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異世界料理道  作者: EDA
第二十九章 始まりの月(下)
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黄の月の二十二日③~野菜料理、肉料理~

2017.8/30 更新分 1/1

「次は、野菜料理となります」


 またタートゥマイ、シリィ=ロウ、老女の3名が給仕をしてくれた。

 今度の皿には蓋もかぶせられていない。が、一見ではまったく正体のわからない料理であった。


 半球状に盛られた具材の上に、白くてとろりとしたソースが掛けられている。その粘度の高そうなソースによって、具材が完全に隠されてしまっているのだ。


 大きさは、直系6、7センチといったところか。テニスボールを半分に割ったような形状と大きさであるが、そこまで綺麗な円を描いているわけではなく、たっぷりと掛けられたソースでも隠蔽しきれないぐらい、表面はでこぼことしている。何らかの食材を積み重ねて、この形状をこしらえたものであるらしい。


 まあ何にせよ、それほどボリュームのある料理ではなかった。

 重い料理の後には軽い料理を、というのがヴァルカスの基本的な作法であるのだ。


「ひさびさに珍しい野菜が手に入りましたので、こちらの料理をお出しすることになりました。『ティンファとレミロムのギャマの酪掛け』となります」


 名前を聞いても、なお正体がわからない。

 ただ、ソースの正体だけは判明した。これはおそらく、ギャマの乳を発酵させたものであるのだ。


「さっそくティンファとレミロムという食材を使っていただけたのですね。しかも、セルヴァでギャマの酪を口にできるとは思いませんでした」


 ククルエルの言葉に、ヴァルカスはうなずいた。


「バルドの付近からは、ほとんど食材が届かないのです。あちらは内海と河川を中心に栄えた土地であるので、陸路で商いをする人間が非常に少ないのだという話ですね。ですから、バルドにまで足をのばす方々が増えれば、わたしは非常にありがたく思います」


「この先、森辺の行路が使われるようになれば、ジェノスを経由してバルドに向かうシムの商人も増えるのではないでしょうか。わたしには、非常に魅力的な土地であると思えました」


 ふたりのやりとりを見守っていたポルアースが、待ちかねた様子でフォークを取る。


「ティンファもレミロムもギャマの酪というものも、僕はいずれも名前すら知らなかったよ! これはいったいどのような味がするのだろうねえ」


「ええ、とても楽しみです」


 メリムや他の人々も、いそいそとフォークを取り上げた。

 そんな中、アイ=ファがもの思わしげな面持ちで口を寄せてくる。


「アスタ、この上に掛かっている白い乳のようなものは、ダバッグという町で見たものと似ているような気がするな」


「うん。たぶんあれも、酪っていう食べ物の一種だったんだと思うよ。あっちはカロンで、こっちはギャマだけどね」


 遥かなる昔日、俺たちはダバッグの町でさまざまなカロン料理を口にすることになった。そのときに、この「酪」と呼ばれるものとよく似た料理を食する機会があったのだった。


(あれはたしか、カロンの乳を腸詰めにして発酵させたものだって話だったよな。あれは甘くないヨーグルトみたいな感じで食べやすかったけど、こいつはどうだろう)


 そして、その下に隠されているのも、未知なる食材であるのだ。

 俺はこれまで以上の期待感と好奇心をかきたてられながら、その料理を口にすることになった。


 端のほうをフォークで刺してみると、やわらかい感触が伝わってきた。

 そっと引き上げると、四角く切られた野菜の断片が引き剥がされる。厚みは5ミリていどで、ソースの掛かっていない裏側を確認しても、野菜自体が白色であったので新しい発見はなかった。


 で、表皮を剥ぎ取られたその下には、同じ野菜の層が見える。これは5センチ四方にカットされた野菜を重ねて盛りつけられた料理であるようだった。


(やわらかく煮込まれているのか、それとももともとこのやわらかさなのか……食べてみないことには、わからないな)


