宿場町の交流会③~裏通り~
2018.3/14 更新分 1/1 ・2018.3/18 誤表記を修正 ・2018.4/16 文章を修正
そうして日は過ぎ、青の月の7日である。
今回は前回よりも少し遅い時間、下りの一の刻の半が集合時間と定められていた。
その時間にまた屋台で軽食を買い求め、青空食堂で食事をしながら、俺たちの仕事が終わるのを待とう、という算段であったのだ。約束の刻限には、森辺のメンバーも宿場町のメンバーも全員が顔をそろえていた。
「やあ。今日も騒がしくしちゃってごめんね、アスタ」
そのように述べながら、ユーミは楽しげに笑っている。その背後に立ち並ぶ宿場町の若衆は、10名ぐらいに増えていた。
前回の5名は全員顔をそろえており、さらにはテリア=マスもひっそりと控えている。すでに顔なじみであるベンやレビにはさまれたテリア=マスは、笑顔で俺たちにお辞儀をしてくれていた。
「どうせ後で合流するんだから、大人しく待ってろって言ったんだけどね。けっきょくこんな人数になっちゃった」
「あはは。まったくかまわないよ。それじゃあ、これが集まりに参加する総勢なのかな?」
「まっさかー! 待ち合わせ場所には、この倍ぐらいの人数が待ち受けてるよ!」
ならば、総勢は30名ぐらいにも及ぶことになる。ユーミの顔の広さにも脱帽であるが、それだけ大勢の人たちが森辺の民と交流したいと望んでくれるのは、とてもありがたい話であった。
それと相対する森辺のメンバーは、前回の6名にアイ=ファとディンの長兄を含めた8名であった。これで屋台の商売を終えた後は、俺とユン=スドラとトゥール=ディンとフェイ=ベイムを加えて、12名になる計算である。
ガズとラッツの血族は参加を見合わせていたが、フェイ=ベイムはファの家の行いを見届けるという名目で、ベイムの家長から参加させてほしいという申し出を受けていた。トゥール=ディンの場合は順序が逆で、まずはユーミから個人的なお誘いがあり、それがグラフ=ザザに認められたため、ならば男衆も1名参加させるべしと申し渡されたのだった。
ともあれ、挨拶を済ませた人々は、また大量のギバ料理を買いつけて、青空食堂に向かっていく。終業時間の差し迫ったこの時間帯にこれだけの団体客を迎えるというのは、なかなか常にはないことだった。
しかも今回は、その中にアイ=ファまで含まれているのだ。俺が作った料理をアイ=ファが銅貨を出して買うという、これもまたけっこうな椿事である。
「みんな、楽しそうだねー! ルウ家も休息の期間になったら、ドンダ父さんにお願いしてみよーっと!」
ルウ家の屋台で働いていたリミ=ルウは、そのように述べていた。
当然そのときには、ターラがゲストとして迎えられることになるのだろう。
「今日はいったい、どこに連れていかれるのでしょうね。ユン=スドラも詳しくは聞かされていないのですか?」
トゥール=ディンが小声で尋ねると、ユン=スドラは「ええ」と申し訳なさそうにうなずいていた。
「家長は朝方にチムの家まで出向いて、ずいぶんこまかなところまで話を聞いたそうですが、それがわたしたちに語られることはありませんでした。とりあえず、危険なことは一切なかったそうですよ」
「そうですか。それなら、いいのですが……」
トゥール=ディンは、何だかずいぶんと不安そうな面持ちであった。
ユーミに対しては信頼を寄せているはずなので、宿場町の治安そのものに懸念を抱いているのだろうか。
「あ、もしかして、トゥール=ディンはダバッグのことを思い出しちゃったのかな?」
俺がそのように尋ねると、トゥール=ディンはほっそりとした身体をもじもじとさせた。
「は、はい。あれだけの狩人がいれば、何も心配はいらないとわかっているのですが……意気地がなくて、申し訳ありません……」
「そんなことないよ。あれは、なかなかの体験だったからね」
俺たちは隣町のダバッグにまで旅行に行った際、宿泊した宿屋で無法者どもに襲撃されることになったのだ。アイ=ファやダン=ルティムたちの活躍で事なきを得たものの、幼いトゥール=ディンにとってはトラウマものの体験であったに違いない。
