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異世界料理道  作者: EDA
第三十三章 大神の子
566/1675

青の月の一日①~招待客~

2018.2/22 更新分 1/1 ・2018.4/16 タイトルおよび文章を修正

 そうして日は過ぎ、親睦の祝宴の当日である。

 青の月の1日、俺たちはその日も屋台の商売に取り組んでいた。

 とはいえ、商売に励んでいるのは、ファの家が管理する屋台だけだ。ルウ家の人々は祝宴の準備があったので、その分まで俺たちが商売に精を出しているのだった。


 本来であれば本日が休業日であったのだが、ボズルたちの日程にあわせて、こちらも休業日をずらすことになったのだ。今日を乗り切れば、明日が待望の休業日であるので、収穫祭に勉強会に親睦の祝宴というイベント続きであった今期の営業日も、本日が締めくくりの頑張りどころであった。


 屋台は5台に拡張して、従業員もフルメンバーである。俺、トゥール=ディン、ユン=スドラ、フェイ=ベイム、リリ=ラヴィッツと、ガズ、ラッツ、マトゥア、ミーム、ダゴラの女衆で、合計10名だ。

 この頃には全員が屋台の商売のエキスパートであったため、仕事には何の支障も見られない。それに、あまり感情の読めないお地蔵様のようなリリ=ラヴィッツを除けば、誰もが楽しげであり、満ち足りた表情であった。


「……森辺の祝宴というのは、たしか今日の夜に開かれるのだったな」


 と、そんな風に呼びかけてきたのは、ジャガルの建築屋を率いるバランのおやっさんであった。

 俺が笑顔で「そうです」と応じると、面白くなさそうに鼻を鳴らしている。すると、隣に並んでいたアルダスがその背中をどやしつけた。


「おやっさんは、まだむくれてんのか? これは森辺の民と西の民が親睦を深める祝宴だってんだから、余所者の俺たちはお呼びじゃないだろう。……というか、そんなもんに参加しちまったら、次の日は仕事にならないだろうからな」


「わかっとる」と応じながら、おやっさんはやっぱり仏頂面のままであった。いつも仏頂面であるおやっさんだが、その眉間に寄せられた皺の深さで、不機嫌の度合いは察することができる。


 俺としても、建築屋の面々を祝宴に招きたいのはやまやまであった。

 しかしこれは、西の民との親睦を深める行いであるので、ジャガルやシムの民を招待するのは不適切である、と申し渡されていたのだ。


 ちなみにその議題は、けっこう早い段階で取り沙汰されていた。城下町で過ごしているディアルやアリシュナたちが祝宴に参席したい、と申し出ていたために、ポルアースからドンダ=ルウへと話が回されて、議題にのぼる顛末と相成ったのである。


 その結果として、今回シムやジャガルの民はご遠慮願おうという結論に落ち着いてしまった。

 唯一の例外はボズルであり、彼はもう何年も前からヴァルカスの弟子として城下町で暮らしており、立場上はほとんどジェノスの民であったので、特別に参席が許されることになったのだった。


「おやっさんたちも、毎日早朝から仕事ですもんね。でも、ジェノスには2ヶ月も滞在するのに、休日はないのですか?」


 俺が会話をつないでも、おやっさんは「ああ」と言葉少なく応じるばかりであった。

 それを見かねたアルダスが、笑いながら説明をしてくれる。


「1日休めば、そのぶん宿賃もかさんじまうからな。でも、都合のつく日は半日ぐらいで仕事を切り上げて、適当に休んでるよ。無理して屋根から落っこちでもしたら、それこそ取り返しがつかないからな」


