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異世界料理道  作者: EDA
第二十八章 始まりの月(上)
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リミ=ルウのお誕生会②~会の始まり~

2017.7/18 更新分 1/1

 肉の市場の見学を終えた俺たちは、早々に森辺の集落へと帰還した。

 ルウ家のみんなを送り届けて、ファの家に帰りついたのちは、薪割りなどの雑用に取り組む。商売で使う薪やピコの葉の準備などは、代価を支払って近在の氏族に委託していたものの、自分たちの家の仕事はなるべく自分たちで果たすべき、というのがファの家長たるアイ=ファのスタンスであるのだった。


 そうして中天を迎えたならば、アイ=ファはブレイブを連れて狩りの仕事、俺は明日の商売のための下ごしらえだ。

 休業日は、だいたいこうして中天から下ごしらえを始めるのが常であった。下ごしらえの仕事は90分もあれば終わるので、その後は近在の人々を相手にじっくりと勉強会に取り組むのだ。


 しかし本日はリミ=ルウのお誕生会を控えていたので、勉強会も早めに切り上げることになった。

 俺はこの日、ひと品だけ料理を準備するように願われていたのだ。

 その内容は、食後のデザートであった。


 ルウ家において、もっとも菓子作りが得意であるのは、リミ=ルウである。そのリミ=ルウのための祝いの晩餐であるのだから、本人に作らせるわけにもいかない。ということで、俺に出番が回ってきてしまったのである。


「だけど、お菓子作りに関しては、今や俺だってリミ=ルウにはかなわない身だからね。これはなかなか責任重大だよ」


「それじゃあ、アスタは何を作るおつもりなのです?」


 一緒に勉強会の後片付けをしていたユン=スドラが、好奇心をあらわにして問うてきた。


「ちょっと前の勉強会で、焼き菓子の作り方を試行錯誤しただろう? 基本的には、あれを出そうと思っているよ」


「ああ、あれは確かに美味でしたね。ただ、あれだけでは物足りないようにも思えてしまうのですが……?」


「うん、あれに色々と細工をしようと思ってるんだ。機会があれば、またみんなにもお披露目するよ」


 そうすると、きっとトゥール=ディンやリミ=ルウなどは、あっという間に俺よりも上等な形にアレンジしてしまうことだろう。

 だけど、それでかまわないのだ。こと菓子作りに関しては、そうしてトゥール=ディンたちに最初のとっかかりを与えるのが俺の役割なのだと自認していた。


「では、ファファの荷車は置いていきますね。また明日から、お願いいたします」


 後片付けを終えると、ガズやラッツなどの女衆は、別の荷車で家に帰っていった。買い出しのために購入した3台の内の1台だ。ファファの荷車は、あとでアイ=ファが使うためにキープさせてもらったのだった。


 みんなと別れを告げた俺は、一路、南を目指す。

 が、ルウの集落でバルシャと合流したのち、俺は再び宿場町へと向かった。

 本日のお誕生会は、ターラもお招きされていたのである。


 ターラはいまや、リミ=ルウの親友ともいうべき存在であるのだ。リミ=ルウはターラを呼びたがっていたし、ターラもとても行きたがっていた。その要望が、めでたく双方の親から認められたのだった。


 時刻は、おおよそ下りの三の刻。ドーラの親父さんが、そろそろ宿場町での仕事を切り上げようかという頃合いだ。

 俺は無事にターラを引き取って、とんぼ帰りでルウ家に向かった。


「それにしても、アスタは相変わらずひとりで宿場町に向かうことを禁じられてるんだね。町では、もっとか弱い娘っ子だってひとり歩きをしてるってのにさ」


「ええまあ、家長がそこそこ過保護なもので……あとやっぱり、俺たちは宿場町でけっこうな稼ぎをあげていますからね。銅貨を狙って無法者が近づくことを警戒してるみたいです」


「なるほどね。ま、ミケルたちだって、そういう無法者のせいであんなひどい目にあったわけだから、用心するにこしたことはないか」


 そんな会話をしている内に、ルウの集落に到着した。

 家人のお誕生会というのはその家でのみ取り沙汰されることであるので、広場の様子に変わったところはない。分家の人々は、普段通りに自分たちの仕事をこなしていた。


 だけど今は、休息の期間だ。男衆も身軽な格好で、薪を割ったり子供と遊んであげたりしている。シン=ルウの家の前などでは、ミダ=ルウとたくさんの幼子たちがたわむれたりもしていた。


