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異世界料理道  作者: EDA
第三章 ルティムの祝宴
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③アリアとポイタン

2014.9/7 更新分 1/2

2015.6/15 会話文の口調を中心に、全体の文章を修正。ストーリー上の変更点はありません。

「……よお、森辺の客人か」と、その親父さんは少し引きつった笑いを浮かべて俺たちを迎えてくれた。


 露店区域のほぼ最北端にある、小さな野菜売りの店である。

 地べたに敷いた布の上に野菜を並べて、頼りない骨組みの屋根をおっ立てただけの、ずいぶん簡素な店がまえだ。


 ただし、親父さんの背後には大きな荷車が据えられており、そこにはパンパンに膨らんだ袋が山のように積み重ねられている。


「助かるね。3日にいっぺんぐらいはあんたたちに来てもらわないと、せっかくのアリアがしなびちまうからさ」


 頭には俺と似たような白い布を巻き、あとは腰巻きと革のサンダルぐらいしか身につけていない、四十路を少し越えたぐらいの親父さんである。髪と瞳と無精髭はいずれも焦げ茶色で、肌の色は黄褐色。なかなか大柄で体格もがっしりとしており、いかにも腕っ節の強そうな雰囲気だ。


 しかし、アイ=ファと対峙するなり、その親父さんの目つきはポメラニアンのように可愛らしくなってしまった。


「で? 今日もアリアとポイタンかい? 値段はいつもの通りだけど、銅貨何枚分をご所望かな?」


「ポイタンは白を2枚分、アリアは白2枚と赤4枚分だ」


「おお、そいつは豪気だね! こいつはもう店じまいかな」


 いかにも商人っぽいお愛想であるが、相変わらず笑顔は引きつっている。

 森辺の民に対しては、蔑みよりも怖れの感情のほうが上回っているご様子だ。


「白が2枚に赤が4枚分、と……よし、確認してくれ」


 麻のような素材の袋が、どさりと露店のわきの草むらに置かれた。

 これはなかなかの分量だなあと思っていると、同じぐらいの袋がまたどさりと置かれる。


 大きさは――まあ、サンタクロースが担いでいてもそんなに不自然でないぐらいのサイズである。


「お、おい、アイ=ファ、お前いったい何日分の食糧を買ったんだ?」


「20日分だ」と答えながら、アイ=ファは袋の前であぐらをかく。

 どうやらここでも個数を勘定せねばならないらしい。


 確かにさっきアイ=ファは4頭分の角と牙を銅貨に交換していた。ギバ1頭分で10食分の食糧が手に入るという話であったから、2名の20日分で40食分。どこも計算は間違っていない。


 しかし20日分ということは、アリアが1日に3個、ポイタンが2個という計算で……アリアが60個に、ポイタンが40個? それが2名分で、120個と、80個?


