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異世界料理道  作者: EDA
第二十八章 始まりの月(上)
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月の初めの大仕事④~食後のデザート~

2017.6/29 更新分 1/1 ・8/14 誤字を修正

「まったく、会議どころではなくなるところだったな」


 しばらくして、ドンダ=ルウとミダ=ルウが食堂から姿を消した後、俺たちの卓ではミラノ=マスがそのようにぼやいていた。


「申し訳ありません。でも、丸く収まってよかったです」


「ああ。それにまあ……森辺の民と町の連中がうまくやっていくには、こういう騒ぎも必要だったんだろう」


 周囲の卓では、各宿屋の主人たちも気を取りなおした様子で食事を再開していた。

 レマ=ゲイトは、ぶすっとした顔で椅子にふんぞり返っている。ミダ=ルウの一件に関しては手打ちということになったものの、いまだにギバ料理を口にする心境にはなれない様子だ。


「……それで、森辺のみなさまがた。ギバの肉に関しては、いったいどのような条件で商売を広げるおつもりなのでしょうか?」


 と、商会長のタパスが落ち着きを取り戻した面持ちでそのように呼びかけてきた。


「はい、条件と申しますと?」


「そうですな。まず思いつくのは、分量と、売る場所です。今はそれぞれの宿屋に肉と料理を届けているそうですが、買いつける宿屋が10や20にも増えてしまったら、とうてい手が回らなくなってしまわれるでしょう?」


「ああ、それは確かにその通りですね」


「それに、分量です。キミュスやカロンの肉なども、まとめて買うか小分けで買うかで値段がまったく異なってくるのですから、ギバ肉もそれに習うべきでありましょう」


 キミュスやカロンの肉は、小分けで買うと倍ほども値段が跳ね上がるのである。一日で数十食から数百食を必要とする宿屋が、さらに数日分をまとめて購入することで、初めて業者価格というものが発生するのだ。


 たとえばギバ肉だけその習わしを無視してしまうと、小分けでしか購入できない一般家庭がみんなギバ肉を欲するようになってしまうだろう。なおかつ、業者価格に関しては、城下町の貴族に取り決められたものであるのだから、決して破ることは許されないのだった。


「分量に関しては、キミュスやカロンと同じ設定にしたいと思います。現在取り引きをしている宿屋に関しても、まとめて3日分を届けることで、その習わしに従っている状態にあります」


「では、販売を行う場所ですな。キミュスやカロンに関しては、だいたい朝方に市が開かれて、買う側の人間が足を運ぶ形になっております」


「うーん。そうすると、やっぱり自分たちもその習わしに従うべきなのでしょうか?」


「そうですな。そのやり方であれば、ひとつひとつの宿屋と契約を結ぶ必要もありませんし、結果的にはおたがいの苦労も減るのではないでしょうか」


 それは、いささか悩ましい案件であった。

 とりあえず、ファの家とルウの家に関しては、料理の下ごしらえのために朝方の時間は埋まってしまっているのだ。そちらに労力をかけている分、他の家人は家の仕事を肩代わりしているのだから、これ以上は人手を割くことも難しいはずであった。


「ルウ家のほうは、眷族の手が空いたりしてないかな?」


 俺がこっそり呼びかけると、レイナ=ルウは「どうでしょう?」と小首を傾げた。


「ルウ家では、ピコの葉や薪の収穫などを、眷族に手伝ってもらっているのです。宿場町での商売を続けるには、これまで以上のピコの葉と薪が必要になるので、そうでもしないと手が足りなくなってしまうのですよね」


「うん、やっぱりそうだよね。となると、どうしたって他の氏族の手を借りるしかないか。……あの、朝の市というのはどれぐらいから開始されて、どれぐらいに終わるものなのでしょうか?」


「おおよそ上りの四の刻から開始されて、一刻も経たぬ内に終わってしまいますな。数日置きにダバッグのカロン売りが訪れるのですが、たいていは城下町で夜を明かした後、宿場町で市を開く形になりますので。ダレイム領のキミュス売りも、その刻限にあわせて市を開いております」


 となると、移動時間を含めて、2時間もあれば事足りそうである。

 それぐらいならば、フォウやガズやラッツあたりに協力を乞うことも可能でありそうだ。

 それに俺たちは、ダイ家とも新たな絆を結ぶことができている。あちらは家が遠めであるので、下ごしらえの仕事などで手を借りることはなかったが、そのぶん人手にはゆとりがあるように思えた。


