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異世界料理道  作者: EDA
第三十一章 波乱の幕開け
531/1675

緑の月の七日~召喚~

2017.11/27 更新分 1/1

・今回の更新は全8話です。

《キミュスの尻尾亭》においてカミュア=ヨシュとの再会を果たしてから、2日間は平穏に日が過ぎていた。


 宿場町に陣取った200名の兵士たちも、ときどき無法者たちと小競り合いをするぐらいで、大きな騒ぎを起こすこともなかった。そして、彼らが善良なる民に理由もなくちょっかいを出すような輩ではないということが知れ渡ると、宿場町には急速に落ち着きと活気が同時に蘇ってきたようだった。


 なおかつ、我がギバ料理の屋台においても、日増しに兵士たちが来訪するようになっていた。

 これまではダグの率いる10名ばかりの部下たちとイフィウスぐらいであったのに、彼らから噂を聞きつけた別の兵士たちもこぞってギバ料理を求めるようになったのだ。


「ようやく《南の大樹亭》に居座っている連中も、ギバの料理を注文するようになったぞ。おかげさんで、おやっさんがうるさくてなあ」


「うるさくして何が悪い! 昨晩などは、あいつらのせいで森辺の民から買いつけたという料理が売り切れてしまったのだぞ!」


 兵士たちがギバ料理を注文しようともしなくとも、けっきょく憤慨することになるバランのおやっさんである。

 ともあれ、《南の大樹亭》でも《キミュスの尻尾亭》でも売れ残りの心配なくギバ料理を出せるようになったのは、実にありがたい話であった。


 そして、もう一点、ありがたい話がある。

 カミュア=ヨシュと再会を果たした翌日あたりから、《キミュスの尻尾亭》にまた他の宿からのお客が流れてくるようになったのだ。


 その先陣を切ったのは、シムの民たちだった。

 シムの民の御用達であった《ラムリアのとぐろ亭》を筆頭に、多くの宿屋がキャパオーバーを起こしてしまったために、彼らの多くはギバ料理を扱っていない宿屋に移ることになり、それで辛抱たまらなくなってしまったようなのである。


 そういったギバ料理難民が多数、《キミュスの尻尾亭》にも訪れることになった。

 そして、彼らが王都の兵士たちともめることなくギバ料理にありつけたという話が広まると、西の民のお客までもが《キミュスの尻尾亭》を訪れてくれるようになったのだった。


 宿場町においてギバ料理を扱っている宿屋は、いまだ数えるほどしか存在しない。また、肉の市場でギバ肉を買い求める宿屋というのは多少なりとも資産にゆとりのある大きな宿屋であり、そういった場所に限って王都の兵士を受け入れる羽目になっていたものだから、自然と一般のお客たちはギバ料理から遠ざけられる事態に至っていたのである。


 言ってみれば、そういうお客たちが本来の権利を取り戻すべく、ギバ料理を扱っている宿屋に押し寄せてきたようなものであった。

 おかげさまで、《キミュスの尻尾亭》は以前と変わらぬ忙しさを取り戻すことがかなったわけだった。


 そのお相手をするのは、負傷したミラノ=マスに代わって厨を取り仕切るテリア=マスと、その助力を申し出た俺およびレイナ=ルウである。

 カミュア=ヨシュと再会した翌日とその翌日などは、それまでよりも5割増しで忙しく感じるほどであった。


 しかし、こういう忙しさは大歓迎である。俺たちは、どのお客にも喜んでもらえるように、誠心誠意、真心をこめてその仕事に取り組ませていただいた。


「いやあ、ギバ料理はたいそうな人気だねえ。いまやジェノスには欠かせない名物料理のようじゃないか」


 カミュア=ヨシュは、そのように述べていた。

 日中は城下町に出向いて暗躍に励んでいるようであるが、夜には宿場町に戻ってきて、《キミュスの尻尾亭》で晩餐を取るのが、カミュア=ヨシュの日課となった。美味なる料理を食すると、泣きそうな顔をしたり無表情になったりと、理由のわからない百面相をお披露目することになるカミュア=ヨシュであるので、ルド=ルウやダン=ルティムなどはその姿を見て大いに笑っていた。