「だけどまあ、このジェノスではそうそう森辺の民にちょっかいを出そうって人間はいないはずさ。シン=ルウが闘技会で優勝したことによって、森辺の狩人の腕っ節についてはいっそう評判になったはずだしね」
「は、はい。そのように信じています。……森辺の民も、以前のように忌み嫌われているわけではありませんしね」
そう言って、トゥール=ディンは自分を励ますように微笑んだ。
そうしてほどなく、屋台の料理は完売の運びとなる。時ならぬ団体客が大量の料理を購入したために、普段よりも少し早い時間に仕事を終えることができた。
「それでは申し訳ありませんが、屋台の返却をお願いします。ルウ家のみなさんも、また明後日に」
帰宅組の人々に別れを告げて、青空食堂へと足を向ける。食事を終えたユーミたちは、まだそこで楽しげに会話を繰り広げていた。
「お待たせしたね。こっちの仕事も無事に終了したよ。最初は、どこに連れていってくれるのかな?」
「あ、お疲れさま! よーし、それじゃあ出発だね!」
総勢20名以上にふくれあがった一団が、ぞろぞろと列をなして街道を練り歩く。その先頭を進むのはユーミであり、かたわらにはジョウ=ランの姿があった。
他の人々も、適度に分散して交流をはかっている様子である。無事にアイ=ファと合流した俺は、とりあえず馴染みの深いベンに声をかけることにした。
「今さらですけど、ここにいる人たちはみんな宿場町の民なんですよね? やっぱり宿屋とか、商いをしている家の生まれが多いのでしょうか?」
「そりゃあ宿場町には畑なんてねえんだから、何かしらの商いをしないと生きていけねえだろ。商人じゃないとしたら、人足か衛兵だな」
「ああ、なるほど。衛兵の方々も、みんなジェノスで暮らしてるんですもんね」
「いや、余所の町から流れてきた傭兵くずれなんかが衛兵になることも多いらしいぜ。そういう連中は、ずっと兵舎で暮らしてるんだろうな。……ただ、どんな家に生まれついたって、仕事にあぶれるようだったら、衛兵に志願するか、人足で日銭を稼ぐか、さもなきゃ人様の稼ぎをかすめ取る無法者に身を落とすしか道はねえってことだ」
そう言って、ベンは悪ぶった笑みを浮かべた。
「まあ、この場に集まった連中に関しては、心配いらねえさ。この中で一番の悪たれは、俺とかユーミだろうしな」
「なーに? また何か余計なこと言ってるんじゃないだろうね?」
と、前方を歩いていたユーミが、じろりとにらみつけてくる。
ベンはへらへらと笑いながら、「何でもねえよ」と言い返した。
森辺の民が12名も含まれた集団であるので、道行く人々も不思議そうな眼差しを向けてきている。それが森辺の民のみで構成された集団であれば、今さら不思議がられることもないのであろうが、宿場町の若衆と連れ立っているのが、不思議なのだろう。俺としても、非常に新鮮な気持ちで、歩きなれた石の街道を歩くことができた。
「あ、こっちだよ。道が少し細くなるけど、はぐれないようにね!」
と、ユーミが主街道から横道へと入っていく。
俺が見知らぬ道である。というか、俺が足を踏み入れたことがあるのは、《西風亭》に続く道と、《玄翁亭》に続く道と、後は肉の市が開かれる広場に続く道ぐらいであるのだ。
様相としては、《玄翁亭》のある住宅区域に近いかもしれない。古びた木造りの家がずらりと密集しており、足もとは土の地面が剥き出しで、道の幅は5メートルていどだ。
ただ、それらの家屋の前には卓が出されて、こまごまとした日常品や雑貨などが販売されている様子であった。卓の後ろには椅子が置かれて、大体は年老いた人々が店番をつとめているようだ。
「へえ。裏通りでも商売をしている人は多いんですね」
「ああ。表通りに店を出すとなると、屋台の貸し出し料やら場所代やらがかかっちまうからな。ちょっとした小遣い稼ぎていどの店ばかりだけど、そんなに質が落ちることはないと思うぜ」
「なるほど。もう1年以上も商売をしているのに、こういう通りのことはまったく知りませんでした」
「ふふん。たいていの用事は、表通りで済んじまうからな。でも、あそこは商人と旅人の縄張りだから、俺らが悪さをするとしたら、だいたいこっちの裏通りなんだ」
