黄の月の十六日①~宿場町の勉強会~
2017.8/7 更新分 1/1
・今回の更新は全6話となります。
黄の月の16日。
その日、ジェノスの城下町においては、森辺の族長と貴族による臨時の会談が行われることになった。
少し前から、族長と貴族の会談は隔月のペースで行われるようになっていた。狩人の仕事のさまたげにならぬよう、朝の早い時間から集まって、二刻ばかりもみっちり話し合うというのが、その実情であった。
しかしその定例会談は、いつも月の頭に実施されている。それ以外の時期に突発的な用件が生じたときは、こうして臨時の会談が行われる手はずになっていた。
で、このたびの臨時会談である。
案件は、主にふたつ。すなわちそれは、まもなく帰還する《黒の風切り羽》と、宿場町におけるギバ肉の売買についてであった。
《黒の風切り羽》というのは、東の王国シムの商団である。
団員の数は32名にも及び、ジェノスを訪れるシムの商団としても最大の規模であるという。彼らは7年も前からサイクレウスと交流があり、生きたギャマを始めとするさまざまな商品をジェノスにもたらしていたのだった。
そんな彼らの提言により、ジェノスの領主マルスタインは森辺に新たな行路を切り開いた。
片道で2ヶ月もかかるというジェノスとシムの間で、より円滑に商売を進めるための大胆な試みである。
しかし、雨季の間に完成されたその行路は、まだ実験的にしか使用されていない。その道を使ってモルガの森の向こう側にまで出向いたのは、その先に新たな宿場町を構築しようと画策するジェノスの関係者のみだった。
何せ、危険なモルガの森を通過する道なのである。
さらに、モルガの森を通過した後も、しばらくは人跡も稀なる荒野を突き進まなくてはならないのだ。
《黒の風切り羽》の団長ククルエルが言うには、数日も進めばシムと北方の都市アブーフをつなぐ街道と合流できるという話であったが、それも実際に足を踏み入れなければ確認のしようもない事柄であった。
備えを怠れば、どのような被害が出るかもわからない。無計画に使用を許して、それでのっぴきならない事態でも生じてしまえば、けっきょく誰も近づかない無用の長物と化してしまうだろう。その愚を避けるために、マルスタインはまず言いだしっぺの《黒の風切り羽》にモニター役を担わせようと考えていたのだった。
シムの商団というのは、屈強なる旅人の集まりなのである。
そもそもこの大陸において、長旅というものは非常に危険な行為とみなされている。盗賊団に、野獣に、自然の災害と、この世界は危険に満ちあふれているのだ。町と町をつなぐ街道を行き来するには、腕に覚えのある護衛役や案内人を同行させるのが常であるのだった。
そんな中、東の民だけは護衛もつけずに大陸中を駆け巡っている。
それは、彼らが名うてのトトス乗りであり、また、危険な毒物の使い手でもあったからであった。
早い話が、盗賊団や野の獣よりも、東の民のほうがよっぽど脅威的な存在であるのである。
ただし、商人として活動している東の民は、平和主義の草原の民であった。
シュミラルやラダジッド、ククルエルやアリシュナを見れば、彼らがどれほど温和で争いを好まない人間であるかは瞭然であろう。どんな無法者でも野獣でも容易く眠らせることのできる危険な技術を体得しつつ、彼らは決して自衛以外で暴力を行使するような人柄ではなかったのだった。
これは最近、シュミラルに聞いた話であるが、シムというのはおおよそ4つの区域に分けられるらしい。
北方の山岳地帯、中央の草原地帯、東方の海浜地帯、そして王都ラオを含む南方の商業都市である。それがさらに7つの藩に分けられて、それぞれ統治されているのだそうだ。
で、商団として世界を巡っているのは、その内の草原地帯――「ジ」と「ギ」の民のみであるという。
南方の商業都市というのは交易の場であるが、故郷を離れて商いにいそしむのは、みんな草原の民であるとのことであった。