 ともあれ、緑の月の6日目までは、そうして平穏に過ごすことがかない――そうしてその日、緑の月の7日がやってきたのだった。


                  ◇


「いやあ、昨晩も森辺の民の料理にありつけなかったからな。ナウディスには悪いが、夜が明けるのが待ち遠しかったよ」


 そのように述べたてたのは、建築屋のアルダスであった。

 昨晩は屋台の商売も休業日であったので、宿屋に料理を卸す仕事もお休みであったのだ。


「おやっさんなんかは、アスタの手伝っている宿屋に行きたくてうずうずしてたみたいだけどな。さすがにナウディスに悪かったから、我慢させたんだ。ナウディスのギバ料理だって、十分に美味いことだしな」


「ふん! 今日は休み明けなのだから、あのかくにとかいう料理を売りつけたはずだな? こればかりは、他の連中には譲らんぞ!」


 おやっさんは、今日も元気いっぱいの様子であった。

 仕事のほうも順調なようで、何よりである。


「でも、他の屋台もずいぶん様変わりしたみたいだな。昨日はアスタたちが休みだったから、少しでも上等な食事にありつこうと思って、ひと通り覗いてみたんだが、どこでも普通にタウ油や砂糖を使っているから、驚いたよ」


「はい。食材を独占していた貴族が罪人として裁かれましたからね。いまは銅貨さえ出せば、どんな食材でも手に入れられるようになりました」


「ふん! しかし、ギバ肉より高いカロンの胴体の肉を使いながら、粗末な料理を出している店は許せんな! どうしてギバ料理より多くの銅貨を支払って、あんな粗末なものを食わなくてはならんのだ!」


 宿場町でも、ごく少数ながら、カロンの胴体の肉を扱っている屋台は存在した。おやっさんは、そちらの屋台で昨日の昼食を購入したらしい。


「さまざまな食材を使えるようになってから、まだ1年も経ってはいませんからね。城下町の料理人をつとめておられる御方がそういう目新しい食材の扱い方を手ほどきしてくれていますから、これからもどんどん立派な料理が増えていくはずですよ」


 そういえば、ヤンが手伝いをしている《タントの恵み亭》には、百獅子長イフィウスを始めとする20名の兵士が滞在しているのだと聞いていた。

《タントの恵み亭》は宿場町でもっとも立派な宿屋であり、また、主人のタパスは商会長までつとめているので、そういう布陣となったのだろう。そして、《タントの恵み亭》ではギバ料理を扱っていないために、イフィウスは毎晩《キミュスの尻尾亭》を訪れることになったわけである。


「そういえば、今日は兵士たちの姿が見えんようだな」


 俺が日替わりメニューの『ギバ肉の卵とじ』をこしらえている間に、アルダスがそのように問うてきた。


「ええ。彼らがやってくるのは、だいたい中天を過ぎてからですよ。以前にみなさんが出くわしたときも、それぐらいの刻限だったでしょう?」


 建築屋の面々は、キリのいいところまで仕事を仕上げてから休みを入れるので、屋台を訪れてくれる時間もまちまちであった。朝一番で並んでいることもあれば、中天を過ぎてからやってくることも珍しくないのだ。