「ちょっと待て! 何でそんな大量に買ってんだよ? ここから家まで一時間はかかったろうが!?」


 などとわめいてから、そういえば森辺の集落に時計は存在しなかったなと思い至る。この宿場町には存在するのだろうか。日時計ぐらいはありそうな気がする。


 しかしそのようなことはどうでもいい。アリアもポイタンも、俺の目算では1個200グラムは堅いはずだった。


 と、いうことは――

 アリアは120個で、24キログラム。

 ポイタンは80個で、16キログラム。

 宿場町から森辺までの道のりを考えれば、無謀と評する他なかった。


「……いいから早く数えろ。いつまでも私がこの場に居座っていると、他の人間が寄りつけぬであろうが」


 ポイタンの数を勘定しながら、低い声でアイ=ファが言った。

 親父さんは、聞こえないふりで商品の野菜を並べなおしている。


 もう今さら分量を減らしてくださいとは言えない雰囲気だ。売った側にも買った側にも。

 俺は溜息をつきながら、アイ=ファのかたわらに腰を下ろした。


「よし。ポイタンのほうは問題ない」


 ざくざくとポイタンを袋に詰めなおすアイ=ファを横目に、俺もアリアを10個ずつ分けて草むらに並べていく。


 が、30個目で、手が止まった。


「親父さん。このアリア、水を吸ってるみたいなんだけど」


 親父さんは、けげんそうな顔をした。

 しかし、こちらに寄ってこようとはしない。


「そんなはずはないよ。そいつは一昨日収穫したばかりなんだから。あと一ヶ月はシャキシャキさ」


「いや、この手応えはおかしいですよ。見た目じゃわからないけど、確実に腐っていると思います」


「い、言いがかりをつけるのはやめてくれよ。森辺の民だからって、宿場町の決まりごとは守ってもらわなきゃ困る」


「宿場町の決まりごと? ……おい、アイ=ファ。ここじゃあ腐ったものを売りつけられても文句を言っちゃいけないのか?」


 俺は念のために小声でアイ=ファに確認しようとしたのだが、けっこう距離があるのに親父さんの耳まで届いてしまったらしい。

 それでもこちらに近寄ってこようとはしないまま、親父さんはいきりたった。


「おい! そ、そいつはな、俺が丹精こめて育てたアリアなんだよ! 育て損なった可哀想な連中は、全部俺が腹に収めてやったんだ! 俺のアリアに文句があるなら、に、二度と俺の店には来ないでくれ!」


 そんな風に叫ぶ親父さんは、ほとんど決死の形相に成り果ててしまっていた。


 アイ=ファは眉根を寄せながら、俺の手のアリアを取りあげる。


「ふむ……少し柔らかい、か?」


「いやもうこれは使い物にならないレベルだよ。――親父さん、今からこいつを割ってみて、腐っていたら別のと交換してもらえますか? もしも異常がなかったら、きちんとおわびの言葉を述べさせていただきますので」


「か、勝手にしてくれっ!」と、ご了解を得ることができたので、俺はアイ=ファの父親の忘れ形見たる小刀で、すっぱり縦に断ち割ってみせた。


 やはり下部のあたりが紫色に変色して、その周辺もぐずぐずになってしまっている。これでは下半分が使い物にならない。


「ほら、腐ってるでしょう? 申し訳ないけど、新品をひとつお願いします」


 その断面が見えるように差し向けてみせると、もともと血の気が下がっていた親父さんの幅広い顔が、完全に色を失ってしまう。


「す……すまないっ! 俺が悪かったっ! この通りだから、勘弁してくれっ! か、金も返す! だから、どうか生命だけは……」


 と、地面に突っ伏して二色の銅貨を差し出してくる親父さんである。

 どうにも情緒が不安定であらせられるようだ。


「……アイ=ファ。こういう場合はどうしたらいいんだ?」


「知るか。代価も渡さずに食糧は受け取れん」


「だよな。えーと、顔を上げてくださいよ、親父さん。俺たちが欲しいのは銅貨じゃなくってアリアなんです。俺の歯はそんな固いものを噛みちぎれるほど丈夫じゃないんですから」


 あのドンダ=ルウとかだったら噛みちぎれるかもしれんなあとか思いながら、俺は親父さんの肉厚な肩をゆさぶってやる。


「あ……あんたは、森辺の民じゃないのか……?」


「生まれは違いますけどね。ご覧の通り、現在は森辺でお世話になっている身です」


 親父さんは、ピットブルを前にしたポメラニアンのごとき眼差しで、俺の顔を見上げてくる。


「……俺を許してくれるのか?」


「新しいアリアと交換してくれるなら、許してあげましょう」


 親父さんはわなわな震える手で、敷布の上に並んでいたアリアをつかみとり、差し出してくれた。


「はい、ありがとうございます。……あのですね、余計なことかもしれませんけど、自分の仕事に自信を持っているならきちんと確認してから怒ったほうがいいんじゃないですか? それじゃあ商売にならないでしょう」


