新たな血の絆②~三人の女衆~
2017.7/1 更新分 1/1
フォウの集落に辿り着くと、女衆はまだ忙しそうに立ち働いていた。
祝宴の開始である日没までは、あと1時間強であろう。そこに向かって、ラストスパートをかけている様子である。
ルウの集落よりは一回り小さい、それでも立派な広場である。
収穫祭のときと同じように、そこには熱気が満ちみちていた。
広場の真ん中には儀式の火のための薪が積み上げられており、それを遠巻きに囲むように簡易型のかまどが設置されている。その内のひとつでは、『ギバの丸焼き』が調理されていた。
あとの料理は、おのおのの家で調理されているのだろう。食材や鉄鍋を抱えた女衆が、家から家へと慌ただしく駆け巡っている。そういう光景を外側から眺めるというのは、ずいぶんひさびさであるように感じられた。
その他には、年若い人々が広場の外周にかがり火のための台座を組んだりもしている。若年であるために、狩人やかまど番の仕事を果たすことのできない少年少女たちだ。フォウやランにおいては、10歳未満の女衆は火や刃物を扱う仕事をまかせない習わしであるのだった。
「とりあえず、本家にご挨拶だよな」
広場の入り口で荷車をとめると、アイ=ファとブレイブも荷台から下りてきた。
そうして荷車を引きながらてくてくと広場の中を突っ切っていくと、途中ですれ違った人々が笑顔で挨拶をしてくれる。本日は、フォウとランとスドラの女衆が総出でかまど番の仕事を果たしているはずであった。
「失礼します。どなたかいらっしゃいますか?」
フォウの本家に到着し、戸板をノックする。
が、返事はなかった。誰も母屋には居残っていないらしい。
しかたないので裏手のかまど小屋に回ってみると、そこは戦場さながらであった。やはりかまど小屋も本家が一番大きいので、とりわけたくさんの人数が集められているのだ。
「やあ、アスタにアイ=ファ。フォウの家にようこそ。ずいぶん早かったね」
そこでみんなを取り仕切っていた壮年の女衆が笑いかけてくる。バードゥ=フォウの伴侶である。
「どうもお疲れさまです。お約束の木皿を持ってきましたが、これはどうしましょう?」
「ああ、ありがとうねえ。こっちで分けるから、入り口のところに置いておいてもらえるかい?」
「了解しました」
このように大量の木皿を所有しているのは、ファとルウの家ぐらいであるのだ。俺とアイ=ファはふたりがかりで木皿の詰められた木箱を荷台の下におろした。
そこでこちらに近づいてきた女衆が、「おや」と目を丸くする。
「アイ=ファ、立派な宴衣装を着込んでるじゃないか。こいつは見違えちまったねえ」
「……狩人といえども未婚の女衆なのだから宴衣装を纏うべきだと、口やかましい家人に言いくるめられてな」
「いやあ、立派なもんだよ。アイ=ファぐらい綺麗な女衆はなかなかいないから、なおさらだねえ」
アイ=ファは今にも唇をとがらせそうな顔つきで黙りこんでしまった。
同性の容姿をほめることは森辺でも禁じられていなかったので、文句を言うわけにもいかなかったのだろう。
「さて。あたしらはまだ仕事がたんまり残ってるんでね。よかったら、東側にある分家の家で休んでいておくれよ」
「はい。東側の家ですか?」
「うん、この家の隣の隣だね。そこに幼子が集められてて、今はサリス・ランもそっちにいるはずだからさ」
フォウやランの人間であれば、アイ=ファとサリス・ラン=フォウが幼馴染であることも周知の事実である。アイ=ファはわずかに機嫌を取り戻した様子で目礼をした。
「それでは、またのちほど」と言い残して、俺たちはその家を目指すことにした。
戸板をノックすると、今度は「はい」という返事が返ってくる。
「失礼します。ファの家の家長アイ=ファと家人アスタです」
「アイ=ファとアスタですか。どうぞお入りください」
許しを得られたので、俺は戸板を引き開けた。
それと同時に、思わず「わ」と声をあげてしまった。
