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異世界料理道  作者: EDA
第三十四章 三つの縁
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宿場町の交流会⑤~晩餐~

2018.3/16 更新分 1/1 ・2018.3/18 誤表記を修正

 そうして俺たちは、楽しく半日を過ごすことができた。

 晩餐を取るために《西風亭》へと移動したのは、日没の半刻前、下りの五の刻の半である。ヴァイラスの広場に到着したのは二の刻の半ぐらいであろうから、三刻ばかりの時間が瞬く間に過ぎ去ってしまったのだった。


「いやあ、昼下がりから日が暮れるまで、いったい何をして過ごすのかと思ってたけど、終わってみれば、あっという間だったねえ」


 いくぶん薄暗くなってきた街道を歩きながら、俺がそのように述べてみせると、ユーミは「でしょー?」と笑いかけてきた。


「本当だったら、毎日遊びたいぐらいだよ! よかったら、狩人の仕事が始まる前に、もういっぺんぐらい遊びに来てね?」


 それは俺にではなく、すぐそばを歩いていたジョウ=ランに向けられた言葉であった。ジョウ=ランは、にこにこと笑いながら「はい」とうなずいている。


「一度と言わず、二度でも三度でも遊びに来たい気持ちです。あと数日ていどで休息の期間は終わってしまうので、家長と相談してみます」


「うん、楽しみにしてるからね!」


 ふたりは、本当に楽しそうだった。

 だけどべつだん、俺としてはおかしな空気を感じたりはしない。あえて言うならば、森辺の男衆が血族ならぬ異性とこのように和気あいあいとするのは珍しいかな、というぐらいのものだ。


 そうして語り合っている内に、《西風亭》のある通りに差しかかる。その通りに足を踏み入れた瞬間、隣を歩いていたアイ=ファがほとんど身体に触れるぐらいの距離に近づいてきた。


「ど、どうした? 何か悪い気配でもしたのかな?」


「そうではない。しかし、この場所は他よりも用心が必要であると言われていたはずだ」


 アイ=ファの言葉に、ユーミが「あはは」と笑う。


「確かにそう忠告したのは、あたしだけどさ。さすがに森辺の狩人に喧嘩を売るような馬鹿はいないよ。ましてや、まだ日が落ちたわけでもないしね」


「そうか」と応じつつ、アイ=ファの立ち位置は変わらなかった。肌は触れずとも、アイ=ファの体温がひしひしと感じられて、俺は思わずドギマギしてしまう。


 確かにその通りは、ヴァイラス通りなどと比べると、ずいぶん荒んだ雰囲気が漂っていた。全体的に家屋がひどく古びており、そして、人通りが少ないのだ。

 日中はさして気にならないのであるが、日没が近づいて薄暗くなると、たちまち雰囲気が変わってしまう。きっと、ユーミから聞かされている前情報が、その印象に拍車をかけるのだろう。ここは夜だと衛兵ですら単身では近づかないという、悪名高き貧民窟であるのだった。


「まあ、うちの宿より奥に行かなきゃ、何も危ないことはないさ。そうじゃなかったら、あたしだって森辺のみんなを招待したりはしないよ」


 3日前にもこの場を訪れているジョウ=ランたちは、みんな気にせずに道を歩いていた。多少なりとも気を張っているのは、アイ=ファとディンの長兄のみであるようだ。ディンの長兄はトゥール=ディンにぴったりと寄り添いつつ、さりげなく周囲に視線を飛ばしていた。


「さあ、着いた。みんな、遠慮なくくつろいでね」


 ユーミが《西風亭》の扉を開けると、とたんに歓声じみた声があがった。俺たちはちょっと寄り道をしていたので、大多数の宿場町の若衆は先行していたのである。

 30名ばかりもいた若衆は、20名ぐらいに減っていた。しかし、森辺のメンバーをあわせれば、やはり30名強である。それほど規模の大きくない《西風亭》の食堂は、ほとんど7割ぐらいが俺たちの見知った顔で埋め尽くされてしまっていた。


