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異世界料理道  作者: EDA
第三十三章 大神の子
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緑の月の二十九日①~城下町の勉強会~

2018.2/19 更新分 1/1 ・2018.4/16 タイトルおよび文章を修正

・今回の更新は全9話です。

 6氏族合同の収穫祭の翌日、緑の月の29日である。

 その日、俺たちは、城下町で行われる新しい食材の勉強会に参加することになっていた。


 収穫祭の翌日というのはずいぶん慌ただしい日取りであったが、森辺の側と城下町の側で都合のつく日がこの日しかなかったのだ。

 そして、町の人々を招待する親睦の祝宴も、この日の2日後である青の月の1日に開催されることが決定されている。これもまた、招待客である《銀星堂》のメンバーと、屋台で商売をしている俺たちの都合を折り合わせた結果であった。


 言ってみれば今期の屋台の営業日は、ティアが森辺で発見された日から始まり、収穫祭と勉強会を経たのちに、親睦の祝宴の日に終了する。そんな目まぐるしいスケジュールであったのだった。


 その期間内で、ファの家の取り仕切る屋台は、収穫祭の日のみにお休みをいただいている。また、収穫祭の翌日――つまり本日も、前日に下ごしらえができなかったために、普段よりも3割減の料理しか準備できなかった。その穴は、ルウ家の屋台がきっちりと埋めてくれたのである。


 これで親睦の祝宴の日などは、逆にルウ家だけが屋台の商売を休み、ファの家の屋台がそのフォローをすることになる。どちらかの都合が悪ければ、もう片方がそれを補うという、そういう対処法が確立されつつあるのだ。あまり休業日を増やすとガッカリしてしまう人々が多いので、俺たちも力の限りその期待には応えたいと願っていたのだった。


 ともあれ、そんな慌ただしい環境のもとで行われるこのたびの勉強会であるが、かまど番のたちの顔に疲弊の色は見られない。森辺の女衆というのはみんな生半ならぬ体力を有しているので、未知なる食材に対する期待感のほうが上回って、むしろ普段よりも元気に見えるぐらいであった。


 屋台の商売を終えた後、およそ半数ていどのメンバーが護衛役の狩人たちと合流し、城下町へと進路を取る。その顔ぶれは、前回の黒フワノの勉強会をしたときと同一で、俺、レイナ=ルウ、シーラ=ルウ、リミ=ルウ、トゥール=ディン、ユン=スドラ、そしてマイムの7名であった。


 それに、6つの氏族は本日から休息の期間を迎えていたため、護衛役に関しても心置きなくお願いすることができた。その顔ぶれは、アイ=ファ、チム=スドラ、ディン本家の長兄、リッド本家の長兄という4名である。


 ディンとリッドの狩人が選ばれることになったのは、血族の長たるグラフ=ザザからの要請であった。同じ血族であるトゥール=ディンも参加することであるし、見識を広げるためにもディンとリッドの人間を同行させてほしいという言葉が届けられたのだ。


 やはり、西方神の洗礼を受けたことで、グラフ=ザザも色々と思うところがあったのだろう。血族の代表としてこのたびの仕事を受け持った2名の若い狩人たちは、とても誇らしげな面持ちをしていた。


「それにしても、あの洗礼というものを受けた日から、わずか10日ていどでまた城下町に招かれることになろうとはな。まさか自分にこのような機会が巡ってくるなどとは、ちっとも考えてはいなかった」


 ディンの長兄がそのように述べたてると、リッドの長兄も「まったくだ」と笑っていた。

 ディンの長兄はすらりとした体格で朗らかそうな面立ちをした若者であり、リッドの長兄は父親ゆずりの大柄で豪放そうな若者だ。どちらも親しく口をきいた覚えはなかったが、2度の収穫祭を経てその姿は俺もよく見知っていた。


「何にせよ、俺たちの仕事はかまど番を守ることだ。今さらジェノスの貴族たちが悪さを仕掛けてくることはないと聞いているが、決して油断はしないので、お前たちは安心して自分の仕事を果たすといい」