 ということで、俺は白いソースをまぶされた白い野菜をひと口で食してみた。

 とたんに、思いも寄らぬ香気が炸裂して、俺は面食らってしまう。

 乳製品のような酸味を予想していたのに、そこには香草であらゆる風味が追加されていたのだった。


(そうか。ヴァルカスがただの酪だけで終わらせるはずがないか)


 以前も俺は、ヴァルカスの作る野菜料理で度肝を抜かれることになったのだ。

 今回は、シャスカと肉料理をつなぐ舌を休めるための料理なのかな、と考えたのが浅はかであった。それは以前の香りの爆弾にも匹敵する複雑きわまりない味わいであった。


 もはや、ギャマの酪がどのような食材であるのかも想像するのは難しい。それは確かに酸味を主体にしていたが、そこには乳の発酵だけではなくママリア酢や果実や香草の酸味までもが加えられているように感じられた。


 そして、その酸味のとがり具合に膜をかぶせるように、まろやかな甘みも感じられる。俺に知覚できたのは、パナムの蜜とミンミの果汁の風味であった。


 なおかつ、塩気と辛みもそれなりにきいている。さきほどのシャスカでもわずかに感じた、山椒を思わせるややシャープな辛みだ。そこに付随する香気が、わずかな苦みをも引き連れているようだった。


 で、未知なる食材のほうは、しゃくしゃくとした噛みごたえが非常に心地好い。

 ギャマの酪をベースにしたソースがあまりに鮮烈な味わいであるために、野菜そのものの味は判別できない。ただ、この食感とソースの味は、見事に調和しているように感じられた。


(なんだろう。でもこの食感は、すごく懐かしい感じがするぞ)


 ちょっとお行儀が悪かったが、俺は表面のソースがかかった分をかきわけて、内側の野菜を発掘してみた。

 色は白くて、正方形。もとの形がどのようなものであるかは、さっぱりわからない。表面はすべすべで、ほんのうっすらとだけ葉脈らしきものが確認できる。


 さらに観察してみると、厚みが均等でないということが判別できた。

 厚い部分が5ミリていどで、薄い部分は2、3ミリだ。さっきのは全体的にもっと厚みがあるように思えたが、今回のやつは薄い部分が重力に負けてしんなりと頭を下げていた。


(ってことは、この厚みはカットされたものじゃなく、もともとの形状なんだろうな。葉脈らしきものも見えるから、ティノみたいな葉菜ってことか)


 俺はその野菜にソースをつけぬまま食してみた。

 すると、驚くべき甘さが口の中に広がった。

 さきほど感じたパナムの蜜とミンミの甘さは、この野菜からもたらされるものであったのだ。


(まいったな。きっとこれはパナムの蜜やミンミの果汁に漬け込まれたものなんだな。これじゃあもともとの味もわからないや)


 では、俺が感じるこの既視感は何なのだろう。

 味が不明ということになると、残るはこの食感だ。

 しゃくしゃくとしていて、とても水気が豊かである。その味わいが、メイプルシロップと桃のごとき甘さであることを差し引くと――かろうじて、白菜のような食感かもしれない、という解答を得ることができた。


(実際のところは、どうなんだろう。もしも白菜みたいな食材なんだったら、俺も扱わせてほしいものだ)