「ああ、ようやく戻ったのかい、ユーミ。ほら、さっさと働いておくれよ」


 ユーミの母親であるシルが、カウンターの向こうから呼びかけてくる。その目が俺をとらえると、嬉しそうに細められた。


「いらっしゃい、アスタ。それに、森辺のみなさんがたも。……アスタや娘さんたちとはけっこう長いこと顔をつきあわせてるけど、まさかうちの宿に客として迎える日が来るとはねえ」


《西風亭》には数日置きにギバ肉を配送しているので、屋台のメンバーは全員顔見知りであった。トゥール=ディンもユン=スドラもフェイ=ベイムも、それぞれお辞儀を返している。


「それじゃあ、あたしは厨を手伝ってくるからさ。みんな、適当な席に座っててよ」


「ユーミよ、この荷はどうするべきであろうか?」


 と、大きな木箱を抱えていたディンの長兄が声をあげる。俺たちは、この荷物を取りにいくために、荷車を預けている《キミュスの尻尾亭》に立ち寄っていたのである。


「あ、そっか。母さん、これは森辺のみんなからの手土産だよ」


「手土産かい? そいつは申し訳ないねえ。あんたがたは、れっきとしたお客さんなんだよ?」


「うむ。これは、色々と骨を折ってくれたユーミへの礼だと思ってもらいたい。今日も俺たちは、ユーミのおかげで楽しい時間を過ごすことができたからな」


 シルはいっそう目を細めて、「ありがとうねえ」と言ってくれた。


「それじゃあ、ありがたくいただくよ。中身は、何なんだい?」


「こちらのトゥールがこしらえた、菓子というものだ。よければ、この場に集まった皆にも、食事の後にふるまってもらいたい」


「ああ、ユーミがさんざん自慢してたやつだね。こいつは嬉しい手土産だ。……おおい、あんた、ちょいとあんたからも御礼を言っておくれよ!」


 厨に通ずる出入り口から、宿のご主人であるサムスがのそりと現れた。

 傭兵くずれの、厳つい風貌をした親父さんである。サムスは首に刻みつけられた古傷をぽりぽりと掻きながら、うろんげな眼差しで俺たちを見回してきた。


「……本当に今日も来やがったのか。他の客の入る隙間がなくなっちまうじゃねえか」


「そんなの、早いもの勝ちでしょ! みんなだってお客なんだから、悪態つかないでよ!」


 そのように述べてから、ユーミはディンの長兄ににっと笑いかけた。


「口は悪いけど、気にしないでね。うちの宿だって、さんざんギバ肉の件でお世話になってるんだからさ!」


「いや、ユーミの父親は、かつて同胞を森辺の民に害されたのだと聞いている。ならば、信頼を得るのに時間がかかるのは当然のことだ」


 ディンの長兄は、穏やかに微笑みながら、木箱をサムスに差し出した。


「今日の集まりも、正しい縁を紡ぐ一助になれば幸いだ。どうかこれを受け取ってほしい」


 サムスは「ふん」と鼻息をふきつつ、木箱を受け取った。


「じゃ、また後でね! すぐに晩餐の準備をするから!」


 今日の注文は、必要な銅貨を前払いした上で、すべてユーミにおまかせしていた。《西風亭》で普段から出しているギバ料理で、森辺の民をもてなしてくれるのだそうだ。


(最近は色々と自分たちでアレンジを考えてるみたいだし、どんな料理が出てくるのか楽しみだな)


 そんなことを考えながら、俺もようやく着席することになった。

 12名の森辺の民は、2、3名ずつに分かれてあちこちの席に散っている。俺とアイ=ファはフェイ=ベイムとともに、レビやテリア=マスのいる卓にお邪魔することにした。


「どうも。なんだかんだで、テリア=マスと口をきくのは、これが初めてのような気がしますね」


「ええ。アスタたちは、ずっと盤上遊戯を楽しんでいましたものね」


 そのように述べるテリア=マスは、ずっとレビやジョウ=ランとともに横笛の輪に加わっていた。横笛の練習をするのは男性陣の役割で、テリア=マスは森辺の女衆とおしゃべりに興じていたはずだ。


