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異世界料理道  作者: EDA
第三十章 群像演舞~三ノ巻~
506/1682

    旅芸人の回り道(下)

2017.9/22 更新分 1/1

「余計な手出しをしてしまって申し訳ありませんでしたね。だけどやっぱり、手負いの山賊を逃がしてしまうというのは、危険なことであると思います」


 笑いを含んだ声で言いながら、カミュア=ヨシュと名乗る男はてくてくとピノたちに近づいていった。


 ピノたちとはまた違う意味で、奇妙な風体をした男である。

 金褐色の髪を肩までのばしており、同じ色の無精髭を口のまわりにたくわえている。目尻の下がった目は紫色で、それだけを見れば北の民としか思えなかった。


 ただし、北の民のように逞しい体格はしておらず、ひょろひょろに痩せている。肌の色も、西の民で多い黄白色だ。それに、何よりも神聖な神への宣誓で虚言を吐けるはずもなかった。


「それにしても、あの《ターレスの月》がこうも鮮やかに返り討ちにされてしまうとは、驚きです。あなたがたこそ、いったい何者なのでしょう?」


「俺たちは、しがない旅芸人だ。俺は座長で、ギャムレイという」


「ああ、《ギャムレイの一座》の名は耳にしたことがあります。何でも、たいそうな芸をお持ちだそうですねえ」


 足もとに這いつくばった山賊どもの惨状など知らぬげに、カミュア=ヨシュは呑気に笑っていた。


「ところで、あなたがたは昨日、この《ターレスの月》に追われていたご婦人をお救いになられたでしょう? その御方と話をさせてはいただけませんか?」


「……そちらさんは、どうしてそのようなことをご存じであるのかな?」


「ええ、実は、物陰からこっそり見守っていたのです。あなたがたの素性がわからなかったので、なかなか声をかけることができなかったのですが……この《ターレスの月》が舞い戻ってきたので、今晩あたりが頃合いかなと思いまして」


「では、昨日からずっと俺たちのことをつけ回していたわけか」


 ギャムレイもまた、にやりと笑った。


「うちには鼻のきく連中がそろっているのに、大したものだ。しかし、あの娘にどういった用事があるのだ?」


「はい。彼女は俺の友人の持ち物を所有しているはずなので、それをお返しいただこうと思っております」


 ギャムレイは、「いいだろう」とうなずいた。


「ゆきずりの俺たちに、それを拒む理由はない。上手くいけば、すべての面倒事が片付くかもしれんしな」


「そうでしょうね。面倒事は、この夜で終わらせましょう」


 あくまでのんびりと言いながら、カミュア=ヨシュはようやく足もとの山賊どもを見回した。


「その前に、この連中は手足を縛っておいたほうがいいでしょうね。その後は、俺が責任をもって始末させていただきますよ」


「そうか。それじゃあ……ザン、ディロ、ロロ、お前たちで片付けておけ。ピノは、その御仁をこっちに連れてこい」


 ギャムレイは、荷車の向こうへと姿を消した。

 カミュア=ヨシュは、ひっそりとたたずんでいたピノのほうに目を向ける。


「あなたも、見事な手並みでありましたね。あれだけの乱戦で、相手を殺さずに鎮圧してのけるなんて、なかなかできることではありません」


「それはこっちの台詞さァ。アンタみたいのを、剣の達人っていうのかねェ」


 肩に担いだグリギの棒を指先で撫でさすりながら、ピノは妖しく微笑んだ。


「ま、面倒事を片付けてくれるっていうなら、大歓迎さァ。アタシらも、どう始末をつけたもんか、考えあぐねていたところだからねェ」


「どうやらあなたがたにも、うすうす真実は知れていたようですね」


 ピノとカミュア=ヨシュは連れ立って、荷車の向こう側へと回り込んでいった。

 円の形に配置した荷車の、中心の空間である。そこにも赤々と火が焚かれており、何人かの人間とたくさんのトトスたちがそれぞれ陣取っていた。


 焚き火のすぐ近くでは、ニーヤとエリサが身を寄せ合っている。

 焚き火をはさんでたたずんでいるのは、ギャムレイとゼッタだ。ゼッタは全身を毛布にくるんでおり、その陰で黄色い瞳を火のように燃やしていた。


「他の連中は、むこうでのびている山賊どもの始末に向かわせた。さ、面倒事を終わらせてもらおうか」


「はいはい、了解いたしました。……初めまして。俺は《守護人》のカミュア=ヨシュと申します」


「しゅ、しゅごじん……?」と、エリサは不安そうにニーヤの胸にすがりついた。

 その身体を外套ごとしっかりと抱きすくめながら、ニーヤはうろんげな顔をしている。


「《守護人》ってのは、金持ちの屋敷や旅人なんかを守る護衛役だろ? その《守護人》が、エリサに何の用だってんだ? ……ひょっとしたら、エリサの家族たちを護衛してた連中の生き残りなのか?」