 そんな風に考えていると、ポルアースの「ううむ!」という声が聞こえてきた。


「これはまた不思議な味わいだね! でも、どれがティンファでどれがレミロムなのかな?」


「表面を覆っているのがティンファ、中央に隠されているのがレミロムになります」


 まだ内側に別の食材が隠されているのかと、俺は食べながら発掘してみることにした。

 それほどボリュームのある料理ではないので、3枚ぐらいもティンファの層をめくりあげると、その中央に隠されていたレミロムがあらわになった。


「あら可愛い。子供のような団子ね」


 エウリフィアが、はしゃいだ声をあげている。

 確かにそれは、まん丸の形をした団子であった。

 直径は、3センチていどのものであろう。色は、深みのあるグリーンだ。


 それにソースをまぶして食すると、くしゃりと簡単にほどけて独特の心地好い食感を与えてくれた。

 そしてやっぱり、菓子のような甘さが加えられている。しかも今度は、煮詰めてジャムにしたミンミが一緒に練り込まれているように感じられた。


「ティンファもレミロムも、他の野菜にはない食感を有しており、なおかつ甘さと調和する食材であると思われます。わたしの作製するギャマの酪の味つけには、これらの野菜がもっとも相応しいと考えています」


「それじゃあ、ティンファやレミロムという野菜が手に入らないときは、別の野菜を代わりに使っているのかしら?」


「はい。甘く煮込んだティノやネェノン、それにチャムチャムなどを使うことが多いです」


 そのように述べてから、ヴァルカスが俺のほうに視線を向けてきた。


「アスタはティンファとレミロムについて、どのように思われますか?」


「はい。とても美味だと思います。ただ、さまざまな味つけがほどこされているために、ティンファやレミロムの元々の味というのはさっぱり見当がつきませんけれど」


「そうですか。……アスタがそれらの食材を使って美味なる料理を作製することは難しいでしょうか?」


「え? それはまあ、実際に取り組んでみないことにはわかりませんが……でも、これは希少な食材なのでしょう?」


「はい。ですが、他の料理人もティンファとレミロムを求めるようになれば、貴族の方々もバルド地区との通商を活性化するよう前向きに考えてくださるかもしれません。その一助となるのでしたら……アスタにもティンファとレミロムをおわけすることは……必要な措置となるのでしょう……」


 と、胸もとに手を置いて、とても苦しげに眉をひそめるヴァルカスである。

 希少な食材を分け与えるのは苦痛であるが、長い目で見れば多くの人間にこの味を知ってもらうべき――という板ばさみの心情であるのだろう。そういうところも、相変わらずのヴァルカスであった。


「今のところ、ククルエル殿がバルドから買いつけてきた食材は、ヴァルカス殿の他に買い手がついていないのだよね。いちおう半分ぐらいはまだ食料庫に保管しているのだけれども、またアスタ殿がそれを市井に広める役を担っていただけるのかな?」


 ポルアースの言葉に、俺は「はい」とうなずいてみせる。


「まだどのような食材であるのかはわかりませんが、それほどクセは強くないように思えますので。お許しをいただけるなら、取り組んでみたいと思います」


「それじゃあ、ぜひとも吟味していただきたいところだね。バルドとの商いに関しては、東の方々にも大いにご活躍いただきたいが、我々としてもフワノをもてあましてしまっているので、これまで縁のなかった土地と大きな取り引きができれば非常にありがたいのだよ」


 それはつまり、ジェノス領内では取り引きが激減してしまったフワノを引っさげて、新規の顧客を開拓したいということなのだろう。卓の逆側の端からは、トルストもすがるような目で俺を見つめていた。


「バルドというのは、ジェノスから荷車で半月ていどの場所であったかな、ククルエル殿?」


「はい。その途中にある河川から、ジェノスの方々は生きた魚を買いつけているというお話でしたね。その河川にそって北西に進めば、バルドの内海に行き当たります」


「なるほどなるほど。そこまでの行路が確立されていれば、行き来するのも難しくはなさそうだ。では、アスタ殿、よければまた食材の吟味というやつを正式に依頼させていただくよ。ティンファとレミロムの他にも、いくつかの食材があったはずだからね」


「はい。了解いたしました」


 すっかり雑談が長引いてしまったところで、ヴァルカスが一礼した。


「では、肉料理を仕上げて参りますので、しばしお待ちください。こればかりは、わたしの手が必要となりますので」


 俺たちもまだ野菜料理を食べかけであったので、それを大事に食しながら、ヴァルカスの帰りを待つことになった。

 こちらの卓ではポルアースとメリムが、あちらの卓ではエウリフィアが中心となって、話に花を咲かせている。東の民も森辺の民も口数は多くないので、自然とこういう場では貴族の人々が取り仕切る格好になるのだ。