この草原の民というのは、争いを好まない。平和な中央の区域で生まれ育ったために、ジャガルとの戦にも加わらず、遊牧民族のごとき暮らしを営んでいるらしい。その中の一部の人間が、商団としてセルヴァやマヒュドラを訪れているのである。
《黒の風切り羽》も多分にもれず、草原地帯の出身であった。
団長のククルエルは、「ギ」の民であるはずだ。
彼らは現在、西の王国セルヴァの王都アルグラッドにまで足をのばしている。そんな彼らがジェノスにまで帰還してきたら、森辺の新たな行路を使って故郷に帰ってもらい、その身をもって安全性を示してもらおうという、つまりはそういう計略であるのだった。
予定よりもずいぶん遅れていたが、彼らは間もなくジェノスに戻ってくる。そうしたら、ひと月も待たずに森辺の行路を使用することになるので、その前にもろもろの問題点を片付けておこうというのが、このたびの会談の主旨であった。
そしてもう一点、ギバ肉の売買についてである。
ファの家として関わりが深いのは、そちらの案件であった。
こちらもさまざまな問題が生じていたが、最終的には肉の市場への参加を認めてもらうことができた。
そこで発生した新たな条件は、『宿場町で売るのと同量のギバ肉を城下町にも売る』というものであった。
これは、貴族によるギバ肉の買い占めを阻止するために提示された条件である。
現状、城下町においてはギバの腸詰肉と燻製肉しか販売を認められていなかった。そこで生鮮肉の販売まで始めてしまうと、貴族たちが銅貨を積んで買い占めてしまい、宿場町まで流通しなくなってしまうのではないか、と危惧されたためだ。
サイクレウスによって民からの信頼を傷つけられてしまったマルスタインはそれを憂慮して、現在はその立て直しに取り組んでいる。そんな中、かつてのサイクレウスと同じように食材の買い占めに走ってしまう貴族が出てくると台無しになってしまうため、俺たち以上に神経を使っている様子であるのだった。
それで提示された条件が、前述のものである。
宿場町でも城下町でも同じ量のギバ肉を販売することにすれば、どちらの側からも不満の声はあがるまい、という考えだ。
もとより俺たちの側に、不満を述べる要素はなかった。
心配があるとすれば、「いったいどれだけの量が売れるのだろうか?」というぐらいのものだ。
残る問題は、内々のものばかりである。
最大の問題は、安定供給の確立であっただろう。
そちらのほうは、森辺の集落でファとルウが中心となって、協議を重ねるしかなかった。
しかしそれも黄の月の上旬から下準備を進めていたので、城下町からの許可を得られるのとほぼ同時期に、いちおうは取りまとめることができた。
さしあたっての責任者と定められたのは、フォウとダイの家である。
今後は、そのふたつの氏族がファとルウの支援を受けながら、話を進めていくことになった。
フォウとダイが選ばれたのも、ファとルウから家が近かったためである。
氏族の規模で言えば、ガズやラッツのほうが上回っている。しかしそれよりも、この際はファおよびルウと近在の住まいであるという利便性が重んじられることになったのだった。
それは、宿場町の市場で肉を売るというだけの話ではない。そのための肉を事前に確保して、長期的に、とどこおりなく商売を進めるというきわめて重大な仕事であるのだった。
ファとルウは、商売のための肉を確保するために、他の氏族からギバ肉を買いつけていた。まずはそれと同じことを、彼らにも覚えてもらわなくてはならないのである。
余所の氏族から肉を買い、それを保管し、出荷する。言ってみればそれだけの話であるが、商売と言えばギバの毛皮や角や牙を売ることしか知らなかった人々にとって、それはきわめて難儀な話であるのだった。
一例をあげてみると、「肉の加工」という仕事がある。
森辺の集落において、ギバの肉は一頭まるごとか半身の枝肉で売買されていたが、町の人々にはもっと小分けにしたものを準備せねばならないのだ。
ファとルウの家は、4つの宿屋に生鮮肉を売っていた。その際には、町で購入した量りを使って、適切な分量に切り分けていた。まずはそこから学んでもらう必要があった。