俺たちを出迎える格好で、1歳から4歳までの幼子たちがずらりと立ち並んでいたのだ。フォウとランの幼子がすべて集められているのだろうから、なかなかの人数だ。
その内の1名が、ブレイブの姿を認めるなり、「りょうけんだー!」とはしゃいだ声をあげた。
他の幼子たちも、すぐにきゃあきゃあと声をあげ始める。
きょとんとしているのは、当のブレイブと1歳前後の幼子ぐらいのものであった。
「ようこそ、フォウの家に。……また会えて嬉しいわ、アイ=ファ」
と、幼子たちの向こうからサリス・ラン=フォウが近づいてくる。
アイ=ファは「うむ」とやわらかく微笑んだ。
「まあ、素敵な宴衣装……その姿を見るのをとても楽しみにしていたのよ」
「私は別に、楽しみでも何でもなかったがな。……できれば、あまりくどくどと言葉を重ねないでほしい」
サリス・ラン=フォウはもう一度「まあ」と言って、くすくす笑った。
「ああ、アスタもどうぞ。猟犬とトトスも、よければ土間に入れてあげてください」
「はい。ありがとうございます」
俺はギルルを荷車から解放して、土間にお邪魔させてもらった。
その間に、ブレイブは幼子に取り囲まれてしまっている。フォウの家でも猟犬を1頭預かっているので、今さら物怖じする幼子はいないようだった。
「騒がしくて申し訳ありません。おふたりは、奥のほうにどうぞ」
「いえいえ、お気づかいなく――」と言いかけて、俺は息を呑むことになった。
広場の一番奥のほうに、実にひさびさの姿を見出すことになったのだ。
「リィ=スドラ! リィ=スドラもこちらだったのですか」
「はい。ちょっと身体がつらくなったもので、休ませていただいていました」
それはスドラの家長ライエルファム=スドラの伴侶、リィ=スドラであった。
俺が顔をあわせるのは、収穫祭以来だ。その数ヶ月で、リィ=スドラの姿は一変してしまっていた。
アマ・ミン=ルティムとは比べ物にならないぐらい、おなかが大きくなっている。
さらに、どちらかといえばほっそりしていたリィ=スドラは、首もとも手足もいくぶんふっくらしているように感じられた。
リィ=スドラは、アマ・ミン=ルティムよりも2ヶ月以上は先んじて子を宿していたのである。
ということは、すでに妊娠が発覚してから7ヶ月以上は経過しているはずだった。
「おひさしぶりですね、アスタにアイ=ファ。収穫祭は金の月の頭でしたから……4ヶ月ぐらいは経っているのでしょうか」
そのように述べながら、リィ=スドラはにこりと微笑んだ。
アマ・ミン=ルティムもそうであったが、穏やかさや柔和さが増しているように感じられる。人は子を宿すと、こんなにもやわらかく笑えるようになるものなのだろうか。
「すみません。ユン=スドラを送るのに、何度も家の前までは立ち寄っていたのですが、この大事な時期にお騒がせするのはよくないかなと考えてしまって……」
「はい。ユンからもそのように聞いていました。わたしの身体を気づかってくれていたのですから、そのようにわびる必要はありません」
礼儀正しく、やわらかい物腰でありながら、どこか毅然とした雰囲気を持つのがリィ=スドラである。その毅然とした態度はしっかりと保持したまま、包み込むようなやわらかさだけが強まった感じであった。
「お元気そうで何よりです。それに……お腹の子も、ずいぶん立派に育っている様子ですね」
「はい。早ければ、来月の半ばには生まれるかもしれません」
俺が妊娠の知らせを受けたのは7ヶ月前だが、もろもろ逆算すると、それぐらいの日取りになるのだろうか。
「わたしはこれまでに、2度も幼子を亡くしていますので……この子こそは、立派に育てあげたいと思います」
「絶対に大丈夫ですよ。もう、飢えで苦しむことはないのですから」
俺がそのように答えるのと同時に、「おい」とアイ=ファに腕を小突かれた。
「お前はべつだん、スドラの婚儀には関わっていなかったはずだな、アスタよ」
「うん? それがどうかしたか?」
「……だったらどうして、また涙ぐんでいるのだ」
俺は大慌てで目もとをこすることになった。