「……シュミラル、あなた、神を乗り換えたと聞いて、驚きました」


 そんな中、アリシュナがシュミラルに語りかけているのが、俺には印象的であった。


「私、一族、シムを追放されました。でも、セルヴァ、神を乗り換えること、ありませんでした。だから、余計にそう思うのかもしれませんが……神、乗り換える、どのような気分ですか?」


 シュミラルは、口もとに手をやって考え込んでいる。

 その隣で、ヴィナ=ルウは卓に目を伏せていた。

 さすがのアリシュナも、まさかシュミラルに故郷を捨てさせる決断をさせた張本人が隣に座しているとは、夢さら思っていないのだろう。俺としては、ちょっと目を離せないやりとりであった。


「そうですね。……神、乗り換えても、私、シムで生まれた、事実、消えません。感謝、気持ち、永遠です」


「では、なおさら、つらくはありませんか?」


「つらいこと、ありません。森辺、新しい生、幸福です。この幸福、もたらした、セルヴァなのですから、私、西方神の子、迷い、ありません」


「そうですか。……あなた、とても強い人間なのですね。私、感服いたしました」


「自分、強いか、わかりません。ただ、変わり者、よく言われます」


 シュミラルは、うっすらと微笑んだ。

 その行為もまた、自分はすでに西の民である、という意思表明のようなものである。

 アリシュナは、まぶしいものでも見たように目を細めながら、それを見つめ返していた。


「シュミラル、あなた……」


「はい、何でしょう?」


「……いえ。望まぬ人間、星の動きを伝える、禁忌でした。あなた、星の行方、知りたいと願いますか?」


「いえ。自分の運命、自分の手、切り開きたい、願います」


「そうですか」と言うなり、アリシュナは口をつぐんでしまった。

 シュミラルの隣で、俺はこっそり息をつく。ヴィナ=ルウは、まだ静かに卓の上を見つめていた。


 その後は、メリムがククルエルに旅の話をせがみ、いいかげんに誰の皿も空になった頃、ようやくヴァルカスが戻ってきた。

 ヴァルカス自身も台車を押しており、その後から3名の人間も続いてきた。今度はタートゥマイではなく、ボズルがそこに加わっている。


「お待たせいたしました。こちらが肉料理となります」


 銀の蓋がかぶせられた皿が、各人の前に置かれていく。

 その際に、ボズルが笑顔で礼をしてくれた。ヴァルカス一派の中で、この御仁だけはとても気さくなのである。リミ=ルウなどは、とても嬉しそうに微笑みを返していた。


「こちらは、『3種の肉の香味焼き』です」


 蓋が外されると、これまでで一番に鮮烈な香りがたちのぼった。

 これまでは、シャスカを除けばみんな冷製の料理であったため、そこまで食前に香気が強調されることもなかったのだ。


 その皿には、確かに3種の肉が載せられていた。

 細長い形状をした3種の肉が、中心で頭をあわせるように、放射状の形で配置されている。その隙間には色とりどりの野菜と香草が盛りつけられて、その全体に渦を巻くようにして暗緑色のソースが掛けられていた。


「いやあ、これは見るからに豪勢だね!」と、ポルアースを筆頭に城下町の人々が歓声をあげている。もちろん、俺も同じ気持ちであった。


「これはいったい、何の肉なのでしょう?」


 ククルエルが問いかけると、台車の片付けを弟子たちに一任したヴァルカスが振り返る。


「カロンの背中の肉、キミュスの胸の肉、そしてエラウパの肉となります」


「エラウパ?」


「さきほどのお話で出ました、川魚のひとつです」


 確かにそこには、魚の切り身と思しきものも鎮座ましましていた。

 白身の魚であるようだが、表面はこんがりとキツネ色に焼けている。たしか、ライギョに似た巨大魚はギレブス、イワナに似ているのはリリオネであったから、これは残る2種の川魚――クロダイかイラブチャーに似た魚のどちらかであるのだろう。


