になって話を聞いてくれたユーミのことを、かけがえのない恩人だと考えていたのです」


 そのように述べてから、ジョウ=ランは自分の胸もとに手を置いた。


「でも……何でしょう。ユーミの言葉を聞いていたら、何だか胸のあたりがキリキリとしてきました」


「あー、やっぱり気分が悪くなっちゃった?」


「いえ、そういう意味ではなく……俺が年長であったり、もっと元気な頃に出会っていたら、ユーミとはどのような絆を結ぶことになったのかと……そんな気持ちがわき起こってきてしまったのです」


 その言葉に、ランの女衆が身を乗り出した。


「それならやはり、ジョウ=ランもユーミに心を引かれていたのではないでしょうか?」


「ええ? それはどうでしょう……いや、たとえそうであったとしても、ユーミに迷惑をかけるわけにはいきません」


「ジョウ=ランに想いを寄せられたら、ユーミは迷惑なのですか?」


 フォウの女衆の言葉に、ユーミは「ええ?」と身をのけぞらせる。


「め、迷惑っていうか何というか……そんなの、考えもしてなかったからなあ」


「わたしから見ても、ふたりはとても似合いだと思います!」


「はい! わたしもユーミが相手であれば、すみやかに身をひくつもりです!」


「ええ? もしかしたら、あんたたち、ジョウ=ランに心を寄せてたの?」


 ふたりは同時に「はい!」とうなずいていた。


「はい、じゃないよ! だったら、あたしをけしかけてどうすんのさ!」


「いえ。わたしたちは、どちらもすでに婚儀を断られた身であるのです」


「だからこそ、ジョウ=ランには幸福になってほしいのです」


「それにジョウ=ランは、森辺の民らしからぬ気性をしています」


「伴侶となるのが宿場町の民であるユーミであれば、ジョウ=ランはジョウ=ランらしさを失わないまま、幸福になれるのではないでしょうか?」


 俺から見ても、ふたりの女衆の勢いは猛烈であった。あのユーミがたじたじとなって身を引いてしまっている。


「ちょ、ちょっと待ってってば。あたしはさ、2回や3回顔をあわせたぐらいで、色恋の気持ちを持ったりはしないんだよね」


「ならば、これからも絆を深めていけばいいのではないでしょうか?」


「そうです。森辺の家人となるのを願うのは、それからでも遅くはありません。アスタやリリンの家のシュミラルのように、家長さえ認めれば森辺の家人となることは許されるはずです」


 ユーミは上目遣いで、ジョウ=ランを見やった。

 ユーミもジョウ=ランも、どちらも困惑し果てた様子で眉尻を下げている。


「ど、どうするのさ、ジョウ=ラン?」


「お、俺にもわかりません。ただ、俺もまだ気持ちの整理がつかないので……それを見定める時間をもらえたら、とても嬉しく思います」


 そう言って、ジョウ=ランは眉を下げたまま微笑んだ。


「実は俺もユーミのことを、頼りがいのある姉のような存在だと思っていました。血族でもない相手にそのような思いを抱くのは、もしかして、それだけ心を引かれている証なのかもしれません」


「うん、そっか。あんたにそんな風に言ってもらえるのは、嬉しいよ」


 ユーミは、わずかに頬を赤らめた。

 それを隠すようにそっぽを向いて、子犬でも追い払うように手をひらひらとさせる。


「でもまあ、姉と弟じゃ婚儀をあげるわけにもいかないからね。あたしらは今まで通り仲良くして、それで……自分の気持ちをしっかり見定めようよ」


「はい」と、ジョウ=ランは困惑の表情を消して、無邪気に微笑んだ。

 フォウとランの女衆は、ひとまず満足した様子で息をついている。

 そうしてジョウ=ランたちが自分の席に戻っていくと、ユーミは頬を撫でながら荒っぽく着席した。


「あーあ。なんだかよくわかんない話になっちゃったよ。……レビ、ベンたちに余計なこと言ったら、ぶっ飛ばすからね?」


「はん。あんな男前は、お前には出来すぎだな。逃がさない内に嫁入りしたほうがいいんじゃねえのか?」


「うるさいよ! 言っておくけど、あんただってテリア=マスより2歳も年下なんだからね!」


「俺は関係ねえだろ」とレビは口をとがらせていたが、テリア=マスはユーミよりも赤い顔をしていた。

 ユーミは果実酒をあおってから、俺のほうをちらちらと見てくる。


「……ね、アスタも聞こえてたんでしょ? これって、どう思う?」


「うん。何も焦る必要はないんじゃないのかな。俺にとってはどっちも大切な存在だから、心ゆくまで絆を深めてから結論を出してほしいと思ってるよ」


「そっか。……うん、じゃあ、そうするよ」


 ユーミはいつになくしおらしい感じで、残っていた料理をついばみ始めた。

 アイ=ファとフェイ=ベイムは、至極冷静な眼差しでその姿を見つめている。おのおの思うところはあろうが、余所の氏族の話に口出しはすまいというスタンスであるのだろう。


 俺も、余計な口出しをするつもりはなかった。

 ただ、もしもユーミやジョウ=ランから相談を持ちかけられたら、頭を振り絞って応じようと考えている。それが本格的な恋愛話に発展しようと、あるいは男女の友情で終わろうと、俺はとにかくふたりがともに納得のいく道を進んでほしいと願っていた。


 そこに、わあっと歓声があがる。

 振り返ると、いつの間にか厨に入っていたらしいトゥール=ディンが、シルやユン=スドラとともにお盆を掲げて現れたところであった。

 そのお盆に載せられていたのは、小さく切り分けられたガトーショコラである。


「こいつは森辺のみなさんがたからのふるまいだよ! たまたま居合わせたお客さんがたは幸運だったね!」


 これが客に出されたということは、宴の終わりが目前であるということだろう。

 ユーミとジョウ=ランは最後にもう一度、歌と横笛で俺たちを楽しませてくれるのか。そんな期待感を胸に抱きつつ、俺はガトーショコラの皿を受け取った。

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