「リィ=スドラたちだってアマ・ミン=ルティムたちと同じぐらい縁の深い相手なんだから、ちょっと心を乱されるぐらい勘弁してくれよ」
「勘弁とか、そういう問題ではない」
アイ=ファは口をへの字にして、俺の顔をにらみつけてくる。
俺だって、自分がここまで涙もろい人間だとは思っていなかった。ただやっぱり、幼い頃に母親を亡くした身であるので、こういうシチュエーションには人一倍弱いのかもしれなかった。
「スドラの家が飢えずに済んだのも、アスタたちのおかげです。この時期にこれほど腹が大きくなったのも初めてのことですし……美味なる料理を好きなだけ食べることができるようになり、腹の子も健やかに育つことができているのでしょう」
その大きなおなかをさすりながら、リィ=スドラはそう言った。
ずっと横からこのやりとりを見守っていたサリス・ラン=フォウが、俺とアイ=ファに笑いかけてくる。
「さ、どうぞ楽にしてください。もうじき、男衆も森から帰ってくる頃でしょう」
俺たちは、リィ=スドラの正面に座らせてもらうことにした。
すると自然に、彼女の隣に座した人物とも向かい合うことになった。
この家には、サリス・ラン=フォウとリィ=スドラを含めて3名の女衆が控えていたのだ。
「どうもお邪魔します。えーと……」
「アスタ、こちらはイーア=フォウですよ」
アイ=ファの隣に座したサリス・ラン=フォウが、そのように紹介してくれた。
「あ、あなたがイーア=フォウでしたか。初めまして……ではないですよね?」
「はい。何度かファの家までおもむいて、かまど番としての手ほどきをしていただいたことがあります」
そう言って、イーア=フォウはにこりと微笑んだ。
小さき氏族には、元気いっぱいな女衆よりも可憐ではかなげな女衆のほうが多い。このイーア=フォウも、どちらかといえば後者に属するタイプであるようだった。
褐色の長い髪をひとつにまとめて、右肩に垂らしている。背はそれなりであるようだが、ほっそりとしていて、つつましやかな雰囲気だ。
「婚儀をあげる人間に宴料理の準備をさせるわけにはいきませんので、こちらで幼子の面倒を見てもらっていたのですよ」
サリス・ラン=フォウがさらにそう説明してくれたとき、幼子のひとりがちょこちょこと近づいてきた。サリス・ラン=フォウの愛息たる、アイム=フォウである。
「やあ、アイム=フォウもちょっとひさびさだね」
アイム=フォウはときたまサリス・ラン=フォウがファの家まで連れてきてくれるので、本日は半月ぶりぐらいの再会であるはずだった。
しかし、この半月ていどでまた少し大きくなった気がする。アイム=フォウも、この数ヶ月で2歳になっていたのだった。
2歳にもなれば、歩き方もしっかりしてくる。顔立ちだって、初めて見たときよりもずいぶん赤ちゃんっぽさが抜けてきている。それでも、子犬のようにきょろんとした目つきで、愛くるしさもいや増すばかりであった。
「アイムが飢えずに済んだのも、ファの家のおかげですからね。アイ=ファがギバの毛皮を届けてくれなかったら、アイムもどうなっていたかわかりません」
「いや、だからそれは――」
「はいはい。アイ=ファに虚言の罪を重ねさせるのは申し訳ないから、それ以上は何も言いません」
サリス・ラン=フォウに先回りされて、アイ=ファはぶすっと口をつぐんでしまう。
すると、アイ=ファの姿を覗き込んでいたアイム=フォウが、たどたどしい口調で「きれー」と言った。
「ふふ。幼いアイムでも、アイ=ファの美しさがわかるのね」
「……アイム=フォウは、飾り物を綺麗だと述べているのであろう」
アイ=ファは小さく肩をすくめる。
すると、アイム=フォウはちっちゃな手をのばし、胸もとにまで垂れたアイ=ファの金褐色の髪をなでた。
「かみ、きれー」
「ああ、アイ=ファの髪は、飾り物にも負けないぐらい、きらきらとしているものね」
アイ=ファはとても複雑そうな面持ちで、アイム=フォウの姿を見返した。
「何だか、リミ=ルウと初めて出会った頃を思い出してしまった。そういえば、あのときのリミ=ルウは今のアイム=フォウと同じぐらいの年頃であったのだ」