(けっこう厚みがあるから、イラブチャーみたいなやつのほうかな。さばけば、普通に美味そうだ)


 そしてそれと並べられているのは、赤褐色に焼けたカロンの肉と、白みがかったキミュスの肉だ。

 どちらも1・5センチぐらいの厚みで切り分けられており、キミュスの肉には皮もついている。この焼き目の具合からして、窯焼きの料理であるように思えた。


「キミュスとカロンと川魚の肉をいっぺんに使うなんて、さすがはヴァルカス殿だね! このような料理は、見たこともないよ!」


「恐縮です。……どうぞお熱い内にお召し上がりください」


 これには、ナイフとフォークが必要であるようだった。

 俺は森辺のみんなのために、先陣を切って食器を取り上げてみせる。そうして俺がお手本を示してみせると、アイ=ファたちも見よう見まねで料理を切り分けていった。


 まずは無難に、キミュスの胸肉からである。

 ササミのように淡白な胸肉であるが、皮さえついていれば味気ないことはない。

 それに、これだけ香りが豊かで「香味焼き」と銘打っているのだから、物足りなさなど心配する必要はないはずだった。


 付け合せには実にさまざまな野菜が使われていたが、まずは肉だけを口に運んでみる。

 そうすると、想像を上回る芳醇な香気が、口の中に広がっていった。


 さきほどは酸味が主体であったが、今度は何と表現しようもない。ヴァルカス流の、複雑きわまりない味つけだ。

 甘いし、辛いし、苦いし、酸っぱい。めくるめく味と香りの奔流である。前菜からさまざまな香草を使いまくっているのに、最後まで飽きが来ないというのも、ヴァルカスならではの手腕であった。


 どの味つけにも、執拗なまでの工夫が凝らされている。甘さひとつを取っても、砂糖と蜜と果実の甘さと、さらに香草の甘い香りがブレンドされていた。


 辛さの主体は、唐辛子系だ。が、チットの実やイラの葉の単体ではなく、そこに色々な香気が組み込まれている。ベースはチットの実であったとしても、それを引きたてたり、他の味つけと調和させるのに、何種もの香草が使われているのだった。


 酸味はママリアの風味が強いが、またギャマの酪だって使われているかもしれない。

 苦みもギギの葉だけではなく、見知らぬ渋みが加えられている。魚の肝だとか、シムの薬酒だとか、ヴァルカスは俺の扱わない食材も多々使用しているのである。その正体を探ろうとしたところで、詮無きことであった。


「これは美味だね! まさしく文句のつけようもないよ!」


「こちらの魚もとても美味です。なんとも不思議な味つけですね」


 ポルアースとメリムの夫妻が、昂揚しきった声をあげている。

 その正面では、ヴィナ=ルウとシュミラルもそれぞれ目を見張っていた。


「驚きました。このような料理、初めてです」


「本当ねぇ……口では説明のしようもないわぁ……」


 その声を聞きながら、今度はカロンの肉を食してみた。

 すると、まるで異なる料理を食したかのような驚きに見舞われることになった。


 カロンは、キミュスよりも味が強い。上質な牛肉を思わせる肉質である。その存在感を決して殺さず、カロン肉の旨みを最大限まで引き出しているかのような、そんな感覚であった。


(なんか、いきなり印象が変わったような気がするけど……ソースは、同じものだよな)


 ちょっと悩んでしまったが、別々に作られた料理ではない、ということは明らかであった。キミュスの胸肉を食したときと同じ風味、同じ複雑さでありながら、カロン肉の存在が加わることで、非常な変化がもたらされたのだろう。


 何となくドキドキしながら川魚の切り身にも手をつけてみると、同じ驚きが俺を待ち受けていた。

 今度はこの食材にあつらえたかのように、ソースや香草の味と香りが調和されている。何か、頭が混乱してしまいそうな感覚であった。


(これでキミュスの胸肉に戻ったら、今度は物足りなく感じちゃうんじゃないか?)


