緑の月の二十六日①~しばしの別れ~
2018.1/31 更新分 1/1
翌日の、緑の月の26日である。
朝の早い時間、俺たちが屋台の商売の下準備に取り組んでいると、ルド=ルウがドンダ=ルウの使者としてファの家を訪れてくれた。
「へー、そいつが赤き野人かよ。確かに見た目は、人間そのまんまだな」
ティアは、かまど小屋の片隅で小さくなっていた。腕を組んだルド=ルウにじろじろと検分されても動じることはなく、ただ静かに赤みがかった瞳を光らせている。
「でも、どうして顔や手足まで、そんな赤い色をしてるんだ? もとからそんな色をしてるわけじゃねーんだろ?」
「……これは、赤き民の証だ。年に一度、大神の瞳がモルガの真上に瞬く日、赤き民は聖水で身を清める」
俺とアイ=ファも昨晩に同じ問いをしていたが、その聖水というのはさまざまな花や果実や樹皮や岩などをすり潰して、樹液で練りあげたものであるらしい。それを身体に塗りたくると、この色彩は一年ばかりも髪や肌に留まり、あらゆる災厄から一族を守ってくれるのだそうだ。
ちなみに頬や手足に記されている紋様は刺青のようなものであり、これらは自分たちがどの血族であるのかを示すのだという話であった。
「よくわかんねーけど、まあいいや。親父からフォウの家長に伝言を頼まれたんだけど、赤き野人はファの家で預かってるっていうから、こっちに来たんだ。アイ=ファは、どこに行ったんだ?」
「私は、ここにいる。族長とジェノス侯爵の決定を聞かせてもらおう」
と、ルド=ルウに続いてアイ=ファもかまど小屋の入り口に立った。アイ=ファは薪拾いの仕事の後、ずっと裏のほうで何かの作業に取り組んでいたのだ。
「あー、それなんだけどな。ちっとばかりややこしいことになって、そいつをどうするかは族長たちが改めて決めることになったんだよ」
「何? ジェノス侯爵は、なんと述べていたのだ?」
「ジェノスの領主は、森辺の民の判断にまかせるってよ。もともとモルガを出た三獣は、好きに扱っていいっていう掟だからなー」
それではいったい、何がややこしいというのだろうか。
俺とアイ=ファが言葉の続きを待っていると、ルド=ルウは頭の後ろで手を組みながら、言った。
「ただ、赤き野人が人間の姿をしてるってのは、ジェノスの領主も知らなかったみたいでな。ふたつだけ条件ってのをつけてきたんだ」
「うむ。その条件とは?」
「まずひとつ目。そいつを絶対に、ジェノスの町に下ろさないこと。町の連中はモルガの三獣をギバよりも恐れているから、それだけは守ってほしいって話だ」
「それは当然の話だな。では、ふたつ目は?」
「ふたつ目は、そいつを森辺の同胞として迎え入れることは絶対にやめてくれってよ。血の縁を結ぶなんてのはもっての外で、できれば面倒が起きる前に首を刎ねてほしいって言ってたらしーぜ」
俺は息を呑み、アイ=ファは眉をひそめることになった。
「同胞として迎えるな、という言葉に異議があるわけではない。しかし、言葉を交わしもせずに首を刎ねろというのは、どういうことなのだ?」
「よくわかんねーけど、そいつは四大神に許されない存在なんだってよ。たとえ人間の姿をしていても、ヴァルブの狼やマダラマの大蛇と同じように、野の獣として扱ってくれってことだ」
「私たちは、敵として牙を剥かれない限り、ヴァルブの狼やマダラマの大蛇が相手でも、むやみに殺めることはなかろう。こやつもひとたびはアスタを害そうとしたが、己の間違いに気づいてからは、こうしてずっと大人しくしているのだ」
「ていうかさ、ジェノスの領主はそいつがアスタの首を絞めたなんてことは知らねーんじゃねーの? 俺だって、さっきフォウの家で初めて聞いたんだぜ?」
それは確かに、その通りのはずだった。フォウ家の使者は、ティアが目を覚ます前にルウの集落へと向かっていたのである。
ということは、マルスタインはティアが西の言葉を解するということさえ、いまだ知らないことになる。