「森辺の民ってのは、何でも器用にこなすよな。ジョウ=ランなんて、この前と今日だけで3曲も吹けるようになってたよ」


 テリア=マスのかたわらで、レビも楽しげに笑っている。


「それに、森辺の民ってのは息を吐く力も強いみたいでな。詰め物を外したら、さぞかし立派な音を鳴らすだろうと思うよ」


「ええ。ジョウ=ランなんて、何回も詰め物を飛び出させていましたものね」


 テリア=マスが、くすくすと笑い声をあげる。レビとは親睦の祝宴が初対面であったはずであるが、ずいぶん打ち解けた雰囲気である。


「そういえば、カーゴとアイ=ファの勝負はどうなったんだ? ベンのやつが大儲けだって騒いでたみたいだけど」


「……5回の勝負で、私は3回敗れることになった。力が及ばず、口惜しい限りだ」


 アイ=ファがそのように答えると、レビは「え?」と目を丸くした。


「ちょっと待ってくれ。それじゃあ、2回はアイ=ファが勝ったってことなのか?」


「うむ。2度目と5度目が、私の勝利だった」


「呆れたなあ。そいつは器用にこなすって段じゃないぞ。俺だって、カーゴには3回に1回勝てれば上等なぐらいなんだ。それぐらいの腕があれば、アイ=ファも賭場でひと稼ぎできるんじゃないか?」


 レビは心から感心している様子であったが、アイ=ファはとても不本意そうな面持ちであった。勝負ごとに関しては、非常に貪欲なアイ=ファなのである。


「それじゃあ、アスタは? アスタもずっと盤上遊戯を楽しんでたんだよな?」


「うん。俺は合戦遊びじゃなく、賽の目遊びのほうを何回かやらせてもらったよ。戦績は、半々ってぐらいかな」


「何だ、合戦遊びには手を出さなかったのか? アスタもそういうのは、器用にこなしそうなのにな」


「いやあ、俺はけっこう負けず嫌いなんで、ああいうのはすぐ熱くなっちゃうんだよね。だから、手は出さずにおいたんだ」


「アスタは、負けず嫌いなのですか? それはちょっと、意外かもしれません」


 テリア=マスが、目を丸くしていた。その向かいでは、フェイ=ベイムがけげんそうに目を細めている。


「わたしもアスタにそういう印象はありませんでした。悪い意味ではなく、女衆のように穏やかな気性をしているように思えます」


「それはまあ、なるべく自制するように心がけていますからね。それに、森辺のみんなと正しく縁を深めることができて、精神的にゆとりも出てきたんだと思います」


 思えば森辺を訪れた当初は、ドンダ=ルウやダルム=ルウとも険悪な関係になりかけていた俺なのである。

 負けず嫌いというだけでなく、精神的に逼迫していたためなのだろう。自分ばかりでなく、アイ=ファに対して理不尽な真似をする相手にも、俺は我慢がならなかったのだった。


「そういえば、ベイムの家ってのはフォウともディンとも血族じゃないって話だったよな。それでも今回参加してくれたってのは、よっぽどアスタたちと縁が深いのか?」


 レビの何気ない問いかけに、フェイ=ベイムは背筋をのばすことになった。


「ベイムの家が、ことさらファの家と深い縁を持つわけではありません。立場としては、むしろ逆でしょう」


「逆? そいつは、どういう意味なんだ?」


「ベイムの家は、宿場町で商売をするファの家の行いが正しいか否か、それを見定めるために行動をともにしているのです。フォウの血族のように、友としての絆を結んだわけではないのです」


 フェイ=ベイムの言葉に、レビとテリア=マスはきょとんとしていた。


「何だかずいぶん重苦しい言葉が飛び出してきたな。だけど別に、アスタやアイ=ファと仲が悪いわけじゃないんだよな?」


「もちろん森辺の民は、血の縁がなくとも大事な同胞です。しかしベイムの家は、もともと宿場町での商売に関しては否定的な立場を取っていました。それは、ザザの血族であるディンの家も同様です」


 レビたちが混乱しているようなので、俺が補足することになった。


「森辺の民が宿場町で商売をするっていうのは大ごとだったから、それに反対する氏族も少なくなかったんだよ。だからファの家は1年間の猶予をもらって、それが正しい行いであると証しだてるっていうことになったんだ」