 ちなみに現在は、朝一番の混雑を乗り越えて、中天まであと半刻ばかりという頃合いであった。


「こっちの宿屋に居座ってる連中も、日を追うごとに大人しくなっているようだ。まあ、酒が入れば多少はつっかかってくることもあるが、それはどこでも一緒だしな」


「そうですか。それなら、よかったです」


「ああ。兵士なんざともめてもロクなことにはならないし、このまま大人しく王都に戻ってもらいたいもんだよ。……しかし、そういうわけにもいかんのかな」


 と、アルダスが通りの南側に目を向けながら、眉をひそめた。

 その視線を追った俺も、思わずぎょっとしてしまう。南の方角から、甲冑を纏った王都の兵士たちが進軍してきていたのだ。


 通りを行き交う人々は、もちろん目を丸くして、道の端に逃げていた。

 その間にできた道を通って、兵士たちは二列縦隊で突き進んでいく。初めて宿場町を訪れたときと同じように完全武装で、ひとりが1頭ずつのトトスを引き連れていた。


「王都に帰る――ってわけでもなさそうだな。たしか来たときは、トトスに荷袋を背負わせていたはずだ」


 アルダスは探るような目つきでその進軍を見守っており、おやっさんは仏頂面であった。

 そして俺のかたわらには、背後に控えていたライエルファム=スドラがぴったりと身を寄せてきている。


「殺気などは感じられないが、普段とは比べ物にならぬほど、張り詰めた気配を放っているな。こちらのほうが、あいつらの本性というわけか」


 ライエルファム=スドラは、低い声でそのように述べていた。

 その間に、兵士たちは粛々と屋台の前を通りすぎていく。


 その先頭を歩くのは、百獅子長のイフィウスであった。

 周囲の兵士たちよりも立派な房飾りを兜から垂らしており、そして、トトスのくちばしのように鋭い鉄の鼻を覗かせているので、彼を見間違えることはない。


 そして、しばらく経つといったん列が途切れて、次の部隊が姿を現した。

 それを率いているのが、きっとダグなのだろう。面頬のおかげで顔はわからないが、イフィウスと同じぐらい立派な房飾りを垂らしている。


 ダグもイフィウスも他の兵士たちも、真っ直ぐ前だけを向いており、俺たちのほうなどに目を向けてくることもなかった。

 そして、宿場町の区域を出た者から、順番にトトスにまたがって、道を駆けていく。相変わらず、それはロボットじみた規律であった。


「城下町にでも向かったのかな。戦なんぞにならんことを祈るばかりだよ」


 南の民らしい豪放さで笑い、アルダスは青空食堂のほうに引っ込んでいった。

 料理の皿を受け取りつつ、おやっさんは「ふん」と鼻を鳴らしている。


「あんな暑苦しい格好で、ご苦労なことだ。貴族なんぞに顎で使われる人生など、俺はまっぴらだ」


 それは何となく、兵士たちに同情しているようにも聞こえる言葉であった。

 イフィウスともめた一件で、おやっさんも何か思うところがあったのだろうか。短絡的な一面は否めないものの、このおやっさんがただそれだけの人物でないということは、俺もよく知っているつもりであった。


 そうしておやっさんも青空食堂に向かい、通りの人々も気を取りなおしたようにそれぞれの目的地へと向かう。

 そんな折に、「よう」と声をかけてくるものがあった。


「ひさしぶりだな、アスタ。元気そうで何よりだ」


「あ、ザッシュマ! ジェノスに戻られたのですね」


「ああ。ジェノスが何やらおかしなことになっていると聞きつけてな」


 それはカミュア=ヨシュの友人にして《守護人》たるザッシュマであった。

 彼とも顔をあわせるのは、けっこうひさびさのことである。無精髭の浮いた頬を撫でさすりながら、ザッシュマは「ふふん」と陽気な笑みを浮かべた。


「俺は街道の北側からやってきたんで、まずは城下町に寄ってみた。馴染みの宿屋に顔を出したら案の定、《北の旋風》からの言伝が残されていたよ。今回はまた、ずいぶんややこしいことになっているようだな」


「はい。王都の視察団というのが、ここまで大掛かりなものだとは思いませんでした」


「王都の連中は、ときたまこういうことをやらかすんだよ。自分で勝手に領土を広げたくせに、地方領主が謀反を起こさないかと不安でたまらないんだろうな」


 その明るく輝く茶色の瞳が、俺のかたわらに控えたライエルファム=スドラのほうに向けられる。


「よお、あんたには見覚えがある気がするぞ。以前もアスタたちの護衛役を受け持ってたよな」


「ああ。スドラ本家の家長、ライエルファム=スドラというものだ。お前はたしか……カミュア=ヨシュの仲間だな?」


「ああ。メルフリード殿にも世話になっているんで、今回も首を突っ込ませてもらおうと思っているよ」


 カミュア=ヨシュにレイトにザッシュマと、いよいよ役者がそろってきた。

 それは、心強く思うのと同時に、やはりサイクレウスが健在であった時代を思い出させてやまない顔ぶれであった。


「ま、俺なんかにつとまるのは、せいぜい使い走りぐらいだがね。どんな計略でも、そういう役目をする人間がいないと上手く回るもんじゃない。《北の旋風》の可愛らしいお弟子と一緒に、せいぜい走り回ってやるさ」