「それならきっと、マルスタインは何か誤解してるんじゃないのかな? ティアがこれだけ人間らしい人間だってことを知れば、そんな簡単に首を刎ねろなんてことは――」
「いや、そいつがどんなに人間らしい存在でも、人間として扱うなって言ってたらしーよ。モルガの三獣はモルガの中でしか生きることを許されねーんだってさ」
俺が言葉を失っていると、当のティアが壁を支えにして立ち上がった。
「それが正しい判断だ。外界の人間がモルガに踏み入ることは許されないし、モルガの民が外界に出ることも許されない。我々は、そのような約定を交わした上で、それぞれの神の子として生きているのだ」
「ふーん。俺たちは森と西方神の子だけど、お前の神ってのは何なんだ?」
「神とは、世界そのものだ。大神が眠りから覚めるまで、我々はモルガと自分たちの血筋を守らなくてはならない。お前たち外界の人間は、眠っている大神の上でかりそめの生を送っているのだ」
その言葉は、俺の記憶を強く刺激した。
「ティア、もしかしたら、その大神っていうのはアムスホルンのことなのかな? 俺たちの神である西方神セルヴァは、その大神アムスホルンの子であるらしいんだけど……」
「大神とは唯一の存在であり、子などは持たない。あえて言うなら、モルガを守る我々が大神の子だ」
俺の想像は、あっけなく打ち消されることになった。
それとも、ティアたちの崇める神を、外界の人間が後からアムスホルンと名付けることになった、ということなのだろうか。
何にせよ、大神アムスホルンと四大神の神話は数百年もの昔から伝承されているはずなので、真相などは探りようもなかった。
「ま、そーゆーわけでさ、そいつの扱いは森辺の民が決めることになっちまったんだよ。今日の夜に族長たちが集まるから、そいつをルウの家に預けてくれってよ」
ルド=ルウの言葉に、ティアがきゅっと眉をひそめた。
「ティアはアスタに贖いをしなければならないので、身を遠ざけることはできない。それとも、その族長たちがティアの魂を召してくれるのか?」
「んー? だから、そいつを決めるために話し合うんだよ。お前がどんなやつか、実際に顔をあわさねーと判断がつかねーからな」
「だけどティアは、アスタに贖いを――」
なおも抗弁しようとするティアに、アイ=ファが「おい」と声をかけた。
「お前は昨晩から同じ言葉を繰り返しているが、アスタのそばにくっついているだけで、何も為そうとはしておらんではないか。それでいったい、どのように罪が贖われるというのだ?」
「アスタの身に危険があれば、ティアの生命を使って救う。それ以外でも、あらゆる手段でアスタに尽くすのだ」
「……だから、深手を負ったその身体では、何の役にも立たぬであろうが?」
「それは、アスタが何の仕事も命じてくれないからだ。さっきも荷物を運ぼうとしたのに、横から取り上げられてしまった」
ティアは、ぶすっとした顔でそう言った。
とはいえ、骨折した足をひきずっているティアに、荷運びなどを頼む気持ちになれるはずがない。薪拾いの仕事に関しても、ティアがどうしても俺のそばから離れようとしなかったので、本日はアイ=ファひとりに頼むことになってしまったのだった。
ティアは右すねの骨をぽっきりと折っており、膝や足首まで固定されている状態であるのだ。額の傷はそれほどの深手ではなかったものの、このように動き回っていては治るものも治らないであろう。昨晩に飲ませた痛み止めのロムの葉の効能も、今では切れているはずだった。
そんなティアの姿を見下ろしながら、ルド=ルウは「ふーん」と鼻の頭をかいていた。
「だけどさ、アスタはこれから屋台の商売だろ。お前を町に下ろすことはできねーから、どっちみち留守番するしかねーよな」
「いや。ティアはアスタとともにある」
「ともにある、じゃねーよ。お前を町まで連れていったら、アスタが罪人扱いされちまうんだぜ? そんなの、許せるわけねーだろ」