 そのように述べるディンの長兄の視線は、トゥール=ディンに向けられていた。トゥール=ディンは、やわらかな笑顔でそれに応えている。

 トゥール=ディンは本家の家人であったので、彼とは同じ家で暮らす身であったのだ。それに血の縁の面から考えても、トゥール=ディンはディン本家の家長の妹の子であったので、両名は従兄弟の間柄となるのである。トゥール=ディンがスン家を出てディン家に迎え入れられるまでは顔をあわせる機会もなかったという話であるが、ふたりの間からはとても打ち解けた雰囲気が感じられた。


 城下町のトトス車は大きいので、11名全員が同じ車に乗っている。小窓から城下町の町並みを観察していたリッドの長兄は、ふと思いたったようにアイ=ファへと目を向けた。


「ところで、アイ=ファよ。今日のところはお前に護衛役の取り仕切りを担ってもらいたいのだが、それでかまわないだろうか?」


 俺とリミ=ルウにはさまれて座していたアイ=ファは、けげんそうな面持ちでリッドの長兄を振り返る。


「べつだんかまわぬが、それでいいのか? 本来であれば、族長筋の眷族たるお前たちが取り仕切るべきであろう?」


「しかし、俺たちは城下町の流儀などほとんど何も知らない身だからな。たびたび城下町を訪れているお前こそが、取り仕切り役に相応しいと思うのだ」


「そうか。まあ、取り仕切り役といっても大した仕事があるわけでもないし、そういうことならば引き受けよう」


 彼らはアイ=ファにもチム=スドラにも、敬意と友愛の念を示していた。口には出さないが、2度連続で勇者の称号を得た両名に、心から感服しているのかもしれない。


 そして、そんなアイ=ファたちのやりとりを、リミ=ルウはずっと嬉しげな面持ちで見守っている。きっとアイ=ファが近在の人間たちと正しい絆を深めていることが、嬉しくてならないのだろう。

 アイ=ファが「何を笑っているのだ?」と問うと、リミ=ルウは「べっつにー!」と笑いながらアイ=ファの腕を抱きしめていた。


 そうこうしている内に、トトス車は停止した。

 毎度お馴染み、元トゥラン伯爵邸の貴賓館である。

 勉強会においても、まずは浴堂で身を清めなければならない。厨に足を踏み入れないならばその限りではないのだが、せっかくの機会ということで、護衛役の狩人たちも全員がそれを体験することになった。


 衣服の一式を脱ぎ捨てて、白い蒸気に満たされた浴堂に足を踏み入れると、ディンとリッドの両名は楽しげにはしゃいでいた。

 それと比べて、チム=スドラのほうは落ち着いたものである。彼は前回の食事会ですでにこの習わしを体験済みであったし、もともとの気性もあるのだろう。そういえば、チム=スドラはこの4名の中では最年少であるはずであったが、そうとは思えない沈着さを備え持っていた。

 そうして女衆も身を清めるのを待ってから、いざ厨を目指そうとしたところで、ポルアースが現れた。


「やあやあ、お待ちしていたよ。初のお目見えとなる方々もいるようだね。僕は森辺の民との調停役の補佐官をまかされている、ダレイム伯爵家のポルアースというものだ」


 2名の武官を引き連れたポルアースがいつもの感じで気さくに挨拶をすると、ディンとリッドの狩人たちが真面目な表情を取り戻して名乗りをあげた。


「ディンとリッドというのは、族長筋であるザザの眷族であるのだよね。族長のグラフ=ザザ殿には、いつもお世話になっているよ」


「世話になっているのは、こちらも同じだ。あなたには、以前から礼を言いたいと思っていた」


「礼? 何に関しての礼だろう?」


「かつてアスタが貴族にさらわれたとき、力を添えてくれたのは、あなたなのだろう? 同胞たるアスタの身を救ってもらい、心から感謝している」


 ディンの長兄がそんな風に述べたてると、ポルアースは何か照れくさそうにふにゃふにゃと微笑んだ。


「それはもう一年近くも前の話だよね。森辺の民と正しい絆を結ぶことができて、僕も嬉しく思っているよ。……さて、それじゃあ厨に向かおうか」


 ポルアースの先導で案内されたのは、もちろん大きなほうの厨である。

 そこでは前回よりも多くの料理人、およそ20名ほどが待ちかまえていた。

 ヴァルカスと3人の弟子たち、そして非正規の助手であるロイ、それにヤンとティマロも勢ぞろいしている。初めて森辺の民を目にする何名かの人々は、やはりいくぶん緊張の面持ちであった。