 そのようにも思ったが、それはとんだ考え違いであった。一巡りしてキミュスの肉を食してみると、今度はそれこそがベストマッチであるように思えてしまうのである。


 キミュスの肉のやわらかい質感と、油分が豊かで香ばしく焼けた皮の食感。そこに、複雑な味つけが見事に調和している。キミュスの肉ならではの美味しさだ。


 それでいて、カロンやエラウパを食してみると、これこそが至高、と思えてしまう。これでは、堂々巡りであった。


(よく考えたら、カロンとキミュスと川魚を同時に使って、しかもそれを全部主役に仕立てあげるなんて、普通の話じゃないんだよな)


 ちょっと気持ちをなだめるために付け合せの野菜を食べてみると、そちらも抜群に美味であった。

 ティノ、ネェノン、プラ、マ=プラ、チャムチャム、ロヒョイ、チャン――使われている野菜は、それぐらいのものであろうか。それぞれ、キャベツ、ニンジン、ピーマン、パプリカ、タケノコ、ルッコラ、ズッキーニのような野菜たちだ。そこに、キクラゲのようなキノコやブナシメジのようなキノコと、あとはさまざまな香草が使われている。


 香草は、細切りにされて一緒に窯焼きにされていたり、あらかじめ焼いて粉末にされたものが加えられていたりと、さまざまであった。

 そしてヴァルカスのことだから、風味づけのためだけに使った香草は、窯焼きにした後で取り除いているのだろう。この場で確認できる香草だけで、この複雑な風味を出せるとはとうてい思えなかった。


 さらに、料理全体に掛けられているソースにも、各種の調味料と香草は使われている。

 さらにさらに、肉や野菜は窯焼きにされる前に、何らかの下ごしらえがされているはずであった。ソースとは別種の漬け汁に漬け込んだりと、それぐらいの細工はほどこされていることだろう。


 それだけの手間をかけた上での、この完成度であるのだ。

 最後の最後で、俺はまたヴァルカスの力量を思い知らされた心地であった。


「……アスタよ、これはいっぺんに食べるのが一番正しいのやもしれぬぞ」


 と、アイ=ファが小声で囁きかけてきた。

「え?」と振り返ると、アイ=ファが自分のフォークの先端を指し示してくる。そこには、カロンとキミュスとエラウパの身が少量ずつ串刺しにされていた。


「ククルエルという男がこのような食べ方をしていたので真似てみたら、これが一番美味かった。むろん、別々に食べても美味であることに変わりはないがな」


 俺はいくぶん言葉を失いつつ、アイ=ファの指示に従ってみた。

 すると、アイ=ファの言葉が真実であったことが知れた。

 今度は3種の肉たちまでもが、おたがいの存在を引き立て合いつつ、調和していたのである。


 その後に、今度は2種ずつですべての組み合わせを試してみると、呆れたことに、すべてが比較もできないぐらい美味だった。

 俺はもう、心の底から脱帽することになった。

 もはや、魔法にかけられたかのような心地である。


「……お口にあいましたでしょうか、アスタ?」


 と、ヴァルカスがぼんやりとした声で呼びかけてきた。

 俺は「もちろんです」と応じてみせる。


「やっぱり数ヶ月も経つと、驚きというものは薄れてしまうものなのですね。初めてヴァルカスの料理を食べたときのような驚きに見舞われてしまっています」


「そのように言っていただけて光栄です」


 やっぱりヴァルカスのほうは、何の感情も浮かべてはいなかった。

 ただ、その瞳は俺だけを一心に見つめているようだった。

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