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異世界料理道  作者: EDA
第三十一章 波乱の幕開け
537/1705

緑の月の九日③~疑惑~

2017.12/3 更新分 1/1 ・2023.1/2 一部文章を修正。

「それでは、次の審問に取りかかりましょう」


 そう言って、タルオンは視線を左側に差し向けた。

 そこに座しているのは、バルシャとジーダだ。


「マサラのバルシャ。トゥラン伯爵家の先代当主サイクレウスとその実弟シルエルの罪が確定されたのは、あなたの証言によるものである、とされておりますな」


「ああ。シルエルって男は、あたしの伴侶に悪巧みを持ちかけてきた張本人だったからね」


「あなたの伴侶、盗賊団《赤髭党》の党首ゴラムでありますな。聞くところによると、その人物はシルエルの率いるジェノス護民兵団の手にかかり、処断されたという話になっております」


「そうらしいね。この目で確認したわけじゃないけどさ」


「では、シルエルという人物には、たいそうな恨みを抱いていたことでありましょうな」


 バルシャは褐色の髪をばりばりとかきながら、溜息をついた。


「今度はあたしがシルエルを陥れたんじゃないかっていうお話かい? そりゃまあ、そいつは伴侶の仇さ。でも、ゴラムはさんざん貴族たちからもお宝を頂戴していたからね。バナームの使節団やらシムに向かう商団の人間やらを皆殺しにしたっていう話は大嘘だったとしても、首を刎ねられるだけの罪は重ねてきた。それで逆恨みするほど、腐った性根はしていないつもりだよ」


「ふん。お前とて、その盗賊団の一味だったのだろうが?」


 ドレッグが憎々しげに口をはさむと、バルシャは「ああそうさ」と肩をすくめた。


「だからあたしは、首を刎ねられる覚悟で、このジェノスにまで出向いてきたんだ。それでゴラムの汚名をそそげるなら、安いもんさね。今からでもあたしの首を刎ねようってんなら、逃げやしないよ」


「ほう、その首を捧げるというのか?」


「ああ。あたしに恩赦をくださったのは、ジェノスの侯爵様だ。侯爵様がそれを取り消すってんなら、あたしの側に逆らいようはないさ」


 バルシャの表情に、迷いはなかった。

 ただ、そのかたわらで、ジーダはきつく唇を噛みしめながら、黄色みがかった瞳を燃やしている。

 それをなだめるように、タルオンが笑顔で発言した。


「いささか話がずれてしまったようですな。この審問にてうかがいたいのは、あくまでトゥラン伯爵家にまつわる話についてなのです」


「ふん。これ以上、何を聞きたいって言うのかねえ?」


「シルエルという人物は、本当に罪人であったのでしょうか? 《赤髭党》に商団を襲うように持ちかけてきたというのは、本当の出来事であったのでしょうか?」


「それも、今さらの話だね。あいつの顔には、怒ったゴラムに切りつけられた傷がくっきりと残されていたよ」


「それでシルエルは、自分の罪を認めたのでしょうか?」


「認めたからこそ、やぶれかぶれで矢を射かけてきたんだろうねえ。それについては、あたしなんざに聞く必要もないはずだろう?」


 バルシャはいくぶんうんざりした様子で、メルフリードたちのほうに視線をやった。

 その場にはメルフリードも居合わせていたし、マルスタインだって騒動の直後に乗り込んできたのである。


「確かにサイクレウスとシルエルの両名は、ジェノス侯爵家のメルフリード殿をも謀殺しようとした罪で、捕らわれることになりました。……しかし、その場に居合わせたのはメルフリード殿と、あなたがた親子と、森辺の民と、そしてカミュア=ヨシュのみであったはずですな?」


「だから、その全員が口裏をあわせたってのかい? そんなことを言いだしたら、なんにも話が進みはしないじゃないか」


 そう言ってから、バルシャはにやりとふてぶてしく笑った。


「それに、その場にはもうひとり、貴族の御方がいらっしゃったはずだよねえ。名前は忘れちまったけど、カミュア=ヨシュがバナームの貴族様を引き連れていたはずだ。その御方だったら、ジェノス侯爵家や森辺の民に肩入れをする理由もないだろうさ」