「それではちょっと、森辺に戻って族長や他の氏族とも相談したいと思います。なるべく宿場町の流儀に従いたいと思いますので」


「それが一番でありましょうな。……わたしの宿ではカロンの胴体の肉の扱い方を広めるべしと依頼されておりますので、ギバ肉まで扱う余地がないのが残念なところです」


 タパスは、笑顔でそのように言っていた。

 俺としても、ヤンにギバ肉を扱ってもらえないのは、いささか残念なところだ。


「では、ギバ肉に関しては、それでよろしいでしょう。本日の晩餐で、ギバ肉を扱いたいと願うご主人も増えたのではないでしょうか」


「ええ。あたしは絶対に買わせていただきますよ。何せ東のお客様には、ギバ肉を好く御方が多いのでねえ」


 ジーゼが笑顔でそのように発言した。

 東の民には森辺の民に好意的な人が多いので、その血をひくというこの老女もこうして好意的にふるまってくれているのだろうか。


「そういえば、オンダに関しては、他の野菜と同じ扱いで問題はないのでしょうかな?」


 タパスがそのように問うてきたので、俺は「はい」とうなずいてみせた。


「数日ごとに必要な数を聞いて回り、それを店頭に準備してくださるそうです。今のところ、オンダの販売に名乗りをあげてくれたのはドーラという御方のみですが、そちらで手が足りなそうなときは他の野菜売りのご主人にも話をつけてくれるそうです」


 ちなみに、その御用聞きの仕事を担っているのが、ターラであるそうなのだ。親父さんはダレイムでもひときわ大きな区域を任されている立場であるので、この場のご主人たちの何割かは、そちらから野菜を仕入れているはずであった。


「……そろそろ話も終わりかい? だったら、あたしは帰らせていただこうかね」


 と、レマ=ゲイトが不機嫌そうな声をあげた。

 タパスは、残念そうな面持ちでそちらを振り返る。


「おおかたの話は終わりましたし、ちょうど料理も尽きてきたところではありますが……やはり、親睦の酒宴にはご参加なさらないので?」


「今日のあたしは邪魔者だろ。それに、こんな空きっ腹で酒なんて飲んだら、ひっくり返っちまうよ」


 すると、リミ=ルウが「あっ!」と大きな声をあげた。


「まだ甘いお菓子が残ってるんだよ! ギバのお肉を食べたくなくても、お菓子だったら食べられるでしょ?」


「何だい、いきなり……料理は終わりじゃなかったのかい?」


「お菓子は料理の後に食べるんだよ! だから、みんなが食べ終わるのを待ってたの!」


 リミ=ルウが邪気のかけらもない顔で笑っているので、さしものレマ=ゲイトも言葉に詰まった様子であった。

 いいタイミングであったので、俺も発言させてもらうことにする。


「実はもうひとつ、みなさんにご意見をうかがいたいことがあったのです。よかったら、レマ=ゲイトのご意見も聞かせていただけませんか?」


「あん? ぶっ壊された屋台に関しては手打ちにしたけど、あんたたちの儲け話に手を貸す気はないよ!」


「俺たちだけが得をする話ではありませんよ。とりあえず、いまリミ=ルウが言ったものを準備しますね」


 ということで、俺たちは空になった料理の皿を片付けて、食後のデザートを運び込むことになった。

 卓に置かれた新たな皿を見て、レマ=ゲイトは「何だこりゃ」と目を丸くする。


「これは、チャッチ餅というものです。隣のは、ポイタンに砂糖と卵と乳脂をまぜて焼きあげたものですね」


 ホットケーキ風の焼きポイタンはともかく、チャッチ餅のほうは多くの人々に驚きをもたらしたようだった。半透明でぷるぷるとしたその姿は、ジェノスに存在するどのような食材とも似ていなかったので、まあインパクトは強かったことだろう。