 そう言って、ザッシュマはいっそう愉快そうに微笑んだ。


「だけどその前に、まずは腹ごしらえだ。数ヵ月ぶりのギバ料理を堪能させていただこうかな」


「はい。ちょっと待っていてくださいね」


 俺は鉄板にギバ肉とアリアを落として、卵とじの準備を始めた。

 その間に、ザッシュマがさっそく有益な情報をもたらしてくれた。


「で、さっきの兵士たちだがな、あれはどうやらトゥランの視察に向かったらしいぞ」


「あ、城下町ではなく、トゥランでしたか」


「ああ。トゥランには何百っていう北の民がいるからな。そいつを視察するために、護衛役の兵士を根こそぎ招集したってわけだ」


 十分に予測できた事態とはいえ、やっぱり俺は胸騒ぎを止めることができなかった。

 彼らはマヒュドラの軍と実際に刃を交えている王都の軍隊なのである。そんな彼らの目に、トゥランで働く北の民の姿は、いったいどのように映るのか――俺としては、心配しないわけにはいかなかった。


(エレオ=チェルは、元気にやっているだろうか……それに、シフォン=チェルも、どうなったんだろう)


 俺はギバ肉とアリアにタウ油ベースのタレをからめてから、キミュスの卵を落として、専用の蓋をした。

「いい匂いだな」とザッシュマは鼻をひくつかせている。


「まあ、ジェノス侯爵ってのは《北の旋風》に劣らずしたたかであるようだから、心配はいらないさ。トゥラン伯爵をとっちめた後も、ジェノス侯爵と森辺の民はうまくやっていたんだろう?」


「はい。むしろ、ずいぶん優遇されているように感じられるぐらいです」


「ふむ。用心するとしたら、そこのところぐらいだろうな。ジェノス侯にしてみれば、これまでの扱いが不当であったという考えで、森辺の民を真っ当に扱おうとしているのだろうが……気位の高い王都の人間には、なかなか理解しにくい部分かもしれん」


 そう言って、ザッシュマは少しばかり真剣そうな目つきをした。


「俺も正式な認可を受けた《守護人》だから、王都の貴族と関わる機会がないわけでもない。貴族とひと口に言ったって、そりゃあ色々な人間がいるもんだ。今回は、ちっとばっかり厄介な人間が集められたようだから、森辺の民も性根を据えて立ち向かうべきだろうな」


「はい。ザッシュマやカミュアが力を貸してくださるなら、本当に心強いです」


「なに、俺は雇い主たるメルフリード殿のために微力を尽くすばかりさ。まだ正式な依頼を受けたわけじゃあないが、あの御仁だったら曲がったことは絶対に許さないだろう。きっと、メルフリード殿と森辺の民は、そういう部分で気があうんだろうと思うよ」


 ザッシュマがそのように述べたとき、『ギバ肉とアリアの卵とじ』が完成した。

 半熟の卵がふるふると震えるその料理を木皿の上に盛りつけると、ザッシュマが瞳を輝かせる。


「いやあ、実に美味そうだな。どこの土地を巡っても、ギバ料理を思い出すことが多くてさ。朝から腹を空かして、アスタたちの料理を楽しみにしていたんだ」


「ありがとうございます。そんな風に言っていただけて、とても嬉しいです」


 ザッシュマはさらに『ギバ・バーガー』と『クリームシチュー』を購入して、青空食堂に消えていった。


 その後、トゥランに向かった兵士たちが宿場町に戻ってくるよりも早く、俺たちは森辺に帰還することになった。

 夜になって聞いたところによると、トゥランでもべつだん大きな問題は起きなかったらしい。カミュア=ヨシュは得意の潜入の技術を使って、その視察のさまを盗み見したそうなのだ。


「まあ、サイクレウスが失脚する前から、彼らはああして働かされていたのだからね。ジェノス侯爵の不備をあげつらおうとしている王都の貴族たちにも、さして文句をつけることはできないだろう」


