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異世界料理道  作者: EDA
第二十九章 始まりの月(下)
493/1703

黄の月の二十日~フィナーレに向けて~

2017.8/12 更新分 1/1

・今回の更新はここまでとなります。

・なお、当作の掲載開始三周年を記念して、キャラクターの人気投票と、番外編の主人公を決めるアンケートを実施したいと思います。詳細は、本日付けの活動報告をご確認くださいませ。

・8/21 アンケートの集計期間は終了いたしました。

《銀星堂》における食事会への参加が正式に認められたのは、黄の月の20日のことであった。

 それを俺たちに伝えてくれたのは、ヤンの調理助手にしてダレイム伯爵家の侍女たるシェイラである。


「日取りは2日後の、黄の月の22日。刻限は、下りの五の刻。人数は10名までということでお願いいたします」


「え? そんなに大勢の参加を許していただけたのですか?」


「はい。城下町からも、東のお客人を含めて同じ人数ということになりました。《銀星堂》という料理店は、日に20名までという取り決めであるようですね」


 わざわざ屋台にまでその旨を告げに来てくれたシェイラは、お上品に微笑みながらそのように述べていた。


「ですので、よろしければ狩人の方々もご一緒にどうぞというお話でありました。……というか、お客人でない方々のご来店はおひかえいただきたいと、ヴァルカス様がそのように仰っておられるようです」


「わかりました。その人数でしたら、問題ないかと思います」


 以前のお茶会などであっても、護衛役は2名であったのだ。そこにアイ=ファとダルム=ルウを組み込めば、どこからも文句の声はあがらないように思えた。


「アスタ様がご来店くださるとのことで、ヴァルカス様は非常に喜んでおられるとのことです。そして、かなうことならばマイム様にもご来店いただきたいというお話でありました」


「了解いたしました。きっと当人も喜ぶと思います」


 俺がそのように答えると、シェイラはちょっと切なげな感じに吐息をついた。


「……その日はきっと、アイ=ファ様もご一緒されるのでしょうね?」


「え、あ、はい。きっとそうなるかと思いますが……シェイラは、同席されないのですか?」


「侍女や従者は外の車で控えていなければならないのです。それでは、なかなかアイ=ファ様にご挨拶することも難しいでしょうね」


 どうして彼女がここまでアイ=ファに執着するかは、謎である。

 しかしまあ、女子人気の高いアイ=ファであるからと納得するしかないのだろうか。


「では、森辺の族長様にもよろしくお伝えください。お仕事の最中に失礼いたしました」


「はい。こちらこそ、わざわざありがとうございました」


 シェイラと別れて屋台に戻ると、トゥール=ディンがくいいるように俺を見つめてきた。


「ポルアースからも了承をいただけたよ。10名まで招待してもらえるってさ」


「じゅ、10名ですか。それでは、あの……」


「うん。トゥール=ディンは当確だね。でも、護衛役を含めて10名だから、けっこうぎりぎりだったかもしれない」


 トゥール=ディンは、ぱあっと顔を輝かせた。

 カルボナーラのためのパスタを茹であげながら、涙をこぼさんばかりの喜びようである。


「ヴァルカスの料理をいただくのはひさびさだもんね。俺も嬉しいよ」


「はい! いったいどのような料理を食べさせていただけるのでしょう?」


「それはわからないけど、東の民のご意見をいただきたいって話だったから、きっとシム風の料理なんじゃないかな。そもそも、ククルエルたちをもてなすのが主題であるわけだからね」


 それにヴァルカスは、シャスカというシムの食材の取り扱いを研鑽していたのだと、そんな話も記憶に残っていた。それからもずいぶん時間が経っているので、さすがに完成している頃合いであろう。


(でも、城下町から流れてくる食材にシャスカってやつは見当たらないんだよな。ヴァルカスが独自のルートで買いつけているんだろうか)


 何にせよ、期待の止まらない俺たちであった。

 たしかヴァルカスとは、銀の月から顔をあわせていないのである。エウリフィアの開いたお茶会や、ダレイム伯爵家の舞踏会など、俺たちはたびたび城下町を訪れていたのだが、そこで顔をあわせることができたのはヴァルカスの弟子たち、シリィ=ロウやロイ、それにボズルのみであったのだった。