ティアは泣きそうな顔になりながら、俺を振り返ってきた。
「ティアをそばに置いていたら、アスタが罪人になってしまうのか? だったらその前に、ティアの魂を――」
「族長たちの決定を待つ前に、俺たちの判断で勝手な真似をするわけにはいかないんだよ。昼下がりには戻ってくるから、それまでルウの集落で待っていてもらえないかなあ?」
「……ひるさがりというのは、いつのことだ?」
「えーと、太陽が中天と日没の真ん中らへんになる前には、戻ってこられると思うよ。その後は、族長たちが集まるまで俺もルウの集落に残らせてもらうから、その間は一緒にいられるはずさ」
昨晩からずっとティアの相手をしているので、俺も少しは扱い方がわかってきたところであった。
ティアはとても頼りなげな表情を浮かべつつ、俺の顔をじっと見つめてくる。
「……わかった。アスタを罪人にしたくないので、ティアは我慢する」
「ありがとう。俺も助かるよ」
ほっと息をついたところで視線を感じたので顔を傾けると、アイ=ファが面白くなさそうな面持ちで俺たちのやり取りを見守っていた。
「それじゃあ、ルウの集落に寄るときに、そいつを連れてきてくれよ。暴れたりする心配はなさそうだから、俺も安心したぜ」
そうして伝言役としての仕事を終えたルド=ルウは、早々に帰っていった。
その間も、ティアはじっと俺のことを見つめている。何というか、それこそ動物にでもなつかれたような心地である。
「……ティアはとても心が苦しい。大きな罪を犯したのだから、報いを受けたいと願う」
「うーん。でも、そうして苦しいのも報いの内なんじゃないのかな。生命をなげうつことだけが、贖いじゃないと思うよ」
「……アスタの言うことは難しい。でも、ティアのためを思ってくれていることはわかる」
赤みがかった不思議な瞳が、真っ直ぐに俺を見つめ返してくる。
見ていると、心を吸い込まれそうになる眼差しだ。人間が、ここまで無垢なまま大きくなることができるのかと、俺はまたひそかに感じ入ることになった。
そんな俺とティアの間に、黒い棒切れがにゅうっと差し出されてくる。
「いつまで見つめ合っているのだ、お前たちは。アスタ、お前は仕事のさなかであろうが?」
「ああ、ごめん……って、そのグリギの棒はどうしたんだ?」
「薪拾いのついでで拾ってきたのだ。いつまでも足をひきずっていたら、折れた足が痛むばかりであろうが」
そのグリギの棒は、片方の先端がYの字になっており、松葉杖として使えるように切りそろえられていた。長さも、ちょうどティアの身長にフィットするようである。
「……ティアはもうじき魂を返すのに、わざわざこのようなものを作ってくれたのか?」
「魂を返すことになるかどうかは、族長たちの決めることであろう。お前の言い様は早く死にたがっているように聞こえて、不愉快だ」
怒った声で言いながら、アイ=ファはグリギの棒をティアに押しつけた。
それを両手で押し抱きながら、ティアは深々と頭を垂れる。
「アイ=ファの温情に感謝する。……お前は怒ってばかりいるが、とても優しい気性をしているのだな」
「私を不愉快にさせているのは、お前だろうが! いいから、アスタの仕事の邪魔をするのではないぞ!」
アイ=ファはぷりぷりと怒りながら、かまど小屋を出ていってしまった。
俺も仕事を再開させると、ユン=スドラが心配そうに顔を寄せてくる。
「何だかおかしな話になってきましたね。族長たちは、あの者をどうするおつもりなのでしょう?」
「どうだろうね。むやみに生命を奪ったりはしないと思うけど……かといって、家人に迎えることもできないみたいだし、心配だね」
「はい。たとえモルガを出るのは大きな禁忌であったとしても、自らの意思でそれを破ったわけではありませんし……なんとか温情を与えてほしいものです」
基本的に、ティアと接した森辺の民は、みんな少なからず心をひかれているようだった。