アイ=ファが「悪さ?」と反問したので、ベンは苦笑を浮かべた。
「そいつは言葉のあやってもんだ。べつだん森辺の民が怒りだすような真似はしねえよ」
「うむ。私もそのように聞いている」
「森辺の民は、真面目だよな。祝宴では、あんな大騒ぎするのによ」
ベンがそのように言ったとき、先頭のユーミが大きく手を振ってきた。
「アスタにアイ=ファ、こっちに来てくれる? あと、この前の集まりにいなかったみんなもね」
俺とアイ=ファは目を見交わしてから、ユーミのもとに馳せ参じた。別の場所からも、トゥール=ディンやユン=スドラたちが集まってくる。
先頭に立ったユーミのななめ前方に、ちょっと趣の異なる建物がそびえ立っていた。他の建物はみんな木造りであったのに、その建物だけは灰色の石造りであったのだ。
大きさも、なかなかのものである。敷地の面積は、他の建物の倍以上はありそうなほどだった。
「これは立派な建物だね。衛兵の宿舎か何かかな?」
「いーや、ここはセルヴァの聖堂だよ。ジョウ=ランたちが珍しがってたから、アスタたちにもきちんと見せておこうと思ってさ」
その言葉に、ユン=スドラが「聖堂ですか」と目を丸くした。
「わたしたちは、城下町の大聖堂という場所で、神を移す儀式に臨んだのです。これも、それと同じような場所であるわけですか」
「うん。あたしらは城下町に足を踏み入れることなんて許されないからさ。宿場町やダレイムやトゥランで生まれた赤ん坊は、みんなここでセルヴァの祝福を授かるんだよ」
俺も新たな好奇心をかきたてられて、その建物を見上げることになった。
言われてみれば、城下町で見た大聖堂と様式は似ているかもしれない。が、大きさなどは比較にもならないし、それほど荘厳な雰囲気も漂ってはいない。灰色の煉瓦などはところどころが新しいものに交換されており、そういう補修の跡が、いっそう古びた印象を強めていた。
「森辺の民はもう全員が神を移す儀式を済ませたんだから、新しい子が生まれても、わざわざ城下町まで出向く必要はないでしょ? だから、今後はこの場所で祝福を受けることになるんじゃない?」
「うん。きっとそうなんだろうね」
それはきっともうしばらくしたら、ガズラン=ルティムとアマ・ミン=ルティムの間に生まれる赤子によって証明されるはずだ。
俺がそんな風に考えていると、ユーミがにっと笑いかけてきた。
「それじゃあ、ちょっとこっちに来てよ。中を覗かせてあげるからさ」
「え? そんなことをして、叱られたりしないのかい? ここは神聖な場所なんだろう?」
「覗かれて困るときは、窓に帳をかけてるもんだよ。この時間なら、大丈夫さ」
しかし、どうしてわざわざ覗き見をしなくてはならないのかがわからない。
そんな俺たちの当惑も余所に、ユーミは聖堂の横手にずかずかと踏み込んでいく。
「ほら、こっちだよ。なるべくうるさくしないようにね」
俺はアイ=ファやユン=スドラと顔を見合わせることになった。
すると、ジョウ=ランが無邪気な表情で笑いかけてくる。
「一見の価値はあると思いますよ。俺が話したら、バードゥ=フォウもずいぶん興味を引かれていたようですから」
「バードゥ=フォウが? それはいったい、どういうことなのかな?」
「それを俺が話したら、きっとユーミに叱られてしまいます」
アイ=ファやユン=スドラは不満げなお顔をしていたが、俺はジョウ=ランの言葉に従うことにした。
ユーミはユーミなりに、俺たちを楽しませてくれようとしているのだろう。これもきっと、サプライズの演出の一環であるのだ。それならば、つつしんでお受けするべきなのだろうと思えた。
そうして歩を進めていくと、ユーミはにこにこと笑いながら、建物の壁を指し示してくる。そこには、頭が入らないていどの大きさをした通気用の窓が、五つばかりも等間隔に並んでいた。
そこから屋内を覗き込んでみると――意想外の光景が広がっていた。
けっこうな面積を有する石造りの広間が、幼い子供たちによってびっしりと埋め尽くされていたのだ。
「な、何だい、これは? あの子供たちは、何をしてるのかな?」
「あれはみんな、ジェノスに住む子供たちだよ。修道士さんに、読み書きとかを教わってるのさ」