「本当は、俺たちの料理も食べていただきたいところだよね。でも、ヴァルカスを森辺に招待するってのも、なかなか難しそうだからなあ」


「はい。ヴァルカスはとても忙しそうなご様子ですものね」


「うん。それに、ヴァルカスが森辺の集落に立ってる姿が想像できないんだよね。ひょっとしたら、以前のシリィ=ロウみたいに口もとを布で覆ったり――」


 と、そこで俺は口をつぐむことになった。

 ちょうどその、マントのフードと口もとの襟巻きで人相を隠したあやしげな人物が、こちらに向かってきたところであったのである。

 あれれと思って注視していると、その人物を追って人混みから現れた人物が「よお」と挨拶をしてきた。


「ずいぶんひさびさになっちまったな。最後に会ったのは雨季の終わり頃だったから――もう2ヶ月ぐらいは経ってんのか」


 その人物もフードをかぶっていたが、襟巻きなどは巻いていないので、そばかすの目立つ面長の顔が確認できた。


「ロ、ロイですか。おひさしぶりです。それじゃあやっぱり、そちらはシリィ=ロウなのですね」


 襟巻きを巻いた謎の人物は、茶色く光る瞳でじっと俺たちをねめつけている。この小柄でほっそりとした体格と眼光の鋭さは、シリィ=ロウで間違いないだろう。


「シ、シリィ=ロウ、どうもおひさしぶりです……」


 と、トゥール=ディンが不安げな面持ちで頭を下げた。

 シリィ=ロウの眼差しが、トゥール=ディンの方向で固定される。

 すると、ロイが後方からいきなりシリィ=ロウの頭を小突いた。


「なーにを黙りこくってるんだよ。挨拶ぐらい返したらどうだ?」


「き、気安く人の頭を叩かないでください! あなたは失礼です!」


「ふーん。挨拶を返さないのは失礼じゃねえのか?」


 シリィ=ロウはわなわなと震えながら、足もとに目を伏せてしまう。

 こちらでは、俺とトゥール=ディンが顔を見交わすことになった。


 最後に顔をあわせた城下町のお茶会で、シリィ=ロウは涙を流しながら憤慨していたのである。それは、姫君たちの味比べにおいて、トゥール=ディンが圧倒的勝利をおさめたゆえであった。

 帰り際、シリィ=ロウは「絶対に負けませんから!」と子供のように大声をあげていた。本日は、それ以来の再会であったのだった。


「話は聞いてるぜ。そっちのトゥール=ディンってやつが、数日置きにジェノス侯爵家に菓子を献上してるんだって? よりにもよって侯爵家の人間が石塀の外までそれを受け取りに来るなんて、ちょっと普通の話ではないよな」


 遠慮を知らないロイの言葉に、シリィ=ロウがまたキッと頭をもたげた。

 そしてその目が、再び俺とトゥール=ディンをじっとりとにらみつけてくる。


「だから、黙ってたってしかたねえだろ? あんた、こいつらをにらみつけるために、わざわざ石塀の外にまで出向いてきたのかよ?」


「…………」


「悪いな。たぶん、子供みたいにぴいぴい泣いちまったことが恥ずかしくてたまんねえんだよ。もう2ヶ月も経ってんだから、知らん顔してりゃいいのによ」


「だ、だ、誰がぴいぴい泣いていたのですか!」


「あんただよ。控えの間に戻ってきた後もずっと泣いてたじゃねえか」


 シリィ=ロウはフードと襟巻きの隙間から見える部分を真っ赤にしながら、ロイの胸もとをぽかぽかと殴打し始めた。

 ロイは「痛えよ」と顔をしかめながら、両手でその手首をひっつかむ。


「でさ、お前らは《銀星堂》に招待されたんだろ? あんな別れ方をしたまま仕事場で顔をあわせるのはバツが悪いから、こうしてわびを入れに来たってわけだ」


「ど、どうしてわたしがおわびなどをしなくてはならないのですか!?」


「違うのか? だったら、何しに来たんだよ」


 シリィ=ロウは、勢いよくロイの手を振り払った。

 そして、またまた俺たちをにらみつけてくる。


「……あのときは、ついつい感情的になってしまいました。味比べに敗北したからと言って相手に怒りをぶつけるなどというのは、料理人にあるまじき行いだと考えています」


「ほら、謝ってんじゃん」


「う、うるさいですよ! ……アスタ、トゥール=ディン、あなたがたは、本当に《銀星堂》の食事会に招かれたのですね?」


「はい」と俺はうなずいてみせる。

「そうですか」とシリィ=ロウは鋭く目を光らせた。


「あらかじめ言っておきますが、6種の料理のひとつとして出される菓子と、日中の軽食で食べられる菓子は、まったくの別物です。たとえヴァルカスが食事会で細工の少ない菓子を出したとしても、それでヴァルカスの力量を侮ることは、わたしが決して許しません」