 城下町で買いつけたホボイ油で『ギバの回鍋肉』を作製しながら、俺は「なるほど」とうなずいてみせた。


「だけどやっぱり、お酒を飲んで騒いだら、次の日はゆっくり過ごしたいものですよね。俺はお酒を飲みませんけど、なるべく祝宴の翌日は休業日になるように調整しています」


「なんだ、アスタは酒を飲まないのか? 俺がアスタぐらいの頃は、親父と酒瓶を奪い合ってたぐらいだけどな」


 そう言ってアルダスは豪放に笑ったが、やっぱりおやっさんは無言のままだった。

 アルダスは笑顔を引っ込めて、いくぶん心配そうにおやっさんを振り返る。


「なあ、いいかげんに元気出せって。祝宴に呼ばれた連中が羨ましいのはわかるけどさ。俺たちだって、夜になれば宿屋で美味いギバ料理を食えるんだから、そこまで落ち込むことはないだろう?」


 おやっさんは、「わかっとる」という言葉を繰り返すばかりであった。

 おやっさんがここまでしょんぼりしてしまうと、俺も居たたまれなくなってしまう。ということで、俺はかねてより温めていた腹案をここで披露することになってしまった。


「あの、今日の祝宴は西の民しか招くことはできませんけど、それとは別の祝宴でおやっさんたちを森辺に招待したら、来ていただくことはできるのでしょうか?」


 おやっさんは、底光りのする目で俺をにらみつけてきた。


「……俺たちを、森辺の集落に招こうというのか?」


「はい。これは森辺の族長やジェノスの貴族にも了承をいただいてからお話ししようと思っていたのですが……原則として、森辺の民が町の人間を集落に招き入れることは禁じられていないのです。毎年ジェノスを訪れているおやっさんたちだったら身もとも確かですし、こうして交流もあるのだから、反対されたりはしないと思うのですよね」


「……しかし、祝宴ではあびるほどに酒をかっくらうのが、ジャガルの流儀だ。俺たちはともかく、若い連中などは翌日仕事にならなくなってしまうだろうな」


「では、すべての仕事を終えた日の夜、というのはいかがです? そうすれば、送別会という名目も立ちますし」


 おやっさんの目が、くわっと見開かれた。


「……仕事を終えた俺たちが、ジェノスで過ごす最後の夜に、森辺で祝宴を開こうというのか?」


「はい。だけど、最後の夜ぐらいはお仲間たちと水入らずでお過ごしになりたい、ということであれば――」


「朝から晩まで顔を突き合わせているのに、今さら水入らずもへったくれもあるか!」


 おやっさんがわめき声をあげたので、アルダスが苦笑混じりに「おいおい」と取りなしてくれた。


「それじゃあまるで、アスタに怒ってるみたいじゃないか。もしもアスタが本気で言ってくれてるなら、そりゃあ俺たちは嬉しいよ」


「もちろんです。おやっさんやアルダスたちを森辺に招待することができたら、俺のほうこそ嬉しいですよ。……というか、今回の祝宴でジャガルのみなさんを招待することができなかったのが残念でならなかったので、なんとか別の日におさそいできないかどうか、ずっと考えていたのです」


「だけど、俺たちはよく食うぞ? 祝宴となったら、西の民の倍ぐらいは食うんじゃないのかな」


「大丈夫です。森辺の民も、それは同じことですので」


「それじゃあ、決まりだ」と、アルダスは満面に笑みを浮かべてくれた。


「でも、族長やら貴族やらの了承が必要だってんだな? あんまり期待しすぎずに、青の月の終わりを待たせていただくよ」


 そこで料理が完成したので、アルダスは笑顔のまま青空食堂のほうに向かっていった。

 おやっさんはまるで怒っているかのような表情で、どんと俺の胸もとを小突いてから、その後を追っていく。

 そうして建築屋の一団がのきなみ姿を消すと、隣の屋台で『ケル焼き』を担当していたユン=スドラが朗らかに笑いかけてきた。


「アスタ、わたしもひとつ考えたのですが、その祝宴はフォウ家の広場で開いてはいかがでしょう?」


「え? ルウ家の広場ではなく?」


「はい。今日のような祝宴は族長筋の家で行うのが正しいと思いますが、あの南の民たちともっとも懇意にしているのは、アスタでしょう? だったら、ファの家に近いフォウの家で開くのが正しいように思います」