「いえいえ、その娘さんに、俺の友人の持ち物を返していただきたいのですよ」


 そう言って、カミュア=ヨシュは外套の合わせ目から首飾りを引っ張り出した。

 なんとも言えない色合いをした宝石が、暗がりの中でちかりと光る。


「これは《守護人》の証である首飾りです。あなたもお持ちでしょう、娘さん?」


「何でエリサがそんなもんを持ってなきゃいけないんだよ。このエリサは、豪商の跡取り娘なんだぞ?」


「ええ、もともとその首飾りは、俺の友人のものでありました。だけど、彼は半月ほど前に《ターレスの月》に襲われて、護衛していた商団もろとも身ぐるみを剥がされてしまったのです」


 首飾りを外套の下に戻しながら、カミュア=ヨシュはそのように答えた。


「他の人間はすべて魂を返してしまいましたが、彼だけはかろうじて生き永らえていました。それで、今際のきわに、首飾りを取り戻してほしいと言い残していったのです。彼は《守護人》であることにすべての誇りを懸けていたので、その証を山賊どもに奪われたままでは死んでも死にきれなかったのでしょう」


「だったら、山賊どもの懐を探ればいいだろ? エリサはまったく関係ないじゃないか」


「いえ、ですが、山賊の稼ぎを横取りしようという厄介な連中がいたのですよ。《ターレスの月》にも劣らない悪名にまみれた、《魔女ラギアの団》というセルヴァの盗賊団でありますね」


 無精髭の浮いた下顎を撫でながら、カミュア=ヨシュはそう言った。


「この《魔女ラギアの団》というのは質が悪くて、貴族や豪商ばかりでなく、同じ盗賊や山賊からも稼ぎをかすめとるのに長けた集団であったのです。まあ今回は返り討ちにあってしまい、配下の人間も皆殺しにされてしまったようですが……それでも、《ターレスの月》の稼ぎを持ち出すことには成功できたのでしょう?」


「…………」


「《守護人》の首飾りなどというものは、石に名前が彫りつけてあるので、とうてい売り払うこともできません。それに、《ターレスの月》みたいに腕自慢の山賊であれば、《守護人》を討ち取った証として大事に保管していたと思うのですよね。だから、それを俺に返していただけませんか?」