「謝ったそばから、なに言ってんだよ。少しは殊勝にしてろっての」


 と、ロイがまたシリィ=ロウの頭を小突く。

「な、何なのですか、あなたは!」と、シリィ=ロウは再び憤慨した。


「何だか危なっかしくて見てらんねえんだよ。あんたって、やっぱり根っこがお嬢様なんだな」


「わ、わけのわからないことを仰らないでください! 確かにわたしはロウ家の家人ですが、あなたに誹謗されるいわれはありません!」


「だから、でっけえ声でお嬢様っぷりを発揮するんじゃねえよ。無法者に目をつけられたら面倒くせえだろ」


 ロイはフードごしに頭をかいてから、俺のほうを見やってきた。


「仕事の最中に騒がしくして悪かったな。用事は済んだみたいだから、料理を食べてから帰らせてもらうよ」


「あ、あなたはギバ料理が目当てでついてきたのですか!?」


「目的はあんたのお守りだけど、ここまで来て手ぶらで帰るのは馬鹿らしいだろ。……今日はどういう料理なんだ?」


「は、はい。今日はギバ肉の揚げ焼きですね。あとはパスタと肉饅頭、ルウ家のほうは香味焼きにクリームシチューという料理です」


 先日、お菓子の勉強会でも話題になったので、俺はひさびさに揚げ焼きの料理を売りに出していたのだった。レテンの油を使用した、宿場町仕様である。


「どれも美味そうだな。おすすめってのはあるのか?」


「肉饅頭は、昔から何度も食べていただいてますよね。でしたら、それ以外の4つをおふたりで分けられてはいかがでしょう? よかったら、取り分け用の皿もお貸ししますよ」


「ああ、そいつはいいな。シリィ=ロウも、それでいいだろ?」


「…………」


「ぱすたって料理も、以前に食べさせてもらったよな。ヴァルカスのこしらえたシャスカって料理は、似ているようでまったく違う料理だったよ。きっと食事会ではそいつが出されるだろうから、楽しみにしておきな」


「はい、ありがとうございます」


 俺は揚げたての肉と千切りのティノサラダを皿に盛りつけ、トゥール=ディンも茹であがったパスタでカルボナーラを作製する。その間に、シーラ=ルウとララ=ルウも香味焼きやクリームシチューを仕上げてくれていた。


 ロイが銅貨を支払って、食堂のほうに歩を進めていく。

 シリィ=ロウが無言でそれに続こうとすると、トゥール=ディンが「あの!」と声をあげた。


「シリィ=ロウ、今日はわざわざありがとうございました。また2日後にお会いできるのを楽しみにしています」


 料理の皿を両手に持ったシリィ=ロウが、首だけをトゥール=ディンのほうに向けてくる。

 そのまま3秒ほど固まってから、シリィ=ロウはぎくしゃくと頭を下げた。

 そして、足速にロイを追いかけていく。それは親とはぐれまいとする幼子のように危うげで、なおかつ微笑ましい姿であった。


「やれやれ。シリィ=ロウというのは、奥ゆかしいお人だね」


「はい。……だけどわたしは、彼女に憎まれているのではないかと不安に思ってしまっていたので……何だか、心が軽くなった気がします」


 そう言って、トゥール=ディンはやわらかく微笑んだ。

 俺もまあ、似たような心境である。何かと衝突することの多い彼女であるが、願わくは、おたがいを尊重しながら切磋琢磨していきたいところであった。


「また町の人を森辺に招くときは、シリィ=ロウたちにも声をかけたいところだよね。ヴァルカスよりは、気軽に声をかけられそうな相手だし」


 俺がそのように述べてみせると、トゥール=ディンは「わたしも同じことを考えていました」と朗らかに微笑んだ。


                  ◇


 その後、商売を終えた俺たちは森辺に帰還した。

 本日の勉強会はファの家で行う日取りであったので、シーラ=ルウたちとはルウ家の集落で別れて、道を北上する。


 そうしてファの家に辿り着くと、普段よりも人数が多いように感じられた。

 昨日までは姿を見せていなかったフォウやランの人々までもが集まっていたのだ。


「あれ? どうされたのですか? 下ごしらえの仕事に関しては、まだしばらくガズとラッツの手を借りる予定でしたよね」


「はい。今日の昼で、町で売る肉の準備が整いましたので、手が空いてしまったのです。それで、何かアスタの仕事を手伝えればと思い、参じました」


 まだ若いフォウの女衆が、笑顔でそのように述べてくれた。


「もう準備が整ったのですか。予定よりも、ずいぶん早かったですね」


「はい。肉そのものはすぐに集まりましたので、大きな問題はありませんでした。肉の重さの量り方も、アスタに入念に手ほどきしていただけましたし」


 確かに、総量450キログラムのギバ肉でも、フォウ家が受け持ったのはその半分だ。仕事を開始してからすでに3日は経っていたので、それほど無理な仕事量ではなかったのかもしれない。


