リミ=ルウのお誕生会③~お祝いのデザート~
2017.7/19 更新分 1/1
「それじゃあ、そろそろ食後のお菓子を準備しますね」
半刻ほど経って、大皿の料理がだいぶん片付いてきた頃合いを見計らって、俺はそのように宣言してみせた。
すると、タラパのスープに焼きポイタンをひたして食していたルド=ルウがけげんそうに振り返ってきた。
「ずいぶんせっかちだな。もうしばらくしたら綺麗に食べ終わるんだから、それまで待ってりゃいいんじゃねーのか?」
「いや、今日のお菓子はちょっと準備に時間がかかるから、ちょうど食べ終わる頃に運んでこられると思うよ」
「ふーん? よくわかんねーけど、理由があるならまあいいか」
「そうだよ。アスタが考えもなしに動くわけないじゃん」
と、まださきほどの口論を引きずっているのか、ララ=ルウがとげのある言葉をルド=ルウにぶつける。決して仲は悪くないのだが、ルウ家の7兄弟でもっとも荒っぽい関係性であるのはこの末弟と三姉なのだった。
そんなふたりのやりとりを背中で聞きながら、俺はアイ=ファとターラとともにいったん退出する。
外は暗いので、燭台をひとつ借りることになった。
アイ=ファは、用心深そうに視線を巡らせている。ギバは人家に近づくことは少ないが、ギーズやムントといった獣も含めて、夜の間は用心を欠かせないのだ。
「さて、それじゃあ仕上げちゃおうか」
「うん!」
無事にかまど小屋に到着した俺とターラは、ふたりがかりで仕事に取り組む。
それを横から眺めていたアイ=ファは「ふむ」と不明瞭な声をあげていた。
「本当に、まるきり作りかけであったのだな。時間が足りていなかったのか?」
「いや、時間が経つと形が崩れちゃいそうだったから、食べる寸前に仕上げることにしたんだよ。リミ=ルウに喜んでもらえるといいんだけどな」
「きっと喜ぶよ! こんなに立派なお菓子、ターラは初めて見たもん!」
ターラは、すっかり昂揚していた。家では厨の仕事をまかされることが少ないので、大事な相手に美味しい料理を届けるという行為が楽しくてしかたないらしい。
およそ10分ぐらいをかけて、俺たちは仕事を完了させた。
再びアイ=ファの先導で母屋に引き返すと、さすがにルド=ルウとララ=ルウの舌戦も終了していた。料理の大皿も見事に空っぽで、おのおの果実酒やチャッチのお茶を楽しんでいた様子である。
「よー、ほんとに時間がかかったな。なんか失敗でもしたんじゃないかって心配になっちまったぜ」
「大丈夫。無事に完成したよ。他のみなさんも、どうもお待たせいたしました」
お盆代わりの板に乗せたデザートの大皿を手に、俺はリミ=ルウのもとへと向かう。アイ=ファは自分の席につき、ターラだけがちょこちょことついてきていた。
「リミ=ルウ、あらためまして、生誕の日おめでとう。俺とターラで作ったお祝いのお菓子だよ」
「うわあ」とリミ=ルウが瞳を輝かせる。
その他の人々も、一部の男衆を除けばみんな驚きの声をあげていた。
「ずいぶんとまた立派なお菓子だね! そいつをみんなで切り分けるのかい?」
「はい。総勢16名ですので、こんな大きさになってしまいました」
ミーア・レイ母さんが空になった皿をどけてくれたので、俺はリミ=ルウの目の前にそれを置くことができた。
直径は30センチ、高さは10センチぐらいもあっただろう。
燭台の明かりに照らされて、白いクリームと赤いアロウの実が光り輝いている。
それは、ポイタンとフワノの生地を三段重ねにして、周囲をホイップクリームで包み込み、さらにアロウの実を散りばめた、ホール型のバースデー・ケーキであった。
「すごいすごい! このくりーむは、どうやってこんな形にしたの?」
リミ=ルウが問うているのは、ホイップクリームによるデコレーションについてであった。
俺は果実酒を樽から土瓶に移す際に使われる口金を利用して、ケーキの上面にホイップクリームによるデコレーションをほどこしたのだ。
口金は、可能な限り平たく潰して、クリームをフリルみたいに重ねることで、なかなか華やかな見栄えを演出することができた。そもそも料理を飾りつけるという行為自体がほぼ存在しない森辺においては、それで大きな驚きを呼び起こせたようだった。
