黒き騎士の忠誠(中)
2017.9/26 更新分 1/1
青白い月の下で、断末魔の絶叫が響きわたる。
時は深夜、町と町を繋ぐ街道においてのことである。
闇の中で、黒い人影が次々と斬り捨てられていく。街道のわきに荷車をとめて野営していた一団が、急襲を受けたのだ。街道の左右は人跡もまれなる荒野であり、彼らがどれほどの悲鳴をあげようとも、その声は誰の耳にも届かなかった。
このような場所で夜を明かそうとしていたのだから、彼らもそれ相応の護衛役を準備していたことだろう。
しかし、彼らにあらがうすべはなかった。襲撃者どもはいずれもトトスにまたがっており、その数は30名にも及んだのだ。野営をしていた一団の最後のひとりが地に伏すまで、それほど長い時間がかかることはなかった。
「よーし、あらかた片付いたな! 死んだふりをしてる連中にも、きっちりとどめをさしておけよ!」
「ああ、生きたままムントに食われるのは気の毒だからな!」
おぞましい血の悦楽に満ちた蛮声が聞こえてくる。
そうして最後の仕事を果たしたのち、彼らはさらなる声を張り上げた。
「おい、終わったぞ! 黒蛇野郎はどこに行きやがった!?」
黒蛇とは、この地方の人間が東の民を蔑むときに使う呼称であった。
自分は西で生まれた西の民であると説明しても、彼らはまったくその呼び方を改めようとはしなかったのだ。
そのようなことを考えながら、サンジュラは巨岩の陰から彼らのほうに近づいていった。
野営で焚かれていた火が、パチパチと燃えている。その頼りない光に、返り血にまみれた襲撃者どもと無残な亡骸の姿がぼんやりと照らしだされていた。
トトスに乗ったサンジュラが近づいていくと、荷車の中身を物色していた男が「おお」と歪んだ笑みを向けてくる。
「ようやく出てきたな。とっとと手前の仕事を果たしやがれ、黒蛇野郎」
サンジュラの役目は、この凶行の見届け役であった。
仕事は、すでに済んでいる。この状況で、獲物の取り逃がしが生じるとはとうてい思えなかった。
「……銀貨、受け渡します」
サンジュラは、懐から取り出した銀貨の袋を、荷車のそばにいる男のほうに放り捨てた。
男は袋の口を開いて中身を確かめてから、「くひひ」と笑い声をもらす。
「確かにいただいたぜ。それじゃあ、ご主人様によろしくな」
「…………」
「どうしたよ。まだ何か用事でもあるってのか?」
「……この者たち、本当に、謀反人であったのでしょうか? どう見ても、ただの商人です」
「知ったことかよ! 俺たちは、ご主人様の命令通りに働いてやっただけだからな! 謀反人だろうが商人だろうが、俺たちにとっちゃあ飯の種だ!」
他の男たちも、愉快げに笑っていた。
素性もよくわからない相手を斬り捨てて、その亡骸を前にして高笑いすることのできる、彼らはそういう集団であるのだ。
サンジュラはトトスの手綱を引いて、その忌まわしい凶賊どもに背を向けることにした。
(……母上、本当にこれが、あなたの思い描いていた行く末であったのですか?)
