緑の月の二十五日①~思わぬ来訪者~
2018.1/29 更新分 1/1 ・2018.2/1 誤字を修正
・今回の更新は全8話です。
西方神の洗礼を受けてから、3日の時が過ぎていた。
王都の監査官と200名の兵士たちはすでにジェノスを出立したために、宿場町には完全にもとの平穏さが取り戻されている。
もちろん俺たちも屋台の商売を継続していたが、表面的には何ら変わることのない日常を過ごすことができていた。
森辺の民にしてみれば、すべての民が西方神の洗礼を受けなおすというのは、非常に大きな変革である。また、500名から600名に及ぼうかというすべての民が町まで下りてきたという行いは、ジェノスに住まう人々にも大きな驚きを与えたことだろう。
しかしそれは、あくまで森辺の民の内面に関わる話であったので、いざ洗礼の儀式が終了してしまうと、宿場町にたちこめていた騒擾なる空気はすみやかに一掃されることになった。
そもそもジェノスの大部分の人々は、森辺の民がそこまで西方神を軽んじていたという事実も正しくは認識していなかったので、この行いにどれほどの意義が秘められていたのかも、なかなか正確に察することは難しかったのだった。
「何にせよ、森辺の民がこれまで以上に俺たちと仲良くしてくれようってんなら、大歓迎さ。これからもよろしく頼むよ、森辺のみんな」
ひと通りの事情を聞いた上で、ドーラのおやっさんはそのように言ってくれていた。
森辺の民がどれほどの決意をもってこのたびの行いに及んだか、それを理解した上で、おやっさんはこれまで通りの笑顔を返してくれたのだった。
「森辺の民がそこまで四大神をないがしろにしてたってのは、そりゃあ驚きだけどさ。でも、これから正しく生きようって思いなおしてくれたってんなら、何も文句はありゃしないよ。俺たちのほうは、最初っからみんなのことを同じ西の民だと思ってんだしさ!」
「ありがとうございます。異国人の俺もようやくみなさんと同じ立場になれて、本当に嬉しく思っています」
「ああ、アスタが異国人だなんてことは、なおさら頭にはなかったよ。でもまあ、こいつはめでたいことだよな」
にこやかに笑うおやっさんのかたわらで、ターラもとびっきりの笑みを浮かべている。
「ね、これで森辺に遊びに行けるんだよね? ターラ、ずっと楽しみにしてたの!」
「うん。青の月の初めのほうに、また祝宴を開く予定になってるからさ。日取りが決まるまで、もうちょっとだけ待っててね」
本日はすでに緑の月の25日であり、ファの近在の氏族はこれから5日後に収穫祭を行う予定になっている。町の人々を招いて開催する親睦の祝宴は、それから数日を置いてから開こうという話に落ち着いていた。
監査官の到着が遅れたために、のびにのびていた親睦の祝宴である。招待される予定である町の人々も、それを待ち受ける森辺の人々も、その日取りが決定されるときを心待ちにしていた。
今後は西方神の子として正しく生きていこう、と決意した森辺の民であるのだから、その祝宴もこれまで以上に大きな意味を持つはずだ。
今回は、ザザ家からもサウティ家からも数名ずつの血族を参席させたいという旨が、すでにルウ家には届けられていた。また、ファの近在でもそういう声をあげている氏族は多かったので、それらの人数調整をするためにいささか時間をいただいているさなかであるのだった。
そしてもう一件、監査官たちの登場によって先のばしにされていた案件がある。
それは、シムの商団《黒の風切り羽》が、森辺に切り開かれた道を通って、東の王国に帰還するという案件であった。
「緑の月に入ってすぐに、我々はシムに戻る予定でした。しかし、王都の監査官たちはジェノスとシムの交流に疑いの目を向けていたということで、延期を余儀なくされていたのです」
そのように伝えてくれたのは、《黒の風切り羽》の団長ククルエルであった。わざわざ城下町から足をのばして、俺たちの屋台で昼食を買い求めつつ、彼はそのように説明してくれたのだ。