 それちょっと懐かしい貴族の若君、ウェルハイドのことであった。

 確かに彼も、対決の場には同席していたのだ。


「あたしたちの証言が疑わしいっていうんなら、あの貴族様に話を聞いてみりゃあいいじゃないか。一緒に殺されかけた身なんだから、当時のことを忘れたりはしないだろうよ」


「……ええ、もちろん、バナームにも使者をやっています。いずれ、報告が届けられることでしょう」


 これぐらいの反論は予想済みであったのか、タルオンは余裕たっぷりの表情で微笑んでいる。

 それからタルオンは、バルシャのとなりで野獣のように瞳を燃やしているジーダのほうに視線を移動させた。


「マサラのジーダ、トゥラン伯爵家に幽閉されていたというアスタを救うために、あなたは通行証もないままに、城下町へと侵入したそうですな」


 ジーダは、無言のままうなずいた。

 その不遜な態度に気分を害した様子もなく、タルオンは「なるほど」と微笑んでいる。


「しかしその数日前、あなたはアスタを含む森辺の民を襲撃したのだと聞いております。そんなあなたが、何故にアスタを救うことに協力しようと思いたったのでしょうか?」


「……俺は、森辺の民こそが父ゴラムの仇だと思い込んでいた。しかし、それが誤解とわかったから、刀を向けてしまった罪をつぐなうために、一度だけ力を貸そうと思いたったのだ」


「ふむ。では、あなたの父親の仇とは、いったい誰であったのでしょう?」


「知れたこと。父ゴラムにあらぬ罪をかぶせた、トゥラン伯爵家の貴族どもだ」


「では、それをあなたに教えたのは、誰であったのでしょう?」


 ジーダはしばらく口をつぐんでから、やがて忌々しげに言い捨てた。


「それは、ファの家のアイ=ファとアスタだ。しかし俺は、その言葉だけを鵜呑みにしたわけではなく――」


「ええ、もうけっこうでありますよ。それでは、最後の質問です」


 ジーダの反論をやんわりとさえぎって、タルオンはバルシャのほうに向きなおった。


「家族の仇を討ち、過去の罪を赦免されたあなたがたは、どうして故郷のマサラに帰らずに、森辺の集落に留まっていたのでしょう? それは、誰の意思による、どのような判断であったのでしょうか?」


「それを決めたのは、あたしだよ。あたしが《赤髭党》の生き残りだって話は王国中に広まっちまったっていう話だったから、のこのこマサラに帰る気にはなれなかったのさ」


「それは、何故でしょう?」


 執拗に尋ねるタルオンに、バルシャは面白くもなさそうな笑みを返す。


「腹を立てないで聞いてほしいけど、マサラの荒っぽい連中なんかは、貴族を毛嫌いしているんだよ。だから、あたしがゴラムの妻で、ジーダがゴラムの子だなんてことが露見しちまったら、それこそ英雄扱いされかねないのさ。だから、ほとぼりが冷めるまでは帰る気持ちになれなかったんだよ」


「ほう、それはまた……」


「それにね、故郷に戻ったところで、あたしには縁者のひとりもいない。だから、ジーダはこのモルガの森辺に居残ったほうが立派な狩人になれるだろうって思いたったのさ。ここには、手本にしたいような狩人が山ほど居揃っているからね。許されるなら、もう数年ばかりはお世話になりたいもんだと考えているよ」


「なるほど」とタルオンは笑顔でうなずいた。

 納得がいったのかそうでないのか、内心を推し量ることは難しい。


「とりあえず、あなたがたへの審問は、以上です。それでは、次は――あなたがたの番ですな」


 タルオンの視線が、右側に傾けられる。

 そこに座しているのは、ミケルとマイムの親子である。


「トゥランのミケル、あなたはサイクレウスに逆らったばかりに、料理人として生きる道を絶たれたそうですな」


 ミケルは、無言でうなずいた。

 マイムは胸もとで指先を組みながら、不安そうに父親と貴族の姿を見比べている。


「そうしてサイクレウスが失脚した後、あなたはトゥランから森辺の集落に居を移しました。これはいったい、どのような経緯で行われたことなのでしょう?」


「……俺はトゥランの家で、強盗に襲われた。このままでは娘の身も危うくなると思い、森辺の民の好意に甘えただけだ」


「なるほど。では、あなたはどういった経緯で森辺の民と縁を結ぶことになったのでしょうか? トゥランで炭焼きの仕事をしていたというあなたには、宿場町や森辺の集落に出向く機会もなかったように思えるのですが」