アイ=ファはひとりで苛立ちをつのらせてしまっているが、それはティアが俺のことを傷つけてしまったためだ。その不幸な行き違いさえなければ、アイ=ファの態度もまったく異なっていたことだろう。
(それでもティアの身を案じて、杖を準備してくれたんだもんな。やっぱりアイ=ファは優しいや)
俺がそんな風に考えていると、ユン=スドラがにこりと笑いかけてきた。
「アスタは今、アイ=ファのことを考えていましたね?」
「え? な、何の話だい?」
「アスタがそのような眼差しをするのは、アイ=ファのことを考えているときだけですから、すぐにわかるのですよ」
そう言って、ユン=スドラは『ギバまん』を詰め込まれた木箱を手に、かまど小屋を出ていった。
頬のあたりにかすかな熱を感じつつ、俺は次なる作業に取りかかる。
その間、ティアはグリギの杖を手に、ずっと壁際でひっそりとたたずんでいた。
◇
しばらくの後、俺たちの荷車がルウの集落に到着すると、そこには実に大勢の人々が待ち受けていた。
どうやら近在に住まう眷族の人々まで集まってしまったらしい。そこにティアが姿を現すと、人垣からはわっとどよめきの声があがった。
「へえ、本当に全身が赤い色をしてるんだねえ!」
「でも、それ以外は普通の人間のようですね」
「いや、あれは普通とは言えないな。あのような幼い娘であるのに、凄まじい手練であるようだぞ」
老若男女で、感想はさまざまなようだった。
そんな人々をかきわけて、大柄な人影が近づいてくる。ドンダ=ルウとジザ=ルウのツートップである。
「ご苦労だったな。そいつがモルガの赤き野人か」
腕を組んだドンダ=ルウが、ティアの前に立ちはだかる。
グリギの杖で身体を支えながら、ティアは恐れげもなくその巨体を見上げていた。
「ふん。確かに野の獣のような気配をしていやがる。……しかし貴様は、人間の言葉を解するそうだな」
「……モルガの赤き民、ティア=ハムラ=ナムカルだ。禁忌を犯した裁きを受けるために、森辺の民の族長にこの身を預けられることになった」
ティアがそのように答えると、周囲の人々がまたどよめいた。
ドンダ=ルウは爛々と双眸を燃やしながら、ジザ=ルウは糸のように細い目で、その小さな姿をじっと見つめている。
「俺が森辺の三族長の一、ルウの家のドンダ=ルウだ。残りの二人の族長がやってくるまで、貴様の身柄はルウの家で預からせてもらう」
「何? お前が族長なのか?」
ティアは、心から驚いたように目を丸くした。
ドンダ=ルウは、うろんげに眉をひそめる。
「ああ。俺が族長で、何かおかしなことがあるか?」
「ある。赤き民の集落では、男が族長になることはない」
新たなざわめきが、周囲に生まれる。
俺としても、それは初耳の話であった。
「女は十三の年まで狩人として働き、それで生き残った者だけが子を生すことを許される。そうしてその後はたくさんの子を生みながら、女が長として一族を導くのだ。……ファの家ではアイ=ファが長であるという話だったから、森辺でも一族を統べるのは女なのだろうと思っていた」
「なるほどな。……それじゃあ、貴様がナムカルという一族の長になることもありえたってことか?」
「……ティアはあと一年で十三となり、母ハムラから長を引き継ぐはずだった。ティアが魂を召された後は、下の娘が長に選ばれることになる」
すでに魂を返す覚悟を固めているティアの声に、よどみはなかった。
ドンダ=ルウは、「ふん……」と下顎の髭をまさぐっている。
「了承した。貴様の身柄をどう扱うかは、他の族長たちと決めさせてもらう。それまでは、ルウの家で休むがいい」
ティアは、無言のままうなずいた。
そのかたわらに、荷物を抱えたバードゥ=フォウが進み出る。彼もまた、ティアを拾った責任を果たすために、別の荷車でルウの集落を訪れていたのだ。
「ドンダ=ルウ、面倒をかけてしまい、申し訳なく思っている。そして、この荷物も野人の娘とともに預かってほしい」
「何だそれは? ずいぶんな荷物だな」