そのホイップクリームによる飾りつけの隙間を埋めるようにして、アロウの実が配置されている。
通常のアロウでは酸味がきつすぎるので、これは5日ばかりも砂糖漬けにしたものだ。リミ=ルウの誕生日でデザートを作ってほしいと願われた俺は、ヤンにアロウの美味しい食べ方をこっそり指南してもらい、それをこの場で初めてお披露目したのだった。
アロウはキイチゴのように小粒であるものの、色合いとしてはイチゴにそっくりだ。
純白に輝くホイップクリームの中で、その真っ赤な色合いが強いアクセントとなっている。これが俺なりに考え抜いた、リミ=ルウのためのバースデーケーキであった。
「それじゃあ、切り分けるね。コタ=ルウは少し小さめのほうがいいですか?」
「おまかせいたします。余れば、わたしやジザがいただきますので」
サティ・レイ=ルウのかたわらにちょこんと座ったコタ=ルウも、期待に瞳を輝かせている。アイム=フォウより少し年長のコタ=ルウも、見るたびに大きくなっているように感じられた。
俺はミーア・レイ母さんに預けていた三徳包丁で、慎重にケーキを切り分けていく。
ホイップ仕立ての生クリームで覆われたケーキはとてもやわらかいので、普段以上の集中力が求められた。
仕上げをぎりぎりまで待ったのも、このやわらかさゆえだ。冷蔵庫の存在しないこの地においては、生クリームの扱いが非常に難しいのである。クリームを生地で包むロールケーキぐらいならまだしも、このようなデコレーションケーキは数分もすれば瓦解してしまいそうであった。
「はい、まずはリミ=ルウの分ね」
小皿に取り分けた分をリミ=ルウの前に置くと、再び「すごーい!」という歓声をもらうことができた。
三段重ねにした生地の間にも、もちろん生クリームがはさまれている。さらにそこには、細工をしなくとも美味しくいただけるラマムとミンミの実を刻んだものも練りこまれていた。
あとは切り分けた分から、横に回されていく。
女衆およびルド=ルウは、それが手もとに届くと「わあ」とか「へえ」とか驚嘆の声をあげていた。
「どうもお待たせしてしまいました。どうぞお召し上がりください」
俺とターラが席に戻るまで、誰もケーキに手をつけようとはしなかったので、俺はそのようにうながしてみせた。
「わーい」と一声あげて、リミ=ルウが木匙を取り上げる。
クリームも生地もやわらかいので、木匙でも食べるのに不自由はないはずだった。
そうして真っ先にケーキを口に運んだリミ=ルウは、大きな目をさらに大きく見開いた。
「おいしー! ポイタンの生地も、すごくやわらかいんだね!」
「以前に作ったロールケーキもまだ少し固いような気がしたから、もっとやわらかく作れないものかと色々試してみたんだよ」
それがこの数日、ファの家で試行錯誤した結果であった。
最終的に、俺はフワノやポイタンにまぜこむキミュスの卵を黄身と白身で分けて、白身のほうをメレンゲ状に泡立てることで、さらにやわらかい生地を追求することができたのだ。
また、焼き上げには石窯を使用している。それがまた、生地をふんわり焼き上げる効果を生み出したようだった。
それでようやく、俺はスポンジケーキと呼べるぐらいのやわらかさを実現することがかなったのである。
スポンジケーキもホイップクリームも甘さは控えめで、なおかつ外面のクリームはかなり薄めの仕上がりにしていた。そのほうが森辺の民の好みと合致すると思えたからだ。
それでもカロン乳のクリームは風味が豊かであるし、リンゴに似たラマムやモモに似たミンミが甘さを補ってくれている。そして、砂糖漬けのアロウがビジュアルのみならず強いアクセントになっているはずだった。
「とても美味ですね。生地がやわらかい他は、それほど目新しい細工をしているわけではないのでしょうが……なんだか、ひときわ美味しく感じられます」
レイナ=ルウも、そのように言ってくれていた。
ただ、朗らかに微笑みつつ、その目にはちょっと複雑そうな輝きも見て取れる。
「フワノやポイタンをこのようにやわらかく仕上げる方法があるとは思いませんでした。これは最近、完成された技術であるのですね?」
「うん。ファの家でこっそり修練していたんだよ」
「……リミを驚かせたいので、あえてルウの家では明かさなかったのですよね? あの、収穫祭でぐらたんやぴざという料理を出したときと同じように」