「……この場での虚言は叛逆罪とみなされる、という話だったな」


 ミケルは小さく息をついてから、底光りする目でタルオンを見返した。


「俺と森辺の民を引き合わせたのは、そこのシュミラルという男だ。森辺の民はトゥラン伯爵ともめているようだから、伯爵が何か悪さをしているなら、それを森辺の民に伝えてやってほしいと願われた」


「ほう……なるほど、そのような経緯があったのですか」


 タルオンは満足そうに微笑み、今度はシュミラルに視線を移した。


「では、何故あなたはミケルにそのようなことを願ったのでしょうか、シュミラル?」


「はい。私、宿場町、留まっていたので、アスタ、縁を結ぶこと、なりました。そして、トゥラン伯爵家との確執、知ることになったのです。確執の内容、知りませんでしたが、アスタの力、なりたかったのです」


「ふむ……あなたはもともと、トゥラン伯爵家と商売をされていたそうですな」


「はい。シムの食材、シムの刀、売っていました。当時、シムの食材、売る商人、みな、サイクレウス、取り引き、あったはずです」


「それなのに、何故あなたは森辺の民に肩入れをしたのでしょうか?」


 シュミラルは、いつもの調子で小首を傾げた。


「アスタ、森辺の民、みな、心正しく、清廉、思いました。正しい人間、苦しむ、おかしい、思いました。その力、なりたい、願う、おかしなことでしょうか?」


「それで大事な商売相手を失ってもかまわない、と?」


「はい。サイクレウス、悪人ならば、商売したくない、思いました。通行証、失う、残念ですが、シムの商品、欲する人間、他にたくさんいます。サイクレウス、失うこと、重要、ありません」