確かに幼子たちはいくつかのグループに分けられており、そこにひとりずつの修道士とやらが割り振られている様子であった。
大聖堂で見た神官ほど、格式張った服装はしていない。白い長衣に赤い肩掛けを羽織った、老人や老女たちだ。言葉の内容までは聞こえてこないが、その手に持った帳面を幼子たちのほうに向けながら、何やら語っている様子である。
「よっぽど裕福な家だったら、学舎ってところに預けられるんだけどね。そんなのは、まあひと握りの大商人だけさ。石塀の外で暮らしてる人間のほとんどは、数日置きにここに子供を預けてるはずだよ」
「なるほど……ジェノスの人たちは、ここで文字とかを習ってるのか」
しかし、ターラがこのような場所に通っているという話は聞いたことがない。俺が小声でそう尋ねてみると、ユーミは「ああ」と肩をすくめた。
「ダレイムで暮らしてるのは、みんな農民だからね。金勘定が必要になりそうな人間しか、読み書きを覚えさせる必要がないんじゃないのかな。きっとターラの兄貴たちは、ここに通わされてたと思うよ」
「そっか。すべての子供が集められるわけじゃないんだね」
「うん。やっぱり宿場町の人間が一番多いかな。もうちょっと北寄りに七小神の聖堂もあったりするから、トゥランの子供たちなんかはそっちに通ってるかもね」
そう言って、ユーミは白い歯をこぼした。
「あたしなんかは、ぎゃあぎゃあ騒いで、よく修道士さんに叱られたもんだよ。家の人間にしてみれば、商いの手伝いもできない子供をしばらく預かってもらえるだけで大助かりなんだろうね。人数には限りがあるから、数日にいっぺんしか預けることはできないんだけどさ」
そういえば、その場には10歳未満の小さな幼子しかいないように思えた。ぎゃあぎゃあ騒いでいる幼子はいないようだが、退屈そうに身体をゆすったり、こっそり隣の友人とおしゃべりをしたりしている子供は多いようだ。
(半分は、託児所の役割でもあるのかな。確かに商いをしている人たちにとっては、ありがたい施設なんだろう)
そんな風に考えながら、何気なく視線を巡らせた俺は、広間の奥にひっそりとたたずむ神像の姿を発見して、ハッと息を呑むことになった。
4枚の翼を持ち、巨大な槍を掲げた、真っ赤な神像――西方神セルヴァの像である。
大聖堂で見たものよりはずいぶん小さいが、それでもディック=ドムぐらいの大きさはあるだろう。部屋の奥で本物の炎が燃えているかのような、鮮烈にして勇壮なる姿であった。
「さ、それじゃあ向こうに戻ろうか。子供たちがこっちに気づいたら、修道士さんに迷惑かけちゃいそうだからね」
そんな風にのたまうユーミを先頭に、俺たちは通りのほうに戻ることになった。
笑顔で待ち受けていたジョウ=ランが、「どうでした?」と問うてくる。
「うん。なかなか驚かされたよ。……でも、バードゥ=フォウは何に興味を引かれたんだろう?」
「それはほら、フォウの人間も肉を売る商売のために、読み書きや数の数え方などを学んでいる最中じゃないですか? あれは年を食った人間ほど難渋するようなので、幼い内から学ばせるべきなのだろうか、と言っていましたよ」
「ああ、なるほど……俺の故郷でも、子供は幼い内から色々な勉強をさせられていたよ」
なおかつ森辺の民は、指導者もないままに独学で読み書きと計算を学んでいるさなかなのである。もしも宿場町の人々と同じように、修道士とやらのお世話になることができれば、町の人々と同じぐらいの学力を身につけることもできるはずだった。
(確かにこれは、一考に値する話だな。森辺の幼子たちには、ちょっとした試練になっちゃうかもしれないけれど)
ユーミは俺たちの姿を見回してから、「さて!」と元気に声をあげた。
「それじゃあ、あらためて出発だね。ヴァイラスの広場で、他の連中が待ってるからさ」
「ヴァイラスの広場? ヴァイラスっていうのは、たしか火の神の名前だよね」
「うん。広場とか通りには、だいたい七小神の名前がつけられるもんなんだよ。厄災除けの、おまじないみたいなもんなんでしょ」
歩を再開させながら、ユーミはしなやかな腕で辺りを指し示す。