「うん、そういうことだね。知らない料理のほうが喜んでもらえるかと思ってさ」
「それは、とてもわかります。……でも今は、早くその作り方を教えてほしくて、うずうずしてしまいます」
それはきっと、レイナ=ルウならではの感想であっただろう。他の人々は、おおむね屈託のない笑顔でバースデー・ケーキを食べてくれていた。
そんな中、笑顔でない狩人のひとり、ドンダ=ルウがぶっきらぼうな声をあげる。
「しかしこいつは、むやみに手間がかかっているように感じられるな。俺には、意味の感じられない手間だ」
「そうですね。同じ味でもっと簡単な形にすることはできたかもしれません。ただ、これはお祝いの料理でしたので、見た目もちょっと豪華にしたくなってしまったのです」
そのように答えてから、俺は慌ててつけ加えた。
「ドンダ=ルウが余計な手間というものを嫌っていることは、俺もわきまえています。でも、見栄えをよくすることによって、より美味しく感じるということはあると思うのです。ギバの料理だって、汚く盛りつけるよりは綺麗に盛りつけたほうが美味しく感じられるでしょう? そこにさらにもうひと手間をかけた、という感じでしょうか」
「……ふん」
「それでもドンダ=ルウを不快なお気持ちにさせてしまったのでしたら、謝罪いたします。ただ、リミ=ルウを喜ばせたい一心だったので……それだけでもご理解してもらえたら嬉しいです」
「別に家長は、アスタを責めてるつもりじゃないんだろうさ。だからアスタも、そんな心配そうな顔をする必要はないよ」
ミーア・レイ母さんが、笑いながら口をはさんできた。
「家長もね、そんな難しい顔をしてるから、アスタを心配させちまうんだよ。別に怒ってるわけじゃないんだろう?」
「知ったことか。意味がわからんから意味がわからんと言っただけだ」
「リミを喜ばせようっていうアスタの気持ちはありがたいじゃないか。ああ、ほらもう、立派な髭にくりーむがついちまってるよ」
「よせ、餓鬼じゃあるまいし」
「手でふいたら汚れちまうだろ。いいから、じっとしてなって」
ということで、俺は仏頂面のドンダ=ルウが手ぬぐいで口もとをぬぐわれるという貴重なシーンを拝見することになった。
その横では、父親よりも盛大に口もとをクリームだらけにしたリミ=ルウが幸福そうに笑っている。
「アスタ、ターラ、すっごく美味しいよ! ほんとにありがとうね!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。生地を焼く作業以外は、みんなターラとふたりで作りあげたからさ。ね、ターラ?」
「うん!」とうなずくターラも、クリームだらけの顔で幸福そうに微笑んでいた。
黙然と木匙を動かしていたアイ=ファも、そんなふたりの様子を見比べて、ほのかに口もとをほころばせている。
「本当にこいつは美味しいねえ……汁にふやかさなくてもポイタンが食べられるってのも、婆にはとても嬉しいよ……」
「あ、そうですよね。砂糖を入れなければ他の料理と一緒に食べられるでしょうから、明日にでも作り方をルウ家のみなさんに教えてさしあげようかと思います」
「これが甘くなくなると、いったいどのような仕上がりになるのでしょうね。わたしも気になります」
「あはは。サティ・レイ=ルウは、本当にポイタン料理をお好みなのですね」
「これでアスタはリミやトゥール=ディンほど菓子作りは得意じゃないっていうんだもんねー。まったく、やんなっちゃうなー」
「リミ=ルウやトゥール=ディンだったら、これを素にしてもっと美味しいお菓子を作れるようになると思うよ。『ギバ・バーガー』みたいにクリームを生地ではさむ形にすれば、それほど手間もかからないしね」
「…………」
「ヴィナ=ルウは、お口にあいませんでしたか?」
「ううん、そんなことはないけどぉ……今日もちょっと食べすぎちゃったなあと思って……」
「ヴィナ姉は、まだ痩せたいとか思ってんの!? 言っておくけど、たいていの女衆はヴィナ姉を羨ましく思ってるんだからね!」
「もう、ララはうるさいわよぉ……」
ケーキものきなみ食べ尽くされて、団欒の密度も濃くなってきたようである。