「ば、馬鹿なことを言ってんじゃねえよ! まさかあんたは、このエリサが――」


 ニーヤの声が、途中でかき消えた。

 その胸もとに取りすがっていたエリサが、懐から抜いた小刀をその咽喉もとに突きつけたのだ。


「罪を重ねても、あなたの得にはなりませんよ。この場から逃げるすべなどないのですから」


 カミュア=ヨシュが飄々とした声で言うと、エリサは「うるせえよ!」とわめきたてた。


「余計なことをぐちゃぐちゃと喋りやがって……あんた、あたしに何の恨みがあるってんだい!?」


「別に恨みはありませんよ。ただ、友人の形見を返していただきたいだけです」


「はん! あたしが身につけたお宝はみんなあたしのもんだ! 生命がけで奪ったお宝を、ひとつだって渡すもんかい!」


 さきほどまでのなよやかな姿が嘘のような変貌っぷりであった。

 その茶色い瞳は獣のように光っており、端整であった顔には歪んだ笑みが浮かべられている。

 ニーヤはほとんど泣きそうになりながら、そんなエリサの顔を見下ろしていた。


「う、嘘だろ、エリサ? 君は豪商の跡取り娘で、故郷に残した弟のために――」


「勝手に喋るんじゃねえよ、色男! 二度と喋れなくなりたいのかい!?」


 エリサがぐいっと小刀を突きあげると、ニーヤの咽喉もとからわずかに赤い血が滴った。


「あんなもん、作り話に決まってるだろうが! 手前の父親の面なんざ見たこともねえや! あたしはアブーフの貧民窟で生まれ育った、魔女のラギア様さ!」


「そ、そんな……」


「さあ、そっちの荷車にトトスを繋げてもらおうか! 余計な荷物はほっぽりだして、水と食料をたっぷり積み込むんだよ!」


「それは、俺に言っているのかな?」と、ギャムレイは愉快そうに微笑んだ。


「あいにく、荷物運びをするには不自由な身でね。ご期待には沿えられそうにない」


「だったら、手下どもを呼びつけな! それとも、大事なお仲間を見殺しにするのかい!?」


「それは困るな。そんなぼんくらでも、そいつは俺のかけがえのない同胞なんだ」


 そのように応じながら、ギャムレイはすうっと右腕を頭上に掲げた。


「まあ、俺の同胞を傷つけたからには、少しは怖い目を見てもらおうか」


「はん! やれるもんなら、やってみやがれ!」


「ああ。とくと御覧じろ」


 気取った仕草で、ギャムレイが右腕を振り下ろす。

 それと同時に、エリサ――いや、女盗賊ラギアの美しい褐色の髪が、一瞬で炎に包まれた。

 そして、ピノの繰り出したグリギの棒が、小刀をつかんだラギアの手首を叩き折る。


 世にもあわれげな絶叫をあげながら、ラギアは立ちすくんだ。

 頭がごうごうと燃えあがり、まるで炎の髪を持つ復讐の女神じみた姿である。

 ニーヤはその場にへたり込み、泣き笑いのような顔をしていた。


「たすけて、たすけてぇ! 誰か水を……ああ、熱い熱い熱い熱い!」


「聞き苦しい声音だな。ニーヤの歌声とは大違いだ」


 ギャムレイが、ぶんっと右腕を振り払った。

 それでラギアを襲った業火は魔法のように消え失せてしまう。

 ラギアは棒のようにぶっ倒れて、そのまま動かなくなってしまった。


「とりあえず、これでアブーフまで戻る必要はなくなったようだ。面倒事を片付けてくれて助かったぞ、カミュア=ヨシュとやら」


「いえいえ。俺は友人のために出向いてきただけですので」


 ギャムレイとカミュア=ヨシュは、何事もなかったかのように笑い合っていた。

 その姿を見比べながら、ピノは肩をすくめている。


 ともあれ、それで昨日から続いていた厄介事は、ようやく終わりを迎えたようだった。


                   ◇


「つまり、君たちは最初からあの娘の正体に気づいていたわけだ」


 翌朝である。

 ピノが荷車にトトスを繋げていると、それを眺めていたカミュア=ヨシュがそのように声をかけた。


「あァ、盗賊団の首魁だとまでは思ってなかったけどさァ。豪商の娘だなんて話は嘘っぱちだと思っていたよォ」


「それはまた、どうしてなのかな?」


 昨晩は遅くまで酒杯を交わしていたので、カミュア=ヨシュは気安い口をきくようになっていた。

 ピノは作業の手を止めて、「はン」と色っぽく鼻を鳴らす。


「あの娘っ子は、イラカの町で織物の商いをしていて、シムにまで商売に出向いていたとか抜かしてたんだよねェ。そんなの、ありえるわけはないのにさァ」


「そうなのかい? イラカの町は、織物で有名だろう? それで財をなした豪商もたくさんいたはずだ」


「だからこそ、さァ。織物だったら、シムで作られたものが一番ってのがこの大陸の常識だろォ? イラカの人間にとっちゃあ、シムの商人こそが不倶戴天の商売敵ってわけだよォ。だいたい、東に西の織物なんて持ち込んだって、そんなもん一枚だって売れるもんかねェ」


「へえ、そういうものなのか。君たちは、あちこちの土地についてずいぶん詳しいようだねえ」


 カミュア=ヨシュが感心したように言うと、ピノは「そりゃそうさァ」と唇を吊り上げた。


「あいにく、マヒュドラだけは踏み込むことを許されないけどさァ、セルヴァとシムとジャガルだったら、アタシらは端の端まで歩きつくしてるんだよォ。嘘をつくなら、もうちっとはマシな嘘をこしらえてほしいもんだねェ」