 とりあえず、厨の内部にはアイ=ファとディンの狩人が入室し、チム=スドラとリッドの狩人は扉の外に待機する。その指示は、取り仕切りを任されたアイ=ファが出していた。


「お待たせしたね。今日もたくさんの料理人に集まってもらうことができて、大変嬉しく思っているよ。ジェノスがこれまで以上の繁栄を手にすることができるように、新しい食材の有効な使い道を考案してもらいたい」


 ポルアースがこの場の仕切り役であるのは、森辺の民との調停役であると同時に、外務官の補佐官でもあるためだ。余所の土地との商いが活性化すればジェノスもより潤うということで、この仕事は外務官の管轄に定められているのだった。


「このたびの主眼は、先日に届けられた王都およびバルドからの食材と、ジャガルから買いつけているホボイの実の油、そしてシムから買いつけているシャスカという食材に関してだ。それらに関しては、ヴァルカス殿とティマロ殿の両名から説明を願いたいと思う」


 やはり、いずれの食材に関しても、その両名が指南役となるらしい。かつて食材を独占していたトゥラン伯爵家の料理長と副料理長であったのだから、それもむべなるかなといったところであった。


 で、相変わらずヴァルカスは気の進まなそうな面持ちをしており、ティマロは大変はりきった面持ちをしている。ヴァルカスは、自分の認めていない料理人には希少な食材を扱ってほしくないという、実に厄介なポリシーを有してしまっている料理人なのである。


「王都から届けられる食材というのは、そのほとんどが干物でありますな。しかしそれらは味に深みを与えるのにとても有効であり、なおかつひとつの食材としてもさまざまな使い道があるのです」


 無言でたたずむヴァルカスには目もくれず、ティマロは意気揚々と語りだした。

 前回は、王都から届けられる食材にもそれほどのストックはなかったので、勉強会ではほとんど取り沙汰されることもなかった。ただ、俺が『黒フワノのつけそば』を作るために魚と海草の干物から出汁を取る方法をお披露目したぐらいである。


 今日はその他に、甲殻類や貝類やタコに似た海洋生物の干物もどっさりと準備されていた。

 王都の監査官たちは、毎回監査のついでにこれらの食材を運んできてくれるのである。その代わりに、彼らは大量のフワノとママリア酒を持ち帰るのだという話であった。


「これらは水で戻せば食材として使うことができますし、ただ煮込むだけでも実に独特の風味をもつ出汁を取ることがかないます。また、これらはすべて外海からもたらされる食材であるため、非常におたがいの相性がいいのです。その反面、もともとわたしどもの扱っている食材とは味がぶつかることも多いのですが、それを使いこなすのが料理人の腕というものでありましょうな」


 そのように述べるティマロは、実にいきいきとした表情をしている。自分の腕前を披露するのも、人に指南するというのも、ティマロは非常に好んでいるのだろう。この場にいるのは、言ってみればみんな商売敵であるはずなのに、知識の出し惜しみをする気配も感じられない。


(そういえば、俺と初めて一緒に厨を預かったとき、俺の使えない食材は使わないとか言ってたんだよな。腕を競うなら、相手と同じ条件じゃないと意味がないっていう考え方なのかもしれない)


 それはティマロが非常な自信家であると同時に、公正かつ潔癖な考え方の持ち主であるように思えた。

 また、ティマロのこういった特性は、前回の勉強会でもぞんぶんに発揮されている。ポルアースはとても満足そうにティマロの長広舌を拝聴していた。


「アスタ殿は、こちらの魚や海草の干物ばかりを使っておられるという話でしたが、その他の食材については興味をもたれなかったのでしょうかな?」


 と、いきなりティマロに水を向けられて、俺は「えーと」と頭を整理する。


「興味がなかったわけではありません。ただ、ティマロの仰る通り、これらの食材は料理の主役を張れるぐらいの力を持っていると思うのですよね。そうすると、森辺ではギバの肉を主役にするという習わしが強いので……やっぱりちょっと味がぶつかってしまうかな、と思えてしまったのですよね」