そんなことを考えていると、俺とターラの隙間から、いきなりリミ=ルウの顔がにょきっと生えてきた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! リミ、ほんとに幸せだよ!」
「喜んでもらえて、こちらこそ嬉しいよ」
答えながら、俺はずりずりと後方に引き下がった。
それで空いたスペースにリミ=ルウが陣取ると、アイ=ファを含めた3名で包囲する格好になる。リミ=ルウは、誰を見るべきか迷うかのように、笑顔のまませわしなく視線を巡らせた。
「アイ=ファもアスタもターラも、絶対に来年も来てね! リミ、待ってるから!」
「うん。『滅落の日』は、またダレイムに来てね?」
そのように答えながら、ターラがリミ=ルウの手を取った。
ターラにとっては、その日から夜明けにかけてが、年を重ねる記念の日であるのだ。
アイ=ファは周囲からの視線を避けるようにリミ=ルウへと顔を寄せてから、心よりの笑みを浮かべた。
「私もともに生誕の日を祝うことができて、幸福だった。次の生誕の日まで健やかに過ごすのだぞ、リミ=ルウよ」
「うん、アイ=ファもね!」
空いているほうの手で、リミ=ルウがアイ=ファの手をつかむ。
誰もが、幸福そうに微笑んでいた。
それはきっと、俺も同様であっただろう。
そうしてリミ=ルウの記念すべき9回目の生誕の日は、なごやかな空気の中で終わりを迎えることになったのだった。
◇
およそ半刻ほど歓談を楽しんだのち、俺とアイ=ファは帰宅することになった。
ターラは、このまま宿泊していくのだ。
そしてアイ=ファはダルム=ルウらの婚儀の日に宿泊する約束をしていたので、この日は辞去することになっていたのだった。
「アイ=ファ、アスタ、ありがとう! 帰り道、気をつけてね!」
玄関口に立ったリミ=ルウが、元気に手を振っている。それと手をつないだターラも、鏡合わせのように逆側の手を振っていた。
「それじゃあ、ミーア・レイ=ルウ、ファファをお願いします。明日、宿場町に向かうときに、別の女衆が引き取りますので」
俺は夜間の運転に自信がなかったので、アイ=ファが乗ってきたファファと荷車は一晩あずかってもらうことにした。明日、屋台の当番でない誰かをルウ家まで同乗させて、その人物に乗って帰ってもらうのだ。
「ブレイブも、また遊ぼうね! ばいばい!」
俺とアイ=ファとブレイブは、リミ=ルウたちに見送られながら、ギルルの荷車に乗り込んだ。
俺は後部の幌を上げ、まだ見送ってくれている人々に手を振ってみせる。
「どうもお世話になりました。また明日」
「ああ、気をつけてね」
「ばいばーい!」
「明日もよろしくお願いいたします」
荷車がしずしずと発進し、人々の姿が遠ざかっていく。
その姿が黒い影となり、誰が誰かも判別できなくなったところで、俺は首を引っ込めようとした。
そのとき、ひとつの人影が玄関口を飛び出して、ものすごいスピードでこちらに迫ってきた。
「あれ? アイ=ファ、誰かが追ってきたみたいだから、いったん停まってもらえるか?」
「うむ?」といぶかしげに応じつつ、アイ=ファは荷車を停止させた。
その間に、長身の人影がぐんぐんと迫ってくる。
誰かと思えば、それはダルム=ルウであった。
「どうしたのですか、ダルム=ルウ? 何か忘れ物でもしてしまったでしょうか」
しかしそれなら、ルド=ルウあたりが届けてくれそうなものである。
なおかつ、ダルム=ルウは完全に手ぶらであった。
「アスタ、お前に話がある」
「はい、何でしょう?」
と、答えた俺の横から、アイ=ファもぬっと顔を出してきた。
ダルム=ルウはわずかに眉をひそめて、その顔をにらみ返す。
「……俺はアスタに話があるのだが」
「それは、私に聞かせられぬような話であるのか?」
「どうせ後でアスタから伝わるのだろうから、ここでお前が聞く必要はあるまい」
アイ=ファはたいそううろんげな顔になっていたが、それでも大人しく御者台に戻っていった。
俺はいちおう荷台を降りて、ダルム=ルウの前に立ってみせる。
「どうしたのです? 何か内密のお話なのですか?」
「……婚儀の日、お前に料理を作ってもらいたい」
「え?」と俺はのけぞることになった。
「そ、それは、ダルム=ルウとシーラ=ルウの婚儀の日のことですよね?」
「……他に婚儀をあげる人間がいるのか?」