もちろん町でも、肉の分量などは丼勘定である。「およそ一食分でいくら」という、きわめて曖昧な目安しか存在しない。
しかし、売るたびに分量が大きく変動していては、信用を得ることもできないだろう。よって、ギバ肉はどの部位でもブロック状に切り分けて、重さをしっかりと計測する必要があった。
他の氏族からギバの枝肉を買いつけて、重さを量りながらブロック状に切り分けて、定められた量を木箱に詰める。まずは、そこからだ。
そして、その仕事に対する報酬の面についても、問題が生じていた。
仕入れ値と卸し値の差額でどれだけの利益が生じるか、現段階ではまったく不明なのである。
それは、氏族の間で取り引きされるギバ肉の価格が、個体のだいたいの大きさで三段階にしか分けられていなかった、その曖昧さゆえであった。
もちろん、損をすることはないという目算は立っている。
ファやルウでも宿場町に肉を売れば売るほど赤字になっていく、などという事態は許容できなかったので、仕入れ値のほうが安くあがるように設定は為されているのだ。
ただしこのたびは、その規模が格段に大きくなってしまうので、色々な不確定要素が生じることになる。また、どれだけの利益が生じるかもわからないままでは、フォウやダイの人々も不安でならなかったことであろう。
そこで、彼らへの報酬は定額で支払われることになった。
それ以上の利益が生じたときは、何かの際の保険として貯蓄し、万が一にも赤字になってしまえばファとルウが自腹で補填する、というシステムである。
報酬の額は、さしあたって1日に赤銅貨24枚と定められた。
それでは見合わない労力が必要となる、と判断されたときは、すぐにでも上乗せするという条件で、まずは少額に設定されることになった。
ちなみに赤銅貨24枚という数字は、一般的なギバの角と牙と毛皮を一頭ぶん売りはらったときと同額のものである。報酬の設定もなかなか参考になるものがなかったので、ルウ家の提案でその額に定められたのだった。
もちろんそれは、肉の売買をした日にのみ支払われる、という類いのものではない。この仕事を受け持っている期間の日数分すべてに支払われる報酬である。
さしあたって、その報酬は10日ごとに支払われることになった。
だから正確には、「10日間で赤銅貨240枚の報酬」と称するべきであろうか。
まずは10日間、この仕事を受け持ってもらい、労力に見合わないと判断された場合は、報酬を上乗せする。さらに、家の仕事が立ち行かないとされたときは、別の氏族に担当を変わってもらう。そういった段取りで、試験的に肉の売買に取り組むことが決定されたのだった。
また、いきなりフル回転で始動するのは危険だと判断し、肉の市場への参加は10日に1回と定められた。市場そのものは2、3日置きの頻度で開かれているので、慣れてきたら随時対応していこうという話に落ち着いた。
その際に準備する肉の量は、およそ450キロていどに設定された。
宿場町で使われている木箱におよそ15キロていどが梱包できるので、それを30箱準備する計算である。この内の半分を城下町に、もう半分を宿場町に卸すのだ。
ギバの頭数で言えば、十数頭分の肉である。
それを10日の間に仕入れて、分量を量り、保管する。まずはそれが最初の仕事であった。
「最初の内は色々と迷惑をかけちまうだろうけどさ。なんとかやりとげてみせるよ」
バードゥ=フォウの奥方は、笑顔でそのように言ってくれていた。
もちろんこの仕事には、眷族たるランとスドラも総出で取りかかるのだろう。最初の内は、どうしたってファの家の下ごしらえの仕事にまで手は回らなそうであったので、そこはガズやラッツを頼らせてもらうことになっていた。
「いよいよ面白いことになってきたな! 家長会議までに、どのような結果が出るのか、俺も楽しみにしているぞ!」
そのように言ってくれたのは、リッドの家長ラッド=リッドであった。
親筋のザザはファの家の行いに否定的な立場であったが、リッドとディンの人々はみんな家長会議でそれがくつがえされることを期待してくれていた。