松明を手にトトスを走らせながら、サンジュラはそのように考えた。
サンジュラが母を失ってから、はや一年。サンジュラは、サイクレウスの命令に従って、このおぞましい仕事に従事しているのだった。
この一年で、いったいどれだけの死を見届けてきただろうか。
サンジュラ自身が凶行に加わることはなかったが、すでにこの手もどっぷりと血にまみれているような心地であった。
あの凶賊どもに始末を依頼されるのは、すべてジェノスに災厄をもたらす謀反人であるのだと聞いている。
最初の内は、サンジュラもその言葉を信じていた。
しかし、回数を重ねる内に、だんだんその考えも揺らいできてしまっていた。
それに、たとえ彼らが謀反人であったとしても、このような虐殺が許されるのだろうか、という思いもある。彼らが罪人であるならば、きちんと審問の場で裁きを下すのが王国の法であるはずだった。
何にせよ、サンジュラの心は限界に近づいていた。
サイクレウスのために尽くすべし――という母親の言葉がなければ、とっくの昔に逃げ出しているところであった。
(母上……もしかしたら、あなたの愛した人間は、許されざる大罪人であったのかもしれません)
どろどろろした泥濘の中をかき分けているような心地で、サンジュラはひたすら闇の中を駆け続けた。
◇
2日後の、朝である。
ジェノスの宿場町の安宿で一夜を明かした後、サンジュラは徒歩で城下町に向かった。
守衛に通行証を見せて、城門をくぐる。石塀の中では、今日も身なりのいい連中が健やかなる生を過ごしていた。
そのほとんどは西の民であるが、東や南の民もちらほらと見受けられる。貴族から城下町での商売を許された商人たちだ。東の民と変わらぬ風貌をしているサンジュラも、そのひとりであると思われていることだろう。サンジュラは外套の頭巾を深く引きおろして、人目をはばかりながらトゥラン伯爵邸を目指した。
正門をくぐることは許されていないので、裏の通用口から守衛に訪問の旨を告げる。
しばらく待たされた後、案内役の侍女が姿を現した。
金色の髪と紫色の瞳、それに南の民よりも白い肌をした、マヒュドラ生まれの奴隷女である。
この侍女も、ちょうどサンジュラと同じ頃からこの屋敷で働き始めた境遇であった。
「お待たせいたしました……わたくしがご案内いたしますわ……」
この侍女は、サンジュラよりもよほど西の言葉が巧みであった。
サンジュラなどは西で生まれた西の民であるのに、母親とばかり会話をしていたものだから、ジェノスで商売をする東の民と同じていどにしか西の言葉をあやつることができないのだ。
(母上などは、私よりも西の言葉が不自由だったからな……それでどうして、西の貴族などに見初められることになってしまったのだろう)
そのようなことを考えながら石の回廊を歩いていると、マヒュドラ生まれの侍女が目を伏せながら振り返ってきた。
「あの……伯爵様はお出かけになられていますので、シルエル様のもとにご案内するよう言いつけられているのですが……それで間違いはなかったでしょうか……?」
「はい。問題、ありません」
彼女はサンジュラのことを、シムの商人だと思い込んでいるのである。
この屋敷の人間には決して素性を悟られないように、と厳命されている。だから今もサンジュラは、頭巾を深々とかぶって人相を――特に、東の民ではなかなか見ない茶色の髪を隠していたのだった。
「……お客人をお連れいたしました……」
やがて行きついた扉の前で侍女が告げると、槍を掲げた守衛が室内にその旨を知らせた。
腰に下げた刀を手渡し、サンジュラだけが扉をくぐる。
次の間にはさらに護衛の武官と小姓が控えており、その小姓の手によって第二の扉が引き開けられた。
「待っていたぞ。すいぶん遅い帰りだったな」
扉が閉められると同時に、野太い声がかけられてくる。
それはサイクレウスの弟である、シルエルという男であった。
兄とは、まったく似ていない。西の民としては大柄で、たくましい体格をした壮年の男だ。そして、いかにも厳つい風貌をしていながら、お椀を逆さにしたような童子じみた髪型をしているのが滑稽であった。
「それで、どうだったのだ? 叛逆者どもは残らず成敗できたのだろうな?」