「これは、この娘がモルガの山で捕らえたペイフェイという獣の亡骸だ。この娘が捨てるには惜しいというので、持ってきた」
それは大きな布に包まれていたので、その珍妙な姿が人目にさらされることはなかった。
しかし、ドンダ=ルウはいぶかしそうな目つきになっている。
「そいつは、赤き野人とともに川を流れてきたそうだな。一晩放っておいたのなら、もう腐肉に成り果てているんじゃねえのか?」
「ペイフェイは、一晩ぐらいでは腐らない。森辺の民の食事を分けてもらうのは心が苦しいので、裁きの時までその肉を食べていようと思う」
ティアは、静かな声でそう言った。
「だから、ペイフェイの皮を剥いで肉を切り分けるために、ティアの刀を返してもらいたい。森辺の族長ドンダ=ルウに、許しをもらえるだろうか?」
ドンダ=ルウは、やおらその場に片膝をついた。
そうして、至近距離からティアの瞳を覗き込む。
ティアもまた、ドンダ=ルウの青い瞳を正面から見つめ返した。
たっぷり10秒ばかりもおたがいの瞳を見つめ合ってから、ドンダ=ルウは「いいだろう」と身を起こす。
「赤き野人に刀を返してやれ。ただし、用事が済んだ後は、またその刀を預からせてもらう。それは、森辺の集落の習わしだからな」
「わかった。ドンダ=ルウの温情に心から感謝する」
バードゥ=フォウが、別の包みからティアの刀を取り出した。
黒光りする石で作られた、原始的な刀である。それを受け取ったティアは、手馴れた仕草で木製の鞘に収めた。
「では、これより赤き野人の身柄はルウ家の預かりとする。フォウの家長は、ご苦労だった。家に戻って、自分の仕事を果たすがいい」
バードゥ=フォウは一礼してから、ファファの荷車に戻っていった。
俺のかたわらにたたずんでいたアイ=ファは、「おい」と顔を寄せてくる。
「くどいようだが、あまりあの娘に情を移すなよ。何があろうとも、あやつが我らの同胞となることはないようなのだからな」
「うん、わかってる。晩餐の時間までには、家に戻るよ」
アイ=ファはうなずき、最後にティアの姿をねめつけてから、バードゥ=フォウの後を追っていった。
俺たちは、宿場町で屋台の商売である。俺も最後に、ティアに声をかけておくことにした。
「それじゃあ、また後でね。きちんと約束は守るから、ティアも大人しくしているんだよ?」
「わかった。この場で、アスタの帰りを待っている」
ティアはドンダ=ルウや本家の人々に囲まれながら、かまど小屋のほうに連れていかれた。
それと入れ違いで、少し離れた場所にたたずんでいたシーラ=ルウが近づいてくる。
「ルド=ルウが言っていた通り、赤き野人というのは不思議な存在であるようですね。でも、悪しき心は持っていないようなので、ほっとしました」
「ええ。それだけは確かなようですね。何とか穏便に済むように願っています」
「族長たちなら、きっと大丈夫です。……では、宿場町に向かいましょうか」
今日の当番は、シーラ=ルウとララ=ルウであったのだ。その中にマイムの姿を見つけた俺は、荷車に戻る前に声をかけておくことにした。
「マイムもティアの姿を見たんだね。マイムは、どう思った?」
「はい。赤き野人が人間そのままの姿であったので、とても驚きました。でも、ギバに比べたら、ちっとも怖くはなさそうですね」
マイムは、屈託なく笑っている。
彼女の暮らしている家のほうに目をやると、ミケルとジーダとバルシャの3名も、とりたてて変わらぬ様子で言葉を交わしている姿が見えた。
(ジーダやバルシャは余所の生まれだとしても、ミケルとマイムは生粋のジェノスの民だ。それでも、無条件でティアを怖がったりはしてないみたいだな)
とりあえず、それは俺にとって安心できる材料であった。
個人の感情でティアの身柄を取り沙汰することは許されないが、できることならば、誰もが納得できる道を族長たちに選んでもらいたい。俺としては、そのように願うことしかできなかった。