ともあれ――そんな具合に、森辺では今日もひそやかに変転がもたらされていた。
肉の市場に参戦するのは、これから10日ほど後のこと、黄の月の下旬となるだろう。それまでに、俺たちは力を合わせてこの大仕事をやりとげる所存であった。
そしてそれ以外にも、俺たちはさまざまな仕事を抱えている。
まず最初にやってきたのは、城下町における会談の翌日、黄の月の17日――その日に俺たちは、《タントの恵み亭》にて開催される、お菓子の作り方の勉強会に参加する予定になっていた。
◇
「えへへー、今日は楽しみだね!」
笑顔で街道を歩きながらそのように発言したのは、リミ=ルウであった。
屋台における仕事を終えて、《タントの恵み亭》に向かっているさなかのことである。
「楽しみって言っても、今日の俺たちは教える側だからね? 試食品を作っても、それはみんな宿屋のご主人たちに食べていただかないといけないわけだし」
俺がそんな風に水を差す発言をしてしまっても、リミ=ルウの笑顔に変化はなかった。
「でも、ヤンって人からはリミたちも色々なことを教えてもらえるんでしょ? あの人のお菓子はとっても美味しかったから、やっぱり楽しみだよ!」
「ああ、それは確かにね。リミ=ルウとトゥール=ディンにとっては実りの多い一日になりそうだ」
本日の勉強会に参加するメンバーは、わずか4名である。
厨の広さに限りがあるので、なるべく少人数にしてほしいというお達しがあったのだ。
その顔ぶれは、俺、トゥール=ディン、リミ=ルウ、そしてシーラ=ルウであった。
つい一昨日に婚儀を終えたばかりのシーラ=ルウは、リミ=ルウの隣を静かな面持ちで歩いている。
以前と変わらぬままの、清楚でつつましやかなたたずまいである。
ただしその黒褐色の髪は首の後ろで短く切りそろえられて、身に纏っているのも胸もとから膝ぐらいを覆う一枚布の装束だ。
まるでずっと以前からそういういでたちであったかのように、シーラ=ルウには婚儀を終えた女衆の装束がよく似合っていた。
「菓子作りの手ほどきであれば、ルウ家からはリミ=ルウひとりで十分ですのに、無理を言って申し訳ありません」
「いえいえ。試食品を作るのにも人手は必要ですから。何も気になさる必要はありませんよ」
「そうだよー!」とリミ=ルウも元気にシーラ=ルウを振り返る。
「ダルム兄もけっこう甘いお菓子が好きだから、これからはシーラ=ルウが頑張って作ってあげてね!」
「はい」とシーラ=ルウは微笑んだ。
以前であればそれだけで真っ赤になっていそうなシーラ=ルウであるが、今はちょっとだけ恥ずかしそうに口もとをほころばせるぐらいであった。
そうして《タントの恵み亭》に到着した俺たちは、まずギルルと荷車を裏の倉庫で預かってもらってから、厨のほうに案内してもらった。
宿場町で一番の大きな宿屋であるので、厨もそれ相応に大きな造りをしている。が、本日その場所には許容量いっぱいの人々が詰めかけていた。
ざっと見積もって、20名ぐらいはいただろう。本当はほとんどの宿屋の関係者が今日の勉強会には参加したがっていたが、何とかこの人数に絞ったのだそうだ。
「あ、みんな、お疲れさま! 待ってたよー!」
そんな風に声をかけてくれたのは、ユーミであった。
すでに屋台のほうでも顔をあわせていたので、数時間ぶりの再会だ。シーラ=ルウへの祝辞もそのときに済ませていたので、今は普段通りの笑顔で俺たちに挨拶をしてくれていた。
そんなユーミのかたわらには、テリア=マスも控えている。他にはネイルやナウディスも、本日の参加権を勝ち取ったのだと聞き及んでいた。
それらの人々と挨拶を交わしながら奥のほうに進んでいくと、《タントの恵み亭》の主人たるタパスと客分料理人のヤンが待ち受けていた。
「おお、森辺の皆さまがた、どうもご足労でありましたな。さ、どうぞこちらに」
タパスはにこやかに笑いながら、俺たちをヤンのかたわらに招いてくれた。
ヤンは目もとで微笑みながら、俺たちに頭を下げてくる。その背後には、彼の調理助手たるシェイラとニコラも控えていた。