長椅子にだらしなく腰かけたまま、シルエルは早急に問うてきた。
内心の反感をねじ伏せながら、サンジュラは「はい」と応じてみせる。
「彼ら、バナーム、辿り着く前に、魂、返すことになりました。逃げた人間、いません」
「そうか。討伐部隊にも被害などは出ておらぬだろうな?」
「はい。手傷を負った者、いなかったようです」
「うむ。そうでなくては、特別な手当を出している甲斐もない。これからも、あやつらにはぞんぶんに働いてもらわなくてはならんからな」
そのように述べながら、シルエルは醜悪な笑みを浮かべた。
あの夜の凶賊どもにも劣らない、卑しい笑みである。
このシルエルは、ジェノスの護民兵団を統率する立場であった。
護民兵団というのは、ジェノスを守る武力の要だ。
そんな護民兵団でも討伐しきれない叛逆者を始末するために、あの名もなき討伐部隊が秘密裏に結成されたのだという。そうしてジェノスの繁栄を陰から支えるのがあの一団であるのだと、サンジュラはそのように説明されていた。
(其方は、シルエルの仕事を手伝うのだ……さすれば、これからも安楽な生活を約束してやろう……)
サイクレウスからは、そのように命じられていた。
確かにそれで、不相応な代価を手にすることができている。が、けっきょくサンジュラはこの屋敷に留まることも、自分の素性を他者に語ることも許されず、商人のふりをして宿屋を転々としていた。サイクレウスやシルエルの命令がない限りは為すべきこともない身なのである。これが安楽な生活だというのなら、サンジュラは薬にしたくともなかった。
「では、とっとと下がるがいい。居場所を移すときは、連絡を怠るなよ」
そのように言いかけてから、シルエルは「ああ待て待て」と身を乗り出した。
「そういえば、お前は兄上の命で、あちこちの町に足をのばすことも多かったはずだな」
「はい。希少な食材や、余所の町の情勢について、話を集めています」
「ならば、本物のシムの商人さながらに、旅の話を聞かせることもできるだろう。この屋敷を出る前に、ひとつ仕事を片付けていけ」
「……と、言いますと……?」
「なに、兄上の娘御が退屈をもてあまして、ぎゃあぎゃあとやかましいのだ。ここしばらく、兄上はジェノス城に詰めておられるので、無聊をかこつているのだろう」
そのように述べてから、シルエルは口もとをねじ曲げた。
「俺がたしなめてもいいのだが、あの甲高い声を聞いていると頭を張り飛ばしたくなってしまうのでな。それではさすがに兄上の不興を買ってしまうだろうから、俺はなるべく近寄らぬようにしているのだ」
「……私、それを、お慰めせよ、と……?」
「あの娘はたいそうな癇癪持ちであるから、侍女や小姓の手には負えんのだ。しかし、相手が兄上の客人とあれば、さすがに花瓶を投げつけることもできまい。適当な法螺話で退屈をまぎらわせてやるがいい」
そうしてシルエルは、卓の上の酒杯を取り上げてがぶがぶと飲み干した。
「何をしている。とっとと出ていけ。娘御の居場所は、侍女どもが知っている」
「……はい。それでは」
サンジュラは溜息を噛み殺しつつ、シルエルの部屋を辞去することになった。
そののちに、回廊で控えていた侍女にシルエルの言葉を告げると、「まあ」という驚きの声を返された。
「リフレイア様のお話し相手でございますか……了解いたしました。ご案内いたします……」
侍女は、いくぶん気の毒そうな目つきをしているように感じられた。
シルエルの言葉通り、侍女たちからは疎まれている存在であるのだろう。
しかしサンジュラは、別の部分で気が重かった。
この一年間、サンジュラはあの姫君の姿をなるべく視界に入れぬように心がけていたのである。
サンジュラは、サイクレウスの息子であるのだ。
その疑念は、この一年間で確信に変わっていた。
そうであるからこそ、サイクレウスは頑なにサンジュラの素性を隠そうとしているのである。特にサンジュラは、シルエルにこそ決して素性を明かしてはならぬとサイクレウスに厳命されていた。
「仮に、其方が我の血を引いているとしよう……その場合、其方は伯爵家の落胤ということになるのだ……それがどのような意味を持つのか、其方には理解できているのであろうかな……?」
サイクレウスと2度目の対面を果たしたとき、サンジュラはそのように言われていた。