父親ゆずりの青い瞳を狼のように燃やしながら、ダルム=ルウがぐっと顔を近づけてくる。
その右頬の古傷は、なぜかしら真っ赤に染まってしまっていた。
「ダルム=ルウがそのように言ってくれるのでしたら、俺は喜んで作らせてもらいたいと思いますが……でも、本当にいいのですか?」
「いいも何も、頼んでいるのはこっちだろうが?」
「りょ、了解いたしました。それじゃあ、また何名か、お手伝いのかまど番を――」
「手伝いは、いらん。お前ひとりで作れるはずだ」
また何か雲行きがあやしくなってきた。
いささか不安になってきた俺のほうに、ダルム=ルウがさらに顔を近づけてくる。
「お前が作るのは、一人前でいい。それなら、手伝いなど不要だろうが?」
「一人前? それはどういう――」
「婚儀をあげる両名が最初に口にする料理の片方を、お前に作ってほしいのだ」
今度こそ、俺は言葉を失うことになった。
ダルム=ルウが言っているのは、ルウの血族の婚儀において、もっとも重要かつ神聖な宴料理のことであるはずだった。
ルウの血族の婚儀において、新郎と新婦はしばらく何も口にしないまま、祝宴の様子を見守る習わしになっている。それで、草冠の交換を果たした後、ふたりのためだけに作られた特別な祝いの料理を、最初に口にするのだ。
もともとは、その日に獲れたギバだとか、保存している中で一番立派であったギバの肉だとかが、その祝いの料理として捧げられていたらしい。その肉をふたり分焼いて、半分に分けたのち、それぞれ食する、という習わしであったようなのだ。
ガズラン=ルティムとアマ・ミン=ルティムの婚儀の際、俺はその宴料理にハンバーグとフィレステーキを準備したのだった。
さらにはそれを上等な果実酒でフランベしてもらう、という演出まで考案した次第である。
そんな大事な宴料理の要を、俺に作ってほしいと――ダルム=ルウは、そのように述べていたのだった。
「ふたり分の片方は、レイナが作ってくれることになっている。だから、もう片方をお前に作ってもらいたい。……どうだ?」
「は、はい、もちろん。そんな光栄な話はありませんけど……でも、どうしてですか?」
「……シーラ=ルウが、それを望んでいるからだ」
囁くような声で言いながら、ダルム=ルウはいっそう激しく両目を燃やしていた。
それと比例して、古傷はぐんぐん赤く染まっていく。
「しかしあいつは、血族ならぬ人間にそのような大役を任せるのはよくないことだろう、と最初からあきらめてしまっている。だから、俺から家長ドンダに話を通してやったのだ」
「あ、ドンダ=ルウは、すでに了承しているのですね?」
「家長ドンダもレイナも了承している。そして、他にこの話を知る人間はいない。……だからお前も、他の人間には決して話すな」
「え? でも、アイ=ファには――」
「アイ=ファはかまわん。しかし、ルドやララなどの耳に入ったら、ただではすまさんぞ」
それはつまり、シーラ=ルウのためにダルム=ルウが奔走したことをやんちゃな弟や妹たちに知られるのは気恥ずかしい、ということなのだろうか。
「シーラ=ルウにも、婚儀の祝宴が始まってから伝えるつもりだ。だから、決して他の人間には話すな」
「了解しました。そんな大事な仕事をまかせてもらうことができて、とても嬉しいです」
俺は精一杯の真心をこめて、笑ってみせた。
ダルム=ルウは、舌打ちでもこらえているような面持ちで身体を引く。
「この話が余所にもれたら、お前を一発殴らせてもらう。アイ=ファにもそのように伝えておけ」
「わかりました。婚儀の日を心から楽しみにしています」
ダルム=ルウはそっぽを向き、その勢いのまま、家にほうに戻っていった。
それを見届けてから、俺も荷台に這い上がる。
「お待たせ。話は終わったよ」
「うむ。何も不穏な話ではなかっただろうな?」
「うん。とても喜ばしい話だった。道すがらで説明するよ」
「そうか」とうなずき、アイ=ファは革鞭を振り上げた。
ギルルは、すみやかに走り始める。
リミ=ルウのお誕生会で得た幸福感も冷めやらぬ内に、俺は新たな喜びを噛みしめることができた。
この喜びを、どんな風にアイ=ファへと伝えるべきか。俺はかたわらで寝そべったブレイブの背中を撫でながら、しばし思案することになった。