「へー、お菓子まで準備してたんだ! こいつは嬉しい驚きだね!」


 と、少し離れた席ではユーミがはしゃいだ声をあげている。

 おそらく彼女は、この中で唯一「お菓子」の存在を知る人間であるのだった。


「アスタ、お菓子とはいったい何なのでしょうかな?」


「はい。お菓子というのは、通常の料理とは別に楽しむ甘い食べ物のことです。城下町では、日中の軽食や、晩餐の後などに食べられているようですね」


「ふむ。小腹が空いたときに、甘いラマムの実をかじるようなものですか」


「ええ、まさしくそのような感じです。これまでの宿場町にはラマムぐらいしか甘い果物もなかったので、お菓子を作るという発想が生まれにくかったのでしょう」


 果物としては他にアロウやシールも存在するが、あれらは酸味が際立っているので、料理や果実酒の味付けぐらいでしか使われていなかった。その上、宿場町にはジャガルの砂糖というものが流通していなかったのだから、菓子というものが生まれなかったのも当然の帰結なのであった。


「このお菓子というものが宿場町で喜ばれるかどうか、みなさんにご意見をうかがいたかったのです。森辺の集落ではけっこう喜ばれているのですが、いかがなものでしょう?」


 ホットケーキには、砂糖を煮詰めて作った暗褐色のカラメルがかけられていた。

 チャッチ餅は本体にカロン乳が使われており、上にはギギの葉を使ったチョコ風味のソースがかけられている。

 お菓子に関しても、俺たちはお手軽なものと手の込んだものの対比をテーマにしてみせたのだった。


 ご主人がたは、おそるおそる皿に手をのばしている。

 やはり誰もが、それほど奇抜な外見でないホットケーキから挑もうとしているようだ。


「うん、美味しいね!」と真っ先に声をあげたのは、ユーミであった。

 サムスはその隣で目を白黒させている。


「何だこれは。無茶苦茶に甘いな」


「でも、美味しいでしょ? 乳脂の風味がたまんないね!」


 あちこちの卓からも、驚きの声があがっていた。

 そんな中、レマ=ゲイトはむっつりとした顔で皿の中身をにらみつけている。


「食べないの? これにはギバのお肉も使われてないよ?」


 笑顔で自分のお菓子を頬張っていたリミ=ルウに問われると、レマ=ゲイトは「ふん!」と鼻息をふいた。


「何べん言ったらわかるのかね。あたしは森辺の民なんざと馴れ合う気はないんだよ!」


「えー、リミはみんなと仲良くしたいのになあ」


 リミ=ルウがしょんぼり肩を落としてしまうと、レマ=ゲイトはいっそう難しげな面持ちになってしまった。

 これには援護が必要だろうかと、俺も再び声をあげる。


「レマ=ゲイト、俺たちは同じ商売に励む者同士であり、競争相手でもあるわけですよね。あなたが森辺の民に反感を抱いているなら抱いているで、みずから損をかぶる必要はないのではないでしょうか?」


「損? どうしてあたしが、損をするのさ!」


「もしも甘いお菓子というものが宿場町でも喜ばれるようなら、みんなこういったものをそれぞれの店でお出しすることになるでしょう? その競争に加わらなければ、結果的に損をすることになるのではないでしょうか?」


「…………」


「なおかつ、あなたが損をするならば、そのぶん森辺の民が得をすることになるかもしれませんね」


「あんたね! あたしに取り入ろうとしているのか喧嘩を売ろうとしているのか、はっきりしなよ!」


「そのどちらでもないし、そのどちらでもありますよ。タパスが最初に言っていた通り、俺はみなさんと手を携えたいし、それと同時に、同じ場所で腕を競いたいのです」


 レマ=ゲイトは、太い指先でがりがりと頭をかきむしった。

 それから、意を決したように木匙を取る。

 彼女は最初から、チャッチ餅のほうに手をつけようとした。


「何だいこりゃ! ふにゃふにゃしてて食べにくいったらないね!」


「こぼさないように気をつけてね! ちょこのそーすをいっぱいつけると美味しいよ!」


 リミ=ルウが笑顔を取り戻して、そう言った。

 そちらをにらみ返してから、ようやく木匙にすくったチャッチ餅を、レマ=ゲイトは大きな口の中に放り込む。


「どうどう? 美味しいでしょ?」


 期待に瞳を輝かせながら、リミ=ルウが追撃する。

 しかし、レマ=ゲイトの顔は仏頂面のままだった。


「……気色の悪い感触だね。とうてい食い物とは思えないよ」


「うん! ドンダ父さんやダルム兄も最初はそう言ってたよ! でも、今ではリミよりいっぱい食べるようになったの!」


 その言葉には応じずに、レマ=ゲイトは黙々とチャッチ餅を口に運び続けた。

 その間に、ジーゼがこちらに声をかけてくる。


「本当にこれは不思議な味わいですねえ。チャッチ餅とお呼びになっていたようですが、いったいチャッチがどのように使われているのでしょうか?」


「これは、チャッチに含まれる粘り気の素みたいなものを絞り出したものなのです。こまかく刻んだチャッチを水の中でもみほぐして、その絞り汁を乾かすと、ポイタンみたいに粉になるのですね。それをまた水と混ぜ合わせて煮込んでから冷やすと、こういう形に固まります」