「1年間? それじゃあ、まだその結論は出てないってことなのか?」


「うん。それは3日後の家長会議で決定されることになっているよ」


「そ、それじゃあ、アスタたちが宿場町での商売を取りやめるという可能性もあるのですか?」


 テリア=マスが、顔色を変えて身を乗り出してきた。

 俺は何とかその心情をなだめるべく、「ええ」と笑いかけてみせる。


「でも、ファの家の行いに反対していた氏族の人たちも、こうして行動をともにすることで、きちんとそれを見定めようとしてくれたんです。俺は俺なりに力を尽くしてきたつもりなので、きっと大丈夫だと信じています」


「なんだか、信じられねえなあ。フェイ=ベイムだってトゥール=ディンだって、こんなにアスタたちと仲良くやってるのによ」


 レビに視線を向けられると、フェイ=ベイムはそれを真っ直ぐに見返した。


「ユーミの父親はかつて森辺の民に同胞を害されたという話でしたが、ベイムの家はかつて町の人間に血族を害されました。そんな森辺の民と町の民が友として絆を結ぼうとするのは、やはり簡単な話ではないのだと思います」


「うん、そりゃまあ、俺だってアスタたちと出会うまでは、森辺の民なんてくたばっちまえと思ってたクチだけどさ」


「はい。それがこうして友として一日を過ごすというだけでも、大きな一歩であるのでしょう」


 あくまでも生真面目に、フェイ=ベイムはそう言葉を重ねていく。


「何にせよ、森辺の族長や家長たちは、必ず森辺の民にとってもっとも正しい道を選んでくれるはずです。わたしは、その言葉に従います」


「うん、俺もそいつを信じてるよ。森辺のみんなと遊ぶのだって、これっきりにしたくはないからな」


 レビがそのように答えたとき、「お待たせー!」というユーミの声が響きわたった。

 目をやると、ユーミとシルがふたりがかりで大きなお盆を運んできている。お盆にはいくつもの木皿が載せられており、そこから湯気があがっていた。


「まずは汁物料理だよ! あと、果実酒はどれぐらい必要か、卓ごとに教えてね!」


「ああ、果実酒がなくっちゃ始まらないよな。みんな、飲むだろ?」


 テリア=マスは「はい」とひかえめに応じていたが、森辺の3名はそれぞれ盛り上がりに欠ける言葉を返すことになった。


「ごめん、俺は酒を飲めないんだ」


「私も集落の外では口にしないように心がけている」


「おふたりが口にされないのなら、わたしもご遠慮しておきましょう」


 ベンほどは騒がしくないレビであるが、さすがに「何でだよ!」とわめくことになった。


「こんな場で酒を飲まないなんて、冗談だろ。アスタは、どうして飲めないんだ?」


「えーと、俺の故郷では20歳になるまで酒を飲むのが禁じられてたんだ。だから、ほとんど口にした経験がないんだよね」


「だけど、今のアスタは、西の民だろ? 故郷の取り決めなんて関係ないだろうよ」


「うん。だけど、そういう国で生まれたってことに変わりはないからさ。生粋の西の民よりも酒に弱くて、身体の害になるかもしれないから、20歳までは控えようと、自分で決めたんだよ」


 レビは残念そうに眉をひそめつつ、アイ=ファを振り返る。


「それじゃあ、アイ=ファは? どうして森辺の外では酒を飲まないんだ?」


「それは私が、護衛役としての仕事を負っているためだ。この宿を出て、森辺に戻るまでの間にも、無法者に襲われる危険は残されているからな」


「でも、この前の集まりでは、他の男連中はぞんぶんに飲んでたぜ?」


「それは、酒を口にしても力は落ちないという自信があるためなのであろう。私はそれほど酒に強くはないので、つつしもうと思う」


 断固たる口調で言い切るアイ=ファに溜息をこぼしつつ、レビは最後の1名に視線を差し向けた。


「それじゃあせめて、あんただけでも飲んでくれねえかなあ? 5人の内の2人しか飲まないなんて、さびしすぎるよ」


「そうですか。では、いただきましょう」


 フェイ=ベイムがあっさりと前言をひるがえしたので、何とかその場は丸く収まることになった。

 その間に、お盆を掲げたシルがこちらに近づいてくる。


「お待たせしたね。出来上がったやつからどんどん運ばせていただくよ」


 近づく前から、その汁物料理の正体は知れていた。スープ仕立ての、『ギバ・カレー』である。《西風亭》では、俺から買いつけたカレーの素をこのような形で売りに出しているのだ。