 それは実にシュミラルらしい言葉であった。

 タルオンが「なるほど」と言葉を切ると、ドレッグが待ちかまえていたように声をあげる。


「しかしお前は、森辺の民に肩入れしたばかりか、ついには神を捨ててまで森辺で暮らす道を選んだ。それは、普通の話ではあるまい」


「はい。珍しい話、思います」


「珍しいなどという言葉でおさまるものか。そもそもお前は、本当にシムからセルヴァに神を乗り換えたのか?」


「はい。王都、城下町の大聖堂、神を移す儀式、行いました。宣誓、必要でしょうか?」


 ドレッグがせせら笑いながら顎をしゃくったので、シュミラルは立ち上がり、宣誓の言葉を述べてみせた。


「私、シュミラル、西方神の子であること、誓います」


 左腕で心臓をつかむようなポーズを取り、右腕は大きく横に広げている。ここで虚偽の言葉を吐けば、死後に魂を砕かれるという、四大神への宣誓の儀式である。

 シュミラルは静かに手を下ろして、また着席した。


「ふん……それでお前は、森辺の娘を見初めたからシムを捨てたなどとほざいているらしいな」


「はい。それに、森辺の民、生き様、美しい、思いました。だから、シム、捨てる決断、できたのです」


「何が美しい? シムの商人として生きてきたお前が、狩人の集落でどのように生きていこうというのだ?」


「狩人、仕事、習っています。未熟ですが、猟犬、助けられています」


「ああ、あなたが森辺の集落に猟犬というものをもたらしたそうですな。しかもそれは、王都アルグラッドで買いつけた猟犬であったとか」


 タルオンの言葉に、シュミラルは「はい」とうなずく。


「私、狩人として、力、足りません。ゆえに、猟犬の力、必要、思ったのです。族長ドンダ=ルウ、私、森辺の家人、なること、許してくれました。幸福、思います」


「……ちなみにあなたは、《黒の風切り羽》という商団と何か関わりを持たれていたのでしょうかな?」


「いえ。《黒の風切り羽》、有名なので、名前、知っていましたが、交流、ありません。先日、初めて、団長のククルエル、挨拶、交わしました」


「そうですか。ククルエルという人物も、そのように申しておりました」


 そこでいったん、沈黙が訪れた。

 マイムを除けば、これでひと通りの人間が審問に応じたことになる。

 しかし、そのほとんどは、すでに知れ渡っている話ばかりである。新しい話といえば、せいぜいシュミラルとミケルに繋がりがあったということのみであるはずだった。


「……そういえば、先日、トゥランの視察におもむいたのですが」


 と、タルオンが何気なく発言する。


「そこには、石窯というものが作られておりました。あれは、あなたが作り方を指南されたそうですな、トゥランのミケル」


「……ああ、そうだ」


「そして、あなたの娘は森辺の民とともに、城下町の料理人の集いに参加したのだと聞いています。城下町を放逐されたあなたが、トゥラン伯爵家を失墜させることによって、また新たな富と栄誉をつかみかけている、ということのようですな」


 マイムが顔色を変えて、何か言葉を発しようとした。

 しかし、タルオンは手を上げてその発言を制止させる。


「そういえば、北の民にもっとまともな食事を与えるように進言したのは、森辺の民であるそうですな。その進言を受け入れて、ジェノス侯爵は北の民たちに石窯を造らせることを許したのだと聞いております」


 やはり、そういった話も筒抜けであるらしい。

 タルオンは卓に両方の肘をついて、笑った口もとの前で骨ばった指先を組み合わせた。


「べつだん、それ自体は責められるような話ではありません。他の領地では、もっと北の民を厚く遇している場所も存在するぐらいでありますからな。あくまで奴隷として身柄を縛り、王国のために働かせることができれば、どのように扱おうとも、それは領主の自由であるのです」


「…………」


「ただ……やはりこの一年足らずで、ジェノスはずいぶん大きく変わったように感じられます。そして、それらの話の裏側には、どれも森辺の民の存在がうかがえるのです」


「……ジェノスが大きく変わったのは、トゥラン伯爵家とスン家の罪が暴かれたゆえであろう。森辺の民はその一件に深く関わっていたのだから、何も不思議ではないように思えるが」


 アイ=ファの言葉に、タルオンは「そうでしょうか?」と目を細めた。


「わたしには、いささか不自然であるようにも思えてしまいます。それまではジェノス侯爵に匹敵するほどの権勢を誇っていたトゥラン伯爵家が失脚し、その代わりと言わんばかりに、森辺の民がさまざまな恩恵を受けるようになった。以前はジェノスの誰よりも貧しかったあなたがたが、今では町で料理や肉を売り、高価な猟犬を何頭も買いつけられるほどの豊かさを手に入れることがかなったわけですな」


「それが、間違ったことであると?」


「いえいえ。ただ、あまりに急激な変わりようであると感じたまでです」


 アイ=ファは軽く首を振ってから、あらためてタルオンの姿を見据えた。


「やはりあなたがたは、我々がジェノス侯爵家と手を携えて、トゥラン伯爵家の富を奪ったなどと考えているようだな。繰り返すが、我々は悪人どもの罪を暴いただけだ」


「ええ。森辺の民というのは、実に質実な気性であられるようです。族長たちも、あなたや、昨晩の幼子たちも、いかにも純朴で、汚れを知らぬ人々であるように見受けられます」


「ふん。それこそ、自由開拓民のようにな」


 酒杯をすすりながら、ドレッグがまぜっかえす。

 タルオンは、「ええ」とそれを受け流した。


「言葉は悪いですが、あなたがたがそこまで入り組んだ陰謀を思いついたり、それを実行しようとしたりするようには思えません。ただ……純朴であるがゆえに、陰謀に巻き込まれてしまうことはありえるのではないでしょうか?」