 そんな風に述べるユン=スドラは、とても楽しげな笑顔であった。


「きっとルウ家の人たちも参加したいと願うでしょうから、それは客人として招くのです。今日みたいにわたしたちがルウ家に招かれるのと、逆の立場になるわけですね」


「なるほど。毎回ルウ家のお世話になるのは心苦しいもんね。それはなかなかいい考えかもしれないよ」


「でしたら、是非わたしたちも招いていただきたく思います!」


 と、俺とユン=スドラの屋台を兼任で手伝っていたマトゥアの女衆が、笑顔で割って入ってくる。

 そちらに向かって、俺は「うん」とうなずいてみせた。


「その祝宴に相応しいのは、こうして宿場町で働いてる人たちだよね。それじゃあ、その方向で族長たちに相談してみようか」


 俺はいまだに、ガズやラッツやラヴィッツの人々と祝宴をともにしたことはない。これは、収穫祭やルウ家の祝宴ともまた趣の異なる祝宴を開く絶好の機会なのかもしれなかった。


(だけどその前に、青の月の10日には家長会議だ。屋台の商売を取りやめるような結果にはならないと思うけど、気を引きしめてかからなきゃな)


 そしてその前に、まずは本日の祝宴である。

 浮き立つ気持ちを抑え込みながら、俺はその日の仕事をつつがなく終わらせなければならなかった。


                  ◇


 そうして待望の、終業時間である。

 さすがに普段よりはわずかに料理の数が少なかったため、俺たちは規定の二の刻が訪れる前に、すべての料理を売りきっていた。

 すると、まるでそれを見計らったかのようなタイミングで、北の方角からトトス車が近づいてきた。

 町の入り口でいったん止まり、御者台から小さな人影が地面に降り立つ。それは亜麻色の髪と鳶色の瞳を持つ、レイトに他ならなかった。


「ちょうど商売を終えたところでしたか。早めに出向いて正解だったみたいですね」


「お疲れさま、レイト。無事に荷車を借りられたんだね」


「はい。城下町には、荷車を貸し出す専門の店がありますので」


 レイトがそのように述べている間に、荷台に乗っていた人々がぞろぞろと降りてくる。カミュア=ヨシュとザッシュマ、それに、ボズルとシリィ=ロウとロイである。


「やあやあ。約束通り、料理人の方々もお連れしたよ。彼らはこのまま、俺たちの荷車で森辺までお届けすればいいんだよね?」


「ええ、ありがとうございます。……みなさんも、お元気そうで何よりです」


 3人の料理人たちは、それぞれの流儀で挨拶を返してくれた。料理人チームと《守護人》チームはロイとカミュア=ヨシュを除いて全員が初対面であるはずであったが、とりたてて悶着は起きていないようだ。

 自分たちでトトス車を準備すると申し出てくれたのは、カミュア=ヨシュであった。今回は招待客の数も多かったので、気をつかってくれたのだろう。俺たちも今日は3台の荷車で町に下りていたので、他の面々は無理なく同乗できるはずだった。


「それでは、さっそく出発しましょう。他の人たちは、《キミュスの尻尾亭》に集まっているはずですので」


 後片付けを済ませた俺たちは、カミュア=ヨシュらのトトス車とともに《キミュスの尻尾亭》を目指す。

 その途中で、ドーラの親父さんにも挨拶をしておいた。


「どうも。ターラはもう《キミュスの尻尾亭》ですか?」


「ああ。さっきユーミが通りかかったから、一緒に連れていってもらったよ。手間をかけるけど、ターラをよろしくな」


 親父さんは明日も早朝から畑の仕事があるために、参席することはできないのだ。しかし、ターラのみを森辺に招くのもこれで3度目のこととなるので、親父さんの顔に懸念の色はなかった。