「……森辺の民じゃなきゃ、そうしてたさ」とつぶやいた気がするが、ほとんど声になっていなかったので判別は難しかった。


 その他のアリアに異常はなく、数もきちんと合っていたので、すべてのアリアを袋にしまいこむ。


 するとアイ=ファは、マントの裏の隠しポケットから乾いた蔓草――おそらくはフィバッハの蔓草とやらの束を取り出し、二つの袋の口をそれぞれぎゅっと縛った。

 そして蔓草の余った分を手の平にぐるぐると巻きつけて、数の多いアリアの袋のほうを左肩に担ぎあげる。


「行くぞ」


 1・5倍も重いほうを受け持ってくれたのだから、いかにか弱きかまど番とはいえ、これでは文句のつけようがない。

 本当にあの吊り橋はどうするんだろうと溜息をつきながら、俺も時ならぬサンタクロースを演じることにした。


「それでは失礼します。また20日後ぐらいに来るかもしれませんので、そのときはどうぞよろしく」


 親父さんはちらりと元気のない視線をくれてきたが、これといって返事はなかった。

 同情するべきなのか憤慨するべきなのか、今ひとつ俺は心情が定まらない。


「さて。交換所の婆の心づけも含めて、ずいぶん銅貨が余ってしまったな。他に何か必要な物はあるか、アスタよ?」


 屋台と屋台の空きスペースで足を止めたアイ=ファが問うてくる。

 すかさず足もとに袋を置いてから、俺は「果実酒は必要だな」と答えた。


「果実酒は、赤が1枚で1本手に入る。2本買っても、まだ5枚余るぞ」


「ふーむ。貨幣価値がまったくわからないな。岩塩は?」


「岩塩は赤3枚だ。……そうだな。干し肉以外でも岩塩を使うようになったのだから、早めに買っておくべきか」


 こんな人混みでアイ=ファと買い物の相談だなんて、何だかおかしな気分である。


 もちろん、少しも嫌な気分ではない。


「で、残りは2枚か。……それじゃあ昨日ルウの家でいただいたティノやプラでも買ってみるか? いくつ買えるのかもわからないけど」


「私は何でもかまわない。お前にまかせる」


 まかされてしまった。


 どうしようかなと首をひねっていると、胃袋が「きゅるり」と可愛らしい音をたてた。


「あ! 屋台でおやつを買って小腹を満たすというのはどうだろう、アイ=ファ?」


 屋台では、燻製肉ばかりでなく、その場で食べるちょっとした軽食みたいなものを売っている店も少なくなかったのである。

 しかしアイ=ファは、ぎょっとしたように大きく目を見開いてしまった。


「腹が空いたのならば、干し肉を持ってきている」


「いやいや、珍しい物を食べる機会なんて、この宿場町に来たときぐらいしかないだろ? ……あ、それともこれは森辺の禁忌にふれちまうのかな?」


「ギバの牙と角で得た銅貨を何に使うかは自由だ。もっとも、そのような使い方をする人間など森辺にはいないだろうがな」


 なるほど。食を楽しむという概念が薄い森辺なら、それが当然の話なのかもしれない。


「それじゃあアイ=ファも興味はないんだな。なら、大人しくティノでも買って帰るか」


「別に何でもかまわんぞ。私はお前にまかせると言った」


「うーん。だけどけっきょくアリアもポイタンもアイ=ファの稼ぎから出させちまってるわけだし、その余りを俺一人の興味で無駄遣いさせちまうってのも気が引けるなあ」


「……何を言っている? 私は家長だぞ?」と、アイ=ファの目がすっと細められる。


 俺は9本もの牙や角を所有していながら一本も支払っていないことに引け目を感じてしまっていたのだが、もしかしてそんなことを気遣うのは世帯主の沽券に関わる行為なのだろうか?


 せっかくここまで穏やかにやってきたのに、アイ=ファの機嫌を損ねるのは本意ではない。


「それじゃあ銅貨1枚分だけ何か新しい野菜を買って、残りの1枚を立ち食いに使ってもいいかなあ? 正直なところ、この世界の食文化ってやつにはすごく興味があるんだよ」


 するとアイ=ファは曇らせかけていた眉根を晴らして、「好きにしろ」と言った。


 何だかこれでは俺のほうが甘え上手の彼女さんでも演じているかのようだ。家長とかまど番の関係性としては健全なのかもしれないが。日本男児としては、ちと心苦しい。


 それでもやっぱりアイ=ファが満足そうな顔をしていると、俺は非常に気分が安らぐのだった。  

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