 それらの人々と挨拶を交わし、バルシャとも別れを告げて、ターラとふたりで本家に向かう。

 まずは母屋で留守番をしていたジザ=ルウ一家に挨拶をして、俺たちはかまど小屋のほうに回った。


 かまど小屋では、10名近い女衆が明日のための下ごしらえと晩餐の作製に取り組んでいた。

 そこにシーラ=ルウの姿を見いだした俺は「どうも」と声をかけてみせる。


「シーラ=ルウもこちらでしたか。明日から、いよいよ前祝いですね」


「あ、アスタ。……はい、今から緊張してしまっています。なるべく考えないようにはしているのですけれど」


 シーラ=ルウはそのように言っていたが、俺の目には落ち着いているように見えた。

 ただやっぱり、落ち着いている中にも幸福そうなオーラが感じられる。

 すると、かたわらにたたずんでいたターラがくいくいとTシャツの裾を引っ張ってきた。


「ねえ、アスタおにいちゃん。前祝いって何?」


「ああ、ルウ家では婚儀が決まると、眷族の家をひとつずつ回る習わしがあるんだよ。親筋のルウ家をあわせて7つの家を、一晩に一軒ずつ回って、お祝いの料理を食べるんだ」


 そしてそれには、新郎新婦の家の家長も同行する。今回で言えば、ドンダ=ルウとシン=ルウだ。よって、リミ=ルウの生誕の日と前祝いがかぶらないように、婚儀の祝宴は黄の月の14日に定められたのだった。


「婚儀の祝宴を、とても楽しみにしています。色々と大変でしょうが頑張ってくださいね、シーラ=ルウ」


「はい、ありがとうございます」


 少し名残惜しい気もしたが、俺も自分の仕事を果たさなければばらなかった。

 ターラとふたりで準備をしていると、今度はミーア・レイ母さんが「おや」と近づいてくる。


「ターラもこっちにいるのかい? リミだったら、たぶんシン=ルウの家で毛皮をなめすのを手伝ってると思うよ」


「うん、ターラもアスタおにいちゃんのお手伝いをするの! リミ=ルウに美味しいお菓子を食べさせてあげたいから!」


「そうかい。それじゃあその手伝いが終わったら、リミのところに行ってあげておくれ。あんたが来てくれるのを、そわそわしながら待ってるだろうからさ」


「うん!」とターラは元気いっぱいにうなずいた。

 リミ=ルウに比べれば少し内気なところのあるターラだが、もうひとりで森辺の集落を訪れても物怖じすることなく振る舞えるようになったのだ。


 ルウの集落には、リミ=ルウと同年代の女の子がいない。それでリミ=ルウは宿場町でターラと出会い、とても嬉しがっていたのだが――きっとこのふたりは、親友になるべくしてなったのだろう。わずか1年足らずのつきあいとは思えないぐらい、ふたりはおたがいの存在を強く求め合っていた。


(いずれはターラたちもお年頃の娘になって、おたがいの恋愛話なんかを打ち明けあったりするようになるんだろうな)


 唐突にそのようなことを思ったのは、きっと婚儀の話が続いているためなのだろう。

 僭越ながら、まるで子を見る親のような気持ちで、俺はしみじみしてしまった。


「それじゃあ、まずはポイタンとフワノだね。ターラも作り方を覚えて、親父さんたちに食べさせてあげるといいよ」


 そんな風に言いながら、俺はターラとともに菓子作りを始めることにした。


                 ◇


 数時間後、日が沈むのと同時に、俺たちは本家の広間に集結した。

 本家の家族13名と、客人たる3名で、人数は16名だ。アイ=ファは刻限のぎりぎりまで姿を見せなかったが、なんとかみんなを待たせることなく着席することができた。


 普段は末席に控えているリミ=ルウであるが、本日は上座で家長と最長老にはさまれている。おかげで下座の客人とは席が遠くなってしまったものの、朝方にはアイ=ファと会っていたし、さきほどまではターラとぞんぶんに遊んでいたので、その面はとても晴れやかであった。


「……本日は、ファの家の2名とダレイムの民たるターラを客人として招くことになった。本来、生誕の日というものは家族で祝うべきものだが、末妹リミの大事な友であるという3名も、同じ気持ちで祝ってもらいたい」