「ターラは必ず無事にお返しします。明日はまた前回と同じぐらいの刻限に送り届けますので」


「うん。ルウ家のみんなにもよろしく伝えておくれよ」


 親父さんに別れを告げて、俺たちは歩を再開させた。

《キミュスの尻尾亭》に到着したら、今度はミラノ=マスにご挨拶だ。

 先月の負傷からもすっかり復調したミラノ=マスは、しかつめらしい顔で俺たちの挨拶に応じてくれた。


「テリアたちは、裏の倉庫の辺りでたむろしている。倉庫の鍵はあいつに預けているので、屋台はそっちに返してくれ。森辺に向かう前に、鍵を戻すのを忘れんようにな」


「承知しました。いつもご面倒をおかけしてすみません」


「面倒をかけてるのはこっちのほうだろう。ルウ家の人らには、くれぐれもよろしく伝えてくれ」


 休日知らずのミラノ=マスは、いまだに森辺の集落を訪れたことがない。いずれその機会を作ることは可能なのだろうかと考えながら、俺は宿屋の裏手に回り込んだ。

 そちらでは、若い衆が賑やかな声をあげている。テリア=マスと、ユーミと、ターラと、そしてこのたび初めて森辺を訪れる3名の若者たちである。


「あ、アスタ! もう商売は終わったの? けっこう早かったじゃん!」


 まずはユーミが、威勢のいい声をあげる。

 すると、何故だかテリア=マスがその背中に姿を隠してしまった。


「なーに隠れてんのさ? どうせ夜まで一緒に過ごすのに、今だけ隠れても意味なくない?」


「だ、だって、やっぱり恥ずかしいです!」


 ユーミの肩ごしに見えるテリア=マスの顔は、いつになく真っ赤になってしまっていた。

 その髪に綺麗な飾り物が光っているのを確認して、俺は「ああ」と納得する。


「もしかしたら、ユーミが宴衣装を貸してあげたのかな?」


「うん! せっかく宴衣装が許されたんだから、着飾らないともったいないでしょ?」


 そのように述べるユーミ自身も、普段より飾り物の数が増えており、肩から透明のショールを掛けている。そのかたわらでにこにこ微笑んでいるターラもまた、焦げ茶色の髪に花飾りをつけていた。


 前回の親睦の祝宴では、森辺の民も客人たちも宴衣装は纏っていなかった。が、ジバ婆さんの生誕のお祝いで、森辺の華やかな宴衣装を目にすることになったユーミは、「今回も着飾ろうよ!」とルウ家に提案をしてのけたのである。

 その結果、今回の祝宴では宴衣装を着用することが認められた。で、生誕のお祝いでも着飾ることのなかったテリア=マスに、ユーミが自分の宴衣装を強引に貸し与えた、という顛末なのであろう。


「宴の間、ずっとあたしの後ろに隠れてるつもり? アスタなんてよく見知った相手なんだから、そんなに恥ずかしがることないじゃん」


「よ、よく見知った相手だから、恥ずかしいんです!」


「ふーん? ま、ここまで来たら、観念しなよ」


 言いざまに、ユーミはひらりとステップを踏むように飛びのいた。

 いきなり防波堤を失ったテリア=マスは「きゃあ!」と縮こまってしまう。

 しかし、どれだけ縮こまっても、その姿を隠すことはできなかった。


 ユーミが好むのは、宿場町でシム風と呼ばれる、森辺の民とも通ずるところのあるファッションである。よって、テリア=マスに貸し与えられた宴衣装も、そういった類いのデザインであった。