「もちろん、うっかり肉を小さく切りすぎたりすることも多々ありましたが、それは自分たちで食せばいいことですし。肉はいくらでも届くので、それほど難しいことはありませんでした」


「ファの家から預かった銅貨も、家の銅貨とまぜてしまわないように、きちんと別に保管しています。まだもう1回分ぐらい肉を買いつけられるだけの銅貨は残っているようですね」


 フォウの家が仕事用の肉を買い付ける銅貨は、ファの家が支度金を準備したのである。ダイの家には、ルウ家から銅貨を預けられているはずであった。


「正直に言いますと、これで240枚もの褒賞を受け取ってよいのか、という気持ちです。代価が正当なものであるのか、もう一度ルウ家と話し合うべきなのではないでしょうか?」


「いえ、今はまだお試しの期間ですからね。これから市に参加する日取りを増やしていったり、準備する肉の量を増やしたりすれば、いっそう忙しくなることでしょう。……あと、ゆくゆくは銅貨もそちらで管理していただきたいと思っているのですよね」


「はい。銅貨の管理ですか?」


「そうです。肉を買いつける銅貨と町で売って得た銅貨の差額を計算して、どれぐらいの利益が出ているのか。それをつまびらかにしないと、家長会議で報告する際にも困ってしまうでしょう? 俺としては、それも肉を準備するのと同じぐらい大変な作業なのではないかと考えています」


 だけどそれに関しては、俺のほうに腹案があった。混乱が生じないように、それは肉の市に参加した後であらためて伝授しようかと考えている。


「ともあれ、こんなに早く肉を準備できたのは何よりでした。ダイの家での仕事が完了したら、一番近い日に行われる肉の市に参加しましょうか。ピコの葉に漬けておく時間が長くなればなるほど、水気が抜けて大きさも縮んでしまいますしね」


「はい。こちらはいつでもかまいません。肉の市の日取りというのは、前日に知らされるという話でしたか?」


「そうですね。2、3日置きにダバッグから肉売りの商人が訪れますので。彼らは到着した日に城下町で商売をして、その翌日に宿場町で市を開くのですよ」


 そして、ちょうど本日その肉の市が開かれたということを、俺は宿場町の人々から伝え聞いていた。ということは、次の市が開かれるのは3、4日後だ。


「もしも次の市が4日後でしたら、屋台の仕事も休業日ですので、俺も同行させていただきますよ。その頃には、きっとダイの家でも仕事は完了しているでしょうし」


「ありがとうございます。……でも、4日後は黄の月の24日ですよ?」


「はい。それが何か?」


「……その日は、アスタの生誕の日ではないですか?」


 どうしてフォウ家の女衆がそのようなことを知っているのだろうと、俺はいささか驚かされることになった。


「わたしは、サリス・ラン=フォウからそのように聞きました。アイ=ファとの間で、きっとそういう話をされたのでしょうね」


「ああ、なるほど。でも別に、生誕の日だからどうこうということはありませんよ。みなさんだって、夜のお祝いの晩餐以外では普通に働いておられるでしょう?」


「はい。ですが、アスタは異国の生まれですので、何か独自の習わしでお祝いをするのではないのかと……せっかく町での仕事も休みでありましたし」


「屋台の商売が休業日であったのは、ただの偶然です。何も変わったことをする予定はありませんよ」


 アイ=ファだってその日は森に入るつもりだと述べていたので、それは間違いないだろう。

 だけどまあ、今日の内にきちんと確認しておこうとは思う。


「では、明日にでもルウ家にダイ家の状況を聞いてみますね。早くても肉の市は3、4日後ですので、家長らにはそのようにお伝えください」


「はい、了解いたしました」


 それで俺たちは、ようやく下ごしらえの仕事に取りかかることになった。

 ガズやラッツから招くメンバーを増員させていたので、なかなかの人数だ。しかし、カレーの素や乾燥パスタの作り置きはいくらでも前倒しできるので、人手をもてあますことはない。商売に参加した5名もあわせて、俺たちは総がかりで各自の仕事をこなしていった。


「スドラからもイーア・フォウ=スドラたちが手伝いに出向いていたのですが、確かに肉を切ったり重さを量ったりというのは、それほど苦になる仕事ではなかったようです。もともと肉の切り方は誰もがアスタに手ほどきを受けていましたからね」