「我々は、明日の早朝にジェノスを出立いたします。アスタを始めとする森辺の方々には、大変お世話になりました」
「いえ、とんでもない。またお会いできる日を楽しみにしています、ククルエル」
「はい。その際にはまた大量の食材をお届けしますので、ぞんぶんに美味なる料理をお作りください」
ひとたび故郷に帰還すれば、ククルエルたちとも数ヵ月は会えなくなるだろう。しかし、《銀の壺》の面々とも、バランのおやっさんを筆頭とする建築屋の人々とも、俺は再会することができたのだ。そうして再び巡りあえる日を楽しみにしながら、俺も日々の仕事を果たしていく所存であった。
それともう一点、特筆するべきは、メルフリードがマルスタインの使者として、王都に向かった件であろうか。
彼はマルスタインがしたためたセルヴァ国王への書状を手に、監査官たちとともにジェノスを出立したのだ。侯爵家の第一子息が自ら出向くことによって、自分たちがどれだけこのたびの一件を重く見ているかを表明しようという心づもりであるのだろう。
ジェノスと王都を往復するには、トトスを使ってもふた月はかかる。また、王都にどれぐらい留まることになるかも、現時点では不明である。
その間、森辺の民の調停役には、補佐官のポルアースが代役として就任することになった。
「まあ、僕としてはこれまで通りに仕事を進めるだけのことさ。期日未定で近衛兵団の指揮を任される副団長殿のほうが、よほど大変なのだろうと思うよ」
ポルアースがそのように述べていたのは、俺やアイ=ファが洗礼を受けるために大聖堂まで出向いた日であった。洗礼を終えた俺たちが荷車で帰ろうとしていた際に、そんな風に耳打ちしてくれたのである。
「で、親愛なる父君がそんな長旅に出るとあっては、オディフィア姫もさぞかし寂しい思いをすることになるだろう。それをお慰めするために、またトゥール=ディン殿を招いて茶会を開こうという話になったりもするだろうから、そのときはよろしくね」
「はい。トゥール=ディンも、きっと喜ぶはずです」
宿場町に戻ってその旨を告げると、トゥール=ディンはオディフィアの心情を慮ってとても切なげな面持ちをしたのちに、にこりと嬉しそうに微笑んだものであった。
「ふた月以上も父親と離れるなんて、幼いオディフィアにとっては大きな悲しみになることでしょう。それを少しでも慰めることができたら、わたしは嬉しいです」
日を追うごとに、トゥール=ディンとオディフィアの絆は深まっているようだった。まだ実際に顔をあわせたことは数えるほどしかないというのに、そこには強い友愛の絆が感じられる。西の民として正しく生きようと決断した森辺の民にとって、それは大きな希望であるはずだった。
そんな感じで、ジェノスにおける俺たちの生活は、粛々と過ぎていくことになった。
そこに新たな騒動がもたらされたのが、洗礼を受けてから3日後の、緑の月の25日だったわけである。
◇
その日も俺たちは、宿場町での商売を終えた後、ファの家のかまど小屋にて料理の勉強会に励んでいた。
収穫祭が目前に迫っていたので、それに向けた予行演習である。ガズやラッツやベイムの人々には事情を説明して、通常の勉強会はしばらくお休みをいただき、ひたすら宴料理のための修練を重ねているのだ。よって、その場に集まっているのは、いずれもフォウ、ラン、スドラ、ディン、リッドの人々であった。
監査官たちからもたらされる脅威を退け、待ちに待っていた収穫祭を迎えるにあたって、人々の表情は明るかった。しかもこの収穫祭は、見込みより半月以上も遅れて開かれることになったのだ。監査官たちが帰還した後の開催となったのは幸いであったものの、人々の期待感は否が応でも高まりきってしまっていた。
「ここまで収穫祭が先にのびたのは、ファやフォウの狩り場からギバがいなくならないためなのですよね。この先、もっと数多くの猟犬を扱えるようになったら、ますます収穫祭を開く日取りは先にのびていってしまうのでしょうか」