「ヴァイラスの広場に繋がるこの通りは、ヴァイラス通りって呼ばれてるよ。ちなみに、肉の市が開かれるほうの広場は、マドゥアルの広場ね」
「へえ。そんな名前があるとは知らなかったよ。それに、七小神っていうのも馴染みがないんだよね」
「七小神は、四大神の子供たちだよ。太陽神アリル、月神エイラ、豊穣神マドゥアル、火神ヴァイラス、水神ナーダ、運命神ミザ、冥神ギリ・グゥで、七小神ね。それじゃあ、ジェノスの守護神が太陽神アリルってことも知らなかったのかな?」
「うん、知らなかった。それじゃあジェノスは太陽神を信仰しているから、復活祭もあんなに大々的なのかな?」
ユーミは笑いながら「違う違う」と手を振った。
「太陽神や火神は西方神セルヴァと縁が深いから、それを守護神にしてる町が多いってだけのことだと思うよ。ジャガルだろうとシムだろうと、太陽神の復活祭は大々的に祝われてるだろうしね」
「なるほど。そういえば、セルヴァだって火の神様なんだよね。それなのに、別の火神まで存在するんだね」
「火神ヴァイラスは、セルヴァの炎を人間たちに届けてくれる神様なんだよ。かまどの神様っていう扱いでもあるんだから、アスタにとっては一番大事にしなきゃいけない神様なんじゃないの?」
それは知識が及ばずに、申し訳ない限りであった。
俺にとって火神ヴァイラスとは、歌の題名や奇術の文言でしか耳にする機会のなかった存在なのである。
「町に住む人たちにとっては、そういう七小神も身近な存在であるのかな?」
「んー? そりゃまあね。婚儀をあげるときには月神エイラに供物を捧げたり、身近な人間が亡くなったときは冥神ギリ・グゥに供物を捧げたり……占い屋では運命神ミザを、農民の家では豊穣神マドゥアルを祀ったりとか、なんだかんだ人間の生活に関わることは多いだろうね」
そのように述べてから、ユーミは愉快げに白い歯をこぼした。
「ま、そーゆー話も子供のときに、親とか修道士さんとかから教えてもらうんだよ。森辺の民も町の人間とのつきあいを深めていけば、嫌でも耳に入ってくるんじゃない?」
「うん、きっとそうなんだろうね」
俺がそのように答えたとき、ユーミが「あっ」と道の端に寄っていった。
「ちょうどいいや。ほら、これがヴァイラスだよ」
何かと思って近づいてみると、とある家屋の前に大きな卓が出されており、そこに木造りの彫刻がずらりと並べられていた。
ひとつ辺りの大きさは10センチていどで、いずれもころんとした造形をしている。ユーミが指をさしているのは、鍋の中から幼子がちょこんと顔を出している、なかなかユーモラスな彫刻であった。
ただ、髪はたてがみのように逆だっており、ぎょろりとこちらをにらみつけているような目つきをしている。印象としては、悪戯好きの幼子が大きな鍋の中に隠れているようなデザインだ。
「ふうん。ここは、お土産屋さんか何かなのかな?」
「お土産っていうか、家に祀るお守りの像だね。もちろん、余所の人間が土産として買うこともあるだろうけどさ」
その卓の向こう側では小さな老婆が腰をかけており、俺の背後にたたずむ森辺の同胞をびっくりまなこで見やっていた。
「で、こっちが豊穣神マドゥアルで、こっちが太陽神アリルね。他の神様はいないみたい」
豊穣神マドゥアルは禿頭ででっぷりと肥えた男性の姿をしており、なんだかダン=ルティムを思わせる造形であった。
太陽神アリルは他の神様に比べるとひと回りは大きく、そのぶん精緻な造りをしている。顔が獅子で、下半身は馬、それに刀や槍を掲げた猛々しい姿だ。
「あ……この神像は、城下町で見たことがあるよ」
「そりゃあ太陽神はジェノスの守護神だからね。貴族だったら、さぞかし立派な神像を祀ってるんじゃない?」
俺がその神像を初めて目にしたのは、かつてのトゥラン伯爵邸の、リフレイアの部屋であった。その部屋にはこの太陽神の巨大な石像が四体も配置されていたのである。
「マドゥアルは商いの神でもあるから、農民だけじゃなく商人も家に飾ったりするんだよ。ヴァイラスを飾るのは、かまど仕事の多い宿屋とかかな」
「ふうん。でも、俺がお世話になってる宿屋では見たことがないね」