 ドンダ=ルウが厳粛なる面持ちでそのように述べたので、俺たちはおのおのうなずき返してみせた。

 その姿を確認してから、ドンダ=ルウはゆっくりとリミ=ルウに向きなおる。


「末妹リミが健やかに一年を過ごせたことを祝い、新たな一年をまた健やかに過ごせるよう願う」


 その大きな手が、真っ赤なミゾラの花をリミ=ルウの髪にさした。

 リミ=ルウは、笑顔で父親の顔を見上げていた。


「ありがとう! ルウの本家の家人として、母なる森に恥じない生を送ります!」


 かつてのララ=ルウよりもよほどしっかりした、お礼の挨拶である。

 ドンダ=ルウはやっぱり厳粛そのものの面持ちで「ああ」とうなずいた。


 それから、ジバ婆さん、ジザ=ルウ、ダルム=ルウ、ルド=ルウ、とルウ家の序列に従って、花が捧げられていく。

 見事なぐらい、誰もが赤い花だった。

 きっとリミ=ルウは、赤い花が好きなのだろう。俺もリミ=ルウが祝宴で赤い花の飾り物をつけていた覚えがあったので、森の端で摘んだ赤い花を準備していた。


 末席のララ=ルウまで花を捧げたら、いよいよ客人の番である。

 アイ=ファ、俺、ターラの順番で、お祝いの言葉とともに花を届ける。

 最後の出番となったターラは、もじもじしながらリミ=ルウを見つめていた。


「リミ=ルウって、赤い花が好きだったの? ターラは、白い花を準備しちゃった」


「ターラがくれるなら、なんでも嬉しいよ!」


 リミ=ルウは目を細めて、幸せそうに笑っていた。

 それでターラもほっとしたように微笑み、リミ=ルウの胸もとに白くて小さな花を飾った。

 小さいが、ユリのように立派な花弁をした花だ。

 赤一色に染めあげられた姿の中で、その白い花はひときわ燦然と輝いているように見えた。


「では、祝いの晩餐を始める。ダレイムのターラも、かまど番の仕事を果たしたのだな?」


「はい。俺とターラで、お菓子を受け持ちました。料理を食べ終わる頃に運んでこようと思います」


 ということで、食前の文言にはターラの名も組み込まれることになった。

 その言葉を、ターラはとても恥ずかしそうに、かつ誇らしそうに聞いていた。


「それじゃー、食おうぜ! 生誕の日は料理も豪華だから嬉しいよな!」


 ルド=ルウが無邪気な声をあげて、木皿をひっつかむ。

 確かに、その日の晩餐はとても豪華な献立であった。


 おおよその料理は大皿に盛りつけられて、取り分け用の食器が備えられている。好きな料理を好きなだけ食べられるように、ルウ家では晩餐においてもバイキングの形式が取り入れられつつあるのだった。


 まあ確かに、品数が増えればこういった形式のほうが望ましいに違いない。何せルウ家は13人家族であるのだから、何種もの料理を各人の摂取量に合わせて配膳するのは大変な手間になってしまうはずだった。


 分厚いロースのステーキも、おおぶりに切り分けられた上で、山のように積み重ねられている。

 その隣には、甘辛いタレで焼かれた肉と野菜の炒め物も山になっていた。


 ダイコンのごときシィマとヤマイモのごときギーゴは生のまま細切りにされて、梅干のごとき干しキキのドレッシングがかけられている。

 さらには、ポテトサラダならぬチャッチサラダと、ティノをベースにした生野菜サラダもどっさりと準備されている。肉を食べるならばそのぶん野菜も、という俺の言葉を、レイナ=ルウやミーア・レイ母さんたちはきちんと重んじてくれていた。


 汁物は、ぴりっと辛みのきいた、タラパ主体のスープであった。

 そこにはキミュスの骨ガラも使われているらしく、出汁の塩梅が素晴らしかった。具材もさまざまな野菜にキノコ類まで使われており、これならば屋台で出しても好評を博することが可能であろうと思えた。


 そしてもう一品、レイナ=ルウたちはグラタンの作製にもチャレンジしていた。

 収穫祭の後、俺が作り方を手ほどきしたのである。

 この料理はジバ婆さんをたいそう喜ばせることができたそうで、レイナ=ルウたちは熱心にその作り方を学びたがっていたのだった。


 収穫祭のために準備したグラタン用の大皿も、ファの家では普段は使い道もないので、3皿はルウ家に預けていた。それを使って、今では分家のほうでも作り方が広められているはずだった。