「其方の母親は、高貴ならぬ平民の血筋であった……しかし其方は、我の嫡子であるリフレイアよりも年長であり、しかも男児だ……そんな其方が伯爵家の落胤であると言い張れば、どれほどの騒ぎが巻き起こるか……其方には想像もつくまいな……」
「私、伯爵家、関係ありません。ただ、自分の父親、知りたいだけなのです」
「其方自身はそうであっても、周囲の人間がどのように考えるかだ……其方の存在を利用して、伯爵家の権威を失墜させようと目論む人間が現れないとも限るまい……あるいは、伯爵家の安寧を守るために、其方を弑しようと考える人間も現れような……」
そのように語るサイクレウスの瞳は、墓場に漂う鬼火のような悽愴さをたたえているように感じられた。
「ゆえに其方は、己の素性を誰にも明かしてはならぬのだ……母親の素性はもちろん、己がダバッグの生まれであるということも、決して口にすることはならぬ……シルエルであれば、それだけですべてを悟ってしまうやもしれぬからな……」
「シルエル? 誰ですか?」
「シルエルは、我の弟だ……あの者が其方の素性を知れば、必ずや血が流されることとなろう……伯爵家の安寧を守るために、それは必要な行いであるのだからな……」
それはもはや、サンジュラがサイクレウスの血を引いていると告白しているも同然の言葉であった。
だからやっぱり、サイクレウスはサンジュラの父であるのだ。
そして、リフレイアもまた、サイクレウスの娘であった。
こちらは正室との間にもうけられた、まごうことなき嫡子である。
しかしサイクレウスは、リフレイアが生まれる前から、サンジュラの母親のもとに通っていた。そんなサイクレウスの不義理な行いに対する怒りと、リフレイアに対する後ろめたさと、どうして自分ばかりが素性を隠さなければならないのだという無念さで、サンジュラの心は千々に乱されてしまうのだった。
(こんな思いをするぐらいなら、無一文で放逐されるほうがまだましだった)
そのように思って、何度もジェノスを飛び出しそうになったことがある。
それでもサンジュラは、こうしてジェノスに留まっていた。
母親と、母親の愛したサイクレウスへの執着を断ち切ることができないのだ。
ひょっとしたら大罪人であるのかもしれないサイクレウスを、サンジュラの母親はどうしてあれほどまでに愛していたのか。その秘密を解き明かさない限り、サイクレウスと縁を切る気持ちにはなれなかった。
それに――サンジュラをジェノスに呼び寄せたのは、サイクレウス自身に他ならなかったのだ。
どうしてサイクレウスがそのような真似をしたのか。どうして他の使用人たちと同様に、サンジュラを放逐しようとしなかったのか。その意味を考えると、サンジュラはまた気持ちを乱されてしまうのだった。
「……こちらがリフレイア様のお部屋となります」
気づくと、侍女が足を止めていた。
そのたおやかな手が扉を叩くと、「何者か」というくぐもった声が聞こえてくる。
「侍女のシフォン=チェルです……シルエル様のご命令により、お客人をお連れいたしました……」
「……入れ」
シフォン=チェルが扉を開いたので、サンジュラだけが入室した。
そこはまた次の間であり、大柄な武官が部屋への扉を守るように立ちはだかっていた。
「……シルエル閣下のご命令だと? シムの商人が、リフレイア姫に何用だ?」
「はい。姫の無聊、お慰めするため、旅の話、お聞かせするよう、命じられました」
「ふん……なるほどな」
武官が、じろじろとサンジュラの姿をねめつけてくる。
いつもリフレイアを警護している、ムスルという男である。愚鈍なカロンのような面相をしているのに、眼光だけがいやに鋭い。いかにも粗暴で、高圧的な男であった。
「ならば、刀と外套をここに置いていけ」
「はい。外套もですか?」
「シムの民は、毒を使うのだろうが? 外套はもちろん、その身に毒の武器を隠していないか、あらためさせてもらう」
サンジュラはこれでも西の民であるのだが、素性を明かすことは許されていなかった。
しかたなしに外套と刀を卓の上に置き、身体中をムスルのごつい手でまさぐられることになった。
「リフレイア姫、シムの商人が旅の話で楽しんでいただきたいと申し出ております」