「なるほど……あの肉団子という料理に使われていた煮汁にも、そのチャッチの粉が使われていたわけですか」


 そうしてジーゼは、またチャッチ餅を口にした。


「不思議なばかりでなく、とても美味だと思いますよお……しかも、上にかかっているこの汁には、ギギの葉が使われているようですねえ」


「あ、ギギの葉のことはご存じでしたか」


「はい。馴染みのお客様に頼んで、うちの宿でも買わせていただいているのです」


 ギギの葉は、もともとシムから伝わるお茶の原料であったのだ。なおかつ、このジェノスではサイクレウスの手によって買い占められていた商品であるが、ジーゼは個人的にこっそり取り引きしていたのだろう。ネイルやナウディスもそうしてひそかに乾酪やタウ油を取り引きしていたのである。


「ううむ。しかし、砂糖や乳脂を多量に使うのであれば、ずいぶん値も張ってしまうことでしょう。最近は宿場町を訪れる方々も食事に銅貨を惜しまないようになりつつありますが、通常の料理とは別にこの菓子というものを買っていただくのは難しいのではないでしょうか?」


 そのように述べたのは、タパスであった。

 俺は、事前に準備していた言葉でそれに答えてみせる。


「自分が菓子を売りに出すとしたら、価格を抑えるために量を少なくしようと考えています。たとえばこのホットケーキという甘い焼きポイタンでしたら、まるまる1枚で赤銅貨1枚、半分なら割銭1枚、といったぐらいでしょうかね。それぐらいの値段でしたら、お客様も手を出しやすいのではないでしょうか?」


「この大きさで赤銅貨1枚ですか。それで儲けは出るのでしょうかな?」


「はい。他の料理と変わらないぐらいの儲けになるはずです。それをご説明するために、この大きさに仕上げましたので」


 直径は12、3センチで、厚さは1センチていど。いかに砂糖や乳脂が割高であろうとも、ポイタンや卵は割安であるので、それほど材料費はかからないのだ。


 他の卓の人々は、また顔を寄せ合って談義することになった。

 そんな中、ジーゼが穏やかに微笑みかけてくる。


「アスタ、あなたは何故このようなものの存在までわたしたちに知らせようと思ったのでしょうか? 森辺の民が真っ先に売りに出せば、たいそうな評判を呼ぶことができたはずでしょう?」


「はい。ですが、あちこちの宿屋や屋台でいっせいに売りに出したほうが、より大きな反響を呼べるのではないかと考えました。……そもそも自分たちの目的はギバ肉の美味しさを広めることであったので、菓子に関しては主旨から外れているのですよ」


「それでも、たくさんの銅貨が手に入れば、それに越したことはないでしょう?」


「いえ。この菓子に関しては、『食材の新たな使い道を広める』という目的のために考えついたことですので。《タントの恵み亭》に協力しているヤンという御方と同じように、こうして事前にお披露目することが正しい道筋だと思います」


 それに俺は、ずいぶん昔にポルアースから言われた言葉に、強く感銘を受けていたのだった。

 ポルアースは、シムともジャガルとも交流のあるジェノスは「世界中の食材が集まる美食の町に相応しい」と、かつてそのように述べていたのだ。


 幸か不幸か、城下町においてはすでにその基盤ができている。美食に対して病的なまでの執着を抱いていたサイクレウスによって、食材の流通が確立されていたためである。さらにポルアースは、宿場町においてもそれを体現したい、などという壮大に過ぎる計画を打ち立てていたのだった。


 通行証を持たない一介の旅人でも、美味なる食事を求めて宿場町を訪れるようになれば、ジェノスはさらに豊かな町になることができる。それがポルアースの目指す、最終地点だ。

 あまりに壮大すぎて、俺にはピンとこないところもある。

 しかし、町を発展させるために料理の質を高めたい、という話であるのならば、それは俺にとっても歓迎すべき事態であるはずだった。


「そもそも菓子作りに関しては、ヤンという御方のほうがよほどお詳しいのですよ。でも、ヤンもなかなか多忙であられるようなので、今回は俺がでしゃばることになりました。ご一考いただけたら幸いです」