「ヤン、本日はよろしくお願いいたします。……あの、アリシュナにお届けする料理を持参しましたので、勉強会が終わったらお渡ししますね」
「はい。承りました」
「毎日のようにこんな雑用を押しつけてしまって申し訳ありません」
「いえ。彼女はジェノス侯爵の大事な客人であるのですから、何も気遣いは不要です」
俺はいまだに屋台で『ギバ・カレー』を出す日は、こうしてヤン経由でアリシュナに料理を届けてもらっていたのである。
ヤンもポルアースもその一件に関しては寛容であったものの、実際に届け役を担わされているのはシェイラであると聞いている。ということで、俺はそちらにも頭を下げておくことにした。
「滅相もありません。以前にも申しました通り、ダレイム伯爵邸に戻る道すがらでありますので、どうかお気になさらないでください」
そのように述べてから、シェイラはそっと顔を寄せてきた。
「ところで……本日、アイ=ファ様はご一緒ではなかったのでしょうか?」
「ああ、はい。今日は日の高い内に戻れるはずですので、そういうときには護衛役がつかないことのほうが多いです」
「そうですか」とシェイラはとても残念そうに目を伏せた。
彼女は何やら、アイ=ファにずいぶんとご執心のようなのである。
そしてそのかたわらにあるニコラは、本日もぶすっとした顔で立ち尽くしていた。
目ざといリミ=ルウが、そちらに笑顔で語りかける。
「こんにちは! お茶会のときにも会ったよね。リミのこと、覚えてる?」
「え? ああ、まあ……覚えてる、けど……」
幼いリミ=ルウにどんな言葉づかいをするべきか迷うように、ニコラはもごもごとした口調で言った。
噂によると、彼女は爵位を奪われた没落貴族の血筋であるそうなのだ。
「今日もあなたがお手伝いだったんだね! リミも頑張るから、よろしくお願いします!」
「よ、よろしく……って、侍女のあたしなんかに挨拶とか必要なくない?」
「だって、ひさしぶりに会えたから!」
リミ=ルウがにこーっと笑みを広げると、ニコラはたいそう居心地が悪そうにそっぽを向いてしまった。
しかし、そちらの側にはトゥール=ディンがいたので、今度はぺこりと頭を下げられてしまう。
「お茶会のときにお会いしたニコラであったのですね。気づくのが遅れて申し訳ありませんでした。今日はどうぞよろしくお願いいたします」
「いや、だから……もう、何なのさ、あんたたちは!」
「どうかしましたか?」とヤンがそちらを振り返る。
「いえ、別に」とニコラはしかめ面で口をつぐんでしまった。
そのとき、入り口のあたりが騒がしくなった。
さらにその喧騒の気配が、真っ直ぐこちらに向かってくる。
「何だ?」「押すなよ!」という声が飛び交い、やがて人垣の中からひとつの人影がにゅっと出現した。
図太い体格にふてぶてしい面がまえをした壮年の女性、《アロウのつぼみ亭》の主人、レマ=ゲイトである。
ずっとにこやかであったタパスの顔が、その姿を視認するなり、げんなりとした表情を浮かべる。
「レマ=ゲイト、割り込みというのはあまり感心できませんな」
「ふん! むさ苦しい男どもがこんなに群れ集っていたら、なんにも見えやしないよ。文句があるなら、台座でも準備しておきな!」
レマ=ゲイトも相変わらずのご様子であった。
すると、人垣の中からひそやかな笑い声が聞こえてくる。
「それだけ甘いお菓子というものに興味がおありなのですね。お気持ちはわかりますよ、レマ=ゲイト」
それは灰褐色の髪と浅黒い肌を持つ長身痩躯の老女、《ラムリアのとぐろ亭》の主人、ジーゼであった。
こちらは西の民の男性の平均よりも背が高いので、他のご主人がたの肩ごしに笑顔が確認できた。
とげのある視線をそちらに一瞬だけ向けてから、レマ=ゲイトはまた「ふん!」と鼻を鳴らす。
どうやらこれで、役者はそろったようである。
仕切り役のタパスは気を取り直した様子で、「それでは甘い菓子の作り方の手ほどきを始めていただきましょう」と声をあげた。