そうしてムスルが扉の向こうに告げると、すぐに「入りなさい」という声が返ってきた。
ムスルの手によって扉が開かれて、部屋の中に招き入れられる。
長椅子の上に、小さな姫君がだらりと寝そべっていた。
その瞳がとげとげしい光をたたえながら、サンジュラを見つめてくる。
「あら、東の民のくせに、ずいぶん珍しい色合いの髪をしているわね」
「……私、サンジュラ、申します」
言葉少なく答えつつ、サンジュラは一礼してみせた。
リフレイアはなおもサンジュラの姿を見回してから、ムスルのほうに視線を転じる。
「ムスル、あなたの用事はもう済んだでしょう?」
「は。しかし、このように正体の知れぬ者をひとりで姫様のおそばに置くことはできませぬので……」
「あなたのように無粋な人間にじろじろと眺められていたら、興ざめよ。いいから、あちらに控えていなさい」
「いえ、ですが……」
「わたしの言うことが聞けないの、ムスル?」
たちまち姫君の瞳に雷光のようなものが閃いた。
「こいつが無礼を働くようだったら、ありったけの声で悲鳴をあげてやるわよ。あなたはその後で好きなだけ刀を振り回せばいいでしょう? みっつ数える内に部屋を出ていかないと、またこの花瓶を投げつけてやるから!」
「……それでは、くれぐれもご用心を」
ムスルは最後にサンジュラのことを暗い目つきでにらんでから、退出していった。
「何をぼけっと突っ立っているの? 許してあげるから、そこに座りなさい」
サンジュラはもういっぺん礼をしてから、リフレイアの正面に腰をおろした。
それでもリフレイアは、寝そべったままである。まるで、傲慢が服を着ているような有り様であった。
(これが、私の妹……?)
リフレイアは、サイクレウスにもサンジュラにも似ていなかった。
いまだ姿を見たこともないが、きっと母親似であるのだろう。たしか年齢は8歳であるはずだが、見るたびに美しさが増していっているように感じられる。まさしく貴族の姫君といった風貌だ。
(この立派な屋敷で、なに不自由なく、好き勝手に生きてきたのだろうな)
腹の底で、もぞりと黒い感情が蠢いたような気がした。
かつてはサンジュラも不自由のない暮らしを与えられていたが、あれは母親の献身に対する代価であったのだ。そして今のサンジュラは、誰にも真情を打ち明けることもできないまま、汚れ仕事に腰まで浸かってしまっている。この汚れなき姫君の前では、自分など虫けらのような存在であるとしか思えなかった。
「それで? 何の話を聞かせてくれるというの?」
卓の上に並べられたフワノの焼き菓子に手をのばしながら、リフレイアがそのように問うてきた。
「はい。それでは……バナーム、お話、お聞かせしましょうか」
「バナームなんて、すぐそばの町じゃない。どうせだったら、シムやマヒュドラの話を聞かせてよ」
「は……ですが……私、西の民なのです。東や北、足を踏み入れたこと、ないのです」
サンジュラは、そのように答えてしまっていた。
好きでこのような場に参じたわけでもないのに、虚言を吐いてまで取りつくろうのが馬鹿らしくなってしまったのである。
するとリフレイアは、「へえ」と目を丸くしていた。
「だからあなたは、そのような髪の色をしているのね。そういえば、よく見たら瞳も淡い茶色だわ」
「はい。西と東、両方の血、引いていますので」
「ふうん。西と東の混血なんて初めて見たわ。髪と瞳の色だけなら、わたしや父様とそっくりね」
それはサンジュラも、早い段階から気づかされていた。
こんなに似たところのない血族であるのに、サイクレウスもリフレイアもサンジュラも、みんな髪と瞳の色だけは同一であったのである。
その中で、サンジュラだけが黒色の肌を有している。
それはまるで、彼らは光の世界の住人であり、自分だけは闇の世界の住人である証のように感じられてしまった。
「まあいいわ。何でもいいから、旅の話を聞かせなさい。もしもつまらない話を聞かせたら、顔にお茶をひっかけてやるからね」
怖いものを知らない貴族の高慢さで、リフレイアはそのように言いたてた。
サンジュラの胸に宿った黒い感情は、毒蛇のように鎌首をもたげてしまっている。
それは、目の前の少女に対する敵意と怨嗟の激情に他ならなかった。