「ふむ。先日の晩餐会では、そのギバ肉とマロールの干物を同時に使っておりましたな。あれはあれで見事な料理であると感心させられましたが……さしものアスタ殿でも、そうそう簡単に仕上げられるわけではないということですか」


 ティマロが言っているのは、監査官に献上した『ギバとマロールのお好み焼き』のことだ。

 あれは豚エビのミックスという元ネタがあったので簡単に思いつくことができたものの、貝類やタコに似た食材をギバ肉と調和させるのは、なかなかの難題であるように思えた。

 また、森辺においては出汁を取った食材を廃棄するのは悪である、という概念が存在する。そうすると、これ以上の動物性タンパクを森辺に持ち込む必要はないのかな、などという思いにも駆られてしまうのだった。


「……では、ギバ肉を使わなければ、これらの食材を扱うことも難しくはない、ということなのでしょうか?」


 ずっと無言で立ちつくしていたヴァルカスまでもが、そのように呼びかけてくる。


「そうですね。むしろ、魚介の食材で統一したほうが、俺には使いやすいと思います。たとえば、魚介のカレーなんてのも美味しそうですしね」


 ヴァルカスは、立ちくらみでも覚えたように身体を揺らした。


「これらの食材を、あの料理に使おうというのですか。想像しただけで、期待に押し潰されそうになってしまいました」


「ええ、いや、まあ、今のところはそういう予定もないのですが」


 俺の個人的な好みはさておき、ギバ肉を使わない料理に森辺の民は無関心であるのだ。それでは長い時間をかけて研究を重ねる甲斐もないように思えてしまった。

 ヴァルカスは、とても残念そうに「そうですか」と息をついている。

 それを横目に、ティマロはまた得々と語り始めた。


「とりあえず、干物に関しては各自で持ち帰っていただき、その味を確かめていただくしかないでしょうな。非常に高価な食材ではありますが、その値に相応しい力を持っているということは、わたしが保証いたしましょう」


 そうしてティマロは、それらの干物を水で戻す方法と、美味しい出汁の取り方をざっくり説明し始めた。本日も、筆記係がその手順を帳面に書き留めている。

 その作業が一段落したら、お次は《黒の風切り羽》がバルドという町から運んできた食材である。


「今のところ、数にゆとりのある食材はこちらとなります。ティンファ、レミロム、ブレの実、そしてアネイラという魚の干物ですな」


 ヴァルカスと同様に、ティマロもそれらの食材は扱ったことがあるようだった。また、俺にとってもそれは目下研究中の食材である。

 ティンファは白菜、レミロムはブロッコリー、ブレの実は小豆、アネイラはトビウオの干物と似た食材だ。


 ティマロはまた得意そうにその使い道を語っている。ティンファとレミロムは煮てよし炒めてよしの食材で、ブレの実はタウの実と同じように煮込んで使うのが最適である、というのがティマロの見解であった。


「アスタ殿も、すでにこれらの食材を受け取っておられたのでしょう? 何か有効な使い道は考案できたのでしょうかな?」


「あ、はい。ティンファはクセがないので、ティノなんかと同じように扱えると思います。レミロムは、火を通しても少し青臭さが強いので……俺としては、カロン乳やギャマの乾酪といった乳製品をあわせるか、あるいはタラパやママリア酢などの酸味の強い食材をあわせるのがいい気がします」