 仕事中、そのように語りかけてきたのはユン=スドラであった。

 彼女だけは屋台や下ごしらえの仕事をメインとして継続中であったので、町で売る肉の準備に関してはほぼノータッチであったのだ。


「それは心強い話だね。あとは、どれだけの肉が町で売れるかだ」


 しかしそれも、お菓子の勉強会の一幕を思い起こせば、それほど悲観せずに済んだ。ならば、心配するのは、さらにその先――実際に購入した人々が、再び購入したいと思ってくれるかどうかである。


 現在は屋台でも宿屋でも、ギバの料理が非常な人気を博している。それにあやかって、多くの人々がギバ肉を求めてくれているのであろうが、これはなかなかの高額商品なのである。皮なしのキミュス肉やカロンの足肉よりもはるかに高額なギバ肉を継続的に購入しようと考える人々が、どれぐらい存在するのか。こればかりは、実際に販売を始めてみないとわからないことであった。


「でも、アスタと懇意にしている宿屋の主人たちは、もう何ヶ月もギバの肉を買いつけているのですよね? それでしたら、他の宿屋の主人たちも同じように考えるのではないでしょうか?」


「どうだろうね。それは、ギバ料理を売りに出す宿屋が少なかったからこその希少価値だったかもしれないんだ。今回の一件がそれにどういう影響を与えるのか、俺は少しばかり不安にも思っているんだよね」


「そうですか。やはり、上に立つ人間というのは苦労がたえないのですね。そのような責任を負いながら、こうしてわたしたち以上に働いているアスタのことを、わたしは心から尊敬しています」


 そのように述べてから、ユン=スドラはにこりと微笑んだ。


「わたしなどは、楽しく料理を作ったり売ったりしているだけですので、アスタには感謝するばかりです。今さらですが、本当にありがとうございます」


「どうしたんだい、あらたまって? ユン=スドラの存在は、俺にとってもすごく支えになっているよ」


「はい。これからちょっと子供じみた我が儘を言おうと思っていたので、その前にお礼を述べておこうと考えたのです」


 と、今度は上目づかいで俺を見つめてくるユン=スドラである。


「……2日後に行われる城下町の晩餐会ですが、それは10名まで参加できるのですよね?」


「うん、そうだよ」


「わたしはきっとその10名に選ばれないと思いますので、次の機会には何とか参加させていただけないかと、今の内からアスタにお願いしておきたいです」


「え? そうかなあ? 10名だったらユン=スドラもぎりぎり大丈夫かな、と俺は考えていたんだけど……」


「いえ。10名でしたら、わたしはぎりぎり選ばれないと思います。アスタ、アイ=ファ、レイナ=ルウ、シーラ=ルウ、リミ=ルウ、トゥール=ディン、シュミラル、マイム――この時点で、もう8名ですからね」


「ああ、うん、その8名は当確かな。だけど、あと2名の空きがあるなら――」


「あとの2名は、ダルム=ルウとヴィナ=ルウではないですか? シーラ=ルウとシュミラルが参加するのですから」


 確かに護衛役は、アイ=ファの他にもう1名必要とされることであろう。10名ならば荷車も2台になるので、その運転は狩人にまかされるはずだ。


「ヴィナ=ルウは、まだ確定ではないけどね。そこのあたりは、ルウ家と相談すれば――」


「今日の仕事中、シーラ=ルウやララ=ルウと話をさせていただきました。ヴィナ=ルウは、自分が参加を願い出てもいいものかと非常に思い悩んでいるそうです。……そんなヴィナ=ルウを押しのけて、自分が参加を願い出る気持ちにはなれません」


 そう言って、ユン=スドラは俺のTシャツの裾を引っ張ってきた。


「ですから、今回はもうあきらめているのです。その代わりに、次回の機会では何とかわたしも同行させていただけるように、アスタが取りはからっていただけませんか?」


「わ、わかったよ。次の機会がいつになるかはわからないし、出向く理由にもよるだろうけど、ユン=スドラを優先的に考えるようにしよう」


「ありがとうございます。本当に子供じみていて、申し訳ありません」


 そう言って、ユン=スドラはまたにこりと微笑した。

 確かに子供じみていたかもしれないが、それはたいそう魅力的な笑顔だった。


 ともあれ、肉の市と、城下町への招待と、俺の生誕の日で、色々なことの立て続いた黄の月も、いよいよフィナーレを迎えるようだった。

 俺が初めてアイ=ファと出会った黄の月の24日まで、残すところはあと4日間である。

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