 胸もとは布一枚で隠されており、肩やおへそは丸出しである。

 腰から足首まではロングの巻きスカートであり、片足が露出するぐらい深いスリットが入っている。

 あとは木製や金属製の飾り物が首や腕に飾られており、セミロングの髪も髪飾りで可愛らしく形を作られている。

 ユーミに比べれば派手さのない顔立ちをしたテリア=マスであるが、その宴衣装が似合っていないことはまったくなかった。


「ねー、いい感じでしょ? 普段からこういうカッコしてれば、宿のお客も増えるんじゃない?」


「わ、わたしみたいな小娘がこんな格好をしたって、ぶざまなだけです!」


「小娘って、あたしよりは年上じゃん。あたしってぶざまなの?」


「ユ、ユーミは大人っぽいから、こういう格好が似合うんです。わたしなんて、いつも年齢より幼く見られちゃいますし……」


「それはだから、野暮ったい格好をしてるからじゃないの? こんなに色っぽかったら、小娘だなんて思われないっしょ」


 確かにテリア=マスはユーミのように発育のいいタイプではなかったものの、妙になまめかしい感じがした。

 というか、普段はつつましい装束に身を包んでいるゆえのギャップなのだろうか。俺としては、ちょっと目のやり場に困ってしまいそうなところだった。


「そうやって照れてるのが、また可愛らしいんだよな。ユーミとは大違いだぜ」


 ずっと見物に回っていた若者のひとりが揶揄すると、ユーミは「うっさいよ!」と眉を吊り上げた。


「言っておくけど、テリア=マスにちょっかい出したら、あたしがただじゃおかないからね?」


「へん、そういうところが、可愛くないってんだよ」


「はん、あんたらなんかに可愛いとか思われたら、背筋が寒くなっちまうよ」


 そうしてひとしきり悪態をついてから、ユーミはしなやかな指先で若者たちを指し示した。


「アスタにはこの前も挨拶させたけど、いちおうもう1回ね。右から、ベン、レビ、カーゴだよ」


 それは、いずれも20歳に満たない、宿場町の若衆であった。

 どちらかというと、つつましくはない風体をしている。彼らはいずれも、ユーミの悪友たちであるのだった。


 ただし彼らは屋台の常連客であるし、復活祭ではともにダレイムで騒いだ仲である。名前を知ったのはこれが初めてであったものの、俺にとっては見知った相手ばかりであった。


「よ、今日は世話になるぜ、アスタ」


 一番大柄で年長の若者、ベンがにやりと笑いかけてくる。

 彼は俺たちが屋台を開いてすぐに、「森辺に帰れ」と難癖をつけてきた若者だ。

 しかしあれから1年以上は経っているし、そもそも難癖をつけてきたのはユーミも一緒である。彼らが屋台の常連客になってくれた時点で、そんな確執は綺麗に洗い流されていた。


 彼らが新たな客人として招かれることになったのは、ルウ家からの提案である。

 今回はドーラ家からもターラしか招くことはできないので、カミュア=ヨシュたちの他にもう数人ぐらいは客人を増やしてもいいのではないかと、そんな風に提案してくれたのだ。


 その末に、ベンたち3名を推薦したのは、もちろんユーミであった。

 彼らはたびたび森辺に招かれているユーミに、以前から羨望の眼差しを向けていたのだそうだ。


 ターラやテリア=マスの周囲にそれほどの熱意を持つ人間はいなかったので、そのまま彼らが選出されることになった。ユーミと同様にやんちゃな気質の若者たちではあるが、そこまで無法者なわけではないし、屋台で働くかまど番とはすでにそれなりの親交を結んでいる。親睦の祝宴に参加させるのには、なかなか相応しい人選なのではないかと思われた。


「荷車では、3名ずつに分かれてもらえるかな? 俺の荷車と、フェイ=ベイムの荷車だね」


「あー、だったら男連中は、アスタの荷車にしなよ。そのほうが、ちっとは心強いでしょ?」


 言いだしっぺのユーミはもちろん、ターラにもテリア=マスにも異存はないらしい。先日もジバ婆さんの生誕の祝宴に参加したばかりであるし、物怖じしている気配はまったく感じられなかった。