 酸味に関しては、ドレッシングやマヨネーズやケチャップから連想しての発言であった。

 ティマロは「なるほど」とうなずいている。


「レミロムについても、しっかり味の特性をご理解されているようですな。レミロムを焼きあげる場合、わたしはおもに乳脂を使用しております」


「あ、乳脂もいいですよね。俺も大好きです」


 と、思わず俺は口走ってしまったが、それはブロッコリーのバター炒めを連想しての発言であった。

 ティマロはちょっと虚をつかれた様子で「そうですか」とのけぞっている。


「アスタ殿の賛同を得られるとは思いませんでした。我々は、非常にかけ離れた流儀のもとに料理を作っておりますからな」


「そうですね。でも、要所要所では通ずる部分もあるのだと思いますよ」


 ティマロは表情の選択に困った様子で、ぎこちなく微笑んでいた。


「……では、ブレの実はいかがでしょう? これは炒めてもなかなか硬さが取れないので、やはり煮込むしかないように思われますが」


「そうですね。あと、俺は砂糖を混ぜて菓子の材料にしてみたいなと考えています」


「菓子ですか! それはまた……なかなか目新しい使い道ですな」


 ただ、バルドの食材はまだそれほど数にゆとりがないので、俺たちもお試しの分しか受け取っていない。いずれ十分な数を取り引きできるようになったら、トゥール=ディンとリミ=ルウにあんこの作り方を伝授したいところであった。


 あとはアネイラの干物であるが、これは王都の食材と同じような内容であるので、特につけ加えることはない。

 ヴァルカスもいっかな口を開こうとしないので、議題はいよいよ次なる食材へと進められることになった。


「お次は、ホボイの油に関してですな。僭越ながら、わたしがヴァルカスの代わりに説明させていただきたく思います」


 と、料理人の輪の中から、ボズルが進み出た。

 ヴァルカスの弟子のひとりで、大柄な体躯をしたジャガルの民である。ボズルはにこやかな笑みをたたえながら、明るいグリーンの瞳で人々を見回した。


「先日、ようやくジャガルの人間からホボイの油の絞り方を習うことができました。やはり、レテンの油と大して違いはないようなので、買いつけたホボイの実を自分たちで油にすることも難しくはないかと思われます」


 金ゴマに似たホボイの実を焙煎したのちに、すり潰す。それを濾過した後、しばし熟成させてから、再び濾過する。簡単に言うと、そういう手順であるようだった。


「それで作りあげたのが、こちらの油となります。レテンの油よりも、はるかに香りの強い油であるようですな」


 卓の上にガラスの瓶が置かれており、そこに茶色みを帯びた液体が満たされていた。

 ボズルの手でその栓が抜かれて、人々の手に回されていく。俺も確認させていただいたところ、まさしくゴマ油のごとき香ばしい匂いがした。


「香りが強いので、どのような料理にも合う、とは言えません。しかし、レテンの油や乳油とはまったく異なる風味を生み出すことができるので、なかなか重宝するのではないでしょうかな」


 笑顔でそのように述べたてながら、ボズルは俺のほうに目を向けてきた。


「そもそもこれはアスタ殿の発案によって作られた油であるわけですが、アスタ殿はどのような使い方を想定されておられたのでしょう?」


「そうですね。自分はタウ油などを使った炒め物や、あとは汁物料理の風味づけにいいんじゃないかと考えていました」


「ふむ。試しに一品、何か作っていただくことはできますでしょうかな?」


 本日はあくまで聴講役のつもりであったので、それは意想外の提案であった。

 が、俺の持つ知識がジェノスの繁栄の一助になれば幸いである。俺は了承して、試作品の調理に取りかかることにした。


 あまり時間をかけても何なので、簡単な炒め物を披露することにする。カロンの胸肉と、アリア、プラ、チャムチャムを食材として、味付けはタウ油、砂糖、ニャッタの蒸留酒、ミャームー、ケルの根だ。

 塩とピコの葉で下味をつけた胸肉を細切りにして、野菜と一緒にホボイの油で炒める。半分ぐらい火が通ったところで調味料を加えて、さらに炒めれば完成だ。


 味付けは、屋台の日替わりメニューで出している回鍋肉風の炒め物とほぼ同一である。ただ今回はカロンの細切り肉を使っているので、チンジャオロースーに近い仕上がりになっていた。