「ふむ。それではわたしも、彼と相談することにいたしましょう。何にせよ、これらの菓子というものもきわめて美味でありましたからな。値段の折り合いさえつけば、お客様にも喜んでいただけるはずです」


 そのように述べてから、タパスは一同を見回した。


「では、菓子というものの取り扱いについては、おのおのご検討するということでよろしいでしょうかな? ……そして、何か他に議題を残していなければ、本日の会合もここまでとして、親睦の酒宴に移りたいと思います」


 反対の声は、どこからもあがらなかった。

 タパスは、満足そうにうなずく。


「それでは、本日の定例会はここまでとします。以降のご注文は各自の負担でお願いいたします」


 とたんに、酒を欲する声があちこちからあがった。

 ナウディスは、笑顔で「はいはい」と立ち上がる。


「最初の一杯はわたしからのふるまいとさせていただきますぞ。料理の注文も承りますので、少々お待ちを」


「ナウディス、ギバの料理ってのも注文できるのか?」


 どこかの卓からそのような声があがると、「もちろんです」とナウディスは目を細めた。


「本日は、6日にいっぺんしかお出ししていない『ギバの角煮』の日でありますぞ。そろそろ残りもわずかとなっているやもしれませんが」


『ギバの角煮』はちょっと手間がかかるので、俺たちの商売の休業日明けにお届けすると決めている。で、5日ごとに休業日が来るので、それも含めれば6日にいっぺんの特別献立となるわけだ。

 ともあれ、ナウディスの言葉に乗せられたご主人たちは先を争うようにして『ギバの角煮』を注文することになった。


「さて、お前さんたちはどうするんだ?」


 と、人々の騒ぎを横目に、ミラノ=マスがそんな風に問うてくる。


「はい。お酒をいただく人間はいないのですが、みなさんと親睦を深めるために、しばらく居残らせていただこうと思います」


「そうか。それなら、俺が適当に紹介を――」


 その言葉が終わらぬ内に、卓の間をぬってユーミがこちらに近づいてきた。


「アスタたち、まだ帰らないよね? よかったら、あたしが他のご主人たちに紹介してあげるよ!」


「ありがとう、ユーミ。でも、俺たちは《キミュスの尻尾亭》の関係者だから――」


「俺にかまう必要はない。俺よりはそっちの娘のほうが役に立つだろう」


 ミラノ=マスがそう言うと、レイナ=ルウが「いえ」と身を乗り出してきた。


「それでしたら、わたしたちも二手に分かれて、ユーミとミラノ=マスにそれぞれ力をお借りしたく思います」


「俺たち4人が、二手に分かれるのかい? ルド=ルウたちもあわせれば6人だけど」


 俺が問いかけると、レイナ=ルウは「はい」とうなずいた。


「そのほうが、より多くの人々と交流を深めることができるでしょう? 時間は限られているのですから、有効に使うべきだと思います。……いかがでしょう?」


「うん。レイナ=ルウがそう考えたのなら、異存はないよ」


 というわけで、レイナ=ルウはツヴァイ=ルティムとシン=ルウを引き連れて、ミラノ=マスとともに卓を回ることになった。


「レイナ=ルウって、しっかりしてるよね! ああ見えて、あたしより年上なんだっけ?」


「うん。この前、18歳になったところだね」


 だけどやっぱり、ルウ家の屋台を任されたことによって、レイナ=ルウも格段に成長することになったのだろう。なおかつ、青空食堂を開店する前後ぐらいから、レイナ=ルウは町の人々と交流を深めることに強い意義を見出していたのだった。


「それじゃあ、あたしらもいこっか。みんながギバ肉を買いたくなるように、頑張ってね!」


「うん、ありがとう」


 俺もリミ=ルウやルド=ルウとともに、席を離れることにした。

 俺の帰りが遅くなるということで、アイ=ファはフォウの家にお呼ばれしている。今頃は、サリス・ラン=フォウやアイム=フォウらと思うぞんぶん交友を温めているところであろうか。


 俺の本日の仕事も、もうひとふんばりだ。

 そんな風に考えながら、俺は宿屋のご主人たちが待ち受ける場へと足を踏み出すことにした。

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