「それじゃあ、ベンたちは俺の荷車にどうぞ。祝宴に参加するユン=スドラとトゥール=ディンにも、一緒に乗ってもらいましょう」


 そうして、荷車の配置はすみやかに取り決められた。

 トゥール=ディンは極度の人見知りであるものの、ユン=スドラは気さくで社交的だ。なおかつ、とても魅力的な女の子であるので、ベンたちはなかなかご機嫌の様子であった。


「あんたたち、念を押しとくけど、森辺の女衆にもおかしなちょっかいをかけるんじゃないよ?」


 荷車に乗り込む際にユーミがそう言いたてると、ベンは「わかってるよ」と舌を出していた。


「森辺に婿入りする覚悟がないなら手を出すな、だろ? だいたい、森辺の狩人のおっかなさは知ってるんだから、悪さなんかできるもんかよ」


「あっそ。酒を飲んでも、その言葉を忘れないようにね」


 そうして4台の荷車が、森辺の集落を目指して出発した。

 俺が手綱をあやつるギルルの荷車は、なかなかの賑やかさである。ベンとカーゴはユン=スドラと楽しげに談笑しており、そこから外れたレビが御者台のほうに声をかけてきた。


「な、アスタ。貴族のお姫さんは、暗くなるまで顔を出さないんだよな?」


「うん。日没の少し前にやってくるはずだよ」


 以前はレビに対して敬語で接していたが、このたび彼のほうが年少ということが判明してからは、気安い口をきかせてもらっている。

 ちなみに復活祭の夜にダレイムでともに騒いだのは、このレビとさきほどのベンである。屋台の商売を始めた当初、ミダ=ルウの登場で腰を抜かしたのがベンで、ミダ=ルウのかつての悪行を耳打ちしてくれたのがレビである、と俺は記憶している。


「みんなが貴族の参加を受け入れてくれて、俺はとても嬉しかったよ。宿場町では、あまり貴族も好かれてないみたいだからさ」


「んー、だけどまあ、例の騒ぎが収まってからは、ちっとは貴族を見る目も変わってきたんじゃねえかな。それ以来、貴族の悪い噂ってのも聞こえてこないしよ」


 例の騒ぎというのは、もちろんサイクレウスにまつわる騒動のことであった。

 ジェノスの領主であるマルスタインが、それに次ぐ権力を有していたサイクレウスを裁くことによって、町の人々は貴族に対する反感をだいぶなだめることができたのだ。


 また、それはマルスタインが意図的に狙った効果でもあった。サイクレウスはスン家の人間を擁護したり、《赤髭党》にあらぬ罪をかぶせたりして、ひときわジェノスの貴族の名を貶めていたので、その罪を明るみにすることによって、民衆の支持を得ようと考えたのである。


 なおかつ、それを契機に、マルスタインは政治の透明性というものを重んじているように感じられる。王都の監査官にまつわる騒動でも、マルスタインは事実を公表することによって民たちの心を繋ぎ止めようと取り計らっていたのだ。


「で、今日やってくるのは、アスタをさらったトゥランのお姫さんだってんだろ? この前の一件できっちり手打ちにしたって話だけど、そっちのほうこそ大丈夫なのか?」


「うん。そっちは大丈夫なはずだよ。リフレイアとはこの1年で何回か顔をあわせてるけど、サイクレウスが処断されてからは、きちんと改心したみたいだからさ」


「へへ、トゥランのお姫さんと何回も顔をあわせてるなんて、やっぱりアスタはすげえんだな」


 半分は茶化すような口調で、レビはそう言った。

 貴族に対する反感は緩和されても、貴族とお近づきになりたいとまでは、決して思っていないのだろう。


 しかしそれでも、彼らはリフレイアの参席に異を唱えようとはしなかったのだ。

 ユーミもテリア=マスもターラも、そして彼女らの保護者であるサムスもミラノ=マスもドーラのおやっさんも、それは同様であった。そういった人々の意見を聞き届けたのちに、ドンダ=ルウはリフレイアの参席を承諾する旨をポルアースに伝えたのだった。