そんな風に述べていたのは、かまど番の指導役をつとめてくれていたユン=スドラであった。
別の班の女衆に指導をしていた俺は、背中ごしに「そうだねえ」と答えてみせる。
「前回の休息の期間は金の月の半ばで終わったから、まるまる5ヶ月以上は空いたことになるんだよね。確かにこの調子でいくと、年に3回の収穫祭が2回に減っちゃうことになるのかな」
「そうですよね。でも、猟犬のおかげで男衆は今までよりも安全に仕事をできるようになったのですから、わたしはとても嬉しく思っています」
休息の期間というのは、ギバが狩り場の恵みを食い尽くして、縄張りを移動させることによって、生じるのだ。しかし、ファやフォウやランの狩り場ではこれまで以上にギバの収穫量が上がっているので、森の恵みが長く守られることになり、それで休息の期間がずれこんでいく事態に至ったのだった。
スドラとディンとリッドの狩り場では、すでに森の恵みが食い尽くされて、ギバが近寄らなくなってしまったために、現在はスンの狩り場まで出向いて仕事を果たしている。その移動には荷車が必要であったので、ファの家ではこれを契機にまた3台の荷車を購入していた。
もちろん近在の氏族の人々は恐縮していたが、これも一緒に収穫祭を迎えるための必要経費である。
また、トトスと荷車はこれだけ増えても、まだ邪魔になるほどの数ではない。宿場町への買い出しや、おたがいの家への行き来など、フットワークが軽くなればなるほど、より実りの多い生活を送れるはずだった。
「フォウの家長も自分たちで猟犬を買いたいと申し出ているのですよね。その猟犬は、いつ届くのでしょう?」
「まだ確かな日取りは聞いていないけど、青の月の間には届くんじゃないのかな。そのときには、ファの家でももう1頭、猟犬を買わせてもらうつもりだよ」
「え? アイ=ファはひとりで2頭もの猟犬を使うのですか?」
「うん。リリンの家のシュミラルも、ひとりで2頭の猟犬を上手く使っているようなんだ。アイ=ファもそれで、触発されたらしいよ」
「そうですか。ついこの間にも番犬のジルベが増えたところですし、ファの家はますます賑やかになりますね」
その番犬たるジルベは、今もかまど小屋の入り口で丸くなっていた。彼がファの家の家人になってから3日が過ぎているので、すっかりみんなも顔なじみである。
貴人の護衛犬としての訓練を受けていたジルベは、家を守る番犬としてしつけ直されることになったのだ。
その際に、グリギの実の香りのする人間は敵ではないと教え込まれたので、ジルベが森辺の民に牙を剥くことはない。森辺の集落においては誰もが毒虫除けのグリギの実を腕飾りや首飾りにして所持していたので、それが一番の安全策であるのだった。
ただし、ファの家に近づく人間が現れると、「バウッ」と一声だけ吠えて、来客の旨を伝えてくれる。この日、ジルベがその仕事を果たしたのは、日時計が下りの四の刻の半を指し示し、勉強会の終わりが近づいた頃合いであった。
「おや、誰が来たんだろう」
洗い清めた肉切り刀を鞘に収めながら、俺は入り口のほうを振り返る。
そこに姿を現したのは、フォウ家の若い狩人であった。
「料理の手ほどきは終わった頃合いだな? フォウとランとスドラの女衆は、片付けが終わったらフォウの家に集まってくれ」
「ランとスドラの女衆も? いったい何があったのです?」
ユン=スドラが不思議そうに問い返すと、男衆は性急な仕草で首を横に振った。
「俺はこれからルウの家に向かわなくてはならないので、くわしく説明をしている時間はないのだが……ちょっと、とんでもないことが起きてしまったのだ」
「とんでもないことですか? まさか、誰かが深手を負ってしまったとか……?」
男衆は、焦りのにじんだ声で「違う」と言い捨てた。
「狩りの途中、ラントの川で、赤き野人を拾ってしまったのだ」