「すごい! みんな美味しいね! また父さんが羨ましがるだろうなあ」


 と、肉と野菜の炒め物を頬張っていたターラが、笑顔で俺に呼びかけてくる。

 それを聞きつけたミーア・レイ母さんが、遠いところから呼びかけてきた。


「あんたの父さんは、そんなに忙しいのかい? 収穫祭にもあんたひとりを寄越していたものね」


「うん。最近またポイタンの畑を広げてるから、忙しいみたい。それに、毎朝畑に出なきゃいけないから、お泊りできるのは復活祭のときぐらいなんだよね」


「そうかい。あんたの父さんは、立派だね」


 ターラは、はにかむような笑顔を返した。

 チャッチサラダをもりもりと食べていたルド=ルウは、それを呑みくだしてから、ターラに向きなおる。


「ダルム兄の婚儀には、お前も来ないんだよな。てっきりそっちにも来るんだと思ってたのによ」


「うん。あんまりお邪魔するのは悪いからって、父さんたちに言われたの。この間、ジバおばあちゃんのお祝いにも招いてもらったばっかりだったし……」


「ふーん。ま、お前はダルム兄ともシーラ=ルウともそんなに縁は深くなさそうだもんな。それじゃあ、しかたねーか」


 そのダルム=ルウは、黙々とステーキをかじっていた。

 シーラ=ルウ以上に、その外見から内心をうかがうことは難しい。


「まあ、何でもかんでも呼びつければいいって話でもないからねえ。アイ=ファとアスタも今後は収穫祭に呼ばないって話になったところだしさ」


 シィマとギーゴのサラダを取り分けながら、ミーア・レイ母さんがそう言った。


「むしろ、町の人間を呼ぶときは、銀の月のときみたいに、そのための祝宴を開いちまえばいいんじゃないのかね。血族の祝宴に招くよりは、そっちのほうがきっと正しいことだろう?」


「えー! でもリミは、来年もターラやアイ=ファたちを呼びたいなあ……」


「リミのお祝いに、リミの大事な相手を呼ぶ分にはかまわないさ。だからアイ=ファたちも収穫祭には来ないと決めても、今日は来てくれたんだろう?」


「うむ。そのようにうながしてくれたのは、ジザ=ルウだが」


 アイ=ファが静かな声で応じると、ジザ=ルウが木皿を置いてこちらに向きなおった。


「それが、けじめというものではないだろうか。たとえば今日、リミにとって大事な友ではない相手が招かれていたならば、俺は反対していたと思う」


「ふーん? たとえば、ユーミとかテリア=マスとかでも?」


 リミ=ルウが問うと、ジザ=ルウはわずかに首を傾けた。


「リミにとって、そのふたりはターラという娘ほど大事な友なのか?」


「えー? もちろん大事な友だけど、ターラは特別だもん!」


「ならば、俺は反対していただろうな。そちらのターラという娘はリミにとってかけがえのない友であるように思えたから、俺は反対せずにいたのだ」


「ジザ兄って、そんなにこいつのこと知ってたっけ?」


 ルド=ルウがけげんそうに声をあげると、ジザ=ルウは「ああ」とうなずいた。


「町での祭においても、ダレイムの家においても、ルウ家での祝宴においても、リミとその娘がともに過ごしていた姿を見ている。それだけ見ていれば十分だろう」


「へーえ。そんな細い目でよく見てんだな。……冗談だよ。そんなに怒るなよ」


 ルド=ルウが先手を打ったので、ジザ=ルウから不可視の重圧が発散されることはなかった。


「……ともあれ、リミにとって今日の3人の客人は、いずれもかけがえのない友なのだろう。また、最長老ジバにとってはアイ=ファとアスタがそれに当たるのだろうと思う。それを生誕の祝いに招くという話ならば、俺も反対する気持ちはない」


「えー? それじゃあ、あたしの生誕の日は? 去年はアイ=ファとアスタを招いたんだから、今年だっていいでしょ?」


 と、そこで声をあげたのはララ=ルウであった。

 ジザ=ルウが口を開く前に、ララ=ルウの隣に座していたレイナ=ルウがそれに答える。


「あれはまだ、家の人間だけでは立派な料理を作ることが難しかったからでしょう? ララとティト・ミン婆の生誕の日が過ぎてからは、アスタたちを招くこともなかったんだから」


「でも、こうやってリミの生誕の日には招いてるじゃん!」


「それは、リミとアイ=ファが数年来の友であるからでしょう? それでアスタは、ジバ婆に生きる喜びを思い出させてくれた恩人だし……それで、そのときにアスタをルウの家に招いたのはリミなんだから、やっぱりわたしたちとは少し立場が違うんだよ」