(リフレイアがユーミたちと言葉を交わす機会なんてのも巡ってくるんだろうか。見ているほうがヒヤヒヤしそうなところだけど……まあ、なるようにしかならないよな)


 俺がそんな風に考えている間に、荷車は森辺の集落に到着していた。

 勾配のきつい小道から、南北に走る太い道へと荷車を乗り入れる。そうすると、はしゃいでいたベンたちも少し静かになった。


「ルウの集落は、もうすぐです。心の準備はいいですか?」


「お、おう。いいから、とっとと連れていってくれよ」


 俺はうなずき、あらためてギルルに鞭を入れた。

 ここまで来てしまえば、もうルウの集落は目と鼻の先だ。その少し手前で荷車を止めた俺は、後続の荷車が隣に並ぶのを待ち受けた。

 フェイ=ベイムの運転する荷車が停車して、そこからユーミたちが地面に降り立つ。それを見届けてから、俺は御者台のフェイ=ベイムに笑いかけてみせた。


「それじゃあ、俺たちはここで。明日の勉強会は、いつもの時間でお願いします」


「はい。どうぞ祝宴を楽しんできてください」


 フェイ=ベイムの運転する荷車に続き、マトゥアの娘が運転する荷車も、道を北に駆け去っていく。

 すると今度は、レイトが手綱を握る荷車が横付けされた。


「到着ですね。荷車はどうするべきですか?」


「荷車は道の端にとめて、トトスだけを連れていこう。この後に到着するリフレイアが護衛の兵士を引き連れてくるはずだから、その邪魔にならないように、もう少し先まで進もうか」


 ということで、俺たちはルウの集落の入り口から10メートルほど進んだところで荷車を停車させ、トトスを解放した。

 地面に降り立ったベンたちは、いよいよ緊張した面持ちで周囲を見回している。


「お、おい。人の住んでる場所には、ギバもそうそう近づいてこないんだよな?」


「はい。人家の近くはギバの食料になる実が生らないように木を伐採しているので、その点は大丈夫です。俺もこれまで、集落にギバが姿を現すところは見たことがありません」


 そのように答えても、ベンたちは不安そうに辺りを見回していた。

 ギバが潜む、モルガの森なのである。町の人間にとって、そこは異郷そのものなのだった。


「いやあ、いよいよ森辺の集落なんだな! なんだかむやみに胸が高鳴ってきたぞ!」


 いっぽう、ザッシュマは楽しくてたまらないという様子で、周囲の森を見回している。ザッシュマにとっても、これは初めての来訪であるのだ。


「初対面の方々も多いことですし、ここでちょっと紹介を済ませておきましょうか。こちらはルウ家とは別の家から客人およびかまど番として招かれた、ユン=スドラとトゥール=ディンです」


 ユン=スドラはお行儀よく、トゥール=ディンはおずおずと頭を下げる。


「こちらは城下町の料理人である、ボズルとシリィ=ロウとロイです。シリィ=ロウとロイは、前回の祝宴にも招待されていました」


 ベンたちは、好奇心を剥き出しにしてボズルらの挙動をうかがっていた。貴族ならずとも、城下町の民というだけで、彼らには物珍しいのである。

 フードと襟巻きを外したシリィ=ロウは、いくぶん張り詰めた面持ちで、半ばロイの後ろに隠れてしまっている。身を隠すならば大柄なボズルのほうが都合はよいように思えてしまうが、まあ俺がとやかく言うような話ではない。


「それでこちらは《守護人》のカミュア=ヨシュとザッシュマ、それにカミュアの弟子のレイトです。みんな屋台のお客さんですが、ジェノスの貴族との橋渡しなどで、森辺の民は大変お世話になっている方々です」