「へえ、ずいぶん水っぽいぎばかれーだな。……まさか、安く仕上げるためにこんな水っぽくしてるわけじゃないよな?」


 レビがこっそりと問うてきたので、俺は「うん」とうなずいてみせた。


「食材費を節約するために思いついた献立ではあるけれど、それで味が落ちちゃったら、他の宿屋に太刀打ちできないからね。普通の『ギバ・カレー』とは違う美味しさがあるはずだよ」


「ってことは、こいつはアスタの教えた料理なのか。それなら、安心だ」


 レビはいそいそと木匙を取り上げて、さっそくスープ仕立ての『ギバ・カレー』をすすり込んだ。


「ああ、こいつは美味いや。味も全然薄くはないな」


 俺も自分の舌で、それを確認することにした。

 確かに、まったく薄味ではない。スープの土台にはカロンの脱脂乳を使っているはずなので、とてもコクがあり、口あたりもまろやかだった。

 カレーの強い風味の向こうには、ミャームーの風味も感じられる。それに、アリアやチャッチやネェノンの他に、赤いタラパの皮も浮かんでいた。これは、《西風亭》のオリジナルの工夫である。


 添え物の焼きポイタンをひたして食べると、また格別だ。それにやっぱり、やわらかく煮込まれたギバのモモ肉が、料理の中核を担っている。祝宴で『カレー・シャスカ』を堪能したレビやテリア=マスも、この料理に不満の声をあげることはなかった。


「ふむ。汁物に仕立てたぎばかれーというのは、すいぶんひさびさに口にするな」


 アイ=ファも、満足そうな面持ちである。

 周囲の卓からも、賞賛の声が飛び交っていた。


「はい、果実酒だよ。それに、おこのみやきと、煮付けの料理だね」


 シルとユーミの手によって、次々と皿が並べられていく。サムスはまったく姿を見せないので、きっと盛り付けを担当しているのだろう。新たな料理が届けられるたびに、みんなは歓声をあげていた。


 お好み焼きは雨季の際に開発したチヂミ風の仕上がりであり、チットの実をまぶしたマヨネーズとウスターソースがかけられている。これもファの家ではあまり作られない料理であるので、アイ=ファは懐かしげに目を細めていた。

 煮付けの料理は、俺の知らないソースがかけられている。これはきっと、ここ最近でユーミたちが開発した新メニューであるのだろう。あまり高額な食材には手を出さないようにと苦心しつつ、ユーミたちも日々研究に取り組んでいるのだった。