「まあ。そんな幼い子供と友になることができたの?」
「うむ。ジバ婆が一緒であったからな。リミ=ルウとまともに会話ができるようになるには1年ぐらいもかかったと思うぞ」
そのように言いながら、アイ=ファはアイム=フォウのふくふくとした二の腕をちょんとつついた。
サリス・ラン=フォウとリィ=スドラ、それにイーア=フォウの3名は、目を細めてその光景を見守っている。
幼子たちのはしゃぐ声を背中に聞きながら、そこにはとても優しい時間が流れているように感じられた。
これから熱気に満ちみちた祝宴が始まるとは思えないような、ゆったりとした空気感だ。
「そういえば、チム=スドラは別の家で休んでいるのですか?」
俺が問うと、リィ=スドラは「いえ」と首を振った。
「チムは、森に入っています。家に居残っても、為すことはありませんので」
「え、婚儀の当日まで狩人の仕事を果たしているのですか? ルウ家でも、当日ぐらいは仕事を休んで、眷族の家などを巡っていたと思いますが」
「フォウもスドラも、家を巡るほど血族の数は多くありません。というか、女衆も幼子もすでにフォウの集落に集まってしまっているので、スドラやランの家はどこも空っぽのはずです」
すると、サリス・ラン=フォウも「そうですね」と声をあげてきた。
「チム=スドラほどの狩人であれば、今日も無事に戻ってくることでしょう。あのように立派な狩人にフォウから嫁を出すことができて、とても光栄です。……わたしは収穫祭で初めてチム=スドラを見たのですが、アスタたちは以前からの友であったのですか?」
「名前を知ったのはわりと最近ですが、つきあいは古いほうです。かつてスドラの男衆は、宿場町での護衛役を担ってくれていましたので」
それは、テイ=スンとザッツ=スンを警戒していた頃のことである。スドラ家の狩人4名は、ルウ家の人々とともに俺たちを守ってくれていたのだ。
「イーアはあまり、ファの家におもむくこともなかったのよね。この間、初めてアイ=ファと口をきいたという話だったし」
と、気安い口調でサリス・ラン=フォウが呼びかけると、イーア=フォウは「はい」とうなずいた。
「最後にファの家を訪れたのは、復活祭という町の祭が行われていた頃です。あのときは、たくさんの女衆が手伝いで招かれていましたので……」
確かに俺もイーア=フォウに関しては、何度か顔をあわせたぐらいの記憶しかなかった。
アイ=ファは数日前、俺が宿屋の寄り合いに参加した際、フォウの家にお呼ばれをしていたので、そのとき初めて言葉を交わすことになったのだろう。
「フォウでもファの家に行きたがる女衆は多かったので、イーアは遠慮していたのでしょう? あなたは本当にひかえめな性格をしているから」
サリス・ラン=フォウがそう言うと、イーア=フォウは恥ずかしそうに頬を染めた。
「でも、イーアもかまど番としての腕前はなかなかのものなのです。チム=スドラをがっかりさせることにもならないと思います」
「そうなのですか。よかったら、またこちらの手伝いもよろしくお願いいたします」
そのように答えてから、俺は胸中に生じたささやかな疑問をぶつけてみることにした。
「ところで、おふたりはずいぶん気心が知れているご様子ですね。氏をつけずにお呼びになっていますし、同じ家に住む家族であったのですか?」
「はい。イーアはわたしの伴侶の妹です」
では、サリス・ラン=フォウの義理の妹が、チム=スドラの嫁となるのだ。
それも何だか、不思議な縁であるように思えてしまった。
「それじゃあ、チム=スドラとイーア=フォウの間に子が生まれれば、アイム=フォウの従兄弟になるわけですか。そう考えると、感慨深いですね」
「ええ。それが血の縁というものですから」
さらにふたつの縁談がまとまれば、フォウとランとスドラにはまた深い血の縁が結ばれることになる。
こうして氏族の血脈は、末永く継承されていくことになるのだ。
「そういえば、チム=スドラとリィ=スドラはどういうご関係になるのですか?」