「なるほどねえ。しかし、あの吟遊詩人の若者だけは、すっかり騙されていたようだね」


「あァ、あのぼんくらは、まだ一座に加わってそんなに長くないからねェ。アタシや座長ほど、この世のことがわかってないのさァ」


 カミュア=ヨシュは、「そうか」と笑顔でうなずいた。

 その足もとには朝から火が焚かれており、そして奇妙に黒ずんだ煙が真っ直ぐ天までのびている。それは、王国の兵士に危急を告げる、狼煙であった。


 21名の山賊たちと、頭を焼かれた女盗賊のラギアは、少し離れた場所で縄にくくられている。この場で待っていればアブーフの辺境警備隊が駆けつけるはずであるので、それまではカミュア=ヨシュが番をするという話になっていた。


「……彼らはきっと、苦役の刑に処されるだろうね。西の王国ではもっとも重い、死よりも苦しい刑罰だよ」


 ふっと、カミュア=ヨシュがそんな風につぶやいた。

 ピノは「お気の毒なことでェ」と首をすくめている。


「だったら、死なせてやるのが親切だったのかねェ。まァ、アタシはそこまで親切な人間じゃないけどさァ」


「俺もだよ。なるべくだったら、刀を血で汚したくはないからね。汚れ役は、王国の貴族たちに担っていただくことにしよう」


 カミュア=ヨシュは声もなく笑いながら、ピノが面倒を見ているトトスの長い首を撫でた。


「ところで、昨晩からひとつ気になっていたことがあるのだけれど」


「はいはい、何でございましょうねェ?」


「あのギャムレイがラギアを苦しめた炎の術、あれには何かからくりでもあったのかな? もともとラギアをあやしんでいたなら、髪に何かの細工をすることもできたのかもしれないけれど……それにしたって、見事な手並みだったからねえ」


 ピノはひらひらとした袖で口もとを隠しながら、笑い声をあげた。


「そいつを聞くのは野暮ってもんさァ。奇術のからくりをバラしちまう奇術師なんていやしませんよォ、カミュア=ヨシュ」


「そうか。それは確かにその通りかもしれないね」


 カミュア=ヨシュは、幼子のように無邪気に笑った。

 そこに、隣の荷車で準備をしていたロロが「あのぉ」と声をかけてくる。


「み、みんな出発の準備ができたみたいです。どうしますか、ピノ?」


「どうするもこうするも、準備ができたんなら出発さァ。最初の予定通り、アブーフじゃなくってシムにねェ」


 ロロはせわしなくうなずいてから、カミュア=ヨシュに向きなおった。

 そばかすの目立つその顔に、にへらっとゆるんだ笑みが浮かべられる。


 その隣の荷台ではナチャラが、さらにその向こうではシャントゥが、それぞれ笑顔でカミュア=ヨシュに手を振っていた。たった一晩で、彼らはずいぶんと友愛を育むことがかなったのだった。


 失意の底にあったニーヤは朝になっても荷台に引きこもっていたので、今日はドガが手綱を握っている。それらの無愛想な面々にも笑顔を差し向けてから、カミュア=ヨシュはピノに向きなおった。


「これでお別れとは名残惜しいところだね。ギャムレイは、最後に挨拶をさせてくれないのかな?」


「あの座長は日の光が大の苦手でねェ、こっからが本寝のお時間なんだよォ」


 ピノは、ひらりと御者台に飛び乗った。


「だけど、アンタも大陸中を駆け巡ってるんだろォ? だったら、どこかで行き逢うこともあるだろうさァ。そんときは、芸人としてアンタを楽しませてあげるよォ」


「うん、それじゃあ、その日を楽しみにしているよ。道中は気をつけて」


「あァ、そちらさんもねェ」


 そうして7台の荷車は、後も見ずにその場を立ち去っていった。

 東へ、さらに東へと――一日分を無駄にしてしまったが、何も急ぐ旅ではない。彼らにとっては、こんな騒ぎも退屈な日々を彩る余興に過ぎないのかもしれなかった。


 カミュア=ヨシュと《ギャムレイの一座》は、今後もたびたび大陸のどこかで顔をあわせて、いくたびかの騒動に巻き込まれることになる。しかしそれも、別の物語である。


 東の果てから姿を現した日輪は、そんな彼らの邂逅を祝福するかのように、今日も明るく輝いていた。

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