 ユーミはベンたちと一緒になって、興味深そうにカミュア=ヨシュとザッシュマを検分していた。監査官の一件で、ユーミはレイトと縁を結ぶことになったが、カミュア=ヨシュとはほぼ初対面なのである。ただ、その噂はターラやテリア=マスから聞き及んでいるはずだった。


「こちらは宿場町の宿屋《キミュスの尻尾亭》のテリア=マス、《西方亭》のユーミ、そしてダレイムの野菜売りであるドーラ家のターラです。あと……」


「俺たちは、わざわざ名乗りをあげるような家じゃねえよ。ユーミと一緒に悪さをしてる、ベン、カーゴ、レビだ。全員、宿場町の住民だな」


「ちょっと! あんま人聞きの悪いこと言わないでよ! 悪さをしてんのは、あんたたちだけでしょ?」


「何を言ってやがる。衛兵にしょっぴかれた数は、お前が一番じゃねえか」


 ユーミはベンの尻を蹴り飛ばしてから、シリィ=ロウのほうをきっとねめつけた。


「あー、ほら! シリィ=ロウが怯えちゃってんじゃん! せっかくちょっとは仲良くなれたとこなんだから、水を差すような真似しないでよ!」


「べ、別に怯えたりはしていません!」


 顔を赤くしてがなりつつ、いっそうロイの陰に潜んでしまうシリィ=ロウである。

 そんな人々の姿を見回しながら、カミュア=ヨシュがのほほんと微笑んだ。


「俺がジェノスを離れている間に、森辺の民と町の人々はここまで交流が深まっていたのだねえ。なんだか、感慨深いよ」


「ええ。それもカミュア=ヨシュが、あれこれ力を貸してくれたおかげです」


「俺はただ、自分の思惑で動いていただけさ。すべては森辺の民の苦心の賜物だよ」


 そのように述べてから、カミュア=ヨシュはぐるりと人々を見回した。


「それにしても、なかなかの人数だねえ。アスタたちを除いても、12名か。これに、リフレイア姫とおつきのサンジュラが加わるということだね?」


「はい。あとは、他の族長筋や小さな氏族からも何人かずつ出向いてくる予定です。ルウの血族は70名ほど集まるそうなので、最終的には100名ていどの人数になるはずですね」


「100名か! それは大がかりだ!」


「はい。それでも、ルウの血族が全員集まったら100名以上の人数なので、大きな収穫祭よりはまだ小規模なぐらいなのですよ」


「そうかそうか」と、カミュア=ヨシュはにんまり笑った。


「そういえば、ガズラン=ルティムの婚儀の祝宴などでは、それぐらいの人数が集まっていたものねえ。俺は陰から覗き見することしかできなかったけどさ」


「祝宴を覗き見? なんでそんなことしたのさ?」


 ユーミが驚いて声をあげると、カミュア=ヨシュは「あはは」と笑った。


「当時はまだ森辺の民と十分な友誼を結べていなかったものでね。その前には、刀を突きつけられたりもしたっけなあ」


「懐かしいですね。今日はその刀を突きつけたダルム=ルウとも、思うぞんぶん親交を深めてください」


 そのように述べてから、俺もあらためてその場にいる人たちの姿を見回した。

 出会った時期も、出会い方も、生まれ素性もバラバラな12名の客人たちだ。これだけバラエティに富んだメンバーを祝宴に招待できるというのは、非常に楽しくもあり、嬉しくもある話であった。


 もちろんこれはルウ家の主催する祝宴であるので、俺も半分がたは招待客のようなものである。

 だけどきっと、俺が森辺の集落に住みついたりしていなければ、町の人々を祝宴に招待するなどという事態にも至っていなかったことだろう。

 その事実に対する覚悟と誇らしさを胸に、俺はこのたびの祝宴を見届けたいと願っていた。

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