「え?」
「モルガの三獣、赤き野人を拾ってしまった。そいつは深手を負っていたが、どのように扱うべきかもわからないので、族長筋たるルウ家に判断を仰ぎに行くのだ」
その場に集まっていたかまど番は、全員ぽかんとすることになった。
もちろん、俺も例外ではない。というか、おそらく一番驚いていたのは、俺なのだろう。
そんな俺たちを尻目に、フォウの男衆はきびすを返した。
「特に人手が必要なわけではないが、みんなフォウの家に集まって、家長の話を聞いてくれ。それでは、頼んだぞ」
そうして男衆が姿を消すと、かまど小屋の内部は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「赤き野人が山から下りてくるなんて! これはいったい、どういうことなのでしょう?」
「この前、兵士たちがモルガの山を踏み荒らそうとしたから、怒って麓に下りてきたのかねえ?」
「でも、山を下りた獣はどのように扱っても許されるのでしょう? たしかアスタも、ラントの川でマダラマの大蛇を退治したのですよね?」
「う、うん。退治とまではいかないけれど、こちらも生命が危なかったからね。岩で殴って川に落としたら、そのままどこかに流れていってしまったよ」
確かにその一件をマルスタインたちに告げたとき、俺は罪に問われたりしなかった。モルガの山に踏み込んで三獣を傷つけるのは大きな禁忌であるようなのだが、自ら山を下りてきた三獣はどのように扱っても許されるようなのである。
「どうしてまた、そいつを家まで連れて帰っちまったのかねえ。深手を負ってラントを流れてきたんなら、そのまま放っておけばよかったのに」
年かさのフォウの女衆が、難しい顔でそう述べたてた。
「まあ、あたしらが騒いでもしかたないか。家に戻って、家長の話を聞くとしよう。さ、とっとと後片付けを済ましちまわないとね!」
そんな号令のもとに、後片付けが再開される。
ものの数分で作業は完了し、フォウの血族たるかまど番たちは挨拶もそこそこにかまど小屋を出ていくことになった。彼女たちにはファファの荷車が準備されていたので、ものの数分でフォウの集落に帰りつくことができるだろう。
取り残されたのは、俺とトゥール=ディンと、それにディンとリッドの女衆が2名ずつである。
ギルルの荷車は常にファの家で保管する習わしであったため、この後は俺が彼女たちをそれぞれの家に送り届ける手はずになっていた。
「うーん、やっぱり気になるなあ。俺もフォウの集落に行ってみようと思うんだけど、みんなはどうする?」
「はい。できればこの目で、赤き野人というものを見ておきたいです。このまま森に戻されてしまったら、おそらくは一生目にする機会もないでしょうから」
リッドの女衆の言葉に、他の女衆も賛同していた。
ただ、トゥール=ディンはいささかならず不安げな面持ちである。
「でも、モルガの三獣はいずれもギバより強い力を持つとされているのですよね。危険はないのでしょうか?」
「深手を負っているなら、大丈夫なんじゃないかな。危険なら、フォウの男衆も家に連れ帰ったりはしないだろうし」
ということで、俺たちもフォウの家を目指すことにした。
ジルベもなるべくひとりきりにしないようにとアイ=ファに厳命されているので、荷車に同乗させる。家を守る番犬としてよりも、アイ=ファはひとりの家人としてジルベを扱っているのだった。
そうしてフォウの集落に到着すると、広場に人だかりができている。
5日後には収穫祭が行われる、フォウ家の広場である。俺たち6名と1頭も、その輪に加わせてもらうことにした。
「おや、アスタたちも来ちまったのかい」
さきほど別れを告げたばかりの女衆が、人垣の中心を指し示してきた。
家の前に布の敷物が広げられて、そこに1頭の獣が横たえられている。その姿を見て、俺は少なからず驚かされることになった。
(これが……赤き野人?)