 この場にいる全員にひと口ずつを準備するのにも、なかなかの分量であったが、レイナ=ルウたちが総出で手伝ってくれたので、どうということはない。

 そうして完成した試食品を口にすると、ボズルは「ほお」と感心したような声をあげた。


「これは見事な出来栄えですな。初めてホボイの油を扱ったとは思えぬほどです」


「ええ。俺の故郷にも、似た風味を持つ油が存在しましたので」


 俺も試食したところ、ホボイ油を使ったことによって、一気に中華料理らしさが増したように感じられた。

 これで後はチャッチ粉も使ってとろみをつければ、ほとんど完璧なのではないだろうか。そうしたら、俺もようやく回鍋肉風の炒め物を『ギバの回鍋肉』と胸を張って宣言できるような気がした。


「これは、本当に美味ですね。けっこう色々な調味料を使っているのに、ホボイの油が邪魔をするどころか、より素晴らしい味わいを生み出していると思います」


 マイムなどはきらきらと目を輝かせながら、そのように耳打ちしてくれた。

 レイナ=ルウやトゥール=ディンたちも、みんな真剣かつ満足そうな面持ちで試食品を口にしている。リミ=ルウはひとりで無邪気に「美味しいねー」と笑っていた。


「ううむ、確かに美味ですな。これでもう少し香草を加えれば、城下町でも大きな人気を博することができるでしょう」


 ティマロは秀でた額に深い皺を寄せながら、そのように述べている。

 そしてそのかたわらでは、ヴァルカスがふっと息をついていた。


「やはりアスタ殿は、カロン肉でもこれほどの料理を作ることができるのですね。まあ、アスタ殿は生きた魚さえをも使いこなせるのですから、それが当然の話なのでしょうが」


「あ、はい。実は先日まで、宿場町の宿屋の食堂で、カロンやキミュスの料理をお出ししたりもしていたのですよね」


 俺がそのように応じると、ヴァルカスは眠たげにも見える目つきで俺を見つめてきた。


「そうなのですか。一言、声をかけてくださったら、わたしも足を運びたかったところです」


「いやいや、ヴァルカスが宿場町の宿屋に出向くのは難しいと思いますぞ」


 ボズルが笑顔でその場を取りなしてくれた。

 ヴァルカスは、極度に人混みを苦手にしているという話であったのだ。そうでなければ、森辺の集落で行われる親睦の祝宴にだって参席してもらいたいところであった。


「まあ何にせよ、ホボイの油の独特な味わいはお伝えできたことでしょう。みなさんがホボイの油を欲するようであれば、それに応じて大量のホボイを買いつけてくれるというお話であるのです」


「うん。ジャガルの民もフワノや果実酒を欲してくれているからね。特にフワノはまだトゥランの倉庫に山ほど残されているので、ジャガルとの商いを広げることができたら、こちらも大助かりだよ」


 勉強会も順調に進み、ポルアースはご満悦の様子であった。


「さて、それじゃあ最後に、シムの食材であるシャスカについてだね。これはヴァルカス殿しか扱い方がわからないという話であったので、よろしくお願いするよ」


「はい、かしこまりました」


 ヴァルカスの視線を受けて、タートゥマイとシリィ=ロウが隣の卓から大きな包みを運んできた。

 俺たちが《銀星堂》でご馳走になった、シャスカである。あのときは汁なしの坦々麺のごとき料理として使われていたので、その本体であるシャスカが素の状態ではどのような食材であるのか、これが初のお目見えとなるのだった。


「こちらが、シャスカの実となります。シムからは、この状態で届けられます」


 ヴァルカスの合図で、タートゥマイが小さな皿を取り上げた。それを袋の中に差し入れて、少量のシャスカの実をすくいあげる。

 そうして眼前にさらされた皿の中身を検分して、俺は驚きの声を呑み込むことになった。


 小さな、白い粒である。

 形は楕円形で、縦は5ミリていど、横は3ミリていどの大きさであろう。

 ほのかに透明がかっているが、綺麗な純白だ。

 要するに、それは俺が知る「米」と非常によく似た外見をしていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに米? カレーライスからのカツカレーの日は来るのか
[気になる点] ・俺の個人的な好みはさておき、 ・ギバ肉を使わない料理に森辺の民は無関心であるのだ。 ・それでは長い時間をかけて研究を重ねる甲斐もないように思えてしまった。 魚介尽くしのカレーを作っ…
[一言] 誤)かまど番のたちの顔に 正)かまど番たちの顔に
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