「陰謀に、巻き込まれる?」


「はい。トゥラン伯爵家を失脚させようという陰謀に、ですね」


 アイ=ファは、内心の苛立ちをこらえるように、眉をひそめた。


「サイクレウスは、自分の罪を認めていた。他にも、さまざまな証が出ている。その罪を暴くことが、どうして陰謀になってしまうのであろうか?」


「ええ、トゥラン伯爵家の先代当主は、確かに罪を働いていたのやもしれません。ただ、トゥラン伯爵家がジェノス侯爵家にとって目障りであったというのは、確かな話であるのです。そして、トゥラン伯爵家を失脚させることで、ジェノス侯爵家は残りのダレイム伯爵家とサトゥラス伯爵家を掌握することがかないました。これは我々にとって、見過ごすことのできない事態であるのです」


 もともと三つの伯爵家は、ジェノス侯爵家のみが権勢を手中にすることを抑制させるために作られた地位なのだと、俺は聞いている。それを俺に教えてくれたのはカミュア=ヨシュやザッシュマなどであるが、タルオンたちの様子を見ている限り、それは真実であるようだった。


「ジェノス侯爵は森辺に道を切り開き、シムとの縁をより強く結ぼうと画策しておられるようです。また、それをジェノス侯爵に進言したのも、《黒の風切り羽》というシムの商団であったと聞いております。そして、ジェノス侯爵家に力を与えたのは、シムの血を引く森辺の民――ここまで手札がそろってしまうと、やはりジェノス侯爵家やシムの思惑を疑わずにはいられません」


「それは、ジェノスがゼラド大公国という国と同じように、独立を企んでいるという話であろうか? それこそ、我々には関わりのない話だ」


「ええ。ですが、あなたがたのご活躍により、いっそうその地盤が固められてしまったように思えます」


 そうしてタルオンの目が、アイ=ファから俺のほうにと戻されてきた。


「アスタ、あなたも本当は、シムの民なのではないでしょうか?」


「いえ、決してそのようなことはありません」


「そうでしょうか。しかしあなたは、東の民のように艶やかな黒髪と黒い瞳をしております。肌の色だけは西の民さながらでありますが、西と東の混血と考えれば、まあ不思議ではないでしょう」


 それは、完全な言いがかりであった。

 俺は呼吸を整えつつ、何とか冷静に応じてみせる。


「だけど自分は、シムの言葉を聞き取ることはできませんでした。何かの事情で頭が混乱しており、実はこの大陸の生まれであったとしても、東の民ではなく西の民であったのだろうと思います」


「それが真実であるかどうかを、わたしたちが知るすべはありません。しかしまあ、その若さでそこまで西の言葉が巧みであるのですから、シムの生まれであると断ずるのは、いささか早計であるやもしれませんな」


 俺は安堵の息をつきかけた。

 しかし、タルオンの追及は、そこで終わらなかった。


「ですが、大陸の外から訪れたというあなたの言葉も、やはり信ずることは難しいです。あなたはもともと西の民であり――そして、ジェノス侯爵に雇われた身であるのではないですか?」


「ジェノス侯爵に雇われた? 申し訳ありません。言葉の意味が、よくわからないのですが……」


「ですから、あなたは森辺の民を懐柔するために雇われた、間諜なのではないかとお尋ねしているのです。そう考えると、さまざまなことに辻褄が合うように思えてしまうのですよ、アスタ」


 それでも俺は、タルオンの言葉がいまひとつ理解できなかった。

 いや、理解することを頭が拒んでしまったのだろうか。それは、さきほど以上の大いなる言いがかりであったのだ。


「昨年から続く変動の裏側には、いずれも森辺の民の存在が感じられる。わたしはさきほど、そのように申しました。しかし正確に言うと、もっとも強く存在が感じられるのは、あなたとカミュア=ヨシュなのですよ、アスタ」


 そう言って、タルオンはにこりと微笑んだ。


「あなたは、ジェノス侯爵が森辺の民を掌握するために準備した存在なのではないですか? 貴族に反感を抱いていた森辺の民を懐柔するために、ジェノス侯爵はあなたを森辺の集落に送り込んだ――それこそが、そもそもの始まりだったのではないでしょうか?」

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