《キミュスの尻尾亭》を訪れたカミュア=ヨシュは、そんな風に説明してくれた。

 ちなみにザッシュマはまだ面が割れていないということで、客席のほうで食事を取っており、兵士たちの様子を観察していた。


「あと、アスタが気にしていたリフレイア姫の侍女についてだけれども」


「あ、そちらも何かわかりましたか?」


「うん。これまで通り、姫君のお世話を任されているようだよ。姫君と一緒に隔離されているようだけれども、さしあたって心配の必要はないようだ」


「そうですか。それなら、よかったです」


 俺は、ほっと安堵の息をついた。

 厨の端っこに立ちつくしたカミュア=ヨシュは、目を細めて笑っている。


「だけど、安心ばかりもしていられないね。アスタにとっては、明日が正念場なんだから」


「ええ。だけど俺は、自分にできることをやりとげてみせるだけです」


 この《キミュスの尻尾亭》を訪れる前に、城下町からルウ家に使者がやってきていたのだ。

 それはメルフリードからの使者であり、ファの家のアスタを明日、城下町に召喚する、というお達しであった。


 ただし、尋問やら審問のためではない。

 俺は、王都の貴族たちのために料理を作るべく、呼びつけられることになったのである。


 ファの家のアスタは、本当にリフレイア姫が執着するほどの料理人であったのか。

 また、たびたび城下町に呼びつけられて、料理を作っては多額の報酬を受け取っていた。それは正当な評価であるのか。

 それを確認するために、料理を作るべしと命じられてしまったのである。


「そんなアスタに、ひとつ助言をしておこう。まあ、気休めていどの言葉と思って聞いてもらいたいのだけれども……明日は、ポイタンの料理に力を入れるといいと思うよ」


「ポイタンの料理ですか? それはまた、どうしてです?」


「うん。視察団を取りしきっている貴族の片割れは、バンズという公爵領の出身なのだけどね。その地には、実に広大なポイタンの畑が広がっているのだよ。以前にも話した通り、ポイタンというのは主に兵糧として扱われているものだからさ。マヒュドラやゼラドとしょっちゅう戦を繰り広げている王都としては、かなり重要な土地であるのだよ」


「なるほど。それでさらに、ポイタンが普通の料理にも使えるということがわかれば、いっそうバンズという領地が栄える、ということですか?」


 それはかつて、ポルアースを味方につけたときと似たようなシチュエーションである。

「うん、まあね」とカミュア=ヨシュは微笑んだ。


「それだけで、あの御仁がアスタに感謝の念を抱くとは限らないけどね。まあ、打てる手はすべて打っておくべきだと思うのさ」


「わかりました。もともとフワノは使わずにポイタンだけを使おうかなと思っていたので、ちょうどよかったかもしれません」


 それほど凝った料理を出す予定でもなかったが、それでもポイタンの美味しさを伝えることぐらいは可能だろう。

 俺がそのように考えていると、カミュア=ヨシュは「うんうん」とうなずいていた。


「しかし何よりも、彼らの態度に腹を立ててしまわないことだね。万が一、こんな料理は食えたものではないなどと暴言を吐かれても、穏便にやりすごすことだ」


「はい。その点に関しては大丈夫です」


 たとえ目の前で料理を踏みにじられても逆上などするものか、と俺は事前に覚悟を固めている。

 が、かたわらのアイ=ファはものすごく不満げなお顔になってしまっていた。


「貴族どもは、料理の善し悪しなど関係なく、最初から文句をつけてやろうという魂胆なのではないのか? そうだとしたら、こんな腹立たしい話はないのだが」


「それでも彼らは、腐っても王都の貴族だ。美味なる料理をまずいと評するのは、自分の舌がお粗末だと公言するようなものだからね。そこは気位の高さがいい風に働く可能性もなくはないと思うよ」


 カミュア=ヨシュは、やはりのほほんと笑っている。


「アスタの腕を確かめたいという理由で呼びつけておきながら、それを正当に評価しなかったら、それはもう謀略だ。王都の貴族たるもの、自分たちの正しさを自ら踏みにじるような真似はしない、と信じたいところだね」


 貴族たちの思惑はわからない。

 ともあれ、俺にできるのは、自分にとって最善と思える料理をお届けすることだけであった。

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