「なんだ、ずいぶん騒がしいな。今日は貸し切りか?」


 と、入り口のほうから男の声が聞こえてきた。

 見ると、いかにも無法者めいたいでたちをした壮年の男性が、3名ほど立ち並んでいる。その内のひとりが、ぎょっとした面持ちで食堂を見回した。


「おいおい、こいつらは森辺の民じゃねえか。どうして森辺の民が、こんな宿屋で酒盛りしてんだよ」


 それに気づいたユーミが、「いらっしゃーい」と陽気な声をあげる。


「別に貸し切りじゃないから、空いてる席に座っておくれよ。それとも、森辺の狩人にびびっちまったかい?」


「ふざけんな。森辺の狩人なんて、この1年で見慣れちまったよ」


 その声に聞き覚えがあったので、俺は席から立ち上がってみせた。


「こんばんは。暗くてお顔がよく見えませんでした。俺たちも今日は客なので、どうぞお気になさらないでください」


「ん? ああ、屋台の兄ちゃんか。お前さんまで来てたのかよ」


「はい。商売の後から、今までずっと宿場町に居残っていました」


 何のことはない、その3名も屋台の常連客であったのだ。人相は悪いが、気のいいお客たちなのである。


「珍しいこともあるもんだな。まあ、客として居座ってるんなら、俺たちが文句をつける筋合いはねえや」


「ああ。こんなに若い娘どもが押しかけるなんて、普段にはねえことだしな。華やいでてけっこうなことじゃねえか」


 その3名も手近な卓に着席し、ユーミが注文を取るために近づいていく。その姿を見届けてから、俺は腰を下ろすことにした。


「どこに行っても、アスタは顔見知りがいるんだな。もう宿場町では、けっこうな顔じゃないか」


 早くも果実酒で目の周りを赤くしながら、レビはそう言っていた。

 まあ、森辺の民の中でただひとり肌の色の異なる俺の姿は、嫌でも目につくものなのだろう。それでおよそ1年間、毎日のように何百人というお客と顔をあわせていれば、顔見知りが増えるのも必然であった。


「まあ。この料理は、美味ですね」


 と、テリア=マスがびっくりしたような声をあげる。

 彼女が口を運んでいたのは、ギバ肉の煮付けであった。白いとろりとしたソースがまぶされており、部位はロースであるようだ。

 どれどれ、と俺も食してみると、確かに美味である。この白いソースはカロンの乳がベースであり、なかなかに深みのある味わいであった。


「塩とピコの葉の他に、タウ油とアリアのみじん切りと白いママリア酒を使っているのかな。これは美味しいですね」


「ってことは、こいつはアスタの知らない料理なのか?」


「うん。カロンの乳の汁物料理は教えたから、それをもとにして編み出したんじゃないのかな」


「《西風亭》では高値の食材をなるべく使わないように心がけているという話だったのに、こんなに美味しい料理を作ることができるのですね。なんだか、自信を失ってしまいます」


 テリア=マスがそのように述べると、レビが「気にすんなよ」と笑いかけた。


「どんなに上等な料理を出したって、この宿に集まるのは無法者か、そいつを恐れないシムの連中ぐらいだからな。テリア=マスの宿と客筋がかぶることはないだろうさ」


「ええ。だけど、わたしはかまどの仕事を苦手にしているので……なんだか、力の差を見せつけられてしまった気持ちです」


「そんなことないだろ。なあ、アスタ?」


 レビに水を向けられて、俺は「うん」とうなずいてみせる。


「テリア=マスだってこの1年ほどで、すごく腕を上げましたからね。今のテリア=マスを見て、かまどの仕事を苦手にしているなんて思う人はいないはずですよ」


「ほら、アスタが言うなら、確かだろ? せっかく美味いものを食ってるんだから、辛気臭い顔するなって」


 レビが顔を寄せながら笑いかけると、テリア=マスはいくぶん顔を赤くしながら、「はい」とうなずいた。

 なんとなく、見ていて心のなごむふたりである。レビはそれほど不良がかった風貌をしていないので、いかにも大人しげであるテリア=マスとはお似合いであるようにも思えてしまった。


(でもたしか、レビのほうが2歳ぐらい年下なんだよな。……だから何だって話だけど)


 そうして食事が進む内に、《西風亭》の食堂はますます賑やかになっていった。窓の外はすっかり暗くなり、一般のお客さんも増えてきて、気づけばほとんど満席の状態だ。その客筋は、やはり刀を下げた強面の人々や、それを恐れぬ東の民ばかりであるようだった。


 が、おっかない顔つきをしたそれらのお客も、森辺の民を珍しがって、しきりに声をかけている様子である。しまいには、果実酒の土瓶を片手に席を移す者まで出てきて、祝宴のような騒ぎになってしまった。


 愛想のいいジョウ=ランやディンの長兄などは、それらの人々とも楽しげに言葉を交わしている。いっぽうチム=スドラは伴侶や宿場町の若衆とともに、東の民と卓を囲んでいた。世界中を放浪する東の民から、旅の話でも聞いているのだろうか。


「いやー、賑やかになってきたね! アスタたちも、楽しんでる?」


 と、そこにひときわ元気な声が響きわたる。

 振り返ると、大きなお盆を手にしたユーミが、笑顔でこちらに近づいてくるところであった。

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