大きさは、それほど大きくはないようだ。人間の子供ぐらい、体長100センチといったところであろうか。
しかしそれ以上に、腕が長い。背丈よりも、左右の腕を広げたほうが長そうだ。それに、ずいぶん寸詰まりの体型で、足などはずいぶん短いようだった。
その身体には、全身に淡い褐色の毛が生えている。今はそれがずぶ濡れの状態で、敷物に大きなしみを作っていた。
片方の腕は腹の上に乗せて、もう片方の腕はだらりと横にのばしている。仰向けの状態で、まぶたを閉ざしており、ぴくりとも動こうとしないので、俺には絶命しているようにしか思えなかった。
(まあ、これが山の中を歩いていたりしたら、人影と見間違うことはあるかもしれないけど……だけどやっぱり、野人って言うほど人間には似ていないなあ)
何せ、顔にまでびっしり毛が生えており。サルというよりはナマケモノに近い風体であるのだ。そういえば、手足の先には鋭い爪が3本ずつ生えのびており、それがいっそうナマケモノめいていた。
(ダグたちが山と森の境に足を踏み入れたとき、誰かが声をあげて恫喝したっていうから、それは赤き野人のしわざなんじゃないかと考えてたけど……こいつが人間の言葉を喋れるとは思えないな)
それに俺は、もうひとつの違和感にも思い至った。
この獣は、どこも赤くないのである。その姿で『赤き野人』と称される理由が、俺にはちっともわからなかった。
「アスタ、赤き野人の見物に来たのか?」
と、聞き覚えのある声が背後から投げかけられる。
振り返ると、そこに立ちはだかっていたのはライエルファム=スドラであった。
「ああ、ライエルファム=スドラ。今日はスン家じゃなくてフォウ家の狩り場で仕事をしていたのですか」
護衛役の仕事から解放されたスドラ家の狩人たちは、1日置きにスンとフォウの狩り場で働いていたのだ。
ライエルファム=スドラは、皺深い顔にいっそう深い皺を刻みながら、「うむ」とうなずいた。
「王都の監査官どもを退けたと思ったら、今度はこの騒ぎだ。まったく、厄介なことになったものだな」
「そうですね。でも、山を下りた三獣は、どのように扱っても許されるのでしょう?」
「それはそうかもしれんが、まさか赤き野人があのような姿をしているとは思わなかったからな。あれでは、俺だって捨て置くことはできなかっただろう」
言葉の意味がわからなくて、俺は首を傾げることになった。
その姿を見て、ライエルファム=スドラは眉をひそめる。
「何だ、アスタはまだ野人の姿を見ていなかったのか?」
「え? いえ、野人だったら、ここからでも見えますが……」
「何を言っている。あれは、野人が腕に握りしめていた山の獣だ」
そう言って、ライエルファム=スドラは人垣の向こう側を指し示した。
「野人は、あちらで眠っているぞ。その姿を見れば、アスタも俺の心情を理解できるはずだ」
俺は大いに驚きながら、トゥール=ディンやジルベとともに、その場を離れることにした。
ライエルファム=スドラの後について歩を進めると、人垣の向こうにさらに大きな人垣ができている。本命は、そちらの人垣であったのだ。
「あまり近づくなよ。目を覚ましたら、どのような行動に出るかもわからんからな」
俺はライエルファム=スドラにうなずき返しつつ、その人垣に近づいていった。
すると、それに気づいた人々が、俺たちのために場所を空けてくれる。そちらには、女衆や幼子ばかりでなく、狩人の姿が多数見られた。
「おお、アスタか。どうにも厄介なことになってしまった」
そのように述べたのは、バードゥ=フォウだった。
そちらに返事をしようとした俺は、視界に飛び込んできた存在のせいで息を呑むことになった。
こちらでも、家の前に敷物が敷かれて、その上に見知らぬ存在が横たえられている。これこそが、モルガの赤き野人であるのだろう。
だが――その者は、身体に衣服を纏っていた。
さらに、立派なマントまで纏っている。
腰には帯を巻き、そこに差し込まれているのは、木製の鞘だ。
それはどこからどう見ても、俺たちと変わらない人間の姿であったのだった。