「チムもわたしも、もともとは別の分家の血筋です。たしか、おたがいの祖母が姉妹であったかと思いますが……あまり詳しくは知らされておりません。おそらくは、眷族であった祖母たちが親筋のスドラにそれぞれ嫁入りしたのでしょう」
ある種の風格を漂わせるリィ=スドラであるが、年齢はせいぜい23、4歳ていどである。いっぽう16、7歳のチム=スドラとは、どうやら「はとこ」の関係であるらしい。
「ご存じの通り、スドラというのは分家や眷族が寄り集まっても、けっきょく9名しか残らなかった家ですので、それほど血の濃い家人はいないのです。わたしたちの他にひと組だけ年をくった夫婦がいて、そこにひとりの子がいるぐらいのものですね」
「なるほど。それで今は全員が同じ家で暮らしているそうですが、これで伴侶を娶ったチム=スドラは家を出ることになるわけですか?」
「はい。これから子を生すチムたちは別の家で暮らすべきでしょう。幸い、空き家はいくつもありますので。……もちろん、家の仕事はともに果たし、晩餐などは本家でともにとることになるでしょうが」
ならば、ダルム=ルウたちと同じような状況であるらしかった。
ダルム=ルウとシーラ=ルウも新しい家で暮らすことになるが、晩餐などはシン=ルウ家でとる予定になっていたのである。
「つまり、チムはひさかたぶりに生まれる分家の家長となるわけですね。先が細る一方であったスドラにおいて、これは大きな一歩なのだと思います」
「ええ。それでうまくいけば、ランからも嫁を取ることになるわけですもんね。そうしたら、また新たな分家が生まれるわけですか」
「はい。そのときは、年をくった夫婦もともに家を移すことになるでしょう。ランから嫁を取る男衆は、その夫婦の子ですので」
「ああ、あの方々が親子であったのですか。それは知りませんでした」
スドラには4名の男衆しかいないので、ライエルファム=スドラとチム=スドラを除けば、該当する男衆は2名しか残らなかった。
しかし、スドラ家の男衆はみんな雰囲気が似通っていたので、あまり意外には感じられない。
「そうしてこちらからもフォウに女衆を嫁入りさせると、本家には4名しか残りません。いささか寂しくは思いますが……そんな寂しさも、この子が埋めてくれることでしょう」
本家に残る4名。それは、家長夫妻とユン=スドラと、あとは子も伴侶も失った年配の女衆であるはずだった。
確かにこれまでの人数を考えると寂しくは感じられてしまうが、しかしリィ=スドラの子が生まれれば、希望と喜びにあふれかえるに違いない。
「フォウの家にとっても、9名もの血族が増えるというのは大きな幸福です。ましてやスドラにはとても優れた狩人の血が受け継がれているのですから、これほど心強い話はありません」
そのように述べながら、サリス・ラン=フォウがアイム=フォウの頭をなでた。
「これから生まれるリィ=スドラの子と、このアイム=フォウが、いずれは手を携えて氏族の命運を担っていくのです。そのように考えると、わたしは胸がいっぱいになってしまいます」
「ええ、本当に」
サリス・ラン=フォウとリィ=スドラが目を見交わして、微笑みあった。
ここしばらくの交流の晩餐会で、彼女たちも絆を深めることになったのだろう。アイ=ファの幼馴染であるサリス・ラン=フォウと、俺にとっては昔からの商売仲間であったリィ=スドラが、こうして強い絆で結ばれたというだけで、俺にとっては胸の詰まる思いであった。
そんなふたりの様子を見守っていたアイ=ファが、異臭を嗅ぎわけた山猫のような仕草でぴくりと顔をあげる。
それから一瞬遅れて、歓声のようなものが聞こえた気がした。
「男衆が戻ったのでしょう。今日はスドラの男衆もともに森に入っていたので、いつも以上の収穫をあげたのではないでしょうか」
誰にともなく、サリス・ラン=フォウがそのように告げた。
気づけば、窓から差し込む日の光も、夕暮れどきの気配をおびている。
フォウとスドラの記念すべき祝宴も、もう開始が目前に迫っているようだった。