「でも、リミばっかりずるいよー!」


「……だったら、わたしやヴィナ姉のときだって、アスタたちを招いてないんだけど? わたしたちから見たら、ララだってずるいってことにならない?」


「知らないよ! レイナ姉たちは、アスタを呼ぼうとしなかったじゃん!」


「それは、あんまり血族の祝いに余所の人間を呼びつけるのはよくないことだと思ったからだよ。アスタたちに面倒をかけるのも悪いと思ったし」


 最初はララ=ルウをたしなめようとしていたレイナ=ルウであるが、だんだん彼女のほうもムキになってきているように感じられた。


「わたしやヴィナ姉と比べたって、ララだけが特別アスタたちと仲良しなわけじゃないでしょう? だったら、ララの生誕の日にだけ呼ぶのはおかしいよ」


「あたしはけっこう最初っからアスタやアイ=ファと仲良くしてたよ! レイナ姉たちなんて、最初はアイ=ファのこと嫌ってたじゃん!」


「そ、そんなことないよ。それにララこそ、最初に会ったときはアスタに冷たくしてたでしょ? 祝福の牙だって授けてなかったし」


「そんな古い話を持ち出すの!? あたしだって、あの後すぐにあげたもん!」


「でも、アスタのことを嫌ってたよね」


「レイナ姉たちはアイ=ファのことを嫌ってたじゃん! アスタと仲良くなるのにアイ=ファが邪魔だーとか思ってたんでしょ!」


「そ、そんなことないったら! 今はアイ=ファのことだって大事に思ってるもん!」


「うるせえぞ」という地鳴りのような声が、ふたりの舌戦の隙間にねじこまれた。


「晩餐の最中にぎゃあぎゃあとわめきやがって……妹の祝いの席で、貴様らは何をしてやがる」


 ララ=ルウは不機嫌そうに口をつぐみ、レイナ=ルウは恥ずかしそうに顔を赤くした。

 それをなだめるように、ティト・ミン婆さんが声をあげる。


「仲の良さなんて持ち出したらキリがないから、ジザもけじめをつけるべきだと考えたんじゃないかねえ? 最長老とリミにとってファの家は特別な存在だから、そのふたりの生誕の日にだけ招くってのが、一番すっきりしてると思うよ」


「えー、だけどさあ……」


「去年のあたしとララはアスタたちを招くことができて、運が良かったっていうことだよ。でも、別に生誕の日に招いたりしなくても、アスタたちと縁を深めることはいくらでもできるだろう? あたしは、そうするつもりだよ」


 去年、俺が生誕の日に招かれたのは、ララ=ルウとティト・ミン婆さんの2回きりであったのだ。

 その後、おそらくはダルム=ルウを除く全員が生誕の日を迎えていると思われるが、ジバ婆さんと今日のリミ=ルウを除けば、一度たりとも招かれていない。それは確かに、ルウ家でも独自に豪華なお祝いの料理を作ることができるようになったためであった。


「そーだよな。ていうか、そんなこと言い出したら、ダン=ルティムやラウ=レイだってアスタたちを呼びたがるだろ。どっかで歯止めをかけねーとキリがねーよ」


 ルド=ルウが口をはさむと、ララ=ルウはまなじりを上げてそちらを振り返った。


「ダン=ルティムは、生誕の日にアスタたちを呼びつけてたじゃん!」


「あ、そーか。でもまあ、ダン=ルティムはダン=ルティムだからな。俺だってアスタたちは大事な友だけど、いちいち生誕の日に呼びつけようとは思わねーよ。生誕の日なんて、家族がいてくれりゃ十分だしさ」


 そのように述べてから、ルド=ルウは俺たちのほうに、にっと笑いかけてきた。


「でも、アイ=ファの生誕の日に招かれたのは楽しかったな。どうせ来年もリミを呼ぶんだろ? そしたら、また俺が護衛役でくっついてくよ」


「何それ! ルドが一番ずるいじゃん!」


 というわけで、おさまりかけていた騒ぎも再燃する運びとなった。

 ドンダ=ルウは掣肘する気も失ってしまったのか、ぐびぐびと果実酒をあおっている。ジザ=ルウも、ひとつ肩をすくめてから食事を再開させていた。


 そんな中で、リミ=ルウは幸せそうに笑っている。

 おそらく、来年からもアイ=ファやターラを生誕の日に招くことが許されそうなので、ひとり満足感を噛みしめているのだろう。向かいの下座からそれを見つめるアイ=ファとターラも、とても優しげな眼差しをしていた。

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