「あ、そっか。うちでも別に飾ってないや。……ねえ、ばあちゃん、ヴァイラスの置き物はどういうお客が買ってくの?」
「え……? ああ、火神様の置き物は、ジャガルのお客さんなんかが買っていきますねえ……鉄を鍛える仕事にも火は欠かせないから、南でも火神様を大事になさるお人が多いんでしょう……」
そう言って、老婆はおずおずと微笑んだ。
「でも、かまど仕事にも火神様のお力は大事でしょう? よかったら、おひとついかがです……?」
「んー、あたしはいいや。アスタは、欲しくなっちゃったの?」
「うん。今日の集まりの、いい記念になるかもね」
ということで、愛しき家長のほうを振り返ると、「好きにしろ」というお言葉が早々に返ってきた。
そして、トゥール=ディンのすがるような眼差しに気づいたディンの長兄も、にっこりと微笑んでいる。
「トゥールも、欲しいのか? だったら、買えばいい。家長には、俺が後から話しておくよ」
「でも……勝手に銅貨をつかって叱られないでしょうか……?」
「今のディン家にまたとない豊かさをもたらしているのは、トゥールじゃないか。これで文句を言うようだったら、俺のほうが家長を叱ってやるよ」
けっこう気難しそうな家長と異なり、この長兄はとても朗らかな気性であるのだ。トゥール=ディンの言によると、彼は母親似であるらしい。
「それに、家長に叱られるような値段でもないだろう? これは、赤銅貨何枚なのだ?」
「火神様は、赤銅貨3枚ですねえ……」
「ふむ。ポイタン12個分か。それでかまど神とやらの加護を受けられるなら、安いものだろう」
トゥール=ディンはとても嬉しそうな面持ちで「ありがとうございます」と頭を下げた。
俺とトゥール=ディンはずらりと並んだ木像の中から、気に入った品を獲得する。小声で「おそろいだね」と呼びかけると、トゥール=ディンは気恥かしそうに微笑んだ。
「よし、それじゃあ、行こうか。お次は、飾り物の店だね」
「え? 広場に行くんじゃなかったのかい?」
「広場までの道すがらで、寄っていくんだよ。ヴァイラス通りってのは、安くて質のいい店が多いから、この前の集まりでも色々と案内してあげたのさ」
そのように述べながら、ユーミが後方を振り返った。その視線がとらえたのは、フォウとランの女衆である。
「そのときに、気に入った飾り物があったんだよね。家の人たちは、買うのを許してくれたかな?」
「はい。今日はその分の銅貨もいただいてきました」
ふたりの若い女衆は、はにかむように微笑んでいた。
この両名がジョウ=ランに想いを寄せているとの話であったが、ユーミに対しても打ち解けた様子を見せているので、俺は内心で安堵の息をつくことができた。
「時間はたっぷりあるんだから、のんびりいこうよ。ていうか、こうやってみんなで買い物するのも、交流のひとつでしょ?」
「言われてみれば、もっともだね。それじゃあ、案内をよろしくお願いするよ」
「うん! それじゃあ、出発しよう!」
俺たちは、また列をなしてヴァイラス通りを闊歩することになった。
かまど神の木像を腰の物入れにしまいこみつつ、俺はアイ=ファに笑いかけてみせる。
「次は、飾り物だってよ。アイ=ファに似合う飾り物があるといいな?」
「……飾り物ならば、すでに十分そろっているではないか」
「でも、掘り出し物があるかもしれないだろう? もちろん、無理に買う必要はないけどさ」
「……お前はずいぶんと楽しそうにしているな」
アイ=ファは、あくまで厳粛な面持ちである。
みんなのはしゃぐ声を聞きながら、俺はその耳に口を寄せてみせる。
「俺は楽しいし、みんなも楽しんでるみたいだけど、アイ=ファは楽しくないのかな?」
俺が身を引くと、アイ=ファは小首を傾げてから、返事をするために口を寄せてきた。
「よくわからんが、お前が楽しそうな顔をしているので、私も幸福な心地を抱くことはできている」
俺が返答に困っている内にアイ=ファは身を引いて、視線も正面に戻してしまった。
その凛々しい顔には、やっぱりいつもの家長らしい厳粛さがたたえられたままであったが――しかしその青い瞳には、どこか満足そうな光が浮かべられているように見えなくもなかった。




